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“無知は罪なり”という言葉がある。
前世の偉人曰く、無知であるということは本人にとってのみ都合がよいことであると。“知らなかった”といい、起こしてしまう問題、あるいは起こしてしまった問題に開き直る。これにより人に迷惑をかけること…さらなる悪い結果を導くことが罪だと。
無知それ自体は罪ではないというのが重要なところだ。無知を笠に着る行為が罪。単なる無知が罪であるならば、何も知らない赤ん坊は全て罪を持つことになってしまう。さらにこの言葉には続きもあり、自身の行いを戒めるために意識しておくのがいい…まぁ、そんな代物だ。
…けれど、私はこの日、自身の無知を後悔する。
◆◆◆
『2体目がいるとか聞いてな…っ!?』
現れた2体目の精霊が、何の予備動作もなく1発の水弾を放つ。
私に備わる抜群の性能を持つ視力によれば、それはおよそ鉛筆1本分程度の太さであった。しかし、それは一切ぶれることなく、重力によって落ちるようなこともなく、ただまっすぐに、恐るべき速度で私に向かって飛んでくる。その勢いが物語るのは、ただの玩具の水鉄砲などではない。金属すらも穿ち抉るような、超強力な水の弾丸だ。
向こう岸まで一直線に、前傾姿勢で走っていた私にとって、その攻撃はあまりにも早すぎた。勢いづいた身体を減速する余裕はとうになく、無理矢理にも体をひねることで回避行動をとることがせいぜいであった。そして、
『がっ!!?』
避けきれず、左足に直撃した。
水の弾は私の身体を貫通し、大腿部に1つの穴が開いたことが認識できる。衝撃により私の身体はバランスを崩し、受け身をとることも出来ずに地面へと転がる。
痛くない。
怖い。
≪中度損傷を確認 損傷補修機能急速作動 修復完了まで:残り32分≫
補修機能の作動アナウンス。
中度ってことは…行動に支障をきたすレベルだ。ああ、間違いない。足が動かないんだ。どうやら足を動かすための機構を撃ち抜かれたらしい。
(やられた…!!)
私の身体は普通の人間よりもはるかに頑強だ。並大抵のことではまず傷つかないことはこれまでで実証済みだった。しかもそれに加えて、自動補修機能という体を構成している素材が自己増殖することで損傷を修理する機能があることが分かっていた。わざわざ自分で傷つくのもどうかと思い試してはいなかったが、曰く、体の中枢である永久機関さえ無事であれば全身が破壊されても再構築することすらも可能なのだという。
これらの要素により、私はあたかも自分が不死身のようにすら考えていた。
だが、その認識は誤りだった。金角の時もそうだったが、いくら眼鏡といえどこの体が耐えられない攻撃は世界には確実に存在する。そしてそれは、そこまで珍しいものでもないらしい。
さらに、補修機能は瞬時に損傷個所が完治するような機能ではない。人体の再生よりは確実に早いが、しかしそれでも数分から数時間単位で時間がかかるのだ。そして、戦闘中に相手が悠長に待ってくれるわけがない。
そもそも戦闘には参加しない、哨戒ユニットにとってはこれらの機能は活動のために実に有利に働いたであろう。だが、今この時の私にとって、それらは気休め程度の効果しかもたらさないのだった。
『…くそ!!』
両手で地面を掴み、力を込めて体を起こす。
幸い、上半身と右足は無事だ。まだやれる。
『まだ…死ぬわけにはいかないんだ…!!』
まだ道半ばなんてものじゃない。序盤も序盤だ。こんなところで理不尽にやられているようでは、この世界を旅することなんてできないのだろう。美しい世界を見るんだ。終わってはいられない。
≪分析:魔力性質の完全な一致を確認 あれは別個体の精霊ではなく 後方のものと同一個体であると思われます≫
身体を起こし、再び精霊を見据えたところで不意に、コトさんからの情報が入る。
『同一個体…?それは一体……いや、そういうことか。』
先程聞いた群体性精霊の性質…どれだけ分割されてもそれだけでは死んだりすることは無い。そして再集結することも可能…ならば、わざと分割することで自分と同一の個体をもう一つ作ることだって可能なのだ。
(さっきまでの派手な攻撃…あれか。)
私という一個人を仕留めるにはあまりに過剰な攻撃。それは単なる攻撃だけでなく、身体の分割とその移動を兼ねていたようだ。反対側まで自身の一部を伸ばし、そこで分割することでスムーズに挟み撃ちの構図を作りだす…どうやら、あの精霊は追い込み漁に慣れているらしい。
どうしたものか。言うまでもなく非常にまずい状況だ。1体だけでもかなりの脅威だというのに、ほぼ同一のものがもう1体。下手をすればさらに増えることだって考えられる。退路は断たれたと言っても過言じゃない。
そして、私の足が動くようになるまであと30分。
自由に身動きできないこの状況で、出来ることは限られる。
(跳躍を繰り返して何とかして横をすり抜ける…駄目だ。)
時間がかかりすぎる。それに、一回の跳躍じゃ到底岸まで届かない。水を渡っている間に撃ち抜かれるだろう。
(金角の時みたいに助命嘆願をするのは…いや、無理だ。)
あちらはただのお遊びだったし、会話にも応じてくれた。対してこちらは最初から私を排除するために行動している。それも撃滅という手段で。
(なら、どうにかして撃退する?そうは言っても私には有効打が…。)
あれこれと思考を巡らせ打てる手立てを探っていく。今私の手元にあるのは己の身体以外には…メモ、ナイフ、カバン、イェルマスで入手した布で作った外套、あとは雑多なサンプルなど…これと言ってこの状況を打破できるような代物はない。
そうこうしている間に、2体の精霊は溜めがほとんど終わったらしく今にも私たちを圧殺…もしくは切断せんと狙いを定めている。
(考えろ、なにか、なにかないのか…!!)
だがしかし、浮かぶ案は無い。無情にも刻一刻と精霊たちの攻撃が迫る。
そして今まさに、精霊たちが動き出した瞬間──―
──―≪退避は困難と判断 緊急自衛システム作動:両腕部に武装を転送≫
『!?』
次の瞬間、私の両腕…肘から先、手首までの部分に水色の光が迸った。
がくん、と両腕が重くなる。しかしながら、その重さはすぐに無くなり自由に動かせるようになった。そして光が収まり、何が起きているのかを認識できるようになる。
『一体…これは…?』
私の両腕に、およそ70センチ程度の構造物が取り付けられている。
それは黒色で、ところどころ青白い光を放っており、概ね長方形に近い形をしていた。
≪照準開始≫
ぐっ と、腕が自身の意図は関係なく動く。
コトさんが動かしているのだろうか。一体何をするつもりなのか。
右腕と左腕、それぞれの構造物の先端が、前後の精霊たちへと向けられる。
今にも振るわれんとする触手たちへ向けて、一切ぶれることなくぴったりと。
続けざまに、体の中心から両腕に向け、何かが流れて行く感覚を覚える。
吸いだされていくといった方が正しいのかもしれない。
ぎゅんぎゅんと、これまで感じたことのない体の中心からのエネルギーの移動を感じる。同時に、この体になってから今まで一度として感じなかった脱力感が突如として襲ってくる。
だが、それでも、定められた銃口がずれることは無い。
この瞬間、私は直感的に理解していた。
これは銃だ。私のエネルギーを使って撃ち出される、この世界の兵器なのだと。
握られた手の中、人差し指だけが緩く何かに掛けられている。
引き金だ。
≪カウント開始:3…2…≫
十分な補充が終わり、発射の合図が迫る。
けれど、この引き金を引いたならば、一体どうなるのかわからない。
果たして撃って良いのだろうかという、迷いが生まれる。
≪…1…≫
…いや、なんだっていい。
この現状を打破できる一手となるのならば…やるしかない。
撃つんだ。
私は胸の奥から、さらにエネルギーを注ぎ込み始めた。
視界が赤みを帯び、銃身も輝きを強めていく。
ありったけを注ぐ。これでダメなら後は無い。
そう確信して。
…今にしてみれば間違いだった。知らなかったでは、済まされないことだ。
これまでにも、この世界の生物や技術は過剰なまでの攻撃力を有していたということを目にしてきたのに。私は、ただ自分が助かるという光明にすがるのみで、深く考えずに使ってしまった。
≪……トリガーロック:解除 撃てます≫
『うあぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!』
叫びながら、私は両手の指先に渾身の力を籠めた。
ガチン という音とともに、精霊たちへ向けて、白藍色の光弾が放たれる。
それぞれ一発ずつ。眩い閃光を伴うそれは、瞬く間すらなく精霊たちへ着弾する。
両腕の延長線上にあったものが吹き飛ぶ。
水面は蒸発し、湖底は爆発によって甚大に抉られ、それらの先にある自然は悉く削り取られていく。そして、周辺には衝撃でうちあがった泥がびちゃびちゃと降り注いでいる。水蒸気と湿った土、そして有機物が焼け付く生臭い匂いが混在し、むせ返るような空気が一帯に充満してくる。
元凶である私はただ、呆然とその様子を見ているほかなかった。
膨大な熱。多量の電磁波。あまりに過剰な衝撃波。
この日、この瞬間、この湿地帯から数多くの生き物が消え去った。
──―煙が晴れたそこにはもう、精霊の姿は無い。
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