懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他) 作:shellfish
その日、連邦政府議事堂に招集されたメンバーの表情は、沈痛を通り越して、弔辞や葬式にこそ相応しいほど陰惨なものであった。
彼らは、共和宇宙連邦政府の最高意志決定権を有するメンバーである。当然、精神的にも身体的にも精力溢れる人間ばかりのはずだが、今日集まった面々の顔は、病人と見紛わんばかりに青ざめていた。
そんな彼らの前で、事件の経緯が淡々と説明されていく。誰も口を挟まない。
ただ、説明の最後に、件の少年の婚約者が怪しげな宗教的儀式の生け贄に捧げられ既にこの世の人ではなくなってしまったというくだりに差し掛かったとき、メンバーの幾人かは脂汗を流しながら胃痛薬を飲み下し、残るほとんどの人間は、意識無意識を問わず、自らの信じる神の名を心の中で唱えた。
「……さて、事件の経過は以上だ。言うまでもないことだが、この事件が嵐だとすれば、この嵐はおそらく前回のそれ以上に巨大で猛烈で情け容赦ない牙を全共和宇宙規模で巻き起こすだろう。その対応策について、諸君らと実りある協議を行いたい。さぁ、忌憚のない意見を述べてくれたまえ」
捨て鉢な笑みを浮かべながらそう切り出したのは、共和宇宙の最高権力者である連邦主席マヌエル・シルベスタン三世である。普段は綺麗にセットしている髪の毛も、今日は幾分乱れている。それは、最近とみに増えてきた白髪と併せて、彼の容貌を疲労と諦観に満ちたそれに変えていた。
だが、疲労や諦観と戦っていたのは彼だけではない。この場に招集された、正しく共和連邦の政治的行政的トップエリート達も、この共和宇宙的な危難を、如何に少ない犠牲で乗り切るかにその全勢力を傾けていた。
その中でも、特に皮肉屋として知られる人物が、蝋燭のように色を失った顔に歪な冷笑を貼り付けて、誰に言うでもなく言った。
「知っての通り、前回は約束を反故にしたというだけで、惑星セントラルが吹き飛ばされかけ、危うく十億を超える民衆が犠牲になるところだったわけだが……。諸君らに問おう。この中で、果たして今回の嵐の犠牲者が『その程度の規模』で収まってくれるだろうという希望的な観測を抱いている者はいるかね?」
誰も反応しない。それは、この質問に答えるべき価値を見出さなかったからではない。あらためて事実を口にするのが、あまりに恐ろしかったからだ。
つまり、答えは『否』であった。
主席は力ない笑みを浮かべた。
「とある地方に、『仏の顔も三度まで』という格言があるそうだ。どれほど忍耐強く寛容な人物でも、失態が四度も続けば怒り狂うという意味らしいが……。まず、あの少年に対する人体実験。次に、その不始末と約束の反故。三度目が、今回と同じ少女への人体実験と傷害があった。さて、これで四度目の、それも極めつけの不手際だ。あの少年は、果たして我らを許してくれるのだろうかね?」
投げやりな響きを持ったこの台詞は、主席の予想に違わず、絶望的な沈黙をもって迎えられた。
それでも、いつまでも石像のように沈黙していたのではここに集った意味がない。一同の中でも一際矮躯の男が、おそるおそる手を挙げ言った。
「あの少年が我らに対してどのような対応をするのかは一先ず置いて、我らがまず考えるべきは、惑星セントラルの住人に対する可及的速やかな避難指示ではないでしょうか。前回、彼らがこの星を報復の標的に選んだのは、この星が共和連邦の政治経済のシンボルであり、機能的な中枢であるからに違いありません。ならば、今回も惑星セントラルが標的とされる蓋然性は相当に高い。報復そのものを防ぐ手立てが無いにせよ、人的被害を最小限に食い止めるためには、住人の避難を急ぐべきです」
その意見に三世は頷いた。
「確かに君の意見には一理ある。避難計画の立案、そして避難手段の確保を早急に検討させよう。しかし、問題は時間的な余裕と、避難場所の確保だな。もしも彼らの復讐心が星そのものではなくそこに住む人民に向けられた場合、下手をすれば被害の拡散を招きかねない」
会議の面々は深刻な顔色で頷いた。そこまでするかという思いがある一方、彼らならそこまでしてもおかしくないという警戒心もある。
「主席の仰るとおり、避難場所の確保には最大限の配慮が為されてしかるべきでしょう。これは提案ですが、例えば連邦大学などは如何でしょうか。ルーファス・ラヴィーもエドワード・ヴィクトリアス・ヴァレンタインも、連邦大学に通う学生です。であれば、あの星には彼らの知己が数多くいるはず。彼らもそうそう無茶は出来ないのではないでしょうか?」
なるほど、と幾人かが頷く。
「しかしその場合、避難民の居住スペースと、食料を含む生活用品の補給がネックになりますぞ。あの星は、一つの星全体を研究と学問という単一の目的のために整備した特異な環境です。元から生産よりも消費が極端に多い歪な経済なのに、そこに十億を超える難民が押し寄せた場合、いったいどんな混乱がもたらされるか……」
「これは非常事態なのです。星全体の授業を強制停止し、学舎を避難民の一時的キャンプとすれば住居の確保は不可能ではありません。日用品については共和宇宙群の総力を挙げて輸送に当たれば何とか賄えるでしょう。あとは現地の学生と避難民との感情的な衝突ですが……こればかりは連邦大学に通う学生達の高い教養と知性に期待する他ありませんな……」
「つまり、学生達の学ぶ権利を、一時的にとはいえ、共和政府が強権的に停止するわけですな。グラッツェン学長の青筋の浮いたこめかみが目に浮かぶようです。私は学生時代、教授だったグラッツェン学長にさんざん絞られた口ですからな、今でもあの人の前に立つと足が竦みますよ……はは……」
果敢にも皮肉なジョークを口にした者がいたが、残念ながら、それとも幸運なことに、誰にも一顧だにされなかった。
ごほんと咳払いが議場に響き、別の者が口を開いた。
「確かに、避難民に対する生活支援は重視されて然るべきですが、しかし本当の問題は、そういった避難等の危機回避手段が、彼らの目にどう映るのかということではないでしょうか。我らにすればそれは本当に必要最低限の自衛策ですが、万が一、彼らにとって卑劣な悪あがきと映った場合、熱された油に水をかけることにもなりかねません。他星系が彼らの標的とされる可能性も出てくるのでは?」
「あなたの言いたいことは十分理解出来ます。しかし、それはあくまで可能性の問題ではありませんか。仮定の話を恐れて避難を躊躇すると仰る?では、惑星セントラルの住民は、座して死を待てと?それこそ共和宇宙連邦の精神、人民の平和の究極的な追求に反しますぞ」
「無論、そんなことは考えておりません。しかし、避難と同時に、彼らに対して真摯な謝意を伝えるべく準備を進めるべきではないでしょうか。今回のことは、共和連邦政府にとってまったく寝耳に水、解釈によっては我らも被害者であるはずです。その点を理論立てて説明すれば、いくら頑迷な人間でも少しは耳を傾けてくれるのでは?」
その意見に、主席は首を横に振った。
「いや、その理屈は、おそらく彼らには通用しない。問題は、ヴェロニカ共和国が共和宇宙連邦加盟国であることなのだ。彼らにとって、共和宇宙連邦は単一の組織であり、そして彼らは、組織の起こしたことについては組織全体が責任を取るべきだという考えをもっているふしがある。今までの三度の危機において、いずれも事態を与り知らない政府首脳が槍玉に挙げられた。ならば今回も同様の事態が起きる可能性が高い」
問題が起こったときにトップに責任を取らせるという姿勢は、ちっとも間違えていない。間違えていないのだが、責任を取らされる側の人間にしてみれば、勘弁してくれというのが本音だろう。しかも、トップの首の挿げ替え程度で話が収まるならともかく、彼らの掟とやらはその程度を自裁とは見なしてくれないのだ。
果たして、どのような無理難題が突きつけられるのか。
会議場に深い溜息が起こった。
「……今更言っても詮無きことですが、そうして考えてみると、早々にヴェロニカ共和国の連邦除名の決議を進めておくべきでしたな。この事件が起きる前にあの星を切り捨てておけば、最大でもあの星一つの被害で収まったものを」
冷酷な意見であったが、内心で首肯する者が多かったのは事実である。
惑星ヴェロニカは居住用惑星といっても、所詮は数千万程度の住人を有するだけの、規模的には中の下といった星でしかない。例えば惑星セントラルのように大規模かつ政治経済の中枢機能を持つ星が吹き飛ばされることと比べれば、その被害は天と地ほども差があるのだ。
主席も重たい溜息を吐き出した。
「あの星には以前から黒い噂が絶えなかった。身元のしっかりしない旅行者があの星を訪れると高い確率で行方不明になったり、在ヴェロニカ外国人の原因不明の死亡がきちんとした検死も行われないままに処理されたり……。実は共和連邦憲章に抵触する重大な人権侵害行為が行われていたのではないかという話も情報局から伝わっているのだが……」
主席がちらりと見たのは、大国エストリアの代表としてこの場に参加している、年若い外交官であった。
ヴェロニカ共和国の、ある種の治外法権が曲がりなりにも黙認されてきたのは、エストリアの横車があったからと言ってよいし、それは共和宇宙連邦の上層部では周知の事実であった。
加入国全ての平等をお題目に掲げる共和連邦政府であるから、一国の意向によって不法がまかり通るなどあってはならないことだが、加入国の規模によってその発言力の大小は歴然と存在するのだ。
ヴェロニカ共和国が今日まで国際的な非難を浴びながらも連邦加盟を維持できたのも、無論エルトリアの力があってこそである。もしもエルトリアがヴェロニカ共和国を支持しなければ、既にあの国は連邦とは無関係の国になっていたはずなのに。
三世は、内心で舌打ちをした。大国の専横と、それに追従する小国の傲慢。それを代々黙認してきた連邦首相も情けないが、かといって、共和連邦の精神を穢すような大国の振る舞いを到底許容する気にはなれない。
そも、この場は共和宇宙連邦政府の関係者だけに参加資格のある緊急会議なのだ。なのに、どうして加盟国の一つに過ぎないエルトリアの一外交官が、大きな顔で参加しているのか。
そんな、まるで針の筵のような非難の視線の中で、その年若い外交官が平然と挙手した。
「主席。発言の許可を頂けますか?」
外交官は、陰りのない笑みとともに言った。爽やかな、春の日差しのような笑顔。その笑顔が、どうしてか心奥の不快感を刺激する。
それでも主席は内心を表情に出すことはなく、厳粛な面持ちで頷いた。
「では失礼して……。まず、この場におられる皆様方に、本国からの深い遺憾の意をお伝えします。我がエストリアが、ヴェロニカ共和国政府の後ろ盾としてかの国を表から裏から支援していたのは皆様もご存じのところです。それが全ての原因ではないにせよ、ヴェロニカ共和国がかかる事態を引き起こしたことについて、我が国は相応の非難を免れ得ますまい。今日の事態はまったくもって我が国の意図せざるところですが、しかしその責任を、エストリアは深く感じている次第です」
ブラウンの髪を綺麗に撫でつけたこの少壮の男の言葉に、顔にこそ出さなかったものの、マヌエル・シルベスタン三世は驚いた。三世だけではない。この会議に出席している全ての人間が奇異の念を抱いた。
まさか、大国エストリアが、自らの過ちをこうも率直に認めるとは思わなかったのである。
外交とは、政治とは、詰まるところ狐と狸の騙しあい、熟練者のポーカーゲームのようなものだ。手札を隠し、内心を伏せ、選び抜いた言葉と偽りの表情を武器にして、最小限の出資で最大限の利得をもぎ取ることを至上とする世界である。
この少壮の男がいったいどんな任務を背負ってこの場にいるのか、それを推し量る術はさすがの連邦主席 にもありはしないが、この少壮の男が、年相応の未熟者と見くびってかかってもよい人間でないことは理解出来る。そのような人間にエストリアの外交官という重職が勤まるはずがない。飛び抜けて優秀なのは当たり前、それ以外の何かを有しているからこそ、この場に派遣されたはずである。
その油断ならない少壮の男が、いとも容易く本国の非を認めた。それも、外交官として、公式の場の発言で。
普通に考えればあり得べき話ではない。彼の任務は、本来エストリアに向けられるべき非難の矛を躱し、無関係の第三者に向けさせることではないのか。
当初の目的とは違った方向の緊張を孕んだ会議場で、少壮の男は暢気そうに続ける。
「わたくし自身は伝聞でしか存じ上げませんが、例の要注意人物、ルーファス・ラヴィーとエドワード・ヴィクトリアス・ヴァレンタインの危険性については前任者より念入りに引き継ぎを受けているところであります。どうやらその前任者、相当に酷い目に遭わされたとみえ、心胆冷え切った有様でしたが……」
くすくすと少壮の男は笑った。
この場にいる幾人かが、屈辱に顔を赤らめて少壮の男を睨み付けた。何故なら、前任のエストリア外交官がルウに重度のトラウマを植え付けられた時、主席を含んだ幾人かもその外交官と同じ目に遭わされ、この世の地獄とも思える苦痛を味わったのだ。当然、その時の苦痛の記憶は拭い去りがたく、今もルウやリィに関する事案を処理するときの重たい足枷となっている。
少壮の男は、前任の外交官を揶揄すると同時に、この場にいる幾人かも同時に蔑んでみせたのである。それが意図的なのかそれともただの失言であったのか、軽薄な笑みを浮かべ続ける少壮の男の表情からは判別できなかった。
「とにかく、如何なる手段によってか、彼らは我が共和宇宙の文明そのものを破壊出来るだけの力を有し、その制御は、彼らが彼ら自身に課した掟という、甚だあやふやなものにしか頼ることが出来ない。さらに、彼らが一度怒りに囚われれば、何人も彼らを宥める手段を有せず、その怒りが収まるまで、人民は怯え竦み神に祈りを捧げるしかないのだと聞きました。これはもう、天災と呼ぶより他ありません。しかも、極めて独善的で恣意的な天災です。本来であれば、まずはその原因を除き取り去ることを考えるべきなのでしょうが……」
少壮の男はそこで言葉を句切り、ぐるりと議場を見渡した。
そこにあったのは、少壮の男に対する賛同の意志ではない。むしろ、少壮の男の言葉に対する譴責と恐怖の念が色濃く込められていた。つまり、祟り神を揺り起こすような真似はやめてくれ、である。
少壮の男は、天井を見上げて小さく息を吐き出した。
「まぁ、それは今後の課題ということにしておきましょう。差し当たり、エドワード・ヴィクトリアス・ヴァレンタインの配偶者を、愚かしくも儀式の生け贄などにしてしまったヴェロニカ共和国の処遇です。これは、どうか、我がエストリアに一任して頂けませんか?」
一同の視線が、途端に厳しさを帯びた。
なるほど、それがこの不遜な外交官の狙いか。
マヌエル・シルベスタン三世は、底光りのする視線で少壮の男を射貫いた。
「ヴェロニカ共和国の処遇を一任して欲しい、と。それは、当然のことながら君の所属するエストリア本国の意志と考えて構わないのだね?」
「当然です閣下。ワタクシは、あくまで本国の意志の代弁者に過ぎません。そして代弁者が自由意志でこのような場において発言することなど、あり得べき話ではないと考えて頂いて結構です」
三世は頷いた。
「ではまず、今回の件でエストリアはヴェロニカ共和国をどう遇しようと考えているのか、それをお聞かせ願いたい」
この問いに明確な回答が無いようでは、処遇の一任など問題外である。
理由は不明だが、エストリアはヴェロニカ共和国に対して、手厚く庇護する方針を取り続けている。もしも今回の件でもその方針を崩さないならば、それは、件の二人にとって到底容認できるものではあるまい。そうなれば、正しく火に油を注ぐ事態になりかねないのだ。
どこが落としどころになるのかは未だ手探りだが、最低限、少年の婚約者を生け贄に捧げることを決定した、ヴェロニカ教団の指導者の身柄の確保と、ヴェロニカ政府首脳陣の首の挿げ替えくらいは考えておかなくてはならないだろう。ことによれば、ヴェロニカ教という宗教の強制的な解散と信仰の禁止くらいは免れないかも知れない。
つまり、信仰の自由の制限という、共和連邦憲章にも抵触する処分を行う必要が出てくるかも知れないのだ。その手続きには細心の注意を払う必要があるだろうし、非合法な手段──洗脳や拷問を含む──を取らざるを得なくなる可能性もある。いったい、それらの覚悟をエストリアは持ち得ているのだろうか。
その点、三世は懐疑的であった。連邦加盟国の中でも利己主義的色彩の強いエストリアが、どうしてそのような貧乏くじをわざわざ引くものか。
だが、実のところ共和連邦政府にしても、エストリアがこの件の事後処理を請け負ってくれるというならばこれほど有り難いこともないのだ。上記のような、下手をすれば共和連邦の存在意義にも関わる憲章違反を、共和連邦自身が行っていることが表沙汰になれば、主席の政治生命の話を通り越して、共和連邦そのものの存在意義を問われる事態になりかねない。
その点、エストリアがその貧乏くじを引いてくれれば、連邦そのものは、万が一の時にも国際的な非難を躱すことが出来る。
期待と不安の入り交じった三世の視線を、少壮の男は、神経に障るようなにやにや笑いで受け止めた。
「主席のご懸念はご尤もです。ただし、その点については、エストリアは不退転の決意と覚悟でもってこの案件に取り組むことを約束させて頂きましょう。当然のことですが、この問題の、最終的かつ決定的な解決策について、我々は今この場で自信をもって皆様に提示させていただきます」
少壮の男は、議場のスクリーンを使用し、作戦の全貌を明らかにした。
それは、正しく恐るべき作戦であり、そして少壮の男の言葉のとおり、最終的かつ決定的な解決策であった。
つまり、惑星ヴェロニカに居住する全ての人民の抹殺である。
ある意味において、これほど明快な責任の処断も他にない。罪のある者、罪のある疑いがかかっている者には、全て死んでもらい、その死をもって許しを乞おうというのだ。
「まず、今回の事案についての一番の危険は、言うまでもなく、ルーファス・ラヴィーとエドワード・ヴィクトリアス・ヴァレンタインの暴走です。彼らが我を忘れて暴れ回れば、まことにはた迷惑な話ですが、この共和宇宙が文明的な意味で崩壊しかねない。それだけはどんな犠牲を払おうとも避けなければならない。この点について異論を挟む余地はないでしょう」
少壮の男はぐるりと議場を見回した。
そこには、浮いてもいない額の汗を必死に拭う、老人達がいた。彼らは、海千山千の政治家、あるいは高級官僚のはずである。共和宇宙の中枢を担う、スーパーエリートである。その彼らが、まるで陸に打ち上げられた魚のように、必死に喘ぎながら呼吸を繰り返している。
それだけ、明らかにされた作戦は非人道的であり、非現実的であり、何よりも恐るべきものであったのだ。
少壮の男は、密かに冷笑を浮かべた。どうせ、自分を正面から見ることの出来る人間は、今、この場にはいない。
「彼らの言葉を分析すると、どうやら彼らには、前近代的な掟というものがあるらしい。例えば、相棒の誓いを立てた者同士には、一方の者が第三者から侮辱や攻撃を受けたとき、他方の者にその第三者への報復の権利が認められるというもの。そして、その報復に関しては具体的な制限は無く、被害者、あるいは報復者の気が済むまで許されるというもの。現代刑法学からすれば驚天動地なほど野蛮な取り決めですが、彼らは我々のように卑小な人類からすれば、正しく絶対者の如き存在ですからな。その点を嘆いてもしかたありますまい」
少壮の男は不承不承といった有様で言った。
「しかし、報復という行為は一般的に、不法な行為を犯した加害者に対する肉体的、精神的、もしくは社会的な制裁が不十分で、被害者が納得出来ないときに、補助的に取られるべき手段です。であれば、彼らにとっても非の打ち所がないほど徹底的な制裁が加害者に加えられば、報復の刃は目標を見失い、その矛を収めざるを得ない。違いますか?」
三世が、掠れた声で言った。
「……それは、そうかも知れない。しかし、惑星ヴェロニカには、ヴェロニカ教に無関係の者も多くいるだろう。他国の長期滞在者や帰化民も少なくはない。それらも一緒くたに虐殺するというのかね?」
少壮の男は、内心はともかく、真剣な顔と声で言った。
「主席。我が祖国、エストリアが、まさか三文映画に登場する悪の帝国の如く、嬉々としてこの作戦を立案したなどと、まさか考えてはおられますまいな。我らにしても、現在は変わり果てたとはいえ、かつての友好国であるヴェロニカ共和国の人民を攻撃対象とするなど、苦渋を極めた選択肢には違いないのです。また、かの国には我がエストリアの国民も数多く滞在しております。しかし、共和宇宙に住む全ての人民を不当な災厄から守るためには、それは避け得ぬ犠牲であることをご理解ください」
主席は言葉を失った。失わざるを得なかった。少壮の男の言葉は一々もっともであったからだ。
確かに、それほど徹底的な罰を共和政府自らが下すのであれば、あの二人が何と言おうと聞く耳を持つ必要はないはずだ。一族郎党皆殺しなのではない。その星に住む全ての人間に対するジェノサイドなのだから。
これで、まだ犠牲の血が足りないと宣うならば、あれらは自らの言葉に責任を負わない凶獣だということになる。そして、三世の祖父の言葉が正しければ、そこまで道理の通じない相手ではないと思われる。
「……作戦は理解した。しかし、どうやって国際的な非難を躱すつもりだ?まさか、たった二人分の怒りを静めるために数千万の人間を生け贄の羊としました、では誰も納得するはずがないぞ」
「その点についてはご安心を。ヴェロニカ共和国は、我が国の度重なる忠告にも関わらず、数々の非道な犯罪に手を染めていることが判明しております。例えば、今回の、例の少年の配偶者を生け贄に捧げた件。さらに、彼女を生け贄に捧げる前に、アーロン・レイノルズ大統領の子息がかの少女をゆがんだ性的欲望の対象として拷問にかけた際の映像を入手しております。どうぞ、ご覧ください」
そう言って、少壮の男はスクリーンに映像を映し出した。
それは、美しい少女が、青年の歪んだ性欲の贄となり、凄惨な虐待を受け続けるという衝撃的な内容の映像だった。
殴る蹴るの暴行には気丈に耐えていた少女が、太ももに穿たれた銃創を指で抉られ、悲痛な声で叫ぶあたりで、観衆の幾人かが気分を害したかのように咳払いをした。
都合一時間近い拷問の後、少女が蹴り転がらされ、まるで壊れたマネキンのようにぐったりと動かなくなったところで映像は途切れた。
「この後、生け贄に捧げられるまでの短くない期間、彼女がいったいどのような目に遭わされたのか、想像に難くありません。おそらく、女性という性が受けうる、最も呪わしく忌むべき行為を受け続け、その尊厳を踏みにじられ続けたことでしょう。痛ましいことです」
「……そのように汚らわしい行いを、まさか一国の大統領の実の子息が行っていたというのか……」
聴衆の一人があらん限りの嫌悪感とともに絞り出した声に、少壮の男は頷く。
「彼女は、例の少年の婚約者であると同時に、惑星ベルトランの州知事であるアーサー・ヴィルフレッド・ヴァレンタインの養女でもある。いくらでも悲劇的なエピソードを肉付けすることが出来るでしょう。それに、見ての通り、大変美しい少女です。これらの事実を全面に押しだし、そして加害者をヴェロニカ教全体というように印象づけることが出来れば、国際世論の操作は極めて容易であると考えます」「……しかし、文明国であるエストリアが、理由はどうあれ一つの国の全ての人民を鏖殺すれば、非難はどうあっても避け得ぬものだと思うが、本当にその程度で躱しきれると思っているのかね?」
だとすればあまりにも見通しが甘いと言わざるを得ない。
したりと少壮の男は頷いた。
「皆様のご懸念、一々ご尤もかと。しかし、ご安心を。今回の一件は、誰の責任でもない、彼らが彼らの死刑執行許可書にサインを押すだけのことです。少なくとも、そこに共和宇宙政府も、我がエストリアも、名前が記されることはありません」
「……どういうことだね?」
「例えば、こんな筋書きは如何でしょうか。ヴェロニカ教徒は、一見すれば他宗教の信徒への寛容に溢れた穏やかな人間に思えたが、裏では特権意識に凝り固まり、異教徒に対して侮蔑の念と宗教的な恨みを抱き続けていた。そして、その顕現が、かの少女や他の憐れな被害者に対する非人間的な虐待であった。これらはまったき事実なのですから、少しも不自然ではありますまい。その上で、彼らは、共和宇宙的な平和と秩序に強い敵愾心を燃やしていた……」
「……」
「驕り高ぶった彼らは、自分たちの神の教えを全宇宙に広めるために、暴力的な手段を企てた。つまり、宗教的なテロリズムです。これも、特異ではありますが不思議なことではありません。共和宇宙の設立前、そして設立後も、狂信者による宗教的テロリズムは市民の安全を脅かす、忌むべき危険因子であり続けたのですから」
それは、この場にいる全ての人間の知りうるところだった。
宗教的なテロリズムの始末に負えないところは、現世的な利益を超越したところに達成目標が掲げられているため、交渉や妥協の余地が無く、常に殲滅戦の様相を帯びることだ。 そうなるとテロリスト側も捨て身の攻撃に出ることが多く、一般市民に多くの犠牲が出ることもある。
最も大きな被害が出たのは、共和宇宙歴822年に起きたビサーカ星系のダークシャ教徒による大規模蜂起事件である。
蜂起そのものは共和宇宙軍の活躍により早期に鎮圧されたのだが、首謀者であった教主が逮捕され、捨て鉢になった信徒が『ステーション』内にて自爆テロを決行、それによって星系内の唯一のゲートが徹底的に破壊され長期にわたって使用不能となった。
未だショウ・ドライブの開発されていない時代のことだ。『ステーション』の破壊は、すなわちその宙域の長期間の孤立を意味する。
その結果、消費星系であったビサーカ星系に対する食料供給が完全にストップ、たちまちに絶望的な食糧不足が同星系を襲い、数千万とも数億ともいわれる餓死者を出した。
しかし、それほどの破滅的な被害を出したダークシャ教は、驚くべき事に現在も存続し、多くの信徒を抱えている。信教の自由を謳う共和政府には、思想が危険であるということのみをもって教団の解散を強制することは非常に困難なのだ。
現在も、情報局などが、危険な思想を持つ教団の監視にその力の大半を裂いているのだとまことしやかに囁かれているのは、まさにそういった事情によるところが大きい。
「ヴェロニカ教団は、最も安価にして最も大量の命を奪いうる兵器の製造に、密かに手を出していた。そう、殺人ウィルスです。あの国は、不自然なほどに遺伝子工学系の科学技術に力を注いでいましたから、その手の疑惑をかけるにはちょうど良い訳です。さらに都合の良いことに、彼らは、その過剰なまでの菜食主義によって特定の野菜類しか口にすることが出来ず、各集落に専用の製造プラントを建てている。実は、それが殺人ウィルスの製造工場だったということにしてしまえばいい。そして、密かに多量の殺人ウィルスを製造、貯蓄し、来るべき決起の日に備えていた……」
聴衆のこめかみを、冷たい汗が伝った。
「その計画を察知した我がエストリア軍は、早急に彼らの暴挙を食い止めるべく軍を動かします。しかし残念ながら、長年の計画を看破され自暴自棄になった一部の信徒の暴走を止めることが出来ず、殺人ウィルスのタンクは爆破され大量のウィルスが大気中にまき散らされた。当然、住人は全て死亡し、惑星ヴェロニカは死の星になってしまった……。どうでしょう、この筋書きは?被害は最小限に抑えられ、そして誰も傷つかない。素晴らしいとは思いませんか?」
にこりと笑った。とても、自分の舌鋒に、数千万の人間の命運が乗せられているのだという自覚など感じられない、脳天気な声であった。
その、現実感の薄い声を聞きながら、主席は、自らの下すべき判断の天秤に、明確な重りが乗っかったのを感じた。
「……一つだけ、一つだけ教えて欲しい」
主席の消え入りそうな声に、少壮の男が笑顔を向ける。
「その計画の発案者は誰だ?そして君の、名前は何だ?」
少壮の男は、にんまりと、蛇が卵を飲み込むように笑った。
「ええ、最初に申し上げましたとおり、ワタクシはただの代弁者、この計画が誰の手によって練られたものかなど、知りうる立場にはございません。なので、残念ながら最初の質問にお答えすることは不可能です。ただし、もう一つの質問には答えさせていただきましょう。ワタクシの名前は、テルミン。エストリア共和国外務省大臣官房付特別書記官、アイザック・テルミンです。以後、お見知りおきの程を……」