懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他)   作:shellfish

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第三十五話:宴、はじまり。

 ウォルが茫然自失の態で床に蹲っていたのは、たっぷり五分を超える程の時間だった。

 その間、ケリーもジャスミンも必死に彼女を励ましていたのだが、失意のウォルの、偽物の兎耳は勿論のこと、本物の耳のほうにも慰めの言葉は届いていない様子だった。

 

「気にすんな、ウォル!ちっとばかし恥ずかしい写真が黄金狼に見られたくらい、何だってんだ。そんなこと、結婚してみりゃいくらだってあることだぜ。今から一々気にしてたら先が思いやられるってもんだ。ほら、飲め飲め!酒でも飲んで忘れろ!」

「この男の言うとおりだ、ウォル。第一、リィに送られた映像記録の君は、ほら、こんなにも可愛らしいじゃないか。これを見て笑うような男は、男の何たるかを母親の腹の中に忘れてきた、見下げ果てた奴だ。そしてリィはそんな男では決してないから、彼は君に惚れ直しこそすれ、笑うことなどありえない。君が心配すべきは、彼に笑われることなどではなく、再会した拍子にリィに襲われることだと思うぞ!」

 

 無論、ジャスミンとてそんなことを本気で思っているわけではない。リィが性的な欲望に身を任せて女性を襲うなど、この宇宙が一周してもあり得る話ではないのだ。

 しかし、今はとにかくこの少女を励ますことだ。彼女とリィが一体如何なる絆によって結ばれたのかまでは知らないが、今のウォルの状況には同情すべき点が多すぎた。

 確かに、リィが乗船している《ピグマリオンⅡ》に送られたウォルの姿は、たいへん愛らしかった。上目遣いに、不思議そうな顔でカメラを見上げる少女というのは、普段の二割から三割増しで可愛らしいが、元が飛び抜けた美少女であるウォルなのだからその破壊力は言うに及ばずである。だが、そのことが何の慰めにもならないことを、ケリーとジャスミンは理解していた。

 二人して作り笑いを浮かべながら、必死で励ましの言葉を探す怪獣夫婦というのも珍しい絵図であったが、面白くない人間(?)が一人いた。

 バニー姿のウォルの映像を《ピグマリオンⅡ》へと送った張本人である、ダイアナ・イレブンスその人である。

 

『……ちょっと。二人とも、どうしてそんなに必死なの?これじゃあわたしが、何かまずいことでもしでかしたみたいじゃない。あの写真がまずかったの?でも、ウォルはすっごく可愛らしくって、彼女は金の天使さんの婚約者なんだわ。なら、彼女の、わたしでも心臓が跳ね上がるくらいに可愛い映像を送って、何か問題でもあるの?』

 

 『お前のどこに心臓があるんだよ?』というお決まりの突っ込みを飲み込んだケリーは、諭すような口調で通信機に語りかけた。

 

「いいか、ダイアン。お前の言ってることは正しい。至極正しい。俺だって、さっき見せてもらったウォルの写真は、可愛らしかったと思う。ポスターにして、仕事場に貼り付けときたいくらいだぜ」

『それはどうかと思うけど……』

 

 言うに及ばず、ケリーの仕事場とは《パラス・アテナ》の操縦室のことである。つまりはダイアナの体内といえる場所なのだから、その一角にレオタード姿のバニー少女のポスターを貼られてしまうのは、ダイアナとしても可能な限り避けたい事態だ。

 

「だがな、聞いての通り、この子は元は男だったんだ。それが、この上ないくらいに女の子してる映像を知り合いに送られて、ショックを受けないはずがないだろうが」

『そこらへんの機微は人間ならではのものだから、わたしにはとんと分からないわね。でもねケリー、天使さんとその子は婚約者なのに、せっかくおめかしした格好を見てもらうのが恥ずかしいなんて、馬鹿げてるわ。それじゃあ、結婚した後で、一緒におしゃれして流行のレストランに行くとか、そんなのも駄目ってこと?それじゃあちっとも楽しくないじゃない』

「ダイアン、お前の言いたいことはもっともだ。俺もそう思う。だがな、おめかしってもいきなりバニーガールだぞ?落差が激しすぎるだろうが。お前だって、例のゾウリムシ事件の時の、あのいかれた衣装の映像をあらためて見せられたり知り合いに送りつけられたりしたら……」

『あの時のことは思い出させないで!』

 

 荒々しい声が通信機から響いた。

 確かに、『酔っぱらった』ダイアナの映像は、いつもの彼女からは想像もつかない程に陽気で明るい、言い方を変えれば頭の捻子が緩んでいるものだった。

 ダイアナの優れた人工知能はあの時のことをもちろん覚えているのだが、それらの記録には幾重にも頑丈なロックがかけられ、平時の彼女が思い出すことのないよう、情報の海底の奥底のほうに沈めてあるのだ。

 そして、万が一にも、あの忌まわしき映像が外部に漏れだし、例えばダイアナを慕う統合管理脳――ゼウスの目に触れでもしたら……。 彼はきっと、ダイアナを笑わない。むしろその映像の彼女が可愛らしいことを、千を超える言葉でもって表すだろう。しかしそれは褒められる側にとって、針の筵よりも遙かに苦痛を与えうるのだ。

 

『……ええ、ケリー、よくわかったわ。確かに、わたしはとんでもないことをしてしまったみたいね。悪意がなかったとしても、わたしはその子に謝る必要がある。ごめんなさいね、ウォル』

「いや、船の女神……ダイアナ殿。悪いのは俺なのだ……俺が全て悪いのだ……」

 

 ここまで後ろ向きなウォルは、彼を知るものからすれば珍しいものであっただろう。如何なる苦境もその明晰な頭脳と鋼の精神力で乗り越えてきた彼女なのだから。

 然り、たっぷり五分ほども落ち込んだ後で、少女は立ち上がった。相変わらずバニー姿のウォルは、しかし清々しささえ漂わせた顔つきで、

 

「よし、終わったことをくよくよ悩んでいても仕方がない。どうせ、俺はいずれあいつの妻として、純白のウェディングドレスを纏わなければならないのだから、その予行演習ということにしておこう!」

 

 はたしてバニー姿がウェディングドレス姿の予行演習になるのか否かは置いておいて、ウォルはそう自分を鼓舞することで、辛うじて精神的再建を果たした。

 握り拳片手に気炎を上げる少女というなかなか見ることの出来ない光景に、ケリーとジャスミンは一瞬唖然としたが、すぐに相好を崩して拍手の真似をしたりした。

 

「そのいきだぜウォル!」

「過ぎたことにいつまでもうじうじするのは非生産的だ。それくらいなら、酒でも飲んで忘れる方がいくらかましというもの。さぁ飲もう」

 

 ジャスミンはウォルのグラスに火酒を注いだ。

 もう、こんな年端もいかない少女が夜の街で働いてはいけないとか、もう少し大人しい酒を飲むべきだとか、そういった一般論はどこかに落としてしまっている。第一、目の前の少女は、少女であって少女ではないのだ。自分が彼女の行動に一々掣肘を加える必要など、まったくないのである。

 ウォルはジャスミンから渡されたグラスを、一息で空にした。

 いったい何杯目かは忘れてしまったが、少なくともボトル一本程度のアルコールは胃の中に収めてしまったはずでだ。彼女が見た目通りの存在であれば、顔を真っ赤にしてぶっ倒れ、明日明後日は二日酔いの頭痛に苦しむに違いない量である。

 しかし、意外と言うべきか当然と言うべきか、ウォルの白皙の肌には些かの赤みもさしていない。それどころか、生き生きと輝きはじめた瞳の色は、ようやく今から宵の口だと言わんばかりだ。

 開き直った様子のウォルは、再びケリーとジャスミンの間のカウンター席に腰掛け、つまみのナッツを一つ口に放り込んでから、言った。

 

「そういえば、さっきから話しているのは俺ばかりだな。お二人はどういう用事でこの星にいるのだ?リィには、ケリー殿もジャスミン殿も、この宇宙で一番有名な商人だと伺っているのだが、お仕事の関係か?」

「商人……まぁ、そういう言い方になるのかな?」

 

 ジャスミンが首を捻る。確かに二人は、共和宇宙で最も有名な企業の実質的な支配者であり、ウォルの認識に間違いはない。だが、クーア・カンパニーはあまりに巨大すぎて、商人だけに収まらない存在であるのも事実だ。

 しかし、異世界からやって来たという目の前の少女に対して、それを一から講釈していたのでは一晩や二晩では到底足りない。少なくとも、これほど楽しい夜をそんな些末事に費やすつもりは毛頭ない。それに、ウォルの認識もあながち的外れでもないのだ。

 頷いたケリーは、懐から赤い小石を取り出し、ウォルの前のカウンターに置いた。

 

「……見たことのない色だが、何かの鉱石か?」

 

 ウォルはその小石を手に取り、まじまじと見つめた。

 色合いは鉄鉱石の一種である赤鉄鋼石に近いが、手に持った感覚が全く違う。具体的に言うと、遙かに重たい。

 どうやら今まで自分の見たことのない鉱物らしいと、ウォルは理解した。

 興味深げに赤い石を眺める少女に、横からケリーが言った。

 

「まぁ別に大したものじゃあないんだが、そいつが原因でウチのチビと孫チビが、ちっとばかり厄介なことに巻きこまれたりしてな。俺達がこの星に来たのは、厄介事を根っこのほうからやっつけるためさ。残念ながら仕事関係でもなけりゃあ心温まる夫婦水入らずの旅行でもないんだ」

「ほう、これがなぁ……」

 

 電灯の明かりに透かすようにして、ウォルは不思議な鉱物を見上げたりした。

 ウォル自身、鉱物――彼女の場合は金山と銀山であるが――を原因として、いくつかの大きな争い事に巻きこまれ、その中では虜囚の辱めを受けたりもしている。もっともその時は男の体だったので、いわゆる一般的な拷問以上の辱めを受けたわけではなかったが。

 とにかく、そういった資源というものは、人の心の最も醜い部分を強烈に刺激するのだと、ウォルは身をもって理解していた。だからこそ、自分と同じく厄介事に巻きこまれたらしい二人を見て、同情ではなく気の毒そうな表情を浮かべたものだ。

 

「それはさぞ大変な事と思う。今の俺ではあなた方のために何の力にもなれんが、今日はゆっくり骨を休めていって欲しい」

 

 そう言って、二人のグラスに新しい酒を注いだ。

 

「それで十分だぜ。お前さんみたいなべっぴんさんに酌をしてもらえれば、明日の活力も生まれようってもんだ、なぁ女王?」

「まぁそんなところだ。ちなみに君は、リィ達がこの星に来るまでここで働くつもりなのか?」

「うむ。しかし、リィ達がこの星に着いたとして、すぐに帰れるかどうかは分からん。なにせ、俺は彼らの助太刀をすると誓ってしまったのだ。迎えが来て、はいさようならというわけにもいかんだろうなぁ」

 

 難しい顔をしてしまったウォルである。

 なるほど、これは確かに金色天使の同盟者らしいと、怪獣夫婦は内心で苦笑した。普通の人間はもっと利己的で、自分の都合を最優先させるものだ。別にそれが悪いわけではない。むしろ当然、万人がそういった価値観を持つ前提で、この世界は成り立っていると言っても過言ではない。

 だが、リィもウォルも、そういった価値観とはどうやら無縁のようだ。もしくは、もっと武骨な価値観が、全ての利己主義の前に優先されているというべきか。

 不器用、それとも頑固。突き詰めて言えば、異常。

 しかしケリーもジャスミンも、二人のことを嘲笑うつもりにはなれなかった。自分達にも多分にそういった価値観が備わっているというのもあるが、なによりも不器用な二人が好ましかったからだ。

 だからこそ、自分達が彼女に手を貸す必要はないだろう。無論ウォルの方から助けを求められれば最優先でそれには応じるのだろうが、不要な助力を快く受け取れるような人間であれば今、彼女はこんな場所にはいないはずである。

 ケリーは一つ頷いてから、言った。

 

「わかった。とりあえず、黄金狼から連絡が来たら、お前さんはこの酒場で働いてるって言っておけばいいんだな」

「ああ、もう今更だ。いつでも来い、この格好で酌をしてやると伝えておいてくれ」

「その時はわたし達もご相伴にあずからせてもらってもいいかな?」

 

 にやりと不敵に笑ったジャスミンである。ケリーもその意見には大賛成だ。なにしろ、一人でもこれほどに愉快な人間が、もう一人増えればどれほど楽しい酒になるか知れたものではない。それに、ひょっとしたらシェラとルウの二人も一緒かも知れないので、四人になるかも知れないのだ。そんな楽しい席を逃すなど、どう考えても重大な損失である。

 ウォルは苦み走ったような笑みで首肯した。これも正しく今更であり、この二人を遠ざける魔法の言葉を、ウォルは持ち合わせていなかった。

 

「そのときは存分に飲み明かそう。出来れば、俺の厄介事も卿らの厄介事も終わっているといいな」

「ああ。打ち上げパーティーは盛大にやろうぜ」

 

 さて何度目か知れないが、三人がグラスを打ち合わせようとしたとき、

 

「おい、ウォル!てめぇ、そんなところで何油売ってやがるんだ!」

 

 少年の叫び声が、三人の耳に飛び込んできた。

 ケリーとジャスミンが声のした方向に目を向けると、そこには肩を怒らせながらこちらに歩いてくる、少年がいた。白と黒のタキシードに身を包んだウェイター姿であり、首にはきっちりと蝶ネクタイを結んでいる。

 薄暗い店内では分かりにくかったが、どうやら相当の美男子のようだ。目鼻立ちははっきりとしていて、どこか甘やかですらある。銀色の長髪を後ろで一括りにした様子と相まってウォルと同年代の少女のようであるが、顔の造りにははっきりと男性特有の鋭さが表れ始めていた。

 店の、おそらくは熟練のバニーガールが、脇を通り抜けるその少年に熱っぽい視線を送っていた。普段から脂ぎった中年男性の相手ばかりをしている彼女達からすれば、その少年の凛々しいタキシード姿は一服の清涼剤なのだろう。小さな溜息すら漏れる始末である。

 歳の頃は、二人の孫であるジェームスと同じ頃合いだろうか。それにしてはやや大人びた様子なのは、育ってきた生活環境の違いかも知れない。ケリーとジャスミンは、その少年から宇宙生活者特有の擦れ具合を感じていた。

 

「おう、インユェ。お前も一杯どうだ?」

 

 インユェと呼ばれた少年は、目の前の少女を小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、

 

「いい気なもんだよな、ウォル。お前も姉貴も、阿呆な男共と一緒に酒を飲んで馬鹿話をすりゃあ金が稼げるんだからよ。俺はさっきから皿洗いと酒の配膳とバウンサーと……。お前を変態金持ち連中に売り渡しとけば、こんな苦労を味合わずに済んだのによう……」

 

 バウンサーとは、酒場の用心棒のような仕事である。酒によって無体な働きをする客に快くお帰り頂くのがその仕事内容だ。へたをすれば暴力沙汰に巻きこまれるし、客が懐で暖めている必殺の武器でズドンとやられることも珍しくはない。

 

「うむ、それはご苦労だったな。しかし、そういう意味で言うならば俺は正しく仕事の真っ最中だ。油を売っているという言い方はひどいぞ」

「うるせぇ!俺のドレイの分際で、知ったふうな口を訊くんじゃねえ!」

「わかったわかったご主人様。で、何の用だ?それこそ無駄口を叩きに来たのか?」

「……そろそろショウの時間だから、用意しとけって店長が。お前のを目当てで来てる客も結構いるから、接客は適当なところで切り上げて来いってよ」

「おお、そういえばそんな時間か」

 

 ウォルは少々慌てた様子で時計を見た。

 それから二人のほうを向き直って、手を顔の前で合わせながら言った。

 

「そういうことなので、申し訳ないが席を外させてもらう。いや、卿らとはもう少しゆっくり語らいたかったのだが、まことに相済まん」

「ショウって……まさか、ストリップとか、そういう下劣なものではないだろうな。であれば、君の意見はどうあれ、全力で止めさせてもらうぞ」

「いやいや、もっと控えめな、ちょっとした宴会芸程度のものだ。そこのステージでするから、もしよければ見ていってやってくれ」

 

 ウォルが指さした先には、なるほど結構な広さのステージがあった。例えばジャズのセッションやちょっとした大道芸くらいなら問題無く出来そうな広さで、この規模の酒場には珍しいものだったかも知れない。

 そこには、ジャスミンの心配した、ストリップクラブなどではお決まりのポールダンス用のポールなども無かったので、彼女はひとまず安堵の息を吐き出した。

 カウンター席から飛び降りたウォルは、小走りで店の奥に消えた。ウェイター姿の少年も、不審げにケリーとジャスミンを一瞥した後で、ウォルの後を追って店の奥に歩いて行った。

 

「ショウねぇ。どうする、女王?」

 

 そう言いながらケリーは腕時計で時間を確かめた。

 そろそろ良い時間である。明日は朝早くから車を走らせて、ヴェロニカ教の総本山まで向かうつもりなのだから、酒はそろそろ控えたほうがいい。それに、体力的なことを考えてもそろそろ就寝するべき時間だ。これから先、この星で何があるのか分からないのだから、体力の維持には気を使って使いすぎるということはない。

 しかし、折角リィの婚約者であるという少女が、見ていって欲しいと言ってくれたのだ。何事も言わずに帰るのは義理に欠けるし、なにより勿体ない。

 ジャスミンは、口を開く前に夫の顔を見た。夫は、不敵な笑みを浮かべながら、店の中央に設けられたステージのほうを眺めている。何の事はない、既に彼の意見は決まっていたらしい。

 ジャスミンは肩を一つ竦めて、ステージのほうに体を向け直した。そして、思い出したように言った。

 

「ところでな、海賊よ」

「うん?どうしたよ、女王」

「先ほどの、ウォルを呼びに来た少年なのだが、お前はどう思った?」

 

 先ほどの少年を思い浮かべてみる。

 別に、どうということはない、普通の少年だった。確かに顔の造りは整っていたが、だからといって騒ぎ立てるような趣味もないし、他に際立った特徴があったわけでもない。

 

「いんや、別に何とも思わなかったがね。宇宙船のジャンク屋とか海賊船の飯場でも探せば、いくらでも見つかる小僧だったと思うぜ?」

「それはそうなのだが、何というか、顔立ちが、誰かに似ていると思わなかったか?」

 

 誰かに似ている。

 そう言われても、脳内で検索をかけなければいけない顔の数が多すぎる。ケリーはふぅむと唸り声をあげ、宙空を見つめる視線で、

 

「……強いて言えば、シェラに似てるかな?髪は銀色だし、少し色合いが違うがあの小僧も紫色の瞳だった。肌の色の生っ白さも、まぁ似ていると言えないこともねぇわな」

「パーツで言えばその通りだな。だが、顔の造りは全く違うぞ」

 

 それは首肯せざるを得ない。少女と見紛わんばかりの顔立ちの……というよりは極上の美少女そのものの顔立ちであるシェラに比べると、先ほどのインユェと呼ばれた少年のそれはどちらかというと男性よりであった。まだ子供特有の中性的であどけない雰囲気が残っているものの、あと五年もすれば、同年代よりは年上の女性にとっての羨望の的となるような、そういう青年に化けるだろう。

 しかし、それが誰に似ているかと問われれば、果たして誰に似ているのだろうか。

 

「俺ががきんちょの時分は、あんな顔だったかねぇ」

「なるほど、そう言われてみれば、意中の異性に対して余裕無く先走った様子は、確かにあの時のお前にも似ているのかも知れないな、海賊」

 

 楽しげなジャスミンの声である。

 先ほど、ウォルのことを奴隷と言い切った少年の顔は、むしろ彼自身の心が少女の所有物になってしまっていることを二人に知らしめた。あれくらいの歳の頃の少年にはよくあることで、自分が好ましく思っている存在に対して少々居丈高になってしまうのだ。

 その少年に、昔の自分が似ているという。それを言われると、昔の、年上の少女に憧れを抱いていた頃の自分を思いだし、苦笑いを浮かべるしかないケリーだった。

 

「だが、そういうことじゃあないんだろう?」

「ああ。もっと分かりやすく、あの少年の顔が、誰かに似ている気がするんだ。誰だったか、どうしても思い出せないんだが……。ひょっとしたら海賊、お前はどこかで見覚えがないか?」

「そう言われると、どっかで会ったような気もするんだがなぁ……」

 

 ケリーも頭を抱えてしまった。

 確かに、どこかであったような気がする。だが、誰かと問われれば、答えは霞がかった記憶の向こう側だ。

 ケリーとジャスミンの共通の知り合いといえば、この宇宙の端から端まで、数が多すぎて数え切れない程にいるが、全ての顔と名前が一致するわけではない。小さいものから大きなものまで、うんざりするほどのパーティーに参加してきたし、各種会合にも出来るだけ顔を出してきた二人である。それらの出席者を一々思えているほど、二人の記憶力もずば抜けているわけではないのだ。ちらりと視線を交わしただけの招待客から『あのときのパーティではお世話になりました』と言われたときほど困ることはない。

 だが確かに、どこかで見た顔である。無論、少年の顔そのものではない。彼の顔には、二人の共通の知人の面影があるのだ。

 

「俺もあんたも知ってるってことは、海賊関係じゃあねえよな」

「同じ理由で、軍隊関係も省かれる。ということはやはり政財界の知り合いだと思うのだが……」

「そんな連中の息子が、果たして宇宙生活者なんかやってるもんかね」

 

 『なんか』とは言うが、ケリーは別に宇宙生活者を見下しているわけでは全く無い。彼自身、自分が宇宙生活者であることに誇りを感じているのだし、大企業の経営者などという枷を付けられていたときも、いつだって心は宇宙の遙か彼方にあったのだから。

 それはジャスミンも同じだ。彼女自身卓越した宇宙戦闘機乗りであるし、彼女の父であるマックス・クーアは優れた経営者であり天才科学者でもあったが、それ以上に宇宙生活者である自分を好んでいたのだ。

 しかし、そういった個人的な好悪の念を別にして、宇宙生活者に与えられる世間的な価値が極めて低いものであることも、二人は十分理解している。だからこそ、高い選民意識を持つエリート階層の人間が、その子女を宇宙生活者にするなど考えにくい。

 無論、これはあの少年が宇宙生活者であることを前提とした理屈なのだが、二人はその事実に確信を持っていた。野生の生き物がそうであるように、彼らには自分以外の人間が自分と同じ生息域に住む生き物かそうでないかを見分けるための嗅覚が備わっていたから、それが今回に限って誤作動を起こしたとは最初から考えていない。

 傾げた首の戻らない怪獣夫婦だったが、そんな彼らの都合などうっちゃって、店内の照明が突然落とされた。そして、店の中央のステージに、安っぽいスポットライトが照らされる。

 どうやら、先ほどの少年が言っていたショウとやらが始まるらしい。

 まず壇上に上がったのは、赤い丸鼻を付けた、ピエロの男だった。頭にシルクハットを被り、それとは似つかわしくない極彩色に華やかな衣装を身につけている。ステッキなどを振り回し、何ともコミカルな動きである。

 付けひげには見えない豊かな口髭は、真っ白に染まっている。背中こそ曲がっていないが、ひょっとしたら相当に高齢なのかも知れない。

 覚束ない足取りでステージの中央まで行くと、深く腰を折りながら一礼し、簡単な前口上を述べた。お集まり頂いた紳士淑女の皆様方、ただ今より世にも不思議なショウの始まりです。しばしの間、煩わしい時間のことなど忘れてお楽しみください……。

 店内から、ぱらぱらと拍手が起こり、ピエロの男はもう一度深く腰を折った。それを合図に、マジックショウにはつきものの、安っぽいBGMが流れ出す。

 まずピエロは、手にしたステッキを観客に見せるように胸の前に構えた。そして、ことさら見せ付けるよう、ゆっくりとした慎重な手つきで、一本一本指を放していく。

 小指、薬指、中指と離れ、最後に人差し指と親指が離れても、ステッキは重力を無視したように彼の胸の前で浮いていた。そして、彼の手を放れたステッキはふわふわと宙を浮かび上がり、踊るように二、三度跳ね回った後、ピエロの頭上で激しく燃えて姿を消してしまった。

 観客席から、先ほどよりも大きな拍手がわき起こる。ケリーとジャスミンも、拍手をした。種は知っていたが、しかし中々見事な手さばきであったし、こういうときは拍手をするのが礼儀でもあったからだ。

 そしてステージの上では、お決まりのマジックがいくつも繰り広げられていった。手を触れずに遠くに置かれた物体を動かす、グラスの中に隠したコインが移動している、何も入っていないはずのシルクハットの中から兎が飛び出す。たまにわざと失敗して笑いを取るのもご愛敬だ。

 中にはお決まりの人体切断マジックもあった。

 

「おや、あの少年は……」

「ああ、ウォルを呼びに来たがきんちょだな」

 

 今、ステージの上でチェーンソーで真っ二つにされかかっているのは、先ほどの銀髪の少年であった。台の上に横たわり、顔以外を長方形の箱にすっぽりと収められた少年の顔は、まるで処刑に怯える死刑囚のように真っ青で、悲壮感が漂っている。当然のこと演技以外の何者でもないはずなので、中々の役者のようだ。

 無慈悲に振り下ろされる電動のこぎり。

 真っ二つになった箱は大きく二つに分かたれ、少年の下半身と上半身は泣き別れになった。ぐったりとした少年はまるで死人のような有様だ。

 まさかそんなことはあり得ないと知りつつも、息を飲む観客。だが、もう一度箱をくっつけてマントを掛けて呪文を唱えれば、あら不思議。少年の体は元通りになっているではないか……。

 立ち上がった少年が観客にお辞儀をすると、大きな拍手が巻き起こった。記録映像では使い古された種のマジックであるが、実際に目の前で見ると結構迫力があるものなのだ。

 少年が舞台袖に姿を消すと、次に、かなり扇情的な格好をした妙齢の女性が舞台に立った。褐色の肌に硬質な金の長髪、女性にしてはかなり大柄な長身。身に付けているのは辛うじて局所を隠せる程度のビキニの水着とハイヒールだけという、男好きのする衣装であった。

 どこかで、下卑た口笛が鳴らされた。しかし女性は少しも嫌がる顔をするでもなく、嬉しそうに手を振り、むしろその豊かな胸を見せ付けるようにして歩いた。

 

「メイフゥちゃーん、愛してるぜー!」

 

 馬鹿な男のヤジが飛ぶ。もしかするとあの女性は、先ほどまでウォルと同じようにバニー姿で接客をしていたのかも知れない。

 メイフゥと呼ばれた女性は観客に媚びた笑みを振りまきつつ、舞台の上に用意された大きめの檻の中に入った。

 ピエロは、女性が中に入るのを確認すると入口に南京錠を掛け、その檻を広い布で覆った。

 そして、一、二、三の合図で布を剥ぎ取ると……。

 

「へぇ」

 

 思わずケリーとジャスミンも声を上げていた。

 檻の中に、女性の姿はなかった。代わりに、立派な体格の虎がいたのだ。

 これには、観客も度肝を抜かれ、盛大な拍手で答えた。おそらくは舞台底に仕掛けがあり中の女性と虎が一瞬で入れ替わったのだろうが、それにしてもこんな規模の店のマジックショウでお目にかかれるような安っぽい手品ではない。盛大な拍手が起きて、むしろ当然と言うべきだろう。

 いきなり衆目に晒されたかたちの虎は、警戒のためか大きく唸り声を上げた。店内を圧してあまりあるその声に、先ほどまで浮かれていた客も息を飲んだが、ピエロの男が手を下に向ける動作をすると虎は落ち着いてお座りをした。どうやら、きちんとしつけが行き届いているらしい。

 再び、盛大な拍手が巻き起こる。ピエロはそれに応えるように大きく一礼をしてから、再び檻に覆いを掛け、ほどなく剥ぎ取った。中には、メイフゥと呼ばれた女性がきちんとポーズを取って立っていた。

 もう一度、割れんばかりの拍手が巻き起こる。ケリーもジャスミンも、同じように拍手をしていた。

 

「いやぁ、いいもんを見せてもらった」

 

 ケリーが噛み締めるように言った。ジャスミンもそれに応えて、

 

「確かに、こんな店でお目にかかれる規模のマジックではないな。少し得をした気分だ」

「ああ、女王、それもあるんだがな。俺は生まれて初めてみたぜ、あんなマジックは」

 

 美酒で満たされたグラスを片手に、心底愉快そうなケリーである。

 ジャスミンは少し不思議そうに、しかし声を若干ひそめて、

 

「確かに見事なマジックだったが、そこまで手放しで褒めるほどのものか?あれなら、もっと見事な脱出マジックや入れ換えマジックなど、いくらでもありそうなものだが」

「だが、ネタを知ってるマジックってのは、どんだけでかい規模でやったところで面白みは半減するもんさ。その点、俺はこんなに見事なマジックは見たことがねえな」

「見事と。しかし、あれは舞台底に仕掛けのある、言うと悪いが、ごくごくありふれた普通の入れ換えマジックではないのか?」

「言っとくがな、あの舞台底に仕掛けなんてないぜ?」

「……本当か?」

「おや、女王様はあのマジックのトリックがおわかりにならない?」

 

 ケリーは、意地悪そうににんまりと笑った。

 こういうとき――例えば、同時に読み始めた推理小説で自分だけトリックの答えに気がついたときや、小難しい数学パズルの答えを自分だけが閃いたとき――などは、言い様のない快感があるものだ。その点、子供っぽいところのあるケリーなどは人一倍である。なんとも嬉しそうな顔で、自分の妻の顔を見た。

 逆に、そういうときに取り残された方は、言い様のない不快感があるものだ。それなり以上に自尊心のあるジャスミンは、冷ややかな瞳で自分の夫を射貫いた。

 

「いいぜ、教えてやる。実は、あのマジックはな――」

「黙れ海賊。それ以上しゃべったら即刻離婚だ」

「おお、怖え怖え」

 

 ぎろりと、金色の瞳の瞳で睨みつけられたケリーは、怯えたような様子で肩を竦めた。

 言うまでもないが、ふりである。彼の内心がどこにあるのかは、どこまでも優しげな琥珀色の視線を見れば明らかであろう。

 そしてジャスミンも、ケリーの本心がどこにあるのかを知っていた。自分に子供っぽいところがあることも理解していた。その上で、ケリーから答えを聞く気には到底なれない。何としてもこの男の鼻を明かしてやろうと、そうでなければ折角の美酒が胃の中で発酵して酢になってしまうと、そんな気持である。

 だが、舞台底に仕掛けが無いとすると、あとは何が考えられるだろうか。先ほどのマジックに使った道具は、檻と、檻を覆い隠すための布、中に入った女性くらいのものだ。

 種も仕掛けもありません、とはマジシャンの使い古された口上であるが、基本的にマジシャンの用意する道具の中に、種も仕掛けも無いものこそ無いのである。

 ジャスミンはいくつかの種を考えてみた。

 例えば、檻の中に光を屈折させる仕切りのようなものを用意しておく。最初に布で覆われた瞬間に女性はその奥に隠れて、代わりに奥に隠れていた虎が前面に出る。薄暗い照明でしか照らされていないのだから、少々出来の悪い光学迷彩皮膜であっても十分に観客の目を誤魔化すことは出来るだろう。檻の中に人間と虎が同時に入ることになるが、よく訓練された動物はそうそう人を襲うものではないから、不可能とまでは言い切れない。

 他にも、ジャスミンは自分の目が先ほど確かめた現象を、幾通りもの手段でもって脳内で再現せしめたし、そのうちのいくつかは実際の手品に使われる手法でもあった。

 しかし問題は、その程度の小手先のトリックで、海賊王とまで呼ばれたこの剛胆な男を感心させることが出来るのか、という一点である。その一点のみをもって、ジャスミンは咄嗟に思い付いた全てのトリックに落第印を押さざるを得なかった。

 

「ふぅむ」

 

 指を形の良い顎に当てて、ジャスミンはしばし黙考した。

 その時である。

 先ほどまで流れていた軽快で妖しげなBGMが鳴り止み、代わりに、どこか懐かしく、胸を梳くような調子の笛の音が流れてきたのだ。

 それも、機械を通した味気ない音ではない。すぐ近くで、誰かが実際に吹き鳴らしているようだった。

 いつの間にか、ステージを照らしていたスポットライトも消えて、店内は手元もはっきり見えないような薄暗がりに満たされている。

 ふと見れば、ステージの脇の方に、先ほどのインユェと呼ばれた少年が座っていて、粗末な横笛を構えている。いつの間に着替えたのだろう、さっきまでのぱりっとしたタキシードではなく、ゆったりとした民俗調の服を身に纏っている。色合いは紺一色と極めて地味なものだが、布の多い服の造りから、質素という印象からはほど遠い服だ。

 先ほどから流れる、遠い記憶の琴線を掻き鳴らす笛の音は、彼の演奏によるものらしい。

 のんびりと、遠くの山から響いてくるような笛の音に、いつしか弦楽器の調べが重なる。

 ステージの脇、インユェのいる方とは逆側に、妙齢の女性が胡座を組み、やはり簡素な造りの弦楽器らしきものを弾いていた。

 先ほど、虎のショウのアシスタントとして参加していた女性だ。名前はメイフゥといったか。服はインユェの身に纏っているものと同じだが、色合いは比べものにならないほど華やかだ。赤と紫、金糸と銀糸をふんだんに使い、薄明かりの中でもきらきらと輝いていた。

 観客席からは、物音一つしない。ただ、二つの楽器の音に聞き入っている。仕事の疲れとアルコールの催す眠気、美しい調べが客の意識を空白にするのだろう。

 そして気付けば、ステージの中央に、人影が一人、立っていた。

 ほとんど光源の無い舞台では、一体誰なのかわからない。

 ただ、何か、細長いものを持っていることだけはわかった。

 片手に、小さな体には似つかわしくない大振りな鋼の塊。

 剣だ。

 剣を携えた小さな人影が、ステージの中央に立っていた。

 

「ウォルだ」

 

 ケリーの呟きに、ジャスミンは返答する必要を見いださなかった。

 ただ茫然と舞台を見つめる観客達と同じく、無言で見入っている。

 しばらくすると、舞台の照明が少しずつ明るくなり、人影の輪郭がはっきりしてくる。

 濃い化粧を施していた。呆れるほどに白粉を塗りたくった顔、その目元や口元には鮮やかな紅で隈取りがされ、返り血に濡れた悪鬼の如く厳めしい表情が作り出されている。

 豊かな黒髪は後ろで一括りにされ、煌びやかな髪飾りで束ねられていた。

 小さな体は、薄絹を幾重にも折り重ねたような、不思議な衣装に包まれている。質の良い絹糸で織られているのだろう、淡い舞台の照明に艶やかな光を返しつつ、店の僅かな空調にふわふわと揺れている。

 大人ではあり得ない華奢な身体付きに、どこか女性的なまろやかさがある。

 ケリーの言うとおり、その人影は、先ほどまで二人と歓談していた少女のものであった。

 ウォルは、舞台の上で優雅に一礼した。

 そして、双子の姉弟の流す調べに乗せて、すっと足を踏み出した。

 そろりと、畏れるような踊り出し。薄い枯葉が、凪いだ水面に触れるような。一振りの波紋を起こすことすら恐れているような。

 羽衣を纏った天女の如く、少女は踊る。

 激しい踊りではない。踊りというよりは舞いといったほうが漸近だろう。

 緩慢で繊細な足運び。指先、髪の先まで神経の行き届いた所作は、神託を告げる最も高名な巫女のようですらある。

 小さな手に構えた飾り気のない大剣だけが、神聖であるべき神の使者には些か似つかわしくない。しかし、その少女には何よりも似合っている。彼女は、剣を手にすることで初めて完成するのだ。

 横笛と弦楽器の奏でる曲調は、やはりゆっくりとしたままだ。その速度に合わせて、剣を緩やかに宙空に泳がせる。切っ先が地面と水平に、すぅと、左から右へと流れていく。それだけの動きが、溜息が出るほどに美しい。

 花弁が綻ぶような速度だ。徐々に、徐々に、信じられない程に遅々とした速度で、しかし確実に花は開く。誰もその動きを理解することは出来ないが、いつの間にか花は花として咲き誇っている。その速度が、少女の踊りの中にある。およそ舞踊といえるような速度ではないのに、それはやはり最高の舞踊なのだ。誰の目にも捕らえられない。しかし、誰しもの心を捕らえて放そうとしない。

 ケリーとジャスミンも、溜息をすら忘れて見入っていた。

 だが、開いた花は枯れるのだ。それも、驚くほどに、残酷なほどにあっという間に。

 次第に、曲調は速く、激しくなっていく。活気に満ちた、精力的な調べに変わっていく。

 ウォルの踊りも、それに会わせて少しずつ雄壮に、華麗に変貌していった。

 豊穣の神に捧げる奉納の舞いから、戦の神に捧げる剣の舞いに。

 髪を振り乱し、一心不乱に踊る。激しい調べを追い越そうとするように、踊る。

 足を大きく振り上げ、思い切りに振り下ろす。ずどん、と、舞台の底が抜けるのではないかというほどに、大きな音が鳴った。

 汗が舞い散る。証明に照らされてきらきらと光るそれが、宝石のように少女を飾り付ける。

 演奏する二人も必死だ。ぎゅっと目を閉じ、こめかみを汗で濡らしながら楽器と格闘している。いや、楽器と格闘するふりをしながら、ウォルの舞踊と戦っている。

 その戦いが、舞台をより高みへと押し上げる。

 到底、場末の酒場の狭いステージの上で催されて良い演目では、なかった。

 その舞台で、少女は微笑っていた。

 口元を綻ばした少女が、剣を鋭く振る。空気の裂ける音が聞こえる。ケリーとジャスミンの目には、真っ二つに泣き別れた敵兵の胴体が見えた。

 背中を、首筋を大きく反らせて、何かを躱すような動作をした。きっと少女の視界には、先ほどまで首があった場所を振り抜けた、敵兵の剣が見えているのだろう。

 いつしか、少女は舞台の上で戦っていた。一人ではない。きっと、たくさんだ。たくさんの敵兵に囲まれ、戦っていた。

 だが、少女も一人ではない。一人で戦っている少女が、何故あそこまで楽しそうに剣を振れるものか。

 誰かが、少女の背中を守っている。背中を守る誰かに、絶対の信頼を置いている。背中を守られた少女だからこそ、あんなに楽しそうに戦えるのだ。

 観客は、そこまでのことは分からなかった。

 ケリーとジャスミンは、知っていた。誰が彼女の背中を守っているのか、知っていた。

 その誰かの頭は黄金の髪で飾り付けられ、一滴の返り血も浴びていないに違いない。その誰かの瞳は緑柱石色に輝き、敵兵には死に神の宝玉のように見えていたに違いない。

 その二人が、背中を守り合って戦っているのだ。

 少女の戦いは、いよいよ佳境へと近づいていく。彼女の足下には、無数の勇士の遺体が転がっているのだろう。

 曲も、最初の曲と同じものとは思えないほどに激しくなっている。暴力的ですらある。弾きはじめが小川のせせらぎだとすれば、今は猛り狂った暴れ川としか思えない調子だ。

 どんどん速く、くるくる鋭く、歯車のように回転する剣と体。それに合わせて、笛と弦の調べも加速していく。

 もう、これ以上速く、人の体は舞えない。

 もう、これ以上速く、人は楽器を操れない。

 誰しもがそう思い、息を飲んだ、その瞬間。

 少女が、舞台の上で、跳ねた。

 突進してくる馬をそのまま飛び越えられるほどに高く、跳んだ。

 この場に居合わせた全ての人間の視線が、少女の身体を追って浮きあがった。何人かの口元は、だらしなく開きっぱなしになっていた。

 そして少女は、音もなく、ふわりと着地した。膝を折り、神に祈りを捧げるような姿勢で着地した。

 纏った薄絹の衣が、少し遅れて地に着いた時、調べは止まっていた。

 戦いが、終わったのだ。

 一瞬遅れて、割れんばかりの拍手が店内を満たした。誰しもが立ち上がり、惜しみない拍手を送っていた。

 ケリーとジャスミンも、その例に漏れなかった。 

 

「ジンジャーがこの場にいなくてよかった」

 

 カウンターの粗末な椅子から立ち上がったジャスミンが、忙しなく拍手をしながら、ぼそりと呟いた。

 同じく立ち上がったケリーが、その呟きに応える。

 

「どうして?」

「間違いなく歯軋りをして悔しがるぞ。どうしてここがセントラル中央劇場の舞台じゃないんだと言ってな。これは到底、百人やそこらの目にしか触れない場末の酒場に相応しい演目じゃあない」

「ああ、確かにあいつならそう言いそうだな」

 

 自分を百年に一人の名女優と憚りなく言いながら、しかし自分以外の、もう一人の百年に一人の名女優を発掘することに心血を注ぐ彼女のことだ。きっとこの舞台を見れば、すぐさま舞踊手と奏者に声をかけ、どうにかして芸能界へと引っ張り込もうとするだろう。そんなことになれば、ただでさえ天井知らずに加熱している観客達の熱気に更なる燃料が注がれるのは明らかであり、結果としてどのような混乱がもたらされるのか分かったものではない。

 未だ興奮覚めやらぬ客に一礼すると、ウォルは舞台袖に引っ込んだ。しかし、拍手は依然鳴り止む気配を見せない。

 そして、スポットライトが落とされ、代わりに舞台全体照らし出す照明が灯される。

 そこには、先ほど演奏をしていた二人の男女と、おそらくはピエロを演じていた初老の男性、そして濃いメイクを落とした素顔の少女がいた。

 ケリーとジャスミンも初めて見る、ウォルの素顔である。

 ウォルは、嬉しそうに笑いながら、客席に向けて手を振っていた。天真爛漫という表現が何よりも相応しい、底抜けに明るい笑顔だ。それは、今まで彼女を飾っていたどのような化粧よりも、遙かに華やかに少女を飾り付けている。

 間違いなく、今までで一番美しい彼女だった。

 

「おい、ダイアン。さっきのバニー姿だけじゃ殺生だからよ、今のウォルも黄金狼のところに送ってやってくれ」

 

 こっそりと、通信機に向けて語りかける。返答こそなかったが、伝わる気配がダイアナの嬉しそうな笑顔を思い起こさせた。

 

「さて、海賊。どうする?我々も、あの輪の中に加わるか?」

 

 とは女王の言葉である。

 気がつけば、黒髪の少女は多数の観客に囲まれてもみくちゃにされていた。興奮とアルコールに頬を赤らめた観客が、少女の演舞を褒めちぎり、同時に多額のおひねりを少女の手に握らせる。中には情熱的に少女の身体を抱きしめたり、頬にキスをする客もいた。

 ウォルは、少し困ったように笑いながら、しかし嬉しそうに一人一人と話していた。ひょっとしたら、先ほどまでバニー姿で接客していた相手だったのかも知れない。

 

「いや、やめとこう。あの中に割り込むのは骨が折れるぜ」

「そうだな。我々は、ここで彼女とお別れというわけでもないのだから、先ほどの見事な踊りの感想を伝えるのはまた今度ということにしよう」

「だが、おひねりの類は今渡しとかねえと、賞味期限が切れちまうぜ?」

 

 確かに、あとになってから『あの時のおひねりだ』といって現金を渡しても、無粋にも程がある。

 そんな夫の意見をジャスミンは気にするふうでもなく、

 

「なに、結婚式の贈り物の数を一つ増やしてやればいいさ。どうせ両手では抱えきれない花束を贈るつもりなのだから、それが新郎新婦の両手両足でも抱えきれない量に増えるだけだ」

 

 ジャスミンの口調は冗談めかしたものであったが、この女は間違いなく実行するだろう。遠くない未来、二人の結婚式に招かれた人々は、式場を埋め尽くすような花束に目を丸くするに違いないのだ。

 ケリーはそう思って、かたちの良い唇を僅かに持ち上げた。そして、氷が溶けて薄くなってしまった酒を一口で飲み干した。

 その時、カウンターの向こうから、声を掛けられた。

 

「兄さん方、悪いがそろそろ店じまいなんだ。最後に何か、軽い飲み物でも頼むかい?」

 

 この店のマスターの、赤ら顔がそこにあった。

 

「もう店じまい?まだ宵の口ではないのか?」

 

 ジャスミンは腕時計に目を落とした。

 そこに刻まれた時間は、宵の口と言うには遅いが、しかしまだ日付が変わるようなものでもなかった。少なくとも、こういった店はまだまだ稼ぎ時、閉めるには早すぎる時間に思える。

 

「外の人の感覚からすりゃあその通りなんだが、この星じゃあ十分に遅い時間なんだよ。人はお天道様に従って、夜は早く寝て朝は早く起きる。それが一番なんだとさ」

「なるほど、そういうものか。どうする、海賊?」

「いや、これだけ旨い酒を飲んでおいて、最後に舌を汚して帰るのも勿体ない話だからな、今日は遠慮しとくぜ。会計はどこでするんだ?」

「いいさ、今日は俺のおごりだ。お前さん方には湿っぽい話も聞かせちまったし、その迷惑料だとでも思ってくれ」

 

 気の良いマスターは、皺の多い顔を尚更しわくちゃにして笑った。

 ケリーは、その手の好意を無碍に断ることこそ失礼だと確信していたので、おごられておくことに決めた。

 

「ありがとよ。また今度寄らせてもらったときは、倍返しで払ってやるから覚悟しとけよ」

「おう、その時は先に連絡を入れてくれ。チュチュ・ワームの刺身を作って待ってるからよ」

「そうか、そいつは楽しみだ!」

 

 ケリーは立ち上がった。

 ジャスミンも、それに倣い、穏やかな笑みを浮かべながら、

 

「ウォルにはよろしく言っておいて欲しい。特に、先ほどの舞台は見事だったと伝えておいてくれ」

「おや?会っていかねえのか?おたくらとウォル、さっきは結構盛り上がってたじゃねえか」

「会っていきたいのは山々なんだが、あの様子ではそれも迷惑だろう」

 

 ジャスミンの視線の先には、未だ観客からの熱烈な饗応を受けている少女がいた。手当たり次第に、差し出されるグラスを空にして、その度に大きな拍手が起きている。

 今からあの輪の中に入り、親しく個人的な話を始めては、他の客の興が削がれてしまうことは間違いない。

 店主もそれを理解したのだろう、苦笑して、

 

「わかった、お前さん達が絶賛してたと、きっちり伝えておくぜ」

「すまない」

「じゃ、そろそろお暇させていただくが、今日はありがとよ。旨い酒にとびっきりの美人、そして最高のショウ。ここは良い店だな」

 

 ケリーの言葉に、マスターは相好を崩して笑い、当たり前だと胸を張った。

 二人は立ち上がり、マスターにいざなわれて店をあとにした。後ろ髪引かれる思いがないではなかったが、自分達には為すべきことがあるのだから、全てはそれを終わらせた後の話だ。

 来たときと同じく、狭っ苦しい廊下を抜け、薄汚れた階段を昇り、店の外に出る。

 夜風は、思ったよりも冷たくなかった。もしかしたら相当冷え込んでいるのかも知れないが、身体中を駆け巡るアルコールが、体を芯からぽかぽか温めてくれているから寒さは感じない。

 規格外に大きな体を持つ二人は、陽気な足取りで歩き始めた。ケリーの手には、土産として渡されたカラ酒のボトルが二本、抱えられている。

 ホテルまではそれなりの距離があるが、こういう気分のときは歩くに限る。それに、下手にタクシーを止めて乗車拒否でもされたら、折角の良い気分に水が差されるではないか。

 ケリーが、いつもよりはほんの少し弾んだ調子で、しかし背筋は真っ直ぐに伸ばしたままに歩いていると、隣で、やはり少しも顔を赤らめることもないジャスミンが、低い声で呟いた。

 

「海賊。少しいいか」

 

 これは、先ほどの余韻を楽しむ会話ではないだろう。ケリーは気持を入れ換えて、しかしのんびりとした口調で問い返した。

 

「どうした、女王」

「ここに来るまでに、この星のことを少し調べた。ヴェロニカ教のこともだ。そして思ったことがある。そのことについて、お前の意見を聞きたい」

 

 二人は、相変わらずのんびりと歩きながらだ。辺りには、自分達と同じように店から追い出された酔漢や、物陰で何事かに励む男女がいたりして退屈しない。寂れた裏通りには裏通りなりの、情緒があるものだ。

 ケリーの返答を待たず、ジャスミンは切り出した。

 

「ヴェロニカが正式に共和宇宙連邦に加盟したのが935年のことだ。それまではペレストロス共和国の名前の、辺境の一惑星に過ぎなかった」

「ああ、それは知ってる」

 

 遠い、遠い昔のことだ。

 ケリーもジャスミンも、まだ世間的には子供と称される年齢だったはずだ。

 ケリーは考えた。一体その頃の自分は何をしていたのだろうか、と。

 憶えている。血液の色をした泥濘の中で、藻掻くように生きていたのだ。仲間達の、そして敵だった者達の無念を晴らすために、ただ生きていた。いや、無念を晴らすためだったのか、それすら怪しい。ただ、生きるために殺していたのだと言われれば、明確な反駁は難しいだろう。

 ジャスミンは、ケリーのことを知っている。自分と出会うまでの彼が、どれほど血生臭い少年期を過ごしたのかを。だからこそ、下手な気遣いは何よりもこの男の自負を傷つけるだろう。

 

「海賊、もしもこの話を不快だと思うなら、不快だとはっきりと言って欲しい。わたしは鈍い人間だからな、言葉で言われないと分からないんだ」

「そういうところはあんたの美点でもあり、そして欠点でもあるな、女王。あんたがこの上なくはっきりしてるのは、今に始まったことじゃねえ。それを承知の上で、俺はあんたの隣にいるのさ」

 

 だからそのまま続けてくれと、ケリーは笑いながら言った。

 ジャスミンも、くすりと安堵したように笑いを漏らし、

 

「では遠慮なく。共和宇宙連邦が誕生したのが738年。しかし、当時の共和宇宙は発見されたゲートの数の少なさや、長距離航行能力を持った重力波エンジン搭載宇宙船の希少さもあって、手近にあるいくつかの星と交易を結んでいれば上等、その他の、いったい宇宙のどこにあるのかも分からないような星のことなど最初から眼中にない、そういう時代だ。無論、それでも当時の政治家達が共和連邦を作るためにどれほどの尽力をしたかは言うまでもないがな」

 

 その当時のいきさつは、少し勉強の出来る中学生あたりであれば知っている、一般常識といってよかった。

 

「共和宇宙連邦が本格的に量的な、そして質的な膨張をはじめるのは800年代中頃から900年代中頃にかけてのことだ。理由は、重力波エンジンや《駅》の技術革新と廉価化による交易手段の発達。また、数多くの《門》がゲートハンターにより発見され、多数の新交易路が開拓されたのも大きい」

「ほとんどがあんたの親父さんの功績だな」

 

 ケリーの煽てるふうでもない言葉に、ジャスミンは「その通りだ」と頷いた。

 ジャスミンの父であるマックス・クーアが宇宙時代の人類に対して残した功績は、正しく計り知れないものが在る。だからこそ、彼は全宇宙で最大規模の財閥であるクーア・カンパニーを一代で築き上げることが出来たのだ。

 

「その時期、そして勿論今でもだが、共和連邦政府が未加盟国の加盟を承認するに当たっては、いくつも厳格な条件をクリアしなければならない。経済規模がどれほど大きかろうと、独裁政権の支配が続いている国の加盟は、今でも見送られ続けている」

「東西統一ウィノア政府が良い例だな」

 

 その言葉を口にしたケリーの表情には、如何なる感情も浮かんでいなかった。淡々と事実だけを述べる、冷たい視線があった。

 しかし、それは彼なりに気を利かせた結果なのだとジャスミンは知っていた。きっと、この話題を続けていけばいつかはウィノアに触れざるを得ないのだと、ケリーが思ったのだろう。他人に言わせるよりは、先に自分で言った方がましだと思った可能性もあるが。

 

「……そうだ。あの国も、非人道的な軍事実験から長く連邦加盟を見送られていた。そして、連邦加盟という餌をぶら下げられた結果、あのような事件が起きた」

 

 流石に核心の部分をはっきりということは、ジャスミンにも出来なかった。

 ケリーは、今更のことだと口元に笑みを浮かべて、

 

「遠慮はいらねえって言っただろうが。祟りを畏れるような性格じゃねだろうし、亡霊だってあんただけは避けて通るだろうぜ」

「海賊。わたしは呪いも亡霊も恐れはしないが、しかしお前を怒らせるのは怖い。だから、最低限の礼節は守りたいし、そこから先については一応の遠慮はしている。それは悪いことか?」

「別に悪かねえ。ああ、悪かねえよ」

 

 ジャスミンは一度頷き、

 

「だが本当のところは、共和連邦政府が東西ウィノア政府に加盟を働きかけていた、というのが実情だ。やはりあの規模の経済を有する国家だからな、多少の非人道性には目を瞑っても自分の仲間に加えておきたいという気持は分からないでもない。それでも、一応の建前として、非人道的な兵士の取り扱いをあらためるという条項にサインをさせた。逆に言えば、そういった建前無しに人権を軽視する国家の連邦加盟を認めることは、連邦自身にも出来なかったということだ。無論、ありもしなかった超人兵士達の存在を恐れたという間抜けな事情があるにしても、だ」

「結果として、一番徹底的で根本的な解決策が採られたわけだな」

 

 兵士に対する非人道的な取り扱いが問題だというならば、兵士そのものがいなくなればいいという理屈だ。無論細かいところの事実はそうではないが、外面だけを捕らえて大雑把にいえば、間違えてはいない。

 

「東西ウィノア統一政府の連邦加入が認められたのが、926年。そして、旧ペレストロス共和国、現ヴェロニカ共和国の加盟が認められたのが935年。時間的に見れば、ほとんど同時期に加盟したといってもいい程に接近した時期だ。当然、連邦加盟に求められる基準も近しいものだった。だが、東西ウィノア政府のときはあれだけすったもんだを起こした連邦加入審査委員会は、ヴェロニカ政府については呆れるほどあっさりとその加盟を認めている」

「別に、未加盟の国の全部がウィノアみたいに馬鹿な真似をしてるわけじゃねえだろうし、それが何か不審なのか?」

「お前の言うとおりだ、海賊。だが、当時の審査委員会は、東西ウィノアを一つの悪例ととらえて、未加盟国の加盟条件として、連邦憲章にある人権規定の遵守をまず第一に求めるようになった。今では当たり前のように認められる軽度な人権侵害――文化や宗教観で片付けられるような男女差別にすら彼らは唾を飛ばして抗議した。テロが起きた直後の空港の手荷物保安検査並だな」

 

 ジャスミンは続ける。

 

「ヴェロニカ教は、この宇宙でも珍しい、かなり特殊な教義を持つ宗教だ。そして、この星に住む人々の全員が入信していると言って間違いないほどに教徒の数も多い。その宗教に人権を軽んじる要素があれば、当時の審査委員会が問題にしないほうがおかしい」

「何か、具体的にそういう話があるのか?」

「数えればきりがないが、例えば、極端な断食修行がある。十歳になったばかりの子供は皆、ヴェロニカ教の塾に預けられ、そこで一ヶ月の間の絶食生活を送ることになる。無論最低限の栄養を確保するための食事は許可されるが、それでも食べ盛り育ち盛りの子供達が一ヶ月もの間空腹に悩まされることになるんだ。しかも、その状態で果実がたわわに実る野山に連れ出されて、自生植物に手を出さないよう訓練したりもするらしい。これが人権侵害でなくて、なんという?」

「ただの宗教的な価値観の違いだろう?別に、ヴェロニカ教を抜けたら死ぬっていうわけでもなし、勝手にさせたらいいんじゃねえか?」

「わたしもそう思う」

 

 ジャスミンは淡泊な調子で認めた。

 

「だがここで問題なのは、当時の審査委員会のお偉方がこの事実をどう考えるか、だ。最終的な加盟の可否に影響を与えるかどうかは置いておいて、問題くらいにはなりそうなものだが、議題にすらあがった形跡はない。それに、ヴェロニカ教を棄教したから死ぬわけではないというが、この星のほとんど全ての人間がヴェロニカ教であるという環境を考えれば、教えを捨てるには相当の覚悟がいることは事実だ。我々の認識と同じ感覚で棄教するのは不可能なのだろうし、そういう状況であれば教義のために命を危険に晒す者がいても不思議ではない。実際、あの誘拐事件は、そうした不幸なケースであるはずだ」

 

 あの誘拐事件とは、二人の孫であるジェームスと、リィやシェラが巻きこまれたヴェロニカ事件のことである。あれは、子供を死に追いやられた親の復讐劇であったのだ。

 

「確かに、議題にすら上がらなかったってのはおかしな話だが、あり得ない話とも言い切れないぜ?当時の調査が甘かっただけかも知れねえしな」

「わたしも、それだけなら別に不思議な話ではないと思う。しかし、他にもおかしな点がある。それは、ペレストロス共和国が連邦に加盟申請を出してから承認されるまでの時間だ。これが、他の一般的なケースに比べると、その平均の僅か三分の一という短期間で認められている。これは歴代の最短記録でもあるらしい。関係者はこの異例の速さの承認劇について流石に不審を憶えたようだが、ヴェロニカが辺境の一惑星であり、毒にも薬にもならない国だからだろうと考えて、それ以上の問題にはならなかったらしい」

「なるほど。さっきの話と合わせて考えると、どうにもおかしな具合だな。まるで誰かが、ヴェロニカの連邦加盟を急がせたような、そんな節があるぜ」

 

 ケリーの言葉に、ジャスミンは頷いた。

 

「わたしもそう思い、当時の記録を洗ってみた。すると、一つの国が、ペレストロス共和国の加盟を、密かに、しかし強力に後押ししているような形跡が見受けられた。ペレストロス共和国が異例の速度で連邦に名を連ねることが出来たのも、その過程で些細な人権問題が議題に上がらなかったのも、その国の威光があったのではないかと思っている」

「どこだ、それは?」

「エストリア」

「エストリアぁ?」

 

 流石にケリーも目を向いて、ジャスミンの顔を見た。

 だが、どこにも冗談を言っている様子はない。そもそも、こういう場で冗談をいうほど面白みのある性格でもないはずだ。

 ケリーは、擦れたような声を絞り出した。

 

「なんで、連邦加盟国の中でも一、二を争う超大国様が、言っちゃ悪いがこんな辺境国の連邦加盟を後押しするんだ?」

「わからない。ただ連邦議会の中で自分達の傀儡になってくれる国を探していたのか、それとも他に意図があったのか。どれだけ調べても、エストリアがペレストロス共和国を連邦加盟させることで何らかの利益を受け取っていたようには思えないんだがな」

「ふぅん……」

 

 ケリーは面白そうに呟いて、黙り込んでしまった。

 想像だけなら、どのように触手を広げることも可能だ。しかし確たる証拠もない以上、今はどのような議論も無意味だろう。

 だが、ケリーの中では一つの可能性が鎌首を擡げていた。ひょっとすると、最近のヴェロニカの外国人排除――というよりは異教徒排除の極端な姿勢も、全てはそこに行き着くのではないだろうか。

 

「なぁ、女王。実は俺も、少しあんたに聞いてもらいたいことがあるのさ」

「なんだ、海賊」

「俺も、この星については色々調べてみたんだが……どうやらこの星も、遺伝子操作やら品種配合やらで、生き物の設計図を弄くり回すのが好きな連中が多いらしいな」

 

 ジャスミンはさっとケリーの琥珀色の瞳を覗き込んだが、何も言わず、話の続きを促した。

 

「もっともこっちは、超人兵士の製造のためじゃなくて、教義を守るために植物の遺伝子を弄くってるらしいがな」

「ああ、それは知っている。確か、栽培植物だけを食べても栄養失調を起こさないよう、各種栄養分に富んだ作物を作るために発達した技術だと聞いているが……」

「そこなんだが、おかしかねえか?」

 

 ケリーは首を傾げていた。

 

「もし最初から、それだけ食ってりゃ全ての栄養分が足りる、そんな便利な野菜が身の回りにあって、その上で栽培作物以外の自生してる植物も動物性タンパク質も摂っちゃあいけませんって教義が出来たなら納得だ。だが、ヴェロニカ教はその反対だろう。最初に教義ありけりで、そのあとで教義のために便利な野菜を必死で作り上げた。遺伝子を弄くって、無理な品種改良までしてな。だからこそ品種改良技術が発達して、それを他国に売り出せるまでになったんだ。なら、その改造作物が完成するまでの間、この星の人間は何を食ってたんだ?」

「それは……」

「大人はまだいいさ。だが、母親の乳以外、どんな動物性タンパク質も駄目ってことは、卵も牛乳も、それに由来する栄養剤も駄目ってことだろう。育ち盛りのガキ共は間違いなく栄養失調を起こすぞ。極端なベジタリアンが一人や二人って話じゃない、国全体がそうなんだ。健康問題は、国の生産力に直結する大問題だぜ。そんな問題を抱えた国が、どうして今も存在していられるんだ?」

 

 ジャスミンは、少し考えてから、言った。

 

「教義が途中で変わった?」

 

 珍しいことではない。神の教えとは絶対不変のものではなく、時代の移り変わり、信者の考え方の移り変わりによって変貌していくものなのだ。ならば、如何に厳格を体現したようなヴェロニカ教の教えとはいえ、どこかでかたちを変えていないとは限らない。

 ケリーも、ジャスミンの意見に賛同するように頷きながら、

 

「俺もそう思う。でないと辻褄が合わない。ヴェロニカ教は、どこかで必要に迫られて、ありとあらゆる栄養素を含んでいるっていうお化けみたいな植物を作り出したが、それまではいわゆる普通の人間と同じようなものを食べていた。それとも、あの教義ももう少し箍がゆるくて、例えば四つ足の生き物を食べてはいけないだけとか、生き物は駄目でも卵や乳製品は大丈夫とか、もう少し人間様に優しい教えだったんだろうぜ」

「そんな記録は残っているのか?」

「いや、連邦加盟を果たしたあとに教義が変わったとか、そういう記録は一切残っていない。加えていうなら連邦未加盟だった頃の文献も調べたが右に同じくだ。もっとも、そっちのほうは信憑性に些か難あり、だがな」

 

 ジャスミンは頷いた。ケリーの言うとおり、連邦未加盟の辺境国家だったころのペレストロス共和国であれば、情報操作は思いのままだ。大昔の焚書坑儒ではないが、自分達に都合の悪い情報を揉み消す程度児戯に等しかっただろう。

 

「だからどうっていうわけじゃない。別にこの国の人間が肉を喰おうが野菜を食おうが、俺はどうだっていいんだ。だが、少し気になってな」

「ああ。この国は、どこかおかしい。歪だ。問題は、その歪みがどうして生じたか、どうして歪ませる必要があったのか、だな」

「そして、その可能性があるものを、俺達は知っている。最後に付け加えりゃあ、あの事件だって変だぜ」

「あの事件?」

「孫チビどもが誘拐された事件さ」

 

 ジャスミンは、頷いた。彼女も、リィやルウ、あるいはアーサーから、事件の解決編ともいうべき連邦大学人権審議委員会の顛末は聞かされている。

 

「あの事件の真犯人だったバックス船長――本名はエリック・オーデンっていうらしいが、その男は偶々、本当に偶然に見つけたあの星を誘拐劇の舞台に選んだわけだ。だが、未登録居住用惑星を見つけるのは宝くじの一等に五回連続当たるよりも難しい確率だぜ。手練れのトレジャーハンター達が目の色を変えて、人生そのものを賭けて探してもその程度の確率なのに、どうしてそのオーデンって男だけ、そんなに簡単にあの星を見つけられたんだろうな?」

「それだけじゃないぞ、海賊。あの星を偶然見つけたのは、少なくともあと二人はいる。わたしの父と、トリジウム密輸組織の誰かだ」

 

 ケリーは頷いた。夜風が少しだけ、冷たくなったようだった。

 

「合わせて三人の人間が偶然にあの星を見つけたことになるな。三人の人間が、とんでもない幸運に恵まれてあの星を見つけたってわけだ。これは果たして偶然か?」

「偶然も、三度続けば必然だ」

「お前の親父さんは別もんさ。なにせ、あのマックス・クーアだ。俺は、今更あの男が見つけた未登録居住用惑星が山と出てきたって、別に驚かねえな」

「それは困る。たいへん困る。そんなにたくさんの星が見つかったら税金の支払いが大変だし、全てに女性の名前が付けられていたりしたら、わたしの父親は世紀の女殺しとしての名を後世に残すことになるんだぞ。それは娘として、流石に肩身が狭い」

 

 ジャスミンの言葉に、ケリーは笑いを溢した。

 

「いいじゃねえか。世紀の女殺し、男にとっちゃあ万の勲章よりも遙かに光栄な異名だ。あの世のマックスも、さぞかし鼻が高いだろうぜ」

「混ぜっ返すな。だが、お前の言いたいことはよく分かる。未登録居住用惑星という貴重なものを偶然に複数の人間が見つけたならば、そこに何らかの法則性を見いだすべきだ、というのだろう」

「マックス・クーアっていう希代の冒険家は置いておいて、オーデンって男とトリジウム密輸組織には、どこかに共通項があるんじゃねえかと思う。無論、オーデンが密輸組織の一員だったってのは無しだ。当然、警察だってまずその線を疑っただろうからな。ブレインシェーカーまでかけておいて何も出なかったなら、そりゃあ無関係だったんだろう」

 

 例のトリジウム密輸事件の関係者に対してだけでなく、別の事件の容疑者であったオーデンに対してまでブレインシェーカーがかけられたというのは、ほとんど公然たる秘密であった。

 ブレインシェーカーは、対象者のプライバシーを極度に侵害することから、殺人をはじめとした凶悪犯罪か、それともテロなどの広域犯罪、もしくは物言わぬ死体となった被害者に対してしか使われないよう、法律によって厳しく制限されているのだ。

 トリジウム密輸事件といえば、もちろん重大な犯罪ではある。犯人達にブレインシェーカーが使われるのは当然のことであったが、直接の関係者でなかったオーデンにまでブレインシェーカーをかけその記憶を探るあたり、捜査関係者は必死になってトリジウム密輸組織を――ひいてはその調達源になっているであろう秘密トリジウム鉱山を探そうとしているのだろう。

 

「では、他のどのような法則性を見い出すことができるというんだ」

「分からねえ。だが、オーデンは惑星ヴェロニカ出身だぜ。この星を出て宇宙船乗りをしてたんだ、よくあることだが、得意な航路は生まれた星の近くだったんだろうぜ。当然、ヴェロニカ経由の交易路を多く飛んだだろうな」

「なるほど、そういうことか。そしてトリジウム密輸組織については……」

 

 そこで、はたと気がついた。

 

「海賊、お前、例の石はどうした?」

「例の石?それなら、ポケットに……あれ?」

 

 ケリーが、ズボンのポケットをまさぐって、素っ頓狂な声を上げた。

 すぐに、ジャケットの胸ポケットや脇ポケットなどを上から叩く動作をしたが、どこにも目当てのものはなかったようだ。

 

「女王。例の石をどうした?」

「わたしが聞いているんだ、馬鹿者!」

「えーと、どうしたっけな。どっかに落としたか?」

 

 珍しく慌てた様子の夫に、ジャスミンは深く溜息を吐き出した。

 

「……さっき、お前の膝の上に座っていた女の子に、渡しっきりになっていなかったか?」

「おお、そういえば!」

 

 ぽん、と掌を叩いた。確かに、あの少女が興味深げに赤い小石を眺めていたのを、ケリーも憶えている。

 そして、そのあとに石を返してもらった憶えはない。ということは、あの石は今も少女の持ち物となっているのだろう。

 

「どうするかね、別に無くなって困るものじゃないんだが」

「我々はそうだ。ホテルに帰れば、他にもいくつか石はあるからな。だが、ウォルの方が困るだろう。あの子は、そこらへんはきっちりしていると思うぞ。もしかしたら、この広い星で我々を捜して走り回るかも知れない」

「そいつは不味いな。よし、いったん店に戻ろう」

 

 なんともバツの悪い話ではあるが、仕方ない。

 二人は踵を返し、再び例の酒場のある区画へと向かった。

 行きと違って、既に一度通っている道である。歩調も早くなろうというものだ。

 だが、しばらく歩いて、二人の表情が少しずつ強張っていった。

 理由はない。少なくとも、言語化出来るような不審はないはずだ。

 だが、何かがおかしい。さっき通ったときとは、空気が違う。

 二人は、お互いが同じ思いでいることを、言葉ではなく目で確かめ合った。

 結論は、やはり同じ。

 同時に駆けだした。

 

「海賊、何か見つけたか!?」

 

 全力疾走しながら、ジャスミンが、低く押さえた声で叫んだ。

 闇夜にはほとんど響かない、しかし対象者の耳にははっきりと届く、独特の発声法だ。

 ケリーもそれに応じて、

 

「武装した兵士が、あちこちに待機してやがる。ここからは歩こう。あまり目立つ動作をすると、目をつけられるぞ」

 

 悔しそうな表情でジャスミンは立ち止まり、それから歩き出した。

 そっと、ケリーの腕に手を回す。夜道を歩く夫婦という設定ならば、少しくらい親密な様子を作っておいた方がいい。それに、密着しているほうが秘密の会話には便利なのだ。

 

「規模は?」

 

 ジャスミンの質問は、ケリーの義眼を信頼してのものだ。

 ケリーも良く応えて、

 

「分隊規模のチームが、おそらく二つか三つ。装備からいって、対テロリスト殲滅専門の特殊部隊だ」

「特殊部隊だと!?まさか、この国の正規軍のか!?」

「ああ、腕章が正しいものなら、どうやらそうらしいな」

「……目的は?何故、こんな裏びれた場所に特殊部隊を、三チームも展開させる必要がある?」

「ダイアン、連中の通信は拾えるか?」

 

 ジャスミンの髪を撫でるふりをして、左手首を顔の高さまで持っていき、そこに巻かれた通信機に向けて話しかける。

 返答は、早かった。

 

『……冗談じゃないわね。奴らの目的は、金の天使さんの婚約者、ウォルって子の身柄の確保。そのために邪魔な障害物は積極的に殺害し排除することって、まるきり扱いが凶悪テロリストの親玉よ!?あんな可愛い子に何するつもりよ、この人達!』

「一応聞いとくが、ウォルがこの国で指名手配されてるってことはないか?」

『もちろんよ!この国は勿論、共和宇宙連邦加盟国のどんな辺境国にだって、あの子の犯罪歴はおろかも補導歴も残ってないわ!』

 

 そんなことを一瞬で調べられること自体信じがたいことなのだが、いまさらケリーは相棒の情報収集能力を疑ったりはしなかった。

 つまり、ヴェロニカ共和国は、犯罪者の取り締まりとはまったく関係のないところで、ウォルの身柄を力尽くで確保しようということらしい。

 

「どういうことだ、海賊。なぜヴェロニカ共和国がウォルを手に入れようとしている?まさか、我々も巻きこまれた、惑星セントラル星系爆破未遂事件の絡みか?」

「それはねえだろう。あの事件の関係者は、天使から、触らぬ神に祟り無しって教訓を嫌って程に叩き込まれてるはずだぜ。今更その政府関係者が動くとは考えにくい。第一、ウォルがリィの婚約者だって、今の時点で知ってる人間がそれほど多いとは思えねえ。俺達だって今日知ったばかりなんだぜ?」

「では一体……いや、そんな詮索はあとでいい。今我々のするべきことは、ただ一つだな」

 

 ジャスミンの瞳が、青みがかった灰色から、煌びやかな金色に変じた。

 この女性が、戦う獣へと変貌した証左である。

 ケリーの琥珀色の瞳にも、揺らめくよう熱が宿る。

 

「あーと、すみませんねぇ、ここから先は通行止めなんですよ」

 

 へこへこと頭を下げながら、背の低い男が二人、ケリーとジャスミンの前に現れた。

 共に、建築作業員のような、ぼろぼろの服を纏っている。

 だがケリーの義眼は、彼らの懐に、一般人が持ち歩くには少々物騒な鉄の塊を見つけていた。

 ケリーは、むしろ当然という素振りで、ほんの少しも慌てることなく男達に合わせて話す。

 

「それは困ったな。あっちのほうにある店の中に、忘れ物をしてしまったんだが」

「へぇ、ほんとにすんませんね。ここから先で、人が通るには少し危険な作業をするもので。今日のところは諦めてやってくれませんか」

「無理を言うつもりはないんだが、明日の仕事にどうしても必要なものなんだ。なんとか通してくれないか?」

「それはちょっと……」

「わかった。では、君達に、私の代わりに取ってきてもらうというのはどうだろう。別に、値の張るものではないのでね、私が直接行かなくても大丈夫だろう」

 

 男達は、目を見合わせた。

 これ以上、こんなところで押し問答するのも馬鹿らしいと思ったのか、一人が面倒臭そうな声で、

 

「わかりました、ではどんなものをお探しで?」

「こんな、小さな赤い小石なんだがね。きっと店のマスターが預かってくれているはずだ。私以外の人間が受け取りに行くことは、電話しておくよ」

「店と。その店の名前は?」

 

 ケリーは、僅かに考え込むふりをして、

 

「そうだな、確か秋芳酒家といったかな」

「何?」

 

 その言葉を聞いて、男達の顔色が変わった。なにせ、それは捕獲対象である少女が働いている店なのだから。

 邪魔者を追い返そうとしていた男達の目の色が、僅かに変わる。そして、不審者に変貌した男女を詰問しようと、口を開きかけた。

 だが、それよりも、ケリーとジャスミンの拳のほうが早かった。男達はきれいに顎を打ち抜かれて、膝から崩れ落ちた。変事を味方に知らせる暇は無かったはずである。

 いくら大人数を投入しているとはいえ、一つの持ち場に割ける人員には限りがあるし、こちらが女連れだと油断したのかもしれない。

 とにかく、好都合ではあった。

 

「ダイアン、連中は気付いたか?」

『今のところ大丈夫。でも急いで。もう作戦開始のカウントダウンが始まってる!』

 

 ケリーとジャスミンは、建物の陰に隠れるようにして駆けた。

 やがて、十秒と待たず、遠くに見える建物から、聞き馴染みのする大きな音が響いてきた。

 特殊部隊が屋内突入時によく用いる、閃光手榴弾の発する轟音だった。

 光は届かない。地上階へ突入したのであれば、どこかの窓から光が漏れ出すものだ。つまり、特殊部隊は地下階に突入した公算が高い。

 つまり、ウォルのいる酒場だ。

 

「急ぐぞ、海賊!」

 

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