TS剣闘士は異世界で何を見るか。   作:サイリウム(夕宙リウム)

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33:風と、情報と。

 

 

 

「え、えっと……。つまり、冒険者組合に加入しにきたわけでも……。」

 

「どこかの反社会組織に加入してて、カチコミにきたわけでもないですよ? まぁ加入してる奴もそう言うでしょうが。」

 

「ももも! 申し訳ありません~!」

 

 

若干涙目になりながらペコペコ、カウンターに頭をめり込ませる勢いで謝る彼女を宥めながら、どうしようかと悩む。あ、どうも。みんなのアイドルビクトリアちゃんこと、ジナちゃんでっす。よっろしく~! ……とまぁ現実逃避してる場合じゃなかったね。私あんまり他人にへこへこされるの苦手だからさ。

 

冒険者組合に遊びに来たのは良かったのだけど、顔を隠していたせいかよくわからん野郎に絡まれた私。絡んできた彼が悪意などの嫌な雰囲気を纏ってなかったのをいいことに、お芝居の一環として思いっきり遊んでしまった私。個人的にはちょっと改善点の多い寸劇だったけど、まぁ楽しめたのは確かな私。詫びも込めて地面に突っ伏して頭上にお星さまを浮かべている彼の席に銀貨を投げた私。そして本題の『アルの故郷までの道筋、その安全確認』をするために、冒険者組合の受付嬢さんと会話してたら色々誤解が発覚したのを知る私。

 

 

「あああ、あの。今日、実はですね、領主さまのお嬢様がこちらの方に加入登録をなさるってことで、それ用に色々対策してたんですぅ。領主さまがですね? あんまりご息女を危険な目に遭わせたくないからってことでしてね? 我々の方で加入させないために色々してたんですぅ。身元がしっかりしてる方を集めて、執事さんと台本を作って、演技の練習もして、いい感じに追い払う準備してたんですぅ。そ、それでもうそろそろいらっしゃる時に……」

 

「私が来ちゃったと。」

 

「ももも! 申し訳ありません~!」

 

 

因みにだが、このララクラ一帯を治める貴族の階級は子爵。どの家のどんな派閥に所属しているのか、ってのはさすがに覚えてないけど帝都では会ったことのないお貴族様だったはずだ。そんなお貴族様のご息女と間違えられちゃった、て感じみたい。名前は知ってたけど、顔や背丈がどんなのかは知らなかったが故に起きた悲劇ってやつなのかね?

 

 

「気にしてないし、彼にも楽しませてもらったから、さ? そんなに謝らないでも……。」

 

「でででで、でもぉ!」

 

 

彼女が明らかに狼狽している理由として、まぁ私が持つ身分証明書にある。二つあるんだけど、一つ目はまず帝都で発行した普通の市民証。これはまぁお金さえあればだれでも発行できるから置いといてもいいんだけど、問題はもう一つの方だ。ヘンリエッタ様が用意してくれた証明書だね。

 

 

これまでややこしいから放置してたんだけど、機会もいいので帝国の貴族制度ってのを軽くおさらいしておこう。

 

 

まず、この国の貴族階級には大きく分けて五つ存在している。公爵~男爵ってやつね? 他にも騎士爵とか一代限りの準男爵とかあるんだけどそこら辺は割愛。ララクラを持つお貴族様は下から二番目ってわけだ。

 

んで、問題になってるヘンリエッタ様なんだけど。彼女が結構ややこしいのよ。彼女の夫である元老院議員なんだけど、帝国の頂点である皇帝の助言機関で、No.2の人たち。基本的に公爵とか侯爵ばっかりなんだけど、皇帝が認めた人しか参加できない激やば組織。元老院議員である公爵と、ただの公爵を比べた場合天と地の差がある。『パ、パワーが違い過ぎるゥ!』んだって。

 

んで、私の最大のパトロンことヘンリエッタ様なんだけど……、彼女は"まず"元老院議員である夫を完全に尻の下に敷いている。つまり実質元老院議員だ。んで、さらに皇帝陛下ととっても仲良し……、というか陛下の子供のころから近所のお姉ちゃんポジだったらしい。うん、この時点で頭が上がらないよね。んでさらになんだけど、彼女は個人でも複数爵位を保有している。

 

そもそも帝国の爵位ってのは、土地と強い結びつきがある。皇帝がまず土地を保有し、それを各貴族に配付していく。その過程において同じ人物が複数の土地を授けられることは多々ある。つまり公爵領と、男爵領を持つ公爵様が存在するってわけ。もちろんヘンリエッタ様も公爵領のみならず、そのほかにも小さいのをいくつか保有していらっしゃる。子供や孫、部下ができた時に分け与えることができるように。

 

ま、長々と語ってしまったが……、とても簡単に言うと。

 

 

滅茶苦茶やべぇヘンリエッタ様の機嫌を損ねれば、ララクラの子爵でも庇えないどころか、全部もろとも吹き飛ばされるじゃんかぁ! ってコトである。『あら、私の推しに迷惑かけちゃったの? 許されるわけないわね、お取り潰し&ALL打ち首~♪』ってコトである。絶対しないことは解ってるんだけど、不可能か可能か、って言われると可能なところがね……。なんか自分で言ってて怖くなってきたんだけど。

 

 

(なんか虎の威を借りる狐みたいでやなんだけど、かといってヘンリ様の後ろ盾には助かりまくってるからなぁ……。)

 

 

「……というかさ、その台本の役者さんを潰しちゃったわけだけど……、大丈夫なの?」

 

「そそそ! そうでしたぁ! ジッメさんは伸びちゃってるし……、どどど、どうしたら!」

 

「あ~。」

 

 

ここで梯子外しちゃうのはさすがに気が引けるし、私がやり過ぎちゃったのが原因だからなぁ……。しゃーない。いっちょやりますか。

 

 

「台本とか指示書とかはあるの?」

 

「え……?」

 

「これでも演者として食べてる身でね、ちょっとした約束を守ってくれるのなら……。代わるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

あの時、確かに私は……。そう! 光を見たのです。

 

わたくしが"お姉さま"とお会いしたのはそう、あの冒険者組合でした。

 

 

わたくしたち、ララクラを治める子爵家はララクラ領しか持たぬ弱き家です。鉱山のように他領へと輸出でき強みになる資源もなければ、大きな劇場のような他領から人を呼び込める産業もない。特色としてはどこにでもあるような麦と砂糖、そして帝都に比較的近いということだけ。

 

この帝国建国期は皇帝陛下を守る臣下の一員として、陛下の住まう帝都を守る為の防壁の一つとして機能していたわが家でしたが……。帝国の国土が大きくなるにつれ、その役目は薄れ。単なる弱小貴族家の一つとして名を連ねております。

 

ですが、その誇りを忘れたわけではありません。付近の男爵家と強いつながりを維持しながら、いざとなれば陛下のためにその身を投げ出せるように、日々武を高め続けるのみ。それが我らの存在意義であり、生きる理由のはずでした。

 

しかし……

 

 

 

「あぁ、愛しのマリーナ! なんでそんな悲しいことを言うのかい!?」

 

 

 

我が家は、このポンコツお父様のせいで滅亡の危機を迎えているのです。

 

貴族に求められるのは、純粋な"力"。それが何の力であるかは個々の自由ではありますが、古来より力とは武力のことであり、他家と比べて強固な産業のない我が家にとって『力=パワー』であることは紛れもない事実。そのため次期当主であるわたくしが武者修行を行うのは神が定めた道に他ならないというのに……。

 

 

「そんなのこっちが聞きたいですわ、こぉのポンコツがぁ! 私を産んだ母上が亡くなり悲しみに暮れるのはまだしも、その後再婚相手も探さない上に養子もとらないとはどういう頭してるんですか此畜生ォ! 貴族として血を絶やさぬ勤めはどうしたんですか!? もしかして頭沸いてます? 我が家がお取り潰しになれば、これまで帝国建国時から続いていた家が一つ消えるんですよ? 歴史が亡くなるんですよ? それに我々を慕ってついてきてくれている男爵家の皆様や、領民の方々にどの面下げて謝るつもりなんですかぁあ!?」

 

「る、マリーナたんが可愛いから……。」

 

「このあんぽんたん! 噴ッ!」

 

 

全体重を乗せて、拳を振り抜く。が、軽く奴の顔が腫れ、揺らめいたくらい。

 

この男は、亡き母上に私が非常に似通っているという理由で私と母を重ね、溺愛している。明らかに親子愛を超えた危うい何かがあると感じてしまうほどに、愛されている。使用人の誰に聞いても必ず否定するが、年月を重ねるごとに目が泳ぐようになってきた。さすがにないと信じたいが、この大バカ者だ。ないとは言い切れないのが怖い。

 

それだけならまだ許せるのだが(とんがり過ぎた性癖をもつ貴族は一定数いるため否定できない)、もし私が死んだらどうするつもりだったのか。その瞬間に後継者がいなくなってしまう。そんなこと幼子でもわかるのに、全く見合いの話すら聞かない。わたくしがわざわざ帝都に行って、必死こいて探して来た縁談の話も全部蹴りやがった……!

 

挙句の果てには私がケガをするのを恐れるあまり、魔法の練習どころか武器すら持たせてもらえない。同じ年齢ぐらいの交友がある男爵家の子たちは性別問わず武器を持ち、鍛錬を始めているというのに……! 蝶よ花よと育てても許されるのは武力以外の力がある家か! 公爵家とか元老院議員ぐらいの権力がある家だけです! ウチにそんな余裕はありません!

 

 

(せめてわたくしにもう少し権力があれば……ッ!)

 

 

この男は『今を生きる貴族』として最低限の能力は持っている。爵位にふさわしい"力"の証明と、領地の管理能力。我が家が受け継ぐ風の魔術の適性はしっかりとあるし、騎乗戦闘もこのあたりでは一番強い。故に爵位を任せられている。……わたしは、どこまで行ってもその子供だ。爵位とはその個人に付与されるものであり、その者が中心となって家を形成する。私はその構成員でしかなく、私個人に権力はない。どこまで行っても父の顔を借りて、物事を進めなければいけない。

 

 

「もういいです! 私は、私の考えをもって! 動きます! 私の力を陛下がお認めにならなければ、お父様の代で我が家はおしまいです! ……絶対にそんなことさせるもんですか。」

 

 

女であっても、力を証明できれば継承は認められる。この過保護な親が、剣すらまともに握らせてくれないのなら……、自身で身に着けるのみ。騎士団は我が家に忠誠を誓っている以上父の意向には逆らえない。そのため親しい使用人や爺やに頼み込んで、一人で魔法や剣の鍛錬をし続けた。父に見つかれば止められてしまう、ゆえに一人で、ずっと。

 

でも、それに限界が来てしまった。もう自分一人で出来ることが少なくなってきて、そして父をごまかすのも限界が近づいている。かといって父や父に報告せざるを得ない立場の者から離れ、ララクラから出ていけるような力や資金もない。

 

となるともう、冒険者となり、無理矢理実戦の中で戦い抜く力を鍛えなければならない。冒険者になってしまえば、もうこっちの勝ちだ。その瞬間から皇帝陛下に保護されている組合の、ただの一般組合員のひとりとして活動できるようになる。父の手から完全に離れることはできないが、それでも今よりはもっと簡単に活動することができる。

 

 

そう判断したわたくしは、唯一わたくしの意見に賛同してくれる爺やと共に。冒険者組合へと足を運ぶことにした。

 

あ、もちろん事前に連絡の方はしましたし、爺やと共にルールや法などの確認も致しました。ちゃんと自身の小遣いで初心者用のものですが、血に恥じない装備も武器も用意いたしましたし、まさに準備万端。ほんとは一人で行くつもりだったんですが、爺やが土下座をして頼み込んできたので仕方なく連れていくことにしました。

 

 

そして……。

 

 

 

「へぇ……、そんな小さいのに冒険者に成りにきたの? なんかまぁ、空回りしてるねぇ。(うわアルと同じくらいじゃんか……。)」

 

 

 

 

 

お姉さまと、お会いしたのでした。

 

 

 

 

 

大きな薄茶色の外套の下に、真っ白に塗装されたミスリルの全身鎧。腰には二本の剣が差されていて、そして何よりもすべてを包み込むような深い青の髪に、のぞき込めば吸い込まれてしまいそうな瞳。お姉さまはカウンターの席の一つに座っていらっしゃったのですが、明らかに他の冒険者の方が纏う雰囲気と違うものを持っていました。

 

それがあの方の持つ力量によるものなのか、それとも世の女性が望む理想の女性像。その一つの完成形がこんな田舎の町にいたせいなのかはわかりません。とにかく、話しかけられた瞬間、自分がその対象であることを把握するのに長い時間を要しました。

 

 

「……(あ、あれ? 語気を強くし過ぎた? やり過ぎちゃった? ど、どうしよ……。)。」

 

 

よくよく考えてみればあのお方が私の返答を待っていた時点でおかしいですし、後に爺やから種明かしをされた際は父への強い怒りと、爺やがそちら側だったことに対する憤りを感じましたが、それは置いておきましょう。父はともかく爺やは、当時発生していた魔物の大規模移動が理由で止めたみたいですし。

 

とにかくようやく自身に言われた言葉をかみ砕いた時、私の脳はある結論をはじき出しました。『子爵家をいずれ背負う立場の者として、侮られるわけにはいかない。』

 

流石にあの時の私だってすぐさま冒険者として活躍できるとは思っていませんでした、しかしながら貴族がもつ力の一つである魔法と、爵位を背負う者としてのプライド、そして若さゆえの過ちもあり、私はその言葉に対して強い反発をしてしまいました。

 

 

「ぼ、冒険者を目指して何が悪いのですか! これでも少しは戦えます!」

 

「戦える、ねぇ?(よかったぁ、話してくれた。……さて、手早く優しく行きましょ。アルも待ってるしね。)」

 

 

その綺麗な目を細くし、私を吟味するお姉さま。当時の私は、あの方が一瞬だけ漏らした戦意に呑まれそうになりながらも、必死に前を向いていました。後々知った話ですが、お姉さまは剣神祭の優勝者、まぁこんな小娘如きが勝てるはずもありません。さながらオーガの前で一所懸命に威嚇する兎の様なものでしょう。

 

しかしお姉さまは笑わず、私にこのような言葉をかけてくださいました。

 

 

「ま、現実見せてあげるのも一つの手か。お嬢ちゃん、名前は?」

 

「……マリーナです。」

 

「うん、いい名前だ。わざわざ家名を名乗らないってのもいい。……その手、皮鎧の下に着ている服、真新しい靴。見るからにいいところの、お貴族様のご息女が飛び出して来た、って感じが満載だ。」

 

「ッ!」

 

 

確かに、あの時はお姉さまのいう通りだった。自分からすれば市民、もしくは少しお金持ちの子供程度に見られるだろうと思っていたが、私の恰好は貴族の道楽でしかなかった。そのからかうような言葉は、まだ私が子供で、あの父親の保護下から抜け出せていないことを窘められているようで、強く自身に対して情けない感情を抱いたことを覚えている。

 

 

「ま、私みたいに見た目で売るなら30点ぐらいは上げてもいいけどねぇ? ……"嬢"! ちょっとこの子揉んであげるけど、構わないよね?」

 

「は、はぃぃぃいいい! 奥にご案内しますぅぅぅ!」

 

 

奥で何故か震えまくっていた受付嬢に案内されて、私たちは冒険者組合の訓練場へと連れてこられた。ただ広い場所に、打ち込むための木の棒や木製の武器が置かれており、周りは丸太の柵で囲まれている開けた場所。

 

 

「マリーナちゃん、剣を提げてるってことは使えるのかな? それともお飾り?」

 

「つ、使えます!」

 

「ならよし。ルールは簡単、魔法でもなんでも使っていいから私に一撃入れてみな。そしたら組合への加入を認めてあげる。」

 

 

近くに転がっていた木剣を拾い、軽く振りながらお姉さまは私にそうおっしゃった。まるで教師が、生徒に向かってものを教えるように。初めて会った時にお姉さまが放っていた、私に対するからかいの感情はすでに消え去り、幼子に何か一つでも学びを得てもらおうとする大人の姿がそこにあった。……当時の私は、全くそれに気が付けなかったのだけど。

 

 

「もちろんそれだけじゃない、上から下まで、全部面倒見てあげるよ。あぁもちろん、出来たらね。まぁどう頑張っても無理だからこそのハンデだし? 木剣の相手にも負けちゃうだろうけど。……さぁ掛かっておいで! 最初の三分間は何もしないであげる、好きに攻撃してきな!」

 

「ッ! 言われずとも!」

 

 

お姉さまの挑発に乗った私は、自身が持てる全力で切り掛かった。

 

爺やに教わった帝国流の剣術で、自身の扱える型を。全て。

 

だけど……。

 

 

 

「踏み込みが甘い、それじゃ単に棒を振り回してるだけでしょ。」

 

「強打は脇を締める、力が分散するよー。」

 

「はいはい、足運びがお粗末。ダンスの練習にもならないんじゃない? こうやってやるんだよ。」

 

 

その全てが、流される。しかも自身が至らない点を口頭で説明されながら、軽く木剣で叩かれてしまう。軽い衝撃だけで強い痛みはなかったが、自身がこれまで努力して身に着けてきたものをバカにされたみたいで、酷く嫌な気持ちになったことを覚えている。……いやまぁ確かに、アルと比べればマジでお遊戯だったんですけども。

 

(え、そうですか? 私なんかまだまだだと思うんですけど。)

 

お黙り遊ばせ! それはあなたの基準がお姉さまだからですわ! あと私の初登場シーンなのに未来から出てくんな! せっかくのお姉さまの最初のレッスンを回顧してたのですよ! ほら帰った帰った! ……とまぁ、気が立った私は、そこから一族が代々受け継いできた風の魔法を使い始めました。それまでの接近戦の距離から、大きく跳びのいて遠距離戦の間合いへ。

 

風魔法は効果範囲が大きいという利点もありますが、その分味方や自身へも被害が出るというデメリットがあります。今の私なら風の防壁を身に纏ったり、擦り傷程度無視したりすることもできますが、あの時の私はそんな技術どころか、考えすらもありませんでした。

 

 

 

「『風砲撃(ウィンドバズーカ)』ッ!」

 

「おぉ、すごい。……けど。」

 

 

私が作り出した風の猛威が、お姉さまに襲い掛かる。だが、結果など最初から見えていた。これまでとは比べ物にならない速度でお姉さまが木剣を振るった瞬間、私が生み出した風のすべてが打ち消される。

 

 

「…………ぇ。」

 

「うん。魔法はいいね、及第点。でもまぁ……、夏場にちょっと嬉しい程度?」

 

「……ッ! まだァ!」

 

 

 

自身の持てる魔力の限り、自身が知る術式の限り、そのすべてをお姉さまに叩き込んだが、木剣の風圧で全てかき消されてしまう。普通なら木剣の寿命が先に来そうなものなのに、一向に折れる気配など見せていない。そのすべてを、鼻歌を歌いながら、"なかったことにしてしまう"。私が、初めて出会った、一生かかっても越えられそうにない壁だった。

 

 

「……うん、そろそろ三分経ったかな? どう、まだやる?」

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ッ。」

 

「息も絶え絶え、でも目は死んでない。……うん、いいね。」

 

 

魔力の使い過ぎで息が乱れ、立っていることすら怪しかった私。お姉さまはそんな私に声を掛けながら、一瞬にして距離を詰める。そして彼女は……、にこやかに笑いながら、私の頭を優しく、撫でてくれた。

 

 

「よく頑張ってるね。……でも、ちょっと実戦に出るには早い。もうちょっと鍛え直してからにしな。」

 

「は、はい……。」

 

「ならヨシ、じゃぁ終わり終わり。じゃあね、マリーナちゃん~。」

 

 

息を整えながら、冒険者を。いやお姉さまを見送る。ひらひらと手を振る彼女の背中は、強く、私の目に刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お疲れさまでした、マリーナ様。」

 

「爺や、あの人のこと、知ってる?」

 

「……いえ、申し訳ございません。」

 

 

 

 

 

 

 

「わたし、あの人の。あの人の下で……、学びたい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、疲れた。」

 

 

 

いや~、急なイベントだったけど楽しかったね。そこまで時間も取られなかったし、タダで情報も貰えたし。万々歳だ。あそこにいた人たちに顔を晒しちゃったけど、元々あのマリーナちゃんのためにあそこで起きたことは全部口外禁止だったらしいからちょうどよかったよね。まぁ受付嬢の子含めて、何人かにサインねだられちゃったけれど。

 

それにそのマリーナちゃん、剣の腕はまぁまぁだったけど魔術の腕はかなり良かった。戦いの進め方、という面から見たら素人丸出しだったけど、魔法の技術という点から見れば花丸。とてもアルと同年代の子が出していい威力ではなかった。そうだな……、剣神祭は無理だけど一般的な剣闘士相手なら魔法だけで圧倒できるレベル?

 

うんうん、若人の頑張りが見れてビクトリアちゃん大満足です。それに私も魔術の勉強中だからね、いいものが見れたよ。ルーンにはイメージが重要だから、実際に風魔法が見れたのはいい参考になった。

 

 

「……けどまぁ、演技料としてもらった情報がねぇ。」

 

 

外套のフードを深く被り直しながら、軽く肩を回す。木剣を折れないように気を使ったせいか少し肩がこっちゃった。

 

 

「魔物の生息圏の変化による移動、しかもアルの故郷の村の方から。」

 

 

正確にはその奥だけど、そこで何かが起きたせいで魔物たちがそれまでの生息圏を追われ、移動した魔物が元々その地にいた魔物を追い出して、移動する……。まぁその繰り返しで、どんどんと魔物が動き回って何が起きるか解らない状態だそうだ。まぁもともといた魔物がそこまで強くないのが救いかな?

 

 

「帝都のあたりで魔物が多かったのは、あのあたりが一つの終着点でもあったから。まぁ海近いしねぇ。」

 

 

とりあえず、用心しながら進むべきなのは変わらない。魔物たちが移動するってことは、まぁ何かしらの強者とか変異個体とかが発生したってこと。さすがに負けるとは思わないけど……、アルにも、もうちょっとだけしっかりとした自衛手段を渡してあげた方がいいかもしれない。近距離は剣があるけど、遠距離武器が欲しいところだ。

 

懐に用意していた魔道具、アルの防犯用として渡していた彼女のいる方角を教えてくれるソレを起動する。……どうやら工芸品を扱う通りにいるようだ。食料の補給はもう終わったのかな? まぁいいや、アルのいる通りの奥の方には鍛冶屋の煙突が見える。アルと合流した後で何かいい武器がないか探してみよう。

 

 

「お、いたいた。愛弟子~!」

 

「あ、師匠!」

 

 

ま、気にしすぎても仕方ないところもある。降りかかってくるものは全て打ち払う。ひとつひとつ楽しみながら行きましょうか。買うもの買って、すぐに出発しましょ。

 

 

 

 

 

 








アル
「なんか知らないうちにライバルというか、ずっと突っかかってくる人が出現したきがする……。」




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