曇天。
先刻の遭遇…そして、私のやらかしから2時間ほど経っただろうか。晴れ空はとうになく、見渡す限り雲が覆い、さらには小雨すらも降り始めている。
足は…普段通りに動く。痛みや違和感もない。
損傷していた箇所は痕も残さず完全に塞がった。おそらく、日ごろの細かな傷なども気付かないうちに復元されているのだろう。ありがたいことだ。
ぴしゃ、べしゃ、と…焼け焦げた草原に広がる泥を踏みながら歩いていく。有機質に富んだ泥の塊を焼いた…特有の刺激臭がする。鼻があったならば曲がっているかもしれない。
見渡せば、焼けて白くなった草や木ばかりの景色が広がり、不自然に穿たれた地形に半ばまで水が溜まってきている。これらの惨状は…私によって為されたものだ。
『はぁぁぁ…やらかしたぁぁぁ…』
頭を抱えながら後悔に悶える。
いくら危機的状況だったとはいえ…いくら威力の規模を認識していなかったとはいえ、あまりにも過剰な力をふるってしまった。精霊を退けられればそれでよかったのに、よもや地形ごと…蒸発させてしまうだなんて。
『…コトさん、あの武器…出してもらえるかな? 一門で良いんだ。』
≪はい≫
光と共に、右腕に一門の銃…いや、砲が現れた。先ほどと変わらず、冷たい砲身は青い光を穏やかに発している。エネルギーを送ればいつでも先程と同じように撃てるだろう。
コトさんによれば、これはイェルマスに配備されていた小型のエネルギーキャノン砲なのだという。名称は“タスラム”。奇しくも前世でそういう名前の…神話の武器?だかがあったような覚えがあるが、おそらく偶然であろう。機能としてはエネルギーを充填・圧縮し、標的へ向けて指向性を持たせて発射するというものだそうだ。そして着弾地点で炸裂し、広範囲を吹き飛ばす。供給できる出力量にもよるが、人間が持ち運べる大きさではそこそこ…中の上程度の威力を持つらしい。比較対象は手元にないが、これ以上があるということを知って末恐ろしく思う。
なお、こんな大層な兵器を使用した私がなぜ無事なのかと言えば…使用者の体表面に特殊な磁場を発生させることで、着弾時に生じる爆風などから保護される機能によるものだそうだ。確かに、私がいたところだけは草が白くなっていなかった。撃つことで使用者も死ぬ兵器なんて欠陥甚だしいものな…。当然ながら対策してあるか。
『……。』
私は左手でそっと砲身に触れた。遥かな時を超えた武装であるものの、格納状態が良好だったらしく劣化の兆候は見られない。いっそのこと、撃った衝撃で壊れてくれれば憂いが一つ減ったかもしれない。しかしながら、未だ手元にある最終手段を手放せる度胸は私にはなかった。
『…武装解除。』
言葉と共に、砲身が光に包まれ1秒と経たずに消える。小雨で濡れた状態であったものの、返却した際には水分は付いていかないそうなので気にしないで良い。…私のような損傷保護機能は無いらしいので、性能面も踏まえつつ今後本当に必要な時になるまでは取り出さないと決意する。
さて、
『今後…か。』
…魔物や精霊との遭遇を考えると、今後もこれを使用せざるを得ない状況に陥ることが考えられる。しかし先刻の威力を思うと…気乗りしない。私というただの一個人が所有するにはあまりに過剰な火力だ。それに私は漁師や軍人といった職業ではないし、火器の扱いなんて慣れているはずもない。ましてや…
私はその場で屈み込み、白化した草に触れる。一見葉焼けしたかのように見えるそれは、しかし触れた途端にぽろぽろと崩れ、砂か灰のようにその場に積もってしまう。正直信じがたいことだが、これらの草木は私の放った攻撃によってこうなってしまったのだ。青々と茂っていた生命は、もはや崩れることを待つだけのモノと化してしまった。…化させてしまった。
『はぁ…こんなの、取り返し付かないんじゃないか…?』
湖の半分以上、もしくはほぼ全体を焼いてしまった。水に関しては水源が離れているため枯れたりする様な事にはなっていないが、生き物の状態が非常に拙い。“探査”の範囲を広げて生命反応を探ってみたのだが、この辺り一帯…少なくとも私を中心とした直径100メートル円内において、全くと言っていいほど生命が存在していないのだ。
…いや、これは適切な表現ではないな。一応反応自体はあるにはある。…まぁそれが何かというとミミズやら地虫やキノコ…つまり地下の土壌生物か菌類等の微生物で、地表にいないごく小さな生物たちのものだ。もっと詳細にしたら細菌もいるだろう。
(逆に言えば地表に生き物いないってことじゃないか…)
大量虐殺。環境破壊。もしこの湖にしか存在しない生物がいたとしたら、私はそれらを絶滅させてしまった可能性すらある。「その環境にしか存在しない生物」というのは意外と多いのだ。もっともっと、慎重になるべきだった。
まだまだ兵器の威力に関する認識が甘い。考えを改めるんだ。この世界は超大規模の戦争が繰り広げられていたんだぞ?しかも技術力や規模は前世をはるかに上回っている。そんな世界にある兵器なんて、敵を屠るために馬鹿げた威力を持っているなんて想像に難くない。攻撃するときはできる限り出力を抑えなければいけないだろう。
今後の方針についてあれこれと考えていると、胸元から声が発される。
≪本ユニットは間違った対応を行いましたか?≫
淡白な口調ではあったが、消沈する私の様子を気遣ってのことだとすぐに理解できた。
『いいや、そんなことは無いよ。コトさんの判断は適切だった。…あの状況を切り抜けるにはあの武器が必要だったよ。うん。』
半ば自分にも言い聞かせるように返答する。動けなくなってしまっては、もはや撃つ他はなかったのだ。当然、打破の手段を提供してくれたコトさんに非は無い。むしろ感謝しなければいけないはずだ。
『助かったよ。ありがとう。…むしろ、私が判断を間違えたんだ。つき合わせちゃって申し訳ない。』
いけない、余計な言葉が口をついて出てしまう。いつまでも鬱屈としていたら先に進めないというのに。しかし、今目の前に存在する失敗を放置することもできない…。
≪…本ユニットは あなたが何に対して葛藤しているのか 理解できていません 本ユニットの対応に不備があった場合 その修正を行います≫
『ああ…ええと…』
そうか、そうだよな。客観的に見ても危機的状況を脱したというのは紛れもない事実なのだ。私たちは防衛のために仕方なく暴力を行使したまで。この現状を後悔しているのは…“環境保護”という概念に固執している私の独り善がりなのだ。
(はぁ…。もう、2時間くらい経っちゃったか?いい加減先に進まないとだよな…。)
…彼女になんて答えようか。
『そうだなぁ、端的に言えば…私は“生き物”が好きなんだ。』
≪単語が定義する範囲が広いように感じます 詳細をお願いします≫
『ああ、そうだよね。うん。ちょっと言い方を変えよう。』
どう答えるのが適切かな、とほんの一瞬逡巡する。
『多少小難しい言い方になるけれど…私が好きなのはヒト以外の生物と、それらによって形作られた環境なんだ。』
そう言いながら、私はおもむろに地面に手を突きさし、沈めていく。指先からぶちぶちと繊維を断ち切るような感触がするのは、おそらく植物の根が残っているからだろう。そして、手首のあたりまで沈めたところで救い上げるように土を掘り起こした。…土を注視すれば、そこには小さなムカデやよくわからない生き物が動いているのが見える。
『…昔から
私はその小さな虫の様子を“写真”機能を使って1枚の画像に収めた。これまでの道中ででも、写真機能を使って記録した生物はそこそこいる。保存先は…メモ帳のストレージにしよう。それか、メモ部分に直接貼り付けてしまえ。
そして、『しまった』と思い出す。余裕がなかったとはいえ、“水の精霊”を撮影するのをすっかり忘れていた。…興味深い存在だっただけに、なんとも惜しい。
…ああ、続きを話そう。
『この小さな生き物以外にも…今は焼けちゃってるけどこの草とかさ、私はこういう生き物が暮らす場所が好きなんだ。踏み荒らされてない、自然な景色。』
言葉と共に、私の脳裏に森林、海辺、洞窟…憧憬にも似た景色が浮かぶ。生命とは神秘的なものだ。けれども、何処か機械的でもある。植物の成長、繁殖のプロセスを見ればよくわかるはずだ。小さな種から芽吹き、土地や大気、太陽から成長に必要なものを吸収し、やがて開花し実をつける。しかしその過程は千差万別で、風に吹かれることで成り立つもの、虫を利用することで成り立つもの…あるいは、他の植物を害して成り立つものだって意外とその辺にある。これほどまでに生命とは複雑怪奇で、面白く、時に恐ろしい。私はそういうものに魅了されたからこそ、それらを大きく壊してしまうことに怯えるのだ。
≪“自然” …本ユニットと対極に位置する単語です≫
『はは…いつか君にもこの良さを分かってもらいたいよ。』
どの道、今後も長いであろう道に付き合ってもらうのだ。その過程で少しでも理解してくれるならば…十分だ。ああ、これも独り善がりか。
≪善処します≫
『う…』
至極まじめな返答を受け、たちまち気後れしてしまう。時々、彼女は私に無理にでも付き合おうとする気がある。それがAIとしての生来の機能なのかは定かではないが、こうなるとどうしても押しつけがましいことをしてしまったという思いがよぎるのだ。
『も、もちろん無理に理解してほしいとは思ってないからね?ちょっと端っこをかじってもらうだけでいい…うわっ』
びゅううぅ…
どんどん沈み始めそうになる私を他所に、不意の突風が吹いた。小雨と灰が巻き上げられ、私の身体を鼠色に染める。小雨で湿った体に灰がまとわりつき、じゃりじゃりとして気持ちが悪い。…水浴びをするべきだろう。ここは水辺だし、ちょうどいい────
──―風が吹いている。
『なんだ…?』
なぜか、嫌な予感がする。
胸騒ぎはすぐにも現実と合致する。対岸の森に、つむじ風が見えるのだ。緑の葉が木々より高く風に舞い、ゆらゆらと不規則ながら移動している。緑と黒の光を纏った、奇妙な渦がこちらへ向かってくる。
『あれは…』
不気味なその様相に不安感を覚え、無意識に口から漏れ出た言葉に返答が来る。
≪緑色系統と黒色の魔力反応 古い森精霊です 先の戦闘に引き寄せられたのでしょう≫
…また、精霊か。
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