懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他) 作:shellfish
エストリア軍はヴェロニカ侵攻にあたり、最初から部隊を二つに分けていた。
本隊は、当然のことながら宇宙嵐の隙間を縫うように、凪の航路を選んで進軍した。別働隊は、敢えて嵐の中を突っ切るように、それでも勢力の比較的弱い箇所を、遭難や難破の危険を顧みずに踏破したのだ。
「そこまでする必要があるのでしょうか、フォルクマール提督」
高級士官専用のサロンの個室で、膝をつき合わせるように座った上官に向けて、別働隊を預かる手筈となっているウッカーマン少将は懐疑的な視線を寄越した。
「相手が、例えばマースやダルチェフの艦隊ならいざ知らず、たかが辺境のヴェロニカ共和国の弱兵でしょう。ならば、下手な小細工などせず、正面からぶつかるだけでも簡単に撃滅が可能かと思われます」
ウッカーマンの表情に、例えば危険な任務を担当することに対する不満や、大荒れの宇宙に対する恐怖の念もない。
ただ冷徹に、この作戦の効果について上官であるフォルクマールの真意を問い質しているのだ。
「どれほど慎重に進んだとしても、数百隻の艦艇で宇宙嵐に飛び込めば、少なからぬ遭難者が出ることは確実です。また、通常航路を進軍する本隊よりかなり遅れて戦場に到着することになるでしょう。最悪の場合、敵と交戦することすらなく多大な犠牲者を出し、戦場に着いてみれば既に戦闘は終結していた、などという結末になりかねません。そうした事態に陥った場合、あなたは、犠牲者の遺族に対してどのように釈明するおつもりですか?」
逃げ場の無いウッカーマンの舌鋒に、しかしフォルクマールは悠然とした様子でグラスを弄んでいる。そして悠然とした様子で琥珀色の液体を口に含み、喉を湿らせてから口を開いた。
「確かに、奴らを打ち負かすだけならばそれでもいいだろう。しかしウッカーマン少将。我らの真の目的は、惑星ヴェロニカの占領にある。それも、無人の野と化した、な」
大規模な嵐の中の航海を恐れないウッカーマンも、気圧されたように唾を飲み下した。
軍の中でも超機密扱いとされ、極々一部の人間しか知り得ない今回の作戦の真意を、第十三艦隊の副司令官であるウッカーマンも、つい先ほど知らされたのだ。
ウッカーマンも、躊躇した。ヴェロニカ共和国が、エストリアにとって目障りな存在であろうとも、どれほどの非道を働く国家であろうとも、また、その地中にどれほど莫大な量のトリジウムが埋蔵されていようとも、一つの星に住む全ての人間の全てを抹殺するなど、人として許される所業ではない。まして、自分達は誇り高い軍人なのだ。
だが、国家に対する絶対的な忠誠を誓った以上、司令部から下された命令に背くことは許されない。まして、現在エストリアは、新技術により軍事力を飛躍的に向上させたと噂されるマーズに対しての脅威論が持ち上がっている只中なのだ。軍艦やガーディアンの新規建造に欠かすことの出来ないトリジウムは、文字通り喉から手が出る程に欲しいのである。
「彼らは、長く我がエストリアの保護下にあり、我が国から横流しされた物資や科学技術によって我が世の春を謳歌してきた。だが、近頃はその恩義も忘れて暴走を始め、既に手がつけられないような段階まで来ている。ならば、今までの負債も、利子を合わせたところで耳を合わせて返して貰うとしよう。それが、上層部の考え方であり、免罪符であるらしい」
フォルクマールが皮肉げに笑い、もう一度グラスを傾けた。
全くもってお笑い種の論理ではある。確かにヴェロニカ共和国はエストリアの庇護の元で発展を遂げた国家ではあるのだが、両者はあくまでトリジウムを仲立ちとした相互補完関係にあるのであって、例えばエストリアがその親切心でヴェロニカを一方的に援助してきた訳では無い。いわば、密貿易の売り主と買い主なのだ。
なるほど、そう考えてみれば話は早いのか、と、ウッカーマンは唇を歪めた。要は、犯罪組織が友好関係にあった他の組織に牙を剥いただけなのだ。そして、密貿易の商品の独り占めを計った。
そうすると、自分に割り振られた配役は組織子飼いの殺し屋といったところか。
ウッカーマンは自重の笑みを浮かべ、上官に倣ってグラスを深く傾け、中に入っていた液体をそっくりそのまま胃の中に放り込んだ。ほとんど生のままだったウィスキーが熱と化して食道を灼いたが、その灼熱感すらが今のウッカーマンには不快だった。
「中途半端に奴らを打ち漏らして、惑星ヴェロニカにおける作戦行動や、その後の占領作戦の憂いとさせてはならん。反エストリア的なテロリストを宇宙に解き放つ必要も無い。後顧の憂いは完全に断つ。我らは、奴らを文字通りに殲滅する必要があるのだ。皆殺しだ。一隻残らず、一人残さず、きれいさっぱり、殺し尽くす」
フォルクマールは、平坦な声でそう言った。
上官の言葉にウッカーマンは背筋が薄ら寒くなったが、しかし一面で、この上官は戦場に意識を集中させることでその先にある大虐殺から目を背けようとしているのではないかという疑念も浮かんだ。
戦いであれば、兵力や装備にどれだけの差があろうとも、全力をもって敵を叩きつぶすのは作法であり当然のことだ。そこに虐殺と呼ばれる行為があったとしても、誰に後ろ指を指されるものでもない。
しかし、どのような詭弁を弄してたしても、軍人が無抵抗で非武装の民間人に銃口を向ければ、非難を免れることが出来ない。それが、近代国家が成立して以来、一度も変わらない鉄の規律の筈である。
それを、自分達は破ろうとしているのだ。
ウッカーマンは、上官の心情を慮って心を痛めた。自分は副司令官だ。負うべき罪がどれほど重たくとも、司令官のそれより重たくなることだけはない。
「ヴェロニカ軍の司令官は、カスパー・ヴォダルス氏だ。人格的に少々癖があるが、用兵の手腕には定評がある。宇宙海賊やテロリストの鎮圧くらいが任務の辺境には勿体ないくらいだよ」
「司令は、直接の面識がおありで?」
「何度か、合同訓練でな。ヴェロニカ軍の中では鼻つまみ者だったらしいが、それでも最高階位を極められた。大したものだと思う。しかし、この場合は少々厄介だがな」
フォルクマールは、一瞬だけ遠い過去に向けて放った視線を、目の前の部下に戻した。
「彼が司令ならば、我らの侵攻の報を事前に察知した場合、間違いなくこの場所に迎撃の布陣を敷くだろう。そうした場合、我らは狭隘な戦場と氏の巧みな戦術に苦しめられることになる。おそらく、いや、間違いなく」
「最新鋭の武装をした我が軍が、旧式のヴェロニカ軍に、ですか」
懐疑的な意見を崩さないウッカーマンに、フォルクマールは力強く頷いた。
「確かに、我が軍の武装は最新鋭を極めている。しかし、考えてもみろ。近頃の兵器は搭乗者の安全や感応頭脳との連結を重視するあまり、その運用面での実質的な役割はほとんど進歩していない。レーダーや探知機の有効範囲は飛躍的に広まったが、しかし最初から戦場が設定されてしまえばその有効性にも疑問符がつく。耐久性や機動性を除けば、我が軍とヴェロニカ軍に、それほどの大差は存在しないのだよ」
「……それは確かに」
あくまで噂であるが、マース軍と共和宇宙軍の合同訓練において、各軍の面子を賭けて集められた精鋭パイロット総勢10名が、M7シェイクス4Sという骨董品紛いの旧型を駆る正体不明のテストパイロットにこてんぱんに叩きのめされたという話がある。
エストリア軍のパイロット達は、マース軍も共和宇宙軍もだらしがない、自分達が相手ならそんな恥曝しな真似は絶対にしないと酒場の笑い話にしつつも、噂そのものを頭から信じてはいない様子だった。
しかしフォルクマールは、確かに信じがたい話ではあるとは思いつつも、それが絶対にあり得ない話ではないのだと知っていた。何故なら、過去に彼自身が、自らは最新鋭の戦闘機を操縦しながら、しかし正体不明の機体に危うく撃墜されかけたことがあったからだ。
そういえば、あの時の機体の鮮烈な紅色は、幾度彼を悪夢へ誘ったものか……。
「兵器の新旧ほど当てにならないものはない。兵数の不利は、このポイントを戦場に設定されてしまえば大した問題にならない。最後に兵士達の戦意については、訳も分からず侵略する側と愛すべき母国の最終防衛戦となった側、どちらが高いかなど言うまでもないだろう。どうだ、これでも我が軍の大勝は疑いないか」
ウッカーマンは返す言葉を持たなかった。
作戦の細部についての検討は、後日の課題である。しかし、大規模兵力を二手に分けての包囲殲滅戦法をエストリア軍の基本方針に据えることが、この時、決定したのだ。
◇
「主砲、斉射三連!敵はこちらに背を向けている!撃てば当たるぞ!当たれば墜ちるぞ!」
ウッカーマンは嗾けるように命令を下したが、嵐の中を突き抜け疲労の極みにある兵士達を、敢えて鼓舞しようとしたわけではない。
目の前には、背後への備えなど完全に忘れたように無防備を晒す、ヴェロニカ軍。彼らの意識は完全に前方の本隊へと向けられており、こちらに気が付いているのかすら怪しいくらいだ。これで砲撃を外すようなら、砲撃手への教育プログラムを再考する必要があるだろう。
ウッカーマンがふと抱いたその懸念を払拭するように、別働隊の艦艇に搭乗した砲撃手たちは主砲を撃ちまくり、その悉くが不幸なヴェロニカ軍の艦艇に命中し、巨大な火球へと変じさせた。
それは、破滅的に美しい光景だった。一つの火球は、自らを輝かせる燃料として、数百人、あるいは千を越える人間の魂を欲するのだ。その火球が、目眩く程の数、瞬いては消え、消えては瞬く。
遠くに見えるどの恒星よりも、明るく、そして美しく輝くヴェロニカ艦艇の残滓を見て、嵐の中で遭難の恐怖に怯えていた日々の鬱憤を晴らさなかったエストリア兵が果たして存在するだろうか。
エストリア軍別働隊の全ての艦橋を、猛々しい歓声が満たした。
そして、エストリア軍にとっての吉報は、そのままヴェロニカ軍の凶報である。
突如として後背に出現したエストリア軍別働隊の報を聞いて、ヴォダルスは慌てることなく、しかし静かに溜息を吐き出した。
「してやられたな」
そう言って、司令官席の背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。
あらゆる事態に備え、作戦行動の修正をすることが任務であるはずの参謀長エクベルトも、咄嗟に声が出なかった。
エストリア軍は、元々ヴェロニカ軍に気取られることなくこの宙域を突破するつもりだったのは間違いない。それに、万が一気取られていたとしても、地力で勝るエストリア軍が、このような絡め手を用意するはずなどなかったのだ。事実、ジャスミンの発案した奇襲作戦やダイアナの感応頭脳操作、そしてケリーの駆る《パラス・アテナ》が率いる部隊の活躍がなければ、今頃エストリア軍は堂々と凱歌を上げていたに違いない。
どう考えても、無駄に終わる可能性が高い作戦の筈だ。加えて、宇宙嵐の中を突っ切る途中に、どれだけの犠牲が出たのか。
しかし、それだけに有効性は極めて高い。ヴェロニカ軍は今、前方と後方を敵に挟撃され、それ以外を宇宙嵐の危険宙域に囲まれるという、正しく絶体絶命の危地にあった。
「……閣下。まだ諦めるには早すぎます。こうなっては、敵の包囲を食い破るしか、我らの生き残る術はありません。前か、それとも後ろか。どうかご決断を」
「……そうだな、貴官の言うとおりだ。最前線の兵士が戦っているのだ。ならば、司令官の為すべきは、過去の自分を責めることではなかった……。前方には、途方もなく分厚い陣形で、敵の本隊が待ち構えている。その陣を貫くだけの余力を、我らは既に残してはいまい。転進し、後方に薄く伸びた別働隊の陣を破るぞ!」
敵の砲火に晒されながらの反転攻勢は容易ではない。回頭運動の最中に、前後の敵に無防備な横腹をさらけ出すことになるからだ。しかしその難事を、ヴォダルスはやってのけた。前方の敵にありったけの砲火を叩き付け、怯んだ僅かな隙にほとんどの艦を反転させることに成功した手腕は、十分に賞賛に値するだろう。無論、その過程で払われた犠牲は少ないものではなかったが。
「よし、別働隊の数は少ないぞ!一気に押し退けろ!」
ヴォダルスは威勢の良い声で司令を飛ばしたが、しかしまたしてもヴェロニカ軍に悪夢が降りかかった。先ほどまでの前方、現在の後方でしたたかに牙を研いでいたエストリア軍本隊が、既に編成を終えていた紡錘陣でもって、反転を終えたヴェロニカ軍の背後から、一斉に襲いかかったのである。
長距離砲の一斉射撃と近距離格闘戦の双方で蹂躙されたヴェロニカ軍は、各所で分断され、致命的な打撃を被った。今、宇宙という黒いキャンパスは、ヴェロニカ軍の敗亡を描くために用意された画布であることが、全ての人間にはっきりと分かった。エストリア軍の放つビーム砲がヴェロニカ軍艦艇に突き刺さる度、円形の虹のような光が宇宙空間を照らし出すのだ。その数は一向に数を減らすことなく、ただエストリア軍兵士達の目を楽しませた。
今までの鬱憤を晴らすように、思うさま敵軍を蹂躙したエストリア軍本隊は、半死半生の敵を置き去りにしてそのまま前進し、包囲を敷く別働隊と合流した。こうして、ヴェロニカ軍はエストリア軍に半包囲され、効率的な集中射撃の破壊力をその身をもって味わうことになった。
だが、当然、今までエストリア軍の本隊が陣を敷いていた航路──エストリア軍が元々ヴェロニカ侵攻のために通過した、砂時計状の隘路である──の守備は手薄となっている。敵影はなく、反対側の宇宙は安全な退路と化したかに見えた。
これは偶然や不注意などではない。老練な用兵かであるフォルクマールは、死兵となったヴェロニカ軍と正面から戦う愚を避けるため、敢えて敵に退路を用意したのだ。完全な包囲陣を敷けば死に物狂いの敵の予想外の反撃に応対しなければならないが、中途半端な希望を用意してやれば、生への執着に取り憑かれた敵兵の意識はそこに集中する。
それに、退路を用意したと言っても、その無条件かつ安全な通行権を、エストリア軍が保証する筈がない。
ヴェロニカ軍のうち、最も退路に近い箇所にいた戦艦《クールマ》が、司令官の命令を無視して退路へと疾走した。その動きを見た他の艦艇も、我先に戦場を離れようとする。既に、大勢は決まったことを知っているのだ。司令官の命令も大事だが、事ここに至れば、各人の判断で戦場を離脱することが許される筈である。
退路を阻むエストリア軍から散発的な攻撃があったものの、今、彼らの後背で繰り広げられる殺戮劇に比べれば、それは微風と称すべきものであった。だが、ヴェロニカ艦艇がエストリア軍の防衛戦を突破したと思った瞬間、先頭にいた《クールマ》が大爆発を起こした。
《クールマ》の搭乗員は、みんな、自身の生還を確信していた。その希望は、エストリア軍が幾重にも敷設した核融合機雷に阻まれ、原子へと還元されたのだ。
「機雷原だ!止まれ!止まれ!」
《クールマ》に追随した他艦は即座に異常を察知し、艦を停止させようとしたが、慣性に逆らうことは出来ず、いくつもの艦が《クールマ》の二の舞となり、宇宙に大輪の花を咲かせることになった。
そして幸運にも停止に成功した艦は、しかし今度は絶望に取り憑かれることになる。前方には必死の機雷原が彼方まで広がり、後方には死の暴風雨と化したエストリア軍の猛攻が続いている。
どうあっても助からない。全ての将兵が、その事実を受け止めた。
今、ヴェロニカ軍は、死の宣告を受けたのだ。何をしても無駄。何をしても助からない。
だが、それでも諦めない者達がいる。
《パラス・アテナ》に搭載された感応頭脳であるダイアナ・イレブンスがそれであり、その船長であるケリー・クーアがそれであり、そしてその妻であるジャスミン・クーアがそれであった。
◇
既に大局は決した。
フォルクマールは、しかし喜ぶでもなく驕り高ぶるわけでもなく、それほど感慨深くもない視線で、じっとスクリーンを見つめるだけだった。
「存外に、手間取りましたな」
軍服の襟元を緩めながら、イレックスが呟いた。おそらくそれは、全てのエストリア将兵が抱く、今回の戦闘に対する感想だっただろう。
装備、練度、兵数、勝敗を決する全ての面において、ヴェロニカ軍は自分達に劣っていた。にも関わらず、自分達はこれほどまでの苦戦を強いられた。それは確かに苦い認識であったが、同時に相手への賞賛にも繋がる。
勇敢にして、堂々たる戦いだった。彼らは確かに勇者だったのだ。
今、その賞賛すべき敵手に無慈悲な攻撃を加えつつ、そのような感慨を抱くのは精神の屈折と揶揄されるかも知れない。敵を賞賛することで、その敵を打ち倒した自分自身を美化し陶酔しているのだと。
確かに、そのような一面があることを、彼ら自身も否定し得ないだろう。だが、勇敢な敵に対する尊敬の念は、偽らざる本心に違いないのである。
もうすぐ、この戦闘は終わる。エストリア軍を勝者の椅子に座らせて。
しかし、その後に待ち受けている任務は、戦闘の悲惨さに、更に輪を掛けて陰惨なものなのだ。今度の犠牲者は、旧式の銃を構えた敵兵ですらない。自分や家族を守る術すら持たない市民なのだ。
フォルクマールが、眉間に刻まれた皺を少しも伸ばそうとしないのは、もしかしたらそのせいなのかも知れないとイレックスは思い、尊敬すべき上官に憐憫の念を抱いた。
「それにしても……」
イレックスの、自らを見る視線に気が付いたのか、フォルクマールは軽い咳払いをしてからスクリーンに視線を移した。
スクリーンに映し出された宇宙空間では、一方的な虐殺が繰り広げられている。装備に勝り、練度に勝り、兵数に勝るエストリア軍が、全てにおいて劣ったヴェロニカ軍を、袋小路に追い詰めた上で、半包囲の陣形からの一斉射撃を加えているのだ。これを虐殺と呼ばずになんと呼ぶか。
ただ、それにしてはヴェロニカ軍の損耗が少ない。現在の状況が完成して、もうしばらく経つが、依然として敵は辛うじて軍隊と呼べる陣容を維持している。生き残っている艦艇にも無傷な艦は一隻として無いだろうが、それでも半数以上が艦としての形を保っている。
これはどうしたことか。
考え込むフォルクマールに、イレックスが怜悧な口調で、
「どうかなさいましたか?」
フォルクマールが、自分の不審を説明すると、イレックスはしたりと頷き、
「長期間の戦闘で、我が軍もそれなりに消耗しているのでしょう。また、別働隊はあの大嵐の中をここまで辿り着いたのですから、彼らも無事であるはずがありますまい。砲撃に加わることの出来ない艦も少なくはないのではありませんか」
上官へ説明しながら、嵐の中、耐えに耐え忍んでこの場に辿り着いた友軍の労苦を思い、イレックスは思わず目頭を熱くした。どれほど恐ろしかったのだろうか。宇宙嵐の中で遭難すれば、救難信号も救命艇も意味を為さない。乗艦を棺として、永久に宇宙を彷徨い続けることになるのだ。
その恐怖に耐え、彼らは駆けつけてくれた。そのおかげで、この戦闘を司る勝利の女神は、自分達に微笑んでくれたのだ。だが、イレックスは同時に薄ら寒い想像を働かせてしまった。別働隊が傷付き、自分達も、あれ程の苦戦を強いられていたのだ。
もしも歯車が一つ狂えば、現在のヴェロニカ軍の惨状は、もしかしたら自分達に割り当てられた配役だったのかも知れないのではないか。
突如として青ざめた副官の表情を眺めながら、フォルクマールは首肯した。
「確かに貴官の言うとおりだろう。だが、その程度のことは私も承知しているのだ。その上で、やはり火線が薄い。そう思わざるを得ん。確認をしてみろ」
「はっ、承知いたしました」
イレックスが調べると、確かに火線の薄いポイントがある。
そして間もなく、どうしてそのポイントでは火線が薄くなってしまっているのか、判明した。
たった一機。
たった一機の未判別艦が、エストリア軍の攻撃を食い止めていた。
◇
『もうそろそろ、潮時じゃないかしら、ケリー』
スクリーンに映った女性が、優しげな声で語りかけた。
戦場は、既に戦いのために用意された場所ではなく、ただの処刑場に成り果てている。死んでいくのは友軍だけで、殺しているのは敵軍だけだ。
もう、これは戦いではないのだ。勝敗という意味で言うならば、既に結果は出てしまっている。
あとは、生きるか死ぬかだ。もっと正確に言うならば、逃げ延びることが出来るかどうか。
そんなこと、ケリーにだって分かっている。
「そうだな、ダイアン。それでも、もう少しだけ、な」
微笑みながらそう言ったケリーの瞳は、極度の疲労で濁りきっていた。だが、濁りきった瞳の奥の、最後の輝きの一筋が、ケリーの本心を表していた。
まだまだ、俺達は負けていない。いや、仮に負けていたのだとしても、まだ諦めてはいない。だから、まだ決着はついていないのだ。
ダイアナは、その光を見て、わざとらしい溜息を吐いた。
『ねぇケリー。わたし、きっとこの世で一番不運な宇宙船だわ。だって、この世で一番わたしに相応しい乗り手が、こんなにも聞き分けがなくてこんなにも扱いづらいんだもの。おかげで、きっと今日がわたしの命日ね』
「すまねぇな、でも、こればっかりはどうにも、な」
ケリーが、ぼさぼさの頭を掻きむしった。皮肉げに吊り上げた口元から、血の雫が一滴、つぅと伝い落ちた。
「舐められて終わるわけにはいかねぇじゃねぇか。こればっかりは仕方ねぇのさ。せめて、一泡吹かせて終わらせねぇと、よ」
半透明のダイアナ、その後ろに映し出された敵軍から、雨霰のようにミサイルが、ビームが、戦闘機が飛んでくる。
しかし、《パラス・アテナ》の桁外れの機動力、防御力、そして搭載機を含めたところの攻撃力により、全てが薙ぎ払われていく。《クインビー》は戦闘機同士の格闘戦においては正しく無敵そのものだったし、TYPHON零型の機甲兵の常識を破るような戦闘力はエストリア軍の恐怖の的であった。
たった一隻の性能で戦況を変えることが不可能だとしても、彼らはこの戦場において、最も剽悍な一団であったのだ。
だが、それも限界を迎えている。
既にリミッターの二段階目までを解除した《パラス・アテナ》の超高速航行と、慣性制御の限界を超えた運動は、艦の駆動系だけではなく、搭乗者であるケリーの内蔵までをも強かに傷つけている。当然、艦載の《クインビー》やTYPHON零型の搭乗者とて無事であろうはずがない。
彼らは戦った。既に、ヴェロニカを守るためとか、そういう次元ではない。ただ、彼らは戦うために戦っていた。もう、余計な何かを考える余地など無い。
ケリー達は、戦う度に敵の死を量産した。敵の死は、そのまま敵の怨恨と畏怖を買い、《パラス・アテナ》を無上の標的へと変えていった。
今、《パラス・アテナ》は黄金の雀蜂とでも言うべき存在だった。近寄れば致死の毒針で一突きにされるが、無視して敵の巣を攻撃するのも恐ろしく、そして捕まえるか撃ち落とすことが叶えば無二の栄誉を約束してくれる……。
自然、エストリア軍の注意は《パラス・アテナ》に集中し始める。並の艦艇であれば、この時点で蜂の巣にされ、乗員共々宇宙の塵に成り果てているだろう。しかし《パラス・アテナ》とそれを守護する戦闘機達は、どのような比喩を用いて言い表したとしても、『並の』という表現だけは出来ない、精兵であった。
文字通り四方八方から叩き付けられるミサイルとビーム砲の雨霰を、針の穴を縫うよりも繊細な操縦で躱し、お返しに正確な狙撃を命中させる。《パラス・アテナ》の搭載戦闘機である《クインビー》やTYPHON零型も《パラス・アテナ》の近衛兵としてエストリア兵ですら瞠目するような奮戦を続ける。
それでも、限界は訪れつつあった。優美な《パラス・アテナ》の船体は、まるで尾びれや背びれを食い散らされた絶息寸前の熱帯魚のような惨状であったし、《クインビー》はその深紅の塗装が所々剥げ落ちて無数の傷を刻まれていた。何より、TYPHON零型は既にその数を半数以下まで減らしていた。それはつまり、同数の搭乗者が帰らぬ人となったことを意味している。
出撃する度に、仲間が減っていく。弟たちが、妹たちが、もう二度と会えない、記憶の中だけの存在になってしまう。
それが当然なのだ。自分達がそうなのと同じように、自分達が戦っている顔も知らない敵も、同じ思いを抱いているのだ。
傷だらけのTYPHON零型の操縦席で、マルゴは溜息を吐いた。もう、何十時間寝ていないのか。それとも、何百時間も寝ていないのか。
空腹は、既に忘れた。しかし、眠気だけはいつまで経っても脳髄の一番奥から滲み出てきて思考の奥に沈殿し続ける。眠気の重量は、そのまま戦闘の物理的な重りとして機能して、TYPHON零型の生体操作を鈍重なものに変えていく。
──ああ、わたしは頑張りました、お父様……。
ここまで戦えたことが奇跡なのだとすれば、マルゴはその奇跡に感謝していた。
マルゴの手には、細い鎖の束が握られていた。その先には、39枚の金属製の認識票がつけられている。そこに名を刻まれた仲間のほとんどが、もうこの世にはいない。きっと、ここではないもう一つの世界で、自分達を愛してくれた父と一緒に、笑っているのだろう。
死ぬのが恐くないなんて、嘘っぱちだ。こんなにも恐い。背中が震える。笑顔が引き攣る。鎖を握りしめた手が、白くなる。
でも、もうすぐ、みんなに会える。神様、どうかその時まで、わたしを勇敢でいさせてください。そして、どうかその時は、きっと、わたし達を本当の家族に。
「大丈夫、心配しないで。わたしだけ生き残ろうなんて思わない。わたしも、みんなと一緒。でも、最後まで戦い続けなければいけないから、もう少しだけ待っていて……」
喉の奥に異物感と灼熱を感じて、マルゴは大きく咳き込んだ。咄嗟に添えた両手に、べったりとした吐血が張り付いている。《パラス・アテナ》の常識外れな航行による内蔵の損耗か、それともTYPHON零型の生体連結システムの運用時間が限界を超えたのか。
どちらにせよ、もう長くは続かない。刈り取りの時間。子供は家に帰るときが来た。長い遊びが終わったのだろう。
次が、おそらく最後の出撃になる。それは予想ではなく、確定した事実だった。
ふぅ、と、マルゴは息を吐いた。何か、肩のあたりが少しだけ軽くなった。気がした。
◇
敵の攻撃が、まるで台風の目に入った一瞬のように、ぴたりと止んだ。
『正体不明の艦艇に告ぐ』
突きつけられた砲口群の奥から、硬質な、軍人らしい声の通信が入った。
煩わしそうな顔つきのダイアナが、片手で耳の穴を塞ぎながら、
『どうするの、ケリー?一応、聞くだけ聞いてみる?』
「そうだな、もしかしたらやっこさん達、白旗を揚げて泣いているのかも知れねぇ。あまり虐めるのも可哀相だ。聞くだけ聞いてやるさ」
ダイアナは、ケリーの下手な冗談にくすりと笑った。彼我の状況を考えて、どうして敵が降伏の通信を入れるなどあり得るだろうか。上を見ても下を見ても、前も後ろも左も右も、全てを敵の艦艇が埋め尽くしている。安っぽい比喩を用いるならば、蟻の這い出る隙間もありはしない程に、周囲を包囲されているのだ。
死ぬか、それとも降伏するか。自分達に許されたのはその選択をするだけで、それから先の全てに決定権はない。
『正体不明の艦艇に告ぐ。こちらは、エストリア宇宙軍第13艦隊司令官、フォルクマール中将である。まず、貴殿の勇戦に敬意を表する。我が軍の精鋭を相手取り、孤軍をもってよくぞここまで持ちこたえた。しかし、既に貴艦は包囲された。脱出の道も、また無い。これ以上の抵抗は全くもって無意味である。この上は死への誘惑を断ち、潔く投降し、生への勇気を示して欲しい。寛大なる処置を、私の権限をもって約束する。重ねて勧告する。投降されたし』
高圧的ではない、むしろ乞うような内容の通信であった。そも、敵の旗艦でもない、未判別艦一騎のためにこうも鯱張った降伏勧告が為されること自体、異例といっていい。それが果たして、言葉通りにケリー達の奮戦振りに敬意を表した結果なのか、それとも明らかに現行の最新鋭機を上回る性能を誇る《パラス・アテナ》や《クインビー》に興味を示した結果なのか、それは分からない。
降伏勧告を再生した後で、再び画面に映し出されたダイアナが、微笑みながらケリーに語りかける。
『返答の期限は、五分後よ。例え一秒でも遅れたら、それとも勧告を蹴ったら、わたしたちはその瞬間に消し炭にされるわ』
「ったく、たった一機の五万トン級宇宙船に、ご大層なこったぜ。やつらの鼻を明かして逃げ切れる可能性はどれくらいだ、ダイアン?」
自分が生死の縁にあるとはちっとも感じさせない、脳天気な声でケリーは訊いた。
『いったいどれだけのミサイルや砲台がわたしをロックオンしているか、教えて上げましょうか、ケリー』
「おう、興味深いね。是非教えてくれよ」
『嫌よ、数えるのが億劫だもの』
ダイアナはくすくすと微笑んでいた。つまり、脱出は不可能だという、彼女なりの返答だろう。
ケリーが肩を竦めていると、通信回線にジャスミンが割り込んできた。ダイアナの隣に、頬を痩けさせた赤毛の女丈夫が映し出される。
『じゃれ合いもいいが時と場合だ。あまりに緊張感が無さ過ぎるのも考えものだぞ』
「じゃあ、絶望に泣き喚く夫の方がお好みかい?」
『想像するだけで気色悪いから止めろ。で、降伏勧告は受け入れるつもりか?百戦して百勝出来るわけでも無し、別に降伏は恥ではない』
ジャスミンに冷静な言葉に、ケリーは頷いた。
「だがな、女王。もしも俺達が降伏したとして、俺達が捕虜になるのは構わねぇさ。ただ、ダイアンや《クインビー》が、連中お抱えの科学者や技術者のサンプルにされちまうのは間違いねぇだろうし、到底承伏するわけにはいかねぇぜ」
彼らの慈悲深い降伏勧告も、半分以上はそれが目的だと考えるべきだろう。
ケリーもジャスミンも、TYPHON零型はともかく、《パラス・アテナ》や《クインビー》は量産はおろか常人であれば乗りこなすこと自体が不可能な、ある意味では欠陥機であることを承知している。
しかし、数字と結果でしか物事を見ることの出来ない科学者連中は、そのことを理解することは出来ないだろう。自分達の知的好奇心が満たされるまで、その対象を分解し尽くし、ネジや基盤の単位までバラバラになった《パラス・アテナ》や《クインビー》の前で、首を捻って両手を上げるのだろう。
それとも、ダイアナ・イレブンスの産みの親であるエストリア科学者連中は、かつての研究成果が手元に戻ってきたことに狂喜乱舞するのだろうか。
いずれにせよ、ケリーもジャスミンも、半身とでもいうべき愛機を質に入れて、自分の命を買うことになる。
《クインビー》はまだいい。船のことをカタログとスペックでしか測れないような科学者でも、設計書通りに組み上げればもう一度もとの姿に戻る可能性が、極々僅かでも存在するのだから。だが、《パラス・アテナ》は、つまりダイアナは、一度物理的に破壊されてしまえば、もう二度ともとの彼女に戻ることはないだろう。
つまり、降伏するということは、ダイアナの命をエストリアに差し出すことに等しい。
『まぁ、聞くまでも無いことだったな』
「あんたが降伏するのを止めるつもりはねぇぜ。別に、それが卑怯だとも思わねぇよ。むしろ、出来るならあんただけでも生き残ってもらいたいと思ってるんだがね」
『馬鹿を言うな。わたしの《クインビー》を、連中の、油汚れも無いような手で触らせてなるものか』
油汚れも無いような、という表現がジャスミンに相応しくて、ケリーはふと笑った。
『あと一分よ。……こういうことを言うと気持ち悪いけど、ケリー、ジャスミン、あなた達と出会えて良かったわ。きっと、あなた達と出会えないでずっと宇宙を飛んでるよりも、何倍も楽しい時間を過ごせたと思う』
画面に映し出されたダイアナが、はにかみながらそう言った。
ケリーは何も言わない。言う必要も無いことだったからだ。その代わりに、隣に映し出された自分の妻に、やはりはにかむように言う。
「女王、その、なんだ……」
『どうした、言いたいことははっきり言え』
「……あんたと結婚してこの方、まぁ、その、……悪くはなかったぜ」
『なんだいきなり、気持ち悪い』
ケリーは苦笑した。この女は、どこまでも自分に相応しい、自分が相応しい女だった。
「あんたは、どう思ってるんだよ」
『わたしは、最高の男と結婚したんだ。いつも言ってるじゃないか。そして、お前は最高の男だった。それがどうかしたか?』
「……いや、どうもしねぇさ。悪かったな、くだらないことを聞いちまって」
ジャスミンは、憎らしいほどに普段のジャスミンそのものだった。
「まぁ、たまには、な」
『そうか、たまには、か』
そして五分が過ぎた。
ケリーの視界が、スクリーンを圧するビーム砲の光りに、白く漂白された。
◇
その光景に、誰しもが目を疑った。
ヴェロニカ軍も、エストリア軍も、そしてケリー達も。
凄まじいエネルギーの奔流が、エストリア軍の横合いから突き刺さったのだ。
間違えようのない、激烈な艦砲射撃であった。
エストリア軍は一瞬の自失の後、敵の伏兵かと思った。しかしそれは間違いだった。
ヴェロニカ軍は一瞬の自失の後、味方の援軍かと思った。しかしそれも間違いだった。
ケリーもダイアナも、一体何が起こったのか分からなかった。しかし、一通の通信文が、彼らに真実を教えた。
『昔、お前の子供を一人助けた貸しがあり、今、お前に二人の子供を助けてもらった借りのある昔馴染みが、差し引き一人分の借りを返すもの為り。どうか快く受け取られたし』
ダイアナが読み上げたその内容を聞いて、ケリーは込み上げる笑いを堪えることが出来なかった。
「そうだったそうだった!お前はそういう奴だったぜ!妙に芝居がかったことが好きだったよな!どうせどっかで、一番おいしいタイミングを計ってたんだろう!?冷や冷やさせやがって、ど畜生め!こいつは高くつくぜ!」
ダイアナがちょっと唖然とする程、ケリーは笑い続けた。
そして同じ時、《クインビー》の操縦席のジャスミンは、ヘルメットのバイザーを持ち上げて、霞んだ眼を擦っていた。もちろん、眼にゴミが入ったとか、眠気覚ましとか、そんな常識的な理由ではない。
牙を剥いた獅子のように猛々しく、こちらに向かって来る船団を見つけたからである。
「そんな馬鹿な……わたしは夢でも見ているのか?」
忘我の表情を浮かべたジャスミンが、たどたどしい口調で呟いた。
「冗談だろう……あれは、『花火師』アーウィン・ショウ の《ファイヤ・クラッカー》じゃないか……それに『毒花』バーバラ・ベル・ゲデスの《ベラドンナ》、『血頭』ダシール・ハメットの《デザート・フォックス》、『亡霊師団』エドワード・ドミトリクの《フライング・ダッチマン》、セルバンテス海賊団の副旗艦《ワイバーン》まで……」
それらは全て、半世紀も前、海賊という言葉が単に唾棄すべき無法者を指す単語ではなく、ある種のロマンチシズムを刺激する象徴であった時代に、綺羅星の如く活躍した大海賊団の首領達が駆る乗艦であった。
極々限られた一部を除いてジャスミンは、それらの海賊たちと直接的な交流を持つことはなかった。ケリーと知り合うまでは、寧ろ彼らを取り締まる側に身を置いていた訳だし、ケリーと知り合ってからは、たった一人を除けば、交流を持ちたくてもその時間が無かったのだ。
そんなジャスミンでも知っていて、長い冷凍睡眠から目覚めても脳裏から離れなかった程に著名な海賊たちの旗艦が、今ここに集結している。これが夢でなくて何だというのか。
それも、一隻や二隻ではない。十隻や二十隻でもない。
無数だ。数え切れない。千や二千でもきかない程の海賊船が、艦隊となってこちらへと殺到してくる。その、恐るべき速度と、恐るべき迫力。威圧感。吹きこぼれるような殺気。
ジャスミンは、ほとんど物理的な圧力を感じて、思わず仰け反りそうになった。
そして、見つけた。
まるで流星を模すかのように紡錘陣に編成された海賊艦隊、その先頭を走る、銀色の艦影。
ジャスミンは、その艦を知っている。知っているだけではない。その艦に招かれ、宇宙を駆けたのだ。そして、その艦の主の腕に抱かれ眠ったことすらあった。上流階級に育ち、軍に所属し、ケリーと所帯をもったジャスミンが、唯一直接の知己となった海賊の男。
その艦を見つけたジャスミンは、奇しくも夫であるケリーと全く同じ行動をした。せざるを得なかった。あろうことか戦闘中にも関わらずヘルメットを外してぽいと放り投げ、両手で頭を抱え込むようにして大笑した。
「そうかそうか、ついにインユェとメイフゥのお父上様のおでましか!少し遅かったが、まぁ及第点といったところだな!不平不満は後で、思うさまにぶちまけてやるから覚悟しておけよ、色男め!」
生と死の交わる虚空を、放たれた鏃のように突き進む銀色の艦艇。
その名を《シルヴァー・スター》。
言わずと知れた大海賊、グランド・セヴンが一角、『銀星』ラナートの乗艦である。