【書籍化】TS剣闘士は異世界で何を見るか。 作:サイリウム(夕宙リウム)
「というわけで私のものにならない、ビクトリア様?」
「最初から飛ばして来たねヘンリ。」
そんなこんなで帝都に帰って来て、始まったのはお世話になった方々への挨拶行脚。その最後にヘンリエッタ様に会いに来た感じだね。
帝都で暮らしているとあまり気にならないんだけど、この世界は魔物と呼ばれる異様に強い野生動物が闊歩している世界だ。多少腕があれば問題ないんだけど、そのせいで町から町への移動ってかなりの危険が伴うんだよね。だからこういう長距離移動する前は今生の別れと言うわけではないけど、何かあった時の為に挨拶して回るのがマナーのひとつらしい。
いやー、こういうのって奴隷のままじゃ一生縁のない知識だから色々と感慨深いよねぇ。
「いいじゃないビクトリア様、だってあの聖女様とはずいぶん仲が良いのでしょう? 私、嫉妬しちゃうわ! だったらもう自分のものにするしか……。」
「あはは。君のものにはなれないけど、ずっと私の心の中には君がいるよ? 誰にも引き裂けないくらいに。……今日はこれで勘弁してくれるかい?」
「あら! 今日はちょっと素を出してくださるのね。そういうのもいいわ。私だけにしか見せない姿って感じで。うんうん、やっぱお金の使い方ってこうよね。推しを独占できるとかヤバいわ。追加で20年分くらい予約しても構わない?」
お気に召したようで何より。後予約の話だけど、剣神祭や演劇のおかげで人気が再燃し始めてるから、そういうのはちゃんと事務所通して抽選を当ててからお願いね。ヘンリ。
そんな感じで、おそらく眼前の彼女が求めているだろう反応を探りながら、言葉を返していく。
今は何でもないお婆ちゃんの様に見えてしまうが、普段の彼女はこの巨大国家帝国の実質的なナンバー2。元老院議員の奥様にして、現皇帝の元教育係であり、現役バリバリの公爵様。私がビクトリアを演じているところを楽しんでくださるから敬語を使わず話しているけど、本来ならその提案を断った時点で処刑案件だ。普通、私みたいな一般人じゃ一生お目に掛かれない人だよねぇ。
まぁ最近自分が一般市民を名乗れるかちょっと怪しくなってきたのは確かなんだけど。
「にしても、ダンジョン攻略かぁ。」
「うん? ダメだった?」
「いーえ? ただちょっと遠いなぁ、って。」
彼女の言う通り、今回行くダンジョンは今いる帝都から結構遠い場所に存在している。一応そのダンジョンも国内なんだけど、帝国自体がクソ広くて時間かかるって感じみたいだね。
そんな私達の旅程は、帝都から船に乗って一月かけて向かう感じ。危険な外洋に出ない便だから何度も寄港しながらになるけど、乗り換えなしの直通で行けるお手軽? な目的地だ。何でも結構大き目な港町みたいで、帝都とはまた違った感じの魚料理が有名みたいなの。
あと普通に前世も含めてそういう船に乗るのは初めてだから、ちょっとドキドキしてるんだよね。楽しみ。
「ウィウィ先生に教えてもらった以外にも色々帝国内で探したんだけどね、幾つかのダンジョンがまだ残っていて、しかも難度別に別れてるってのはあそこしかなくてさ。確か……、『イズフェリール』だったっけ。」
「そうね。属州の一つで、ダンジョンのおかげか活気ある都市だと聞いてるわ。ちょっと文化は違うみたいだけど、そこまで大きく変わっているわけではないから気楽に過ごせる。うん、いい選択だと思う。……でもね?」
「でも?」
「私゙が゙付゙い゙で行゙げな゙い゙じ゙ゃ゙な゙い゙ッ゙! 遠゙い゙ッ゙!」
顔を顰めながら思い切り泣き叫ぶ彼女。あーねぇ。
この広い帝国内には幾つかダンジョンが存在しているんだけど、この帝都からも馬車で大体7日くらいの距離にダンジョンが存在しているそうだ。修行の候補地探しの時にこの国の迷宮について調べてる時に知った感じだね。でもまぁちょっとあそこ特殊な場所みたいでさ、そもそも国の許可がないと入場すら出来ない場所みたいなのよ。それに、出てくる魔物もかなり強いって言うね……?
私の感覚の話になるが、大体その強さは『剣闘士の興行で猛獣として出せるレベル』であり、一般的な剣闘士なら即死亡、上位勢であれば十分に狩れるって感じの強さだ。アルたちも頑張ってはいるんだけど、いくら有能な回復役がいてもそこまで出来るとは思わないってことで最初に候補から外したんだよね。
たいしてイズフェリールにあるダンジョンは、所謂『初心者用』『中級者用』『上級者用』といい感じのダンジョンが付近に密集している都市みたいで色々とやりやすいとのこと。軽く出てくる魔物も調べたけど、アルとマリーナでギリ苦戦しないくらいの敵だったし、二人の魔法の教練を担当してくれたウィウィ先生から勧められてもいた。だったらもうここでいいじゃん、って感じなのよ。
「うぅッ! 若いころ戯れにダンジョンぶっ壊すんじゃなかったわ。まだ残ってたら自領にビクトリア様たちを呼ぶことも出来たのに……!」
「……ぶっこわす?」
「あぁ最下層にあるコアって言うのかしら。そういう根元みたいなのを破壊したらダンジョンを閉じることができるのよ。素材が取れてもたまに外に出てくる魔物の対処が出来なくて生活できません、じゃ本末転倒でしょう? だから定期的にダンジョン自体の討伐隊が組まれたりするのよ。」
「へぇ、そんなのあるんだ。」
「……でも昔の私ね、魔法を覚えられたのが嬉し過ぎて『使ってみたい!』ってなって突撃しちゃったのよ。それで最後まで止まれなくて、全部壊しちゃったって感じね。解ってるとは思うけど、基本的に現地の勢力や国が管理してるからビクトリア様も壊さないようにね。昔の私みたいにとんでもなく怒られるから。」
……今もかなりアグレッシブなお婆ちゃんだけど、昔も昔ですごそうね。うん。
ヘンリ様が注意してくれたことだが、事前の情報収集で既に入手済みだ。何でもダンジョン自体あの女神が戯れに出現させているものらしいが、人からすれば宝の山でしかないという。まぁ魔物素材を安定的に手に入れられる場所だ。国で保護して管理するってのは何も可笑しな話ではない。
でもその時見た資料では『破壊した場合死刑になるよね、普通に』って書いてあったけど、ヘンリ様怒られるだけで済んだんですね。まぁ自分の領地にあるものだから、自分で自分の所有物壊しちゃってって扱いになったんだろうけど。
「私も暇ならついて行ってビクトリア様と一緒に大暴れしてみたかったんだけどなぁ。」
「忙しいのかい?」
「そうなのよ。ちょっと政治の話になるんだけど……。ちょっとまた戦争が起きそうなのよ。というか軍部の暴走? それを止めるためにまた色々動かなくちゃいけないの。」
「……それ私聞いていいやつ?」
「だめね。」
なら聞かせないで? 本気で泣くよ私。……まぁ剣闘士時代から色々聞いちゃってるのでもう今更な話ではあるんだけどさぁ!
何でも今の皇帝は先帝とは打って変わって融和路線を進もうとしているらしいんだけど、私が剣闘士の時にドワーフ国家と喧嘩してたように、そう簡単に行く話ではないようだ。未だ拡大を望む貴族たちもいるらしいし、軍部としても戦争が減って流れてくるお金が減るのは困るらしい。後融和とかなまっちょろいことしてて首取られたらどうするんです!? っていう意見も。
なのでちょうど私達が行く『イズフェリール』から南西にある国境線に配備してた方面軍が暴走して勝手に攻め込もうとしてるって話だ。
「一瞬現地に行こうかと考えたんだけど、政治は帝都で動いちゃうからねぇ。普通に派閥競争もあるし、娘婿とか孫の様子も見てあげないといけないから当分帝都から離れられないの。……ビクトリア様? こう、ちょうどいい感じに私を真っ二つにしてくれないかしら? 体が二つになればすっごく楽になると思うの。」
「ほんと勘弁してくれないかい!?」
実行するどころかここで剣抜くこと自体、私にとってというか一般市民にとって大罪なの忘れてないヘンリ!?
そもお貴族様にケガさせたら一族郎党関係者全員処刑なんだよ!? 『一生消えない傷をつけられるってのもいいわね。これが愛!』って言いながらほくほくしてる場合じゃないんだからね!?
「まぁそれ以外にも色々あるのよねぇ。南の大陸も忙しいみたいだし、他の属州も何を考えているのやら。私が生きてる間はそう変なことにはしないよう動くけれど……。時代の転換期なのかもねぇ。ビクトリア様? こういう時って人の心が荒れちゃうから、気を付けてね?」
「忠告ありがとう、胸に刻んで置くよ。」
「えぇ、そうして。」
さて、ちょっと話し過ぎちゃったし、長居しても申し訳ない。そろそろ帰らせてもらおうかな? アルには留守番頼んじゃってたし、早く帰ってあげないと。
「そう? もういっそのことアルちゃんも一緒にこの屋敷に住んでもらってもいいのに。……あ、ついでに私のものにならない? 今ならお屋敷の永住権もあげちゃうわよ?」
「お得なセット売りみたいにしても買わないからね?」
「あら残念。じゃあ玄関までお見送りしましょうか。……そうだ、ビクトリア様。」
いつものようにふざけた口調で話していると、急に改まった口調になる彼女。
その纏う雰囲気も代わり、どうやら真面目な話なようだ。少し崩していた姿勢を整え直し、しっかりとその瞳を見つめ返す。
「貴女、弟はいて?」
「……少なくても、『ビクトリア』にはいないかな。」
「そう……、それならいいの。じゃあビクトリア様、ダンジョン楽しんできてね♡」
◇◆◇◆◇
弟、弟、弟……。んー? この体の話か? さすがにヘンリエッタ様でも私の前世のことは知らないだろうし、そもそも言ってない。前世も兄弟はいなかったし……。となるとやっぱりこの体の親族ってことになるんだろうけど、それならあそこで話が終わった意味がちょっと解んないんだよなぁ。
あの人のことだ、何か政治的な不利益が生じたり、そもそも私の親族を名乗る不審者でない限りは、その弟とやらのことを教えてくれるだろう。そして私に伝える前に、その背後関係を洗い終わっているであろうことも。だがそのふたつであれば、おそらくそもそも私に何も伝えないという選択を、あの人はするはずだ。
(判別がつかなかった? いやでもなぁ……。)
まぁとにかく、そのことは頭の隅っこに置いておくことにしよう。たぶん剣神祭か演劇で私の存在を知ったってことなんだろうし、マジで弟ならあっちから接触して来るでしょ。色々ややこしいことになるだろうけど、私は私だ。今やるべきことをやって、先のことはそれが発声してから対処することにしよ。
ダンジョン攻略って言っても旅行みたいなもんだし、全力で楽しまなきゃみんなに悪いもんね~。
「ししょー、荷物これでいいですかー?」
「んー?」
そんなことを考えていれば、旅行用カバンを両手にこっちに走って来るアル。
ヘンリ様の屋敷から帰った後、私達は船旅に向けての荷造りを始めていた。子供に作業を押し付けるのはいかがなものかと思い、全部私の方で用意しようかと思ってたんだけど……。流石に悪いとアルに言われ、自分の荷物だけは自分で用意してもらう感じに変更した。たぶんその確認に来たんだろうけど……。
あの、アルさん? あまりにも少なくありません?
「そうですか? 武器と防具と服はちゃんと入れてますよ?」
「いやそれにしても最低限過ぎるというか……。そも普通こういう時って玩具とか持ってかない?」
「? 私達修行に行くんですよね?」
私が何を言っているのか解らないというように、首をかしげるアル。
彼女が見せてくれた鞄の中には、本当に必要最低限のものしか入っていない。服も現地で選択することを考えて数枚しか入ってないし、それも丈夫で普段使いできるものだけだ。も、もっとオシャレ着とか持って行っていいんだよ? 女の子でしょう? もっとオシャレにいかないと!?
あと娯楽! 娯楽は!? いくら途中の港に寄港すると言ってもずっと船の中にいるんだよ! 退屈でしんどくなっちゃわない!? というかなるよ、絶対に!!!
「そうですか? これ以上は邪魔になるかと。」
「ま、真面目ちゃん……! 師匠嬉しいけど、保護者代わりとしては不安になっちゃう!? ほらグッズ試作品のトランプとかボードゲームとか入れておきなさいな。私監修だから面白いはず。あと読書用の本とか? たしかに修行の旅って言ったけど、そんな切羽詰まった旅じゃないからね?」
無論主目的が修行であることは否定しないが、修行だけしに行くわけじゃない。今すぐ鍛えないと何か問題が起きるというわけではないんだ。確かに緩み過ぎたらダメだけど、ずっと張り詰めてたら大変なことになっちゃうよ? ほら私を見てみなさいな、ちゃんとオフの時は気を抜きまくって休養してるでしょう?
「いや師匠のオフは気を抜いているというか、抜き過ぎているというか、もう溶けてると言いますか……。まぁ解りました。一応持って行きます。」
そういうと、しぶしぶ娯楽類を鞄の隙間に詰め込んでいくアル。そうそう。それでいいのよ。
にしても私がアルぐらいの時とか、禁止されてても修学旅行のカバンにお菓子とか玩具とか隠し持って入れてたのになぁ。消灯時間過ぎてもトランプとかでバカ騒ぎしてたし、見回りの先生に見つかって雷落とされたりもしてた。絶対あの経験はするべきだと思うんだよね。
……以前アルの故郷に行ったとき、アレもある意味旅行みたいなものだったけど、目的は帰郷で彼女の中にもある程度の余裕があったように思える。純粋に旅を楽しもうという気持ちも、行きの時にはあったはずだ。けど今回は修行という名目でダンジョンに行くわけだから……、ちょっと気を張っちゃってるのかな?
実家に帰って準備して来るって言ってたマリーナも変に気合入れてきそうだし、気を付けておいた方がいいかも。
「そう言えば師匠の荷物は……、多いですね。」
「まぁね。出来るレディってやつは荷物が多くなるのよ。……まぁ大半装備だけど。」
そういうアルの視線の先にあるのは、私のカバンたち。普段着などの衣服や、ちょっとした美容品系、後は娯楽用の本とかを数冊と、もし海に放り出された時に使えるだろう便利グッズ。それで3割くらいで、残り全部は戦闘用の装備になっている。
私の白鎧、鍛冶師のドロに作ってもらったあの鎧って結構嵩張るんだよねぇ。剣神祭の時から使ってる奴で、ちょっとずつドロがバージョンアップしてくれてるんだけど、あれは『戦闘向け』の装備であって、『長距離輸送』を前提とした装備じゃない。一応背負って運ぶこともできるんだけど、服みたいに畳んで詰めるのって無理でしょう?
「あと剣とかもあっちでドロと同様のメンテを受けられるとは思わないし、アルとマリーナの武器の替えとかも要りそうだからそれも合わせて、って感じかな。ダンジョン攻略の間で壊れちゃうかもしれないでしょう?」
「確かに。……あ、私の武器なら自分で持ちますよ?」
「大丈夫、というかもう二人の剣がある前提で詰め込んじゃったから多分崩すと面倒なことになる。」
装備用のカバンと言うか箱、かなりギチギチに詰めちゃったから……。というか取り出せるかコレ? なんかお目当ての装備取り出すまでめっちゃ時間かかりそう。緊急時困るなコレ。一回ばらして詰め込み直すか。あ、それでもアルの武器は私が運びますからね! あげないよ!
「い、いえ。そこまで言うならお願いするんですが……。師匠、さっき言ってたコレ。海での便利グッズって言ってた奴ですけど、何ですか?」
「んー? あぁそれね。この前マリーナと一緒に海行ったとき、巨大サメに襲われたでしょう?」
アルがカバンの中から取り出した小さな金属の球体を視界に置きながら、口と手を動かしていく。
未だ記憶に新しい、あの意味不明な大きさなサメ。下手なサメ映画より迫力があったあの化け物は、地上に上がってきてくれたおかげで軽く倒すことが出来た。けれど海上での勝負、足場が船の甲板くらいしかない場所であれば、その対処はかなり面倒なことになるだろう。
もし誤って海の中に放り込まれてしまえば、なおさらだ。
一応私の装備も海上海中に対応できるものと、ダンジョン攻略に使う普段のものと2種類用意はしているのだが、それ以外にもいるかなぁって思って持って行こうとしてるのがこれだね。
「この前ドロと世間話するついでで作った試作品みたいなやつ。ルーン刻んであるでしょう? そのボールを口の中に放り込んで魔力を流せば、空気が生成されて海中でも息ができるようになるの。」
「へぇ! すごいですね!」
「まぁ問題は口の中に魔力通すのがクソ難しいことと、サイズ的に誤飲する可能性が高くて危ないこと。後は戦闘中に力むとき誤って噛んじゃったらボールが破裂して口の中をケガするくらい? どっちにしろ実戦では危なくて使えない代物だけど。」
「……これ持って行く意味あります?」
正直に言って、ないねぇ。
あ、アル!? 投げ捨てようとしないで!? 一応! 一応持って行くの! なにあるか解んないじゃん! だからゴミ箱にシューッ! しようとしないで! え? 他にもそんな必要なさそうなもの鞄に入れてるでしょう? なんでわかるの!? 全部捨てる!? やめ! やめ!? あぁぁー!!!!
6/5! どうかよろしくお願い致します!
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誤字報告いつも大変お世話になっております、励みになります。
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