懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他)   作:shellfish

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第百五話:女優として、アイドルとして

 その日の夜、ウォルは再びリィの部屋に忍び込んだ。

 今日は、課題をみんなで片づけるためではない。ウォルが出演したテレビ番組を一緒に見るためである。

 ウォルの晴れ姿を見物してやろうというリィとシェラ、自分の初取材がどんな様子か楽しみなウォルが、せっかく面白いものを見るのだから、と、同じ部屋に集まったのだ。

 

「いやぁ、中々緊張するものだな、あらためて自分がしゃべっている姿を見物するというものは」

 

 言葉とは裏腹に、うきうきした様子のウォルである。

 リィとシェラはそんな少女に苦笑しながら、テレビの電源を付ける。

 ウォルが人生初のインタヴュアーを務めた「スポーツスチューデントトゥデイ」は夜8時からのテレビ番組で、ティラボーンの全ての学校の注目スポーツ選手が紹介されることから、結構人気が高い。

 テレビを付けたとき、既に番組は始まっており、今は遠巻きにフットボールのコートを写し、そこで練習する選手たちを捉えている。

 男性のナレーターが、映像に映っているのはホプキンス大学フットボール部であることを紹介し、チームの最近の戦績や、半年ほど前に起きた事件の概要などを伝える。

 事件の内容は、リィとシェラにはあまりによく知った内容だった。何せ、か弱く美しい獲物のふりをして犯人達の懐に飛び込み、逆にその喉笛を嚙み切ってやったのは他ならぬリィなのだから。

 リィにしてみれば、彼が解決してきた多くの事件の一つであるから、そんなこともあったなぁといった様子で、特別感慨深いふうではちっともなかった。

 そして映像は切り替わり、異なるユニフォームを着た選手たちが、激しくぶつかり合う試合の様子になる。どうやら、先日行われた、他大学との交流戦の様子であるらしい。その中で、注目選手として紹介されたのが、ホプキンス大学フットボール部のエースであるキアラン・コードウェルだった。

 

「キアラン・コードウェルだと!?」

 

 リィが、激しい嫌悪を隠そうともせず、吐き捨てるように言った。

 

「あいつ、また性懲りもなく手当たり次第に女の子に手を出していやがるのか!しかもウォルみたいに小さな女の子に!ちっとも懲りていやがらないじゃないか!今度こそ本当にぎったんぎったんに叩きのめしてやる!」

「落ち着け、リィ。キアランくんをおれが取材することになったのは全くの偶然だ。彼がおれに言い寄ろうとしていたというのは流石に濡れ衣というものだぞ」

 

 至極もっともかつ極めて冷静なウォルの台詞に、しかし再点火してしまった怒りに灼熱としたリィはちっとも承服していないふうだ。

 口を尖らせ、侮蔑の視線で画面の中のキアランをぶった切る。

 

「ふん、どうだか。あのろくでなしのすけこましの無礼者の女泣かせのやることだぞ。一事が万事、怪しいもんだ」

 

 ここまで信頼感のない人物評も中々あるものではないな、と、ウォルは思った。

 リィは、結構人について好き嫌いの激しい人間ではあるが、ここまで極端なケースも珍しい。

 ウォルは不思議そうに小首を傾げ、

 

「そこだ。お前とキアランくんに因縁があるのは、取材前におれの姓を耳にした時の彼の反応で一目瞭然だったが、一体何があったのだ?」

 

 それに答えたのは、なんとも申し訳なさそうに縮こまったシェラである。

 

「ええっとですね、ウォル、そのあたりはわたしが説明させていただきます……」

 

 本来、シェラには何の責任もない一件ではあるのだが、義憤に燃えるリィの『着替え』――無論、少年の彼から淑女の彼に変化したことを指す――を止められなかったあたり、控えめなシェラなりに責任を感じているらしい。

 シェラは、事件の顛末をウォルに語った。

 リィの姉であるドミューシアが、短期交流でアイクライン校高等部を訪れたこと。

 その時開催された、多学校共同開催のパーティーで、キアランがドミューシアに対して、リィを引き合いにした酷い罵声を浴びせ、公衆の面前で大いに傷つけたこと。

 そのことを知ったリィが、なかば脅しに近い様子でルウに『着替え』を要求し、ルウもその要求を飲まざるを得なかったこと。

 そして王妃の姿に戻ったリィが、キアランに対してドミューシアの復讐を決行したこと。

 その話を黙って聞いたウォルは、リィを恐れるような、キアランに同情するような、曖昧な笑みを浮かべながら、

 

「……つまり、お前は王妃時代のお前の姿で彼を誘惑し、のぼせるだけのぼせさせておいて、すげなく袖にしてやったというわけか。しかも、その後ロッドで叩きのめしてやるというおまけまでつけてやったと」

「あの男には当然の報いだ」

 

 リィの苛烈な声に、乾いた声で笑うしかないウォルである。

 

「確かにあの愛らしい義姉上をパーティーの席で侮辱したのは到底許し難い、おれだったとしても相応の報復は考えるだろうが……」

 

 あらためて画面を見ると、真摯な表情で一心に練習に取り組む、キアランが映し出されている。

 たった半年も前に、そんな世紀の復讐劇の被害者となったなど、少しも感じさせない吹っ切れた様子だった。

 

「なるほど、ではキアランくんの言っていた、女神も裸足で逃げ出す美人とはお前のことだったのか。それなら納得だな」

「あの男、そんな寝ぼけたこと言ってやがったのか。おれの顔を二目と見れば、震えて動けなくなるくらいに痛い目に合わせてやったつもりだったのに」

 

 リィが、全身の毛を逆立てるような有様で言う。

 ウォルが、キアランに同情するように、首を横に振る。

 

「リィ、お前は男心が分かっていない。例えばお前を他の男に奪われたその瞬間に、キアランくんがどれほどの敗北感に打ちのめされたのだとしても、彼は決してお前を恐れたりしないし、憎むこともないだろう。憎むとすれば、不甲斐なかった自分だけだ。そして、一度惚れた女性は、いつまでも心の中で輝き続けるものだ。きっとキアランくんは、一生お前の影を追い求めることになるぞ」

「当然の報いだ」

「まぁその点については論評を差し控えさせてもらうが……おっ、そろそろおれのインタビューが始まるぞ。さぁ、おれの雄志に刮目しろよお前たち」

 

 そして画面は、ユニフォームのままのキアラン選手と、インタヴュアーとしてのウォルを対面で捉えた、クラブハウス内でのインタビュー場面へと切り替わる。

 

『皆さん、こんばんは。スポーツスチューデントトゥデイの時間です。本日はホプキンス大学フットボール部クラブハウスからお送りいたします。そして、本日のゲストは、ホプキンス大学フットボール部のキアラン・コードウェル選手です』

 

 画面の中のウォルが、流暢な様子でキアランを紹介する。

 表情は自信に満ち溢れ、余裕のある風貌で選手紹介するウォルは、確かに中々の女振りである。到底、初めてインタビューマイクを握ったとは思えないほどに落ち着いている。

 

「おおっ、結構様になっているな。こうしてみると、おれも中々に捨てたものではない。そうは思わんか?」

「ちょっとは落ち着けよ、ウォル」

「すまんすまん、しかしこうして堂々と映像の中で話す自分というのが初めて見るものでな。うむ、これは悪くない気分ではないか」

 

 弾むような口調でそうしゃべるウォルは、まるで子猫が初めて自身の姿を鏡で見た様子に似ていて、おっかなびっくりと興味津々を混ぜ合わせて、喜びで固めたように目を輝かせている。

 そんなウォルを横目に見つつ、しかし画面に映ったキアランを見て、リィはぼそりと呟く。

 

「しかし、この女の敵の雰囲気も、おれが誘惑してやったときとはずいぶん変わってるな……」

 

 確かに、キアランの風貌はリィが天誅を加えたときとは変わっていた。

 長髪はばっさりと切り、浮ついた雰囲気はなく、ただ真摯な表情でウォルと相対している。

 少しは興味が湧いてきたようなリィの視線の先で、画面の中のウォルがキアランにインタビューを続ける。

 

『さっそくですが、先日行われたロワール大学との交流戦におけるキアラン選手の活躍は目覚ましものがありました。1つのゴール、2つのアシストという素晴らしい結果以上に、あなたのプレーは常にアグレッシブで、ゲーム全体を支配するものだったと高い評価を受けています。今回の試合結果に対するご自身の感想をお聞かせください』

 

 ウォルの流れるような選手評に、しかし実際のところはウォルがフットボールの『フ』の字も知らないことを知っているリィが、胡散臭そうに眉根を寄せながら、

 

「この駄目男のフットボールの試合内容なんかに、ずいぶんと詳しいもんだな」

 

 もっともな意見ではあったが、当のウォルはあっけらかんとした口調で、

 

「取材に行く途中のバスの車内でノーマンどのに講義していただいた。その内容をそのまま復唱しただけだ。別に誉められるようなことでもない。オウムにだってできることだぞ」

「内容はそうでも、これだけ実感を込めて言葉にするのは簡単じゃないはずだ。なるほど、王様稼業で鍛えた腹芸の腕前は、まだまだ錆び付いていないらしいな」

 

 リィが呆れたように言うが、ウォルは嬉しそうに頷いた。

 別に褒めたわけではないのだが、と思ったリィは、賢明にも口にはださず、ただ溜め息をついた。

 そして画面の中で取材は進んでいく。

 話題はキアランのプレー内容の変化から、私生活における女性関係に映り、そして心境の変化を与えた『女神も裸足で逃げ出すほどに美しい女性』の話が始まる。 

 キアランは、自身が一方的にその女性に懸想していたこと、そしてすげなく振られてしまったことを、苦笑とともに語る。

 そして、その『女神も裸足で逃げ出すほどに美しい女性』本人であるリィは、大して面白くもなさそうにウォルとキアランのインタビューを聞いている。

 

『そう、僕のプレースタイルが変化した理由ですよね。それは、彼女の一言がきっかけです』

『その女性は、あなたに何と?』

『僕に直接言ったわけではありません。ただ、その舞台を演じた、ジンジャー・ブレッドを評して、こう言ったのです。どんな分野でも一流と呼ばれる人間はすごい、と。当然といえば、至極当然の台詞です。僕も、その時は聞き流していた。でも、後から考えれば、意味するところは明らかでした。つまり、あなたは違うわよ、と、彼女はそう言っていたのです。僕は彼女の言う、一流の人間ではなかったのです』

 

 キアランの言葉に、その台詞を口にしたはずのリィは首を傾げ、真剣な表情で、

 

「……おれ、そんなこと、言ったかな?全然記憶にないんだけど」

「……それは流石にキアランくんが哀れだな。お前のその一言が、彼の人生の指標になったのだぞ?口にした当人なら、せめて覚えておいてやるのが礼儀というものだろうが」

「覚えていないものは覚えていないんだから仕方ないじゃないか。ま、これで覚えたから、もしもこいつと顔を合わせることがあったら『あの時の言葉の本当の意味を理解してくれて嬉しいわ』とでも言ってやるさ」

「適当なものだなぁ」

 

 二人の掛け合いを聞いているシェラは、苦笑いを浮かべるしかないといった有様だ。

 そしてインタビューは続いていく。

 

『まるで勝利の女神のようですね』

『はい。本当に、女神様が裸足で逃げ出すほどに、美しい女性でした。あの時は、それしか見えていなかった。今は美しい以上に、素晴らしい女性だったのだと思っています』

『失恋は、素晴らしい思い出に昇華されたわけですね』

 

 画面のウォルは、キアランの失恋話に落ちをつけて、いい笑顔を浮かべている。キアランも、してやられたように笑っている。

 しかしリィは実物のウォルに対して大いに怒り、噛みつくように、

 

「素晴らしい思い出に昇華するだと!?ウォル、お前は何を言ってくれてるんだ!こいつは失恋のトラウマで女性恐怖症にでもなっちまえばいいのに!」

 

 『素晴らしい女性』からの、にべもない一言である。

 きっと、キアランが聞けば、泣く。大泣きする。

 ウォルは、流石にキアランを哀れに思った。

 しかしそれを口にすれば、『じゃあ泣かせに行ってくる!』と言って本当に行きかねないのがリィという少年なので、黙っておいた。

 次の瞬間、画面のウォルは、少し声の調子を切り替え、真剣な調子で話題を変える。この時期にホプキンス大学フットボール部に取材するなら、触れざるを得ない、半年前の不祥事の一件だ。

 この話題の取材をするために、実はノーマンは、報道局の女性局員に応援を頼んでいたのである。この件の取材をするなら、インタヴュアーは絶対に女性にするべきだ。卑劣な強姦魔の被害に遭った少女達の代弁者として、そして罪に向き合うキアランの告白を聞く聴衆の代表として、女性局員が相応しいと判断したのだ。

 その点、女性であり、しかも被害者と同年代の少女であるウォルは、実は元々依頼していたインタヴュアー以上に相応しかった。

 

『私は、この事件において、キアラン選手の立場は非情に微妙なものだと思っています。結果から見れば、あなたは加害者の操り人形として被害を広めてしまった一方、事件の結果あなたは謹慎処分を受け、今も罪悪感に苦しめられている。いわば、加害者でもあり被害者でもあるのです。その立場をどう思いますか?』

『……難しい質問です。正直に言えば、自分の中に、僕も被害者だと主張する自分がいます。僕も、あの男にだまされたのだと。しかし、そのことが……ほんとうに……ほんとうに……くるしい……』

『……』

『かんがえれば……かんがえるほど……じぶんが……みじめに……おもえて……ひきょう……ものに……おもえて……』

 

 ウォルの前で懺悔するように、キアランが大粒の涙を流し、嗚咽に言葉を途切れさせる。

 途切れさせながら、しかし必死に言葉を続ける。

 その様子に、リィは、少し棘を収めた様子で、しかし呆れたように呟く。

 

「ふん、大の男がめそめそ泣くなよな。気持ち悪い」

「リィ、お前らの意見も分かるが、彼の心中も察してやれ。信頼していた友人が、自分を出汁にして卑劣な強姦を続けていたというのは、十分に同情に値すると思うぞ」

「気がつかなかったこいつが間抜けなだけだ。もしも全くそんな気配も無かったっていうならこいつも可哀そうかも知れないけど、確か主犯のダリルっていう屑は、一度そういう嫌疑をかけられてるはずだぞ。もし少しでも疑ったならその時点で交友関係を考え直すか、然るべき手段で調査すべきだ。逆にほんの少しも疑わなかったなら、こいつは本当にただの間抜けだ。それに、同情すべきは被害に遭った女の子達で、こいつじゃない」

「まあお前の言うことは正論だ。それと、本人も自分が間抜けだったと認めているところだから、これ以上はおれには何とも言えんなぁ」

 

 そしてインタビューは締めへと向かう。 

 事件と正面から向き合ったキアランが、今後のフットボール人生への覚悟と抱負を語る、この取材の山場である。

 キアランは、力強くウォルと相対しながら、本心を語る。

 

『僕がフットボールを続けることが、今回の事件の被害者にとって痛みになるのか、それとも、ほんの少しでも慰めになってくれるのか、正直僕にはわからない。それでも、僕はフットボールを続けます。どうか、僕がフットボールを続けることを許してほしい。被害者の方に、そしてファンの皆さんに、全ての方に。本当に、そう願っています』

 

 キアランの言葉を聞いて、リィは軽く肩を竦めた。

 その様子を面白そうに見ていたウォルが、

 

「なんだ、リィ。『これだけのことをしておいていけしゃあしゃあとフットボールを続けるつもりか!』とか、そういうふうには憤らんのか?」

「……以前のこいつなら、そうも思ってただろうけど、なるほど、事件の前後でずいぶん変わったらしい。そこは認めてやるさ。このインタビューで、少しだけ伝わってきた。それにウォル、お前が言っていたとおり、こいつがこれから歩くのは茨の道だ。わざわざそこを歩くっていう馬鹿なやつは、やりたいようにやらせてやればいいのさ」

 

 呆れた様子でそう言った。

 そして、画面はインタビューの締めへと移る。ウォルはまとめ口調に変わり、キアランも表情を入れ替える。

 

『最後に、今後の目標について教えてください』

『チームとしては、この冬に行われる共和宇宙大学リーグの優勝を目指しています。僕個人については、今のところ、先の事は考えないようにしています。できるだけ、チームの勝利のために尽くしたい。それが目標です』

『ありがとうございました。本日のゲストは、ホプキンス大学フットボール部のキアラン・コードウェル選手でした。インタヴュアーは、TBSBスポーツ局所属のウォル・グリーク・ロウ・デルフィンが務めさせていただきました』

 

 画面の中のウォルが笑顔でそういうと、場面はスタジオに戻り、コメンテーター達が先程のインタビューに対して何やら論評を始めている。

 しかし、リィとシェラは、画面には視線を遣らず、ただ、ウォルを見つめていた。

 こいつ(この人)は、さっき何と言ったのだ?

 確かに言った。ウォル・グリーク・ロウ・デルフィンと。

 今のウォルの本名は、ウォル・ウォルフィーナ・エドナ・デルフィン・ヴァレンタインである。その名前を選んだのは、今、ウォルが間借りしている身体の本当の持ち主である、エドナ・エリザベス・ヴァルタレンの人生に責任を負うというウォル自身の覚悟である。

 そして、ウォルの間近に住む人間には、もっと簡単に、フィナ・ヴァレンタインとして名乗っている。

 シェラなどには、ウォルは、元の世界の名前である、ウォル・グリーク・ロウ・デルフィンという名前は、例えばリィにとってのエディ、ルウにとってのルーファという名前のように、限られた対象にだけ呼ぶことを許す、いわば限定名称のようなものにするのではないか、そう思っていたのだ。

 なのに、仮にもテレビであり、いわば大衆への発信をする際の名前として、ウォルはその名を選んだ。

 シェラは、そこにウォルの意図を感じた。きっと、何かの理由が、それとも必要性があって、その名を広めることにしたのだと確信した。

 だが、口に出しては何も言わなかった。何故なら、その質問をすべきなのは、自分ではないことが明らかだったからだ。

 そして、その質問をすべきである、ウォルにとって、友人であり同盟者であり、妻としての配偶者であり夫としての婚約者である、金髪の少年は、胡散臭そうにウォルをちらりと見て、しかし何も言わなかった。 

 きっとウォルもそんなリィの様子に気が付いていただろうに、しかし何も言わなかった。

 お互い、そのことについては、聞くタイミングでなければ、説明するタイミングではない。そう決めたのだろう。シェラは、そう思った。

 だから、ウォルは、口に出してはこう言った。

 

「ちなみにリィ。今のキアランくんなら、肌を許してもいいと思うか?」

 

 リィは凄絶な笑顔で、こう答えた。

 

「張っ倒すぞ、ウォル」

 

 

 そして同時刻、惑星ティラボーンの地表に、リィやウォルにとってなじみ深い、親しい友人達の姿を見出すことができた。

 ジャスミン・クーアと、ジンジャー・ブレッドの二人である。

 場所は、ログ・セール西海岸の、しかし海からは少し離れた、小高い丘の上にある家だった。

 日がとっぷりと暮れてしまった今ではわからないが、良く晴れた日などには、その家の真白い外観と空と海の青の対比が美しい、大きな家である。

 しかし大きいといってもそれは一般人の感覚ならば、という話で、この家を所有するジャスミンの感覚からすれば、むしろ、可愛らしくてこじんまりした家という印象でしかない。

 ジャスミンがその家を購入した経緯も、少し変わっている。ジャスミンにとって無二の親友であるジンジャーが、とある映画の撮影に使うため、なんとジャスミンにこの家の購入を依頼したのだ。

 映画のセットに使わせるためだけに家を購入するというのは、本末転倒な印象であるが、しかしジンジャーはその映画にはその家が必要だと判断し、ジャスミンは彼女の要求を受け入れた。そして、結果映画は当然の如く大ヒットした。

 本来であれば、それで終わりだ。

 しかし、映画撮影が終わっても、当然のことながら、家は家として残る。ならば、家主であるジャスミンは、その家を売るか、管理を続けるか、選ばなければならない。

 当面、家を売る必要性にも迫られなかったジャスミンは、とりあえずその家を管理し続けることを選んでいたわけだが、突然、当のジンジャーから連絡が入った。

 

『おはよう、ジェム。今、どこにいるの?』

「セントラルのクーア本社だが……」

『じゃあ、ちょうどよかったわ。せっかくだから、あの家でホームパーティでもしない?』

 

 ジンジャーの言い分はこうだ。

 セントラルとティラボーンは、恒星間航行で一日で辿り着ける距離である。一般的な感覚であればいざ知らず、ジャスミンやジンジャーの感覚であれば、近場の旅行といった感覚である。

 そして、撮影のために購入した例の家は、定期的にハウスキーパーに頼んで管理はしているものの、ほとんど無人の状態が続いており、もったいない。

 ならば、管理状況の確認がてら、あの可愛らしい家でホームパーティを開こう。それがジンジャーの誘いであった。

 

「なんとも突然の話だな」

『いいじゃない。逆に、あの家の規模でパーティをするのに、大仰に準備するほうが疲れるわ。もっと気楽に、肩の力を抜いたパーティがしたいのよ』

「なるほど、極力身内だけで、飾らない、本当の意味でのホームパーティということだな」

 

 最近、クーアカンパニーの監査事務で少し疲れの溜まっていたジャスミンは、ジンジャーの提案に魅力を感じたのも事実だ。疲労に対して惰眠を貪ることで身体の回復を図るより、友人と楽しい時間を過ごして精神的な回復を図るほうが有益と判断したのである。

 それに、確かにあの家は自分の所有物である。それが現在どういう状態になっているのか、自身の目で確かめておく必要もあるだろう。

 

「わかった。ちなみにジンジャー、お前は誰を連れてくるんだ?アレクか?」

 

 通信映像のジンジャーは笑顔で首を横に振り、

 

『私もそう考えたのだけど、残念ながらアレクは仕事の都合で来れないのよ。他にめぼしいパートナーも見つからなかったから、私は寂しく一人で行かせてもらうわ』

「そうか。それなら、私も一人で行くとしよう。女二人、手料理でこじんまりパーティを開くのみ楽しそうだ」

 

 ジャスミンの提案に、ジンジャーは嬉しそうに頷いた。

 

『あなたならそう言ってくれると思ってたわ。あなたの愛すべき旦那様には悪いけど……』

「なに、そんなことを気にする男ではない。あの男はあの男で、色々とお楽しみだからな」

 

 具体的に、ジャスミンの夫であるケリーが何をしているか、ジンジャーは笑って尋ねることはなかった。

 そして、急遽開催が決まったホームパーティのために、ジャスミンは宇宙船を飛ばしてティラボーンに入国し、その足で例の家へと辿り着いたのだ。

 時間は、ようやく日が傾き、空が赤く色づき始めた頃合いだったから、家の白い壁と青い海、夕焼けの赤がコントラストとして非情に美しかった。

 家には、既にジンジャーが待っていた。普段より地味目の化粧と装束で、一見すれば彼女を大女優ジンジャー・ブレッドであると見抜ける人間はいないだろう。しかしジャスミンにとっては、紛れもない親友の彼女だ。

 

「いらっしゃい、ジェム」

 

 ジンジャーは笑顔でジャスミンを迎えた。

 家の中は、当然のことではあるが、充分に掃除が行き届き、今日住み始めるのだとしても何の問題もない状態だった。家の周りも綺麗に手入れされ、例えば雑草が生い茂り周りの家の迷惑となってしまっているようなこともない。

 どうやら、信頼して良いハウスキーパーだったようだ。ジャスミンは、軽く胸を撫でおろした。

 

「さ、入って。もう準備はできてるわよ」

 

 ジンジャーの言葉通り、ダイニングの机の上には、テーブルクロスが敷かれ、綺麗な花の活けられた花瓶が飾られ、そして大して高級ではないテーブルワイン、おそらくはデリバリーサービスを利用したのだろうか、各種料理が湯気を立てて並んでいる。

 この光景には、軽い昼食を済ませただけのジャスミンは喜んだ。

 早速二人でテーブルに腰掛け、ワインの栓を抜き、乾杯をした。

 テーブルワインは、当然のことではあるが、普段二人が公式の席で口にするような、ヴィンテージワインの重厚な味わいには及ばない。しかし、気軽に楽しめる軽い味わいが、今の二人にはありがたかった。料理も、デリバリーのわりには中々いける。今日は旅の疲れがあるからこれで済ませて、明日の昼に、二人で料理をするのも面白いかも知れない。

 そして、二人は自身の近況を話した。ジャスミンは、クーアカンパニーの監査事務の愚痴やトラブル――といっても、笑って話せる程度の軽いものだが――などを語り、ジンジャーは自身の最新の興行のことなどを好んで話した。

 そして、日は傾き、二人も程よく酔いが回った頃合いであった。

 なんとなく電源を付けていたテレビで、スポーツニュースが始まったのだ。

 

『皆さん、こんばんは。スポーツスチューデントトゥデイの時間です。本日はホプキンス大学フットボール部クラブハウスからお送りいたします。そして、本日のゲストは、ホプキンス大学フットボール部のキアラン・コードウェル選手です』

 

 番組自体はお決まりの、今話題のスポーツ選手にインタビューをするという内容だった。

 ジャスミンは、特別スポーツに造詣があるというわけではなかったので、インタヴュイーである選手には見覚えがなかった。どうやら有名なフットボール選手らしいのだが、所詮は一惑星におけるスターであり、ジャスミンの中の人名帳に名を記されるほど、共和宇宙規模で有名な選手というわけではない。

 だから、ジャスミンが思わず目を見張ったのは、別の理由からである。

 

「おっ、ウォルじゃないか。どうしたんだ、一体?」

 

 インタヴュアーである美しい少女は、紛れもない、ジャスミンが何度も命を助け、また助けられた、あの少女である。

 ジャスミンの反応に、ジンジャーが同じく画面に映った少女を見ながら、

 

「知ってる子なの?」

 

 そういえば、ジンジャーとウォルはまだ面識がなかったはずだなと思い直し、ジャスミンは頷いた。

 

「シェラ達と同じ、あちらの世界からのお客さんの一人さ。私もとても世話になっている。なんでスポーツ番組のインタヴュアーなんかやっているんだろう?」

「へぇ。ヴィッキーと同じなら、連邦大学の学生さんっていうわけね。ならきっと、TBSBに入ったんじゃない?この番組の作成はTBSBのはずだから」

 

 確かに、ウォルはTBSBの局員であることを示す身分証を身に着けている。ジンジャーの指摘は的を射ているというべきだろう。

 

「なるほど、ありうる話だ。そういえば、将来の夢はアイドルになることだと言っていたようないなかったような……。そのあたりの繋がりかな?」

「この子、アイドルを目指しているの?」

「ああ、そのはずだぞ」

「ふうん……」

 

 ジンジャーが、興味のない素振りで、画面で流暢に取材を進める少女を眺める。

 そして、気分を切り替えた様な調子で、

 

「でも、水くさいわね、ジェム。せっかく友達がアイドルになりたがっているなら、宇宙に名だたるクーア財閥の統帥どのとして、大々的に売り出してあげたらいいのに」

 

 もっともな指摘に、ジャスミンは苦笑する。

 

「この子がそれを求めればいくらでも協力させてもらうとも。しかし、そうじゃないなら、善意の押し売りは好きではないからな、静観させてもらうさ。情けは人のためならずという奴だ」

「誤用よ、それって」

 

 ジャスミンとジンジャーが軽い掛け合いをしている間にも、テレビの中のインタビューは進んでいく。

 

『僕に直接言ったわけではありません。ただ、その舞台を演じた、ジンジャー・ブレッドを評して、こう言ったのです。どんな分野でも一流と呼ばれる人間はすごい、と。当然といえば、至極当然の台詞です。僕も、その時は聞き流していた。でも、後から考えれば、意味するところは明らかでした。つまり、あなたは違うわよ、と、彼女はそう言っていたのです。僕は彼女の言う、一流の人間ではなかったのです』

 

 インタビューは、どうやらこのフットボール選手の失恋談を取り上げているらしい。こういう形式ばったインタビューにしては、ずいぶん突っ込んでいる印象だ。

 だが、ジャスミンは、口に出しては冗談めかして、

 

「おっ、ジンジャー、褒められているぞお前」

「あっ、そう」

 

 ジンジャーは、大して興味のない様子だ。

 

「なんだ、つれない反応だな」

「この宇宙のどこかで、一日に百万回は言われてる台詞よ。一々反応してたら身体が持たないわ」

 

 もっともな話だったので、ジャスミンは苦笑する。

 そして、少し毛色の違う話題をジンジャーに振った。

 

「なぁ、ジンジャー。さっきも言ったが、インタヴュアーを務めているこの子、ウォルというんだが、この子は将来、芸能界で禄を食む予定らしい」

「ふうん、それで?」

「お前ならこの子を、女優としてどう評価する?」

「このインタビュー映像だけでそれを判断しろっていうの?無茶を言うわね」

 

 呆れた様子のジンジャーに、ジャスミンは結構真面目な顔で、

 

「そんなことくらいわけないだろう。ジンジャーの俳優眼は、一目で見抜き、そして間違えないと業界では評判だと聞くぞ。むろん、これは舞台の上のことではないからな。直観で結構さ」

「それならこう答えるわ。この子は女優としてなら、100点満点で50点。そして、平面じゃなくて線。結論から言えば、おそらく普通の女優としては大成しない」

 

 結構厳しめとも取れる、ジンジャーの評価である。

 ただ、本当に才能のない俳優には、ゼロ点をつけることもしばしばであることを知っているジャスミンは、ジンジャーの評価の続きを楽しそうに待っている。

 そんなジャスミンに、ジンジャーは淡々とした様子で説明を続ける。

 

「極論するなら、女優には二つの能力があればいいのよ。一つは、自分がどう見られているかを認識する能力。そして、見せるべき自分を発信する能力」

「そういうものか」

「この子は、きっと、相当に社会的立場の高い人生を送ってきたのかしら。自分が周りにどう見られているか、それが周りにどういう影響を与えるかを自然と理解しているわね」

「どういうことだ?」

 

 ジンジャーは、ワインで満たされたグラスを軽く傾け、

 

「例えば、凄腕の社長と、新米の秘書がいたとするわ。社長が、単に喉がいがいがしたというだけで、小さな咳ばらいをする。その様子を見た新米秘書は、きっと、自分が何か大事なことを見落として、社長の機嫌を損ねてしまったのではないかと疑心暗鬼になるでしょうね。そして、新米秘書の気持ちを理解している社長なら、笑いながらこう言うのよ。『今のはただ喉がいがらっぽかっただけだ。君に不手際があったわけではないよ』、とね」

「ふむ、よくある光景だな」

「上に立つ人間は、自分の小さな所作が、下の人間にどんな影響を与えるか、知っているのよ。そして、それを知る人間が、人の上に立てる。ジェム、あなたもそう。きっとこの子も、そういう人生を送ってきたのね。だから、自分がどう見られているかを認識する能力については満点をあげてもいいわ。逆に、もう一つの資質である、自分がどう見せるべきかを発信することについては、完全に素人だわね。今後に期待ってところじゃないかしら。だから、100点満点で50点」

 

 ジンジャーの意見に納得したジャスミンが、質問を続ける。

 

「では、平面ではなくて線という意味は?」

「ほら、ゲームのキャラクターの能力値を表すときによく使う図があるでしょう?中心点から、正五角形、或いは正六角形なんかになるように直線を引き、その直線にメモリを刻む。力が強ければ、その線ではメモリが5,頭が悪ければその線ではメモリが1、そしてメモリを繋いだ平面の広さでキャラクターの強さや使いやすさを表す……」

 

 ジンジャーが少しもどかしそうに、指で正五角形や正六角形を宙に描きながら、説明する。

 ジャスミンは苦笑して、

 

「レーダーチャートのことだな。複数の指標を1つのグラフに表示して、全体の傾向を掴むためのグラフだ」

「あれってそういう名前なの?まぁとにかく、そのグラフで女優の適正を描くとする。例えば、極々平凡な女性を演じる能力の線。恋に恋する女性を演じる能力の線。戦う女性を演じる能力の線、か弱い女性を演じる能力の線、色々な能力の線があるとする」

 

 ジンジャーは、再び画面に映ったウォルに目を遣る。

 

「この子はね、きっと、社会的な立場の高い女性を演じる能力だけは、ずばぬけてると思う。女王陛下、女社長、女性政治家、一定のコミュニティの頂点に立つ女性。そういった役柄なら、きっと100点満点、それ以上の点数で演じることができるでしょうね」

 

 しかし、と、ジンジャーは溜息を吐き出し、

 

「でも逆に、それ以外の役は、全て演じることができない。例え演じたとしても、きっとその役は高貴な女性に、戦うことで運命を切り開く女性になってしまうわ」

「なるほど、言わんとすることは理解できる気がする」

 

 惑星ヴェロニカでの事件で、ウォルのカリスマ性を目の当たりにしたジャスミンは、実感を込めて頷いた。

 ジンジャーは続ける。

 

「例えばシンデレラをこの少女が演じたとするわ。きっとそのシンデレラは、王子の力を借りずに継母のいじめを乗り超え、自分の力で幸せを勝ち取る勇ましい少女に変貌するでしょうね。少なくとも、ガラスの靴の力で王子の寵愛を得た、ラッキーガールを演じることはできない」

「つまり、レーダーチャートで言えば、一つの線のみ極々高得点だが、その他がからっきしだということか。なるほど、図にすれば平面ではなく線で表されることになるな」

「良くも悪くも一点突破型ね。彼女に相応しい役柄を得られれば、不朽の名作を演じることができるかもしれない。でも、汎用の女優として大成するのは難しいと思うわ」

 

 ジャスミンは頷き、

 

「なるほど、ある意味ではお前と正反対というわけだな」

「それは少し違うわね。だって、私は高貴な女性も、100点満点で演じることができるもの。敢えていうなら、私は完璧な女優。そして彼女は極端な女優ね」

 

 ジンジャーは、手にしたグラスをぐいっと傾け、ワインを飲み干した。

 パーティを始めてから結構飲んでいるのに、未だ頬に朱も差さないジンジャーに、重ねてジャスミンは問いかける。

 

「ジンジャー、もしもお前の言う通りこの子がそういった方面でしか大成しない女優なら、お前がこの子のパトロンになって育ててやったらどうだ?」

「パトロンって、私が趣味でやってる若い子達の支援のこと?」

「そうだ。いわゆるタニマチのように金を出すわけではないが、陰に日向に見守っている俳優の卵がたくさんいると聞いているぞ?」

「耳聡いわね。誰から聞いたの、それ?」 

「誰でもいいじゃないか。それより、大女優のお前から見て、この子は育ててみたいと思う才能か否かを教えてほしいんだ」

 

 ジンジャーは、考え込むでもなく、すっぱりと即答した。

 

「イエスかノーかで言えば、ノーね。もしもこの子自身から私に教えを乞うことがあったとしても、きっと断ると思うわ。ジェム、あなたからお願いされても同じ事よ」

 

 流石に少し驚いたジャスミンは、

 

「手厳しいな、中々。そんなにこの子からは才能を感じないか?それとも、よっぽどお気に召さないか?」

 

 ジンジャーは、首を横に振った。

 

「いいえ、全く逆。寧ろこの子はすごく興味深いわ、色々な意味でね。でも、どんなに私がこの子を育てたくても、育てることができないのよ。何故なら、この子は私を全く必要としていないから。私だけじゃない。彼女は自身が芸能界で生きていくのに、誰の支援も必要としていないわ。必要とされていないのに、わざわざ何を教えろっていうの?」

 

 ふむ、とジャスミンは形の良い指を唇に当てて考え込む。

 確かに、如何に名女優であり才能を発掘することに長けているジンジャーとはいえ、自身の援助を必要としていない少女に対して支援をしろと言われても困ってしまうというのが本音だろう。

 

「私が支援している子達はね、当然だけどみんな違う個性を持っているわ。ただ彼らに共通しているのは、強烈な才能があること、そして、誰かの助力を必要としていること。それは、彼らの才能を守り育ててくれる師や先生であったり、特殊な個性を尊重してくれる理解者であったり、才能を世に知らしめるきっかけであったり、様々ね。私は、そのうちのどれか一つにでもなれればいいと思って彼らを支援しているの。でも、この子はそのどれも必要といていない」

 

 ジンジャーが、両手を挙げてばんざいする。

 要するに、お手上げということが言いたいらしい。

 

「この子を育てる必要なんてないわ。この子は勝手に育つもの。この子を守る必要なんてないわ。この子のほうが強いもの。この子を世に知らしめる必要なんてないわ。世の方からこの子を知りたがるもの」

「他ならぬお前にそこまで言わせるとは、ウォルの才能もそら恐ろしいな」

「私がこの子から感じたイメージは、太陽よ。目も眩むような光と、全てを照らし出す明るさ、万物の源になる熱。誰しもが憧れ、欲し、恋い焦がれ、しかし近づき過ぎれば焼き尽くされてしまう。存在感の塊。憧れの象徴。生まれついて、他者を導く存在……」

 

 ジンジャーの言葉は、ウォルの才能を褒め讃えるようでもあり、しかし同時に恐れを抱いているようでもあった。

 ジャスミンは、先程までの冗談交じりの口調ではなく、真剣な調子でジンジャーに問いかけた。

 

「なら、この子がアイドルになったらどうなる?大成できるかな?」

 

 ジンジャーも、真剣な調子で答える。

 

「断言するわ。この子が望むなら、アイドルという言葉がこの子のための代名詞になるのに、おそらく一年とかからない。誰しもが彼女に憧れることになる。男性にとっては理想の異性として、女性にとってはフェミニンな魅力の到達点として。ただ、逆にそれが危なっかしいわね。過ぎた憧れは過熱を生み、過熱は狂気と狂信を生むものだから。この子が芸能界の中心になったとき、そこにどんな力場が出来上がるのか、私には想像もできない。きっと、とんでもない事になる。例えば、この子を教祖として一つの宗教が発生したとしても私は驚かないわね」

「……何とも空恐ろしい未来絵図だな」

「もしも彼女に手助けが必要だとするなら、きっとその力場を制御する安全弁として、力をコントロールしてくれる存在としての誰かの力ね。それは、私よりもむしろジェム、あなたのほうが相応しいかも知れないわ」

 

 思わず話を振られたジャスミンは、難しい顔で腕を組む。

 

「つまり、クーアでウォルを囲い込んでしまえということか?」

「無秩序な混沌か、それとも管理された偶像か、この子が目指すのがどちらの道かによると思う。伝説を生むのは間違いなく前者よ。でも、伝説の中の英雄が常に幸福であるとは限らない。悲劇の英雄だって珍しい存在じゃないでしょう?この子が辿る運命はとても興味深いけど、もしも私がこの子の母親だとしたら、きっと芸能界を勧めたりしないわね。リスクもリターンも大きすぎて、普通の人間が得るべき幸福の範疇に収まらないのが明白だから」

 

 二人がスリリングな会話を繰り広げているうちに、ウォルのインタビューは終了していた。

 テレビ画面は、毒にも薬にもならないような、常識的なコメンテーター達が何やら話しているが、今のジャスミンとジンジャーの耳には届かない。

 二人は、意図することなく、不吉な未来図を脳裏に描いてしまっていた。

 ちょうど酒も料理も片付いたので、パーティはそこでお開きとなった。

 二人は、それぞれに割り当てられた寝室で、その日は就寝した。

 そして、次の日である。

 二人の予測は、早くも的中することとなった。それは、良い方向にも、そして悪い方向にも。

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