懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他)   作:shellfish

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第百十八話:二人の曇天

 その日は、朝からぐずついた天気だった。いつ泣き出すか知れない、分厚い雲が天蓋を覆っていて、陽の光が差さない、どんよりした空模様である。

 病院で一夜を明かしたウォルは、朝食後、念の為ということでもう一度医師から診察を受け、しばらくの間経過観察ということで激しい運動は控えるよう釘を刺され、無事退院という運びとなった。

 退院といっても、たった1日入院していただけだ。別に大荷物もなければ、別れを惜しむ同室の患者がいるわけでもない。会計も、昨日のうちにノーマンが済ませてくれていたようだ。

 身軽な様子の、しかし頭部に痛々しく包帯を巻いたままのウォルは、病院のホールを抜け、そのまま正面玄関へと向かう。

 正面玄関は、これから診察を受ける通院患者、入院患者の見舞客などでごった返している。

 ウォルは、人ごみの中を縫うように歩く。

 すると、そこに見慣れた顔があった。

 ウォルは少し驚き、しかしすぐに淡い微笑みを浮かべる。

 

「インユェ、どうしたのだ」

 

 まるで、睨みつけるような視線をウォルによこしながら、そこには、くすんだ銀髪の少年が立っていた。

 そういえば、リィやシェラ、そしてインユェ達には、万が一に備えて、自分が1日だけ入院すること、そして病院名等も連絡していたことを、ウォルは思い出した。

 わざわざ迎えに来てくれたのだろう。

 しかしインユェは、退院する患者を迎えるには些か似つかわしくないぶすっとした不機嫌な表情のままウォルのほうに駆け寄り、彼女が持っていた手荷物を、ひったくるような調子で受け取った。

 そして、そのまま無言で背中を向け、病院玄関の自動ドアへと向かう。

 

 ──果たして、インユェの機嫌を損ねるようなことをしたのだろうか。

 

 ウォルも、首を傾げながら、無言でインユェに従った。

 病院の前には、インユェが呼んだのだろう、既にタクシーがつけていた。

 インユェはそのトランクにウォルの手荷物を放り込むと、ウォルに、そのタクシーに乗るよう、視線で合図を寄越す。

 特に逆らう理由もないウォルは、黙ってタクシーの後部座席に乗った。インユェも、ウォルの反対側から乗車した。

 タクシーは、静かなエンジン音とともに出発する。

 タクシーの車内は、運転席側と後部座席側が、強化ガラスで仕切られていた。強盗予防の防犯目的なのか、それとも後部座席のプライバシーに配慮した結果なのか。

 目的地はあらかじめ告げてあるのだろう、タクシーは迷いなく、ウォルの現在の住居であるフォンダム寮へと向かっている。

 そしてウォルはといえば、あいも変わらずだんまりのインユェの隣で、些か居心地悪そうにしている。

 ついにたまりかねたウォルが、苦笑と共にインユェに話しかける。

 

「おい、インユェ。どうしたのだ、そんなに黙り込んで。何か、おれに言いたいことがあるのではないか?」

 

 ウォルの言葉に、前の座席のヘッドレスト部分こそ親の仇というふうな険しい視線を送っていたインユェが、自分の太もも当たりへと視線を落とし、ぼつりと言った。

 

「試合、見たよ……」

 

 ウォルは、そうか、とも、見てくれて嬉しいとも言わない。

 そういう言葉をインユェが求めているとは思わなかったからだ。

 無言で先を促してやる。

 インユェが、苦しそうに言った。

 

「俺、怖かった……」

「……」

「また、ウォルが俺の前から消えてなくなっちゃうんじゃないか、もう二度と会えないんじゃないかって、そう思った……」

 

 ぽつりぽつりと、水の滴る音がする。

 気がつけば、インユェは啜り泣いていた。嗚咽を噛み殺して、その端正な顔をくしゃくしゃにして、ただ静かに泣いていた。

 ウォルは少し驚いて、ぼろぼろと泣き続けるインユェに微笑みかける。

 

「馬鹿を言うなインユェ。確かにあの試合は簡単な相手ではなかったのは事実だ。しかし、このおれが簡単にやられてたまるものか」

「でも、ウォル、お前、あの蛇野郎と結婚するって言うし、気が付いたらあんな試合をして、怪我もして、そしたら凄く有名になって、なんだか遠くに行っちまった気がするし、今、お前に会わないと、もう二度と会えないような、そんな気がして、俺、俺……」

 

 ぐしゅぐしゅと鼻を何度も啜りながら、途切れ途切れにインユェは言った。

 そんな幼気な少年を見て、ウォルは困ったように微笑んだ。

 インユェは、ウォルといるときに、時折幼児返りを起こすことがある。それは、惑星ヴェロニカでウォルを失ったことがトラウマになってしまっているのが一番大きな原因だが、インユェの母親が早逝しているため、母親に甘えるという、普通の子供ならば経験する成長過程の一要素が欠落してしまっていることも原因の一つかも知れなかった。

 とにかく、インユェは子供のように泣き続けた。

 ウォルは、仕方ないといった調子で軽く息をつき、

 

「インユェ、大丈夫だ。おれは、絶対に、お前に何も告げず、お前の前から消えたりはしない」

 

 そう言って、片腕でインユェの頭をかき抱いてやった。この少年のもう一つの姿を知って以来、なんだかこの少年が生まれたての目も明かない子犬のような気がして、自然とそういう触れ合い方をすることが多くなった。

 まるで、我が子を慰める母親か、それとも手のかかる弟を励ます姉のような有様でウォルはインユェを慰める。そして、諭すように言う。

 

「だが、いつまでもお前の傍にいられるかというと、それも難しい。お前も、それは分かってくれるだろう?だから、おれがいる間はこんなふうに甘えるのもよかろう。それでも、いつかは一人前の男として、独り立ちして欲しい。それがおれの願いだ」

「……」

「それに、いつまでもお前がこんな調子では、メイフゥどのも安心できん。加えて言えば、お前にはジャスミンどのに拵えてしまった借金があるのだろう?それを返すためにも、一日でも早く、凄腕の資源探索者にならなければな。そうだろう、インユェ?」

 

 ウォルは優しい口調でそう言い聞かせた。

 相変わらずしゃくりあげながら、しかしインユェは無言で頷く。

 もうほとんど涙も止まっていたので、ウォルはインユェを離してやった。インユェも、大人しくウォルにされるがままだった。

 そしてウォルの方を、強い決意を込めた視線で見遣り、意を決したように口を開いた。

 

「俺、分かったんだ。ウォル、お前に迷惑がかかるからって、この星では、お前から距離を置いていた。それでも良いって、しばらくの間は友達でもいいって思ってた。でも、そんなふうに物わかりがいいふりしてちゃ、絶対にお前を俺のものになんて出来ないって」

「……はい?」

「決めた。俺、もう我慢や遠慮なんてしない。ウォル、俺、お前が大好きだ。本当に、心の底から愛してる。だから、絶対にお前を俺のものにしてみせる。あの蛇野郎がお前の恋人だっていうならそれでもいい。でも、俺にだってお前を恋人にする資格はあるはずだ。だって、俺は、お前に相応しい一人前の男にならなくちゃいけないんだから」

「いや、それとこれとは話が別で……」

「明日から、俺、フォンダム寮にお前を迎えに行くよ!一緒に通学しよう!きっと、ウォルは有名になっちまったから、ボディガードの一人や二人、必要だろう?俺に、お前を守らせてくれよ!」

 

 少年に相応しい、キラキラとした瞳で、インユェはそんなことを言うのだ。

 ウォルとしては、『いや、それは目立つから困る』と言いたいところだが、先ほどまで慰めていた少年にここまで言わせてしまうと、無碍に断るのも気が咎める。

 果たしてなんと辞退しようか言葉を探しているウォルの隣で、インユェは一人、俄然やる気を漲らせている。

 

「そうだ、あの蛇野郎なんて、いつ送り狼になるか知れたもんじゃねぇんだ。あんな奴とウォルを二人きりにさせるほうがどうかしてたんだ。ウォル、明日からは俺がお前を守ってやるからな!」

 

 つまり明日から、ウォルは、左にレティシアを、右にインユェを侍らせて、三人仲良くお手々を繋いで登校しなければならないということだ。

 どう考えても人目につく。つかないほうがおかしい組み合わせだ。

 レティシアはくりくりとした瞳の猫のように悪戯げな美青年、インユェはどこか猟犬を思わせる鋭い顔つきの、忠実な美少年、そして、ウォル本人はといえば、だれかどう見ても完全無欠の美少女である。

 そんな三人組がどれほど目立つか、一体どのような噂が人口に膾炙されるのか、想像するだに恐ろしいウォルは、諦めの境地で、乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。

 そんなウォルの内心はあずかり知らず、タクシーはフォンダム寮の前へと到着した。

 インユェは寮の中まで荷物を持っていくと言い張ったが、それは流石にウォルが止めさせた。

 残念そうなインユェから手荷物を受け取り、二人はフォンダム寮の玄関前で別れた。インユェは、メイフゥとともに、フォンダム寮の隣のイグアス寮に籍を置いているからだ。

 そしてウォルがフォンダム寮に帰ると、そこにはウォルの友人である寮生が待ち構えていており、ウォルの姿を認めるなり、祝福と心配の入り交じった歓声を上げながらウォルのもとへと駆け寄ってきた。

 

「フィナ、試合勝ったんだね、おめでとう!」

「それよりフィナ、病院、大丈夫だった?おでこの怪我、ちゃんと治るの?」

「あんな大きな男の人と試合だなんて、わたし、すっごく心配した……。酷いよ、フィナみたいな子にあんなふうな試合させるなんて……」

「でもさ、フィナ、試合、凄かった!俺、感動したもん!お前、すっごくカッコよかったぜ!」

「あのブッチャーっていう選手、裏じゃ現役チャンピオンだって到底敵わないくらい強いっていう噂じゃん!もしかしたら、フィナなら共和宇宙チャンピオンリーグで優勝出来るんじゃないのか!?」

「それ、凄く見たい!なぁフィナ、今のうちにサインくれよ!俺、学校で自慢するからさ!」

「止めなさいよ馬鹿男子!またフィナに、あんな危険な試合させるつもりなの!?」

 

 寮の玄関ホールが、俄に騒がしくなる。寮の管理人も、少し渋い顔をしているようだ。

 ウォルは曖昧な微笑みを浮かべ、怪我は大事ない旨、今後の試合は未定である旨を説明した。

 そして、居並んだ友人達に頭を下げ、

 

「とにかく、応援してくれてありがとう。そして、心配させてしまい申し訳なかった。これからも応援してくれると、凄く心強い」

 

 輝くような微笑みと共にそう言った。

 笑顔の友人達は、拍手でウォルを再度祝ってくれた。

 そしてウォルは、ようやく自室へとたどり着き、自身のベッドの上に手荷物を置いて、ほっと一息をつくことが出来た。

 

 ──やれやれ、昨日の今日でこの調子では、この先はいったいどんな騒ぎに巻き込まれることになるのやら……

 

 自身が騒ぎの原因を作っている自覚があるのかどうかあやしい、ウォルの内心であった。

 そうこうしていると、部屋の扉が開き、ルームメイトであるペギー・メイが部屋に帰ってきた。

 ペギー・メイは、ウォルの姿を認めるが早いか、急ぎ足でウォルの元へと駆け寄り、その小さな身体をぎゅっと抱き締めた。

 

「このばかフィナ!心配させないでよ、もう!」

 

 ウォルを抱き締めるペギー・メイの身体こそ、心細そうに細かく震えている。

 どれほどウォルのことを想ってくれていたのか、不安にさせてしまったのか、その一事でウォルには十分以上に伝わった。

 ウォルはペギー・メイを抱擁し返し、その背を優しく撫でた。

 

「ペギーどの、すまなかった。だが、今回の戦いは、おれの夢を叶えるために、是非とも必要だったのだ。こんなことは今回限りだ。もう、あなたをこんなに不安にさせることはない。安心してほしい」

「夢?それって、前に言ってた、王様になりたいっていう……」

 

 ウォルは、ペギー・メイを抱き締めたまま頷いた。

 ペギー・メイはぐすりと鼻を鳴らし、目尻を指先で拭いながら尋ねた。

 

「どうして今回みたいな危ない試合に勝つことが、王様になることと繋がるの?そりゃあ、あれだけドラマチックな試合だったんだもの、あなたの名前はすっごく有名になったと思うけど、それと連邦主席になることとは別でしょう?」

 

 ペギー・メイは相変わらず、ウォルの最終目標は、連邦主席になることだと勘違いしたままだ。

 しかしウォルが本当に願っているのは、連邦主席になることなどではない。もしかすると、結果としてそういう未来はあるかも知れないが、それはあくまで結果であって、本当の目的は別にある。

 ウォルの本当の目的は、自身のあちらの世界での本名であるウォル・グリーク・ロウ・デルフィンという名前をこの世界で轟かせ、その名前を知る人間がもしも苦境に陥っているなら、それを救い助けることだからだ。

 そのためには、もっと名前を売る必要があるし、もっともっと金を稼ぐ必要があった。

 そのためなら、アイドルだろうが格闘家だろうがなんでも構わない。

 怪物のような大男と戦えというなら喜んで戦おう。

 濡れ場を演じろというならそうしよう。

 道化として笑われろというならば喜劇の一つも演じよう。

 そういう、なりふり構わない覚悟が、ウォルにはあった。

 ペギー・メイも、ウォルの覚悟の一端を感じ取ったのか、もう先日の試合のことについては何も言わない。ウォルから離れ、少し赤い目でにこりと微笑み、ウォルの頭にこつんと一つ、げんこつを落とした。

 

「約束だからね、フィナ。もう、絶対心配させないでね」

 

 ペギー・メイの微笑みに、ウォルも同じく、太陽のような笑顔を返した。

 そんなウォルを見て、ペギー・メイは何かを思い出した表情を浮かべた。

 

「そういえばフィナ、さっき廊下でヴィッキーとすれ違ったんだけど、あなたに言伝を頼まれてたの。談話室まで来てほしいって」

 

 やはり来たかと、ウォルは少し緊張し、そして覚悟を決めた。

 

「わかった。では、着替えてから行くとしよう。ありがとう、ペギーどの」

 

 ウォルはそう言って、動きやすいTシャツとハーフパンツという軽快な服装に着替えてから、頬を一つ叩いて気合を入れ、談話室へと向かった。

 フォンダム寮の談話室は、基本的には寮生であれば誰でも許可等を要せず利用することができる。大型のテレビなども設置されており、例えば寮生同士が同じテレビ番組を見つつ、軽食を楽しみながら話を花を咲かせる、そんな場所である。

 ウォルが談話室の扉を開けると、ちょうどウォルの真正面の席に、リィが腰掛けていた。

 正しく、ウォルの到着を今や遅しと待ちわびていた風情だ。

 

「遅かったな」

 

 リィの言葉は簡潔で、そして視線は鋭い。緑柱石色の瞳に強い感情が込められ、それが気迫となって漏れ出しているようだった。

 ウォルは、その鋭さを躱すように、肩を一つ竦めた。

 そして問うた。

 

「怒っているか?」

「怒らせた自覚があるのか?」

 

 鋭く研いだナイフのような返答だ。そのような言葉を同盟者に向けるその一事で、今のリィが普段とは違うことがわかる。

 まるで、今にも噴火しそうな山頂を力づくで押さえつける巨人のように、沸き起こる怒りを押し殺す雰囲気が、今のリィに漂っている。

 ウォルとしては、もはや苦笑するしかない。確かにウォルも、もしかしたらリィが怒ることもあるかもしれない、そう思っていた。しかしこの怒りの熱量たるや、まるであちらの世界でウォルがリィに一服盛ったときの、目覚めたてのリィのような有様ではないか。

 くわばらくわばらと、まるで他人事のように内心で唱えたウォルは、

 

「リィ、悪いが少し場所を変えようか」

「何故?」

「ここでは、おれとお前が殴り合いの喧嘩になったとき、壊れるものが多すぎる」

 

 リィはウォルの言葉に一つ頷いた。

 確かに、談話室の備品を喧嘩を理由に壊してしまえば、学校から何らかの処分が下されても不思議ではない。その点、リィはウォルの言葉の正しさを認めた。

 そして、自分たちが殴り合いの喧嘩をする可能性があることも、否定しなかった。

 二人は、並んで廊下を歩く。

 ウォルが、普段通りの声で──それとも普段通りを装った声で、リィに訊く。

 

「シェラはどうした?」

「自室にいる。今のお前に合わせる顔がない、そう言っていた」

「そうか、シェラも、おれの試合を見てくれたのだな……」

 

 それはつまり、ウォルの勝利の雄叫びとしてのあの言葉を聞いたということだ。

 無論、リィも聞いている。そして理解している。ウォルの真意を、そしてウォルの叶えるべき理想も。

 だからこそ、ここまで怒っているのだ。

 ウォルとリィは玄関を通って、寮の中庭に向けて歩いた。

 外は、相も変わらずの深い曇天だった。それに、今の季節には似合わない、肌寒い空気だった。今にも雨が降り出しそうな、そんな空気だった。

 二人は、互いの顔も見ずに歩いた。

 ウォルとリィは、中庭の、一番目立たない場所に置かれたベンチに、二人で並んで腰かけた。

 二人の間に、いつもよりも距離があった。どちらが意識したわけではない、二人の無意識が生み出した距離だった。

 互いの顔は見ない。二人とも、前を向いて座っている。

 しばらく、二人は何も話さない。だが、どちらに話す義務があるのかを、ウォルは理解していた。

 だから、彼女から口を開いた。

 

「リィ、お前も、おれの試合を、見てくれたのだな」

 

 ぼつりと、石を零すようにそう言った。

 隣で、リィが頷いた気配があった。

 

「ならば、おれの言葉も聞いたのだな」

 

 やはり、隣でリィが頷いたようだった。

 ウォルは、諦めるように吐息を細く吐き出した。

 

「ならば、おれの願いは、もうばれているのだな」

「あれで隠しておくつもりだったのか?」

「まぁ、できることならな。しかし、いつまでも隠しきれるものでもない。いずれは、ばれると思っていたさ」

 

 ウォルは、両手の指を組み合わせ、そこに視線を落とした。

 そして、誰に言うでもない様子で、ぽつりと呟いた。

 

「もしかしたら、ポーラがこの世界にいるかもしれない」

 

 リィは、何も言わない。

 ウォルが、呟くような様子のまま、続ける。

 

「イヴンや従弟殿やナシアスやシャーミアンどのが、今、この世界のどこかで、たった独りぼっちで、誰に頼ることもできず、腹を空かせて、寒さに震えているかも知れない。そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった」

「彼らなら、万が一の可能性でこの世界に落っこちてきたとしても、そんなふうになるもんか。素知らぬ顔でこの世界に馴染んで、あっという間にひとかどの人間になってのけるだろうさ」

「あちらの世界でのお前のようにか、リィ」

 

 ウォルは悪戯気に言った。

 リィは、何も答えなかった。

 

「リィ、お前の言う通りなのだろうさ。彼らは強い。きっと、どんな困難にも、そう簡単に負けたりはしない。おれはそう信じている。しかし、それが困難事であるならば、おれは手を差し伸べたい。少なくとも、彼らが助けを欲したときに、応えられるおれでありたい。それは間違ったことだろうか」

「間違えてない。ウォル、お前はちっとも間違えてない。それが、お前だけの願いに収まるならば」

 

 相も変わらず怒りを押し殺した声で、しかしリィはウォルの意見に首肯した。

 しかしその苦しそうな表情が、彼の真情を伝えていた。

 ウォルは、少なくとも言葉の上では自身を肯定してくれたリィの言葉等聞こえないように、続ける。

 

「おれは、幸いにしてこの世界でお前と再会することができ、そして素晴らしい養い親をいただくことができた。ありがたいことに、学び舎に通わせていただいてもいる。衣食住にも、何の心配もいらない。きっと、目も眩むような幸運の星のもとに、おれはいるのだろう。だからこそ、おれは、おれ以外の誰かが苦しんでいるなら、その可能性があるならば、それを救わなければならないと思った……」

「知ってるか、ウォル。昔、天地が崩れて身の置き所がなくなったらどうしようかと、寝食も忘れるほど憂えた人がいたそうだ。そして、そんな人を、まともな人間は笑い者にするんだ。しなくてもいい心配をしている、取り越し苦労だってな」

「まるで今のおれのようだな、その古人は」

 

 ウォルが、くすりと微笑う。

 

「それでいい。笑われることなど承知の上だ。気狂いだと憐れまれても構わない。それでも、おれは、これがおれの為すべきことだと思ったのだ」

「そうか、お前は、この世界でも王様になろうとするんだな」

 

 悲し気なリィの言葉に、ウォルは応とも否との答えなかった。

 ただ、無言で自身の手を見ている。

 そんなウォルを、やはり悲し気な視線で、リィは見た。

 二人きりになって初めて、リィはウォルを見た。

 そして、言った。

 

「おれと結婚するのは、その願いの、跡継ぎが欲しいからだな」

 

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