懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他)   作:shellfish

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第七十五話:初陣

「なんだ……?」

 

 思わず呟いたのは誰だったか。

 それが分からずとも、次の瞬間、何が起こったのか、車内の全員が理解した。

 遙か前方に、どす黒い煙が一筋立ちのぼっているのが見えた。そして、風に乗って微かに漂う、燃えたガソリンと火薬の臭気。

 間違いない。これは、先ほど先に出立した例の家族の乗ったエアカーが、何らかの原因で爆発炎上したのだ。

 事故、だろうか。

 否。

 これほど見晴らしのいい荒野を、宙を走るエアカーが疾駆するのだ。山地や森の中を行くならともかく、どうして事故など起きるものか。エンジントラブルを起こし墜落する可能性はないではないが、エアカーはそういった事故をこそ最も懸念される乗り物である。普通でも二重三重の安全装置は取り付けられているのだし、なおかつあの一家の乗っていたエアカーは要人御用達の高級車である。製造した人間と整備した人間、両方の技術が絶望的に拙かったという可能性を除けば、どれほどの緊急事態に陥ろうとも地面と衝突し大爆発を起こすなど到底考えられるものではない。

 ならば、可能性はただ一つ。

 爆弾を仕掛けられていたか、それとも狙撃されたのか。

 とにかく、外部的な要因によって撃墜されたのだ。

 そして問題は、本当に狙われたのがあの一家だったのか、という点である。

 

「もしかしたら、ぼく達は凄く運が良かったのかも知れないね」

 

 ルウは苦笑混じりに呟いた。

 あの家族にはなんともお気の毒な話であるが、今はそれを悼んでいる暇はない。

 

「この中に、本当にあの家族が狙われたんだと思ってる人、いる?」

 

 ルウは振り返り、そう訊いた。

 そして、誰も口を開かなかった。ただ真剣な瞳でルウを見返しただけだ。

 ルウもその視線に応えるように、一度深く頷いた。

 

「じゃあ、ぼく達はさっさと逃げないといけないわけだ。でも、どうしてぼく達がここにいることがばれたんだろう。テセルさんを攫ったのがばれたんだとしても、それだけじゃぼく達の居場所までは分からないよね」

「お、おい、ルウさんよ、さっさと逃げないと不味いぜ!誰があの車をやったのかは知らねぇが、すぐに目標を間違えたって事には勘づく。そしたら、次の矛先はこっちだ」

「分かってる。でも、何故ぼく達の居場所がこうも早く掴まれたのかを確認しておかないと、どこに逃げても同じ事だ。だからこの場ではっきりさせておきたい」

 

 ルウはあらためて全員の顔を見遣り、

 

「この中で、敵にぼく達の居場所を教えたことのある人がいたら、今名乗り出て欲しい。今なら絶対に怒らないから」

 

 その言葉を聞いたほとんど全員が、がっくりと姿勢を崩してしまった。

 今、目の前で自分達と間違われたであろう車が撃墜され、次の標的はほとんど間違いなく自分達だというのに、怒らないから手を挙げろとは、まるで悪戯の犯人を捜す幼稚園の先生のようではないか。

 そして、そのような安っぽい約束では、本物の幼稚園児を手懐けることも出来はしないというのに、それでもルウは真剣そのものの表情なのだ。

 そのギャップがなんともアンバランスで、そして滑稽である。

 だから全員が、形容しがたい溜息を吐き出した。

 

「なぁ、ルーファ。もしも本当におれ達の居場所を誰かに教えた人間がいるとして、そんな聞き方で手を挙げると思うか?」

「じゃあエディは今から全員を一人一人尋問しろっていうの?それこそ時間の無駄だ。第一、もし仮に裏切り者さんがいたとしても、前を行ってた車みたいに全員が平等に殺されちゃうなら秘密を守る義理もなくなるでしょ?それなら、こういう聞き方でも名乗り出てくれるはずなんだ」

 

 なんとも突拍子もない考え方であるが、筋が通っていないこともない。

 

「それでも誰も心当たりがないんだね」

 

 ルウは、頷く一同を見回した。

 

「それなら、何か心当たりのある人は?自分達の居場所を誰かに知られるような、そんな覚えはない?」

 

 しかし誰の顔色にも一切変化が見られない。

 

「分かった。じゃあ、時間がもったいないから、ぼくの方から聞くよ」

 

 そう前置きをして、ルウは六人のうちの一人に視線を遣った。

 

「ねぇヴォルフ。あなた、ぼく達を裏切ったりしてない?」

 

 突然、、突拍子もない話を振られた巨体の男は、自分の顔を指さしながら、なんとも素っ頓狂な声で叫んだ。

 

「おれぇ!?ちょ、ちょっとまて、ルウ、それは俺がお前らを裏切ったってことかい!?」

 

 大いに驚き、大いに不本意であるとその顔が言っていた。

 もとが厳つい顔であるから、そういう表情をすると不思議な愛嬌がある。なんとも憎めないというべきか。

 そんな大男を前にして、ルウは平然と頷いた。

 

「うん、そう訊いてるんだ。時間が無いから早く答えて」

「……俺は別にあんたらの仲間になったつもりもないんだが、だからって裏切ったりはしてねぇよ。あんたらと一戦やらかすなら、裏切って誰かに始末してもらうんじゃなくてこの腕でどんぱちやらかすさ。こんな面白い連中、誰が他に任してたまるかっての」

「なるほど、よく分かった。でも昨日、手札に出たんだよ。あなたが裏切り者だって」

 

 首を傾げながら、平然とした調子で強烈なことをいう。

 だが、言った本人はともかく、聞かされた方は平静ではいられない。手札、という単語を聞いて、シェラがごくりと喉を動かした。

 彼は、ルウとの短くない付き合いで、その占いの精度を知り尽くしているのだ。

 曰く、ルウの占いは未来予知と何ら変わるところがない。その信頼性は、自身のもと同僚である死に神連中すら頼りにするところなのだから。

 ならば、本当にヴォルフが裏切りを──

 

「ちょっと待てルーファ。お前、自分で言ってたじゃないか。この場所、この時間じゃあ自分の占いになんて何の信頼も置けないって」

 

 これはリィの言葉であった。

 そうだ。昨日の酒場で、確かにルウはそんなことを言っていた。ここは二組の太陽と月が同時に存在する特異点であり、ルウの占いが何の役にも立たないのだと。

 ルウは、自らの相棒の言葉に容易く首肯した。

 

「エディ、そのとおりなんだ。でも、ぼく達の危機を占った時に、手札は彼の裏切りを指し示した。これが、今の状況に全く関係ないとは思えない。でも、ぼく自身もヴォルフが敵にぼく達の情報を売ったんだとは思えないし、その必要性も見出せない。ヴォルフも違うって言ってる。だから、裏切ったんじゃないなら、例えば、ヴォルフが誰かに裏切られたとか、そういうことじゃないかなって思うんだ」

「裏切られただと!?」

 

 ヴォルフはしばし考え込み、

 

「……思い当たる節が、ないわけじゃない。だとしたら……これは完全な俺の落ち度だ。くそっ、身から出た錆というか、飼い主に手を噛まれたというか……」

「それを言うなら飼い犬に手を噛まれるんじゃないの?」

 

 冷静なルウの指摘であったが、少なくともヴォルフは聞いていないようだった。

 

「ルウ、俺がウォルの体に仕込んだっていう発信機の話、覚えているか?」

「うん?確か超小型で、体内で半永久的に稼働するっていう?」

「それだ。それが、俺の体内にも仕込まれている可能性がある。くそ、迂闊だった。他人を騙す詐欺師は自分が騙されることに慣れていないってのは良く聞く話だが……俺がウォルに仕込んだんだ。俺が誰かに仕込まれてる可能性も考慮すべきだった」

「……それはつまり、わたし達の居場所が筒抜けっていうことなの?」

 

 冷静な声でそう問うたのは、つい先日までヴェロニカ軍に席を置いていたマルゴである。

 そしてヴォルフは頷いた。

 

「あの発信機は元々、要人警護用じゃなくて、要人暗殺用に考案されたシステムなんだ。要注意人物が大物になる前に接触し、体内に半永久的に稼働する発信機を秘密裏に仕込んでおく。そうすれば将来そいつが敵になったときに、とんでもないアドバンテージが狙えるってわけだ。なにせ、敵はこっちの親玉の場所を知らず、こっちはあちらさんの親玉の居場所を常に把握できる。これじゃあ普通の勝負になりやしねぇ」

「……なるほど、確かに警護用のシステムにしては意味が薄いとは思ってたけど……」

 

 ルウがしきりに頷いている。

 

「そういうことなら、俺はここで車を降りる。敵は俺が引きつけるから、お前らがウォルを助けに……」

「いや、それは駄目だ」

 

 リィが首を横に振った。

 

「駄目だと?らしくねぇな、リィ。今更俺の命を惜しんで、全員で犬死にする気か?」

「馬鹿を言うな。状況はまだそこまで切迫していない。それに、まだお前に発信機が仕込まれていると決まったわけじゃないし、第一……」

「とにかく、そういうことならすぐにここから離れよう。敵も、さっき破壊したのがぼく達の車じゃないってすぐに気が付く」

 

 ルウの意見に全員が頷いた。

 エアカーは静かに浮遊し、遙か彼方に見える山の麓を目指して走った。荒野をひた走るよりは、どう考えても遮蔽物の多い場所を選んだ方が何かと都合が良い。ウォルの処刑場であるナハトガルには遠回りになるが、致し方ない。

 

「さぁて、いくらなんでもぼちぼち敵さんも、自分達がやったのが俺らじゃないって気づく頃じゃねぇかな?」

 

 後部座席で、寧ろ嬉しげにヴォルフが呟く。

 正しくその時だった。

 車内にいたほぼ全員が、同時に気が付いた。

 遠くから聞こえる甲高いローター音。バックミラーに映し出された、どれほど巨大な猛禽類でもありえない二つの鳥影。

 その影から、同時に煙と弾頭が吐き出された。

 場違いなほどに間の抜けた射出音は、少し遅れて聞こえてきた。

 

「みんな、しっかり掴まってて!」

 

 そう言うやいなや、ルウは一気にアクセルを踏み込み、アクション映画さながらに急ハンドルを切る。

 視界がもの凄い勢いで横に流れる。自分が一体どこにいるのかを見失う。

 車内に急激なGがかかり、全員の体がまるで横倒しに傾く。

 次の瞬間、先ほどまで車のあった空間を、巨大な炎の塊が包み込み、大爆発を起こした。

 びりびりと震える窓ガラス。鼓膜は痺れ、音の感覚を失いかける。振動が腹の底まで響き、それがまるで死に神の歯ぎしりのように感じるのだ。

 

「どうする!いつまでも逃げ切れるもんじゃねぇぞ!」

 

 ヴォルフの太い叫び声が車内に響くが、連続する爆発音に掻き消されてほとんど誰の耳にも届かない。

 今、このロケット砲の雨霰をかわしていること自体、ヴォルフには信じがたいのだ。これが幸運によるものなのか、それとも運転手の奇跡的な技量によるものなのかは知らないが、そう長続きするものではないことを彼は理解していた。

 

「森に突っ込むよ!兵士たちもヴェロニカ教徒なら森の中ではそうそう無茶は出来ないはずだ!シートベルト、みんなちゃんと締めてるよね!?」

 

 まるで小学生向けの交通安全講話のような内容だが、質問した者はもちろん、質問された者も、今は命に直結する問題である。

 目前にどんどん迫ってくる、緑色の壁。

 ジェットコースターのクライマックスのような車内で、全員がシートベルトの着用を手探りで確かめ、来るべき衝撃に備えて身を屈めた。

 

「伏せて!」

 

 直後、ばりばりと凄い音が外から響いてくる。それは、森に突っ込んだエアカーの車体が、衝突する枝を片端からへし折っていく音だ。

 体感型のレーシングゲームなんかよりも遙かに迫力のある映像が、実際に命の危機を伴いながら前方より襲いかかってくる。巨石、大木の幹、突き出た斜面、どれに当たっても一発でゲームオーバー、コンテニューは効かない。

 ルウは、車体をほとんど横倒しにして、隆々と生える木々の隙間を縫いながら走った。

 

「くぅっ!」

 

 上下左右に激しくぶれ、次第にコントロールを失う車体を、ルウは必死に宥め続けた。鬱蒼とした森に巨大なエアカーで突っ込んで木の幹などに衝突しなかったのは、幸運ではなく彼の技量によるものだろう。

 やがてスピードを落としたエアカーは、まるでスクラップ工場から逃げ出してきたかのようなぼろぼろの態になり、少し開けた空き地のような場所で停止した。その瞬間、全員が、魂そのものが抜け出ていくような、安堵の溜息を吐き出した。

 

「……どうやら生きてるみたいだねぇ」

 

 流石に消耗した様子のルウが、吹き出た汗で前髪を額に貼り付けながら、力無く笑った。

 

「みんな、大丈夫?」

 

 そう言って助手席と後部座席を見回したが、テセルとインユェが軽く目を回しているのと、マルゴが傷に障ったのか少し辛そうにしているだけで、大きな怪我を負った者はいないらしい。

 ルウは、停止したエアカーのエンジンを再始動させようとキーを回した。しかし、イグニッションキーを回しても、セルスターターの悲鳴が空しく響くだけで、エンジンはうんともすんとも動こうとしない。

 

「駄目だ、完全に故障だね」

 

 ルウは肩を竦めた。

 購入してから僅か一日での故障である。普通であれば初期不良としてカーディーラーに怒鳴り込む場面であるが、これだけの運転をして最後まで頑張ってくれたのだ。車の精霊に感謝することはあっても、文句を言うのは筋違いというものだろう。

 全員が、痛む節々に鞭を入れ、這うようにして車から出た。

 辺りは、昼間なのに闇が目立つような、深い森の中であった。

 先ほどエアカーが突っ込んできた方角を見ると、そこにあるのは縦横無尽に大樹の生える原生林だ。どうして自分達が生きているのか、何人かはルウの運転技術に心底からの感謝を捧げた。

 

「さぁて、これからどうするかねぇ」

 

 そう言いながら頬を撫でたのは、この中で最年長のヴォルフである。軍属の長い彼であるから、このような緊急事態にも慌てたところはない。

 

「どうするもこうもねぇだろうが!俺達はウォルを助けに行くんだ!こんなところで油売ってる暇なんてあるかよ!」

「おいおいインユェ、それは確かにお前さんの言うとおりだがよ、具体的にどうやってウォルの監禁されてるナハトガルまで行くつもりだい?唯一の移動手段のエアカーはこの様だぜ?」

 

 ヴォルフの指さす先にあるのは、どう見ても廃車寸前のポンコツ車であり、しかもエンジン部から濛々とした白煙を吐き出しているのだ。

 機械工学に詳しいルウが用心深くボンネットを開け、エンジン各部の様子を調べたが、暗い表情で首を横に振っただけだった。

 

「駄目だ。少なくともこの車に積んでいる応急処置用の工具じゃあどうしようもない状態だよ。もうこのエアカーは使えないと考えた方がいいね」

「じゃあ、じゃあどうするんだよ!ウォルは、ウォルはどうなるんだ!」

「ちょっと黙りなさい、あなた!自分で気づいてるの!?あなた、さっきから喚いてるだけで自分が何かしようなんてちっともしてないじゃない!」

 

 マルゴの声に、インユェは言葉を飲んだ。

 

「……なら、それならいったいどうしろってんだよ!どうすりゃウォルを助けられるんだよ!誰か教えてくれよ!」

「だから、そんなだからあなたは只の子供だって……!」

 

 口論になりかけた二人を制したのは、黄金の髪の少年だった。

 

「落ち着け、二人とも。お前らが喚き合ったところで状況は好転しないだろう」

「……!」

「……ええ、そうね、リィ、あなたの言うとおりだわ。わたしが悪かった。ごめんなさい、インユェ。あなたは誰よりもあの子を助けたいんだわ。そして、わたしはあの子を攫った人間。こんなことを言う資格は誰よりも無いのにね」

 

 さらりと、そう言ったのだ。

 インユェは唇を強く噛み締めた。もしもマルゴの言葉がただの嫌みならば、唾を吐いて聞き流せばいい。なのに、マルゴの言葉はどこまでも静かで、ただ大人びていた。

 自分はお前のような子供ではない。そう糾弾された気がしたのだ。

 そして、今、このような状況で、その程度のことに腹を立てる自分が、何よりも腹立たしかった。

 

「とにかく、おれ達は移動手段を失った。だが、ここで手をこまねいていたら、今日の晩にもウォルは野獣の餌になってしまう。そしておれは、あいつにそんなつまらない死に方をさせるつもりは微塵もない」

 

 ルウとシェラが同時に頷いた。

 

「そうだね、あのきらきらした王様にそんな死に様はちっとも似合わない」

「同感です。あの時、獅子に食われかけたあの方を見たときの腹の底が煮えくりかえるような気持ち、今でも夢に見るほどです。もう二度と、あの方にあのような屈辱を味あわせてなるものですか」

 

 リィも頷いた。

 

「だが、ここで一つ大きな問題がある。さっきヴォルフは言った。自分に例の発信機が仕込まれているかも知れないって」

「ああ、そのとおりだ」

「なら、おれ達にもその可能性が十分にある」

 

 全員の視線がリィに集中した。

 

「よくよく考えてみれば、上の連中にとって一番監視したいのは、ウォルやヴォルフなんかよりおれやルーファのことなんだ。おれ達がいつどこで何をしているのか、それが分かれば連邦の役人連中の気苦労がどれほど減るか知れたものじゃないんだからな」

「それは……確かに。しかし我々にどのタイミングで……?」

「何度か、ヴォルフからの差し入れがあっただろう。菓子だけじゃなくてサンドイッチとかベーグルとか……。あれの中にそんな超小型の発信機が入っていたら、おれ達にだって気がつけるはずがない」

 

 その言葉を聞いて、ヴォルフが苦い顔をした。

 何か、思い当たる節があるのだと、その表情が雄弁に語っていた。

 

「そうじゃなくても、例えばマーガレットがスーパーで買ってくるお菓子の材料や料理の材料、アーサーが持って帰ってくるアルコール類……いくらでも仕込もうと思えば仕込めるんだ」

「それは……少し疑いすぎでは?」

 

 シェラの意見ももっともである。疑い始めれば全ての物事が疑わしく感じるものだが、だからといってそれらを全て怪しんでいては先に進むことは出来ない。

 全てを疑うということは、全てを無条件で信頼するのと同じくらいに危険なことなのだ。

 

「分かってる。だけど敵がそういうシステムを使っておれ達を追跡している以上、どれだけ神経質になったってなりすぎるということはないはずだ」

「確かに……そうかも知れません」

「最悪の場合、おれ、ルーファ、シェラ、そしてヴォルフは、この星の上でどのように行動したとしても全ては敵に筒抜け、今みたいに待ち伏せされるのが関の山ってことになる。だから、おれ達はここで敵の部隊を迎え撃つ。そして可能な限り敵の目をここに引きつけるんだ」

「では……誰がウォルを助けに行くのですか?」

 

 リィがぐるりと全員を見渡す。

 

「マルゴはまだ傷が完治していないから無理。テセルはお坊さんで、基本的に荒事は不向きだ。つまり……」

 

 そしてその視線が、一人の顔にとどまった。

 

「つまり、お前だ」

 

 その視線は、ただ一人、少年の瞳を射貫いていた。

 情け容赦のない、弱さを認めない弱さを許さない、ひたすらなまでの真っ直ぐさで。

 

「インユェ。お前が、ウォルを助けに行かなければならない」

 

 ──何を。こいつはいったい、何を言ってるんだろう。

 

 少年は最初、それが理解出来なかった。

 次に、リィの言葉を理解して、その意味を飲み込んだとき、戦慄が、恐怖と一緒に足下から這い上がり、千の蟻が這い回るような感触で少年の背を撫でた。

 

「……な、何を言ってるんだよ、リィ。それは、どういう意味だよ」

 

 うわずった声でそう訊いた。

 応えは、どこまでも無慈悲だった。

 

「言葉のとおりだ。お前が、一人で、ウォルを助けに行くんだ」

 

 自分が。

 一人で。

 ウォルを。

 助けに行く。

 そうか。そうなのか。それは理解した。

 でも、どうやって?移動手段はつい今し方に無くなったばかりじゃないか。それに一人で敵の懐に殴り込んだとして、その後はどうするんだ?俺一人で戦うのか?そんな無茶苦茶な!俺は正義のヒーローでもなけりゃアニメの超人でもないのに!

 

「無理だ!」

 

 インユェは叫んだ。

 どう考えても、できっこない。

 万に一つの可能性、ではないのだ。億に一つ、兆に一つ、京に一つの可能性もない。

 ゼロだ。

 完全なゼロだ。

 絶対に成功しない作戦に命を賭けて死ぬなんて、犬死に以外の何物でもないではないか。

 だから少年は、首を横に振ったのだ。

 

「ここからナハトガルまでエアカーをぶっ飛ばして三時間だぞ!そのエアカーがぶっ壊れちまったんだ!ルウもそう言ってたじゃないか!なら、どうやってナハトガルまで行くっていうんだ!それに、もしナハトガルまで辿り着けたとしても、間違いなく厳重な警備が敷かれてる!それを、俺一人で突破してウォルを助け出して来いって、そんな馬鹿な話があるか!」

「お前はさっき、ウォルのために命を賭けられるって言っただろうが」

「ああ、そうさ!いくらだって賭けてやる!でもそれは、賭けとして成り立ってる場合に賭けるんだ!賭けってのはそういうもんだろうが!最初から丁半が分かってる博打の負けの目に命を突っ込むなんざ、そいつは頭のおかしい奴のやるこった!」

 

 インユェは、はぁはぁと荒々しく息を吐く。

 だがその視線に、いつもの威勢の良さはない。そこにあるのは、弱さを隠すための虚勢と、その奥に隠れた怯懦だけである。

 

「なら一つ訊く。インユェ、お前はさっき、一人で厳重な警備を突破できないと、そう言ったな」

「ああ言ったさ!それがどうした」

「ならば、ここにいる全員がウォルの監禁場所まで一緒に行けたとして、警備を突破できるとお前は思っていたのか?」

「……それはどういう……」

「ここにいるのは、大怪我した女の子と人を殺したことのないお坊さんを含めて、たったの七人だ。それが本当に、ウォルを取り巻く厳重な警備を突破できると、お前は考えていたのか?」

「……そりゃ、一人でやるよりは七人のほうが、成功の可能性は……」

 

 くすりとリィは笑った。

 

「おいおい、インユェ、自分だって信じちゃいないことは言うものじゃないぞ」

「……さっきから、リィ、てめぇ、何を……!」

「怖いんだろう、お前」

 

 呆気にとられたインユェの顔が、少しずつ紅潮していく。

 それは、正しく図星を突かれた人間の、羞恥に染まった顔だった。

 

「お、俺は、別に死ぬのなんか怖くねぇ!本当だ!第一、俺の命はウォルにもらったみてぇなもんなんだ!今更惜しむかよ!」

「ああそれはそうだろう。だがお前が本当に怖がっているのは、そんなことじゃないんだよな」

「なんだとぉ!」

 

 インユェが、リィの襟を捻り上げた。

 

「俺がいったい何にびびってるっていうんだよ!」

「教えて欲しいか?なら教えてやるさ。お前は、一人で戦うのが怖いんだ」

 

 一人で、戦うのが、怖い……。

 

「今まで、一人で戦ったことがないんだろう?ずっと誰かの影に隠れて戦ってきた、いや、戦うふりをしてきただけなんだろう?それとも自暴自棄になってやけくそに突っ込んでいっただけか。いずれにせよ、それは戦士の戦いじゃない。他人に剣を預けた、傭兵の戦いさ。端金で命を捨てる、信念も魂も責任もない、この世で一番安い戦いだ」

「……黙れ」

「お前、随分と立派な姉がいたそうじゃないか。その影にいつも隠れて、戦っているふりをしていたんだろう?その姉を失って、ウォルを失って、随分とやけっぱちな酒を飲んでいたな。それがお前の正体だ。そんなお前が、初めて戦うんだ。それは怖いだろう。怖くて怖くてたまらないだろう。恥じることはないぞ、それが人間ってものだ」

「黙れって言ってるんだよ、この野郎!」

 

 ごつりと、インユェの拳がリィの頬を打った。

 リィの体が数歩よろけて、背後にあった木の幹に受け止められる。

 口の端から細い血を流したリィは、平然とした様子でインユェを見た。

 インユェは、荒々しく息をつき、リィを睨み付けていた。

 

「てめぇみたいに生まれた時から何でも出来ますって奴に、俺の気持ちが分かるのかよ!?姉貴を殺されてよう、ウォルを目の前で奪われてよう、俺がどれだけ情けなかったか、悔しかったか、てめぇに分かるのかよ!?」

「ああ、分かるね」

 

 リィは、数歩インユェに近づき、インユェの頬をぶん殴った。

 インユェは見事に吹き飛び、派手に地を舐めることになった。

 

「おれは、目の前で恋人を撃ち殺された。目の前で父親を撃ち殺された。それでも、ただ見ているしか出来なかったんだ。おれが子供だったから。おれに力が無かったから」

「が、はぁ……はぁ、はぁ……」

 

 インユェが、膝に手をつき、精一杯の様子で立ち上がる。

 

「それでもおれは戦ったぞ。復讐を果たしたぞ。恋人の名誉に、父の誇りに泥を塗った連中を、生かしてはおかなかったぞ。お前はどうなんだ、インユェ。お前はそのままか。姉の無念を放っておくのか。ウォルをこのまま見捨てるのか。傷付いたお前自身の誇りに申し訳ないと思わないのか」

「思うさ!思ってる!このままで済ましてやるものか!」

 

 血を吐くように叫んだ。

 それでも。

 

「っれでも、それでもよう、こ、怖いんだよ!」

 

 跪き、肩を掻き抱いて。

 

「死ぬのが怖い!戦うのが怖い!あいつを失うのが怖い!怖くて怖くてたまらない!」

 

 がたがたと震える体を、必死に押さえていた。心細さに凍える体を、必死に温めていた。

 少年は今、一人だった。一人であることを悟った。ここが戦場で、周りは敵に囲まれて、自分は全ての装備を失い、ただ一人、冷たい泥に膝まで浸かりながら逃げ回っていたことに、今ようやく気が付いたのだ。

 面倒くさそうに頭を掻いたリィが、一歩、少年に近づいた。

 

「当たり前だろう、この馬鹿」

 

 暖かい声色ではない。しかし侮るような声色でもない。

 いつも通り。普段通りの声で。

 

「死ぬのが怖くない生き物がいるもんか。戦うのが怖くない戦士がいるもんか。大切な人を失うのが怖くない人間なんているもんか。いいか、インユェ。お前が今感じている恐怖は、恥じるべきものじゃない。ねじ伏せるものでもない。ずっと抱えて、一緒に戦っていくべきものだ。自分の中にいる、もう一人の自分みたいなものだ。それを認めてやれ」

 

 インユェが、顔を持ち上げた。

 不安定に揺れ動く瞳が、救いを求めるようにリィを見上げていた。

 ただ、その瞳は、涙に濡れることだけはなかった。

 

「お前もか、リィ。お前も、怖いのか」

 

 リィは頷いた。

 

「怖い。こういうときは、いつだって逃げ出したくなる。おれの中に、そう言って泣き叫んでるおれがいる。逃げよう、ここから逃げ出して家に帰ろう、家に帰って暖かい毛布にくるまろうって」

「なら、なんでお前は戦えるんだよ。どうしてその声をはね返すことが出来るんだよ」

「さっきも言っただろう。はね返すんじゃないんだよ。言いくるめてやるんだ。ごまかしてやるんだ。騙しておだてて、言うことを聞かすんだよ。本当に逃げていいのか、逃げたらもっと恐ろしいことになるんじゃないのか、もっともっと大切な何かを失うんじゃないのかってな」

 

 リィが、蹲ったままのインユェに手を差し伸べた。

 

「今まで一人で戦ったことがないなら、それはそれで構わないじゃないか。お前は今、戦う理由を見つけたんだろう。だからインユェ、今日がお前の初陣だ」

 

 インユェの背に、再び戦慄が這い上がってきた。

 しかしそれは、恐怖と怯懦が入り交じった先ほどのものとは違う、高揚感と使命感が灼熱の息を吐き出しながら駆け回る、燃え上がるような戦慄である。

 その熱が、冷え切った少年の体を温める。凍てついた少年の魂を鋳溶かしていく。

 インユェが、リィの手を握った。

 その確とした感触を、インユェは一生忘れることはないのだと悟った。

 

「骨は拾ってやるさ。だから、行ってこい、インユェ。一騎駆けは戦場の華だ。初陣でそれを任されるなんて、そうそうあるものじゃない。羨ましいくらいだぞ」

 

 リィの手のひらを支えにして、インユェは立ち上がった。

 その顔は、どこまでもさっぱりとしていて、一抹の悲壮感も気負いも無いものだ。

 普段通りの、不敵で陰気な笑みを浮かべる、インユェだ。

 

「……そうだな。怖ぇえけど、行ってくるよ」

 

 はにかむように笑った。

 リィも、同じように笑った。

 

「だけど、どうやってナハトガルまで行く?さっきも言ったけど、エアカーはぶっ壊れちまってる。到底人の足で辿り着けるような場所じゃねえんだぜ」

「おい、インユェ、それくらい自分で考えろよ。自分で考えて行動するのも一人前の戦士に必要な要素だぞ」

「いいじゃねえかよ、けちけちすんなよ。俺は今日が初陣の新米で、お前は幾つも修羅場を潜った先輩だろうが。なら、先輩の度量ってやつを見せてくれよ」

 

 恥ずかしげもなくそう言った。

 リィは、一瞬目を白黒させて、それからくすりと笑みを溢し、

 

「……ここで手をこまねいてたって状況は何一つ好転しないんだ。例えば敵から車を奪い取るにしたって、そもそも敵が攻めてきてくれないと話にならない。そして、敵がここまで来てくれる保証なんて、何一つない」

 

 インユェは頷いた。まったくもってその通りだ。彼らの目的がウォルを生け贄に捧げることならば、自分達をここに釘付けにしておけば目標は達成出来るのである。

 

「なら、足掻くしかない。少しでも状況を変えるには、自分が動くしかない。そうだろう?」

「ああ、そうだな。お前の言うとおりだ、リィ」

 

 インユェは一度頷き、今太陽のある方角を指さして、

 

「あっちがナハトガルだ。間違えてねぇよな?」

「ああ」

「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」

 

 そう言って走り始めた少年の体は、まるで風に乗ったようにぐんぐんとスピードを上げ、木々の中に姿を消した。

 

「……少しよろしいでしょうか、リィ」

 

 胡散臭げにその背を見送ったシェラが、控えめに口を開き、

 

「ここまで事態が切迫しているのです。同盟者である陛下を助けるためならば、あなたやルウが少々力を使っても許される場面ではないかと、わたしは思うのですが」

「そうだな、シェラ、おれもそう思う」

「ならば……」

 

 続く言葉を遮るように、リィは首を横に振った。

 

「でも駄目だ」

「それはどうして?」

「まず一つ。おれやルーファが力を使えば、間違いなくウォルとインユェの存在がラー一族の連中にばれるからだ」

 

 ラー一族という単語を聞いて、シェラの顔が緊張に満ちた。

 

「この宇宙に、太陽は一つ。月も一つ。それがラー一族の神話であり常識なんだ。その常識を覆すウォル達の存在が明るみに出れば、必ず大きな騒ぎになる。大きな騒ぎになれば、その中には過激なことを言う連中も出てくるだろう。二つあるのが間違えているならば、片方を消去して一つに戻してしまえ。幸い、新しい太陽と月はまだ力に目覚めていないのだからってな」

「うん、エディの言うとおりだね。蜂の巣を突いたような騒ぎになるのは目に見えているし、ガイアやユレイノスはともかく、彼らと距離を置いたグループの中には短慮を起こすやつが何人かいるのを、ぼくは知っている」

 

 ルウが口を挟んだ。

 リィとシェラは頷いたのだが、ヴォルフとマルゴ、そしてテセルにはいったい何の事やらちんぷんかんぷんである。

 ただ、とてつもなく重要な話であることだけは、天使達の表情と声色から読み取ったようだが。

 

「ウォルはいいんだ。あいつはおれの同盟者だから、あいつに危害を加えようとする馬鹿がいればおれが痛い目に遭わせてやれば済むだけの話だからな。だが、インユェはそうはいかない。少なくともあいつには、自分で自分を守れるだけの力はつけてもらう必要がある」

「あえて言わせて頂きます。わたしにとってインユェという子供は、それほど重要ではありません。見所が全く無いとは申しませんが、それでもつい先日顔を合わせただけの他人です。その子供の安全と陛下の命を天秤にかけるならば、わたしは一切の迷いなく後者を選びます」

 

 聞きようによっては冷酷とも非道とも取れる言葉であった。

 だがリィは、さも当然というふうに、容易く頷いた。

 

「そうだな。シェラの言っていることは正しいと思う。おれだって、ウォルとインユェの命のどちらかを選べと言われたらウォルを助けるさ」

「……」

「でも、もしもウォルがここにいたら、絶対にインユェを助けようとするだろう。それこそ、自分の命を危険に晒しても。だから、おれもインユェを助ける。あいつの存在をラー一族に知らせるようなことはしない。あいつらが勝手に気が付く分のは防ぎようがないけど、少なくとも、インユェをこっちから売り渡すようなことはできないんだ」

 

 シェラは嘆息し、諦めた表情で天を仰いだ。

 まったく、この人達の頑固なことと言ったら、筋金入りにも程がある。

 

「それに、状況はまだそこまで逼迫しているとは思っていないんだ」

「……ここから陛下が囚われている場所まで、あの子供が走って辿り着くとでも?あなたやルウならいざ知らず、わたしでも今夜までには到底辿り着ける距離ではありませんよ。いや、人間の足では不可能な距離です」

「そうだな、普通の人間には不可能な距離だ。いや、どれほど特別であったとしても、人間ではウォルを助けることが出来ない。そのことにインユェがいつ気が付くか、それが問題だな」

「人間では?それはいったい、どういう……」

「まぁ、賽は振られたのさ。あとは、どういう目が出るのかを見守ることしか出来ない。そして、おれ達に出来るのはその目を守ってやることだけだ」

 

 リィの纏った雰囲気が、途端に鋭くなる。

 少年らしい和やかさが影を潜め、剥き出しになった獣の牙が顔を覗かせる。

 

「おれ達はおれ達の役割を果たすんだ。敵が攻めてくればそれを返り討ちにする。首尾良くエアカーかヘリでも手に入れば、それでインユェの後を追ってもいい。そうすればいらない心配にやきもきする必要もなくなるわけだしな」

「……ええ、甚だ納得は行きませんが、分かりました。話はここまでと、そういうことですね」

 

 不承不承にシェラも頷く。

 

「さっきも話したけど、ここは聖地にもほど近い森の中だからね。例えば焼夷弾を打ち込んで森ごと焼き払ったりとか毒ガスをばらまいたりとか、そういう過激な作戦をあちらが採用するとは思えない。だってこっちはたった七人しかいないんだ。それに、無理に仕留める必要はない。明日の朝までここに釘付けにするだけでいいわけだから」

「ありがてぇこった。しかしこっちがそんな自然愛護主義に付き合う必要は、ねぇわなぁ」

 

 ルウの言葉にヴォルフが頷き、ぼろぼろになったエアカーのトランクに手をかけた。

 トランク部分は特に損傷が酷く、トランクリッドは波打つようにへし曲がり新車の美しさが見る影もない。

 然り、ヴォルフがトランクリッドを持ち上げようとしたが上手く行かない。

 

「うん?」

 

 何度か上げ下げを試みるが、ガチャガチャと不毛な音が鳴るばかりである。

 

「あれ?鍵が中でひん曲がっちまってるのかな?」

 

 振り返り、

 

「おい、ルウ、この車、もう廃車にするんだよな?」

「うん、そのつもりだけど、どうかした?」

「いや、それを確かめたかっただけだ。よっこら……しょっとっ!」

 

 ヴォルフの顔に赤みが差し、全身の筋肉がむくりと膨れあがる。ヴォルフの身につけた薄い生地のシャツが、内側から張り裂けるのではないかと心配してしまうほどに。

 次の瞬間、ばきばきと、金属のへし折れる凄まじい音が響いた。そして、がこん、と間の抜けた音がして、トランクリッドが車体から完全に剥がれ落ちた。

 

「ああ、よかったよかった。完全に壊れてはいなかったらしいな」

 

 そんなことを言って、車体から引き千切った金属の塊を、まるで発泡スチロールのように脇に投げ捨てる。軽々しく宙を飛んだ金属の塊は、重力に従って地面に落下し、その質量に相応しく、地響きのように重々しい音を立てた。

 残されたのは、蓋を剥がされて中身を剥き出しにしたトランクと、スクラップ寸前のボロ車から正しくスクラップ中の廃車に様変わりしたエアカーだけ。

 人外の怪力であった。

 そんなヴォルフに対して、その場に居合わせた全員が呆気にとられたような目を向けた。

 

「……ねぇ、あなた、本当に人間なの?」

「おう、ついこないだもあんたくらいの女の子に同じようなことを言われたもんだが、これでも一応は人間らしいんだ」

 

 思い切り首を逸らして見上げるマルゴに、ヴォルフは微笑んだ。

 そして開いたトランクを見せる。そこには重火器、爆弾、その他何に使うのか外観からはよく分からない道具まで、ぎっしりと詰まっている。全て、秘密裏にヴォルフがこの星へと持ち込んだ、連邦軍における彼の兵装である。

 

「さぁ、道具はたんまりだ。何を使うね?」

「おれはこれでいい」

 

 リィは腰に履いた剣を指さした。

 

「ぼくもだね。慣れない武器を使うよりは、手に馴染んだものの方が信頼出来るから」

「わたしもです」

 

 ルウは、リィと同じように剣を。ただし、もう片方の手には大ぶりの拳銃が握られている。

 シェラは何も持っていない、無手だ。しかしその体にいくつもの武器が仕込まれていることを、ヴォルフは知っていた。

 

「よし、後は嬢ちゃんと坊さんだけだ」

「選り取り見取りね。先に選んでもらって結構よ。私は適当に見繕わせてもらうわ」

「わ、私は……」

 

 言いよどんだテセルに、ヴォルフが太い笑みを向けた。

 

「いいさ、あんたは自分の身を守る装備だけ持っててくれればいい。間違っても自分から敵と構えるなよ。隠れて、危なくなったら投降しろ。俺達の隙を見て逃げ出してきた、そう言ってくれればいい」

「……すまない」

 

 心底申し訳なさそうなテセルである。

 

「私から頼み込んで連れてきてもらっておいて足手纏いになるとは……」

「いいって。人には向き不向きってもんもあるからな。端っこをちょろちょろされて死なれるのも、夢見がよろしくねぇ」

 

 ヴォルフは、トランクに入っている中で一番巨大な機関銃を、事も無げに片手で担ぎ上げ、

 

「さぁ、始めるとしましょうかねぇ」

 

 普段は優しげな異相に、獰猛な笑みが浮かんだ。

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