懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他)   作:shellfish

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第四十八話:IN THE ABYSS 2 そして少女は穢された。(15禁)

 【注!かなり生々しい暴力描写があります!】

 

 古い石造りの廊下を、ルパートは、うきうきしながら歩いていた。

 これほど心浮き立つのはいつ以来だろうか。記憶の頁を可能な限り遡ってみたが、今ほど、この陰気な廊下が長く、そして華やいで感じたのは初めてだ。

 まるで、花嫁を伴ってヴァージンロードを歩いている新郎のようではないか。

 いや、違う。僕は今から、その花嫁を迎えに行くのだ。

 壁のそこかしこに凝った意匠の燭台が設置され、弱々しい灯りで廊下を照らしている。

 外はまだ日の差す時間だというのに、ここは太陽から見捨てられている。

 地下深く、地上の光はそこに届かず、そこに縛り付けられた者たちの悲鳴は地上に届かない場所。

 ルパートは、この世界の王であった。

 外の星からやってきた旅行者、一連の政変でこの星に居場所を失った政治家達とその取り巻き連中、憂国ヴェロニカ聖騎士団の喜捨の誘いを無碍にした者たち。

 つまり、この星において生きる価値を有しない、人以下の人。

 彼らの、娘達。あるいは、単純にルパートが見初めた娘。

 ルパートは、生き場のない少女、あるいは幸運にも彼自身のお眼鏡に適った少女達を、大いなる慈悲をもってここに匿っているのである。

 衣食住を保証し、一切の金銭を要求せず。

 例えば無慈悲な養護施設のように、期限を設けてその日には寒空のもとに放り出すわけではない。

 ただ、ほんの少し、彼の趣味に付き合ってもらうだけ。

 それだけのことで、彼女達はこの世に生きることを許されるのだ。対価として、これほど安いものもないだろう。

 ルパートは、そう思っている。

 そう思いながら、陰気な廊下を、一歩一歩、歩いていた。

 かつん、かつん、と、ぴかぴかに磨き上げた革靴が、固い石床とぶつかって小気味の良い音をたてる。石壁にぶつかって反響を繰り返し、自分の存在を全ての少女達に知らしめていることだろう。

 さて、彼女達は元気だろうか。元気がないと興ざめだ。狩りの獲物は、できるだけ生き汚く生にしがみつき、最後まで足掻き続けてもらわないといけない。そうでないと、ちっとも面白くない。

 自殺など、以ての外だ。

 少し心配になったルパートは、鉄製の扉の前で立ち止まり、小さな窓から中を覗いてみた。

 そこには、いとけない少女の群れがいた。

 歳の頃は、第二次性徴が始まり、ようやく大人の入り口にさしかかった程度の年齢の者がほとんどだ。

 少年と見紛うばかりの体つきの少女、ようやく身体に丸みを帯び始めた少女、発育した身体と無垢な顔つきがアンバランスな少女。

 ルパートが、もっとも美しいと思う、女性の理想像。食べ頃、旬、脂の乗った肢体。

 どうみても男性を受け入れるには尚早な少女達を、ルパートは愛していた。だから、彼女達の耐用日数は、熟れすぎて腐りかけの女どもよりも、遙かに長い。

 その少女達が、卑屈に笑いながら、自分を見上げていた。

 飼い犬のように首輪を巻かれ、けだもののように裸に貶められ、生け贄のように処女を奪われた少女達が、その加害者に対して媚びへつらいながら微笑んでいる。

 本心であるはずがない。彼女達は、きっと自分のことを、地獄の最下層に叩き落としてもまだ飽き足らないほどに憎んでいる。

 それがいい。その無念が、何より彼女達を輝かせ、ルパートの嗜虐心を満足させてくれる。

 赤毛の青年は、一度満足げに頷くと、小窓を閉じて再び歩き始めた。

 かつん、かつん。

 かつん、かつん。

 遠くで、ざわざわと声がする。

 神に救いを求め、父母に助けを求める声。運命を怨嗟する声。

 だが、靴音が近づくにつれて声は少しずつ小さくなり、扉の前に立った時には完全な静寂に変わる。靴音が少しずつ遠ざかると、安堵の溜息と己が身と運命を呪う啜り泣きが聞こえ始める。

 どの扉も、量って切り取ったように同じだった。

 ルパートは、片頬をゆがめて嗤った。きっと今日の生け贄を免れた少女達は、存在もしない神に感謝しているのだろうか。それとも、自分達をかかる目に陥れた神を恨んでいるのか。

 どちらにしても滑稽なことだ。今日、少女達で遊ばなかったのはルパートの気まぐれであり、彼女達をここに招待したのもルパートの気まぐれである。

 いや、違うか。

 つまり、自分こそが神なのである。あのいたいけな少女達は、自分をこそ神だと崇め畏れている。

 それは正しい認識だと、ルパートはどんどん気分が良くなった。

 青年は、歩く。少女達の絶望を、一時の安堵を、極上のワインよりも芳醇に味わいながら。

 かつん、かつん。

 かつん、かつん。

 そして辿り着いた。

 この地下階の一番奥の部屋。彼の、一番のお気に入りたちが大事に仕舞われた、おもちゃ箱。

 ルパートは逸る指先ももどかしく、仕立ての良いジャケットの内ポケットから鍵束を取り出した。

 選んだ鍵を、錆びた鍵穴に差し込む。

 きちり、と小さな音をたてて、錠は解き放たれる。

 

 ──これでようやく、あの少女を自分のものにできる。

 

 ──めちゃくちゃに犯し、痛めつけ、自分が自分以外の所有物であることを分からせてやる。

 

 ──そして、僕の子供を生む栄誉をくれてやろうか。

 

 鉄製の頑丈な扉を、一気に開く。

 男と女の体液が饐えて発酵した臭い、肉の腐った臭い、様々な臭気が鼻を刺すが、今のルパートにはほとんど気にならなかった。

 

「こんにちは、僕のかわいい天使達。今日のご機嫌は如何かな?」

 

 意味のない台詞を口にしながら、しかし彼の意識は喉に注がれていない。

 ただ、自分の花嫁となるべき少女を、刹那でも早く見つけること。もしもあの写真が作り物で、自分が騙されていたのならば、今日の贄となった少女はこの世で最も惨たらしい辱めを受けることになるだろう。

 ぐるりと部屋の中を見渡す。

 怯え蹲りながら、それでも必死に笑顔を浮かべた少女達。既に壊れて、感情を表すことさえできない少女達。四肢をもがれて、もぞもぞと蠢動する少女だったもの。

 自分の作り上げたソドムを睥睨したルパートの視線は、部屋の一点で留まり、そこから動くことはなかった。

 壁に背を預けた姿勢で地べたに座り、自分を見上げる少女。

 ルパートは、そこに太陽がいるのだと思った。

 格好は、他の少女達と何ら変わるところがない。生まれたままの姿に貶められ、剥き出しになった素肌。他者の所有物となった証でもある、無骨な首輪。

 ただ一点、手枷と足枷が填められていることだけが、違うといえば違うだろう。それは、少女がここに囚われて日がないことを示している。ここに囚われて長くルパートの寵愛を受ければ、逃げる気力は根刮ぎ奪われてしまい、手枷や足枷など必要でなくなるからだ。

 怯えないはずがない。ここはどこだと、あなたは誰だと、甲高い悲鳴を上げて泣き叫ぶのが普通であり、ルパートのサディズムを程よく満足させてくれるはずなのに。

 その少女は、暗闇の中でもなおそれと分かるほどに深い、漆黒の瞳でルパートを見ていた。じっと、無表情に凪いだ瞳で。

 どこにも、怯えの色がない。困惑の色もない。神であるはずの自分を、遙か高みから見下ろしているように、じっと、無価値なものを見るように。

 ルパートは、悟った。

 これは、あの写真の少女とは別人だ。

 違う。例え同一人物であったとしても、この輝きを、高貴さを、紙片などに押し込めようはずもない。

 目も眩むような美しさは、擬態でしかない。この少女の本質は、その更に奥、この瞳の裏側にこそ存在するのではないだろうか。

 ルパートは、物理的にそこを覗きたくなる欲望と戦わなくてはならなかった。なに、焦ることはない。眼窩の奥に何があるかを確かめるのは、この美しい身体に穿たれた全ての穴の奥底を覗き尽くし、味わい尽くした後でもいいのだから。

 

「はじめまして、ウォル・ヴァレンタイン嬢。僕の名前はルパート・レイノルズ。今日から僕が、君のご主人様ということになるかな。まぁ、僕たちの付き合いが長いものになるか短いものになるかは君の心がけ次第だけれど、とりあえずよろしく頼むよ」

 

 ルパートの軽々しい言葉にも、ウォルという、まるで男のような名前の少女は一切反応を示さなかった。

 ただ、じっと、ルパートを眺めている。

 恐怖を誤魔化すために不必要に傲慢を装うではなく、もちろん野兎のように怯え疼くまるでもない。

 きっと、いつもと変わらない、普段通りの視線で自分を見ている。

 その、気高い有様!

 今までの獲物とはひと味もふた味も違う。

 いいじゃないか。それでこそ、僕の花嫁に相応しい。

 この女が、心底僕に屈服し、這いつくばりながら慈悲を乞う姿は、どれほど痛ましく、美しいだろうか。

 ルパートは、粘着質な唾液を絡ませた舌先で、唇を舐めた。

 

「ここのルールは、隣のお友達に聞いたかな?」

 

 ルパートの視線を受けて、ウォルにしがみつきながら震えていた少女が、口元だけを必死に笑みの形に変えた。

 なるほど、中々頭のいい娘だ。

 気に入った。近々、精一杯に遊んであげるとしようか。

 

「聞いていないなら教えてあげよう。ここでのルールはたった一つ。僕の命令に逆らわないこと。簡単だろう?」

 

 ルパートは、あらためてウォルの身体を睨め回した。

 石壁に背を預け、足を投げ出して座り込んだ姿勢。

 黒絹が如く滑らかな黒髪に彩られた肢体は、一度だって太陽に当たったことがないように白く、美しい。

 肌は冗談みたいにきめ細かく、ほくろや面皰はおろか、一筋の皺すら存在を許されていないように滑らかだ。

 両腕を身体の後ろで拘束されているため、自然と大きく胸を張り出した体勢になるが、それでもなお慎ましく小振りな胸は青い果肉の水蜜桃のよう。

 くびれを感じさせない腰周りは、少女の身体がまだまだ発育途中である証拠である。だが、この少女が五年後にどれほど美しい女に変貌するかは、賭博の対象にすらならないほどに明白すぎる事実であった。

 そして、太股の付け根の三角地帯は、処女雪に埋め尽くされた雪原よりも滑らかで、産毛の一本すらも生えていない。

 この少女の女が、たとえ一度だって男を受け入れたことがないのは、明らかである。

 いいじゃないか。そうでないといけない。他の男に汚された中古品なんて、こちらからお断りだ。

 ルパートは、ぐびりと生唾を飲み込んだ。

 そして何より彼の情欲の火を煽ったのは、無遠慮な男の視線で穢されても恥部を隠す素振りすら見せない、少女の潔癖さだ。

 うん、いい。

 すごく、いい。

 自身の分身に血液が流れ集まっていく感覚を、ルパートは楽しんでいた。

 

「とにかく、僕たちはきっとうまくやっていけるはずだ。そして、素晴らしい信頼関係は、まずは挨拶から始まる。そうだろう?」

 

 かつん、かつんと、威圧的な靴音も高らかに、ルパートは部屋へと踏み入った。

 悲鳴を飲み込む音が、部屋のあちこちから聞こえる。 

 これで、今日の生け贄がこの部屋から選ばれることが決まってしまったのだ。例えそれが自分ではなかったとしても、自分の知る誰かが、人の姿を止めてしまう。

 そして、もしも自分だとしたら。

 絶望が、部屋の空気を染め上げた。

 

「僕はもう、君に対して挨拶を済ませたよ。だから、次は君の番だ。それとも、人から挨拶をされたら挨拶を返しなさいと、ご両親や学校の先生に教わらなかったのかな?」

 

 仕立ての良いスーツで身を固めたルパートは、全裸のウォルの前にしゃがみ込み、その頬に手を伸ばした。

 噛み千切られるかと思わないこともない。この少女は、屈強な男達を幾人も相手取り、病院送りにしている。自分を攫った男の指を噛み千切るくらいの気概はあるだろう。

 それもいいと、ルパートは思った。この少女の愛くるしい口に食いつかれ、栗鼠のような前歯で指を断たれれば、それは苦痛よりも快楽をもたらしてくれるはずだ。

 夢心地で差し出された掌は、しかし何事もなく少女の頬に辿り着く。

 その、蠱惑的な感触!

 吸い付くような肌とはよく言う表現であるが、そうではない。吸い付くのではなく、手放したくないのだ。いつまでもその肌に触れていたくなる、その肌を貪りたくなる。

 ルパートは、少女の頬を撫で回し、存分にその柔らかさを堪能した。そして指先を伸ばして、桜色の唇に触れる。

 唇は、柔らかく作ったグミのような感触だった。きっと舌先で味わえば、グミよりも芳醇で、甘い味がするに違いない。それともこの唇に銜えさせれば、どれほど柔らかく包み込んでくれるのだろう。

 ルパートは、少女の唇を犯すように、何度も何度も愛撫した。軽く押しつぶし、その弾力を確かめる。横になぞり、指先をねじ込み、口腔の暖かさを味わう。

 それでもウォルという少女は、身動ぎ一つしない。

 ただじっと、自分を見ている。

 いや……。

 違う。見ているのではない。

 観ている。観察している。眺めているのだ。

 目の前の男の価値を、推し量っている。

 これは、そういう視線だ。

 

「……良い子だから、言ってごらん。『はじめましてご主人様、わたしはあなたの雌犬でございます。これからたっぷりと可愛がってくださいませ』ってさ」

 

 更に気分を良くしたルパートが、猫なで声で言った。

 それは、今までこの城の地下に連れてこられた少女の全てに、彼が要求した服従宣言である。

 当然のことであるが、最初からその言葉を進んで口にした少女は誰一人いなかった。しかし、一日と経たないうちに、少女の誰しもがその言葉を口にしていた。目を赤く泣き腫らし、口元を屈辱に戦慄かせながら。

 だが、ウォルは何事も言わず、じっとルパートを見つめている。

 これはいい。間違いなく、最高の獲物だ。そして、これからも彼女以上の獲物は、絶対に見つからないという確信がある。

 この少女は、僕の花嫁だ。絶対に、誰にも渡さない。彼女自身にさえ。

 だが、それはルパートにとって、この少女を大切に扱うとか、慈しむとか、そういう感情を呼び起こしはしない。むしろ、どうやってこの少女の気概をへし折り、恥辱に噎び泣かせてやろうかと、挑戦心を掻き立てられるのだ。

 だからこそ、一番最初の邂逅は、何よりも重要だ。ここで彼我の力関係を、飼い主と愛玩動物という位置関係をはっきりさせておかなければ、後々の調教に差し支える。

 ルパートが、今度は少し険を含んだ声色で、少女に向かって言った。

 

「あまり強情にならない方がいい。この世界には、意地を張ったって仕方のないことが山とあるんだ。君だって、鞭で打たれたり焼きごてを当てられたり、手足の一本を失ったりした後で僕のペットになるよりも、綺麗な身体のままペットになるほうがいいだろう?僕も、そんなに酷いことはしたくないんだよ」

 

 心底困ったふうに眉を寄せた青年に、自分こそが全ての元凶であるという後ろめたさは微塵も存在しない。ただ、目の前で口を噤む少女の強さ、あるいは愚かさに、あきれ果てているように見える。

 それでも少女は、じっと押し黙っていた。

 恐怖に口が動かないわけではあるまい。彼女は、はっきりとした意志をもって、この世界の王である自分に刃向かっているのだ。

 仕方ない。この美しい身体を無碍に傷つけるのは気が進まないが、この強情な娘には自分の立場というものを分からせてやる必要が──

 

「一つだけ、問おう」

 

 ルパートが、彼の引き出しに収められた無数の拷問方法のうち、肉体的負担の軽いもののいくつかを思い浮かべていた、その時である。

 初めて、その少女の声を聞いた。

 想像通り、凜と固く、硬質で心地よい響き。美酒で満ちた銀製の杯の中で氷が崩れたような、澄んだ音色。そして、その奥に秘められた魂の輝き。

 ああ、この声を甘やかに染め、男の情けを乞い願う爛れた女の声に染め上げてみたい。

 

「……いいだろう。これは最初だからね、特別だ。でも、本当は、奴隷がご主人様に勝手に質問をするなんて、とんでもない無礼だ。それくらい、分かっているよね?」

 

 ルパートの言葉には一切の興味を示さず、黒い瞳の少女は、その部屋を作る石壁よりも遙かに無機質な言葉を口にした。

 

「貴様は、どうして年端もいかない少女を痛めつけるのだ」

 

 ルパートは、今まで聞いたことのない言語を聞いたように、目を丸くした。

 そして、呵呵大笑に笑った。城の地下全体にこだまするほどの哄笑であった。その声を聞いたウォル以外の少女の幾人かが、あまりの恐怖に失神した。

 息も絶え絶え、目元に溜まった涙を形の良い指先で拭いながら、赤毛の青年は答える。

 

「そ、そうだね、そんなこと、今まで考えてみたこともなかったよ」

 

 笑いを収めたルパートは、腕を組み、真剣に考える。

 どうして、自分は少女を好むのか。少女のあどけない表情が、恐怖と絶望で歪むのを好むのか。少女の幼い四肢を切り刻み、人以外のかたちに変えていく作業に心躍るのか。

 考えてみると、どうにも不思議だ。それは、人が嫌悪感を覚える行為のはずなのに。

 ルパート・レイノルズの記憶は、自分のご機嫌とりをする大人たちの、卑屈極まりない笑顔から始まる。

 幼心に不思議であった。自分より大きく、年も遙かに上の大人が、どうして自分のご機嫌を伺うのか。

 その答えを得たのはしばらく先の事であったが、それでも、一つだけ理解した。

 自分は、偉いのだ。だから、周りの人間の全てが、自分を恐れているのだ。

 しかし、ルパートは頭の良い子供であった。自分の理解が誤っている可能性も考慮して、一つの実験を行った。

 とあるパーティの最中、大人たちの一人の顔に、オレンジジュースを思い切りぶっかけてやったのだ。

 普通の人間であれば、怒る。顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげるだろう。ひょっとしたら、いくら相手が幼子とはいえ、手を挙げることもあるかもしれない。

 もしも自分がそういう目に合うならば、偉いといってもたかが知れている。大人しく生きていこう。

 しかし、櫛のしっかり入った頭髪と上等のタキシードをルパートのイタズラでべたべたにしたその大人は、怒りに顔を赤らめはしたものの、無理矢理な笑顔を作ってルパートを軽く窘めただけで、それ以上のことをしなかった。

 いや、できなかったのだ。

 自分が偉いから。自分が怖いから。

 なるほど、そういうものか。

 ルパートは理解した。

 周囲の大人は、容易く自分を怒ることが出来ないのだな。

 頭の良い彼は、実験を重ねることで、自分の理解を確信へと近づけていく。

 使用人の子供を、手ひどく痛めつけてみた。馬乗りになって殴りつけ、長い髪の毛を毟り抜き、両親が見たって誰かわからないような顔にしてやった。

 それでも、自分は許された。病院に運ばれた子供の両親は、ルパートと彼の父親に向かって頭を下げ、私達の娘がぼっちゃまにご迷惑をおかけしましたと謝ったのだ。

 どれほど悔しかっただろう。どれほど無念だっただろう。

 しかし、自分は怒られなかった。

 ああ、なるほど。ここまでは許されるのだな。

 ルパートは理解した。

 学校で、一人の子供を徹底的にいじめてやった。彼の積み上げてきた人生を否定し、全人格を否定してやった。暴力こそ振るわなかったが、だからこそ暴力以外で人間がどこまで壊れるのか、実験のつもりだった。

 しばらくしてから、彼女は学校に来なくなった。ほどなくしてその少女の死体が河から引き上げられたというニュースを聞いた。

 果てして今度はどうなるか。ルパートは、むしろ心をときめかせながら周囲の人間の反応を待った。

 誰も、ルパートを叱ることはなかった。

 彼女の死に、ルパートは直接関わっていない。しかし、彼女を自殺に追いやったのは、間違いなく彼の行いである。

 だが、ルパートは許された。誰も、彼を罰することはできなかった。

 ルパートは、実験を繰り返す。そして、実験の結果をどんどんと積み上げていく。

 彼にとっての他人は、全て実験の対象でしかなかった。それも、どういう扱いをしても文句の一つも言わない実験動物であり、どれほど手ひどく壊しても簡単に換えのきく生き物だった。

 特に女がよかった。男は、一度壊れてしまえばそれまでだったが、女は、壊れてしまった後でもそれなりの楽しみようがあった。

 最後は女衒に売り渡せば、小遣い稼ぎも出来た。

 恋人とやらの愛情がどれほど確かなものなのか、興味を持ち、実験を試みたこともある。街ゆく男女を同時に拉致し、縛り上げた男の前で、女を犯してみた。泣き叫ぶ女を、顔の形が変わるくらいに殴りつけ、その様子を男の網膜に焼き付けてやった。

 それでも愛情というものは絶対なのか。男は女を許し、女は男を許すことができるのか。

 結果は、惨憺たるものであった。実験の母数に等しいだけの恋人達が、何らかの形で破局を迎えた。それは女の自殺である場合もあれば、男の自殺である場合もあり、単純に別離を選んだだけの場合もあった。

 とにかく、ルパートの実験の数だけ他者は不幸になり、しかし彼は一向に罰せられることはなく。

 そして、最終的な結論にたどり着く。

 自分が許されるのは、自分の父親が偉大な人間だからだ。ヴェロニカ教の上層部に関わり、巨大な会社をいくつも経営し、政財界に様々なパイプを持っている。

 ああ、なるほど。誰も自分を見ていない。自分の後ろに父親を見るから傅き、自分の後ろに父親を見るから誰もが恐れる。

 すばらしい!

 ルパートは歓喜した。

 自分の行いの悉くに、人は父親の影を見る。ならば、誰も自分を見えていないということだ。

 自分は、透明人間だ。

 ならば、自分が何をしたって、誰も自分を罰することはできない。

 自分が透明である限り、誰もが自分に父親の威光を見る。そして、父親の威光がある限り、誰も自分に逆らうことができない。

 なるほど、この世はそういうふうにできているのだな。

 自分が好き放題しても、誰も自分を認識できないのだな。

 自分は、選ばれた人間、神に愛された人間なのだな。

 ルパートが最終的な結論を得た瞬間だった。

 

「この世にはね、選ばれた人間と選ばれなかった人間がいる。そして、選ばれた人間には、それ以外の人間を自由にする権利がある。いや、権利という表現は適切じゃないね。権利は与えられたものだ。選ばれた人間が持っているのはそんな情けないものじゃなくて、もっと純粋に、そう、力だ」

 

 ルパートは立ち上がり、ウォルを見下しながら力説した。

 

「僕が君たちを嬲るのはね、僕がそれをしても、誰も僕を罰することができないからだよ。他の人間だって、多かれ少なかれ思っているはずさ。自分の好きな人間を、思うように扱いたい。自分以外の全ての人間に傅かれ、敬われたい。王様みたいに振る舞いたいってね。僕以外のその他大勢には、それができない。したくても力がないか、力があっても勇気がない。僕は、その両方を持っている。だから、自分のしたいように、君たちをいたぶる。そして愉しむ。何かおかしなところがあるかな?」

 

 身体を屈ませ、少女の顔を覗き込む。

 手を伸ばし、少女の細い顎を掴み、強引に上を向かせる。

 息が交わるほどの至近に、少女の瞳がある。恋い焦がれ、夢の中で何度も犯し抜いた瞳だ。

 しかし、物事には順番というものがある。

 まず、自分が征服するべきは、この瞳ではなく、その下にある、可憐な唇だ。

 舌なめずりしたルパートが、少女の唇に、己のそれを被せようとした、そのとき。

 ぼそりと、少女が呟いた。

 

「──哀れな。誰も、貴様を殴りつけてくれなかったのだな」

 

 ルパートは、一瞬、目の前の少女が何を言っているか分からなかった。

 既に身体の自由を奪われ、今からその唇を奪われ、明日にはその処女を奪われているはずの哀れな少女が、今、自分に対して何を言った?

 哀れだと、このルパート・レイノルズが哀れだと?

 そう、言ったのか?

 いや、そんなはずはない。僕はこの世界の王で、そして誰も罰することのできない透明人間だ。

 全ての罪業に対する免罪符を、生まれながらに持っているのだ。誰しもが欲し、しかし与えられない、最高の特権だ。

 ああ、そうだ。きっと、この少女が言ったのは、自分自身のことだ。この僕に囚われて、これから生き地獄を味あわされる自分自身が、哀れだと。

 そうに決まっている。

 だが、そうならば、もしそうならば。

 この僕を、痛ましそうに見つめるその視線を、早く止めたらどうなんだ?

 

「……違う。誰も殴りつけてくれなかったんじゃない。誰も、僕を畏れて殴ることなんてできなかったんだよ。だって僕は、生まれながらの王様なんだからね」

「貴様の取り巻きである烏合の衆はそうだろう。だが、最初から貴様は全ての人間の上に立っていたのか?この世に生を受けた瞬間から?馬鹿を言うな。生まれたばかりの人間はな、この世で最も弱い生き物だぞ。泣き声は万里先の獣を呼び寄せ、甘やかな匂いのする肉は鼠どもの最高のごちそうだ。ならば、誰かが貴様を守っていた。貴様は、誰かの庇護の元にあった。違うか?」

 

 辺りの暗闇から、息を飲む気配が伝わってくる。

 今まで、ルパートに手酷い暴言を吐いた人間はいた。変態、げす、死ね、殺してやる、と。しかしそれらの言葉はルパートにとってこれから始まる食卓を盛り上げるための食前酒のようなものであり、当然のことながら、酒が旨いほどに食事は進んだ。つまり、暴言を吐いた少女達は、より凄惨な目に遭わされることとなった。

 ならば、今日、新しく連れてこられたこの少女は、一体どんな目に遭わされるのか。そして、自分にもそのとばっちりが及ぶのではないだろうか。

 ルパートとウォル以外の人間は、まるで自分が人間であることを拒絶するように、暗闇の中に溶け込もうとしていた。

 

「王は生まれながらにして王なのではない。正嫡として生を受けた男子であったとしても、厳しい教育と苛烈な生存競争をくぐり抜け、王の寵愛と臣下の信頼を勝ち得て、ようやく王位継承の第一候補といったところだ。放蕩三昧の馬鹿王子など、愛想を尽かされた家臣団に暗殺者を送り込まれて、あっさりとあの世行きさ。それともお飾りの王様として、一生飼い殺しがいいところだ」

 

 少女は、まるで自分が見てきたことのように語った。

 事実、彼女は見てきたのだ。王家という存在が、外面がどれほど華美で麗しいものに見えたとしても、その内側がどれだけおぞましく、そして人としての生を拒む場所であるのかを。

 それでも彼女が人として王座にあり続けられたのは、幼き日に彼を殴りつけてくれた、育ての父親と森の巨人の固くて痛いげんこつ、そして頭に特大のこぶを作った少年を優しく抱きしめてくれた、彼らの妻たちの優しい愛情があったからに違いない。

 

「王様だから殴られなかった?違うな。そも、王様だって殴られるのだ。例えば、子栗鼠のように愛らしい容姿をした、獅子よりも屈強な王妃などは、これでもかというくらいに王を殴ったぞ。だからこそ、王は王でいられたのだ。ならば、誰からも殴られなかった貴様は、ただ単に誰からも興味を持たれていなかっただけだ。だから、やりたい放題好き放題ができた。いや、それだけしかできなかった。それだけのことだ。なんとも気の毒なことだな」

 

 少女の舌鋒に一切の手加減はない。淡々と、暖かみを欠いた無機質な言葉で、青年の心を抉っていく。

 そして青年は、表情を失った顔で、口元だけを綻ばせていた。

 

「……そうか、なるほど、君の言うとおりかも知れないね。でも、そこまで言うんなら、君は殴られた経験があるわけだ」

「ある。大いにある」

「へぇ、それはこんなふうに?」

 

 ごつり。

 

 ルパートが、ウォルの頬を殴りつけた。

 全身を縛り付けられ身動きの取れない少女は、横倒しに倒れた。

 

「それとも、こんなふうに?こんなふうに?」

 

 ルパートはウォルに馬乗りになり、仰向けに倒れた少女の顔面を、幾度も殴打した。

 四肢を拘束された少女に、為す術などあるはずがない。反撃はおろか、逃げることも顔を庇うことすらできず、ただ殴られ続けた。

 ルパートは、無抵抗の少女を殴り続けた。

 右の拳を振り上げて、振り下ろす。

 左の拳を振り上げて、振り下ろす。

 ごつん、ごつん、と固い音が鳴り、幾度目からか、湿った音が混じりはじめた。

 少女の鼻血がルパートの拳に纏わり付き、肌とぶつかる度ににちゃにちゃと音を立てるのだ。

 男であっても泣いて許しを乞う暴力を受けながら、しかし苦痛の呻き声一つ漏らさないウォルの様子は、ルパートの怒りに風を送った。

 満身の力を込めて、少女の顔に拳を振り下ろし続ける。

 だが、鍛えられていない拳で人の顔を殴るには限界がある。

 程なくして拳に違和感を覚えたルパートは立ち上がり、少女の柔い腹を、全体重をかけて思い切り踏み抜いた。

 

「ぐぅっ!」

 

 つぶされた肺から空気が押し出され、少女の意図したところではない呻き声が漏れ出す。

 その無様な音に、ルパートは気を良くした。

 少女の長い黒髪を無造作にねじり上げ、半分身体を持ち上げておいてから、腹を思い切り蹴りつけた。

 どす、どす、と重たい音が響いた。

 

「こんなふうに?こんなふうに?こんなふうに?」

 

 少女の身体が、ルパートに握られた髪の毛の部分を支点にして振り子のように揺れる。

 蹴り上げられてふわりと浮き、戻ってくればまた蹴り上げられる。

 ウォルの身体は、幾度も幾度も、宙を揺らいだ。

 

「かはっ、ぐ、あぅ、つぅっ……げほっ!」

 

 少女は、既に萎みきった肺の奥から、力ない苦痛の声を絞り出した。

 それが、だんだんと弱々しくなっていく。

 それでも、ルパートは蹴り続けた。

 固く尖った革靴のつま先で、思い切り。

 少女が吐瀉物を吐き散らし、自分のスーツが汚れても、構うことなく。

 何度も何度も、飽きることなく。

 やがて、髪を掴んだ左手が疲れを覚えたところで、ルパートは少女の身体を解放した。

 ぼろくずのようになったウォルの身体は、力なく仰向けに倒れた。顔は自身の血で真っ赤に染まり、激しい苦痛に息も絶え絶えだ。腹部には無数の青痣が拵えられているが、それだけで済んでいるのは彼女であればこそ、普通の少女であれば内臓が破裂して既に死んでいる。

 それでもウォルは、あの瞳で、ルパートを見上げていた。

 苦痛に染まった瞳で、じっと、哀れな生き物を見るように。

 激しく息を乱したルパートは、その視線を遮るかのように、ウォルの顔を革靴の底で踏みつけた。

 ごり、と、少女の頭蓋と固い石床の擦れる音が響いた。

 

「……なんて生意気な女だ。これは、厳しい調教が必要みたいだね。それとも、そうして欲しいから、わざと生意気な態度を取っているのかな?」

 

 嗜虐の快楽に鼻を膨らませたルパートは、存分に体重を掛けた靴底でウォルの顔を踏みにじった。靴底には少女の鼻血が張り付いたから、程よく滑った。

 ルパートは心地よい疲労感に包まれながら、冷静さを取り戻していた。

 何のことはない。多少喧しく囀るが、それだけだ。僕が思いきり暴力を振るえば、手も足も出ないじゃないか。

 当たり前だ。僕の方が偉いんだから。僕がご主人様で、こいつは僕の奴隷なんだから。

 そう考えると先ほどの自分があまりに大人げなくて、ルパートは苦笑した。折角手に入れた極上の花嫁なのだ。怒りに身を任せて殺してしまうなんて、あまりに勿体ない。

 

「そうだ、わかったよ。名前だ。君の名前がいけない。ウォルとかウォルフィーナとか、まるで男か化け物みたいな名前だからそんな可愛くない態度になるんだ。よし、いいことを考えたぞ。僕が君に、新しい名前をあげようじゃないか」

 

 さも名案というふうに目を輝かせたルパートは、靴の下に少女の頭部を挟んだまま、

 

「エレオノラ。女の子らしくて可愛らしい名前じゃないか。ほら、エレオノラ。今日から君の名前はエレオノラだ。言ってごらん、『わたしの名前はエレオノラです、素晴らしい名前をありがとうございますご主人様』ってさ。そうすれば、これ以上痛い思いをしなくても済むんだよ?」

 

 ルパートは再び少女の顎を掴み、身体を起こさせた。

 間近で見る少女の顔は、先ほどの神々しいまでの美しさから堕落して、ずたずたの石榴のような惨状だ。

 それでも、ルパートは美しいと思った。血と砂埃に塗れ、腫れ上がった少女の顔は、何よりも彼の情欲を煽った。

 

「ほら、言ってごらん、エレオノラ。そうすれば、僕は君を髪の毛一本ほどだって傷つけない。約束するよ」

 

 にんまりと笑った青年は、最初から反故にするために振り出した約束手形をちらつかせてやった。傷ついた少女は、そんな蜘蛛の糸よりも細い希望を得るために、人間の品性を捨て去るのだ。

 この少女も、一緒だ。すぐに折れる。そして、僕の靴の裏を喜んで舐めるようになる。

 しかし、満身創痍で死にかけの少女は、

 

「……貴様のような男をご主人様などと呼ぶくらいならば、野良犬の尻の穴を舐めるほうが幾分ましだな」

「……なんだって?」

 

 ウォルは不思議だった。

 ご主人様と目の前の男を呼べば、この苦痛から解放される。ならば、言うべきだ。言ったところで自分の何も変わらないことを、自分はよく知っている。

 だが、絶対に駄目だった。冗談でも、この男を自分の主であるなどと、呼ぶ気にはならない。 

 あの少年をそう呼ぶことには、それがおままごとの延長線上にあったとはいえ、さほど抵抗がなかったのに。

 ウォルは、彼女の正体を知る人間が見れば、地にひれ伏して許しを乞いたくなるような冷笑を浮かべて、

 

「もう一つ、問おう」

「……ふざけるなよ、僕はお前にそんな権利を与えたつもりは……」

「エレオノラというのは、貴様の母親の名前か?」

 

 ルパートの身体が、表情が、音も立てずに硬直した。

 何だ?

 この女は、一体何者だ?

 

「は、はは、君は一体、何を……」

「図星か。成る程、その年でまだ乳離れができていないと見える。それとも、一度も母親の乳を含ませてもらえなかったのか」

「……」

「代わりに、俺の乳を吸いたいか?いいぞ、存分に吸えばいい。だが、俺はお前の母親にはなれない。そして、俺以外の少女もだ。だから、このように無益な真似は止めるんだな」

 

 無言で立ち上がったルパートは、仰向けに寝転がったウォルのこめかみを思い切り蹴り飛ばした。

 少女の首が、折れないのが不思議なほどに撓み、それに遅れて身体が吹き飛んでいく。

 二、三度、ごろごろと転がった小さな身体は、慣性に引き留められて制止した。

 ぴくりとも動かない。しかし、この少女は、この程度のことで死にはしない。

 驚くほどに頑丈な、精神と肉体を持っている。これならば、一通りの拷問程度で折れ曲がることはないだろう。

 いいじゃないか。最高の獲物だ。これほどに僕の心を燃やしてくれる生き物が、今までにいただろうか。

 ルパートは、ウォルの左太股に巻かれていた包帯を解き、生々しい銃創を露わにした。

 

「ほら、早く起きろよ」

 

 

 ──ずぶり。

 

 

「ぐ、ずあああぁぁっ!?」

 

 ウォルの愛らしい唇から、獣のような咆吼が放たれた。

 冗談のような、光景であった。

 青年の長く形の良い指が、少女の太股に穿たれた銃創の中に、その根本まで埋まっているのだ。

 そして、それだけでは終わらない。

 突っ込んだ指を強引に折り曲げ、肉の内側を掻きむしった。

 

「うあああぁぁぁっ!」

 

 穿たれて間もない銃創の内部で指を『ク』の字に曲げられる激痛。

 がくがくと壊れた自動人形のように震える少女は、眼球が零れ落ちそうなほどに目を見開き、痙攣する横隔膜に息を詰まらせながら叫んだ。

 

「ぎぃ、き、さまあぁぁっ!」

「ああ、いいなあ、最高の表情だ!そういうのが見たかった!ほら、これでどうだい!?」

 

 ウォルは、ルパートの感極まった声とともに、ぶちぶちと、己の肉の裂ける音を聞いた。

 傷口には、ルパートの人差し指と、中指が深々と差し込まれていた。元々小さな弾丸でできた小さな穴は、男の太い二本の指で、無理矢理に拡張されていたのだ。

 そして、次に薬指を。

 少女の細い身体が、陸に揚げられた魚のように、ばたばたと跳ね回った。

 少女を戒める鎖の軋む音が部屋を満たした。

 

「どうだ、言ってみろよ!僕が可哀相だと、父親には相手にもしてもらえず母親にすら見捨てられた憐れな子供だと、言ってみろ!言ってみろってば!」

「………………っ!」

「言えないか!なら、僕はお前の何だ、ウォル!きちんと口に出して言ってみろよ、そうすれば今すぐ止めてやるからさ!」

「………………っ!」

 

 ウォルは懸命に歯を食いしばっている。口を開けば、苦痛の叫び声が漏れ出す。普段であれば何者かの助けを期待できるかも知れないその声は、今は、目の前で自分をいたぶるこの男を喜ばせるだけに終わるだろう。

 だから、黙った。歯を噛み、火を食いちぎるような苦痛に耐えた。

 それでもルパートは委細構わず、少女の傷口を女性器に見立てて前戯をするように、指を激しく抽送する。傷口からは愛液の代わりに新鮮な血液が溢れだし、指と絡まりぶくぶくと泡だった。

 やがてルパートが飽きたように立ち上がったとき、彼の右手と少女の下半身は、べっとりとした血に染まっていた。

 激しい拷問に晒された少女の上半身は、粘い脂汗で覆われて、くたりと力ない。

 目は虚ろで、放心している。息は細く、今にも気を失いそうなのが分かる。

 陵辱の傷跡は生々しく、赤黒い穴の中からは後から後から血が溢れ出している。

 そんな少女を見下ろした青年は、少女の肉を犯した自らの指先を、音を立ててしゃぶった。爪の間には赤黒い塊がたっぷりと詰まっており、それも一緒に口に入れた。

 少女の血は、肉は、素晴らしく美味であった。

 興奮に顔を赤らめたルパートの内心は、最高の歓喜に震えていた。

 

「ふぅん、本当に強情だ。これだけされても僕をご主人様って呼ばないなんてね。いいだろう、ウォル、いや、エレオノラ。お前がそういうつもりなら、構わない。僕も、お前がそういうつもりだという前提で、それなりの対応をさせてもらうよ」

 

 ウォルは、その言葉にちっとも反応しなかった。その部屋に転がるその他大勢と同じような有様で、虚ろな視線で明後日の方向を見つめている。唇は戦慄き何事かを呟いているのかも知れなかったが、誰にもその意味は分からなかった。

 これが、自分に逆らった女の末路だ。

 先ほどの小生意気な様子が嘘のような、ウォルのみじめすぎる姿に胸をすかしたルパートは、ぱちり、と指を鳴らす。

 すると、部屋の中に幾人かの男が入ってきた。

 いずれも相当に体格のいい、そして品性の欠けた表情をした、野獣のような男達であった。

 男達は、裸で横たわる半死半生のウォルの肢体を、売り物の品質を確かめる商人のように視線で舐め回し、一様に下卑た笑みを浮かべた。

 

「こいつらにお前の躾を頼んでもいいんだけど、いきなりそれじゃあ面白くないし、風情がない。だから、お前には、泣いて僕の情けを哀願させてみたくなった。おい、マウスを適当に見繕って、連れてこいよ」

「へい、わかりやした」

 

 下卑た笑みを浮かべた男達は、部屋の中から比較的まともな少女を選び、ルパートのもとに連れてきた。

 やはり、まだ親の庇護が必要な年頃の、繊細な体つきをした少女であった。一体今から自分の身に何が起きるのか分からず、不安そうにきょろきょろと辺りをうかがっている。

 男達の用意していた濡れタオルで手を拭き清めたルパートは、鷹揚な足取りで少女に近づいていった。

 

「あ、あの、ご主人様、一体わたしは、何をすればいいんでしょうか?この方達のお相手をすればいいんですか?」

「ああ、君は黙っていてくれ」

 

 少女は口を噤んだ。ルパートが黙れと言って黙らなければ、それこそどんな目に遭わされるか分からないからだ。

 静かになった少女を、満足げな視線で一撫でしたルパートは、ジャケットの内ポケットから長方形の小箱を取り出した。

 少しぶ厚めの手帳ほどのサイズのそれを開くと、中には空の注射器と、薬液の詰まったアンプルが姿を見せる。

 生け贄に選ばれた少女が、ごくりと唾を飲んだ。

 

「ご、ご主人様、そのお薬は、一体……?」

「おい、僕は黙れと言ったんだ。聞こえなかったのかな?」

 

 哀れな少女は、ひぃと小さな悲鳴を上げて身体を竦ませてしまった。

 

「いいか、よく見ておけよ、エレオノラ。これが、明日のお前の姿なんだからな」

 

 ルパートは、注射器をアンプルに突き刺し、たっぷりと薬液を吸い上げると、その針を少女の首元に突き刺した。

 

「つぅっ!」

 

 少女の身体がびくりと跳ね上がる。

 しかし、固く目を瞑りながら、抗議の声を上げることはない。そんなことをすれば我が身に何が起きるのか、今まで嫌と言うほどに味あわされているからだ。

 蟻が歩むくらいにゆったりとした速度で、薬液は少女の体内に注入されていく。

 その、最後の一滴が針の先から消えたとき、異変は起こった。

 

「えっ?あれっ?」

 

 少女は、目を擦った。額から流れ落ちてきた汗が、眉毛を通り抜け、目に入ったからだ。

 不潔な手で目を擦るのは嫌だったが、条件反射というものは如何ともし難いもので、少女はごしごしと目を擦った。

 しかし、その感触が普通ではない。ぬるりと、尋常ではない量の汗で滑る。

 腕だけではない。顔も、身体も、全ての汗腺からだくだくと、異常な量の汗が噴き出し続ける。

 あっという間に少女の全身は、己の汗でずぶ濡れになってしまった。

 

 ──なんで、全然暑くないのに……。

 

 当惑する少女を、ルパートは楽しそうに眺めている。

 そして、倒れ伏すウォルの傍らに歩み寄り、その黒髪をむんずと掴み、強引に引きずり起こした。

 

「いいか、ちゃんと見ておけ。お前が変な意地を張るから、あの女の子は犠牲になったんだ。あれは、お前のせいなんだ。お前のせいなんだからな」

 

 ルパートはウォルの顔に手をやり、その瞼を強引にこじ開けた。もしもウォルが目を背けようとしても、それが不可能なように。

 先ほどの責め苦で体力を失ったウォルは、ルパートに為されるがままである。

 そして、ルパートとウォルの視線の先で、少女の異常はいや増していく。

 

「あれ……違う……暑い……?……暑い……暑いよ、暑い、あつ、熱い!あつい!あついいいいっ!」

 

 絶叫した少女は、まるで本当に火で炙られているかのように、ごろごろと床を転げ回った。

 ルパートと、その取り巻きの男達は、少女の様子を見てげらげらと笑った。

 大いに笑った。

 

「くくっ、あの薬を打たれれば誰もがああなる。そして、よく見てみろ」

 

 苦悶を続ける少女は、汗に塗れた髪の毛を振り乱し、あついあついと叫び続けている。

 寒さに凍えるみたいに腕をかき抱き、爪を立てて二の腕の肉を掻きむしっている。額を石床にがしがしと擦りつけるから、皮膚は裂け、血が溢れ出た。

 

「たす、だれか、たすけて、からだが、あつくて、かゆい、かゆいの、たすけて……」

 

 上手に息を吸うこともできず、悶絶し続ける少女。

 それを見て、堪えきれないといったふうに嗤ったルパートが、男共の一人に合図を出す。

 

「へい」

 

 もう少しの間悶え苦しむ少女を見ていたかったのだろうか、不満げな声色で返事をした男が、しかし命令には忠実に少女のもとに歩み寄り、何事かを呟いた。

 

「……ぇ、それ、は……」

「本当だ。騙されたと思って試してみろ」

 

 嫌らしい笑みを貼り付けた男から目を背けた少女は、おずおずと、その命令に従った。

 腕の肉を掻きむしっていた腕を、少しずつ下に降ろし、自らの股間に宛がう。

 びくん、と少女の背が反り返った。

 

「うそ……こんな……すごっ……」

「ほら、もっと激しく動かしたっていいんだぜ?」

 

 自分の好きなようにやってみな、と、男が悪魔の囁きを少女の耳に吹き込む。

 薬に操られ、服従を叩き込まれた彼女に、抗う術はなかった。

 ぐちゅぐちゅと、粘着質な泥を掻き回すような音が部屋に響く。そして、あられもない少女の嬌声。幼い少女の口から出たとは思えない、淫らな言葉の数々が、野獣の如き男達を愉しませる。

 普通の人間であれば耳を覆い目を背けたくなる光景に、しかしルパートは高笑いを放ち、大いに満足げであった。

 

「どうだ、素晴らしい薬だろう?あれはね、可愛らしい女の子を、もっと可愛らしく、素直に作り替えてくれるんだ。男を知らないおぼこ娘だって、熟練の娼婦よりも乱れる羽目になるのさ」

 

 狂ったように──いや、事実として狂いながら己の性器を慰める少女の顔は、天上の快楽に酔いしれ、既に人間の気高さは残っていない。

 焦点の外れた視線が、ウォルの、血で濁った視線と交わり、嬉しそうに歪み。

 そして、言った。

 

「ねぇ、そこの、あなた、きもち、いいよ、すごく、きもちいいんだよ、だから、あなたも、こっちに……」

 

 言葉は最後まで紡がれることなく、憐れな少女はぶくぶくと泡を吹き、意識を失った。

 

「ま、普通ならこうなる。そして、もう使い物にならない。薬のことだけを考え、薬のためなら何だってする、ジャンキーの出来上がりだ。僕は、そういうのを相手に無駄撃ちするつもりは、今はないからね。おい、このゴミをどこかに捨ててこい」

「へい」

「そんな顔をするなよ。いつも通り、お前達の好きにしてからでいいからさ」

 

 男達は、その言葉を待ち侘びていましたとばかりに目を輝かせ、少女を抱えて部屋を出て行った。

 その先で一体どのような宴が開かれるのか、考えるまでもないことであった。

 

「でも、あの子はまだ幸せなほうだ。あの薬を打たれて何もしなければ、何もされなければ、文字通り気が狂う。暴走した性欲に、精神が焼き切られるんだ」

 

 ルパートは、二本目のアンプルを取り出し、新品の注射器で中身を吸い上げた。

 薬液で一杯の注射器を逆さに持ち、針を天井に向けて空気を追い出す。少しだけ漏れ出した薬液が、小さな噴水を形作った。

 準備が整った針先を、ウォルの二の腕に押し当てた。

 

「さて、エレオノラ。これが最後だ。もしもお前がこれからも人間として生きていたいなら、今が最後のチャンスだと思った方がいいよ」

 

 耳元で、面白そうに囁く。ついでに、少女のふっくらとした耳たぶを口に含み、音を立ててしゃぶった。

 耳朶を口に含まれて舐め上げられる感覚と、ちくりと、鋭い金属が肌を破る冷たい感覚を、ウォルは同時に感じた。

 針先は、深々と肉の内に沈んでいた。

 

「一応忠告しておいてあげよう。この薬は、我慢とか精神力とか、そういうもので克服できるほどに生やさしいものじゃない。お前がどれほど強情でも、それこそ手足を切り落とされて眉一つ動かさないほどに強情だったとしても、無駄だ。絶対にお前の自我は破壊される」

 

 ルパートの言葉はまったく事実であった。彼が手にしている薬は、捕虜の尋問用に開発されたものの、あまりの非人道性から全宇宙規模で製造、所持及び使用が厳禁されている禁制の麻薬である。

 しかしその効能の確かなこと、何よりも尋問対象に対する有効性から、ブレインシェーカーを用いても効果のない事実を聞き出すとき──ブレインシェーカーは対象者の記憶を映像として再生する装置なので、聴覚から得た情報に対しては効き目が薄い──には秘密裏に使われることが多い。

 そして、その際の成功率は約八割と言われている。二割の人間が耐え凌いだという意味ではない。薬を打たれた人間の八割が堪らずに口を割り、残りの二割が発狂したという意味だ。

 これは、そういう薬であった。

 

「僕は、君の何だ?君の名前は?君はこれから、僕のことを何て呼びたい?」

 

 楽しげに揺らめく声。

 そしてウォルは片頬を歪めながら、力ない笑みを浮かべ、

 

「……寝言は寝て言え、殻のついた雛鳥め」

「残念だ」

 

 くい、と注射器のプランジャが押され、シリンジの中身が少しずつ押し出されていく。

 薬液が、ウォルの体内に潜り込み、その細胞を少しずつ犯していく。

 身体の深奥を焼き尽くすような熱が放射状に広がっていく感覚を、ウォルは味わっていた。その汚染が彼女の脳内に及んだとき、ウォルという人格は、薬の効能によって抹殺されるのだ。

 

「さて、これが多分、今生の別れになるね。きっと次に会うとき、君の名前はエレオノラになっていると思うよ」

「あ、あああ、あああ……」

「もしも意識が残っているうちに僕のことが恋しくなったら、大声で呼ぶといい。君の白馬の王子様は、喜び勇んで駆けつけてくれるからね。その時は、君も素直になっているといいね、エレオノラ」

「だ、れが、きさまなど、お、くあ、あぁぁぁ……!」

 

 切ない少女の叫びが、再び部屋の静謐を破った。

 体中から汗が噴き出し、血と土埃に汚れた自らを洗い流していく。それほどの発汗量であった。

 苦悶するウォルを満足げに見遣ったルパートは、彼女の傍らで震えている少女に声をかける。

 

「おい、そこの犬」

 

 あまりの事態に半分虚脱していたその少女──ローラという──は、弾かれたように身体を起こす。

 

「君に、これを渡しておくよ」

「……これは?」

 

 渡されたのは、先ほどルパートが懐から取り出したのと同じ、長方形のケースだった。

 そして、中に入っているのも、全く同じ、注射針とアンプルである。

 

「あの薬は、だいたい一時間で効き目が弱くなるからね。きっちり一時間ごとに、打ち直してあげなさい。ああ、この子が完全に壊れた後は別にいいからね。薬も勿体ないし」

「あ、あの、わたしが、ですか?」

 

 ルパートは、優しささえ感じる微笑みを浮かべて、大きく頷いた。

 ローラは、決壊寸前のダムのように涙を湛えた瞳で、首を横に振った。

 

「で、できません、わたし、こんな、ひどいこと……」

 

 今も自分の隣では、断末魔の叫びを上げながら悶え苦しんでいる少女がいる。

 なのに、自分がその苦痛をさらに深いものにするなんて……。

 

「いいんだ。それがこの子のためになる。それくらい、君だって分かっているだろう?」

「でも、でも……」

「それとも──」

 

 ──君が、ウォルの身代わりになるかい?

 

 この台詞がとどめであった。

 少女は、嗚咽を零しながら首を横に振り、ルパートの指示に従うことを誓った。

 満足げに頷く赤毛の青年。

 

「よし、それでいい。あと、薬を打ち終えたら、必ず水分を取らせてあげてね。このままだと、この子、脱水症状で死ぬから。それは可哀相だろ?」

 

 こくりと頷く。

 

「あと、可哀相に、どうやら自分で勝手に暴れて傷口を開いちゃったみたいだから、少し落ち着いたら応急手当をしてあげてね。その時、絶対に手当以外のことをしちゃいけないよ。この子がどんなに懇願しても、哀願しても、慰めてくれって泣き喚いても、それは無視すること。じゃないとお仕置きの意味がないからね」

 

 こくりと頷く。

 それ以外の返答を、憐れな少女は持ち合わせていなかった。

 立ち上がったルパートは、スーツの乱れを整えてから、満足げに部屋を後にした。最後に振り返ったとき、塗炭の苦しみに悶えるウォルの様子が彼の網膜に焼き付いた。

 

 ──今日はこのまま眠れそうにない。他の誰かで遊ぶとしようか。

 

 堪えきれない愉悦に頬を歪ませたルパートは、意気揚々と自室へと引き上げていく。

 

「ごめんね……わたし……わたし……」

「……ろ……ら、……は、わる……、く、……ない……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 少女達の、お互いの傷口を舐め合うような弱々しい会話が、この日の彼に与えられた最高のご馳走であった。

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