懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他)   作:shellfish

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第百六話:炎上

 本日の講義を終えたウォルは、TBSBのセム大学支部を訪れていた。

 セム大学は校区的にはアイクライン校の西隣、バスを使えば20分という距離なので、中等部生であるウォルとしても通いやすい。

 セム大学のキャンパスは、例に漏れずかなり広大であり、不案内なウォルは慣れない足取りでTBSBの支部へと急いだ。途中、自分をじろじろと見るような視線が少し気になったが、大学の中を中等部生が歩いているという物珍しさからだろうと思い、ウォルは目的地へと急いだ。

 果たして、TBSBセム大学支部はすぐに見つかった。入口から比較的近い立地だったというのも大きいが、何せ建物が大きかった。およそ、学生の課外活動のための建物とは思えない、立派な作りである。

 見た目では四階建て、幅もかなり広い直方体の建物。飾り気はないが、しかし人の出入りは結構激しいようだし、セキュリティにも気を使っているようだ。一般人が見れば、オフィスビルと勘違いしてむしろ当然といった様子である。

 ウォルは、受付でIDカードを示し、目的地であるスポーツ局のミーティングルームへと向かった。

 スポーツ局は建物の3階にある。階段で向かおうかと思ったウォルだが、エレベーターがちょうど下りてきたタイミングだったのと、階段の場所がかなり遠かったので、エレベーターで3階へと向かうことにした。

 エレベーターに入ると、中にいた、おそらくはTBSBの局員と思しき学生達が、やはりウォルに対して奇異の視線を向けてくる。

 TBSBの構成員は、当然のことながら大学生が中心だ。TBSBは結構忙しい課外活動であり、時間に自由の利く大学生でないと中々勤まらないというのが大きいが、普通の中高生ならばもっと華々しい、スポーツや演劇などの課外活動を選ぶというのも大きい。

 だから、ウォルのように中等部からTBSBに入る学生が珍しいというのは確かにある。そして、ウォル自身、自分が極めて美しい少女であり、耳目を集める存在だというのも自覚している。

 しかし、この視線の多さ、そして込められた感情は、ただ単に物珍しい学生を見るものではないことをウォルは悟った。何か、自分が注目を集めるような理由があるのだろう、と。

 思い当たるところと言えば、昨日のインタビューくらいであるが、たったそれだけの理由でこれほど注目を集めるとは思わない。

 もぞもぞした視線を浴び続けたウォルであったが、エレベーターはすぐに3階へと到着した。

 少し居心地の悪い思いをしたウォルは、足早にエレベーターから下りると、一路、先輩であるノーマンが待つ、スポーツ局ミーティングルームへと急いだ。背後で閉まるエレベーターから、

 

「ほら、あの子、多分例の子だよ……」

 

 などという声が聞こえたが、ウォルは無視した。

 ミーティングルームはすぐに見つかった。エレベーターから下りて、案内看板の示す通り通路を右折すると、すぐそこがミーティングルームだった。

 

「すみません、遅れました」

 

 ウォルが元気よくミーティングルームに入ると、何人かがテーブルに向かい合わせに座り、何やら難しい顔をしている。

 その中の一人であったノーマンが、ウォルの姿を認めると、元気よく立ち上がり駆け寄ってきた。

 

「やぁ、ウォル。昨日はお疲れ様だったね。よく来てくれた。今日が初出局だね。おめでとう!」

 

 ウォルの手を握り、何とも情熱的な様子である。

 そして、自分の後ろにいるスタッフのほうを向き直り、

 

「スポーツ局のスタッフで、取材班のみんなだ。取材中で出払っているスタッフはおいおい紹介するけど、とりあえず今いるメンバーだけでも紹介させてもらうよ」

 

 すると、テーブルで打ち合わせをしていた面々が立ち上がった。

 

「一番右がモーリッツ。前にも説明したけど、基本的に僕たちは何でも屋だ。一人一人で、ほとんどの現場を一から十までこなしている。それでも、複数人で取材するときは、それぞれ得意分野がある。彼は主にカメラを担当することが多い。例の格闘技場での取材の時もいたから、覚えているかも知れないね」

 

 モーリッツと呼ばれた学生が、にこやかに微笑む。

 

「モーリッツだ。あの時の、勇ましくも可愛らしいお嬢さんと一緒に仕事できて嬉しいよ。今後ともよろしく」

「フィナ・ヴァレンタインです。過日はご迷惑をおかけしました。こちらこそよろしくお願いします」

 

 礼儀正しいウォルの様子に、ノーマンは頷き、

 

「その隣がデーヴィス。取材班だけど、音響や編集も担当してくれている」

「デーヴィスだ。よろしく」

「その隣がニーナ。ニュースキャスターやインタヴュアーが主な担当だ」

「よろしくね、フィナ。中等部生は貴重だから、頑張ってほしいわ」

「最後がモディーンだ。彼は他局との連絡調整を担当してくれている」

「モディーンです。今後ともよろしくお願いいたします」

 

 ウォルは先輩方に向けて頭を下げた。

 

「フィナ・ヴァレンタインです。若輩者ですが、何卒宜しくお願い致します」

 

 ウォルは、あらためて先輩となった三人を観察する。

 デーヴィスは、ノーマンに比べるとやや背が低く、ぽっちゃりとした体型だ。顔はそばかすが目立ち、年齢よりは幼い印象を与える。しかし目線は強く、中々気の強そうな印象がある。

 ニーナは、肌がチョコレート色の、美しい女性だった。溌溂として、裏表を感じさせない笑顔が印象的だ。

 モディーンは一同の中では一際身長が小さい。しかし顔は、よく言えば落ち着いた、悪く言えば年のわりに老け込んだ様子があるので、そのアンバランスが特徴的である。しかし、その矮躯は鍛えこまれていて、ボディビルダーのように筋肉が盛り上がっている。口調は落ち着いており、他局との連絡調整という仕事が彼には相応しく感じる。

 中々に個性豊かな面々であったが、ウォルは、やはり彼らが自分を見る視線に、単に新人を歓迎する以外の、気の毒めいた感情を感じてしまうのだ。

 はて、これはやはり、自分が何かやらかしたのだろうかと思い、首を傾げかけたウォルを、ノーマンが別室へと案内する。

 

「本当なら、今日は君の歓迎会をする予定だった。それと、昨日の放送の打ち上げだね。でも、ちょっとそうもいかない事情が発生したんだ」

 

 なるほど、やはりそういうことかと、ウォルは頷く。自分が原因の厄介事が、彼らを悩ませているのだろう。

 別室は、小さな会議室のような造りだった。長机が二つ並べられ、その周りにパイプ椅子が四つ置かれている。

 ウォルとノーマンが向かい合うように椅子に腰掛けると、ノーマンがためらいがちに口を開き、

 

「良い知らせと悪い知らせがあるんだけど、どちらから聞きたい?」

 

 思わずウォルは苦笑した。ノーマンの、少し安っぽいような言い回しがおかしかったのだ。

 

「では、良い知らせから聞こうか」

 

 だいたい、良い知らせと悪い知らせがあると言われた場合、良い知らせの方が大きかったためしがない。悪い知らせの衝撃を和らげるため、敢えて良い知らせを用意するのが普通である。

 ならば、とりあえず良い知らせから聞いてみようと思ったわけだ。

 ノーマンは努めて明るい表情を作り、

 

「昨日の君のインタビューだけど、凄い反響だ。正直、僕も驚いている」

「ほう、それは良かった」

 

 ウォルは、嬉しそうに微笑んだ。自分で視聴しても、それなりの出来ではあったと思っていたが、反応が良いと聞かされれば、異世界の王であったウォルでも嬉しいものである。

 

「君の堂に入ったインタビュアーぶりには現場でも驚かされたけど、映像で観るとより一層だったよ。君の生き生きとした表情も、美しい容姿も、はきはきとしたしゃべり方も、凄くカメラ映えする。適度なユーモアを交えつつ、聞くべき事は聞き、指摘すべきことはしっかりと指摘して、キアラン選手に寄り添いながらその本音を引き出していたのは実に見事だった」

「ノーマンどのの台本が素晴らしかっただけのことだ」

 

 ノーマンは首を横に振った。

 

「確かに台本は僕の手製だけど、あのインタビューは、いくら台本があったとしても中々出来ることじゃない。キアラン選手の女性関係のくだりは完全にアドリブだろう?あれで雰囲気が和んで、その後の、事件に対するキアラン選手の想いが際立つ結果になった。本当に素晴らしい初仕事だったと思う。君をTBSBにスカウトしたのは間違いじゃなかった、そう確信したよ」

「キアランくんを泣かせてしまったのは少しやりすぎたかなと反省しているのだがな」

「確かに、そこは賛否両論あるところかも知れない。番組に寄せられたらコメントの中に、事件とは無関係のキアラン選手をあそこまで追い詰める必要があるのかとか、そういう厳しい趣旨の意見が見られたのは事実だ」

 

 真剣な表情でノーマンは続ける。

 

「でも、それ以上に、キアラン選手の、事件に対する生の感情が、そして真剣な謝罪の意志が見られて良かったという意見が多い。中には、事件がきっかけでキアラン選手のファン活動を止めていた視聴者から、もう一度彼を応援したいと思ったという、そんな声もあったんだ。フィナくん、きっと君は、キアラン選手を救ったんだと思うよ」

「おれもその辺りはどういう方向性のインタビューにするか迷っていたのだ。しかし、事件の前後の彼の変化と、今の真摯な姿を見れば、ああいうふうに彼を庇うような結果に落ち着いた。逆に、事件の被害者からすれば納得いかない内容になってしまったかも知れないな」

 

 苦み走ったようなウォルの表情に、しかしノーマンは呆れたように溜息をつく。

 

「……君は、あの短い打ち合わせで、そこまで意図してインタビューを組み立てていたのかい?」

 

 ウォルは、当然と言わんばかりに頷き、

 

「これは万事に言えることだと思うのだが、情報というものは、それが人口に膾炙するものである以上、発信者の主観が入らざるを得ない。情報を単純に情報のみとして発するなど不可能だ。ならば、これはもう、おれが正しいと思うキアランくんの姿をありのままに映させるしかない。だから、ああいうインタビューになった。結果が正しかったのかどうか、それは今後の彼の活躍で判断するしかないのだろうな」

 

 ウォルの言うことは至極もっともであった。

 何かの情報を発信するということは、他の情報を発信しないということであり、その時点で発信者の恣意が入る。また、発信する情報でも、情報のどの部分に重点を置いて発信して、どの部分を軽く発信するかでも恣意が入ってしまう。発信した情報が例え事実のみであったとしても、その時点で多くの恣意が割り込まざるを得ないのだ。

 それらの重要性の大小を見極め、出来る限り公平に報道するのがマスコミの使命ではあるのだが、これが中々に難しい。他のマスコミに比べれば、例えばスポンサーの意向などの不純物の混ざりにくいTBSBではあるが、それでも局内のパワーバランスや取材目的と取材対象の認識のずれなど、報道に問題はつきまとう。

 ウォルはそれらの事情を理解している。大国の王だった彼女である、風聞の力の大きいこと、扱いにくいこと、そして重要なことなど百も承知だ。

 だからこそ、今回の取材について、誰に焦点を当てて掘り下げるべきかを考え、そしてキアランの想いを全面に押し出したものにすることを決めたのだ。

 

「いやはや、君を侮っていたわけではないけど、もう、お見逸れしましたというしかないね。脱帽だよ」

 

 ノーマンは首を振り、感心しきりといった様子だった。

 ウォルは苦笑し、ノーマンに話の続きを促す。

 

「ノーマンどの、良い知らせのほうは理解した。では、悪い知らせとは一体どのようなものなのだ?」

 

 ノーマンは僅かに居住まいを正し、真剣な表情で、

 

「レオン・オリベイラ選手を覚えているかい?」

「ああ、おれが灸を据えてやったあの悪戯坊主だな。それがどうした?」

「彼が、君と、僕たちTBSBのスタッフを、人権擁護委員会に訴えた」

 

 ウォルは小首を傾げ、

 

「人権擁護委員会?」

「簡単に言えば、学内のトラブルを処理する裁判所だと理解してもらえると早い。つまり彼は、君や僕たちが彼の正当な権利を侵害したと、そう訴えているということだ」

 

 そう言われても、ウォルには何のことやら分からない。

 権利を侵害したというが、ウォルがオリベイラとしたのはただの喧嘩で、別に裁判所を巻き込むような話ではないはずだというのが、ウォルの認識だからだ。

 

「どうしてそういうことになる?あれは、怪我は互いに自分持ちという約定だったはずだぞ?それに、どうしてあなた方を訴えるという話になるのだ?」

 

 ウォルが不思議そうに言うと、ノーマンがテーブルに置かれた端末を操作する。

 

「この映像を見て欲しい」

 

 端末には、オリベイラが金メダルを受賞した際の映像が大きく映し出され、オリベイラの名前や経歴などが表示されている。

 どうやら、オリベイラ個人のサイトらしい。

 

「フィナくん、君はSNSをするかい?」

「いや、しない。というか、SNSというもの自体とんと知らん」

「簡単に言えば、個人が発信出来るマスコミみたいなものだ。一人の意見が世界中に知れ渡ったりするから、便利で強力なツールであると同時に危険なツールでもある」 

 

 ふむ、とウォルは頷く。

 ウォルが王であったあちらの世界では、よほどの大人物でも、自分の意見を世間に広めることなどできなかった。紙ですらが貴重品だったのだから、民衆に知れ渡るような大事件はだいたいが人伝、噂話、役人のお触れ、吟遊詩人等の口を介さなければ知られないものであるのが常である。

 情報を一部の人間が独占するのは危険なことなのだが、逆に民衆一人一人が自分勝手に自身の意見を広めることができるのは、それはそれで危険なことではないかと、ウォルなどは思うのだ。

 そんなウォルの内心は置いておいて、ノーマンは説明を続ける。

 

「オリベイラ選手は、SNSでも相当影響力のある選手だ。彼の大胆な言動やトラッシュトークは、眉をひそめる人間も多かったが、分かりやすい言動は、若者を中心に人気があったのも事実だ」 

「トラッシュトークとはなんだ?」

「試合の対戦相手を罵ったり、自分の方が優れていると声高に触れまわったり、そういう発言のことだね」

「あまり行儀のよろしいことではないようだな」

 

 ノーマンは頷き、端末を操作して、そこにアップロードされていた動画を再生する。

 それは、ウォルも予想はしていたが、ウォルがオリベイラに灸を据えてやった、あの試合の様子だった。

 だが、以前ノーマンに見せてもらったものと違い、試合の開始から映されたものではなく、ウォルがノーマンに飛び膝蹴りを叩きこんだ、その前後しか映像がない。

 

「この映像は、誓って僕たちTBSBが撮ったものじゃない。僕たちが撮った映像は、君の目の前で確かに削除したんだ」

 

 ウォルは頷き、ノーマンの言葉の正当性を認めた。

 そして、冷静な口調で、

 

「角度からすると、あの小僧の取り巻きが撮っていたものだな。あの部屋に入ってからは不審な動きはなかったはずだから、おそらく部屋に入る前からカメラのスイッチを入れていたのか」

 

 ノーマンも頷き、

 

「例えばカメラが仕込まれたサングラスなんかなら、目線と同じ角度で映像が取れる。そういったもので撮った映像の可能性が高いと思う。当然、隠し撮りだ。本来、学内での隠し撮りは処分対象だが、彼らはこれを許可された映像だと言い張っている」

「で、奴はこの映像の何をもっておれを訴えているのだ?」

「彼らの言い分はこうだ。君とオリベイラは、デモンストレーション、いわば演武をしていた。定められた手順で攻防をしていたということだ。その最中に、君が手順を守らずに突然攻撃を仕掛け、結果としてオリベイラは大怪我を負うことになった。TBSBも、その映像を取るために、君と口裏を合わせていたというのが彼の主張だ」

 

 ウォルは思わず笑ってしまった。あれだけ傍若無人な振る舞いをしておいて、自身が怪我をすることになれば、自分は哀れな被害者でございますと何の臆面もなく言うなど、彼女の羞恥心からすれば明らかに一線を超えているからだ。

 むしろ自分があの男だったとして、まかり間違って、喧嘩をした自分と少女のどちらが悪いかという話が湧き上がってしまえば、あまりの羞恥に穴を掘って入りたくなるのが普通の男ではないかと、彼女などは思うのだ。

 しかし、オリベイラは、その一線を超えて、少女のウォルに対して、怪我の責任を取って謝罪しろと息まいているらしい。ウォルとしては呆れるほかない。

 ただ、ウォルの世界においても、薬でかどわかした他国の王妃を、自国の王子の妃に迎えさせようとした、文字通りの恥知らずもいたのだから、この世界の男子諸君をあまり責めるわけにはいかない。

 つまり、どこの世界でも、恥知らずの輩は一定数はいるものだとウォルは理解した。

 

「なるほど、どうやら灸が少々ぬるかったらしいな」

 

 憮然と言ったウォルの前で、ノーマンは続ける。

 

「オリベイラくらいの有名スポーツ選手になれば、いくつかの企業とタイアップしている。当然、金が絡む話だ。今回の君の一撃で、彼は全治三ヶ月の重傷を負ったらしい。その間、試合はおろかSNSで情報を発信する事も満足に出来なくなるだろう。企業とも、スポンサー料の関係で揉めるかも知れない。その損失を補填しろというのが彼の主張だね」

「恥も外聞もないとはこのことだな。少なくとも、見た目はおれのように愛らしい少女に、あれだけ無様に叩きのめされておいて、更に恥の上塗りをしようというのか」

「フィナくん、君の言い分はもっともだ。僕たちは、君の言い分が正しいことを知っている。しかし、少なくともオリベイラのファンはそう思っていないらしい」

 

 ノーマンは画面を操作し、その映像に対するコメントを表示した。

 そこには、大方ウォルの不正を非難する、汚い言葉が並んでいる。

 普通の少女であれば、自分が世界中から罵られているのだと考えて顔を青ざめさせても不思議ではないが、ウォルは当然の如く、素知らぬふうである。自分の知らない人間の悪口など、勝手に言わせておけと言った素振りだ。

 そういえば、今日、TBSBに辿り着くまで、そして辿り着いた後も、好奇の混ざった視線を向けられることが多かった。なるほど、昨日のインタビューだけではあるまいと思ったが、こういうことかと納得したウォルだった。

 

「この映像だけでは、試合の経緯や過程は分からない。ただ確かなのは、君のように華奢な少女が、TBO金メダリストのレオン・オリベイラを倒したということだけだ。正直、あの試合をこの目で見た僕自身、信じられないような結果だったんだ。何も知らない視聴者なら、そこに何かの不正があっても不思議じゃないと思うだろう。オリベイラのファンが過熱して君を叩くのにも、一定の説得力ができてしまっている」

 

 ノーマンの意見に頷き、しかしウォルは何気ないふうに、

 

「なら、あの試合の最初から最後までの映像を公開してやればいいだけではないか?」

 

 ノーマンは、残念そうな面持ちで首を横に振った。

 

「残念だが、フィナくん、あの時に君の前で消したデータが、正真正銘この世で唯一の、僕たちが持っていたあの試合の映像データだったんだ。複製は存在しないし、今となってはデータの復元も不可能だ」

 

 そして、苦虫を嚙み潰したような顔で続ける。

 

「なお悪いことに、オリベイラにはあの試合のデータを消した事を伝えてしまっている。まさかこんな暴挙に彼が出るとは思わなかった。完全に僕たちの手落ちだ。そして、それが、オリベイラがこれだけ強気な対応ができる理由でもあるんだろうね」

 

 流石に少し困った様子のウォルは、難儀そうな顔つきで腕を組み、大いに鼻息を吐き出しながら椅子にふんぞり返った。 

 どう見ても、中等部の少女には見えない、堂々とした様子である。

 

「つまり、おれたちにはあの試合が正当に行われたものであると証明する材料が無いということか」

「無論、僕たちTBSBのスタッフは、君の戦いが正々堂々としたものであったことを証言する。だが、オリベイラの取り巻き達は、オリベイラの言い分を是と証言するだろう。訴えの原告と被告が、それぞれ自分が正しいと主張するわけだ。そうすれば議論は水掛け論になってしまう」

「あの部屋が貸切だったのも不味かったな」

「君の言うとおりだ。一般学生の目があったのなら、オリベイラもこんな難癖をつけてきたりはしなかっただろうね」

 

 ノーマンは大きく溜息を吐く。

 

「この映像が公開されたのは、昨日の君のインタビューが放送された直後だ。そして、すでにこの映像の再生回数はとんでもないことになっている」

「世論はどのような方向だ?」

「これはオリベイラのチャンネルに公開された映像だからね、当然彼のファンの意見が中心となっているから、君に対して批判的な意見が大半だ。あのオリベイラが女の子にKOされるはずがない。やらせか、卑怯な反則行為があったに違いない、とね。この映像を取り上げてる他のSNSも、論調は面白半分だけど、オリベイラがはめられたという意見が多い」

「難儀なことだ」

「しかも、タイミングがあのインタビュー映像の直後だ。君に興味を覚えた視聴者がこの映像に注目して、様々な意見を書き込んでいる。完全に炎上していると言っていい」

 

 一般論であるが、民衆は、正しいことを信じるのではない。自分が信じたいものを信じるのだ。そのことを、ウォルは熟知している。

 この場合、オリベイラのファン達の信じたいこととは、自分が応援しているオリベイラという選手が強く、誰にも負けないことである。

 そのオリベイラが、ウォルのような少女に倒され、そして不正を訴えているのならば、オリベイラの声を信じようというのがファン心理というものだ。

 そして、ファンの数がそれなりだというなら、TBSBとしても無視できないだろう。まして、その内容が炎上し、多方面に影響を及ぼしており、なおかつオリベイラがTBSBそのものと、TBSB所属のウォルを訴えているというなら、到底静観できる話ではない。

 

「あまり気持ちの良い話じゃないけど、実際、TBSBにもこの事件の然るべき対応を求める声が多数届いている」

「対応とは、どのような?」

「君や僕たちスタッフからの謝罪、TBSBからの除名、極端なものだと連邦大学からの放校処分や刑事告訴なんかだね」

「なんとも大仰なことだ」

 

 ノーマンは頷いてウォルに同意を示したが、しかしその声は真剣である。

 

「オリベイラの筋違いの訴えには、我々としても相応の対応をしなければならないと考えている。だが、その前に、まず君の意見を聞きたい。君は、この事態にどう対応したい?」

 

 ウォルは、敢えて聞かれたその台詞に驚き、しかし口に出してはこう言った。

 

「売りつけられた喧嘩だろう?買う以外の選択肢があるのか?」

 

 ウォルは、不敗の闘将と呼ばれた男――今は見目麗しい少女だが――である。当然、挑まれた勝負に背を向けたことはない。そして、今回だけは特別多めに見てやる必要性も見出していない。

 敢えていうなら、『痛い目にあわされた腕白小僧の子供じみた仕返しくらい笑って許してやるのが大人だ』という意見があるかも知れないが、ウォルは、増長した子供には相応の拳骨をくれてやるのが大人の務めだと思っている。一度目のお灸が効かなかったというなら、二度目、三度目のお灸を、前回よりも量と熱を二倍増しにしてくれてやろうとも思っている。

 だから、売られた喧嘩を買うと言ったウォルの顔は、結構嬉しそうであった。

 ノーマンは、その言葉を待っていましたとばかりに頷き、

 

「君ならそう言ってくれると信じていたよ。これで、我々としても心置きなく対処できる。ただ、君にも色々と協力してもらうことが出てくるかも知れない」

 

 ウォルは不敵に笑いながら頷き返す。

 

「あの小僧はおれを相手に喧嘩を売ったのだ。ならば、おれが矢面に立つのは当然のことだ。いくらでも協力させてもらうとも」

「火は、消すなら早めに消すに限る。今日の夜にでも、君にニュースに出演してもらって、この件の真実を語ってもらいたいんだけど、大丈夫かな?」

「ニュースに出演することは問題ない。おれの本来の業務でもある。ただ、その真実を語るというところが些か気になるが、ノーマンどのの描いた絵図面はどのようなものだ?」

 

 ノーマンは淡々とした表情で、

 

「君と、あの部屋に居合わせた友人達、できればオリベイラに腕を折られた、確かヴォルフさんだったか、あの人に出演してもらいたい。そしてあの日、オリベイラがした所行を語ってもらおうと思っている。それで、視聴者の大半は真実を理解してくれるはずだ」

「弱い」

 

 ウォルは鋭く切って捨てた。

 少し驚いた顔のノーマンに対して、ウォルは少し低い声で、自らの意見を述べる。

 

「確かに、真実は強い。大抵の虚言に勝る。何故なら、真実の方が虚言よりも説得力を持つことが多いからだ。しかし、虚言が真実を塗り替えることがあるのもまた事実ではある。結局のところ、発言者の力の大小、そして周りの状況がものを言うのだ。この場合、あの小僧の発信力とTBSBの発言力を比べて、そして今の状況を加味したところで、圧倒的に後者が勝っていると断言できるか?」

 

 ノーマンは、指を顎に当て、真剣な表情で考え込み、あらためて自分の戦術を分析し、そして素直に言った。

 

「……さて、言われてみればどうだろうか。普段なら、間違いなく勝てる。でも今回は、すでにあちらから攻撃されて、火が各所に燃え広がっている状況だ。戦略的には劣勢の立場にあることは否めない。こちらの言い分は、ただの言い訳だと曲解されかねない状況だ。被害者や当事者の証言だけではない、何か決定的な画が一つ欲しいのが本音だね」

 

 冷静なノーマンの意見に、ウォルはしたりと微笑み、

 

「おれならその画を用意できるぞ」

 

 ウォルの何気ない調子の言葉に、ノーマンは驚愕の声を上げる。

 

「本当かい!?」

「ああ、簡単なことだ。そのために、ノーマンどのの協力と、そして人脈に頼りたいのだが、それでもよろしいか?」

「僕にできることなら何でもさせてもらうとも。こんな厄介事に君を巻き込んでしまったのは、他ならぬ僕なんだからね」

「では、おれの作戦を聞いてもらおう……」

 

 そしてウォルは自分の考えた作戦を語った。

 作戦そのものは至って単純だった。準備に要する時間はほぼ不要、そして強烈な画が取れる。

 これならば、成功の見込みは極めて高い。

 しかし、ノーマンは、開いた口を閉じることができなかった。到底、中等部の少女が考えていい作戦ではなかったからだ。

 

「……まさか、本当にそんな映像を流すつもりかい?」

 

 ウォルはしかと頷く。

 思わず立ち上がったノーマンは、悲鳴の様な声を上げて叫ぶ。

 

「君はとんでもない騒ぎの中心人物になるよ!?消火行為どころか、大火事の中で自分から可燃物をまき散らすようなものだ!僕たちでも、その騒ぎを制御できるかどうか、わからない!」

 

 ウォルはにやりと嗤い、嬉しそうに頷く。

 

「それが正しく望むところだ。おれは、前にも言ったが、この世界で一番の有名人になりたいと思っている。これは、おそらくその最初のチャンスだ。あの小僧が沢山のファンを抱えているというなら結構だ、その全てをいただいてしまうとしよう」

 

 ウォルの明朗快活な様子に目を丸くしたノーマンは、やがて諦めとともに大きな溜息を吐き出す。

 

「……わかった。何ていうか……君をTBSBに誘ったのは確かに僕なんだが……本当にそれが正しかったのか、少し疑問に思ってしまうよ……もちろん、君はちっとも悪くないんだけどね」

「いや、まことに相済まんな」

「謝ってもらう必要はないよ、今のはただの、僕個人の愚痴だ。それに、この話はTBSBにとってもチャンスだ。多分今回の一件はTBSB全体を巻き込んだ一大騒動になる。上手くいけば、凄い視聴率が取れる。スポーツ局だけじゃない、エンターテインメント局や報道局の協力も必要になるだろう。モディーンに、そのあたりの調整をお願いしておこう」

「心強いお言葉だ。では、おれはおれで、あの小僧の哀れな被害者を口説き落とすとするか」

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