懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他)   作:shellfish

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第百二十八話:二人の晴天

 本日の最後の授業、歴史学の講義を受講中だったウォルは、できるだけ音を立てないよう努力した様子で教室内に入ってきた職員が、自分の方に向かってくるのを見て、はてなと首を傾げた。

 普段はない光景に、すわ何事かと、授業に集中して静かな教室内が俄かにざわつき始める。

 

「静粛に!」

 

 教授の鋭い声にざわつきは一瞬で収まるが、しかし好奇心そのものは押さえようがない。

 周囲の生徒たちの耳目を集める中、ウォルの傍まで駆け寄った職員が、小声で訊いた。

 

「フィナ・ヴァレンタインくんですね?」

「はい、そうですが」

「きみのご実家から、緊急の連絡が入っているようです。すぐにこちらへ」

 

 予想外の言葉に、流石に慌てたウォルは、視線を壇上の教授へと遣ると、学生の受講態度には至極厳しいとその教授も、真剣な表情で頷く。つまり、授業の欠席を認めるからすぐに行きなさい、という意思表示だ。

 それを確認してから、ウォルは急いで席上の教科書類などをカバンに詰め込み、急ぎ足で教室を後にした。

 先を行く職員に連れられて職員室に入ると、保留中だった電話機を渡された。ウォルが受話器を耳に当てたのを確認した職員は、保留解除ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

 緊張の声色でウォルが言うと、電話口の向こう側の人物が、

 

『もしもし、ごめん、ウォル。授業中だとはわかっていたんだけど……』

 

 その人物は、ウォルの妻であり兄でもある、リィその人だった。

 ここ最近、会話を避けていた二人だったから、少しぎこちない空気が流れたが、ことが家族の緊急事態だというのだ。話をしないわけにはいかない。

 

「リィ、お前の──いや、おれのご家族どのに、一体何があったのだ?」

 

 緊張を含んだウォルの、当然の質問に、電話の向こうのリィはどうにも歯切れの悪い様子である。

 

『あのさ、ウォル、悪いんだけど、何も聞かずに、今すぐフォンダム寮の中庭に来てほしいんだ』

 

 咄嗟に、何故と聞き返しそうになったウォルだったが、長い付き合いの二人である、今回の緊急の呼び出しが方便であり、それ以外の已むに已まれぬ事情があって、リィは自分を呼び出したのだと理解した。

 ならば、とりあえずこの話には乗っているふりをしなければならない。

 

「わかった、今すぐに行く」

 

 そう言って電話を切り、いったん寮に帰って対応する旨を職員に告げると、職員はウォルを疑うことなく、本日の授業の欠席と寮への帰宅の手続きを進めておく旨、気遣わしそうな様子でウォルに説明した。

 ウォルは、親身になってくれている職員をだましていることに対して若干の心の痛みを覚えつつ、しかし丁寧にお辞儀して、職員室を後にした。

 そして、急いでフォンダム寮へと足を向けつつ、内心に考える。

 

 ──果たして、何事だろうか。

 

 まず第一に思いついたのは、婚約破棄の一件である。いよいよ来るべきときが来たのか、リィからその話を切り出されるのかと思ったウォルだったが、しかし婚約破棄を伝えるために、わざわざ授業中のウォルをこんなふうに呼び出す必要などどこにもない。例えば夕食後の自由時間を適当に見繕っても何の問題もないのである。

 それに、先ほどの電話口のリィの声色は、リィ本人も強く当惑しているような、そんな雰囲気があった。であれば、婚約破棄の話とは思えないのだ。

 ではそれ以外に何の用事があるのかと考えると、ウォルには思い当たるところがない。

 首を傾げながらフォンダム寮にたどり着き、背負ったカバンもそのままで中庭にたどり着くと、中でも比較的目立たない場所に設置されたベンチに、人影を見つけた。

 曇り空の下、二人の人間がウォルを待っていた。

 それは、まるで上官に叱責される新兵よろしく直立不動の体勢で立ったリィと、彼の前に設置されたベンチに、足を組んで腰掛けたジャスミンであった。

 

「ジャスミンどの」

 

 予想外の親しい友人の姿に、嬉し気にウォルは駆け寄る。

 しかし、親しい友人であるはずのジャスミンがウォルを射抜く視線は、まるで、やっと見つけた長年の仇敵を見遣るように、鋭く冷たい。何よりも、ジャスミンが本当に怒った時に変化するという、金色の瞳である。

 そのことに気が付いたウォルは、これは何事かと、隣に立たされたリィのほうに視線を寄越す。するとリィは、これまた視線で、『いいから絶対に逆らうな!』という意思を伝えてくる。

 果たしてこれは何が起きているのか。自分は、ジャスミンをして激怒させる、何事かをしでかしたのかとウォルは自分の心臓に問いただしたが、どうしても思い当たる節がない。

 とりあえず、逃げるという選択肢は不可能なようなので、リィの隣に立って、ジャスミンの反応を待ったのである。

 

「遅かったな」

 

 ぼつりとした呟きに、無限にも似た緊張感が漲る。ウォルは目の前の女性から、自身の幼少時、養い親であったフェルナン伯爵が本気で怒った時と同じ、無条件の恐怖を感じ始めていた。

 

「ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン。今から私のする質問に、誠心誠意正直に、そして速やかかつ過たずに答えろ。万が一に嘘でもつこうものなら、その首が胴体から切り離されるものと思え」

 

 自身の国王時代のフルネームを、畏怖でも憧憬でもない、強烈な威圧感を込めた声で呼ばれたウォルは、反射的に、背筋に鉄棒を入れられたような様子で姿勢を正した。元国王の彼女をしてそうさせるだけの恐るべき、真の女王のみが持つ威圧感が、怒りに燃えるジャスミンの全身から放たれていた。当然、その言葉に異議など言えようはずがない。

 その、ウォルの殊勝な様子に一切の感銘を受けたふうではないジャスミンは、静かに、しかし預言者の宣託のように呟く。

 

「リィから、だいたいの顛末は聞いた。貴様は、己の子に、自身の世界からの来訪者を救うという己の想いを引き継がせる目的でリィと婚約し、そしてリィが子を為すことを拒絶したため、二人は婚約破棄の話を進めている。大筋、これで間違いないな?」

 

 ウォルは、誠意を込めて頷いたが、返ってきたのは、鼓膜をつんざくような怒声であった。

 

「ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン!私は、頷いて答えろなどとは一言も言っていない!その口は張りぼてか何かか!己の声にしてはっきり答えろ!」

「は、はい!おっしゃる通りです!」

「よし。それでいい。話を前に進めるぞ」

 

 もはや、リィだけでなく、こちらも鬼軍曹に扱かれる新兵そのものとなってしまったウォルであった。

 それにしても、二人に若干の後ろめたいところがあるからとはいえ、リィとウォルの二人をしてこれだけ叱りつけて、無条件に不動直立で説教できる人間がジャスミン以外にこの世に存在するだろうか。

 もしもこの光景をケリーあたりが見れば、ジャスミンへの畏敬の念をあらたにしたに違いなかった。

 そしてウォルは、未だ、どうしてこの女傑がここまで怒っているのか理解できない。もしかしたら、我が子を自身の願いをかなえるための道具として用いようという自分に対して、我が子を持つ母親としてジャスミンが怒っているのかと思ったが、どうもそんな様子ではない。

 かといって、どうして貴女はそんなに怒っているのですか、と、当然と言えば当然の質問をできる雰囲気でもない。

 結果、ウォルとしては、ただジャスミンの次の台詞を待つしかできないのであった。

 そんなウォルを前に、ジャスミンが恐ろし気に口を開く。

 

「では、質問だ。この世には、大別して2種類の人間がいる。何と何か、答えてみろ」

 

 突然かつ予想外の質問に、ウォルは困惑する。

 今、ジャスミンが口にしたのは、訳知り顔でこの世を語る人間の多くが口にする、使い古された台詞だった。

 支配する人間と、される人間。

 利用する人間と、される人間。

 特定の神を信じる人間と、そうでない人間。

 極論、どんな言葉でも当てはめることができるだけに、回答が難しい、というよりも不可能に思える。

 しかし、逡巡している間にも、ジャスミンの機嫌は、危険な領域に猛スピードで突っ込み続けているのが分かるので、とにかく、ウォルは答えた。

 

「善良な人間と、悪徳な人間?」

 

 これが正答とは思わないが、とにかく無言の静寂が耐えがたかったというのが大きい。

 ジャスミンは、視線をリィに寄越し、

 

「ではヴィッキー・ヴァレンタイン。貴様は、同じ質問にどう答える」

 

 リィも回答には苦慮したようだが、

 

「おれと、おれ以外の人間?」

 

 速やかに、そう答えた。

 如何にもリィらしい答えだったが、無表情のジャスミンは首を横に振った。

 

「二人とも不正解だ。そんな、詩的で戯曲的な定義なら、無限に用意できる。最も明確に定められた法律上の定義で言えば、正答は、自然人と法人だ」

 

 法律上の定義という、予想外のジャスミンの言葉に、リィもウォルも咄嗟の反応を返すことができない。

 そんな二人を無視するように、ジャスミンは続ける。

 

「法的に言えば、人とは、即ち権利義務の主体となる資格を有する存在ということになる。そのうち、自然人とは文字通りの人のことであり、法人とは自然人以外で、人である資格を法律上認められた存在ということなる」

 

 まるで法律学の講義のように、すらすらとジャスミンは言う。

 

「私は法学者でないし、また、人という存在を定義するにも様々な学説があるのは承知の上だ。しかし一般的にいえば、法人は、一定の目的を持つ個人の集団である社団と、一定の目的のために拠出された財産である財団の二つに大別される。つまり、人の集まりそのものを人として扱う、あるいは財産自体を人として扱う、そういう制度があるということだ」

 

 リィとウォルは、同時に頷いた。まだ中等部生の二人は、法律学というものに明るくないから、初めて聞く講義であった。

 

「そして、これらの法人を設立するにあたって、目的に制限はない。無論、公共の福祉に反する目的の法人は違法ということになるが、例えば超能力や超古代文明の研究など、世間一般からいえば眉唾物のオカルトを目的とした法人であっても、一定以上の予算を準備すれば設立が可能だということだ。つまり、ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン、貴様の望みである、異世界からの来訪者の援助を財団の目的にして法人を設立したならば、その財産を上手に運用さえすれば、永久的に稼働させることは十分に可能だということだ。どうだ。まだ顔も見ない我が子にその望みを託すより、そちらの方が現実的だと思わないか」

 

 ジャスミンは、ぎろりとした視線をウォルに寄越す。

 

「ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン。貴様は、貴様の望みを次代に引き継ぐのに、我が子に強いるのではなく、この制度の利用を検討したことはあるか?そもそも、これらの仕組みのことを知っていたか?」

 

 ウォルは反射的に首を横に振ろうとしたが、先ほどと同じ怒声が返ってくるのが予想できたので、寸でのところで動きを止め、

 

「……いえ、知りませんでした」

「では、己の望みを、苦悩を、誰かに相談したことは?己が子に望みを託す以外に問題の解決方法がないか、誰かに相談したことは?」

「……どちらも……ありません……」

 

 唇をかみしめるような有様で、ウォルが答える。

 その様子を見てから、頷いたジャスミンは、その視線をウォルの隣に立ったリィに向ける。

 

「では、ヴィッキー・ヴァレンタイン。貴様は、婚約者であり同盟者でもあるウォルから彼女の望みと悩みを聞かされて、その後で、婚約破棄を考える前に、そのことを誰かに相談したか?」

「いや、していない」

 

 リィは、彼に相応しい、毅然とした声で答えた。

 その声を横に聞きながら、ウォルは、おぼろげながらジャスミンが何に対して怒りを覚えているのか、理解し始めていた。

 ジャスミンは頷き、立ち上がった。身長2メートルに近いジャスミンと、標準的な中等部生程度のリィとウォルである。その身長差は、正しく大人と子供である。

 そのジャスミンが、二人の前に直立し、獣が唸り声をあげるような調子で宣言した。

 

「ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン!ヴィッキー・ヴァレンタイン!両名とも、足を踏ん張り、歯を食いしばれ!」

 

 叫ぶように宣言すると、ジャスミンは、その手を大きく振りかぶった。

 リィとウォルの二人が覚悟を決めた瞬間、恐るべき速度でジャスミンの手のひらが疾駆し、二人の頬を高らかに打擲した。

 ぱぁん、と、肉が肉を打つ音が中庭を満たす。

 ウォルもリィも、あまりの衝撃に、身体が泳ぎ、危うく意識をもっていかれるところだった。それほどの一撃だった。もしも三人以外の誰かがその場にいたなら、もしかすると虐待や暴行事件として警察に通報してもおかしくない、それほどの力でジャスミンは二人を打った。

 それでも何とか耐えた二人を、ジャスミンは、先ほどまでの鬼の形相とは全く違う、我が子を見つめる慈母のような表情で見つめ、その場に跪き、右腕と左腕のそれぞれで二人を抱きしめた。

 

「……この馬鹿ものどもめ。どうして、もっと大人を頼らないのだ。私が、他の大人達が、そんなにも頼りなく見えるのか」

「……すまなかった、ジャスミンどの」

「ごめん、ジャスミン」

 

 二人の謝罪を聞きながら、ジャスミンは続ける。

 

「ウォル、きみが、あちらの世界で天寿を全うした、人生の先達であることは理解している。ヴィッキー、きみが、どんな大人にも負けない強い存在で、他者の力を借りる必要などないことも知っている。それでも、きみたちは、まだ子供なのだ。それは、身体的な意味でも、この世界の仕組みを十全に知らないという意味でも」

 

 二人の瞳を潤ませるほどに、ジャスミンの言葉は、熱く、力強く、そして優しいものだった。

 

「君たちは、普通の人間ではない。これからの人生で、普通の人間ならば決して乗り越えられないような壁でも、容易く乗り越えていくのだろう。しかし、普通の人間ならば到底蹴躓くこともないような小石にでも、反対に蹴躓いてしまうことがあるかも知れない。それは仕方のないことなんだ。だから、もっと大人を、他人を頼ることを覚えなさい。そして、そんなときに頼ることのできる人間を、できるだけたくさん見つけなさい。それが、大人になるということなんだ」

 

 そう言って、ジャスミンは二人から身体を放した。その顔には、柄にもない説教をしてしまったという羞恥と、そして我が子を見守る雌獅子のような暖かさが同居している。

 その時、三人の遥か頭上で、分厚い曇り空を裂いて天使の梯子が遠く降り注いでいる光景を、それぞれが見た。

 しばし黙してその美しい眺めを見守っていたウォルは、同じような様子だったジャスミンに、

 

「ジャスミンどの。先ほど仰っていた法人を設立するために、おれはどうしたらいいのだろうか」

 

 真剣な調子でそう訊いた。

 初めてウォルに頼られたジャスミンは嬉し気に頷き、

 

「細かい手続きは、全て私が請け負おう。だから、きみがすべきことは簡単だ。この宇宙に、きみの名を──ウォル・グリーク・ロウ・デルフィンという異世界の王の名を轟かせ、その名を知らない人間がいないようにすること。そして、財団運営のための資金を稼ぐこと。要するに、今きみがしようとしていることと変わらない。ただ違うのは、きみの意志を引き継ぐのが、きみの子供ではなく、きみが設立する法人になるというだけのことだ」

「そうか……ならば、おれは、おれの子供を、ただ愛してやれば良いのだな。その生を、ただ祝福してやれば良いのだな……」

「仮に法人の設立が上手くいかなかったとしても、きみの望みをかなえるのに、私が絶対に力になる。きみが、自分の子供にそんな重責を担わせなくてもいいよう、ただ愛することができるよう、全てを取り計らう。わたしを信頼してくれ」

「そうか……よかった……」

 

 ウォルが己の下腹を撫でながら、ぽつりと呟く。もしも彼女が年相応の少女ならば、涙を流していないのが不思議なほど嬉しそうに。

 そして、輝くような笑みを浮かべ、リィのほうへ向き直り、

 

「リィ。聞いての通りだ。どうやらおれは、おれの子供を、呪いをもって迎えずに済むらしい」

「良かったな、ウォル」

 

 リィも、嬉しそうにそう言う。リィだって、ウォルが、どれほどの苦悩とともに己の願いを抱いていたか、我が子にそれを託そうとしていたかを知らないわけがない。

 夫であり、妹であり、同盟者であるウォルがその苦悩から解放されたのならば、それはリィにとっても喜ばしいことであるに違いないのだ。

 

「なぁリィ。おれは、まだお前の婚約者を名乗っていいのだろうか?」

 

 少しおじけづいたような調子のウォルの質問に、リィが苦笑で返す。

 

「もちろんだとも。そうじゃないと、おれはジャスミンと浮気をしてでも、あの剣の返却を断らなければならないところだったんだぞ。それに比べれば、お前と婚約者であり続けるほうが、どれほど気楽か知れたもんじゃない。それよりもウォル、お前の方こそ、おれと婚約を続けるつもりなのか?無理して子供を作る必要がなくなったなら、おれと結婚する意味がないような気もするんだけど」

「馬鹿を言うな。おれは今、ウォルフィーナの身体を借り受けてから今までで一番、おれが生んだ子を、この手で抱いてやりたいのだ」

 

 ウォルは、噛みつくようににっこりと笑って、そう言った。

 ウォルの内心が、果たして、今まで押さえつけられてきた未だ見ぬ我が子への愛情の反動なのか、はたまた母性の目覚めなのか分からないが、いずれにせよ我が子に呪われた生き方を運命づけるよりはずっと健全なことだとリィは思った。

 そのためならば、些か道化じみているとはいえ、自分とウォルが結婚しなければならないならそれくらいは我慢してやるか、と、若干の諦めとともに思ったのだ。

 そんな内心で、少し投げやりな笑みを浮かべたリィに、母親のように優しい微笑みを浮かべたウォルが問いかける。

 

「なぁ、リィ。今日の夜、お前の部屋に行ってもいいか?」

「別に構わないけど、どうして?」

「今日ならば、お前に抱かれてもいいような、そんな気がしてな。逆に言うと、今日を逃しては、いつお前に抱かれてやれるか、分かったものではない。こういうのは、その場の勢いで決めてしまった方がいい話だ。違うか?」

 

 違うかと問われると違う気もする。少なくとも普通の人間ならば、それなりの準備と覚悟をもって決めるべき話だ。横で成り行きを見守っていたジャスミンはそう思った。

 ただ、この二人は、どの角度から分析しても、普通という枠に収まる人間ではない。ならば、これくらいのほうが丁度いい塩梅なのかもしれないとも、ジャスミンは思うのだ。

 ウォルの楽し気なその問いに、流石に驚いたリィが、

 

「……まさか、今、子供を作るのか?うーん、絶対にダメってわけじゃないけど……」

「まだおれもお前も学生の身の上だからな、子種をもらうのはもう少し先にしても、予行演習くらいはしておいても構わないはずだ。今日は、その予行演習ということにしておこう」

「なるほど。なら、おれは別に構わないぞ。でも、シェラがいるんだけどどうしよう?」

「言われてみればそれもそうだな。おれは隣でシェラが寝てくれていてもかまわんが、多分シェラが遠慮するか。悪いが、シェラには今日は外泊をしてもらおうか。こないだの試合を含めて、TBSBからそれなりのギャランティをもらっていてな。外泊料と迷惑料くらいなら捻出できそうだ」

「それより、別に夜まで待つ必要なんてないんじゃないか?交尾を夜にしなけりゃならない決まりなんてないだろう?今からおれの部屋に行くか?」

 

 あまりと言えばあんまりな二人の会話にジャスミンは目を丸くした。確かに、二人が結婚をする障壁を取っ払ったのは自分だが、まさかいきなりこんな方向に事態が向かうとは、いかなジャスミンであっても予想などできようはずもない。

 

 ──それにしても、極端から極端へと走るものだ。

 

 先ほどまで、真剣に婚約破棄を考えていたという二人の言動に呆れたジャスミンである。

 だが、どうやらこれから男女の営みをしようとしている二人に、良識ある大人のはずのジャスミンは、当然、それをたしなめるわけではなく、

 

「ヴィッキー、きみは、避妊具を財布に常備させているタイプの男性か?」

 

 苦笑とともにそう訊いた。

 あっとした顔をしたリィは、なるほどと頷き、

 

「そういえばそうだ。子供を作らないつもりで交尾するなら、コンドームくらいは準備しておくのが男のマナーか」

 

 純真無垢な様子でそう納得する。

 そんなリィを見たウォルも、手を顔の前で合わせて、

 

「すまんがリィ、実は今日の放課後、お前も知っているペギー・メイどのと少し約束があってな。やはり我らの記念すべき初めての夫婦の営みは、今日の夜ということにしてもらえると有難い」

「そうか、じゃあ仕方ない。やっぱり、シェラには悪いけど、事情を説明して、今日は黒すけのところ辺りにでも外泊してもらおうか」

 

 ジャスミンとしては、事情を説明されたシェラがどんな顔をするか、非常に強い興味があったが、しかしその場に立ち会うわけにもいかない。そのあたりの事情は、酒とつまみを用意して、いずれ必ず聞かせてもらおうと心にとめる。

 そして、あらためた口調でウォルに向けて、

 

「ウォル。私が今日、この星に来たのは、きみの今後の芸能活動について相談したいことがあったからなのだが……せっかく燃え盛っているきみたちの情熱に水を差すのも気が引ける。明日あたり、時間をもらえるかな?」

「燃え盛る情熱?そうなのかリィ?」

 

 きょとんとした顔のウォルに話を振られたリィは、冷静な様子で首を横に振る。

 

「どちらかというと、夫婦の義務の履行という方がしっくりくるよな」

「ああ。あっちの世界でも、リィとは最後までこういうことに縁はなかったからな。せっかくだから一回くらいは経験しておこうくらいのものだな。情熱というよりは、好奇心の属する領域の話に思えるな」

 

 今の今まで逢瀬の段取りをしていた男女から、こんな冷静な反応が返ってくるから、自分は先ほどのビンタの意趣返しにからかわれているのではないか、ジャスミンにそんな疑念が浮かぶが、この二人に限ってそんなことはあるまい。

 ジャスミンは思わずくつくつと笑い、

 

「では、お邪魔虫はこの辺りで退散するとしよう。ウォル、もしよければ今夜のことは、メイフゥやダイアナあたりとパジャマパーティーでも開くから、その場で詳しく教えてくれ。秘密にするとひどいぞ」

 

 そう言って歩き、フォンダム寮の中庭立ち去ろうとする。

 少しずつ遠ざかるその背中に、ウォルは大きな声をかける。

 

「ジャスミンどの!ありがとう!」

 

 ジャスミンは振り向かず、片手を挙げてそれに応えた。

 

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