懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他) 作:shellfish
その部屋を、どう表現したらいいだろうか。
まず、狭い部屋だった。
かたちは正方形、一辺は五メートルをどれだけ超えているか。
天井も低く、自分の身長に自信のある人間であれば、中腰にならなければ頭をぶつけてしまう程度の高さだ。
中にいるのは両手の指でお釣りが来るほどの人数でしかなかったが、それでも若干、いや、かなり息苦しさを感じてしまう部屋である。到底、紳士淑女の社交の場として相応しいとは思えない。事実、中に集まっている人間も、ごく一握りを除けば紳士と評するには抵抗のある、陰の濃い顔が並んでいた。
次に、臭う部屋だった。
生き物の腐敗した臭いではない。糞便の臭いでもないし、体臭でもない。
もとは香の匂いらしかった。本来は精神を落ち着ける清涼な香りのはずのそれが、何年も炊き込める内に部屋そのものに染み付き、また部屋の主が変わる事に香の趣味も変わるものだから幾重にも重なり、形容し難い悪臭を放つようになっている。慣れれば違ってくるのかもしれないが、初めてこの部屋に入る人間には吐き気を催す臭気に感じてしまう。
客人の幾人かは、出来るだけ目立たないように配慮しつつも、ハンカチや服の袖などで鼻を覆う動作を繰り返していた。また、なにがしかの言い訳を作って部屋から出ては、廊下で深呼吸を繰り返したりした。
最後に、黒い部屋であった。
壁紙や家具の配色の問題ではない。そもそも、色彩の問題ではない。
それは、空気の色であった。
もう少し限定していえばそれは吐息の色であり、眼光の色であり、体温の色であった。
最も突き詰めれば、この部屋にいる人間の思考の色であった。
毒々しいとか、禍々しいとか、そういう意味ではない。黒という色の持つ、最も根源的な意味合いで、彼らの思考は染め上げられていた。
もう、他のどんな色にも染まらない、という意味だ。
それが、彼らの話し言葉の端々から、澱みながらも揺るぐことのない眼光から、狂熱に満ちた心音から、彼らの存在そのものから部屋中に発散されている。だから、その部屋は黒いのだ。
狭く、臭く、黒い部屋。
板張りの床にいくつかの座布団が置かれ、その上に幾人かの人間が腰掛けている。
中央には不思議な幾何学模様を大きく編み込んだ仰々しい織物が置かれており、中央に置かれた古めかしい香炉からは赤紫がかった煙が立ち上っている。今のこの部屋の主の趣味らしいのだが、どう考えても心地良い香りではない。
そこをぐるりと取り囲む形で、全員が車座になっているのだ。
自然、どこへ視線を寄越そうと、正面あるいは横手に座る人間の、不景気な顔が目に飛び込んでくる。多くは頭をつるりと丸めた坊主であり、独特の分厚い法衣の中に、まるで用心深いヤドカリのような有様で顔を引っ込めてしまっているから、ぎょろりとした目玉だけが不自然に浮かび上がり、不気味この上ない。
およそ快適という表現から最も遠いその部屋に、場違いな男が一人いた。
まだ年若い男である。
ぱりっとした仕立てのいいスーツを隙なく着こなし、豊かな赤銅色の髪には綺麗に櫛が入っている。
どこか貴公子然とした男で、その瞳には一定水準以上の知識と教養を修めた人間のみが持つ、知性の輝きがあった。しかしもう少し洞察力のある人間であれば、その奥に、傲岸不遜な、そして暴力的な、どろどろとした溶岩の如き塊を見いだしたかも知れない。
その男、ルパート・レイノルズは不機嫌な調子で腰掛けていた。
先ほどから、最もこの部屋を出て行く回数が多いのが、彼だ。
精気に満ちた緑色の瞳を嫌悪と不快に歪ませつつ、どうして毎度毎度こんな部屋で会合を開かなければならないのか、内心でヴェロニカの神に恨み言を叩き付けている。この部屋に長い時間居ると、その不快な臭いがスーツに染み付き、クリーニングに出した程度では取れなくなるのだ。
別にスーツの一着や二着に困るほど困窮した生活を送っているわけではないが、忌ま忌ましさというのは金銭的な問題とは別の場所から生じるものだから、彼はこの部屋には可能な限り寄りつきたくないのだった。
他の人間はどうなのだろうかと辺りを見回せば、坊主どもの景気の悪い面以外に、自分と同じようにスーツを着た男がもう一人いることに気がつく。
ブラウンの髪を綺麗に撫でつけた少壮の男――ルパートの父の第一秘書で、確か名前をアイザック・テルミンと言っただろうか――が、何が楽しいのか分からないうすら笑いを浮かべて、車座から外れた端の方の席に、ちょこんと腰掛けていた。
何度か、ここ以外の場所で顔を合わせた間柄ではあるが、どうにも気に食わない男だった。にやにやと嫌みったらしい笑みを常に浮かべていて、何を考えているのか分からない、掴み所のない人間なのだ。ルパートは、そういう人間が一番嫌いだった。
アイザックは自分を見るルパートの視線に気がついたのだろう、やはりにやにや笑いを浮かべたままルパートの方に視線を寄越して、軽く目礼した。
気分が悪い。ルパートの口の中を、酸っぱい唾が満たしていった。自分はこの会合の主催者側の人間であり、おまけとして顔を出すことを許された秘書如きとは格というものが違うのだ。
そんな男に目礼されて、嬉しいはずがない。挨拶をするならば、地に這いつくばり、額を床に擦りつけながら、精一杯に卑屈な声を絞り出してするべきだ。この男にはその程度のことも分からないのだろうか。
ぷいと顔を逸らすと、今まで耳に入ってこなかった、しゃがれた声の議論が聞こえた。
「それにしても、ビアンキ老の頑迷さにも困ったものだ。これだけ民衆の声がはっきりとかたちになっているというのに、未だ過去の栄光に縋り、新しい時代の訪れを認めようともしない」
「この国は元々の発生がヴェロニカ信徒の努力の賜なのだ。ならば、政治と宗教が関わらないなどどだい不可能な話。我らが政治に不干渉であろうとするのは、言い換えれば逃げではないか」
「その逃げが、ヴェロニカ教の腐敗と衰退を招いた」
「ならばこれからは、我らヴェロニカ教の指導陣が積極的に政治介入し、万人を導くべきだ」
まるで干物の声帯を震わせたような声は、一体どの木乃伊が発したものなのか、ルパートに興味はない。目の前に並んだ有象無象は彼にとって悉く無価値なものだった。
ヴェロニカ教が彼にとって価値があるとすれば、自分の行為を宗教的な意味合いで後押ししてくれる、精神的象徴としての役割であったが、それも既に必要とする段階を過ぎつつあるように思われる。警察や軍隊ですらが、彼の作り上げた組織――憂国ヴェロニカ聖騎士団の前では借りてきた子猫のように大人しくなるのだ。
ならば、ルパートにとってこの不快な会合に顔を出すことは、極めて無価値な行為であるということになる。憂国ヴェロニカ聖騎士団が不貞の輩から吸い上げた喜捨は、その一部が目の前に座った坊主達の懐に消えているはずであり、自分は不必要なほどに彼らに報いているのだ。これ以上何かしてやる義理はない。
同じ無価値な行為に時間を潰すのであれば、偶然にも彼の手元に転がり込んできた幸運な少女達を可愛がってやったほうが、幾分生産的だというものだろう。
ゆるみ始めた口元を意識して取り繕ったルパートは、とりあえず真面目なふりをして目の前で交わされる会話に耳を傾けた。
「老師連中は、ヴェロニカ教を取り巻く環境がこの数年でどれほど激変したか、それが分かっておられない」
「応よ。民衆の範となるべき政治家達が自ら進んで肉食を行い、民衆はそれを嘲笑い、しかし現世利益の名の下に外から来る生臭連中に肉を提供する。それは自らが肉を喰らうと同じく、極めて罪深い行為であるにも関わらず、だ」
「嘆かわしい。何より嘆かわしいのは、この状況を作り上げた現ヴェロニカ教の指導者達に罪の意識も無ければ、危機感そのものが欠如していることだ。あれにはもはや老師を、いや、ヴェロニカ教徒を名乗る資格すらないと判断せざるを得ぬ」
「然り、然り」
あちこちから賛同の声が上がる。ルパートは内心辟易としながら聞いていた。
いつものことである。いい歳をした大人がこんな狭苦しい部屋に集まり何をするかと思えば、常日頃から腹の中に抱えている不満や鬱憤をぶつけるだけ。散々唾を散らし空気を汚しておいて、では結論が出るのかといえばそんなことはない。
全く生産性のない、自慰行為そのものの議論である。ならば公園で太極拳でもしておくほうが健康維持に役立ちもするだろうに。ルパートは嘲笑を隠すことが出来ない。大言壮語も結構だが、まずは己の分というものを弁えるべきだ。
「諸兄らの仰ること、いちいち至極ご尤も」
一際若々しく、張りのある声が、際限の知らない不平不満の嵐を押しとどめた。
声の主は、この狭い部屋の一番奥、上座と呼ばれる席に座っていた。しかし、彼はヴェロニカ教の内部においては、老師はおろか導師という立場ですらない。
身に纏っているのは、紫糸で織られた法衣である。それはヴェロニカ教では最高位の老師しか纏うことの許されない法衣であるのだが、この場にいる導師達の誰もがそのことに異を唱えない。上座に座った男には、それだけの力が備わっているのだ。
法衣の奥に光る視線は、生気が無く、しかし妄執に取り憑かれた幽霊のように不吉を覚える青。どろりと濁った白目と相まって、死んだ魚の目にも見える。
アーロン・レイノルズ。現ヴェロニカ共和国の大統領、その人であった。そして、ルパート・レイノルズの父親でもある。
「確かに、現在のヴェロニカ教の堕落の程度、全く目を覆うばかりの惨状である。故に、我らは立ち上がった。そして我らの志はヴェロニカの民の支持されるところとなった。頂上までの道のりは果てしなく険しいが、まずは一歩目だ。それは喜ばしいことではないか」
アーロンの言葉には、確かに人を惹き付けるものがあった。
しかしそれは、例えるならば深淵から伸びた手が縁に立つ者を深みへと引きずり込むように禍々しいものであり、暗いところからより暗いところへと人を誘う声だ。だからこそ極度の混乱状態にあったこの星で、誰もが羨む最高権力を手にし得たのかも知れない。
この場に居合わせたヴェロニカ教の若き指導者達も、アーロンの声を聞いて、萎びた顔を赤らめながら熱心に頷いた。その目には、憧憬とか崇拝とか信奉とか、既に自己で考えることを放棄してしまった者の光が色濃かった。
アーロンはその光を見て満足げに頷き、自分の言葉を待ち侘びる己の信徒に向かって仰々しく言った。
「そもそも、この国が共和連邦などという俗物の集合体に加盟したこと自体、大きな間違えであった言わざるを得ない。いい機会だ、これを機に我らは真に自立した政府を構築し、その中でヴェロニカ教徒としての義務を果たしていこうではないか」
彼がこの星の大統領になり、各種の外国人排除的な政策を数多く打ち立ててから、共和連邦におけるヴェロニカ共和国の立場は急激に悪化している。それに加えて、他の加盟国からは、ベロニカ共和国を旅行中であった自国民が行方不明になっているため、その捜索および事態の解明について強い要望が寄せられているのだ。
また、各国の大使館からは、ヴェロニカ共和国に『憂国ヴェロニカ聖騎士団』と自称する無頼漢が我が物顔で街を闊歩し、ヴェロニカ教徒以外の民衆――中には当然外国人も含まれる――に対して暴行を加え、警察がそれを取り締まろうともしない現状についての報告も寄せられている。
国際社会におけるヴェロニカ共和国の命数は、もはや風前の灯火と言ってよかった。遠からず共和連邦の最高総会にてヴェロニカに対する非難決議が採択され、その後にはお決まりの経済制裁、最悪の場合は連邦を除名されるだろう。
ヴェロニカ共和国の外交官あたりは自国の権益を守りために夜も眠らず奔走しているのだが、枝葉がどれほど懸命に栄養を作ろうとも根が腐っていれば木は枯れるのであり、この場合の根は、少なくとも共和宇宙の一般的な価値観に照らせばこの上なく腐りきっている。
他のヴェロニカ教徒が聞いても気が狂ってしまっているとしか思えない台詞を誇らしげに言ったアーロンであったが、この場に居合わせた人間は感動に胸を震わせながら彼の言葉を聞いた。そもそもこの国は自国の農作物生産だけで食糧の供給必要量を賄うことが出来るのであり、いわゆる嗜好品にさえ目を瞑るのならば恒星間の輸出入はごく少量で構わない。ヴェロニカ教の教義さえ守っていれば人は幸福に生きることが出来るのだから、それ以外は完全に切り捨てて何が問題なのか――。
流石に公式の場では表明しない彼らの真意を、ルパートは冷ややかに聞いていた。
彼はこの場に居合わせていることからも分かるとおり、またヴェロニカ共和国の国民の大半がそうであることからも分かるとおり、ヴェロニカ教の信徒である。
しかしその頭に『敬虔な』と付けるには十分以上に問題のある信徒であった。前回大統領選挙の最有力候補であったマークス・レザロのように他人に尻尾を掴ませることはないが、肉食を好んだし、共和連邦加盟国であれば必ず法律で禁じられている各種の禁制薬物も嗜んだ。酒色も好み、特に拐かした年端もいかない少女をいたぶるのが何よりも好むところだった。
だからこそ、ルパートにはヴェロニカ教を、そして現在のヴェロニカ共和国の現状を冷静に見ることが出来る。些か皮肉なことではあるが、現在のヴェロニカ共和国の窮状を招いた張本人の一人である彼が、最もこの国の現状を理解していたのだ。
そして彼は思っていた。この国は、長くないと。
遠からずこの国は国際社会から弾き出され、正しく辺境の一惑星に堕とされるだろう。そうすればこの国を支える有力企業は軒並みこの星から逃げだし、瞬く間に星全体が窮乏することになる。あとは丸石が坂道を転がり落ちるが如くだろう。一部の人間がゴミ屑同然の富を独占し、残された人間には今日の食糧を確保するのもままならない泥水色の明日が待っている。
難民は溢れ、この星全体がテロリストや海賊といったならず者の温床となり、武器や麻薬、奴隷といった非合法の商品が売買されるブラックマーケットとなる。
果たしてそこまで堕ちるのにどれくらいの年月がかかるかはわからないが、このままアーロンのような指導者に舵を任せ続けていれば、それは遠い日のことではないように思われた。流石に愚かな国民もどこかで気がつくだろうが、その時にはルパートの育てた憂国ヴェロニカ聖騎士団という暴力機関が国民の口を塞ぐことになる。
上出来だ。ルパートはほくそ笑んだ。
堕ちるところまで堕ちればいいのだ。どうせ自分が旨い汁を吸い尽くしたあとの、干物のような国である。その時には、自分はこの惑星に地表ではなく、どこか、楽園のような南国の島で長いバカンスを楽しんでいるのだろうから、残された人民の悲嘆の声は届かないだろう。
彼は最初から最後まで勝つつもりはなかった。最後に勝っていた人間が真の勝者だという言葉があるが、彼はそれを一面で真実であると知りながら、しかし全てに通用する真理であるとは考えていない。
要するに、負けなければいいのである。勝って勝って、適当なところで勝負の舞台から下りればいい。そして勝ち分を大事に抱え込めば、あとは薔薇色の人生が待っている。
だが、既に彼の懐には一生遊んでも使い切れないだけの富が転がり込んでいるものの、まだ少し足りない。それに、大統領の息子としてやりたい放題振る舞うことの出来るこの星の環境というのも、彼の肥大した自尊心を満足させるに十分な環境だったからそう簡単に捨てる気もない。
ルパートが探しているのは、機会だった。この泥船から金銀財宝を抱えて下り、安全な対岸へと乗り移る機会。それを彼はずっと探していたのだ。
「して、如何いたしますか、大統領。現在のヴェロニカ教の上層部の罪のあるところ、万人に明らかかとは思いますが」
「何らかの制裁を加えぬわけにはいくまいな。特にミヤ・ビアンキをはじめとした首脳陣については、ヴェロニカの神がお許しになるまいよ」
「旧害は一掃して新しい風を吹き込まねば、早晩ヴェロニカ教は塵芥の如く宇宙に点在する宗教と同じ地位まで堕ちるでしょう。この時代に我らを使わされたのは、正しく神のご意志に他なりません。今が踏ん張り所でしょうな」
「では、今こそヴェロニカ教があるべき形に戻ったのだと、万人に知らしめねばなりますまい。次の回帰祭こそその好機と言えるでしょう」
回帰祭とは、ヴェロニカ教の最も神聖なる祭事の一つである。
人は、自然より生まれた。しかし、自然と共には生きられない、罪深い生き物である。だからこそ自然の循環から離れ、自分達で作り上げた農作物だけで生活し、自然の循環を乱さないよう努める。それこそがヴェロニカ教の真髄である。
だが、人が生きる以上、自然の循環に全く関わらないなど、到底不可能である。人が息をすればそれだけで大気は汚れる。人の排泄物は、微生物の助け無しでは浄化できない。人の生きる場所を確保すれば、その分だけ野生動物の生きる場所は狭くなる。
やはり人は罪深い。だから人は、生きているだけで自然に対して計り知れない恩義を背負っているのだ。
ならば、それを返さなければならない。
そのための祭事こそ、回帰祭である。
祭事の内容そのものは、原始宗教にありふれた、生贄を神に捧げる人身御供の儀式である。しかし当然のことながら生きた人間を犠牲にするわけではない。その代わりに、人の形をした人形を用意し、中にたっぷりと食べ物を詰めてやる。それを回帰祭の祭壇に置き祈りを捧げた後で、未開の野に放り投げるのだ。
当然、人身御供――人形は野生動物の餌食になる。この場合、人形に詰められた各種の食べ物の意味するところは、人の肉であり人の血である。それが野生動物に食われることで、自然の循環の中に戻るのだ。
要するに、人が自然より奪ったものを人の血肉のかたちで自然の循環の中に戻そうとする。それが回帰祭の主旨である。
「今年の回帰祭は、古来の様式に則った、荘厳で、そして古今類を見ないほどに盛大なものにしましょう。そこで閣下が今までの世俗に塗れたヴェロニカ教の在り方を反省し、神の教えに立ち返る旨の宣言をなされれば、国民の蒙も啓けようというもの」
「なるほど。少々時間が差し迫っておりますが、しかしやってやれないことはありますまい。幸い、もっとも準備に時間のかかる祭壇については、昨年竣工したスタジアムがありますからな。あそこならば交通の便もよく、信者も集まることでしょう」
「うむ。ヴェロニカの神の威光を、そして我ら新しいヴェロニカ教指導者達を万人に知らしめるに、これ以上の舞台はないでしょう」
熱の入った議論が交わされる。
今の今まで、まったく日の目というものを見たことのなかった連中だけに、その反動というべきか、枯れかかった瞳に狂熱じみた何かを宿らせながら議論は終わることはない。
だが、それを冷ややかに眺める、若々しく生気に溢れた声が議論を中断させた。
「台下の皆様方の仰ること、なるほどと頷くばかりですが、しかしそれだけではあまりにも、何というか、その、弱いのではないでしょうかな」
若干の笑いを含んだ声が、全員の視線を集めた。
声の主は、にやにやと、やはり人の神経を逆撫でするような笑みを張り付かせていた。
アーロンの第一秘書である、アイザック・テルミンであった。
「テルミン殿、それはどういう意味かな?」
この場に集まった導師の中でもリーダー格の男が、声を潜めながら言った。
もともと、テルミンは歓迎されてこの場にいるのではない。そもそも彼はヴェロニカ教徒ですらない、ただの政策秘書の身分である。
どこの馬の骨とも知れない男が何故、明日のヴェロニカ教の方向性を決めるといっても過言ではないこの重要な会合に、何の資格も無く出席しているのか。
ぎろりとした視線を受けて、しかしテルミンはにやにや笑いを収めようとはしなかった。
「言葉の通りです……といっても、あなた方には些か分かりづらいでしょうな」
「それは、侮辱の言葉と受け取ってもよろしいのか!?」
声を荒げた導師を前にして、やや困った様子でテルミンは手を前に出し、癇癪を起こした幼児に言い聞かせるような口調で、
「滅相もない。そもそもワタクシ如き俗物が、神聖なヴェロニカ教の最高指導者である老師台下を前にして、そんな恐れ多いことを言えるわけがないじゃないですかぁ」
「導師だ、今のところはな」
「おお、これは失礼。しかし明日にはその呼称も相応しいものになるでしょう」
ふん、とふんぞり返った男だったが、しかし悪い気はしていないらしい。自尊心と虚栄心と栄達への野望の大きな人間ほど、自分の地位より高い呼ばれ方をして臍を曲げることはないものである。
「ではテルミン殿。貴方の仰る弱いとは一体?」
別の導師が尋ねた。
テルミンは、やはりにやにやと笑いながら、
「ワタクシはヴェロニカ教徒でありませんが、だからこそヴェロニカ教徒いうものを外から眺めることができます。だからこそ思うのですが、ヴェロニカ教というのはなんとも寛容な宗教ですなぁ」
「寛容と」
「はい。確かに戒律はたいへん厳しい。肉を食べてはいけない、自生している植物を食べてはいけない、人工甘味料や化学調味料を食べてはいけない、森や平野を無秩序に開発してはいけない。ええ、ワタクシ如きの俗物には一日だって守れない、たいへん厳しく、そして崇高な戒律であると存じます」
「ふん、まったくもってその通りだな」
「しかし反面、それを破った時の罰というものがあまりにも寛容なことに驚きますなぁ。例えば戒律に背いて大っぴらに肉を食べたとしても、その背教者を破門にすることはせず、背教者本人の良心に期待して自ら教義を下りるのを待つだけ。野生に生えているリンゴを子供が囓ったとしても、せいぜい大声で怒鳴り諭すだけ。いや、これでは余程自分に厳しい、例えばここにお集まりの方々のように自制心のある人間でなければ、箍が緩むのも無理からぬこと、そう思えるのですよ」
確かにそれは、この場にいる全員が苦々しく思っている事実であった。そして、現在のヴェロニカ教首脳陣に対する強い不満の拠になっている点でもある。
この場にいるのは純粋培養のヴェロニカ教徒である。それゆえ、自分達の輩と呼ぶに相応しいのは、やはり真にヴェロニカ教の教えに身を捧げている者だけだと考えている。ならば、表面では敬虔な信徒のふりをしながら、裏では肉食の大罪を犯している人間のことを疎まないはずがない。
彼らは常々、そのような人非人は死をもって罪を報いるべきだと思っているのだ。
ヴェロニカ教徒ではないテルミンにその事実を指摘されたことは業腹ではあったが、積極的な反論材料も見つからず、彼らは黙り込むしかなかった。
自分に集中する憎々しげな視線を心地良く思いながら、テルミンは続けた。
「だからこそね、ワタクシは思うのですよ。この機会に、罰というものを設けては如何かと」
「罰だと?」
「ええ、罰です。言い換えれば、鞭とも言えるでしょうな。元来人とは愚かなもの。上手く導くには、飴と鞭が欠かせません。そして、ヴェロニカ教の教義には鞭の部分が、弱いように感じるのですよ」
「それが先ほどの、弱いという意味か?」
「いえ、違います。ワタクシが先ほど言いたかった弱さとは、そう、インパクトの弱さです。回帰祭を盛大に催す。それはよろしい。その場で、今の柔弱な体制からの脱却と、本来のヴェロニカ教の教えへと立ち戻る旨を宣言される。それもよろしい。しかしそれだけで、今の今までヴェロニカ教の教えに唾吐き続けた人間を更正させることが出来るでしょうか?」
出来る、とは言えない。
今までにだって、似たような試みはあったはずなのだ。しかし、その結果としての今日がある以上、どれほど盛大に、そして厳粛に祭りを開いたとしても、その効果がどれほどのものか、冷静に考えると疑問符を付けざるを得ない。
導師達は再び黙り込んでしまったが、この部屋の上座に座る人間が、もったいぶったように口を開いた。
「ではアイザック。お前には考えがあると」
ファーストネームを呼ばれたテルミンは、したりと頷き、
「レイノルズ大統領、あまり期待されても心苦しいのですが……。例えば、あくまで例えばですがね。今回の回帰祭に限って、その、供物といいますか捧げ物と言いますか……それに、ほんの少しの手を加えてやるというのは如何でしょう?」
「手を加えるだと?」
「ええ。そう、例えば……古来、人がたった一つの惑星の地表に、正しく自然と共に生きていた時代の故事に従った供物を捧げる。これほどのインパクトは、そうないでしょうなぁ」
ここまで言われて分からないほど、察しの悪い人間はこの場にいなかった。
しかし真っ先に反応したのは、この考えに一番近い思考の出来る人間であった。
ルパートが、眠気を飛ばした視線で、テルミンに尋ねた。
「生きた人間を、正しく生贄にするっていうのかよ、あんた!?」
「まぁ、なんと言いますか、これはあくまで例え話ですよ?なので、あまり熱心に聞かれても困るのですが……」
「いいさ、話してみろよ」
興奮した口調で先を促されたテルミンは、照れたように頭を掻き、
「ワタクシの浅慮で申し訳ないのですが、回帰祭の本質は、自然より人間が奪ったものを自然の循環の中に返すという、いわば免罪的な色彩の強い儀式かと思われます。であれば、その供物は人にとって痛みを覚えるものであればあるほど、自然に対する畏敬の念も強まろうというもの。人形などを用いるよりは生きた人間のほうが、よりいっそうその主旨に適うものなのではないでしょうか。また、生贄には最も罪に塗れ、堕落した者を選ぶ。要するに、最も自然の循環より搾取した者ですな。それを自然の循環の中に戻してやることはその者にとっても救いであると同時に、他の信徒にとっては強い戒めにもなるでしょう。これこそ、ワタクシの申し上げたかった鞭の部分。如何でしょう、素晴らしいアイデアではないでしょうか?」
しれっとそんなことを言った。
アーロンのどろりとした瞳には、如何なる感情も浮かび上がっていないように見えた。そしてルパートは隠しきれない興味をその瞳に焼き付かせていた。他の人間の瞳には、明らかな動揺と怯懦が張り付いていた。
導師の一人が、声を震わせながら言った。
「ひ、人身御供を、生きた人間を野獣の生き餌に捧げると、そういうことか?」
「ええ、ご理解頂いて幸いです」
「し、しかしテルミン殿。そのように非人道的で前時代的な儀式を行うことが、果たして許されるのか?」
「これはおかしなことを仰る。聡明な導師台下のお言葉とは思えませんな」
テルミンは些か落胆したような面持ちで、
「非人道的、前時代的と仰るが、それは正しく価値観の問題。確かにこの宇宙の大多数を占める価値観、いわば共和宇宙的な価値観に照らせば、生きた人間を供物とするなど野蛮の極み、到底許されることではないでしょう。しかし、その価値観を備えた人間の筆頭である政治家達の腐敗から、今日のヴェロニカ教の危機が生まれたのです。先ほども、共和連邦からの決別を大統領が口にされたばかりではありませんか。ならば、その旧態依然とした考え方を捨て去ることにこそ今回の回帰祭の主旨を置くべきではないかと、ワタクシなどは愚考するものです」
「て、テルミン殿の仰ることは一々ご尤も。しかし、しかし、そのように神をも畏れぬ所業を……」
「なに、別に我らの手で生贄を殺そうというわけではありません。常のとおり、供物を野の獣に差し出すだけでいいのです。今回はそれが人形ではなく、人間であるというだけのこと。もし神がこの行為を好まれぬならば、生贄に捧げられた人間は髪の毛一つほどの傷を負うこともなく生きて返されるでしょう。我らは供物を捧げるだけ。そこから先は神のご意志に任せると、そういうことになりますかなぁ?」
あくまでにこやかな言い方に、この場に居合わせた人間の大多数は不吉で、そして薄ら寒いものを感じた。
この男は狂っているのか。口にこそ出さなかったが、しかし多くの者が共有した思考であり、恐れでもあった。
生きた人間を儀式の生贄として用いる。確かに、文明というものが生まれて間もなくの頃、自然災害と神の怒りが同じ意味を持ち合わせていた頃には頻繁に行われていたことである。また、現在でも一部の偏執的な宗教においては生きた人間を神や悪魔の贄として捧げる行為が生き残っているという噂もある。
しかし、このヴェロニカ教でそのようなことをしてもいいのだろうか。何か、何か決定的に間違えているのではないか。
彼らの黒く染まった思考が、僅かに揺らいだとき。
この国の最高権力者の、地の底から響くような笑い声が、狭い部屋に響いたのだ。
「して、人選は?」
導師連中は息を飲んだ。
これで決定だ。事態は、儀式そのものの是非を問う段階から、どうやって儀式を滞りなく進めるかという段階へと移行してしまったのだ。
数人が再考を求めるために唇を開きかけたが、タイミングを合わせるようにテルミンが言葉を発したため、彼らはそれを飲み込まざるを得なかった。そして、その唇が儀式を中断を求めることは永遠になかったのである。
「古来より生贄には、可能な限り高貴な人間が尊ばれますなぁ」
「では、旧ヴェロニカ教の指導陣でいいか」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
ビアンキ老師をはじめとした現在のヴェロニカ教の指導者達を、野獣の生き餌にするというのだ。
それはあまりにも、という声が各所から湧き上がった。いくら日頃憎々しく思っているとはいえ、全く知らない顔ではなし、あまりにも残酷なことに思えたのだ。
テルミンも、首を横に振った。
「良き悪しきを別にして、彼らを慕う信徒はまだまだ数多いのが現状です。今、彼らを儀式の供物としては、さすがに反発も大きいでしょう。彼らはいずれ裁かれなければならない罪人であるとしても、今はその時期ではありますまい。もしくは、別の方法で罰を与えるべきかと」
テルミンの言葉に、導師達は胸を撫で下ろす思いだった。
しかしこの時点で、儀式そのものに対する危機感が消え失せているあたり、彼らの思考能力はそれほど高くはなかったようだ。
「では、他の者を選ばねばならんか。あてはあるのか?」
「はい。最初は、一連の騒動のきっかけを作ったマークス・レザロなどが相応しいかと思ったのですが、しかし彼は精神を病んで辺境惑星の一つで療養中であるとのこと。わざわざこの星に召喚するのも不自然ですし、また精神病患者を贄に捧げたところで神も喜ばれないでしょう。他の政治家連中にしても、めぼしい者は既にこの星から追い出しておりますからな。今更帰ってこいと言っても用心深い彼らのこと、我々がこの星の権力を握っている限り、怯えた穴熊の如く巣に籠もったまま震えていることかと思います」
なにせ、憂国ヴェロニカ聖騎士団の勇士が腐敗政治家に施した説法はかなり情熱的なものであり、彼らは泣いてその罪を悔い、この星から逃げるように立ち去っていったのだ。
ルパートなどからしても、テルミンの意見は正しいもののように思われた。少なくとも、喉元過ぎれば熱さを忘れる程度の脅し方はしていないはずだ。最低でも、もう二度と惑星ヴェロニカの地表を踏みたくなくなるくらいには脅し痛めつけておけと、厳重に指示を下したのは他ならぬ彼自身なのだから。
「なかなか難しいな」
「ええ、ワタクシも一方ならぬ苦労を味わいましたが……やはり天啓というものですなぁ。ある晩突然に閃きまして」
戯けた調子で続ける。
「儀式自体の有用性はもはや疑いようもありませんが、しかしその生贄にいきなりヴェロニカ信徒を選ぶとどうしても強い反発が予想される。ならばどうせ一度限りのこと、別にヴェロニカ信徒に限らずともよいのではないかと閃きました」
「つまり、外国の生臭どもから選ぶか」
「回帰祭のそもそもの主旨に鑑みれば、生贄となる人間は出来るだけ自然から搾取した、罪深い人間がいい。ワタクシなどが申し上げるのは僭越ですが、ヴェロニカ教徒の方々は、いくら教えの箍が緩んでいるとはいえ罪の程度はそれほどでもありますまい。ならば、供物には相応しく無い。もっと罪に塗れた、自然の循環に帰るべき人間というのは他にいるはずですからなぁ」
「ならばどうする。外国の生臭の中から、適当に選ぶのか」
「いえいえ、適当ではまずいでしょう。やはり生贄には、高貴な血が尊ばれます。そして、罪の程度は出来るだけ大きな方がいいですからな。一般の旅行者程度ではこの条件を満たしません。そこで……」
テルミンは懐から一枚の写真を取り出し、座の中央に置いた。
写真には、どこかの公衆電話から電話をかける、年頃の少女が写っていた。この星には馴染みのない、華やかな装束を身に纏っている。
ルパートは、穴が空くほどにその写真を見つめた。その少女の容貌が、そして奇抜な装束が、どこか記憶の琴線に引っかかるものがあった。
「この少女など、如何でしょうか」
「誰だ、これは」
「とある田舎惑星の州知事の娘なのですが、彼女の父親である州知事は問題の多い男のようでして。その州知事の為すところ、ヴェロニカ教の教えからすれば正しく悪鬼羅刹が如き振る舞いと言っても過言ではありません。無計画な乱開発により貴重な自然を広範囲に荒らし、いくつもの野生動物の住処を台無しにして、多くの希少生物を絶滅へと追いやったとか。本人も狩猟を趣味とし、いたずらに生き物の命を奪っては骸をただ打ち捨て、食べることすらしない。純粋に、己が楽しむだけのために命を玩具として、恥じ入ることすらないのです。それ以外にも、汚職や賄賂は当たり前、邪魔な政敵は裏で暗殺する、権力にものを言わせて子供の素行不良を揉み消すなどの悪行三昧。善良なる市民達も、その暴力に怯えてものも言えない窮状だそうです」
呻き声が各所からわき起こった。彼らが信奉するのは惑星ヴェロニカの地表にある自然だけではなく、この宇宙そのものと言ってよかった。だからこそ他の惑星においても肉食や自生植物の摂取は厳に禁じられているのである。
ならば、他の惑星での出来事とはいえ、テルミンの言う州知事の行いは、彼らの呪いを買うに十分過ぎる行為であった。普通のヴェロニカ教徒であれば、それは他の惑星の問題であると割り切るところだが、そういう意味での柔軟さというものが、この場に居合わせた人間には備わっていなかった。
彼らは一様に、その州知事の罪深いところを認め、その罪を娘が被ることに対して何の疑問も感じなかった。そんな父親の娘なのだから、本人だって品行方正なはずがないと確信していた。その州知事が真実そのような行為をしているのかどうかを確かめることすらなく、である。
導師達の反応を確かめたテルミンは、一度頷いてから、
「親の罪を子に償わせるというわけではありませんが、その子供が神の裁きを受けたとなれば親は自らの行いを大いに反省し、自らの愚行を悔いることでしょう。その意味で、彼女を生贄に捧げることはたいへん有意義なことかと思われます。また、これは先ほども申し上げたことですが、彼女が裁かれる有様を見れば信徒の方々も緩んだ箍をはめ直して、ヴェロニカの教えに身を捧げることでしょう。当然国際社会からは大きな反発が予想されますが、それもある意味では今後の政策を決定するためのいい機会。どうですか、我らに益するところ多くして害は無し。素晴らしいと思いませんか?」
「素晴らしい!テルミン氏が父の第一秘書に選ばれた理由がよく理解できました!」
堪えきれない興奮に濡れた声が、テルミンを讃えた。
テルミンはにやにやと笑いながら賛同者を眺めて、
「ルパート君に太鼓判を押して貰えると、ワタクシも安心できます。ついでに言うならば、その少女は正規のルートで入国した形跡がありません。いわゆる不法入国者、許し難い犯罪者の一員です。であれば、彼女に降りかかる神の怒りも、その一端は彼女自身の責めに帰すということになるでしょう」
ルパートは力強く頷いてから、更に後押しをした。
「加えて言えば、この少女は私の同士である憂国ヴェロニカ聖騎士団のメンバーに手酷い暴行を加え、団の運営資金の一部を奪っていった強盗団の一味でもあります。映像などはありませんが、団員から聞き出した特徴と合致しますし、何よりこの特徴的な服からして間違いありません」
「ほう、暴行を加えたと。この愛らしい少女が?」
「見た目に騙されてはいけません。これはおそらくは魔女か毒婦の類です。我が団の日頃よりたゆまぬ鍛錬を欠かさない勇士達が、まさか真正面から戦ってこの少女に負けるはずもない。彼らは口々に、汚い手で闇討ちされたと、悔しいと、涙ながらに話していました」
テルミンは痛ましそうな表情で、
「団の方々はお気の毒でした。まったくもって許し難い蛮行ですが、ちなみに傷の程度は如何ほど?」
「襲われたのは二十人ほどですが、ほとんどの人間が半死半生。中には意識不明の重体で、半年ほどの入院を余儀なくされた者もいます」
「それは酷い。では彼女に対する裁きの鞭も、その鋭さを増さざるを得ませんなぁ。それに、もしも、もしもその重体患者が、例えば、極めて不吉な仮定ですが……その、お亡くなりでもすれば、彼女は通常のヴェロニカ国刑法に照らしても極刑を免れなくなります。万が一にもそういった事態になれば、儀式の生贄として貴い死を与えられた方が、汚らわしい死刑囚としてむごたらしい死に様を晒すよりも、彼女のためになろうというもの。いや、これこそ天の采配、神の慈悲ですなぁ」
テルミンはにやついた視線の中に鋭いものを込めて、ルパートを見遣った。
この場にいる有象無象の輩には全く分からなかったその視線の意味を、ルパートははっきりと悟った。気に食わないことではあるが、やはりテルミンという人間と自分との思考回路は、どこか似通ったものがあるのだろうと判断せざるを得ない。
ルパートは、昨日手酷くやられた団員の、入院先の院長の名前を思い浮かべた。確か、小金を掴ませれば自分の思い通りの診断結果を出してくれる、便利な人間だったはずだ。ならば、金庫の鍵と暗証番号を漏らすという失態を演じたあの男には、明日のヴェロニカのための肥やしとなってもらうとしようか。
「なるほど。では会衆よ、アイザックの案について、異議はあるか?」
アーロンの言葉に対して、積極的に異を唱える者はいなかった。
確かに、ヴェロニカ教の教えに反した者には相応の罰が与えられるのだという前例を作っておけば、今後の改革が遂行しやすくなるのは事実だ。それに、その生贄が重大な犯罪者だというのであれば、良心の呵責も少なくて済む。
しかし、果たしてヴェロニカ教の神への生贄に、ヴェロニカ教徒以外を捧げるというのはどうなのか。そもそも、人身御供という時代錯誤な行いは許されることなのか。
いくつもの煩悶が彼らの視線を揺らしたが、しかし誰しもが口を閉ざしたままだった。
「であれば、その少女の確保は私に任せて頂きましょう」
「ルパートか。確かに、お前が適任だろうな」
「ええ。私には頼りになる同士がたくさんおりますのでね。明日にでもこの少女を捕まえて、皆さんの前にお目通りすることができると思いますよ」
「分かった。万事お前に任せるとしよう」
アーロンは息子に対して頷くと、今日の会合の解散を告げ、さっさと部屋を後にした。
テルミンも、それに続く。
次に、導師達が無言で腰を上げ、次々と部屋から出て行った。
そして、ルパートが一人部屋に残った。
無言で、じっと写真を見つめている。
先ほどまではあれほど不快だった部屋の臭気も、ほとんど気にならない。ただじっと写真を眺めたまま、依然座っていた。
写真の中の、黒髪の少女。
利発で意志の強そうな顔立ち。
誰もが振り返るほどに美しい顔立ち。
完全に、彼の好みだった。これほどに自分の理想を体現した少女がこの世にいるのかと、自問したほどだった。
その少女が、まだ未成熟な身体を華やかな着物の中に押し込め、如何にも窮屈そうではないか。
これは、誰かがこの着物を脱がし、彼女の肢体を解き放ってやらなければならないだろう。そしてその幼性を思うさまに蹂躙し、嬲り、狂わせてやらなければならない。
この美しい漆黒の瞳が、薬に溺れ、性の快楽に溺れ、堕落しきった時に、どれほど醜く濁るのだろうか。それとも、やはり美しいものは美しいままに汚れていくのか。
想像しただけで、彼の股間は充血し、その存在感を増していった。
そこは、彼の自慢だった。今まで彼が毒牙にかけた少女達は、その大きさに耐えきれず、秘所を血塗れにしながら泣き悶えたのだ。
果たしてこの少女はどうだろうか。これほど気の強そうな顔立ちだ。力尽くで犯されたとしても、最初は気丈を振る舞い涙も流さないかも知れないが、すぐに赦して下さいと、勘弁して下さいと泣き叫ぶに決まっている。
それでも折れないほど強い意志を持っているならば、尚のことよろしい。では鞭で打ってやればどうだろうか。蝋燭を垂らしてやれば?焼きごてを当ててやれば?腹が破裂するほどに水を飲ませてやれば?
薬もいいだろう。処女を、熟練の娼婦が如く乱れさせる薬がある。意識を残したままで操り人形のようにこちらの言いなりにさせる薬もある。それらを投与し散々にいたぶったあとで、自由を取り戻した少女が、乱れ狂った自分を振り返ってどうするか。自殺しようとするかも知れないし、気が狂うかも知れない。無論楽に死なせてやるつもりなど欠片もないが、その嘆き悲しむ様を見るだけでも十分以上に興がある。
ルパートの歪んだ妄想は尽きることがなかった。彼の頭の中では、中世の魔女に対して行われたおぞましい拷問の数々が、幼気な少女に対して躊躇なく行われていた。
先ほどよりもよりいっそうその大きさと堅さを増してきた自分の分身に対して、彼は語りかける。
我慢だ。我慢しろよ。遠からず、お前はこの少女の中で好きなだけ暴れていいんだからな。この少女の処女を無惨に散らし、泣き叫ばさせ、慈悲を懇願させてやるんだ。
今まで散々嬲り壊してきた美少女達が、一山幾らの醜女にしか思えない程の美少女。ルパートは、この少女を手に入れるために自分はまだこの惑星に残っていたのだと確信した。
神は、俺にこの少女を手に入れろと仰っている。
いいだろう。これはあんたになんか渡さない。いや、渡すとしたら俺が骨の髄までしゃぶり尽くした残骸だけだ。抜け殻みたいにぼろぼろでも、あんたは満足してくれるだろう?なんたって、質素倹約を旨とする神様なんだからな。
ルパートは、だらしなく鼻の穴を膨らませながらほくそ笑んだ。
父やその取り巻きには、逃げられたと、それとも手違いで殺してしまったとでも報告しておけばいい。そしてこの少女は永遠に俺の飼い犬となって、俺に奉仕し続けるんだ。
目を血走らせたルパートは、その長い舌で、写真の少女の顔を舐め上げた。
白い唾液の跡が、ウォル・ウォルフィーナ・エドナ・デルフィン・ヴァレンタインの秀麗な像を汚した。