懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他) 作:shellfish
マンフレッド・グレン警部は、連邦大学中央警察本部の大会議室で、些か居心地悪そうにネクタイを緩めた。
警察という組織は、内への結束という点において比類無いが、その反面、外部組織との折り合いという面では閉鎖的との謗りを免れない面がある。
そのこと自体はグレン警部も重々承知のことではあるのだが、だからといって連邦警察からの出向者である我が身に突き刺さる阻害的な視線が和らぐわけでは全くない。
連邦警察から他星系の警察組織への出向期間は、通例ならば三年である。無論、その間に不祥事に巻き込まれなければ、という条件がつく。そして平穏無事に出向期間を終えれば、一段階上のポストが自分を待っているはずだ。
肩書きにはそれほど拘りのないグレン警部だが、階級が上がれば裁量が増えるのは間違いない。自身の信じる正義を為すため……といえば何とも大仰だが、要するに自分のやりたいことをするためには肩書きも馬鹿には出来ないと理解しているので、せっかくお膳立てされたこのチャンスを無為にするつもりはない。
だいたい、出世レースからは早々にリタイアしたはずの自分にこんなかたちでお鉢が回ってきたのは、彼が様々な事件を解決に導いたからであり、中でも、共和宇宙で最も価値のある芸術品と言われる、巨匠ドミニクの代表作『暁の天使』盗難事件を早期解決した功績によるものなのだ。
だが、グレン警部は『暁の天使』盗難事件の本当の功績者が、見事な金髪とエメラルドのような瞳の少年だったと理解している。そういう意味で、自分の能力を過大評価はしていない。
だから、二重の意味で、大会議室の最前列に自分が座るのは、どうにも自分には場違いな気がして、居心地の悪い思いを味わっているのだ。
そんなグレン警部の前に設えられた壇上席に、連邦大学中央警察の中でも切れ者と評判のシーモア・ハックマン管理官が座る。
ハックマン管理官は、上背こそそれ程でもないが、鍛え抜かれた体躯はどっしりとしており、チョコレート色の肌に猟犬を思わせる鋭い目つき、引き絞られた口元と、仕事の出来る官僚を画に描いたような風貌で、彼が席に着いた瞬間に、会議室全体の緊張感が一段階増したのをグレン警部は感じ取った。
ハックマン管理官は卓上マイクのスイッチを入れ、会議室に居並んだ、自身の手足とも言うべき刑事達を一瞥し、冷徹な声で捜査会議の始まりを告げた。
「それでは、連邦大学における違法薬物殲滅作戦の捜査会議を始める」
大会議室に居並んだ刑事達の背が、いっせいに伸びる。
その様子を見て、ハックマン管理官は続ける。
「諸君も承知のことと思うが、本日19時、アマドラ総合病院において、本件の重要参考人であるレオン・オリベイラの身柄確保に成功した。被疑者は未だ容疑を否認しているようだが、携帯端末等の重要証拠の確保にも成功している。楽観視は危険だが、落ちるのは時間の問題と見ていいだろう」
安堵に似た雰囲気が、会議室全体に広がる。なにせ、レオン・オリベイラといえば、過日に開催されたTBOのMMA無差別級金メダリストなのだ。もしも彼が逮捕に抵抗して大暴れでもすれば、多数の怪我人が予想されたし、最悪の場合は確保に失敗することもあり得ると思われていたのだ。
グレン警部もその点にかなりやきもきしていた。逮捕術については人後に落ちない自信のあるグレン警部もオリベイラの確保班に手を挙げたのだが、現場で身体を張るには警部という肩書が邪魔をしたのか、丁重に人選からは外されてしまったのだ。そういった経緯から、無事被疑者逮捕という報告を聞き、胸を撫でおろしたのである。
ただ、オリベイラがさしたる抵抗もせずに逮捕されたのは、ウォルとの試合の怪我が完治していなかったのが原因であり、そういう意味でいえば、一番手柄はウォルに帰するのかも知れない。そして、ウォルが、かつて自分の関わった『暁の天使』盗難事件の解決の立役者であったリィの婚約者であると知れば、果たしてグレン警部はどんな顔をするのだろうか。
「家宅捜索班、状況を報告してくれ」
ハックマン管理官の声に、書類片手に立ち上がった刑事が、
「オリベイラの自宅からはパソコン、通信機器、薬物の密輸入に使用したと思われるキャリーケース、その他の物品を押収しています。パソコン関係は現在分析中。キャリーケースからは、微量の薬物反応がありました。また、冷蔵庫の中から覚せい剤のアンプルと注射器も押収しています。金メダリストという立場を利用して、税関の目を欺いていたことは間違いないでしょうね」
ハックマン管理官は満足げに頷いた。自宅からこれだけの証拠が見つかれば、少なくともオリベイラを有罪にするには十分だろう。
「尾行班、未確保の被疑者の状況は?」
「オリベイラの逮捕のニュースにかなりの動揺が見られます。被疑者一名に対してチームで尾行及び監視を行っており、不審な動きが見られれば、現場の判断で確保するよう通達しております。おそらく、今日明日中にかなりの被疑者が確保されるものと考えております」
「今回の一斉摘発の目的は、あくまで違法薬物密売組織の壊滅だ。末端の売人の確保を優先するあまり、とかげの尻尾切りにだまされて組織上層部に逃げられることのないよう、細心の注意を払ってほしい」
「はっ、承知しました」
その他、各班の報告に対して指示を出し、刑事達の意思統一を図って、会議は終了した。
血気に逸る若手刑事たちが、使命感に燃え盛る視線で足早に会議室から退出する中、グレン警部はやれやれ、やっと終わったかという様子で立ち上がり、軽く伸びをした。こういった会議が無駄などとは言わないが、しかし一匹狼気質のグレン警部にしてみれば、どうにも気づまりであることは否定できない。
今回の捜査について、外様大名である自分の役割は後方支援である。前線の精鋭達の打ち漏らしを拾ったり、捜査の穴を埋めるのが仕事だ。
例えば電車の中で走り回っても目的地に到着する時間が変わらないように、今の自分が焦っても何が変わるわけでもない。そう考えると、良く言えば気持ちに余裕ができるし、悪く言えば怠け虫が鳴き声を上げる。
とにかく、捜査資料を丁寧に揃え、ブリーフケースに仕舞ったグレン警部が、のんびりとした歩調で大会議室から退出しようとしたとき、背後から声をかけられた。
「グレン警部、この後、少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか」
声の主は、他ならぬハックマン管理官であった。
僅かに気の緩んでいたグレン警部は、年齢こそ自分よりも下ではあるが、階級は遥か上のハックマン管理官に、慌てて敬礼を施す。
「管理官殿、小職に何か御用でしょうか?」
ハックマン管理官は、相も変わらず隙のない、鋭い目つきでグレン警部を射貫き、
「実はこの事件について、少々ご意見を頂戴したいことがあるのです。どうぞ、別室までお越しください」
口調こそ丁寧ではあるが、上位の人間が職務上要請しているのだから、命令と同じである。グレン警部は訝しむ内心を表情に出さないよう努力しながら、ハックマン管理官の後を歩いた。
二人は、大会議室と同階の、こじんまりとした会議室に入った。そこは、四人掛けのテーブルセット以外は観葉植物すらないという、取調室と見まがうほどに小さな部屋だ。
はて、俺は査問されるような悪さをしでかしたかとグレン警部は我が身の素行を振り返った。捜査のために、少々の違法行為をしでかしたことのあるグレン警部は肝を冷やしたが、よくよく考えてみれば、今回の違法薬物殲滅作戦の責任者であるハックマン管理官からお叱りを賜るような謂われもない。
ハックマン管理官は自然な足取りで上座に座り、グレン警部は残された下座に腰掛けた。
「さて、グレン警部。あなたの経歴を拝見しました。正直に申し上げて、目覚ましい経歴です。セントラルから遠く離れた、連邦大学警察に勤務する私などにも耳に入るような難事件を、いくつもの解決しておられる」
「部下と運に恵まれただけですよ」
「なるほど、それはそうかも知れませんが、実はそれが一番難しい。あなたの仰ることが正しいとして、あなたは素晴らしい部下と人もうらやむ運に恵まれているに違いない」
「恐縮です」
ハックマン管理官はそう言って微笑んだ。そうすると、先程の会議の時の鋭角な表情から、人好きのする青年のそれへと変わる。階級が下のグレン警部に対して敬語を崩さないのは、その経歴に敬意を払っているからだろうか。
この変化が意図してのものだとすれば、これは前評判以上に油断のならない人物かも知れない。グレン警部は内心でハックマンという人物評を改めた。
「グレン警部。あなたをお呼びしたのは、他でもありません。今回の捜査において、あなたの意見を頂戴したい件があるのです」
「私の意見、ですか」
「そう、あの『暁の天使』盗難事件を短期間の間に解決に導いた、あなたの意見です」
繰り返しになるが、『暁の天使』盗難事件の解決の立役者は、グレン警部ではない。少なくとも、彼自身はそう確信している。
しかし虚像というのはやっかいなもので、一度一人歩きを始めると尾ひれやら腹びれやらを勝手に身に着け、あまつさえいつの間にか巨大化して、本人を覆い隠してしまうから質が悪い。
そしてこの場合、そのことをハックマン管理官に伝えたところで、事態は変化しないだろう。実はあの事件は連邦大学の中等部生が解決したのですと言ったところで、ご謙遜をと笑われるか、それとも正気を疑われるかだ。
それに、『暁の天使』盗難事件を解決したのが自分だけの力ではなかったとしても、それ以外の事件を解決させたのは間違いなく自分とその部下であり、そういう意味では十分な自負がある。
だから、グレン警部はだまっておくことにした。
真剣な表情で黙り込んだグレン警部の目の前に、ハックマン管理官は、懐から取り出した小瓶を置いた。
グレン警部は、その小瓶を見た瞬間、名状しがた悪寒で背筋が冷えるのを感じた。例えるならば、巨大なダムに小さな亀裂が入っていて、そこから水が漏れだしているのを見つけた様な感覚だ。
「これは?」
当然とも言えるグレン警部の質問に、
「今回の、違法薬物密売組織から押収した証拠品です」
グレン警部は、まじまじと小瓶を見つめる。
親指より少し大きいかというサイズの小瓶は、古風にコルクで封がされており、中は透明の液体で満たされている。
「触っても?」
「結構です。爆薬や危険な化学薬品の類ではありませんから、揺らしたり衝撃を与えても問題ありません」
そう言われて、グレン警部はその小瓶を手に取る。
まず臭いを嗅ぐが、コルク越しには特に異臭はない。コルクを外しても、やはり特別な臭いは何もないようだ。
次に小瓶を持ち上げ、電灯の光に透かしてみる。少なくとも、目視で分かる範囲では、一切の色がついていない、無色透明の液体のように思える。
軽く瓶を振ると、中で液体が跳ねまわるが、特別粘性があるわけでもない。
あと、確認できる方法と言えば味くらいのものだが、得体の知れない液体を口に入れる勇気は、流石のグレン警部にもなかった。
「これは何ですか?」
グレン警部の質問に、
「化学分析の結果を申し上げるなら、物質名はdihydrogen monoxide、化学式で言えばH₂O、要するに、水です」
ハックマン管理官は答える。
グレン警部は、一瞬自分をからかっているのかと思ったが、ハックマン管理官の表情は真剣そのものである。
「では、水に、何か違法薬物の成分が溶け込んでいるということですか?」
ハックマン管理官は首を横に振る。
「確かに、極々微量のミネラルが溶け込んではいるようですが、成分自体は純水に近い。例えば薬局に行けば、1リットルいくらで買える、普通の水です」
「それが、今回の事件の押収品なわけですな」
「はい。それが正しく問題なのです」
ハックマン管理官は机の上で手を組んだ。
「この小瓶は、違法薬物の使用容疑で逮捕された学生から押収したものです。その学生の供述によれば、売人から違法薬物を購入する際、サービスということで渡されたものだとか」
「ただの水を、違法薬物の売人が、わざわざサービスですか」
「はい。もしもこの小瓶単体で販売されていたのならば、ただの詐欺ということになるのでしょうが、薬物とセットで、しかもただで渡していたというのがどうにも気になる」
ハックマン管理官は鋭い視線で小瓶を睨みつけながら言った。
グレン警部も、ハックマン管理官の意見に内心で首肯した。違法薬物を販売する目的は、当然のことながら、多額の金銭を儲けることだ。
ただの水を薬物と偽って小銭を稼ぐというなら、末端の売人のやりそうなことではあるが、無料で配っているというところがどうにも気持ち悪い。
「ちなみに、ただで渡して、その後はどうするのですか?」
「その学生によると、この水を飲めば、いい夢が見られるそうです。売人には、どういう夢を見ることができたか、そしてその感想を教えてほしいと、そう言われたらしい」
「夢が見られる?それは、例えば自分の望む夢を見ることができるとか、その手の話ですか?」
ひと昔前の漫画雑誌の裏表紙や、怪しげなインターネットサイトなどを少し探せば、その手の商品の広告は珍しいものではない。辛く苦しい現実を忘れて、思い通りの夢の世界を貴方に!なんとも使い古された売り文句である。そして、その手の商品が本当だったためしは、科学万能の今の世界でもありはしないのだ。
この水も、その手の商品なのだろうか。いや、だとしても、やはり無料で配っているというのが引っかかるが。
「使用者の望むままの夢を見られるとか、そういう効能ではないそうです。ただ、不思議な夢が見られるとか。特に、薬物と併用すると確率が上がるそうです」
「不思議な夢、ですか」
こうなると、グレン警部には何がなんやらわからない。
だいたい、夢などそれ自体が不思議なものだ。夢を見ているときはそれが世界の法則のように思えても、目が覚めてみればなんと馬鹿らしい夢だったのだろうと呆れるのが常である。
ならば、不思議な夢が見られるというのは、果たして薬物の効能と言っていいのか否か。
そんなグレン警部の考えなど露知らず、ハックマン管理官は続ける。
「その学生は、これをドリームメイカーと呼んでいました」
「ドリームメイカー……夢追い人ですか」
「若者の人生を台無しにする薬物にドリームメイカーなどと名付けるなど言語道断ですが……ただ、この水は少なくとも単純な違法薬物ではない」
何せ、成分は普通の水と変わるところはないのだ。お天道様の下で大手を振って販売したとしても、誰が咎められるものでもない。
「その学生は、この水――ドリームメイカーを飲んだのですか?」
ハックマン管理官は頷いた。
「一体どんな夢を見たのですか?」
「その若者は、特に夢を見なかったと供述しているます。もちろん、覚えていないだけかもしれない。夢の記憶など、そんなものですからな」
グレン警部は頷く。
「動物実験はしてみたのですか?」
「ええ。ネズミ、犬、猿。いずれも、ただの水を口にした以上の変化は起きませんでした」
ハックマン管理官は、椅子の背もたれに身体を預けた。
「そして、これは噂話に留めておいてほしいのですがね。違法薬物の常習者となった学生の中に、失踪者が多発しているらしいのです」
「失踪者、ですか」
グレン警部は考える。
薬物にはまり、抜け出せなくなった常習者が、社会から失踪するのは珍しい話ではない。仕事を失い、家族関係を破綻させ、寄る辺を失った人間が街をさまよい、ホームレスとなるのだ。
だが、今回の被害者は学生である。薬物中毒になってしまっても、まだ親というセーフティーネットがある。即座に失踪というのも、少し不自然な気がする。
「私は、その原因が、この小瓶ではないかと睨んでいます」
「……なるほど」
ハックマン管理官は、机に乗り出すようにして、グレン警部に言った。
「上層部は、これのことを重要視していない。少なくとも成分分析上ただの水である以上、ドリームメイカーのことは無視して薬物の捜査に注力するべきだというのが主流の意見です。また、薬物事件の本丸を叩いてしまえば、こちらも解決するだろうというのが思惑だ。だから、捜査会議でもこれの件については伏せられている。余計な混乱を起こさない、それが上層部の意向です」
「当然の方針でしょうな」
「私は、証拠分析は科学に従って、捜査は法律に従って行われるべきものだと確信しています。そこに、刑事の勘などという、甚だあやふやなものを持ちこむべきではない。もしも持ちこめば、違法捜査、誤認逮捕の温床だ」
ハックマン管理官の意見にグレン警部は深く頷いた。勘で事件を解決するスーパー刑事はテレビドラマの中で輝いてくれればいいのであって、現実世界でそんな刑事が幅を利かせれば、警察組織の暴走を招くこと疑いない。
「ですがね、グレン警部。事件の起こりの違和感を感じ、それを解決に導くきっかけとする。そういう意味での刑事の勘は、機械以上に優れていると私は信じている。だからこそ、連邦大学中央警察に属さず、そして今まで難事件を解決に導いてきたあなたに聞きたい。この、ドリームメイカーと呼ばれる小瓶は、果たして本当にただの水でしょうか?今回の捜査からは切り離して考えるべきものでしょうか?」
おそらくは今日一番真剣なハックマン管理官の視線を受けて、グレン警部は、
「管理官。あなたは、おそらく全てを正直に小職に伝えていただいた。だからこそ、小職の正直な感想を申し上げます。私は、この小瓶を見たとき、根本まで火が回った爆弾の導火線を思い起こしました。どう考えても、尋常な事態ではない。これは完全に私の勘ですが、事件の本質は、薬物の密売などではない。きっと、この小瓶こそ、今回の事件の本質です」
おそらくハックマン管理官も同様の意見だったのだろう、グレン警部の意見に深く頷いた。
「グレン警部、あなたの今の任務を解きます。そして、表立っては動かず、ドリームメイカーの実態の解明捜査の指揮を取っていただきたい」
「つまり、書類上は更迭ということになりますか?」
ハックマン管理官は、苦渋の表情とともに頷いた。
「事件が終われば、私の権限の及ぶ範囲で、あなたの名誉を回復させていただく。しかし、一時は、閑職にあなたを追いやることになってしまう。それを許してもらえますか?」
グレン警部は大いに笑った。
「ハックマン管理官はご存じないかもしれないが、私はそういうのが大好きなのですよ。そして、気に食わない奴が左遷されたと内心で喜んでる輩の鼻を、思い切り明かしてやるのもね」
ハックマン管理官は、グレン警部の下手な冗談に微笑み、
「では、辞令は明朝ということになるのでしょう。あまり時間はありませんが、今の仕事の引継ぎの準備を願います」
「承知しました」
「それと、あなたの手足になるべき人材は必要でしょう。仰っていただければ、何人かご用意します」
「ありがたい申し出ですが、私はここでは外様大名だ。そんな私の下で、しかも奇妙な職務について喜ぶ人間がいるとも思えない。もしも可能であれば、連邦警察時代の部下で、ヒックスという若い刑事がいましてね。中々に鼻が利く男だし、馬があう。できれば、彼を招聘していただけると助かるのですが」
ハックマン管理官は少し悩み、それから頷いた。
「わかりました。一週間以内に、あなたの望みを叶えましょう」
「助かります」
その後、二、三の簡単な打ち合わせをして、グレン警部とハックマン管理官は固い握手を交わし、会議室を後にした。
連邦大学中央警察の長い廊下を歩きながら、グレン警部は考える。
果たして、あの小瓶は何なのか。この事件で、一体どのような役割を持つのか。
忙しい日々が待っているだろう。だが、必ず解決してみせる。
固い覚悟を胸に廊下を歩くグレン警部、その時、彼の脳裏に、一人の少年の存在が閃いた。
黄金の髪に、緑柱石色の瞳を持つ、天使のように美しい少年。幾つもの精巧な贋作の中から、真作を難なく発見するという、直観とも洞察力ともとれる能力に優れた、稀有な少年だった。
彼にこの小瓶のことを伝えれば、一体どのような反応を示すだろうか。無論、調査中の証拠物件を一般市民に提示するなど不適切な行為であることは間違いないのだが、グレン警部には、それが事件解決への最短経路にも思えたのだ。