懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他) 作:shellfish
戦端が開かれてからはや三日。
戦局は膠着していた。両軍はヴェロニカ共和国と公宙の境、宇宙嵐の影響で漏斗状に萎んだ航路の両端に陣を広げ、一進一退の攻防を繰り広げていた。それはヴェロニカ共和国にとって、奇跡と呼ぶ以外、言い表しようのない戦果だった。
軍事大国であるエストリアの一艦隊を相手取って、辺境の後進国に過ぎないヴェロニカ共和国が互角の戦いを繰り広げているのだ。これを奇跡と呼ばず、何と呼ぶか。
狭隘な戦場を設定することで大軍の運用を阻害し、奇襲により機先を制し、更に感応頭脳の外部操作により同士討ちを強いて混乱を拡大させる。
それらの戦法は悉く成功した。それもこれも、N49-KS1173に『惑星ヴェロニカ』という探知不能の惑星が存在し、その惑星をジャスミンが十全に活用し得たからこその戦果であり、遡れば、『ヴェロニカ』に子供の悪戯のような小細工を施してくれた父の功績だった。その点、ジャスミンは自身の能力を過大に評価はしていない。
だが、それ以降、混乱から脱し平静を取り戻したエストリア軍の猛攻を食い止めたのは、ある種の深海魚のようなフォルムをした正体不明艦艇の驚くべき機動力であり、深紅色の大型戦闘機とその機体に率いられた漆黒の機甲兵の群れの恐るべき破壊力であった。
彼らは正しく神出鬼没であり、ある時は劣勢のヴェロニカ軍の背後から、ある時はエストリア軍の横合いから現れ、雷のような一撃を加えた後に離脱し、瞬く間に別の場所に現れるのだ。
遠距離砲撃戦ならいざ知らず、超接近の格闘戦を繰り返す現状では、彼らを食い止められるだけの戦力をエストリア軍は有していなかった。彼らの手によって一体何人のエースパイロットが宇宙の塵と化したか、数える指をエストリア軍は持ち合わせていなかった。
そして、一度彼らに率いられたヴェロニカ軍の戦闘機は、まるで羊が獅子に変じたように勇猛果敢になり、今の今まで自分達を追い回していたエストリア軍に牙を剥くのだ。
まるで、たちの悪いウィルスが戦場に蔓延しているかのように、エストリア軍は正体不明の一団に苦しめられた。
「何たる様だ!たった数十機編成の部隊にここまで苦渋を舐めさせられるとは!」
エストリア宇宙軍第十三艦隊、旗艦《ネプトゥーン》の艦橋で、司令官フォルクマール中将の副官を務める、イレックス少佐は痛烈な舌打ちを漏らした。
長距離の砲撃戦では、艦隊の展開を広げることの出来るヴェロニカ軍に分がある。そう戦局を読み、積極的な格闘戦に持ち込むよう進言したのは彼であったのだが、まさかこんな隠し球をヴェロニカ軍が用意しているなど夢にも思わなかったのである。
それでも、間断無く攻撃を仕掛ければ、単一の部隊などいつかは崩れ去るに違いないと思い波状攻撃を仕掛けもしたが、その悉くを打ち砕かれてしまった。全く、あの部隊には悪魔が憑いているのだとしか思えない。
「いらつくな、イレックス。戦局は、そう捨てたものではないのだからな」
自軍の苦境にもあくまで悠然とした態度を崩さないフォルクマールは、司令官として十分に賞賛に値するものだったが、ここまで戦局が膠着してしまっては打つ手を探して攻め倦んでいるのかと思ってしまう。
「閣下、どうなさいますか。いったん兵を引き、陣を立て直して再攻勢を計るのも一つかと愚考しますが……」
「いや、その必要はあるまいよ。見た目は確かに互角の戦いではあるが、実際に消耗しているのは、当然のことながらあちら側だ。こちらは前線と予備兵力を交替で運用すれば体力的にも物資的にも常に万全の状態で戦うことが出来るが、奴らは常に大半の兵力を運用しなければ戦線を維持することすら出来ないのだからな」
あくまで悠然としたフォルクマールであったが、イレックスは些か懐疑的であった。確かに、イレックスもフォルクマールと同じように、ヴェロニカ軍は容易く崩れると思っていたのだ。しかし、現実には丸三日も戦線を維持し、その戦意は未だ衰えることを知らない。
果たして、何が彼らを希望へと繋ぎ止め、絶望の侵入を阻止し続けているのか。
もしもイレックスが、その理由が聖女への信仰だと知り得る機会があれば、彼の顔はどのように変化しただろうか。狂信者への嫌悪か、純粋な驚きか、健闘を果たした敵への賞賛か、それとも。
とにかく、今、ヴェロニカ軍は旺盛たる戦意を燃やし、エストリア軍の侵攻を阻み続けている。この防壁を突き崩すためには、もう一つ、何か決定的な戦力が必要であるのは明らかであった。
「さて、ヴェロニカ軍と矛を交えて三日か……」
フォルクマールがちらりと時計を見た。確かに、エストリア軍とヴェロニカ軍の最初の砲火が交わって以来、共和宇宙標準時で、既に三日を少し回っている。その間、エストリア軍は常に積極的な攻撃を仕掛け続けているが、ヴェロニカ軍の分厚い堅守に悉く阻まれ続けているのだ。
「そろそろ頃合いかと思うが……」
フォルクマールの呟きに、イレックスが怪訝な表情を浮かべ、
「頃合いとは、どういう意味ですか、閣下?」
「畑は耕し、肥やしを混ぜ、種は既に撒き終えている。厳しい暑さの夏は過ぎた。次は秋だ。つまり、収穫の季節だということだ」
「収穫……?」
イレックスが難しそうな顔をすると、フォルクマールは呵呵大笑に破顔した。
「我が軍の勝利は動かんよ、少佐。しかし……」
フォルクマールは、大小の火球が明滅を繰り返す、戦場の地獄絵図を眺め、長い長い溜息を吐き出した。
「しかし、果たして私は、本当に勝ちたがっているのだろうか。無論、そうであるべきだ。そうでなくてはいけない。もしも勝ちたくない司令官の指揮の下で、死にゆく兵士がいたならば、これほど醜いファルスなど世界に存在しないだろう。彼らは、一人だって死を望んでなどいないはずなのにな。だが、勝てば、それは作戦の続行を意味する。命令は絶対であり、作戦は我が国に莫大な利益をもたらすのだとしても……」
最後は、まるで消え去るような声音だった。
イレックスにも、フォルクマールの言わんとするところはよく理解出来る。既に、作戦の概要は副官である彼にも伝わっている。いくら宗教的テロリズムの信奉者を抱えているとはいえ、惑星単位のジェノサイドなど前例がない。鋼の巨塔が如きフォルクマールでも、その内心には恐るべき葛藤を抱えているのだろう、と。
惑星ヴェロニカに住む全住民の排除。端的に言うならば、これは人類史において過去に例を見ない、大規模な虐殺ということになるだろう。
何故。震える手で指令書をめくれば、ヴェロニカ共和国、というよりもヴェロニカ教団の企図する大規模テロ計画の阻止と、宗教的テロリズムの撲滅を作戦目標に掲げているのだが、果たして本当だろうかとイレックスは訝しんだ。
テロ計画の阻止が目的ならば、上層部と作戦実行部隊の殺害を目標にして特殊部隊を送り込んだ方が話は早い。まさか、末端の全ての信者までが、テロ計画に荷担しているなど、そうそうあり得べき話ではないのだから。
だが、この指令書では、末端の信者を含めた全ての信徒を攻撃目標としている。ヴェロニカ共和国に住むほぼ全ての人間が、ヴェロニカ教に帰依しているのは周知の事実だ。それに、この星に移住し、その後、ヴェロニカ教に入信した外国人もかなりの数が存在するはずである。
それらを、強力な毒ガスをもって一気に殺害する……。
テロリズムは忌むべき物である。特に、宗教的なテロリズムは厳正かつ徹底的な処断を加えなければならない。過去の悲劇を繰り返さないためにも、それは守られるべき原則であった。それに、ヴェロニカ教団が、教えに帰依しない人間に対して繰り返し非人道的な虐待を繰り返したという事実もある。
しかし、もしもこの作戦の本当の目的が、テロリズムの撲滅などではなく、もっと別の場所に存在するのだとしたら?自分達が得るのは名声や勲章などではなく、永遠に拭うことの出来ない、『無辜の市民を虐殺した唾棄すべき軍人』という、不名誉極まるレッテルなのではないだろうか。
その点、イレックスの直感は鋭かった。おそらく、それは軍人として不幸な資質である。命令に忠実であることこそ最も尊ばれる軍の司令形態の中で、彼は異質であることを宿命づけられているのだから。
イレックスは懊悩したが、フォルクマールのそれに比べれば、まだ底の浅いものだったと言わざるを得ない。真実はもっと滑稽であり、そして現実的であり、そして残酷であったのだ。
フォルクマールは知っていた。この作戦の目的が、宗教的テロリズムの撲滅などではなく、惑星ヴェロニカに埋蔵された莫大なトリジウムの奪取にあるということを。
「まるで、呪われた中世大航海時代にタイムスリップしたかのようだ。鉱山資源の獲得のため、現地住民を虐殺し、土地を奪い取るなど……。いや、それとも人間の精神性など、遠い昔からまるで進歩していないということなのだろうか……」
フォルクマールの呟きは副官の耳にも入ることなく、艦橋の空気に溶けて消えた。
◇
戦端が開かれてからはや三日。
三日の間、ジャスミンとケリーは、常に戦火の炎の最も激しく燃え盛る直中にあった。
僅かな時間の仮眠とエネルギーの摂取のみを目的とした食事以外、彼らは常に操縦席にあり、屈強なエストリア軍と戦い続けてきた。
めざましい戦果であった。ジャスミンが葬ったエストリア軍の戦闘機は既に三桁を越えて久しく、そのほとんどが老練なベテランパイロットだった。ケリーは《パラス・アテナ》よりも遙かに巨大な戦艦を、両手両足の指では数えられないほど沈めている。また、彼らが率いるヴェロニカ特殊軍──マルゴ達が駆るTYPHON零型の戦果を足せば、エストリア軍の畏怖と憎悪は彼らに一手に集中することは明白であった。
「流石に、これは違法労働だろう。一体どれだけの超過勤務手当がついているのか、想像もつかん……」
《クインビー》のハッチから、ホラー映画のゾンビのような動きで這い出たジャスミンが、朦朧とした視線を泳がせながら呟いた。
多少面倒でも、休憩を取るときはきちんと、休憩室で取らなければ身が持たない。《クインビー》の操縦席は、体格の豊かなジャスミンでも座れる程度には広く作られているが、しかしそれはあくまで操縦するのに必要最低限という意味であり、その場で寛ぐことが出来る程に居住性が豊かかといえばそんなことはない。
ふらつく足取り、隈が浮きげっそりと痩けた頬という、普段のジャスミンにはあり得ない様子で、彼女は休憩室へと歩いて行った。
既に、出撃回数は三桁に近づきつつある。単純計算で、一時間に一度は死地へと飛び込んでいるのだ。事務仕事で三日徹夜したのとは訳が違う。
鑢削られる精神力も、集中力と共に減ずる体力も、常人ならば既に過労死しているだけの量を超えている。多少窶れるだけで済んでいること自体、ジャスミンの非人間的な体力と精神力を表しているのだろう。
「お疲れだな、女王」
俯き加減だった顔を、声のする方に向ければ、そこには自分と同じくらいに頬を痩けさせた、ケリーがいた。髪はぼさぼさで、唇も乾いて軽くひび割れている。いつもの、瀟洒な伊達男といった風情はどこにもない、酷い有様だ。
転ずれば、自分も同じような有様ということだろう。戦場で鏡を覗き込む趣味はないが、見てみたいとも思わないジャスミンだった。
「大丈夫かい?せっかくの美貌が台無しだぜ?」
ジャスミンは苦笑した。
「その程度の冗談口しか叩けないあたり、どうやらお前も相当追い込まれているらしい。海賊王の名が泣くぞ」
「手厳しいね、どうも」
いつもの闊達さが無いことくらい、ケリーも承知しているのだろう。
「《パラス・アテナ》の操縦は?」
「ダイアンが、ある程度回復してきてるから今は任せているところだ。随分愚痴を溢されたよ。これじゃスクラップ一歩手前だ、契約違反だってな」
「贅沢だなダイアナは。一歩手前で済んでいること自体、奇跡の賜だというのに」
《パラス・アテナ》が率いるこの歪な部隊に、TYPHON零型全40機のうち一機が大破、三機が小破した以外、損害らしい損害がまだ出ていないのは正しく奇跡以外の何物でもなかった。しかも、大破した一機のパイロットも、間一髪のところで脱出に成功し、事なきを得ている。
「これが聖女の加護ってやつなのかね?」
「それとも、軍神の恩寵なのかも知れないぞ。どうやら、リィもウォルも、あちらの世界では不敗の軍神だったらしいからな。残念なことに、今、この場にはいないが、御威光くらいは届いているのかも知れない」
「そいつはありがたいこった。ついでに、どろどろのスープみたいになった脳みその方をしゃきっとさせてもらえると、もっとありがたいんだけどな」
ケリーがそういうと、亡霊のような表情をしたジャスミンが一瞬だけ顔を輝かせて、抗議の暇すらなく、ケリーに口づけた。
唖然とした表情のケリーに、
「どうだ、これで少しはましになったか?」
「……あんたなぁ、少しはこっちにも心構えってやつが必要なんだぜ?」
「つれないことを言うな。どうやらお前は、少しかさついてひび割れたくらいの唇の方がお好みらしいからな。今のわたしならお前の希望にも応えられるだろうと思ったんだ。怒ったか?」
「……あんたの方こそ、実はマルゴとキスしたことを根に持ってるんじゃねえだろうな?」
ジャスミンは、少女のように笑い、ついにケリーの質問に答えることなく身を翻したのだ。
全く、これだから女って奴は恐ろしいんだ。ケリーが頭を抱えながらジャスミンの後に続こうとしたとき、
「っ貴様ら!そこで何をしている!」
凄まじい怒号が、《パラス・アテナ》の廊下を満たした。
ケリーが慌てて追いつくと、目を金色に光らせて激怒するジャスミンと、居竦んだヴェロニカ特殊軍の少年の二人がいた。
ジャスミンは、彼らの手から何かを奪い取り、そのまま問答無用の有様で二人を張り倒した。
「女王!止めろ!あんたらしくもねぇぜ!何があった!?」
「……これを見ろ」
ジャスミンが、込み上げる怒りを必死に押さえ込みながら、少年達から奪い取った品をケリーに手渡した。
それは、小型の注射器とアンプルだった。
アンプルの表示を見れば、ケリーでも知っている有名な興奮剤──有り体に言えば、向精神薬系の麻薬の一種であった。それも、一度使えば廃人になるまで使用を続けると言われるほど中毒性の強い麻薬である。
見れば、既に少年達は腕を捲り注射をする寸前だったらしいのだが、まだほっそりと肉付きの薄い肘の裏辺りに、いくつもの内出血が見られた。
注射の跡だ。
「お前ら……」
二人は赤くなった頬を抑えながら、おどおどとした視線でジャスミンを見上げた。
「……だって、仕方ないんだ。TYPHON零型を上手に乗りこなそうと思ったら、この薬を打って神経を覚醒させないといけないんだって、父さんが言ってた。科学者も、そうしないと神経パルスが拾えないから、機械との接続が上手く行かないって……」
「僕たちだけじゃないよ!みんなやってるんだもん!僕たちだけが悪いんじゃない!」
少年達は、目に涙を溜めながら必死に抗議した。
ジャスミンは愕然とした。この少年達は、どうして自分達が怒られたのか、ジャスミンの本当の怒りが那辺にあるのか、分かっていないのだ。自分達がどれほど酷い仕打ちを受けているのかすらも、知らない。
「なるほどな。あれだけの高性能の機体を、思考と同調するかたちで操作してるんだ。そりゃ、どこかに無理が出る。それを補うのがこの薬って訳か。良く出来たもんだ」
ケリーが、無感動な視線でアンプルを眺めて、そう言った。
「お前ら、訓練の時も、この薬を使っていたのか?」
少年達は、お互いに顔を見合わせた。正直に言えばもっと怒られるのか、それとも嘘を吐いたほうがもっと怒られるのか、それを相談するような視線だった。
ケリーは苦笑して、
「別に、お前らは何一つ悪いことをしちゃいないさ。このお姉さんが本当に怒ったのは、もっと別のことなんだ。もう、お前らが怒られたり、ぶたれたりすることは、もう二度と絶対にないから、安心して話していいんだぜ?」
「……訓練の時は、使ったり使わなかったり……。でも、実験の時とか、訓練でも実戦を想定した訓練の時は、使ってた。今みたいに、たくさんは使わないけど」
「この薬、凄いんだよ!注射の時はちくっとしてちょっと痛いけど、使えば凄くすっきりするし、眠らなくても戦えるんだ!僕たち、スーパーマンの薬って呼んでる!」
少年達は、無邪気な声と表情で、はしゃぐのだ。
ケリーは、少なくとも表面上は微笑んだ。
「そうか。でも、使いすぎると体に良くない薬だからな。あんまり使うんじゃないぞ。それと、休むときはきっちり休むんだ。この薬は、体に残ってる力を無理矢理に集めて、そこにたくさんあるって勘違いさせる効果しかない。無いところから元気を生み出す薬なんかじゃないんだからな」
「……う、うん、分かった。でも、これがないとTYPHON零型に乗れないから、だから……」
「ああ、使うななんて残酷なことは言わないさ。ただ、用量と回数をしっかり守るようにってことだ。医者にも、それは厳しく言われてるんだろう?」
「うん、分かった。ただ、今は戦闘中だからね。そういうときは、使いたいだけ使うようにって言われてるんだ!でも、あまり使わないようにするね!」
そう言って、少年二人は廊下の向こうに歩いて行った。曲がり角からこちらに振った手が、無邪気で、それ故に残酷だった。
「……どうして止めなかった、海賊。この先、あの子達にどういう運命が待っているか、分からないのか」
「知っているさ。この戦闘を生き延びても、薬の快楽が忘れられずに中毒患者に堕ちるだろうな。薬のためなら何だって、人殺しだって厭わずにこなす、麻薬組織の犬に成り果てるのかも知れない」
「それが分かっていて、何故貴様!」
ケリーの首を締め上げようとしたジャスミン、しかし、自分とケリーの間に割って入った小さな人影がジャスミンを押しとどめた。
ジャスミンは、その小さな人影に、牙を剥くように唸った。
「マルゴ、そこをどけ」
「駄目よ、ジャスミン。だって、ケリーは何一つ間違えたことを言っていないんだもの」
「子供が、麻薬の力を借りてまで戦場に立つことの、どこに間違いがないという!」
ジャスミンの大喝に、マルゴは眉一つ動かさなかった。ジャスミンからケリーを守るように大きく広げた腕、その肘の裏辺りには、小さな内出血が幾つも浮かんでいた。
「……わたし達には、戦う理由と戦わなければならない理由がある。そして、戦うためにはTYPHON零型が必要よ。あれから降りて戦うということは、即ちわたし達に死ねと言うのと同じ意味だわ。ジャスミン、あなたは、わたし達に死ねというの?」
「……しかし!」
「わたし達の耐用年数──寿命が長くないことなんて、みんな知ってるわ。クローンなんだもの、普通の人間と同じ寿命を生きられる訳がない。それでも、必死に生きようと足掻いているの。それを、あなたの価値観だけで一方的に計ろうというの?そんなの、傲慢だわ」
「……!」
言葉に詰まったジャスミンは、廊下の壁を思い切り殴りつけた。
絶望的なほど冷たい衝撃音が、狭い廊下を満たした。
「……どうして、どうしてそこまでして、お前達が戦わなければならない!」
「……ごめんなさい、ジャスミン。でも、こう答えるしかできないわたしを許して。それは、どうしてわたし達が生きているのかと問うのと同じ意味なの。わたし達は、兵士として造られ、兵士として生きてきた。だから、今、初めてわたし達は生きる意味を満たしているんだわ。ようやく生きているって実感出来る。それを、あなたに非難する権利があるの?」
「違う!お前達は、それ以外の全てを知らないだけだ!戦いなど、この世で最もくだらない行為の一つだ!この宇宙には、もっともっと……もっと……!」
「止めろ女王。今は、こんなことを話している時間が、一番無駄だぜ。今あんたが為すべきなのは何だ?こいつらを説得して、戦争なんてくだらないと理解させることか?そんなことをして何になる?それくらい、あんたにだって分かっているはずだ」
その時ジャスミンがケリーに向けた視線には、二親に裏切られた子供のような、驚きと悲しみの入り交じった感情が含まれていたが、ケリーは敢えてそれを無視した。
突き放したのではない。信頼しているからだ。
「……ああ、そうだな、海賊、お前の言うとおりだ。少し興奮し過ぎた。もう、休ませてもらうよ」
「それがいい。また、すぐにあんたには働いて貰わなきゃらならないんだ」
「……悪いが、すぐに眠れそうもない。睡眠薬を、届けて貰えるだろうか?」
「ダイアンに伝えておく」
「……すまない」
ジャスミンは、俯きがちな姿勢のまま、豊かな前髪で表情を隠して、自分に割り当てられた部屋へと戻っていった。
その姿を見て、ケリーは大きな溜息を吐き出した。全く、女ってやつは卑怯だ。勝っても負けても、男を良い気分にはさせてくれない。
「……ごめんなさい、わたし達のせいで、つまらない夫婦げんかをさせちゃったみたいね」
「いや、たまにはこういうのもいいもんだ。スリルを無くした男と女は、いずれ別れていくもんだし……今のところ、アレと別れるつもりもないしな……」
我ながら恥ずかしい台詞を口にしていると、ケリーは鼻の頭を掻いた。
マルゴが、くすりと笑った。
「その言葉、奥さんに伝えてあげるわ。きっと、いつの日にか」
「ふん。で、何をしに来た?犬も食わないゲテモノを、敢えて食べに来てくれたのかい?」
「ザックスが死んだわ」
マルゴが平静な声で、あるいは平静を装った声で、端的な事実を口にした。
ケリーは、相変わらず鼻の頭を掻いていた。
「……あー、そうか、そいつは……」
「彼のオリジナルも、わたしのオリジナルと同じ部隊に配属されていたみたいだから……。つまり、ケリー、あなたと彼のオリジナルも、同僚だったのでしょう?なら、伝えておく必要があるかと、そう思ったの。お節介だったかしら?」
「いや……よく教えてくれた。礼を言うぜ」
ケリーは、ほぅ、と、短く息を吐いた。
「どうして死んだ?」
「……無茶な出撃を繰り返して、突出したところを袋叩きにされた。助ける暇もなかった」
「はっ、そいつは何ともあいつらしいな。で、誰を助けるために突撃したんだ?」
ケリーは少しだけ笑った。
そうだ。あいつはいつも怖いもの知らずだった。でも、赤布に突進する頭の悪い闘牛のように向こう見ずだったわけではない。いつも、仲間の誰かの危ないところを助けるために、敵陣に切り込んでいったのだ。
ケリーと特別仲が良かったかと言えば、そんなこともない。あの時は、マルゴをめぐって恋敵だったと言ってもいい。それでも、ケリーが危ないときに、少しも躊躇うことなく助けに来てくれた。だから、ケリーもザックスを助けるために、命を賭けた。
遠い遠い、絵本よりも遠い昔のことだ。
「……ザックスのおかげで、五機のTYPHON零型が撃墜を免れたわ。これで、わたし達はまだ戦える。彼の死は、ちっとも無駄じゃなかった。勇敢な死に様だったの。ねぇ、ケリー、そうでしょう?彼の死は、無駄なんかじゃ無い、そうよね?」
「……ああ、そうだ、お前のいうとおりだマルゴ。だから……もう、泣くな」
マルゴは、ケリーの胸に縋り付いて啜り泣いた。
果たして、これがこの少女の本質なのだろうか。それとも、度重なる戦闘による精神的な負荷が、少女の精神を退行させた結果なのか。
──ああ、俺は今、つまらないことを考えたな。
ケリーは、マルゴの肩を抱き締めてやった。少女が泣いているのだ。男に出来ることが、他にあるのだろうか。頤を持ち上げて唇を落とすのは、もう少し成長した女にしか出来やしない。
「それにしても……」
ケリーは、しゃくり上げるマルゴの背中を優しく撫でながら、天井を見上げていた。
それにしても、いつになれば戦いは終わるのだろう。
そろそろ限界だぜ、黄金狼。
ケリーはマルゴを抱き締めたまま、深い眠りに誘われていく自分を、遠ざかる視線で眺めていた。
◇
旗艦《ネプトゥーン》の艦橋で報告を得たフォルクマールは、静かな面持ちで頷いた。
「ふむ、ぼちぼち頃合いか」
その声に喜びはない。想定したよりも遅延した報告に、いらついているわけでもない。ただ、事実を事実として認識しただけの、無感動な声だった。
そして、フォルクマールは下すべき命令を下した。
ヴェロニカ軍に対する、徹底的かつ総力的な、全面攻勢である。
◇
戦端が開かれてから正確に80時間。ヴェロニカ軍はエストリア軍の凄まじい攻撃に晒されていた。
長距離からの支援砲火は、まるで近距離格闘戦を続ける見方をも砲撃に巻き込むほどの密度で放たれ、また近距離格闘戦を仕掛ける艦艇は搭載機の全てを発進させ、搭載する全ての物資を使い尽くす勢いで攻撃を繰り返した。
物資を使い尽くし、行動限界に達した艦艇は順次後退していくのだが、万全の状態の新しい艦艇が威嚇攻撃を繰り返しながら前進してくるため、ヴェロニカ軍は逆撃を加える余裕が無い。ひたすら攻撃に耐え、戦線の崩壊を防ぐのに精一杯だった。
「まるでエネルギーとミサイルの浪費だ。エストリア軍がどれだけの補給計画を立てていたのか知らないが、それでもあまりに無茶な運用と言わざるを得ん。このままでは、奴ら、敵地で燃料切れを起こすはめになるぞ」
ヴェロニカ軍旗艦《クノルフ》の艦橋で、ヴォダルスは冷や汗を拭うこともせずにそう呟いた。
今、ヴェロニカ軍がエストリア軍の攻勢に堪え忍んでいることが、薄氷の上に立つという形容では生温いほどに奇跡的なことなのを、ヴォダルスは弁えている。薄氷の上でダンスを踊る、でもまだ足りない。それでも例えるなら、ウィスキーに浮かぶボールアイスの上でつま先立ちをしているようなものだ。
今、死線で戦う兵士達の心を支えているのは、軍に対する忠誠でも、国家に対する忠誠でもない。無論、司令官に対する忠誠などであるはずがない。
彼らは、ただ、己の信仰心のために戦っているのだ。聖女を、聖女が降臨したこの国を、悪辣な侵略者から守るために戦っている。彼らは、あの日、あの祭壇に居合わせたわけではない。しかし、日頃からの信仰の対象を守るために、捨身の覚悟で戦っている。
だが、信仰心から発生する戦意だけで、装備と練度の差を完全に埋められる筈もない。
「つまり、我らは、またしてもあなたに助けられたということですか、クーア教官……」
遠く過ぎ去った過去を思い起こしながら、ヴォダルスは呟いた。
戦力的に圧倒的不利なヴェロニカ軍が、辛うじてエストリア軍と互角に戦えている理由は、旺盛な戦意だけではない。寧ろ、クーア財閥の三代目を名乗った男と、二代目を名乗った女の、オーパーツ的に高性能な艦の活躍によるものだとヴォダルスは理解していた。
それに、ジャスミン達に率いられた、ヴェロニカ特殊軍の少年少女の操る、漆黒の機甲兵。防衛戦に綻びが生じ、致命的な破綻となる寸前にどこからともなく現れ、驚くべき機動性でエストリア軍の精鋭を翻弄し、痛撃を加えてまた違う戦場へと飛び去る。
正しく神出鬼没と疾風怒濤、そして一撃必殺を体現したような部隊。
それは、ヴェロニカ軍にとっての救世主であり、エストリア軍にとっての悪夢であった。
しかし、それも限界に近づいているとヴォダルスは見て取っている。どれほど突出した技術によって造られた艦であっても、どれほど常識外れに高性能な機甲兵であっても、それを操縦するのは人間だ。無論、その人間の方も、一般人とは比較にならないほどタフであることを、ヴォダルスは身をもって承知しているのだが、それでも限界がある。もしも、機械のフルスペックを永久に発揮し続けられる人間がいるとするならば、それは既に人間の領域を踏み外している。
「80時間……」
ヴォダルスはちらりと時計を見遣った。
まだ、通信は回復しない。つまり、惑星ヴェロニカの周囲に配置されたジャマーが、未だ排除されていないことを意味している。
まだか。ヴォダルスは短い舌打ちを漏らした。
「もう限界だぞ、こちらは……!」
だが、戦況はヴォダルスの予想とは全く異なる推移を見せた。
今まで圧倒的な物量を正面から叩き付けてきたエストリア軍の動きが、ある瞬間を境にぴたりと止まり、じりじりと後退を始めたのである。
「どう思う、参謀長」
エクベルトは相変わらず、能面のように無表情のまま、
「先ほどまでの無計画な攻撃が奴らの暴走ならば、行動限界を迎えたということになるのでしょうが、誘うような後退は、我らを罠に引きずり込もうとしているかのように見えます。しかし、彼らが後退しても、戦場はより狭隘になり大軍の運用が難しくなるのは明らかです。ならば、引きずり込んで如何なるメリットがあるのか、甚だ疑問ではあるのですが……」
「そもそも、我らはエストリア軍の侵攻を防ぐのが目的だ。ならば、奴らの転進をわざわざ馬鹿正直に追いかける必要もまたないのだが……」
「ですが、彼らの背後に更なる補給部隊が存在していた場合、既に我が軍に、再度の攻勢を受け止める余力はありません。多少の危険を冒しても、ここは逆進し追撃をかけるべきかとも思われます」
参謀長の進言にヴォダルスはしばし瞑目したが、その時間は僅かであった。戦場において最も愚かな行為は無意味な逡巡であることを知っていたのだ。
「奴らの後退に乗じて追撃をかける!侵略者のけつを思い切り蹴り上げてやれ!ただし、奴らが我らを広大な戦場に引きずり出し、一挙に殲滅を計ろうとする可能性がある以上、深追いは決してするな!」
司令官の決定は、速やかに全部隊に伝達された。ヴェロニカ軍は、整然たる横陣を保ったまま、後退を試みるエストリア軍の殿に噛みついた。
ただでさえ戦意旺盛であったヴェロニカ軍が、背中を見せた憎き侵略者を見て血気を逸らせない筈がない。然り、今までの防戦で蓄積されたであろう疲労など微塵も感じさせない動きで急進し、猛烈な砲火を浴びせかけた。
エストリア軍も、殿部隊には防御力の高い重装甲戦艦を優先的に配置させてはいたが、ヴェロニカ軍の集中砲火には流石に耐えきれず、いくつもの艦艇が航行に支障を来すほどの手傷を負い、そのうちの何隻かは大破、爆発四散した。
「……妙じゃないか、海賊」
その光景を遠巻きに眺めていたジャスミンが、通信機越しにケリーに話しかけた。
「連中も、当初から艦隊戦を想定した物資を準備していたはずだ。それにしては、後退のタイミングが早すぎる。先ほどの乱雑な攻撃のつけと言ってしまえばそれまでだが、天下のエストリア軍にしてはあまりにお粗末だ。これは罠ではないのか?」
『ああ、俺もあんたの言うとおりだと思う。しかし、罠を仕掛けるにしても、見ての通り、ヴェロニカ軍の勢いも大したもんだ。これなら多少の罠なら食い破っちまうぜ』
「……このままエストリア軍の後退が続いてくれるなら、航路の最も狭まるポイントに機雷を敷設し再度の侵攻を阻止する戦法も使えるが……果たしてそう都合良く敵が動いてくれるものか?」
疑念は尽きないが、エストリア軍の慌てふためきながら後退する様子はほとんど潰走にも近いもので、百戦錬磨のジャスミンも、今が攻撃の好機であるという誘惑に駆られてしまうのだ。
戦場は生き物のようなものだ。それが単なる比喩にとどまらないことをジャスミンは知悉している。もしかしたら、エストリア本国に退っ引きならない事情が発生したのかも知れない。今回の作戦が下部兵士に知れ渡り、それが切っ掛けで反乱が起こったのかも知れない。可能性は無限にある。ただ大事なのは、好機は一度逃してしまえば、もう一度それを引き寄せるまでに多大な労力と莫大な犠牲が必要になるということだ。
第一、司令官が攻勢を指示したのだ。敵の動きが罠であると、明白な根拠も無しにこれに背くことは、軍規からして許されない。
ジャスミンもケリーも、覚悟を決めた。
《パラス・アテナ》が猛烈な速度で急進し、後退するエストリア軍の艦艇とほとんど並走するようなかたちで接近、散発的な抵抗を掻い潜りながら、敵戦艦のミサイル発射孔に20センチ砲を叩き込んだ。
憐れな敵戦艦は被弾部を境に真っ二つに折れ、まず前方部が、それほど時を置かずに後方部が、大爆発を起こした。脱出に成功した搭乗員は、おそらく皆無だっただろう。
ジャスミンの駆る《パラス・アテナ》も、マルゴ達の操縦するTYPHON零型も、思う存分に暴れ回り、枯草を薙ぎ倒すように敵艦を撃破した。紅の戦闘機が率いる黒い機甲兵の編隊は、エストリア軍にとって恐怖の対象であり、正面からの一騎打ちを仕掛ける戦闘機は既にどこにも存在しないほどだった。
望むべくもない戦果。これは、勝利へと続く舗装路を一直線に突き進んでいるに違いない。ヴェロニカ軍が、上層部から下級兵士に至るまでそう確信する中、しかしジャスミンとケリーは、心中に育ちつつある、言い知れぬ不安と戦っていた。
撃てば当たる。それだけ敵の反応が鈍いのだ。だが、あまりに鈍すぎる。いくら潰走中の部隊であっても、自分が標的にされていると知れば必死の抵抗を試みるはずだ。しかし、その必死の抵抗すらが、散発的で的外れなものでしかないのだ。
一体、いつから獅子が子猫に変じたというのか。
「馬鹿な!脆すぎる……!」
ジャスミンが独りごちた時、《パラス・アテナ》からの通信が入った。
通信画面に映し出されたケリーは、この男には珍しい程、焦りの色濃い表情で、決定的な台詞を口にした。
『不味いぞ女王!やはりこいつは罠だぜ!この戦艦は、人員を搭載していない!』
「なんだと!」
次に聞こえたのは、焦りに染まったダイアナの声だった。
『ジャスミン、聞こえる!?さっきケリーが仕留めた艦の爆発映像を分析してみたんだけど、真っ二つに折れた艦艇のどこからも搭乗員が外部に放り出された形跡が無かったわ!この規模の戦艦で、そんなことありえる筈がない!ためしに外部操作を仕掛けてみたら、案の定、完全なオートパイロットに設定されてる!人員は、既に全員退避しているのよ!』
「一体いつ、そんなタイミングが……」
そう言ったジャスミンは、先ほど、一瞬ではあるがエストリア軍の動きが止まったことを思い出した。
狂騒的な全面攻勢から、不自然な後退に転じる、一瞬の時間。
あの時に、このような小細工を用意していたのか。
ジャスミンは痛烈な舌打ちを零した。
「つまり、わたし達は敵の用意した撒き餌に見事食いついてしまったわけだな!」
『ああ、その通りだ!既に、司令部にはこの情報を伝えている!俺達もさっさとずらかるぞ!』
エストリア軍の最後部とヴェロニカ軍の最前部、つまり現在戦火の交わっているポイントは、既に航路の最も狭まる箇所に到達しつつある。ここまで押し返すことが出来れば、今後の戦術的優位をヴェロニカ軍は奪取することが出来るというのに。
もう少し、もう少し攻勢をかけることが出来れば……。断ち切りがたい誘惑がジャスミンの、そしてヴェロニカ軍上層部の脳裏を過ぎる。罠があってもそれを食い破ればいいのではないか。今の勢いならば、それが可能ではないか。
「……よし、回収を頼む、海賊!」
しかし、ジャスミンはその誘惑を断った。敵の意図が知れない以上、この場にとどまるのは危険過ぎる。
ヴェロニカ特殊軍の駆るTYPHON零型も《クインビー》に倣い、次々に《パラス・アテナ》の格納庫に収納されていく。
だが、目の前の餌に興奮した他の部隊は、依然、猛攻撃を仕掛け、後退をする気配がない。司令部の命令が届いていないのか、それとも命令でも歯止めがきかない程に暴走しているのか。
連中の首根っこを引っ掴んで後退させたいジャスミンだったが、それが不可能なことは十分承知している。
「くそ、回収を急いだか!こうなることが分かっていれば、連中の鼻先を狙撃して目を覚まさせてやったものを!」
物騒なことを口走りながら、軍用ブーツで壁を蹴りつけたジャスミンは、間もなく《パラス・アテナ》の操縦室に姿を現した。
『ちょっとジャスミン、わたしのお腹の中を蹴らないでよ!ただでさえオーバーホール寸前の怪我人なんだからね!あなたの馬鹿力で蹴っ飛ばされたら、本当にスクラップ工場行きになっちゃうわ!』
スクリーンに映し出された美女が凄い剣幕で怒っている。流石のジャスミンも思わずたじろぎ、素直に頭を下げた。
「す、すまない、そうだったな、ここはダイアナの体内なんだった。とんだ無礼をした。心底謝る。もう、二度としない」
『……冗談よ。いくらあなたでも、生身の人間が暴れた程度でお陀仏するような、やわな造りはしていないもの。それに、あなたがいらつく理由も分かるし……』
「わかった。ではこの話はここで終わりだな。で、海賊、状況は?」
スクリーンに敵味方の配置図を映し出したケリーが、
「見ての通りだ。敵さん、案の定後退を止めて陣を再編してやがる。このまま、一気に突撃してきそうな体勢だぜ」
「しかし、ここまで勢いづいたヴェロニカ軍の先鋒をくじいて、それが出来るのか?」
装備や練度においてエストリア軍がヴェロニカ軍を凌駕していることは間違いないのだが、戦場における勢いは、それらの要素を軽々と飲み込んでしまう。例えこれが何らかの罠であったのだとしても、ここまでヴェロニカ軍を勢いづかせてしまったのは、やはり悪手だったのではないか。
しかし、ジャスミンの考えも、やはり希望的観測に過ぎなかったことを知らせる、絶望的な報告が飛び込んできた。
ケリーの通信を聞いて、周囲の警戒に当たっていたマルゴが、格納庫から一気に全力疾走し、操縦室に駆け戻ってきたのだ。
「大変よ、ケリー!やられたわ!伏兵よ!」
「どこに!?」
「わたし達の真後ろよ!やつら、この嵐の中を突っ切ってきたんだわ!」