【書籍化】TS剣闘士は異世界で何を見るか。   作:サイリウム(夕宙リウム)

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85:よろしくね?

 

「落ち着いた? テクラちゃん。」

 

「……えぇ、でもまだちょっと背を撫でてもらってもいいですか?」

 

「もちろん。」

 

 

そう答えながら、なんだか三人目の子供というか面倒見る子が増えたなぁなんてことを考える。

 

アルやマリーナと比べるとほぼ一人で何とか出来る子であることは理解できるのだが、やはりお酒が絡むと羽目を外してしまうようで、頼りない姿を見せてしまっている彼女。若干ヤニ臭いし、欠点を挙げるならば幾らでも数えられるだろう。けれど……、不快に思うほどではない。

 

 

(人好きするって言うのかねぇ。)

 

 

もう体に染み込んだ癖の様に、彼女の動きを分解してしまう。

 

発声や仕草一つとっても、他人から好まれるような動きを無意識でしているのが理解できる。こっちは経験と蓄積で色々積み上げたっていうのに、この子は天性のものだ。ちょっと行き過ぎている趣味もあるが、話してみてその思想なども特に可笑しなところは見受けられない。

 

あの女神の横暴さに対抗するために癖の強い人を聖女候補にしたのかと少し考えていたが……、あのお婆ちゃんはこういう所も見ているのだろう。頼りなさというか、自身への自信の無さというのだろうか。その辺りから生じる様な弱気な感じが多少見受けられるが、普段の聖職者としての動きで隠されている感じ。

 

 

(……そういえば、一番最初にこっちで参考にしたのも。こんな子だったっけ。)

 

「ジナさん?」

 

「ん? あぁごめん。潮風が心地よくてね、ちょっと考え事を。」

 

 

そう誤魔化しながら、彼女と一緒に海を眺める。

 

海中に生息する魔物からいつでも逃げれるようにするためか、この船はある程度陸地が視認できる距離で海の上を進んでいる。まぁあのクソデカいサメがうじゃうじゃいるとなれば、その選択は間違いではないのだろう。単なる乗客としても、陸地だけでなくそこから出発する幾つかの船の様子を眺めることができるのだ、単に水平線を眺めるよりは楽しいから、こっちの方がいいね。

 

 

「凄い今更だけどさ、テクラちゃん。私達でよかったの?」

 

「よかった、とは?」

 

「ついてくる相手のこと。」

 

 

彼女にとって、私は酷くやりにくい相手だろう。何せ彼女よりも『聖女』になる資格だけはあるのだから。

 

聖職者の役職というものは、如何に神に気に入られるかというものが大きな評価基準になっているようだ。まぁ人の身に神の御心など理解できないので、『神が下賜したことになっている神聖系魔法の取得数』で判別するらしいのだが。

 

けれどそんな建前も、実際に神の声を聞いたり見たりした者と比べれば霞む。私のような神によって復活しその姿を見、声を聞いた存在など聖女一直線だろう。そんな名誉ある役職を蹴った私と一緒に旅しなくちゃならないのだ。やりにくさを感じても可笑しくはない。

 

 

「まぁ確かに、思う所はありますねぇ。なんで私が次なのか、とか。なぜ貴女ではないのか、とか。今でも思っちゃってますし。ですが……」

 

「うん?」

 

「貴女があの話をお受けにならない理由も、少し理解できます。」

 

 

海を眺めながら、つぶやくようにそう言う彼女。

 

横目でその瞳を見るが、その感情は彼女自身に属するものというよりも……、外。いやもっと言うなれば、私に向けられているように思える。聖都から出る前、彼女は聖女のお婆ちゃんと二人で色々話していたようだ。そこで私についてや、その背後関係について語ったというのは聞いている。

 

ある意味、神の視点を持った人から教えられたのだ。私が感じていること。その大半が見透かされていると考えていいだろう。

 

 

「これは、お聞きしていいのか解りませんが……。心の傷は、晴れませんか?」

 

「なーんだ。“そっち”の話か! 晴れるもなにも。消えるわけないでしょう?」

 

 

ふざけた口調で返しながらも、自分の芯が冷えていくのを感じる。

 

2人の前では、ずっと隠している私が抱える闇の部分。剣闘士として戦い続けたが故に私が作ってしまった、屍の山。意識せずとも全身に伸し掛かる彼らの怨嗟と、軽く目を閉じれば見えてしまう血で汚れた私。より深く想起すれば、彼らが未だ生きている私を地獄に引きずり込むような。全身が彼らの手によって締め付けられているような錯覚に陥る。

 

こんなもの、消えるはずがない。

 

アルの故郷に戻った際、私はその一端を見せてしまった。それに彼女は剣闘士としての私をずっと隣で見て来た子でもある、私が何に悩み苦しんでいるのかぐらいバレていてもおかしくはない。マリーナの方はまだ、私のことを憧れの存在として見ているおかげかバレてはいないようだが……。過ごす時間が延びれば延びるほど、私の『異常さ』を知ることになるだろう。

 

だからさっさと自分の中で消化してしまいたかったんだけど、上手くいかないものだよねぇ。ねぇテクラちゃん。今私全力で隠してるつもりなんだけどさ、笑えてる?

 

 

「……いえ。確かに顔は笑われておりますが、眼が。」

 

「あはは! だめかぁ! ……一人殺せば殺人者、百人殺せば虐殺者、万人殺せば大英雄。だっけ? いいよねぇ、誰かに称えてもらえるっていうのは。まーったく嬉しくないことを除けばさ。」

 

「……少し、お気持ちは解ります。」

 

「やさしいね、テクラちゃんは。」

 

 

何年か前、それこそアルと出会う前なら、貴様に何が解ると叫んでしまっていただろうが、共感してくれる彼女に感謝の意を伝えておく。

 

お陰様で楽しい日々を送らせてもらってはいるが、そこまでの過程に私が何を為してきたのか忘れるつもりはない。忘れられるはずがない。私を抱きしめ続けるこの骸たちは、決して消えることはないだろう。押し固めて、塗り潰して、掻き散らして。どれだけやっても消えることのない私の罪。けれどそれに押し潰されるのは、誰にも許されない。だってそれは『ビクトリア』でも『ジナ』でもないでしょう?

 

そう、『私』はそんなことしない。

 

もし周囲の皆、アルやマリーナ、この身を知る人々にそう願われるのであれば、そう演じよう。もし貴族であれと願われるのであればそれを、聖女であれと願われるのであればそれを、醜くその一生を終えろと願われれば、命散るまでこの手に掛けた者たちに詫び続けろと求められれば、そうする。でも、『今の私』はそんなこと誰にも求められていない。

 

今を生きる人から、師として、偶像として、役者として、そうあることを求められている。それを演じることが私なりの贖罪であり、『私』への贖罪であり、彼らへの贖罪。私が身にまとう栄光が誰かの死によって成り立ったならば、より強く、この身を焼き尽くすほどに強く輝く。

 

 

「ま! そんな大層なことできないけどねー。」

 

「ジナさん……。」

 

 

あ、そうそう。聖女の話に戻るけどさ。やっぱこんな殺人鬼よりも相応しい人がいっぱいいるでしょう? それが今の聖女、そして神様に認められてるんだったらさ、それでいいんじゃないの? 問題があるって思ってるみたいだけど、目の前にもっとヤバい奴いるし。文句言う奴がいれば笑って殴り飛ばしちゃえばいいのよ。

 

それに、貴女ってとっても素敵な人でしょう? だってこんな私の話を聞いてくれるんですもの。

 

 

「……自身は何も知らぬ小娘です。そのお気持ちを真に理解することは出来ないでしょう。ですが、おそばに立ちその話を聞くことはできます。神の僕である我らは常に皆様の為にあります。それがたとえ『貴女』でも、変わりません。心の居場所がないのは、辛いですから。」

 

 

あはは。やーっぱ優しい人だね、テクラちゃんは。……いや、ちゃん付けするのは失礼かな? さっき私はこの子を三人目の子供みたいって考えちゃったけど、訂正した方がいいかも。

 

ちょっと抜けているところもあるし、足りないところもある。けどそんなの人間なら当たり前だ。この子、いやこの人は自分の芯を既にしっかり持っている。不安定ながらも、ちゃんと自分を定義してる。これまでの無礼を詫びなきゃ、ね。

 

 

「ま、これからよろしくよ。テクラ。」

 

 

「えぇ。こちらこそ。何でも頼ってくださいね。」

 

 

優しい笑みを、贈ってくれる彼女。一瞬だけ“過去の誰か”と重なるが、眼を閉じこちらも笑みを浮かべることでそれに返す。

 

ふふ。そーんなに言われちゃ頼らないと逆に失礼になっちゃうじゃん。

 

基本的にアルやマリーナのことお願いするつもりだったけど、ちょっとヒマになったらお付き合いしてもらおうかな? あ、もちろんそれまでにお酒が美味しいお店探しておくから。よろしくね?

 

 

「あ、でしたら喫煙スペースがあるところでお願いします。」

 

「……そこはほんとブレないね。」

 

「えぇ、譲れませんので。」

 

 

少しふざけたようにキメ顔を作ろうとしたテクラだったが……、ちょうど大きな波を乗り越えたのだろう。船が大きく揺れ動き、ほんの少しだけ足が甲板から離れる。

 

そんな揺れが良くなかったのだろう。ようやく戻って来た彼女の顔がどんどん悪く成って行き……。海へと向けられる、その顔。

 

 

「し、締まらないねぇ。」

 

「す、すいません……。」

 

 

いいのいいのと返しながら、船の縁にある落下防止用の手すりに腰かけながら、風を感じて周囲を見渡す。一月程度の船旅。どうなるか解らないが、楽しいものに成りそうだね。

 

そんなことを考えていれば、何故か酷く慌てた顔でこちらに向かって走って来る船員さん。

 

……楽しくはなるだろうけど、もしかして穏やかな旅にはならない感じ?

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「というわけで船員さんぶん殴っちゃった、と?」

 

「「はい……。」」

 

「おで、へいき。きにしなくていい。」

 

 

テクラの背を撫でてやりながら水平線の彼方を眺めていると、急に船員さんに声をかけられて船内へ。案内された場所に到着してみれば、色々一杯一杯になったのか泣きわめくアルに何故か身投げしようとして暴れているのを船員さんたちに止められているマリーナ。それとぶっ倒れた料理担当らしい船員さんが伸びていた。

 

最初はマジで何が何だか解らなかったけど、色々聞き出してみれば間が悪かったというか、あのクソ女神が悪いというか、何というか……。ちなみにこの一人称が『おで』の大男さんがアルとマリーナが殴り飛ばした料理人さんね。現在テクラの治療を受けてる感じです。……え、顎の骨砕けてる? あ、アルにマリーナ?

 

 

「おで、魚捌いてた。今日の夕食。でも傍から見れば、殺人鬼。こわいの、無理ない。」

 

「うちの子たちがほんとすみません……。」

 

 

何でもこの船で釣った魚を大量におろして処理していたそうで、全身血まみれだったそうだ。んでアルが大声をあげて、何事かと飛び出してみれば二人とばったり。運の悪いことに彼が包丁持ちながら出ちゃったもんだから、二人とも早とちりして殴っちゃったんだって。

 

……いやほんと船内で他のお客もいるからってことで帯剣させてなくてよかった。緊急時の対応も仕込んでたから咄嗟に動けたことは師として褒めてあげなきゃいけないんだけど、今回はその対象がね、ほんと関係ない人だったからさ。

 

流石に本職には劣るが、二人の実力は一般人を軽く凌駕している。いくらこの料理人さんのガタイが良くても、彼女たちが帯剣していれば確実にその命はなかっただろう。私の過去やマリーナの貴族っていう立場から普通に暗殺者が狙って来ることはありうるので、攻撃することが駄目とは言えないんだけど……。いやほんと皆無事でよかった。

 

 

「「ごめんなさい……。」」

 

「おで、きにしてない。それに、海、危険いっぱい。ケガたくさん。でも今日はすぐに治してもらえた。おでラッキー。」

 

「はい、治療の方終わりました。砕けた骨も全部元通りですよ。ただ今日明日は安静にして、骨に良いものを多くとってくださいね。」

 

「おで、わかった。」

 

 

さっきまでゲロゲロしていたのが嘘のように、まるで聖母のような笑みを浮かべながらそう伝えるテクラ。声が酒焼けしていなければ何処からどう見ても慈愛溢れる聖職者だっただろう。やっぱりお酒が関わらないと普通にいい子なんだよなぁ。

 

あ、そうだ。アルにマリーナ? その声を聞いた話云々は部屋に戻ってから詳しく話そうね? ここじゃ他の人に聞かれちゃうかもしれないし。あぁそれと、絶対に悪いことにはならないし、何も起きないから安心しなさいな。もしそれぐらいで問題になってるなら多分私のせいで世界数百回終わってるだろうし、ね? 奴隷の最初の頃に死ぬほど神に対して暴言吐きまくってたし。そんな自分を犠牲にするようなのは私大嫌いだから。むしろ反逆するくらいの意思で生き残ることに集中して頂戴な。

 

ということで、神ー? お前見てんだろ。なんか申し開きある?

 

 

【な、ないっぴ……。いやジナちゃんや聖女と言い合いするの楽しくてつい話しかけちゃった。おんなじ感じにできるかなぁって。】

 

【ジナちゃーん。こいつガチで殴り倒しておくからそっちは任せたわよー!】

 

 

そう脳内で考えてみれば、帰って来た神の声と聖女お婆ちゃんの声。あ、今日はそっちいるんすねユアさん。んじゃボコボコにしちゃっておいてください。お願いします。

 

こんな風にお願いしてみれば、即座に聞こえてくる聖女様の殺る気一杯な声。なんか超重量級の武器を振り回す音が聞こえて来たと思えば、それが叩きつけられる音と共に開いていたのであろう通信が途切れる。うんうん、なんで神に対して攻撃しかけて大丈夫なのかちょっとよく解ってないけど、殴れてるってことは大丈夫なんでしょ。

 

っと、私はこっちのことを早く収めないと。

 

 

「船員さん、この度はウチの子たちが本当に申し訳ありませんでした。」

 

「いい、おで気にしてない。こども、元気がいちばん。いいパンチ、元気の証拠。おでも今度から、包丁は置いて歩く。だから気にしないで。」

 

「ありがとうございます。えっと……」

 

「おで、オデっていう。オデ。」

 

「オデさん?」

 

 

なんかすごいお名前の彼に頭を下げながら謝罪すると、笑みを浮かべて許して頂く。全身血まみれでかなり厳つい顔をしているからちょっと体が身構えちゃうけど、やっぱりいい人の様だ。……次の港に寄港した時はちょっとお詫びの品用意して送っておいた方がいいな。

 

 

「あ、そうだ。しすたーさん、ちょっと待って。」

 

「私ですか?」

 

 

そういうと、裏の厨房らしき部屋へと姿を消す彼。少し待ってみれば、小さ目の鍋と籠を持ちながら戻ってき、鍋をテクラに、籠をアルとマリーナに手渡している。

 

どうやら先ほどまで厨房で調理してあったもののようで、両方から湯気が。鍋の方は匂いから貝系のスープで、籠はパンかな? 先が少し見えてるし。

 

 

「これ、お酒飲む人に人気のスープ。治療のお礼。パンはちょっと砂糖かけてる、あまいおやつ。みんなで食べて。」

 

「いいのですか?」

 

「もちろん。あ、おなべとかごは近くの船員に渡せば、かえしてくれる。食べ終わったらおねがい。」

 

 

 

 

 

 






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