『ほいっと。』
“跳躍”を使って狭い中州から広い中州へと跳び移る。
ここまでの足場と同様に、着地したら足場が沈むものだとばかり思っていたけれど…今度はごく普通に土を踏みしめた感触だ。
『おっと、ここは普通の地面なのか。』
≪はい 地形データを更新しましたが 湖中央部に土砂と有機物が堆積しているようです この先の足場は再び水草で構成されているため注意してください≫
『りょーかい。』
コトさんのアドバイスを受け取りつつ、私は丈の短い草原を踏み歩いていく。
狭い中州はほぼすべて植物が堆積してできた足場だったが、広い中州はしっかりとした地面の感触だ。四方を水に取り囲まれているため、掘れば徐々に水が溜まって来るほどにかなり湿っている。しかし、それでも水草の足場よりは余程安定感があると言えた。
…言えた。
『おっと…?』
広い足場に移ってから既に半ばまで進んだ頃。
突然、周囲でさえずりあっていた鳥たちが何かに追い立てられるがごとく飛び去って行った。今まで至近距離に近づきでもしなければ逃げることのなかった鳥たちが、だ。
(あれは確か…サチマナとかいう鳥だっけ…?どうしていきなり…)
サチマナはこの世界で普遍的に生息している鳥類で、雀ほどの大きさに青とオレンジ色の羽毛が特徴的な種だ。その特性は確か…魔力を察知できて、強い魔力反応が現れるなどの危険を感じると一目散に逃げだすという代物だったは…ず…
≪周辺に異常を検知 探査対象を拡大します≫
サチマナは私たちに反応しない。理由は単純だ。私たちは魔力を有していないから。純粋科学の産物である私たちには魔力のような超常的なエネルギーは存在しない。まぁ、ほとんど魔法と変わらないレベルの高性能ではあるのだが。
…そして、もしかしなくても、今って危険な状況なのではないだろうか。
サチマナは既に一羽も残さず飛び去った。それも一斉に。
つまり、今この場所に何らかの危険が迫っているということに他ならない。
(…とても嫌な予感がする…!)
背筋に怖気が走る。
一早く異変を察知したコトさんは、既に周辺の調査を始めている。
私も探査機能の対象範囲を拡大し、普段から起動している動体、熱源に加えて魔力に関しても感知できるように視界を調整した。途端に世界が青、赤、緑など様々な“魔力光”によってカラフルに染まる。以前はめまいがするほどの情報量だったが、最近ようやくまともに情報を処理できるようになってきた。
(動体反応…なし。なら熱源反応は…なし?じゃあ魔力反応はどうだ…?)
周囲を素早く見まわして警戒しながら、少しずつ後ずさりを始める。何が起きているのか定かではないが、異変は足場の半ばに来てから始まった。ならば、一旦離れることで事態が収まるのではないかという考えからの行動だった。
≪… 魔力反応の出現を検知 対象が後方6メートルの距離に接近 すぐにその場から離れてください≫
『なっ!?』
予想が大外れをかまし、驚愕の声が漏れ出る。
咄嗟にその場で足を踏み出し、前へ前へと走りながら後ろを振り返ると…
…巨大な青い触手が、今まさに私たちを薙ぎ払おうと大きく振りかぶっているところだった。
『うそぉ!!??』
触手は激しい波音をたてながら、大きく長くその姿を現していく。私の視界は深い青色の魔力反応で覆い尽くされ、直感的にこれは不味いと体が動き出していた。
(跳ぶっ!!)
足に力を籠め、単純な速度重視のダッシュと同時に跳躍を発動する。できるだけ遠くに、出きるだけ速く。一瞬で視界が切り替わり、湖の向こう岸が近づいた。
その瞬間
『うぐっ!?』
左の脇腹に、鈍器で殴られたような激烈な衝撃が走る。
身体が右側に弾き飛ばされ、そのまま地面を跳ねるようにごろごろと転がった。
(殴ラれた!?)
どくん、どくんと体に血流が巡るような感覚がする。おかしい。
私の身体に血流はない。ならこの感覚は何だ?
(跳躍は最大だった。アの触手との距離は開いているはずなのに…)
両腕を支えに、ぐぐ…と体を起こす。衝撃は強かったが、体に破損はない。軋んだような感覚や、痛みもあるように感じるが、そんなはずはない。この心臓の感覚も、動揺して、前の身体の感覚を錯覚しているだけだ。落ち着け。大丈夫だ、動ける。
≪次の攻撃が来ます 退避してください …推奨退避距離:前方さらに50メートル≫
『くそっ!!』
息をつく間もなく、新たな警告が胸元から発される。見れば、再び巨大な触手が目いっぱいに振りかぶっている姿が認識できた。コトさんに続き、私の頭も本能的に退避の警告を放っている。
『(アレを何度も食らったらヤバい…)っ!間に合うか!?』
言いながら、触手から離れるために跳躍する。しかし、動揺していたとはいえこれは愚かな行為だったと言わざるを得ない。なぜならば、この程度では逃れることはできないからだ。
触手との距離はさらに開くものの、視界に映る魔力反応の大きさからしてこの程度ではあの触手は余裕で私を捉えるだろう。
巨大な青い魔力反応、それがとんでもない速度でこちらに迫ってくるのがわかる。“跳躍”は今まさに使ってしまった。もう一度使おうにも
────≪提案:上へ≫
(!!)
だん゛っ!!!!
上、という言葉を認識するや否や、私はその場で跳んだ。
いつもの“跳躍”ではない、足を使った純粋な垂直跳び。手加減なし、全身全霊全力のそれは、私を15.3メートルもの高さへと導いた。ここまでの高さに至ったのは金角以来だろうか。壁を使わず単独のジャンプだけなら最高記録だろう。
そして、この行為の結果は…うまく行ったと言えるだろう。
触手は私のいた場所を素通りしていく。上から見下ろしたその様子は、湖の向こう岸まで届こうかという長大な触手が射程内のすべての木々をなぎ倒す……いや、横なぎに切断するという凄絶なものであった。
『っぶなぁ!!跳んでなかったら当たってた!!』
人間の身体だったならば、背中にどっと冷や汗をかいているだろう。最初に殴られた時はまだ本気ではなかったようだ。なんてふざけた威力をしていやがる。
≪すいません 相手の射程を見誤りました 修正して次の行動を予測します≫
頂点に達し、身体が落下を始めると同時に、コトさんからの謝罪が入る。しかし、私はそんなことは全く気にしていない。なんなら、彼女の≪上へ≫という言葉が無ければ私は下手をすれば真っ二つになっていただろう。むしろ感謝しかない。
『大丈夫!アドバイスほんとありがとう!!』
伸びきった触手が縮んでいくのを見ながら、私たちは自由落下により落ちて行く。様子を見るに、どうやら触手は攻撃のために“溜め”を必要とするらしい。次の攻撃までにはまだ多少の余裕がある。ならば…退避、そして分析だ。
どちゃりと地面に着地する。なんだかジャンプした時よりも地面がぐっしょりと濡れているようだが、触手が通過したからだろうか。湖から出てきたんだし、不思議ではない。しかし、何かおかしいような…?
…!
『コトさん、この水ってもしかして…?』
私は草に付着した水をすくい取り、胸元へと近づけて見せる。
ほのかに青い光…
≪高純度の青魔力を検知 対象を分析します………分析完了:群体性の精霊種です≫
『やっぱり群体生物だ!…って、え?精霊?』
聞きなれない言葉が混じっているが、私の予想は概ね的中した。
この世界では、量の差は異なるもののほぼ例外なくあらゆる生物が個体ごとに魔力を持っている。しかしながら、ただの水や火、電気などの非生物的なモノには魔力は存在しないとされているそうだ。例外として魔力が結晶化した鉱石というものがあるらしいのだが、それは置いておこう。
さて、今この場にある水は確かに魔力を放っている。それも細菌が放つような、ものすごく微弱なものではない。そういった、極微細な生物はそもそもの魔力量が少なすぎるため認識することすら非常に難しいほどだ。しかし、この水は魔力の反応をしっかりと認識できる。
私はこの水について、液中に特殊な微生物が含まれている、あるいはこれ自体が水のように見える生物なのではないかと考えた。なおスライムではない。アレは核からある程度離されると液体部分は魔力を失うからだ。本体から切り離されても魔力を保持し続けているのは、そもそもこれ自体が生物だから。いわば核のないスライムが大量に集まってできたのがあの触手なのではないかと考えたのだ。
…あ、ちょっとずつ水辺の方へ向かって動いている。やっぱりこれ生き物だ。
…まぁ、それが分かったところで何になるかは全くわからないがな!!
しかし、精霊とはなんぞや?
ゲームとか神話とかで聞いたことはあるけどこの世界じゃ知らない概念だぞ。
≪回答の前に 次の攻撃が来ます 注意してください≫
『!!』
触手を見れば、先程と同様に溜め込まれた力が今にも解き放たれようとしている。しかしだ、今回はまだ心に余裕がある。なんたって攻略法を見つけたのだから。
そして、再び横なぎの“水流”が押し寄せてきた。
私は再び空へ向けて跳び上がり、相手の観察を試みた。
このままではらちが明かないが、相手の観察を続ければ行動を予測して逃げられるかもしれない。なんなら今のようにジャンプ回避を続ければ逃げられそうじゃないか?まだ向こう岸まで距離があるとはいえ…
≪注意
『へっ!?』
直後、跳んで落下を始めた私に向けて、一直線に放たれる水流が見えた。
私は咄嗟に真下へ向けて跳躍を行い、何とか軌道から逸れることに成功する。
狙撃までしてくるだなんて当然だけど聞いていない!!
『あっぶねぇ!!それでコトさん!精霊種ってなに!?』
質問と同時に着地し、私は触手との距離を広げるため走り出した。距離が離れればそれだけ水流の到達は遅くなる。ならば脱兎のごとく逃げるのがとりあえずいいだろう。
≪端的に言うと魔力が生物のように姿形を持つようになった存在です 通常はか弱く無害である場合が多い存在ですが 時折強大な個体が出現し 敵対者に対し甚大な被害をもたらすとされています≫
『敵対した覚えはないんだけど!?』
説明を聞きながら触手…精霊とやらの方を確認する。奴は再び攻撃のためのためを始めたらしく、体を縮めているようだ。ただ、先程と比べ収縮に時間がかかっている。もしかしたら狙撃のために予定より多く水を使用したからだろうか。そうだとしたら時間稼ぎにいいかもしれない。危ないが。
≪また 複数の精霊種が集結することで一つの巨大な個体となる場合があります これを群体性精霊種と定義しており 今回の対象はこれに該当するでしょう あの精霊種は水を司る青魔力が実体化した精霊が寄り集まることで顕現した存在であると思われます≫
(水の精霊…たしか、前世ではウンディーネとか言ったっけか…)
≪また特性として どれほど分割されても魔力を消耗させない限り 時間をかけて元の1個体へと戻る性質を持ちます≫
聞いている間にも彼我の距離は開いていく。既におよそ100メートルは離れただろう。けれども何も安心できないのがつらいところだ。
しかし…なるほど。切ったり叩いたりしても完全に無駄か。聞いた感じ消耗させれば何とかなりそうだけど…さっきの狙撃みたいにやってる間に先読みされてやられるのがオチだろう。
(おとなしく逃げるのが得策…って…おいおい)
どうやら、悪い状況とはもっと悪くなるものであるらしい。
私たちは今現在、湖のほぼ中央にいる精霊から離れようとして湖の対岸へ向けて走ってきたところだ。対岸までにはまだ一つ水辺があるが、そこに関しては幅がおよそ30メートルほどであり跳躍なりを使えば何とかなるだろうと構えていた。しかし──―
≪警告 前方に新たな高純度魔力反応 精霊種であると思われます≫
──その水辺からも、中央のものと同様な精霊の触手が出現したのである。
私は絶体絶命の状況に立たされてしまったようだ。
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筆者が手舞足踏します。