懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他) 作:shellfish
月のない夜空であった。そして、星のない夜空であった。
雲が、覆い隠しているわけではない。ただ、地上に輝くネオンの群れが、天上の灯りを押し返しているだけの話である。
その男は窓際に立ち、眼下に広がる灰色の海を見下ろしていた。
無機質に整った立方体の木々、その足下にはアスファルトで覆われた、雨水を通さない大地が広がっている。その上を我が物顔に闊歩するのは、四つ足ならぬ四輪の獣たちだ。彼らの鋭い眼光が――ヘッドライトの灯りが整然と並び、無数の多足類が行進しているように、何ともおぞましく見える。
――馬鹿馬鹿しい。
くつろいだ部屋着姿の男は、自らの安い感慨に呆れたように溜息を吐き出した。
全く、いつから自分はこんな人間になったのだろうか。
自分は、それほど上等な人間じゃあない。
ならば、こんな高いところが人を見下ろせば、人が見えなくなって当然だ。
だからこそ、権力者は高見に居を構えたがるのだと思った。高いところにいれば、低きの雑踏は届かない。悲鳴も、阿鼻叫喚も、嗚咽を垂れ流して懇願する声も。
そうでなくては生きていけないのだろう。泣き叫ぶ隣人を見捨てられるほどに人は強くはなく、しかしそれを切り捨てられなければ権力者としては生きていけない。
詰まるところ、人は視力が弱すぎる。たったこれだけの距離で、全てを覆い隠してしまえる程に。
だからこそ、男はもっと高いところが好きだった。
地表よりも高く、高層ビルの屋上よりも高く、対流圏よりも成層圏よりも中間圏よりも熱圏よりも、この星よりもなお高く。
あそこはゆりかごだ。あらゆる懊悩が、煩悩が、あの場所では一握りの意味も持たない。
宇宙船の、薄っぺらな外殻の外に広がる、無限の死の世界。あそこでは、どう足掻いたところで人は生きることが許されない。人が生きられるのは、宇宙に散点する、それ自体の大きさに比べれば泣けるほどに小さな小石の表面だけ。そして、その小石の上ですら人はおっかなびっくり生きるしかない。
ならば、どこにいようと同じことだ。そして、どうせどこかで生きなければならないなら、できるだけ煩わしいものは少ない方がいい。そうに決まっている。
だから、男は宇宙が好きだった。愛している、と表現しても過分ではない。
しかし、人が生きるということは、煩わしいを溜め込む作業と同義だ。人は生きる度に、煩わしいを背負い込んで、段々と身動きが取れなくなっていく。
男は、できるだけ何も背負わずに生きてきた。生きてきたつもりだった。
そして、死んだ。
衆目の知るところである彼の華々しい生涯――そして衆目の知らないところの彼の苛烈な生涯――には些か相応しく無い、凡庸とした死に様であった。
彼は、それで満足していた。人が死ぬということは所詮そういうことだ。それ以上ではない。
なのに……なのに、何の因果か彼は再び生を得て。
ほとんどの煩わしいから解放されたはずの彼の肩には、極めつけに重たい煩わしいが残っていた。それも、二つも。
もういい加減にしてくれ、と思う自分がいる。反面、その重量を心地よく、何物にも代え難いと思ってしまう自分がいる。
果たしてどちらが本当かとはあまりに惚けた質問だろう。そこまでは耄碌しちゃあいないさと、男はたった一人で毒づく。
にやりと、他人が見れば背筋が冷たくなるような笑みを浮かべた男に、呆れたような声が飛んできた。
「どうした、海賊。思い出し笑いか。気持ち悪いぞ」
にべもない、とは正しくその言葉のことを指すのだろう。
それは、一度死んでも剥がれてくれなかった煩わしいのうち――彼が愛した二人の女のうち、生身の身体を持つ方の女の声だった。
男は視線を部屋の中に戻す。
清潔で手入れの行き届いた室内。スイートではないものの、十分に広々としたデラックス・ダブルだ。予約も無しの飛び入りで借りたのだから、中々の部屋が取れたと満足していた。
男は王侯貴族ではなかったから、別に自分が泊まる部屋のランクに拘りがあったわけではない。たった一人で眠るなら、木賃宿の安ベッドであろうが地下道の固いコンクリートの上であろうが、彼は満足に眠ることができる。それは、つい今し方、男のことを海賊呼ばわりした女も同じことだろう。
だが、女と一緒に、連れ合いと一緒に眠る夜なのだから、できるだけ豪勢なベッドが良い。それこそ天蓋付の、王族が眠るようなふかふかベッドが最高だ。
要するに、見栄である。
女の前では見栄を張りたい。張らなければならない。だからこそ男には生きる価値が生まれるし、生きる意味も生まれるというものだろう。女の前で見栄の一つも張れなくなったとき、それは男を失業したときに他ならない。
そして、彼が見栄を張るべき女は、男用のガウンで包んだその大柄な身体を、柔らかなソファに埋めて男の方を眺めていた。シャワーを浴びた直後なのだろうか、豊かな赤毛が僅かに湿り気を帯び、普段よりも幾分柔らかそうに見える。
男は、自らの妻の艶姿を、それとも雄姿を眺めながら、諦めたように呟いた。
「男が七十年も生きてりゃあ、愉快な思い出の一つもあるさ。思わず笑っちまうようなへまだってある。それを思い出せば、笑いの一つも零れるもんだ」
「別に、思い出し笑いがいけないとは言っていないぞ。ただ、窓の外を眺めながらにやにやしていると、覗き魔と間違われるだろう。私は、そんな情け無い疑いを夫にかけられて、平然としている自信が無いんだ」
男は――ケリーは、肩を竦めた。
確かに、彼の人生で覗き魔と『疑われた』ことはない。強姦魔として疑われたことは、もちろんのこと疑い以上のものではなかったとしても、あったりするのだが。
「いいじゃねえか、覗きの一つや二つ。相手に気取られて泣かせるような
女は――ジャスミンは、じとりと厳しい視線を、自分の夫に向けた。
「その意見の是非は置いておいて、まるで自分を褒め称えるような口振りだな。まさか海賊、お前はその勇者とやらになったことがあるのか?」
「さて、どうだろうな。もうだいぶ忘れちまったが、遠い昔にあったかも知れねえな」
遠い、遠い昔のこと。男と女が出会うよりも、遙か昔。
男が少年で、まだ女の身体の温もりも知らず、遠距離狙撃ライフルの冷たい銃把を抱きかかえて眠っていた遠い昔。淡い恋心を抱いた少女の湯浴み姿を覗き見るために、最前線の塹壕から頭を出すよりも、少年は勇気を振り絞ったかも知れない。
果たして、勇者は功を成し遂げたのだろうか。少女の裸体の美しさを網膜に焼き付けたのか、それとも勘の鋭い少女に感付かれ、いつものように盛大にからかわれたのか。その少女の胸元では、彼が送った玩具の指輪が安っぽい輝きを湛えていたに違いない。
ケリーは、胸の奥に仕舞い込んでいた思い出を宝物のように愛撫してから、こっそりと元に戻して厳重に封をした。ひょっとしたら死ぬまで開けることは無いかも知れない。
思い出なんてそんなものだ。
ただ、ケリーは、片頬だけを歪めて微笑んでいた。苦笑というには邪気がなく、冷笑と呼ぶには暖かすぎて、微笑と名付けるにはほろ苦い。一言で言えば、この上なく謎めいた、そういう男が好きな女が見れば、一撃でコロリといってしまうような笑みだ。
ジャスミンなどには、ケリーの端正な顔の上に浮いたそれが、彼の幼年期における数少ない幸福の、最も大事なところを愛でている表情に思えてならなかった。
「しかし女王よ。俺も結構長生きしてるほうだとは思うがな、女に気持ち悪いと言われたのは初めてだぜ」
ケリーは、今度こそ微笑みながら言った。
そしてジャスミンも平然と答えた。
「当たり前だ。私以外にお前のことを気持ち悪いと言う女がいたら草の根を分けてでも見つけ出して会いに行くぞ」
その言葉に、ケリーはぽかんと目を丸くしてから、訝しげな声で言った。
「見つけて、その後はどうするんだ?まさか折檻するとか名誉毀損で訴えるとか、そんな物騒なことは言わねえよな?」
おそるおそる、といった調子の声だった。
いわゆる一般論としてであるが、夫が侮辱されたから妻がこめかみに青筋を立てながらその意趣返しをする、広い宇宙であるからそういう夫婦は現実に存在する。クーア・カンパニーの中でも、例えばセクハラで解雇された夫の無実を証明するため(少なくとも本人はそう確信していたそうだ)、会社の営業部に一日千単位の悪戯電話をかけて、業務妨害で告発された妻というのも存在した。
愛は人を狂わすというが、それは比喩ではなく事実であることをケリーは知っていた。しかし、この世の女性の全てが愛に狂ったとして、少なくとも一人はその抗体ないし免疫を持っていると確信していたから、彼は内心で神の名を呟いたりした。
そんな夫の前で、妻は平然と答えた。
「当たり前だ。私は暴力が嫌いだし、もめ事だって大嫌いなんだ。そんなことをして、一体何になる。それよりも、そんな貴重な女性がいるならば、同じ女として、是非一度話をしてみたい。こんなにいい男のどこがどう気持ち悪いのか、酒でも酌み交わしながら一晩は語り合いたいと思うぞ」
これが、例えば同じベッドの中で汗を流した後に、唇を耳に寄せながら睦言の一つとして語られたなら、愛いやつよと頭の一つでも撫でてやりたくなるかも知れない。だが、まったくのしらふで、しかも大の男でも尻込みするほどの鋭い眼光を向けられながら言われたのでは、千年の恋も冷めようというものだろう。
無論、それも普通の男であれば、だが。
そして、どこからどう見ても普通の男ではない――体格も、容貌も、そしてその経歴も――ケリーは、
「……ま、褒め言葉と受け取っておくさ。しかし女王よ、俺の聞き違いかい?さっき、あんた暴力が嫌いとかどうとか……」
会話の本旨からは少しずれるが、どうにも聞き逃せない一言であった。
ジャスミンは、やはり平然と答えた。
「大嫌いだぞ、暴力は、そも暴力とは、合法性や正当性を欠いて振るわれる物理的な強制力のことだろう。例えば王様が、無聊を慰めるためだけに奴隷を嬲るような。そんなもの、想像しただけで怖気が走る」
確かに、ジャスミンは不当な暴力を極端に嫌う。彼女がその卓越した腕力を振るうのは、基本的には最終手段である。彼女は、少なくとも彼女の主観として、精一杯に粘り強く交渉して、相手を宥め賺して、それでも埒が明かないときに、その埒をこじ開けてやる手段の一つとして腕力にものを言わせるだけなのだ。
ただ問題は、埒を開けるために腕力を振るう回数が常人よりもちょっぴり多くて、その被害の範囲と状況が、やはり常人のそれよりもほんのちょっぴり悲惨なものになることが多いと、それだけの話だ。
……と、赤毛の雌虎は思っている。
ケリーは、苦笑を浮かべながらその意見を是とした。どう考えても、この女の言っていることは正しい。
「なるほど、そういう意味ではあんたと暴力は正反対にある。磁石の同極同士だって、もう少しは仲良しだろうさ」
ジャスミンは、当然のことを言うなとばかりに胸を反らし、機嫌を損ねたように鼻息を吐き出した。
そして、サイドテーブルに置いた空のグラスに琥珀色の液体を注ぎ、一息で飲み干した。
すると、彼女の、少しだけ不機嫌だった顔が柔らかに綻んだ。
「良い酒だ」
「俺も一杯貰えるかい?」
ジャスミンはサイドボードからもう一つグラスを取り出した。
飲み方は、尋ねなかった。水割り用の水も氷も用意していなかったし、ケリーもジャスミンも、良い酒をわざわざ水で薄めて飲むほど勿体ないことはないと常々思っているからである。
とくとくと、いつまでも聞いていたくなるような耳に優しい音が、広い室内を満たす。
彼らの規格からすれば手のひらサイズよりも更に一回り小さなグラスに、ウイスキーが満ちていく。
ほとんど擦り切り一杯、表面張力が最初の一滴を溢すまいと必死に頑張っているような頃合いで、ジャスミンは酒を注ぐのを止めた。
「ありがとよ」
そのグラスを横からひょいと手に取ったケリーは、一滴も溢すことなく口元まで運び、やはり一息で飲み干した。
既に半分ほども空いているウイスキーの瓶に張られたラベルは、酒のことに詳しい人間ならば軽く目を見張るほどに有名で、そして高級な品種のものだった。
二人はそれを、水か何かと勘違いしているように、呆気なく飲んでいく。この光景を余人が見ればなんと勿体ないと嘆いたかも知れないが、これが彼らなりの酒の嗜み方であったのだから誰に文句を言われる筋合いもない。
しばらく二人は他愛無い会話を楽しみ、そして酒を楽しんだ。
やがて、酒の魔力と一日の疲れが、心地よい眠気を誘い始めた頃合いであろうか。
ケリーは、テーブルの上に置かれた一欠片の小石に目をやった。
「何か、分かったか?」
主語も目的語も省かれた問いであったが、それが何を指しているかは明白である。
ジャスミンは、ケリーの視線の突き刺さった小石を手に取り弄びながら、もう片方の腕を隣に腰掛けた夫の肩に回した。
ジャスミンは身長191㎝とそれに相応しい体重を誇る、大柄な男でも見上げるほどに大きな女性だ。その彼女をして、夫であるケリーは更に一回りでかい。
まったく、彼女が肩に手を回して自分より高いところに肩のある男性が、そしてこれほどにいい男が、宇宙に二人といるはずがないことを彼女は知っていた。自身で語っていたことだが、ジャスミンは自分の男を見る目が、宇宙で一番優れていることを知っていたのだ。
「そうだな……。私も一つ聞きたいと思っていたところだが、海賊よ。お前は、1トンの岩石に200グラムのトリジウムが含まれている鉱山というのを聞いたことがあるか?」
「……なんだって?」
ケリーは、耳を疑った。
ジャスミンなりのジョークかとも思ったが、この女はそれ程にジョークが下手なわけでもない。吐くにしても、もう少しマシな冗談を吐くはずだ。
次に、彼は、自分の隣に座った女性が酔っているのかとも思ったが、その横顔は僅かに朱が刺した程度だ。だいたい、この程度の酒で頭の回転が鈍るほどにかわいげのある女じゃあない。
最後に、彼は溜息を吐き出した。どうやら女がいたってまともで、そして真剣なのだと悟ったからだ。
そして、頭を横に振りながら、言った。
「いや、寡聞にして聞いたことがねえな」
ケリーの言葉を聞いてから、ジャスミンは再び問うた。
「では、お前の持っている鉱山はどうだ?」
既に過去の話として忘れ去られつつあることだが、宇宙に数多いる海賊達の頂点に立つと言われた男――海賊王は、彼しか知らない秘密のトリジウム鉱山を隠し持っていた、という伝説がある。それは、宇宙を生活の場とする男達の間では、今だってまことしやかに囁かれている伝説である。
その噂が完全な事実であることを、この夫婦は知っている。ジャスミンは間接的に、そしてケリーはもっとも直接的に、だ。
ジャスミンとケリーとの間でその鉱山のことが話に昇ったのは、彼らが出会って最初の頃の数回だけで、それ以降は二人ともがその話をしたことはない。別に、腫れ物に触れるように気を使っていたのではない。その必要が全く無かったからだ。
ケリーは、その鉱山の場所を無理矢理秘密にしていたわけではない。とりたてて喚き散らして格好良い話でもなかったし、そうする理由も無かったから誰にも話さなかっただけのことである。何故なら鉱山があるのは、その場所を知ったとしても誰も辿り着くことのできない場所なのだから。四十年前は、そこに至る『門』の特殊性から。そしてショウドライブの隆盛を極める今となっては、もっと単純にその距離から。
付け加えて言うと、軍や警察などの公的機関にひた隠しにしていたのは、ただ単に嫌がらせの一環である。
ジャスミンは、そういうものは一番最初に見つけた者の持ち物だと思っていたから、例えば『そんな貴重なものを独り占めするなど全人類の損失だ!』とかいうふうに青筋を立てて叫ぶこともなかったし、妻としての権利を居丈高に主張して、その半分を寄越せということも無かった。ただ、必要があるならウチで買い取るぞと、その程度のことは言ったかも知れないが。
そしてこれが一番重要なことであるが――この二人は、ついこないだまで、そんな重要なことをすっかり忘れていたのだ。片や一度死んで生き返った『ゾンビ組』の一人、片や四十年の長きに渡り眠り続けた眠り姫である。そんな『些末事』に意識が向かなかったとしてむしろ当然なのかも知れない。
だが、ついこないだに、海賊王の財宝を巡ってささやかな事件が一つあり、嫌が応にも二人はそのことを思い出したのだ。
まったく、これだから煩わしいは少ないに限ると、内心で毒づいたケリーは、自分の鉱山のことを思い出しながら答えた。
「さてな。あれは例外中の例外だから他と比べるても意味がないと思うぜ。なにせあの星におけるトリジウムは、他の星でいうところの石ころと同じくらいの希少価値しかないんだからな」
確かに、地表全てがトリジウムで出来ているという岩石惑星を基準にしては、他のトリジウム鉱山を有する惑星も立つ瀬がないというものだろう。
そういった極々少数の例外を除いて言えば、トリジウムは『魔法の金属』とまで呼ばれる希少金属であり、特にエネルギー関連において、その価値は計り知れない。この場合のエネルギー関連というのは、主に宇宙開発部門におけるエネルギー関連のことであり、その貴重な資源のほとんどが宇宙船や宇宙ステーション等の動力源に使われる。
そして、この広い宇宙でも事業として採算が取れるほどに優良なトリジウム鉱山は数える程しかない上に、その含有量においては『1トンの岩石中に20グラムが含まれていれば最優良鉱山』と言われるほどに希少なものなのだ。
ジャスミンが人工的な眠りについている間に、当然のことながらいくつかのトリジウム鉱山が発見されたものの、それとほぼ同数の鉱山が資源の枯渇による廃鉱に追い込まれていることから、全体的な採掘量は四十年前とほぼ横ばいである。そのような状況であるから、海賊王の財宝に目の色を変える愚か者というのは、意外なほどに数多い。そして、その埋蔵量と含有量のことを正確に知れば、その数は激増するだろう。
そんな夢のような惑星には及ばずとも、ジャスミンの口にした数字は平均値の10倍である。しかも、密輸組織が関わっているところを見るに、ケリーのような特殊技術を持つ者のみがたどり着ける所にある星というわけでもないらしい。
これがどれほど重大なことなのか、自らが望むことではなかったとはいえ、一時は経済界の最重鎮たる地位にいたケリーは十分に理解していた。
「女王。まさかその石がそうだっていうのか?」
ケリーは、ジャスミンが手にした赤い小石を、睨みつけるようにして言った。
ジャスミンは、重々しく頷いた。
「この世のどこに、そんな、夢のようなトリジウム鉱山が転がってもらっていても構わない。ただ、我々には迷惑のかからないよう、できるだけひっそりと、こっそりと転がっていて欲しかったものだ」
「全く同感だ」
当然のことながら、研究者が発狂しかねないほどの高純度にトリジウムを含んだその小石を、ジャスミンは道ばたで拾ったわけではない。
半年ほども前、彼らの孫であるジェームスと、その学友であるリィやシェラなどが巻き込まれたある事件、その証拠物件として回収されたトリジウム原石を、気付かれない程度に拝借したものである。
その『ある事件』は、既に解決されて久しい。結論から言えば、ジェームスやリィ達からすれば、全くのとばっちりを受けたと言っていい傍迷惑な事件であった。ただ、たった一人の犠牲者も出すことなく解決できたことは関係者達にとって唯一僥倖と呼べるものだっただろう。与論として、一人の生徒が連邦大学を去ることになり、辺境惑星の政治家が一人辞任に追い込まれたものの、それらはやはり関係者にしてみれば些末事でしかなかった。
ただ、一連の事件の首謀者ですら予想しなかったところで、この事件は思わぬ展開を見せた。連邦大学の学生達が遭難した未登録惑星に、トリジウム密輸組織の中継基地が存在したのだ。
事件に巻き込まれたかたちのリィとジェームスは、彼らの意図とは完全に沿わぬかたちでそのアジトにおいて組織の末端構成員と抗戦するこことなり、ジェームスを庇ったリィは思わぬ手傷を負って、あわや二度と走ることのできない身体になるところだった。
その後、基地からの通信によって彼らの居場所を知り、即座に駆けつけたルウ、ケリー、ジャスミンとダイアナの活躍によりその基地は壊滅、リィとジェームスも助け出された。
表向きは、マクスウェル運送のダン・マクスウェルがその英雄的行為によって解決したとされている、事件の真相はそれであった。
だが、少なくともケリーとジャスミンの間においては、事件はまだ解決していない。
なぜなら、そのトリジウム密輸組織そのものの本格的な摘発が、未だ成されていないからである。
連邦大学の学生の救出とともに摘発された密輸トリジウムの量は、まさしく驚くべきものだった。さして大きくない倉庫に積まれた未精製トリジウム原石だけで、名だたる大会社を一つ買収してお釣りが来るほどのものだったのだ。政府関係者の間では、生徒達全員が無事に救出されたというニュースよりも、そちらのほうを重要視する声が大きかったとして寧ろ当然だろう。
徹底した調査が行われたのは言うまでもない。ケリーやジャスミンのような変わり者を除いて、トリジウム鉱山は人類の宝である、というのが一般的な共通認識と呼べるものなのだから、軍や警察は文字通り血眼になって関係組織と、密輸トリジウムの採掘鉱山の摘発に乗り出した。
関係者の尋問も、ブレインシェイカーの使用も含めたところで、徹底的に行われた。逮捕された末端構成員への尋問は特に苛烈を極め、拷問の一歩手前であったとさえ言われている。
それでも、組織の大本はいまだその尻尾さえ捕まえられていないというのが現状だし、鉱山に至っては影も形も見当たらない。それは、組織における秘密主義が徹底したものであったことの証であり、組織としての熟練度が相当に高いものであることの証だ。
そして、手詰まり状態にある政府関係筋の間で、まことしやかに囁かれ始めた噂というものが在るという。
「で、お偉方は一体何て言ってるんだ?」
いい加減にしてくれというふうな口調で、ケリーは言った。
それに答えるジャスミンの顔こそ見物であった。
完全に真剣な顔で、しかし彼女に近いしい者が見ればそれと分かる程度に笑いながら、言った。
「真犯人はお前なんだとさ、海賊」
「おれぇ!?」
がばりとソファから身体を起こしたケリーが、詳しく説明を求めるというふうな顔でジャスミンを凝視した。
ジャスミンは、豊かな赤毛を掻き上げて、やはりうんざりしたような、そして微量の笑いの成分を含んだ声で説明した。
「あれだけ大規模なトリジウム密輸事件だ。そんじょそこらの木っ端海賊やら小銭に目の色を変える不正役人やらがお膳立てできる仕事じゃないだろう。背後に、相当な大物がいると見るのが当然だ。そして、その大物は、どうやら驚くほどに純度の高いトリジウム鉱山を秘匿している。これでは誰かさんが犯人だと、大声上げて宣伝しているようなものだ。そうは思わんか、海賊王」
「……ひでえ冗談だ」
額に手を当てながら項垂れたケリーである。
彼は品行方正に――他人が見ればどう言うか別にして――生きてきたつもりだ。お天道様に顔向けできないような、人に後ろ指さされるような生き方は、一度足りとてしたことがない、と思っている。
なのに、この仕打ちはどういうことだ。
自分達の、たった一人の孫であるジェームスと、言葉では語り尽くせぬ程に大きな恩義のある小さな戦士の二人を亡き者にしようとした不貞な輩の首魁が、自分だと疑われているという。しかも、それが相当以上に蓋然性のある話だから性質が悪い。
もし仮にこんな話が、リィはともかくジェームスあたりの耳にでも入れば、海賊王のイメージは地に落ちるというものだろう。別に、他人が付けた自分の渾名に思い入れのあるケリーではなかったが、仮にも自分の呼び名の一つが孫から忌み嫌われたのではやりきれない。それも、自分以外の責任で、だ。
そうでなくても、昨今の『海賊』という言葉に含まれるイメージは荒廃を極めている。昔の海賊は、宇宙の男、義賊、何にも縛られない自由といった正のイメージと、犯罪者、ならず者、アウトローといった負のイメージが渾然一体となった、なんとも言葉では表しがたい存在だった。
男ならば、それをロマンとでも言い表したかも知れないし、女は一笑に付しただろう。
ケリーは、そんな『海賊』達を心から愛し、自分がその一員であることに、それなりの誇りを持っていた。例え自分が彼らの生業に手を出したことがなかったとして、やはり彼らは同業者であった。
それが今や、この体たらくである。
『海賊』とは呼べない海賊達は、船員や乗客を皆殺しにしてその財産を奪う卑劣漢であったし、あるいは人身売買や法外な身代金で身を立てるこすっからいビジネスマンであったし、もしくは禁制の麻薬のけちな運び屋でしかなかった。
そしてどうやら、ついに自分の名前もそれらの唾棄すべき連中の横に並ぶ羽目になったのかと、ケリーは見たこともない神を呪い殺したくなった。
そんなケリーに――自分の夫に対して、しかしジャスミンは優しい慰めの言葉をかけたりはしなかった。
「それだけならいい。お前の昔の名前の一つが地に落ちるだけだ」
ジャスミンは、冷たくそう言い捨てた。
それを聞いてケリーは、怒髪天の怒りに身を任せ……たりはしなかった。
唖然とした表情を一瞬だけ浮かべてから、なるほどと頷いたものだ。
「そうだ……そうだな、女王。それだけの話だ。今更に惜しいものでもない。今の俺は海賊王でもケリー・クーアでもない、ただのケリーなんだからな」
なるほど、この女はやはり自分に似合いだと、ケリーは再認識していた。
確かに、名前の一つが地に落ちて泥に塗れようと、それがどうだというのか。ケリー・エヴァンスだろうが、ウィノアの亡霊だろうが、義眼の海賊だろうが、海賊王ケリーだろうが、クーア財閥三代目総帥ケリー・クーアだろうが、全てはただの呼び名、呼称に過ぎない。どれにも愛着はあるが、それらはケリーが影響を及ぼすものであり、脱ぎ捨てたとしてもケリー自身に何の影響を及ぼすものではないのだ。
僅かな気落ちと、直後の精神的再建を果たしたケリーは、真剣な面持ちで呟いた。
「確かに、俺の名前が悪名高くなるのは問題無い。元々聖人君子サマのお名前だったわけでもないしな。ただ、それが原因で、今の時期に海賊王ケリーに注目が集まるのはよろしくないな」
「ああ。まったくもってよろしくない。むしろ最悪だ」
四十年前、彼らが結婚した直後でさえ、ケリー・フライトという男とケリー・キングという海賊に共通項を見いだす警察関係者は数少なくなかった。彼が逮捕されなかったのは、その配偶者の卓越した情報操作技能と、彼女の社会的な身分によるところが大きい。
そして、四十年である。
ケリー・フライトからケリー・クーアになり、世紀の逆シンデレラストーリーを為した男はこの世を去ったが、ここに来て海賊王の名前が再び世に出てきた。
このことと、ケリーの復活を結びつける者が、果たして皆無だと言えるだろうか。彼の蘇生を知る数少ない人間には、有形無形を問わない圧力をもって悉くの口を塞いでいるが、しかし人の口は存外に軽いものであることを彼は知っている。このような状態で、万が一にも彼の存在が世間に知られてしまえば、功名心や利得心に目の眩んだ三下共が、それこそ目の色を変えて自分達をつけ回すだろう。そうなってしまえばこの気楽な放浪者生活とも別れを告げなければならなくなるし、宇宙を気ままに飛び回ることだってできなくなる。
そのような事態は、ケリーにとっても、その妻であるジャスミンにとっても、そしてケリーの相棒である彼女にとってもありがたくない話であるはずだった。
更に言えば、もう一つ、彼らの懸念していることがある。
それは、今回の事件で相当の痛手を被ったであろう、密輸組織の報復である。
この事件は、表向きは、ダン・マクスウェルの活躍によって解決したことになっている。
文明の無い未開の惑星に置き去りにされた無力な子供達を助け出し、トリジウムの密輸に手を染める凶悪な組織のアジトを単身で制圧するという、正しく英雄的行為だ。マスコミが騒がないはずがない。流石に直接的に名前を書くことはなかったが、見る者が見ればそれと分かるような書き方で、ダンの勇気と行動力を褒め称えた。
当然の如く、ダンの名は一躍ヒーローの代名詞となった。
それを見て、ケリーもジャスミンも、マスコミの浅慮と視野の狭さに舌打ちを隠せなかった。ダンが潰した――実はリィとルウがほとんどだが――のはあくまで組織の末端、その一部に過ぎない。彼らに指示を下していた蛇の頭はまだ健在だというのに、その功労者の実名を流すのがどれほど危険なことなのか、彼らは分からないとでもいうつもりだろうか。
ジャスミンは、自身の持つ裏側の力の全てを使って、マスコミに圧力を掛け、加熱した報道合戦を収めさせたが、一度流れた情報を無かったことにするのは人一人を生き返らせるよりも難しい。
結局彼らに出来ることは、ダンに注意を促すことくらいしかなかったのである。するとダンは、
『犯罪者に恨まれるなど、今更でしょう。今までだって、散々恨まれていますからね、慣れっこです。それに、世間の注目は、出来るだけ僕に集まってくれたほうがありがたい。会社の売上げにも直結しますしね』
そう笑って応じたが、それは両親を安心させるための方便だろう。
加えて言うならば、ダンに注目が集まってもらえるとありがたいというのはダンの本意でもあった。無論それは、会社の売上げなどという即物的な観点以外のところで、だ。
この事件の解決についての実質的な立役者であり、ダンの息子であるジェームスの命の恩人でもあるリィは、その卓越した外見と能力に相応しく無く、誰からも注目されずひっそりと暮らすことを望んでいる。
もしも彼がこの大事件を解決に導いた英雄であると知れば、マスコミは、ダンを讃えた以上の熱意と弁舌でもって、リィのことを褒めそやすだろう。僅か十三歳の少年、それも映画俳優やモデルが霞んで見える程の美少年が、友人を守りながら悪漢共を単身で制圧した。これほどにマスコミが好むネタなど、政治家の醜聞以外は見当たらない。そこまでいけば、果たしてジャスミンの力でもってしてもマスコミを押さえ込むのは難しくなるに違いない。当然、リィは好奇の目に晒され、『知る権利』のもとにプライバシーを奪われ、動物園の檻に入れられたような生活を強いられることになる。
それは、リィを含めたところで、誰しもが望むところではなかった。だから、ダンがその役を引き受けたのだ。
ダンは大人であり、経済界においてもそれなりに名の知られた人物である。ならば、『知る権利』をお題目のように振りかざすマスコミ連中にも立ち向かうことが十分に出来るし、周囲の人間に累を及ぼさずに諍いを収める術も十分に身に付けている。
それに対して、リィは子供だ。その中に詰まったものを見抜ける数少ない人間は別にして、彼を見る者は、まずその外見で判断する。その時に、リィが如何なる弁舌を駆使しようと、所詮は子供の戯言で片付けられてしまうケースが、今までだって数え切れないほどにあった。それはリィの責任では勿論ないし、リィ以外の者の責任でもないはずだった。
だからこそリィは、ダンの行動を、自分を庇うためのものであると判断したし、それなりに感謝もした。リィの中でのダンの評価を押し上げる原因にもなった。当然、自分の力の及ぶ範囲ではダンやジェームスの安全を害させないと決意もしている。
しかし、やはり現在のダンは、決して心安らぐ立場にいるとは言い難い。彼の操るピグマリオンⅡは辺境最速を誇る快速艇であったし対海賊用の武装も積んでいるが、それでもやはり民間船の域を出ないものだ。海賊に襲われたときに万全かと言われればそこまでのものではないと言わざるを得ないだろう。
それがジャスミンには歯痒いらしい。クインビーのように20センチ砲を積んではどうかと提案もしてみたが、それでは要らぬ疑いを掛けられて商売にならないと、母親の
ともかく、そういう事情が積み重なって、この規格外れの夫婦は、自由気ままに宇宙を飛び回ることが難しくなっていたりするわけだ。
ケリーは嘆かわしそうに天井を仰ぎ、遣り切れないふうにぼやいた。
「ったく、そろそろダイアナが騒ぎ出すぞ。いつまでこんな温い宇宙で私はぷかぷか浮いていなけりゃならないのよ、ってな」
ケリーは、自らの無二の相棒が頬を膨らました様を想像して、口の端を持ち上げた。
ケリーの心を射止めた女性のうちの、生身の身体を持たない方は、生身の身体を持つ方に負けず劣らずに危険物だ。自分がその相棒に相応しく無いと判断したら、いつだって自分を置いて未知の宇宙に飛び出してしまうだろう。そうなっては、きっとどこかの誰かに特大の迷惑をかけるのは目に見えているので、自分だけは危険物ではないと確信している――もしくは二人に比べればまだマシであると信じている――ケリーは、重たい溜息を吐き出した。
まったく、こういうときに貧乏くじを引くのはいつだって善良な一般市民なんだぜ、と。
「そうだな。人間だって宇宙船だって武器だって、なんだってそうだ。きちんと整備して、働かすべき時にはきちんと働かしてやらないと、不機嫌になって暴発することがある。ガス抜きは必要だ」
などと、自分以外の二人の暴発に思いを馳せて、ジャスミンは心を痛めた。
宇宙生活者であった祖父マックス・クーアの性質を引き継いだジャスミンには、自分の夫と、その相棒であるダイアナの組み合わせが、正しく奇跡の賜だと思っている。他の何物よりも速く、そして巧みに宇宙を飛ぶという命題を持った自立型感応頭脳と、安定度80以下の『門』でも鼻歌交じりに突っ込むような凄腕のゲートジャンパー。この二人がこの無限に広がる宇宙で出会ったなど、神の御業以外の何だというのか。
だからこそ、この二人を宇宙以外の場所に引き留めるものの存在が、ジャスミンには心底許しがたかったし、暴発した二人のことを考えると頭が痛い。ましてケリーは、自分の名前に汚泥をなすりつけられたも同然なのだ。
ひょっとしたら、自分を囮にして組織の壊滅を図る、それくらいのことは平然としかねない。いや、それで片が付くならば、この男は喜んでそうするだろう。そうなっては、きっとどこかの誰かに特大の迷惑をかけるのは目に見えているので、自分だけは危険物ではないと確信している――もしくは二人に比べればまだマシであると信じている――ジャスミンは、重たい溜息を吐き出した。
まったく、こういうときに貧乏くじを引くのはいつだって善良な一般市民なんだぞ、と。
同じような溜息を吐き出した似た者夫婦、その遙か頭上で、彼らの会話の一部始終を聞き取っていた月の女神が、電子の海に浮かびながら、生身の二人と同じような溜息を吐き出したか否か。
とにかく、その夜の彼らは同じベッドの上で眠った。幾分冷え込む夜だったので、互いの素肌の温もりが何よりもありがたかった。
◇
翌朝、二人は同時に目を覚ました。
二人が現在の仮住まいをしているホテルは、連邦大学、惑星ティラ・ボーンの中緯度地域にある。彼らが連邦大学に留まっているのは、一つには彼らの孫であるジェームスの晴れ舞台を観戦するため。一つは、その安全を守るためだ。TBOが開催され他所からの観客が増えるこの時期こそ、不貞の目的をもった人間が侵入するにはもっとも都合が良い。更に言えば、彼らにとってかけがえのない友人のうちの幾人かが、この星で学生生活を営んでいるから、彼らに会いに行くのに便利がいいというのもある。
とにかく、彼らはここで、結構気ままな生活を送っていた。
無論、惰眠を貪っていたわけではない。ジャスミンはクーア・コーポレーションの監査という大仕事をほとんど一人でこなしていたし、ケリーはそのサポートに骨身を惜しまなかった。当然のことながらクーア・コーポレーションの本社のある惑星アドミラルに足を伸ばすことも多いが、連邦大学の近くにあるゲートを使えばそれも二日ほどで往復できることから大した負担にはならなかった。
そうして、常人であれば一週間と待たずに身体を壊すような激務の合間に、事件の調査報告の分析を続けていたジャスミンは、彼女を呼び出す電子音を聞いて飛び起きたのだ。当然のことながら、彼女の隣で心地よい睡眠を堪能していたケリーも目を覚ました。
おはようの挨拶を交わすこともなくベッドから飛び出したジャスミンは、ホテルに備え付けのパソコンではなく、自前の携帯型情報端末を机に広げ、猛烈な勢いで操作を始めた。
「どうした、女王」
ジャスミンの様子が普段のそれではないことを悟って、ケリーは訝しげに尋ねた。
しかし、忙しなく情報端末を操作するジャスミンには、そんな声ですら届いていないようだった。こうなると自分が邪魔者でしかないことを知っているケリーは、黙って彼女の、鍛え抜かれた背筋と形の良い尻を眺めて、満足の吐息を吐き出した。
「眼福だねえ……」
そんな暢気な呟きに、ジャスミンの、獅子の咆吼にも似た声が重なる。
「ビンゴだ、海賊!」
振り返ったジャスミンの顔には、歓喜と、それ以上のものが刻まれていた。
それは、ケリーなどには馴染みの深い、戦いを前に勝利を確信した紅の魔女が浮かべる、好戦的な微笑みであった。
「獲物が網にかかった!さっさと準備をしろ、海賊!いくさだ!」
一糸纏わぬ姿で戦気を上げるジャスミンを、ケリーは眩しいものを見るように眺めながら、
「いくさ場はどこだ、女王」
穏やかとも言える口調で問い返した。
ジャスミンは、やはりにやりと笑い、金色の瞳を輝かせながら答えた。
「惑星ヴェロニカだ」