懐かしき日々へ(デルフィニア戦記・暁の天使たち他) 作:shellfish
マルゴは正しく不機嫌を絵に描いたような有様だった。
「さて、どういうことか、説明してくれるかしら?」
詰問したマルゴであり、されたのはケリーであった。
それは、何ともちぐはぐな光景であった。
年少者に問い詰められる年長者。少女に許しを乞う大の男。反逆者が憤然と腕を組んだ取調室。
「いや、だから悪かったって言ってるだろ。冗談が過ぎたぜ、このとおりだマルゴ、そう怒るなよ」
手を合わせたケリーだったが、その顔が微妙ににやついているのをマルゴは見逃さなかった。本当に心底反省している人間の頬が、どうしてこうも緩んでいるのか。
まだまだ文句は言い足りないし、喚き散らしたい怒りがあるのも事実だった。何せ、この男は自分達をピエロにしてくれたのだ。死を賭した反逆自体、子供っぽい動機であることを否定しようとは思わないが、それでも覚悟に対して著しく礼を欠く行いがあったのではないか。
だが、いつまでもこうしていては話が前に進まない。別室で軟禁されている兄弟達が心配もするだろう。
マルゴは、盛大に溜息を吐き出し、和解と諦念の合図とした。
「……あなたが申し訳なく思っているのは分かったわ。とりあえず、その話は横に置いておきましょう。で、あらためて、あなた達はどういうつもりなの?どうしてこの星に残っているのかしら?」
ちらりと、ケリーの横に腰掛けたジャスミンを見遣った。ジャスミンは目を閉じ、深く椅子に腰掛けている。
そして、その横。マルゴの見知った顔が、更に並んでいた。
ヴェロニカ軍の最高幹部の一人である、カスパー・ヴォダルス将軍。軍でも随一の石頭として知られ、気難しいことで有名な彼が、どうしてこの場にいるのか。確か、この男は大統領派と反目し、中央からは半ば左遷されていたのだと聞いたが……。
マルゴの瞳が不審に揺れたその時、ジャスミンが静かに目を開き、口を開いた。
「わたしから説明する。その前に、この男が迷惑をかけたな。一応、わたしは止めたんだが聞かなかった。決して君たちを侮辱する意図はなかった、許して欲しい」
「おい、女王、俺だけ悪者にする気かよ。だいたいあの作戦の立案者はあんたじゃねえか」
「だからといって投光器まで持ち出すのはやりすぎだ。わたしは、この子達があの新型機甲兵を奪取に来るだろうからそれを待ち構えるべきだと言ったんだ。それをわざわざああいうふうに演出する必要などあるものか」
視線をケリーに寄越すことすらなく、ジャスミンは言い捨てた。そう言われてしまうと反駁の手段がないのか、ケリーは憮然とした表情で明後日の方向に顔を向けてしまった。
「そして、どうしてわたし達がこの星に残っているか、だったな。それは、君たちと協力して、悪辣なエストリア軍を撃退し、この星の住人に訪れるだろう惨禍を回避するためだ」
「……本気で言っているの?どうしてこの星とは無関係の、いえ、この星の住人に対して恨みを抱いていて少しもおかしくないあなたが、勝ち目のない戦いで命を落とそうと?こう言っちゃ悪いけど、あなた、正気?」
ジャスミンは真顔で頷いた。
「正気だとも。正気でないのは、トリジウムなどというニンジンを目の前にぶら下げられて、揃いも揃って暴走する頭の悪い競走馬たちさ。ああいう輩には、特大の鞭でもって頬を張り飛ばしてやらんと、やって良いことと悪いことの区別もつかんのだ。そして、その走狗となり果てて軍人たる誇りを失った狂犬どもも気にくわない。気にくわない連中ばかりだ。そういう奴らが、この世は自分の思い通りだと勝ち誇る様を見たら、しばらく安らかに眠れなくなる。だから、君の手伝いをさせてもらいたい。どうだろう、その許可を頂けないか?」
射貫くような眼光の女丈夫は、くすりとも笑わない、真剣な表情で言う。
流石のマルゴも、咄嗟に一言も返すことは出来なかった。
そのマルゴに、ケリーが、こちらは冷ややかな笑みを浮かべながら、
「その女が言ってるのは間違いなく本心だぜ。それでお前が納得できないなら、こういう理由はどうだい?俺達はこれでも小さな会社の社長みたいなもんなのさ。そして、この星にはたんまりとトリジウムが埋まっているんだろう?全てに片が付いて、この星のトリジウムが世間に後ろ暗いものじゃなくなったあかつきには、その流通販売の独占権をもらいたい。だから、差し当たってこの国には滅びてもらっちゃ困るのさ。こういう理由なら問題無いのかい?」
問題の有無ではない。そも、戦いに身を投じれば、生きて帰ることなど出来るはずがないのだ。どれほど愚かな強欲者であっても、溶岩の海に沈んだ金貨を素手で掴もうとはしないはずだ。
相手は、宇宙海賊程度ではない。正規の宇宙軍、それも超大国エストリアの誇る最新鋭の艦隊である。
怪獣夫婦の正気を問おうと口を開いたマルゴの、機先を制するように、嗄れた声が、
「マルゴ・レイノルズ大尉」
それは、さして大きくも鋭くもない声だったが、年少者であるマルゴの声を封じるだけの威厳が込められていた。
老境に差し掛かり、身体からは以前の精強さを失ったカスパー・ヴォダルスであるが、白く染まった髪はなお豊かであり、口元の髭は良く整えられていて身だしなみにも隙がない。
何より、少し眠たげな瞼の奥の眼光が、鋭くマルゴを捕らえていた。
「彼らは、戦略的に相手方の先制を許し、戦術的には極めて劣勢であり、彼我の戦力を比較すれば匙の一つも投げたくなるような我々に、協力を惜しまぬと言ってくれる。ならば、それを有り難く受けるのが唯一の選択肢に思えるのだが」
「……ヴォダルス閣下、失礼ですが、将軍たる階位を有する御方の発言とは思えません。彼らは民間人です。それも、ヴェロニカ共和国とは無関係の。どうして軍の作戦に、民間人を関わらせることが唯一の選択肢なのでしょうか」
ヴォダルスは頷いた。
「正しく君の言うとおりだ、マルゴ・レイノルズ大尉。どれほど能力と識見のある民間人であっても、軍隊という組織の中でははっきりとした異物であり、作戦行動においては邪魔者以外の何物でもありはしない。また、作戦の詳細が彼らから漏れ出せば、作戦に関わる全ての隊員の命を危険に晒すことにもなりかねない。全くもって愚行の極みと言わざるを得ないだろう」
「仰るとおりです、閣下。では何故……」
「まず一つ。我らは絶体絶命であり、袋の鼠であり、虎の尾を踏んだ憐れな子鹿だ。今更少々の不安要素を抱え込んだところで、我らの勝機に減少する要素はあるかね?」
マルゴは言葉を飲んだ。
敢えて反論を試みるならば、勝利に対して少しでも貪欲であるのが軍人の務めであり、その責めを放棄した者に女神は微笑むことはないのだ、と、そう言い切ることも出来ただろう。
しかし、事態は最早そういう段階を踏み越えているのだ。ゼロに何を掛けてもゼロにしかなり得ないように、ヴェロニカ軍の敗亡は避け得ない。少なくとも、マルゴはそう考えている。
だから、口を噤むほかなかった。
悔しげなマルゴ、彼女を眺める軍重鎮の視線は、むしろ先ほどよりも柔らかだった。
「次に、私はヴェロニカ教の信徒だ。信徒である以上、神のご意志には逆らうことが出来ん。つまり、半分は私の我が儘なのだよ。分かってくれ、マルゴ大尉」
「神のご意志……とは?」
不審の響きを隠そうともしないマルゴの声は、あるいは不敬の罵りを受けても仕方ないものだったかも知れないが、ヴォダルスはそのことを咎めることはなかった。
むしろ嬉しげに、
「私は、先般、ナハトガルで行われた忌むべき儀式に出席した。無論、本意ではなかっただが、それを言い訳にしようとは思わない。一人の少女を野獣の生き餌にしようという、忌むべき儀式の観客に、私はなったのだ。その一事を、神は許しはすまいよ」
ヴォダルスは遠い過去を振り返るようにして言った。
「しかし、私は確かにあの夜、奇跡を見た。この先、私を待っているだろう地獄の業火は恐ろしいが、しかし私の信仰が決して間違えていなかったのだと、この目で確かめる事が出来た。全くもって不信心の限りなのだろうが、私は確かに救われた気がした」
マルゴは何も言わず、目の前の老軍人の目を閉じた顔を見遣った。
あの晩に行われた全てについて、マルゴは表と裏とを知っている。確かにあれは奇跡だった。しかし、神や宗教とは無縁の奇跡だ。愛も懺悔も信仰もない、人と人以外の何かの力が起こした奇跡。
その委細について、この場で語る必要性を、マルゴは見出さなかった。ただの滑らかな色硝子でも、無粋な誰かが鑑定にさえ出さなければ、それは宝石と同義なのだから。
「閣下、それが一体どういう……」
「そして、今日、夢を見たのだ」
「夢……ですか?」
ヴォダルスは、照れたように笑った。
「そう、夢だ。私にとっては心底恐ろしく、そして暖かい夢だった。あの儀式の闌で、少女の剣の露と果てたビアンキ老師が、私の前に現れたのだ。そして仰った。この国を未曾有の危機が襲う。お前は全ての罪滅ぼしに、その陣頭指揮を執れ、と。いつまで経ってもお節介な師匠だ。私はもう、寺院であなたの説法を受けていた小僧ではないというのに……」
老人の、薄く濁り始めた瞳は、遠く美しい過去を映し出しているのだろうか。
「……閣下、お言葉ですが……」
「分かっている。夢などという甚だ非科学的なものでもって、軍を動かすなど言語道断だ。私も、今朝まではそう思っていた。しかし、状況が変わった」
「状況が?」
「現在のヴェロニカ教団における唯一の老師で在らせられるテセル老師が、私のもとを訪れ、そして全く同じ夢の内容を話したのだ」
「……」
「だからといって夢が事実となるわけではない。しかし、一昨日の夜にあのようなことがあり、直後に現れた天啓だ。決して無視を決め込んで良いものとは思えなかった。第一、この国は神の教えを守るために偉大なる祖先が建国したのだ。であれば、その子孫である我々が、神の啓示を元に軍を動かして、どうして問題があるのだろう。無駄足に終わるならば寧ろ望むところ、老骨が詰め腹を切ればそれで済む話ではないか」
そう言い放ったヴォダルスの顔は、まるで、とっておきの秘密を打ち明ける悪童のようだった。
「この老体の引退を望む人間は意外に多い。つまり、良くも悪くも私自身にはそれなりの価値があるのさ。その証拠に、私の首を天秤に掛けてみたら、意外な程に早く作戦の決裁は下りたよ。無論、テセル老師を始めとした、件の天啓を受けた全ての人間の働きかけがあったのは事実だがね」
「全ての人間、と仰いますと?」
「ビアンキ老師の天啓を受けた人間は、将官級の軍人だけで10人を越える。そして議会の中枢を占める長老議員のほぼ全員。これだけの人間が一斉に同じ夢を見たのだ。そして、この国の危機を同時に訴えた。夢などは確かに何の根拠にもなりはしないが、しかし夢を見た人間の社会的な力というものは意外と侮れないということさ。口幅ったいが、私自身も含めてね」
マルゴは唖然とした。
話を聞くだけで何十人、いや、暗数を考慮するならば、おそらくはその数倍の人間が同時に同じ夢を見る。そして、その夢を理由に、一軍を動かす。
そのようなことが、あるのだろうか。
いや、現実にあるのだ。目の前で、それは起こりつつあるのだ。
そして、人はそれをこう呼ぶのだ。
奇跡、と。
「そして、これが最後に理由になるのだが、マルゴ大尉、私はね、恐ろしいのだよ、単純に」
「恐ろしい……?」
目の前の事態に頭が付いていかず、鸚鵡返しに応えるマルゴであったが、老人は意に介さず、
「ああ、そう、恐ろしいのだ。君も軍人ならば分かるだろう?新兵時代に直属の上司だった教官は、恐怖の象徴そのものだ。例え階級が彼女を越えても、年齢が彼女を越えたとしても、依然として恐怖の象徴であり続けるのさ。そして私には、その恐怖に打ち勝つだけの勇気がない。どうだいマルゴ中尉、私を蔑むかね?」
しばし呆然としたマルゴだったが、ヴォダルスの言葉に違和感を覚えて訊き返した。
「あの……閣下、それはいったいどういう意味でしょうか。それに、彼女とは……」
「そうだぞヴォダルス少尉。貴官の話しぶりでは、まるでその教官が、鬼か悪魔のようではないか」
「何を仰いますやらクーア大尉。私はそのようなことを一言だって申し上げていませんとも。それに、任官二年目、共和宇宙軍に出向していたヒヨコ同然の私を、厳しくも優しい愛の鞭で躾けて下さったのは、鬼でも悪魔でもない、鬼や悪魔が泣いて許しを乞う紅の魔女だったのですから」
マルゴは、弾かれたようにジャスミンを見た。
半世紀も昔、八軍の魔女と呼ばれ、恐れられ、或いは畏れられたジャスミンは、不敵に笑っていた。
「言うようになったじゃないかヴォダルス。良い傾向だ、かつての上官として嬉しく思うぞ。昔はわたしの顔を見るだけで顔を青ざめさせ、ちょっと小突き回せばぴぃぴぃ泣き喚いていたというのにな」
「ええ、どこかの誰かさんの薫陶の賜物ですな。しかしクーア大尉、私は既に将軍と呼ばれる階級なのですぞ。例えかつての上官であろうとも、相応の敬意が払われて然るべきなのではありませんかな?」
言葉だけをとらえれば、まるで階級章の威を借るようなヴォダルスの発言だが、冗談めかした調子と、何よりも子供じみてあどけないその表情が、言葉の毒を打ち消していた。
ジャスミンもこみ上げる笑みを噛み殺すように、
「それは失礼した、ヴォダルス少尉どの。随分とお偉くなったようでかつての上官として鼻が高い。しかし、それとこれとは話が別だ。わたしに相応の敬意とやらを支払わせたいのなら、その階級章相応の実力を見せてもらってからにしようか。それまでは、貴様はいつまで経っても鼻垂れのヴォダルスさ」
「聞いたかねマルゴ大尉。嘆かわしいことだ。この女性には、上位の者に対する敬意も年長者に対する気遣いも無いらしい。そしてこの女性が、泣く子も黙る共和宇宙軍上級将校連中にとって、超特大の目の上のたんこぶだったというのだからお笑いだ。だいたいクーア大尉、本当の意味であなたにとって敬意の対象であった上官が、当時だって幾人いたというのですか。あまり教え子に高いハードルを与えると、チャレンジの前の挫折を味合わせてしまうものですぞ」
「残念だがヴォダルス少尉、わたしは可愛い部下にはどうにも甘くなるたちのようでな。各人の能力と才能に応じた試練しか与えたことはないのさ。お前に対してもそうだっただろう?」
「そう言われてみればそうでしたかな。しかし、今回は極めつけだ。あなたに上官として認めさせるというのは、これは私にも自信がない」
「自信の有無など問題ではない。要は──」
「要は、結果が全てを作り上げるのだ。人は最初は何者でもない。成し遂げたことと乗り越えたハードルの大きさが、これからの貴様を形成して行く。自信などというものはその過程で勝手に出来上がるから、安心して任務に邁進しろ……でしたか」
「よく覚えているものだな」
ジャスミンが感心しながら言うと、
「ええ、私があなたにそう言われながら尻を蹴られたのと同じように、私も何度となく後輩の尻を蹴ってやったものですので…」
マルゴは、果たして目の前にいるのは本物のヴォダルス将軍なのだろうかと訝しんだ。直接顔を合わせたことはほとんど無いが、ヴォダルスの名前は、数多くの武勲とそれ以上の悪評──気難しく、仕事に厳しく、一筋縄ではいかない──に彩られていたはずなのに。
それに、自分達、アーロン・レイノルズ大統領親衛隊にも、決して良い感情を持っていないと聞かされている。大統領の直接の息がかかった部隊だというのに、
「軍はいつから子供の保育所の機能を兼ねるようになったのか。それとも、あの部隊の究極的な命令権者であらせられる大統領閣下は、保育士の資格までお持ちなのか」
公式の場でそう言って憚るところがなかった。そういうところが、彼に熱烈な支持者と、それを上回る敵対者を作り出してきたのだ。もしヴォダルスに大学新卒者程度の社会的配慮があったなら、彼はヴェロニカ軍の最高司令官になっていたのは間違いないというのが大方の評判らしい。
そのヴォダルスが、いわば寝室の蚊のように忌々しい存在であるはずの自分の前で、どうしてこうも無防備な表情を見せるのか。マルゴは不思議でならなかった。
「とにかく、これが最後の理由だ、マルゴ大尉。私は、他の誰よりも、この女性が軍人として優秀なことを知っている。不本意ではあるが、猫どころか鼠の手だって借りたいのが我が軍の現状だ。そしてこの女性は、物好きなことに劣勢極まる我が軍に手を差し伸べてくれるらしい。この手を払いのけるのは、色んな意味で自殺行為だと思うのだがどうだろう?」
マルゴは何か皮肉の一言でも言ってやろうとしたが、賢明にも、気の入らない敬礼を返すにとどめた。
どう考えても、この老人は手遅れだ。それは、マルゴ自身が手遅れなのと同じ意味で。
◇
一通りの事情についての説明を受けたマルゴは、ひとまず別室に軟禁された親衛隊の仲間のもとへ赴き、自分たちの置かれた、些か馬鹿馬鹿しい状況を説明した。
実用性に富んだ、言い換えれば無機質で寒々しい会議室に並んだ少年少女達は、何とも形容し難い視線で自分達の長姉を眺めていた。
「……つまり、おれ達にしてみりゃ有難い方向に話が進んでいるってことでいいのかな?」
行儀悪く頬杖をついたザックスが、心底胡散臭そうにそう言うと、ウンザリとした表情のマルゴが頷いた。
「そういうことね。わたし達は、いわば特攻して盛大な花火となることでエストリアの侵攻をこの国に伝えようとしたわ。それが、例え死者の夢なんていう根拠薄弱な理由だったとしても、事前に軍を動かした。きっとこれが神の思し召しというものなのね」
敬虔な言葉のわりに、マルゴの表情と口調は投げやりそのものであった。
もうどうにでもなれという心境だ。人を馬鹿にするのもいい加減にしろ。こちらは命をかけるつもりだったのに、何がなんだか分からないうちに事態は明後日の方向に進み、自分たちは明後日行きのベルトコンベアに乗せられているのだ。愉快であろうはずがないではないか。
「TYPHON零式の運用はわたし達に一任されるわ。まぁ当然といえば当然なんだけど」
ほう、と、安堵の溜息がほぼ全員の口から漏れ出した。
TYPHON零式の、生体と直結した操縦システムには、搭乗者側にも専用の装置を埋め込む必要があり、さしあたり、ヴェロニカ軍において施術が完了しているのはマルゴ達、親衛隊のみである。
つまり、TYPHON零式を本来のスペックで運用するためにはマルゴ達を搭乗させる以外ないわけだが、とかく面子と原則論に固執する軍上層部が、自分たちからTYPHON零式を取り上げる可能性は、そうでない可能性と五分五分か、少し分が悪いくらいかもしれないとマルゴは考えていた。
例えヴェロニカ正規軍とともに槍を並べても、十中八九生き残ることのできない戦いであることは承知している。それでも、いや、だからこそ、戦いには持ち得る戦力の全てを投入したい。それが、おそらくは最初で最後の戦争に身を投じるマルゴ達の、切なる願いであった。
自分たちは、何のために生まれたのだろうか。ふと、そんなことをマルゴは考えた。一ヶ月前のマルゴであれば、何の疑問もなくこう答えただろう。わたしは、お父様のお役にたつため、この世に生を受けたのだ、と。
アーロンが自分たちを裏切ったのだとは、マルゴは考えていない。ただ、自分たちがアーロンにとって大切なものになり得なかったのが悲しく、情けなく、そして不甲斐なかった。
「邪魔するぜ」
ノックも無しに扉が開き、その隙間から、質感豊かな肉体が滑るように部屋に入ってきた。
艶やかな黒髪に、琥珀色の瞳、そして野性的でありながら端正に整った容貌のその男の名を、マルゴは知っていた。
「ケリー・クーア」
「おう、その通りだ。名前を覚えていてくれたな。ありがたいこった」
「何をしに来たの?」
マルゴの声には決定的に温かみが欠けていたが、敵意と言い表すほどに刺々しいものでもなかった。
そのことを、果たしてケリーはどう受け止めたのだろう。いつも通りのふてぶてしい笑みに隠された彼の本心をマルゴが読み取ることが出来なかったのは、彼女が特別に感受性を失っていたためではない。
「何をしに来たんだと思うね?」
「さぁ?こんな緊急事態に、わざわざ一度ならず辛酸を舐めさせられた私たちの前に顔を出したんだもの。恨み言や捨て台詞を吐くために来たんじゃないことを期待するわ」
「こいつは手厳しいな。マルゴ、お前には占い師か予言者の才能があるらしい」
そう言って、手近な椅子を引き腰かけたケリーは、親衛隊の面々をぐるりと見回した。
ケリーの視線が、途中、幾人かの顔上で静止した。それは、例えばザックス・レイノルズの生意気と精悍の入り混じった瞳であり、アネット・レイノルズの少女らしい柔らかな頬であった。
マルゴは、ケリーの不敵な笑みに、ほんの一瞬、糸くずほどの亀裂が刻まれたのを、確かに見た。そして、僅かに綻びた笑みの下には、決して一言で言い表すことの出来ない、無数の感情が浮沈を繰り返していたのだ。
それは、喜びであり、怒りであり、哀しみであり、後悔であり、絶望であり、希望であり、何よりも望郷の想いであった。
ああ、そうか。
マルゴは唐突に思い出した。
この、不屈を誇る油断ならないこの男も、遠くない過去には少年だったのだ。そんな当然のことを、マルゴは忘れていた。
「ケリー・クーア。私たちは、あなたの知る私たちではないわ。私がマルゴ・エヴァンスでないのと同じく、この子達も他の何者でもない……」
ケリーは少し驚いたようにマルゴを見て、
「……知ってるさ、そんなこと、当たり前じゃねぇか、知ってる、知ってるんだ」
その時のケリーの笑みは、軽薄なのではなく、薄められた酒のように味気ない、寂しいものだった。
そしてケリーは、俯き、勢い良く顔を上げ、何かを言おうと口を開き、何も言い得ず口を閉じ、また力無く俯いた。その様子は、初めて異性に想いの丈をぶつけようと煩悶する、うぶな少年のようだった。
「どうしたの。何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
マルゴがそう言ったのは、ケリーの見慣れない様子に焦れたからではない。ただ、目の前の大きな男の子が、何か、すごく苦しんでいて、すごく辛そうに思えたから、何とかしてあげたいと思ったのだ。
ケリーはゆっくりと顔を上げた。見上げた先にあったのは、遠い昔、幼かった彼が激しい訓練に落伍しそうになったとき、彼を慰め励ましてくれた、赤毛の少女の姿だった。その少女は、最初は少年にとっての母であり、次に姉であり、最後には憧れだった。そう、最期の瞬間まで。
それでもマルゴの声が、相変わらず鋭く冷たいものだったならば、ケリーは再び大人の仮面を被り直して、何食わぬ顔で部屋を出ることも出来ただろう。彼は、遥か昔、己の腕の中に冷たくなった少女の亡骸を抱き抱えた時に、少年期の暖かな毛布を脱ぎ去ってしまったのだから。
しかしこの瞬間、ケリーの眉が悲しげに歪み、口元が僅かにわなないたのは、きっと恥ずべきことではない。ただ、彼の、逞しく成長した体の内側に、ケリー・エヴァンスという少年が、まだ息づいていたというだけのことだ。
「……駄目なのか……?」
ぽつりと、口の中から小石を零すように呟いたケリーの顔に、瞬く間に後悔と羞恥が広がる。
「何が、駄目なの?」
マルゴが、素晴らしいタイミングで聞き返した。
それは、本当に素晴らしいタイミングだった。もしもそれが少しでも早ければ、男の内側の少年が怯え、ケリーはこの場から逃げ出していただろう。もしもそれが少しでも遅ければ、少年の外側に纏われたケリー自身が、己を恥じてこの場から立ち去っていただろう。 ただ、マルゴが素晴らしいタイミングで聞き返したから、ケリーは逃げ道を失った。
そしてケリーは白旗を上げた。つまり、彼の偽らざる本心を、年端もいかない少女に打ち明けた。
「どうしても、お前たちは、戦うのか」
言葉は震えていない。むしろ乾いた瞳は、まっすぐにマルゴを見つめている。
だけれどもマルゴは、目の前の少年が、泣いているのだと思った。
「どうしてお前たちが、お前たちばかりが戦わなければならないんだ。違う道は無かったのか。違う生き方を、今からでも選ぶことが出来ないのか」
ぎしり、と、歯を軋らせる音が、沈んだ部屋に響き渡った。
マルゴは、答えなかった。ケリーの言葉を、軍人である自分たちへの侮辱とみなすことは簡単だ。だが、それは決してしてはいけないことだ。マルゴは、肉体でも精神でもなく、魂でそのことを知っていた。
「戦うことでしか生きる意味を見つけられないとか、そんな哀しいことを言わないでくれ。人が生きるのに、意味なんているもんか。人は、死にたくないから生きているんだ。それだけで十分なんだ。他の誰でもない。俺がそう言ってるんだ」
「あなたは、生きる意味を失ったことがあるの?」
ケリーは、マルゴの鳶色の瞳を見つめた。
じっと見つめた。
ある……のだろうか。
ケリー自身、あの星で血と泥濘に塗れていた時分、どうして生きていたのかなんて、分からない。顔も知らない誰かを守るため、顔も知らない誰かと毎日毎日殺し合っていた。結局は、万事が愚かしい虚構でしかなかったのだが、当時でさえ、果たしてそれを正しいと思っていたのか、時折自信が持てなくなる。
では、あの頃、どうしてケリーは戦っていたのか。何を理由にして、敵軍の兵士を無慈悲に葬り去っていたのか。
胸を張って言えるのは、ただ二つ。
死にたくなかった。自分が。
そして、死なせたくなかった。仲間を。
敵が一人減れば、その分仲間の危険が減る。そうすれば、明日の朝、おはようの挨拶を交わす相手が、一人でも多く生き残ってくれるのではないか。戦いがそれ程単純なものではないとして、製造番号K7643と名付けられた少年は、心の底からそう願っていたのだ。
その仲間が、命を賭けて守ろうとした対象が、あの日、物言わぬ骸になった。ケリーにとって一番大切な宝物の残骸が、ゴミのようにうず高く積まれ、ゴミのように埋められた。いや、それらは真実、ゴミだったのだ。少なくとも、ケリー達を戦争ごっこの駒として弄んだ連中にとっては。
あの日、荒野にうがたれた大穴に、たくさんの人の形が縺れ合いながら落っこちていく様子を、ケリーは一生忘れないだろう。その中に初恋の少女がいないか、ケリーは残された左目を必死に凝らしたが、無数のデスマスクは個々の死体から個性を奪い取り、少女らしい死体もその他大勢と一緒に、地中深くに消えていった。
あの時、製造番号K7643という兵士は死んだ。そして、ケリーという少年が、辛うじて生き残った。それを、生きる意味を失ったのだと言うのなら、あるいはそうなのかも知れない。
ケリーは何も言わなかった。ただ、あの時失ったはずの生きる意味を、じっと見つめていた。
「……ごめん、みんな、少しだけこの人と、二人にして」
マルゴがそう言うと、彼女のすぐ後ろにいたザックスが、
「おい、どうしてだよ!こいつは俺達の敵だったんだぞ!たった二人にしたら、お前に一体何をするか、知れたもんじゃ──」
「お願い、ザックス。あなたの言っていることが正しいわ。でも、今だけはわたしのわがままを聞いて頂戴」
振り返らずに言ったマルゴの背中合わせを、ザックスはしばらく睨みつけ、そして舌打ちを一つ零して、ドアの方へ歩いていった。
そして振り返り、今度はケリーの背中を、殺意を込めて睨みつけ、
「おい、おっさん。もしもマルゴに指一本でも触れてみやがれ。地の果てまで追いかけて、てめぇを殺してやるからな」
開け放たれたドアを思い切り蹴りつけて、足音も荒々しくザックスは部屋を後にした。
ザックスに続いて、他の親衛隊員も、おずおずとした様子で部屋から出ていった。途中、何人かがマルゴに、
「本当に大丈夫なの?」
と、心細そうに声をかけたが、マルゴは微笑んで頷いただけだった。
そして、部屋には二人だけが残された。
「ごめんなさい。ザックスを怒らないで。彼は、本当にわたしが心配なだけなの」
ケリーは、ほろ苦く微笑んだ。
「ああ、知ってるさ。あいつはお前に惚れてるんだ」
マルゴも微笑んだ。
「まるで見てきたように言うのね」
「見てきたんだよ、ずっと、お前達を」
マルゴは首を振った。
「それは、わたし達じゃないわ」
「ああ、知ってる。それでも、ずっと見てきたんだ。例えお前達じゃなかったとしても、お前達を。ずっとずっと、それだけを見続けてきたんだ」
消え入りそうなケリーの声に、マルゴは少しだけ寂しそうに笑った。
「ケリー。私たちは決めたの。それが前向きでも後ろ向きでも、私たちが決めたの。他の誰でもない、私たち自身が」
「戦うことを、か」
「戦うことを、よ」
マルゴははっきりと言った。
「覚えているかしら。あなたが私たちに捕らえられた最初の夜、あなたはわたしを人形と呼んだわ。わたしの背中に、わたしを繰る糸が見えると」
「そんなこと、言ったか。覚えてねぇな」
悪あがきのようなケリーの言葉に、マルゴは首を振り、
「あなたは、確かにそう言ったのよケリー・クーア。でもね、わたしは今でも、私たちがお父様の人形だったなんて思わないわ。私たちは、私たちの意思でお父様を愛して、お父様に愛されたかった。でも、もうお父様はこの世にいない……」
マルゴは、遠く離れてしまった美しい場所を覗き込むように、悲しげに目を細めた。
「私はね、あなたがここに現れた時、私たちにお説教をするのだと思ったわ」
マルゴは椅子から身体を離し、ケリーの前に立った。
ケリーは無言でマルゴを見上げた。
「私たちは、私たちだけでエストリア軍と戦おうとしたわ。蟷螂の斧にもなり得ないことは、私たちが一番よく分かっていたの。それでも、あの時はそれが最善だった……」
「お前達自身、敵襲の狼煙になって燃え尽きることが、か」
「軍上層部の説得には時間がかかった。そしてこの場合、時間は他の何物よりも貴重だった。子供っぽい暴発に見えたかも知れないけど、それが私たちの結論だったの。そう、死者の夢なんていうおかしなものさえなければ、それは今でも胸を張って言えたわ」
マルゴは腰に手を当て、溜息をついた。
「分かってるわよ、ケリー。あなた達でしょう、あんな馬鹿げた真似をしたのは」
「何のことだい?あれは死者のお告げさ。もしくは、ただの偶然だ」
「息をするように嘘を吐くわね。そも、死んだ人間にあんな真似が出来るのかは置いておいて、この場合、それはどう考えてもおかしいじゃない。逆に、死者なんて何の関係もないただの偶然だとすれば、つまりあなた達の仕業ってことよね」
ケリーはニヤリと口の端を持ち上げた。
つまりは、そういうことだ。
マルゴは腰に手を当てたまま天を仰いだ。顔を上に向けてもそこにあるのは無機質な天井だけだったが、もしもそこに神の顔でも浮かび上がるならば、マルゴは唾を吐きかけていたかも知れない。
「それでも……それでも、あなたには感謝しないといけないことは、分かってる。ありがとう、あなたのおかげで、私たちは生き残ることが出来るかも知れない。それが例え小数点以下の生存率なのだとしても、ゼロとそうでないのとでは全然違うものね」
「そうだ。もう、事態はお前達の手を離れたんだ。ヴェロニカの正規軍が動き、エストリア軍を迎え撃つ。この国がどうなろうとも、それは個人がどうこうすべき話じゃない」
「忘れたのケリー。私たちはそのヴェロニカ軍人なのよ?」
「お前達は軍の鼻つまみ者らしいじゃねぇか。後ろ盾である大統領も死んだ。なら、どさくさに紛れてとんずらこくのが利口な人間ってもんだ」
「つまり、私たちはお利口な人間じゃないのね、どうやら」
マルゴは、困ったように微笑んだ。
「あなたの言いたいことは分かるつもりよ。でもね、やっぱりそれは駄目なの。お父様を失った私たちに、それでも残された最後の記号が、ヴェロニカ軍人ということ。つまり、命を賭けてこの国を守るということなの。あなた達は、私たちからお父様を奪い取ったわ。そして、最後に残った最後の意味まで、奪い尽くすつもりなの?」
マルゴの声が怒りや恨みに染まっていたなら、ケリーも何なりと反駁のしようはあった。 だから、ケリーから言葉を奪ったのは、マルゴの、慰めるような声色だったのだろう。
「……もしも、もしも、だ。取るに足らねぇものだが、俺の全財産をお前達にくれてやるから、それでも足りないなら土下座でもなんでもしてやるから、どうか逃げ出してくれ、戦争なんかとは無縁の生活を送ってくれって泣きついたら、心変わりをしてくれるのかい?」
ケリーの言葉に、少し驚いたような表情を浮かべたマルゴは、ゆっくりと首を横に振った。
「それはあなたが、目も眩むような金をくれてやるから愛船と宇宙を捨てろと言われて、快く頷けるのかと、そう問われているようなものよ」
ケリーは、むしろ当然といったふうに頷いた。彼はこの問いで、事態が思い通りにならないことなど百も承知だった。
では、どうしてそんな詮無いことを言ったのか。それは、どうして人が神に祈るのかと問うのに等しい。
「一つ、お願いがあるの。あなたのお願いを断っておいてこんなことを言うのが、どれほど筋違いか、分かっているのだけど……」
「……子供は、大人に無茶なお願いをするもんさ」
「ケリー。優しいケリー。もしも、もしも私たちのうちに生き残った誰かがいたなら、どうかその子を幸せにしてあげて頂戴?きっと、人形でも戦争の道具でもない、人並みの幸せを与えてあげて欲しいの。私はあの子達の姉だから。でも、私にはあの子達の面倒は、もう見てあげられないかも知れないから」
初めてマルゴの声が震え、その勝気な瞳に涙が滲んだ。
美しい涙だった。例えそれが自己憐憫の流させた涙だったとしても、それは水晶の溶け込んだ処女雪のように美しく清らかだった。
この美しさを罵る者がいたら、ケリーはそいつを生涯許さない。
「……分かった、だが、条件がある」
「なに?」
ケリーが、ゆっくりと腕を伸ばして、マルゴの小さな身体を掴み、そのまま胸に掻き抱いた。
マルゴは、ほんの少しも抵抗しなかった。固く目を閉じ、ケリーの、力強く拍動する心臓のリズムに耳を澄ませた。
「お前も生き残るんだ、マルゴ。この戦いは、負け戦じゃない。勝ち戦でくたばって、悲劇の英雄やら救国の聖女やらに祭り上げられるなんて、お前にはちっとも似合わねぇ。お前はいつだって鼻歌交じりに倍する敵を蹴散らして、死神に後ろ足で砂をかけてやってた。今回もきっとそうなる。そうに決まってる」
「……ええ、そうね。そうなら、きっと素敵」
マルゴはケリーの胸にすっぽりと抱きすくめられたまま、潤んだ瞳でケリーを見上げた。
「もしも私が生き残れたら、ケリー、あなたの船で、あなたとあなたの奥さんと一緒に、宇宙を旅したいわ」
「ああ、もちろんだ。お前が嫌がっても、首に鎖を巻いても連れて行ってやる」
マルゴは、自分から顎を持ち上げ、静かに目を閉じた。そのほっそりとした顎に、ケリーの細く長い指先が当てられた。
「ねぇ、ケリー。きっと、私のオリジナルは、あなたのことを愛していたわ。あなたには残酷かも知れないけど、きっと愛していたのよ……」
マルゴの呟きは、熱い温度を持った固い唇に塞がれて、最後まで言い尽くすことは叶わなかった。
◇
「口紅が付いているぞ、海賊」
廊下に背を預けながら待ち構えていたジャスミンが、苦笑混じりにそう言った。
ケリーはしかし涼しい顔で、
「馬鹿を言うなよ。マルゴは口紅なんて使っちゃいなかった。そんな無粋な感触はしなかった。あいつの唇は、訓練と任務で忙しくて手入れする暇がないから、ほんの少しだけかさついていて、ほんの少しだけひび割れているのさ」
「そういう唇がお好みか?ならわたしも、これからそうしよう。面倒な手入れが省けて有難い限りだ」
「そんな勿体無いことを言うもんじゃねぇぜ女王。あんたの唇にはあんただけの良さがある。あんたの、艶やかでぽってりして、滑るようになめらかな唇も大好きだぜ」
「それはそれは、お褒めいただき光栄だ」
ケリーは脇目もふらず、前を睨むようにして、ジャスミンの前を通り抜けた。
ジャスミンは、ケリーの半歩後ろについて歩き出した。
「話はついたのか?」
ケリーは答えない。
ジャスミンは溜息混じりに、豊かな前髪を掻き上げた。
「不器用な子供達だ。子供などというものは、もっと我儘三昧好き放題で丁度いいというのに」
「あいつらはいつだってそうだった。そういうふうに作られた兵器なんだからな。駄々の捏ね方の一つも習ってこなかったんだ」
「ならば、それを教えてやるのは我々大人の責任だ」
ジャスミンはくすりと微笑み、
「これで、いよいよ負けるわけにはいかなくなったな」
ケリーも、固い表情をほんの少し和らげて、
「負ける?そんなこと、最初から考えちゃいないさ。俺とあんたが一緒に戦うなら、結果は二つに一つ。勝利か、それとも大勝利か、だ」
「そして、今回はお前のもと同僚ともと先輩がいるわけか。なら、結果など火を見るよりも明らかだな」
「ああ。俺たちの、完全無欠の完勝さ。エストリアの連中にはちぃと悪いが、さぞ愉快な吠えづらをかいてもらうとしようぜ」