木村沙耶AB型は、新宿歌舞伎町の雑居ビルで生まれ、5歳までその雑居ビルの休憩室で、ヤニとクリームの臭みに塗れ育った。1歳の時、どれだけ闇の中で泣き叫んでも母はお店に出ていた。この恐怖は生涯残るものだ。
「貴方の服の縫い付けに隠しておく。沙耶、この通帳の場所は、どんな男にも教えちゃダメ。店長も、常連さんも貴方に聞くだろうけど、絶対に喋っちゃダメ。」
雑居ビルのキャバクラで5年ナンバーワンを張っていた母親は、自分の部屋で枕営業はしても、貢ぐ事だけはしなかった。
4歳の時、同じ店で働く母を持つ愛美とトモダチになった。
「ウソをつかないで。アタシの母ちゃんはアンタのような汚い仕事なんかしてヘンもん。」
親の職業で子供達が自分の優劣を競いはじめた。当然木村沙耶は一番下劣な職業と烙印を押され、競い合いが、いつのまにか木村沙耶へのイジメへすり変わっていた。よくある事である。
「ウソじゃない。愛美ちゃんもママと同じとこで働いてるでしょ。」
でもトモダチだった愛美は、母親を社長と偽った。保育士の男は愛美の母と関係があった為、真実を言わずに話を逸らかすばかりだった。
「ひとりぼっちよりウソをつくのはイヤ。」
この時、木村沙耶はそう思った。
「てめえ、なにしやがる!とんでもねえガキだ!」
「沙耶、早く火を、ひっくり返した火を!」
5歳の時、店内からボヤが起った。脱出路が階段一つしかないビル、地下1階から四階まで警察沙汰になればマズい人間ばかりが屯し、隣の喫茶店よりの通報でのパトカーと消防車が出動、歌舞伎町内に車両が入る困難など、全てが後手後手に回る事態となる。出火原因となる転倒したストーブ付近にいた男女2名が焼死、その他ビルの8割の人間が中毒死した。しかしそのストーブ付近にいた5歳の少女だけは、アルミの机にうまく灰の山が被って空間を作り、その中で失神していた為、九死に一生を得る。
「客の男と、君のお母さんがもみ合ってストーブをひっくり返したんだよね。・・・・、どうやらショックでなにも言えないようですねこの子。」
木村沙耶自身、母親を守る為にストーブをひっくり返したのか、それとももう母親がイヤになって殺したかったのか、覚えていない。だが黙っていたら、警官は勝手にいい様に解釈し、咎を受けなかった。
「沙耶は自分に負けない強い子になりなさい。」
花形に引き取られた時、木村沙耶は花形を同類と直覚した。そして隠し事をしている限り、父と呼べる事も直覚した。
木村沙耶にその時以来変化があった。見えるはずのない壁の先が見えるようになり、数百メートル先の人の声も集中すれば聞こえるようになった。なにより、絶えず施設を遠くから眺めている花形の視線がどうしようもなく気になった。
12年、父を父と呼ぶ為に全てを隠しつづけてきた木村沙耶だった。年を重ねる毎に、他人に力を行使したい衝動、あるいは正義感に駆られる事が多かったが、その度に花形の視線を感じて、無理に抑えた。むしろ愚鈍にすら見える少女だっただろう。
「貴方は人間共を見くびっている。」
「若いな。村上くん。」
だが、父をイジメる村上峡児だけは許せなかった。衝動を抑えられず、彼が一人になるまで何時間も尾行し、そして灰にしてやろうとした。
「ここまでの殺気が、君のような少女とはね。」
人気の無いところへ誘い込まれたのはこちらの方だった。即座に異形の怪物となって木村沙耶に立ちはだかる村上。しかし、彼女もまた恐怖から力を発動する。それは意識的な初めての変化だった。
「すばらしい。この私が、ここまで苦しめられるとは。だが、いいですんかねえ。先程言いましたね。貴方の能力を花形さんは知らないと。いいんですかねえ。ここで私が灰になっても。すぐに誰がやったか気がつきますよ。他の者はともかく、花形さんがそれほど甘い人間でない事は、貴方が一番良く解っていると思うのですがねえ。いいんですかねえ。」
木村沙耶は、村上を殺せなくなった。殺せなくなったどころか、弱味すら握られる事になった。
「すばらしい。全くすばらしい。これほどのオルフェノクの存在を、あの花形が知らないとは。」
だが村上はなんと取引きを持ち掛けてきた。パートナーになろうと。花形に対して決定的な切り札となりうる埋伏の毒を手に入れたい村上は、木村沙耶を誘惑した。
「衝動があるはずです。その力を行使したというね。貴方も、人間のあの愚かさがよく見えているでしょう。北崎、そう名乗りなさい。」
木村沙耶は不思議にも素直に応じた。弱味を握られたからでもない、かと言って力を思う存分使いたかった訳でもない。特に理由が無かった。従ったのかしたかったのかも判断つかなかった。
村上はただちにラッキークローバーという隠れ蓑を用意した。木村沙耶の衝動は全てラッキークローバーという集団が行っている事を喧伝したのである。
はじめて人を灰にし、次第に村上の意に沿わぬオルフェノクを片付けるようになる。それがもしかしておもしろかったのかもしれない。続けられている事がなにか執着できている証だろう。しかしラッキークローバーの他3人とも村上とも共感を一にしない木村沙耶だった。
「貴方は近々実験をされる事になります。これまで貴方のデータを改竄してきましたが、今回はそういう訳にはいかないようです。私の息のかかった医師を一人、潜伏させました。流星塾の一人が騒動を起こしている間、貴方も逃げなさい。そうすれば大丈夫。貴方と私の仲じゃないですか。」
村上の意図通り、花形の実験は草加雅人の脱走によって潰され、それどころか社長の座から追われる事になり、後釜にあの村上が就いた。あの実験での顛末は全てが村上の掌の上であったのだ。
「草加を含む流星塾生、そして花形の命は取らない。貴方に免じてね。貴方の生活もある程度援助しましょう。ただし、草加が奪ったカイザギア、我々にその力を向けないというのが条件です。もしカイザギアを悪用した時は、貴方が始末なさい。私は貴方を信頼している。信頼の印に、デルタギア、お預けしますよ。どうせ貴方しか使えないでしょうからね。なに、社では草加が奪った事になっています。」
草加雅人との生活が始まった。村上に従っていたのは、いずれ寝首を掻くつもりでいたのだが、村上もまたそれを承知しており、その奇妙な信頼関係の中で数ヶ月が経った。
「起きろよ沙耶!オレはどうすればいいんだっ!」
雅人に最初から興味があったかと言えばウソになる。雅人が真理にしか興味が無い事も分かっていた。しかし真理が知らない雅人の不器用さを知れば知るほどに、真理への優越と嫉妬も深くなっていった。またマンションで雅人と住み、携帯電話の梱包の仕事で細々と雅人を食べさせていく、そんな人間じみた生活を持続できるのは、やはり雅人への愛情からだと思うようになっていた木村沙耶がいた。
「どうですか。あの若造との生活ごっこは。それからファイズギア。我が社の衛星を使っているという事は、花形か、花形の手の者が作ったギアである事は間違い無い。」
「私に何をしろと。」
「人間はなぜ空間三次元、時間一次元しか認識できないんでしょうね。光の粒子がそう見せているからでしょうか。それとも我々生き物の眼がその情報しか認識できないんでしょうか。もしかして時間も複次元あって、眼もそれが見えていて、脳が時間一次元としか認識していないのかもしれない。そう脳が思い込んでるだけかもしれない。思い込みの箍を外せば、我々は過去から未来への流れを上から別の角度で眺める事ができるのかもしれない。オルフェノクの力とは、脳の認識力を拡大しているだけに過ぎないのかもしれない。・・・、すいませんね。キモいでしょ。こんな話。控えるようにはしているのですが。」
「弱気ね。峡児。」
「北崎くん。今回は私自ら出ます。貴方は私の側にいてください。やってもらう事もある。」
後で考えれば、村上は木村沙耶に、流星塾の誰か一人を手にかけさせたかったのだろう。そうすれば、流星塾や花形との絆を断ち切る事ができる。村上との関係に縋り付くしかなくなる。
だが村上はファイズの手で殺された。殺された事で事態はより無秩序化し、流星塾生のほとんどが殺されていった。だが木村沙耶はその時にはもう家族たちに半分以上興味が無くなっていた。殺される度に驚き悲しみもするが、それ以上の行動に出る気が全く起らなかった。
木村沙耶のその後の半年は、雅人だけであった。雅人を食べさせ、雅人の男心を擽り、自分への執着をより深くする事だけが、木村沙耶の人生だった。
その雅人への想いがグラついたのは、ただの嫉妬の道具でしか無かった、西田清高がある日言った寝言からかもしれない。
「真理・・・・」
木村沙耶は二人の男から、同じ女の名前を、寝言で聞かされた。
「冴子。貴方は、仲間ハズレが怖いのよね。仲間から影でどう思われて、なんて言われているか、いつもいつも想像してビクビクしてるのよね。だから、いつも自分が正しくないと気が済まないのね。でも正しさなんて、私達には最初から必要無かったのよ。仲間ハズレになっても、人に向いてなくても、それが当たり前なんだわ。私達は。」
木村沙耶は、まるで重荷を肩から下ろしたような清々しい笑顔を、全裸の冴子に向けた。
「なにを言ってるの北崎くん、貴方そんな口きく子じゃなかったじゃない。」
「もう何もかもがどうでも良くなったのよ。別に装ってたってことじゃないの。いままでの自分に飽きただけ。」
「まさか、私たちを裏切って、そのデルタギアを持って乾巧に味方しようって言うんじゃないでしょうね、許さないわよ北崎くん!」
「冴子、結局そんな考え方しかできないから、もう退場なのよ。」
木村沙耶の細い足先からサンダル、サンダルから床面を伝って紫の光が千恵に伸び、千恵を囲んで煙立つ。煙立った床は、ボロボロと隙間が空き崩れ落ちていく。
「そんな、灰化を、こんな指向的にっっっ」
千恵周りの床が全て灰化し陥没、そのまま下階に雪崩れ込んで、全裸の千恵は煙と共に姿を消した。
「邪魔な人間には興味無いのよね。私が興味あるのは、もう雅人とここにいる二人だけ。」
木村沙耶は、言葉も無い真理に振り返り手を差し伸ばす。
「やめろ!」
『accele foam』
真理に向けられた危機に、ダイレクトにファイズアクセルとなって体が動く巧。
「清高」
はじき返される!
はじき返されたのは、ファイズ。
「なにがいったい、」
真理の眼にはただ微動だにしない木村沙耶と、変身した途端、なぜか木村沙耶が腰に巻いていたベルトを掴んで、その場に尻を着いて倒れているファイズが映るだけである。
「沙耶、やめてくれ。頼む・・・」
『time out』
その瞬間、巧は真理を助けようとファイズアクセルで木村沙耶に立ち向かった。1/1000秒の速さで沙耶からベルトを奪い取った上で、真理を抱えようとした刹那、ファイズアクセルの速度を捉えた凄まじき力が、ファイズを元の位置まではじき返したのである。この間1秒にも満たない。
「清高、聞いていい。貴方が最後の絆だから。ねえ。」
「沙耶。俺は、真理を助けたい。」
「私と真理のどっちかを選んで欲しいの。貴方が私を選んでくれたら、私はまだ人間でいるわ。」
「オレは、この半年幸せだった。おまえがどういう考えかは分らなかったが、おまえの笑顔に縋り付いてるのもいいなって思っていた。」
アクセルからフォームを戻しているが、依然巧はファイズのまま、仮面からは表情が読み取れない。
「だが沙耶、おまえと居る世界では、ずっと引き止められるだけだ。ずっと飼われているよりも、誰かの為に何かをしていたい。真理とは、いっしょに歩いていける。しかしこれだけは信じて欲しい。おまえはオレに一番食い込んでる女だ。」
仮面のファイズはそう答えた。
「一字一句、私の頭の中で思い描いてたとおりの答えね。そっか、私、こんなに貴方のことをよく分っていたんだ。」
沙耶は屈託の無い笑顔で巧に応える。しかしそのしなやかに細い指先の、震えが止まらない。
「終わったのね。私、いままでの人生を。結局、人間に向いてなかったのよ。だからさっさと終わらせちゃえって、全てがそういう方向に整えてくれてるのね。分った。いいわもう。」
そのどこまでも透明でしなやかな木村沙耶の肌がさらに蔭り揺らいでいく。その代わり露呈する像は、禍々しい角と牙を全身に散りばめた現世に存在しえない異形。頭部には肩幅よりある2本の角、肉体の部位はことごとくそのスケールを越えた寸尺でありながら、無理矢理人間サイズの骨格に繋ぎ止めている。その像は龍。2本の巨大な前腕もまた龍の頭を象っている。あの雅人を葬り、関谷橋で真理を無残に刺し貫いたあのドラゴンオルフェノクがそこに立っていた。
「沙耶・・・・うっ、沙耶が、う」
真理は目の前の真実に全ての記憶が逆流し、内蔵もまた逆流し涙目に嘔吐した。
地下2階。
「君を助けたのは、僕が人間としてまだ残っているこだわりの内の2つだからだ。ドラゴンに呼び掛けてこだわりを二つともこちらに引き込もうとしたが、無意識が抵抗してもう一方への執着を解かなかった。だから助けられたのは君だけだった。」
階上から落下してきた全裸の千恵の眼前、黒を主体としたスーツを身に纏った青年に、まず千恵は似合わないという印象だけをもった。あるいは、木場勇治という容姿を纏っている事が似合わないのかもしれない。
「勇治。助けてくれたのね。」
地下2階でいつまでも伏している森下千恵を、木場勇治はどこか優越の眼差しで眺めていた。
「僕は君のそういう素直なところが好きだったんだ。弱ければ弱さを糧に、強ければ素直に容赦ない。」
「勇治っ」咄嗟に千恵は、勇治の脚にすがりついた。「やっぱり私には勇治しかいないんだって分かったの。私の運命は。助けて、ねえ、助けて。あの紅いのをやっちゃって!」
「そう、そのあまりにも人間的なところがね、好きだったんだよ。」
人差し指で千恵の顎を上げる。そのまま面持ちやや下げ気味に、下唇を軽く噛む。紅潮する千恵の頬を唇でなぞって耳朶までたどり着く。
「勇治、そう、貴方は耳を噛むのが好きだったわ・・・・、」恍惚の域に達した千恵だったが、突如目を剥いて野太い絶叫をした。「ギャッッッ」
絶叫して背広の勇治をはね跳ばす千恵。はね跳ばした拍子に灰が飛び散る。
「どうしたんだ。君の意志は僕と一つになる事を望んでいる。僕こそが君が望んでやまない真実そのものだから。」
背広の前ボタンを外す勇治。千恵の眼前に露出する黄金色のベルト。
「皇の、ベルト、なに、貴方、勇治、勇治じゃないわね。いったい何者なの!」
掌で右耳を覆って抑え続ける千恵。厳密にその中に耳介は含まれていない。千恵の耳介は勇治の唇に張り付いていた。張り付くどころか、めり込むように勇治の体内に吸収されていく。
「ロブスターという人格は、絶えず真実や正義や原理の中にある事を望んだ。そして自分の行動一つ一つを真実にする者に癒着し乗り換えていった。が、君のその流動は人界において止まる事はない。人が人である限り一側面以上の真実や正義は持ちえない。個体という構造の限界だからね。だが僕は違う。そのロブスターの人格を捨てて、僕と共に在れば、君は永遠に救われる。」
腰のベルトを露出した勇治は、さぁ、とだけ言って右腕を差し出した。
「・・・・」
森下千恵はいつのまにか震えていた。もしかして勇治に出会ってから震えていたのかもしれない。その千恵の驚愕の表情がある一線を超えてしまったのか、差し伸べた勇治の掌を眺めながら恍惚した表情へと変わっていった。恍惚のままに朦朧と勇治の掌へ歩み寄り、勇治の指の又を愛撫し始める。
「もう君の精神は僕の支配を拒絶する力すらない。真実も正義も無い人間の意志が唯一たどり着く先が自分だ。君は外部へ自分を求める余り自分というものが無かった惨めな精神だ。だから上の者達と違って叛心が薄い。」
千恵の舌先が勇治の指に癒着する。白目を剥いてヨダレを垂らしながら徐々にその体が同化していく。
「この星の生き物は僕への拒絶が過剰で困る。これほど叛心のある意志ははじめてだ。だが故にこの上なくオイシイ。」
勇治は微笑む。もはや頭だけが勇治の掌に剥き出ている千恵のその額に軽く口づけをした。
「沙耶・・・」
流星塾でイチバン大人だった沙耶、
真理の体を何度も残酷に刺したオルフェノク、
真理が落ち込んだ時背中を押してくれた沙耶、
真理を殺したオルフェノク、
この一つであってはならない2つの存在が、同一という現実に、頭の錯乱に連動して胃が逆流する真理。
「そんな・・・戻って、本当の沙耶に、なにか悪い病気になっちゃったんだから。ねえ。沙耶!」
「真理、夢見る少女ね。この世の中でなにが本当で、なにが偽りだって分からないんだもの。」
「真理、もういい。沙耶とはオレが話をする!」
ファイズはドラゴンオルフェノクと化した沙耶に突進した。
「清高は、」
ドラゴンもまた龍頭を模した右拳を繰り出した。
交差する拳と拳、
砕けるドラゴンの胸、
歪むファイズのプロテクター、
そしてファイズの肉体だけが弾き返される。
「くそっ、」
背中から転げるファイズ。
ドラゴンは全く動かない。
『blaster foam』
パワー負けすると見るや、即座にフォームをチェンジする。
「知っていたのよね。私の事。貴方には全て見抜かれていた、そんな気がした。」
微動だにしないドラゴンの胸が再生していく。
再び突進するファイズ、
今度は拳と拳が衝突、
砕け散るのはドラゴンの拳、
「オレは、オレは!」
ドラゴンの腕外装を粉々にするファイズブラスターフォーム。
だがドラゴンに驚きも戸惑いもない。もはやそんな感情を動かす事に飽きたかのようだ。砕けて骨身だけとなった片腕をマジマジと眺めるだけ。
「私を、殺してみなさいよ。真理のため!」
半壊し罅割れた外装を自ら除装するドラゴン、骨身の高速形態と化す。たちまち姿が消えてしまう。
「速い動きはもう慣れた!」
だがその動きを捉え、コンマ秒単位で幾度も突進してくるドラゴンを片腕一本で捌いて躱すファイズ。そうしておいてもう一方の腕はコードを入力している。
『accele form』
そうして自身もノーマルを介して高速への形態へ即座に変化し、姿を消失させた。
「巧・・・・」
真理の眼に映るのは、幾数ものファイズとドラゴンオルフェノク。あちらの方ではアクセルと骨身のドラゴンが組み合い、同時にこちらの方ではブラスターと強靭な外骨格を備えたドラゴンが拳を交差する。ファイズとドラゴンは共に目にも止まらぬ速さで動きながら、時に強力なフォームに一瞬だけ変化し打ち合う。
「沙耶!」
「清高!」
はいっていけない・・・・
真理は二人との間に絶対の壁を感じずにはいられなかった。その項垂れた真理の眼前に突如龍頭が現出する。
「真理、ごめんね。」
沙耶の穏やかな声をした怪物が真理に襲い来る。死を悟って心臓の重さを体で感じ、顔を覆う真理。
「真理をっっ!」
やはり突如現れるファイズの腕、ドラゴンの牙をファイズアクセルが寸でで抑止した。
「ごめんね、清高。」
だがファイズが抑えたドラゴンは既に抜け殻。本体である骨身のドラゴンは並ぶように立ち、アクセルの開いた胸目掛けて、
突く!
骨身のドラゴンの一撃が、ファイズの剥き出しの増幅炉を突き抜いた。
突き飛ばされるファイズ、
突き飛ばされながら強制的に変身解除、
「沙耶っっっ」
バック転気味に飛ばされた巧。うつ伏せでそれでも女の名を叫んで制止しようとする。
「巧!」真理もまた叫び涙をいっぱいに瞳に溜めている。「やめて沙耶、巧は、貴方と違ってただの人間なの、ただベルトで変身できるだけなの、だからもうこれ以上巧を苦しめないで!」
「ただの人間?」像を人間に戻す沙耶。「本当に、真理って罪な子ね。」
人間の姿のまま真理の首を掴む木村沙耶。
「どういう事・・・」
「沙耶、殺すならオレを殺して気を晴らせばいい。」
ヨロヨロと立ち上がる巧。
『restoring』
ギアはシステムをダメージから復元し切れていない。巧はファイズになる事を諦め、ベルトをかなぐり捨てる。
「私は清高の事分かってるわ。」
「巧がオルフェノクみたいな事、言わないで・・・」
「みたいな?幸せって、無知な事なのかしらね。真理は本当に幸せな子。」
「うそよ・・・そんな・・・」
巧の表情からはイエスもノーも読み取れない。ただ眼前に横たわるベルト、ファイズのそれではない、デルタギアを眺めている。
「いや、あれはオレの力じゃない。ツケなんだよな。いままでベルトの力を使ってきた。やはり真理は、本当の力で、本当の自分で助けないと。」
だが巧はその時気づかなかった。デルタギアが不意に、瞬きもしていない一瞬、既に視界から消えていた事を。
「清高、私は分かってるのよ。ねえ清高。」
「そうか、沙耶にはかなわないな。」
頚骨を絞められ窒息しそうになりながら、巧のやや視線をズラす表情から、木村沙耶の言う事が事実だという事を真理は悟る。ああいう捨てられた猫ような巧の顔は、そういう事だと分かった。
「どうして・・・・なぜ沙耶は・・・」
「理由?そんな事はどうでもいいわ。理由なんてしょせん、分かった事を他人に説明する為の口実でしょ。もうそんな事私にはどうでもいいの。私と清高だけが分かっていたらいいんだから。」
「沙耶っ!」
薄暗い屋内でやや光沢を帯びた巧の体、重なる狼の像、ゆらぐ人間の像、実体が残像と入れ替わり、人間の像が失せる。残るのは人型をした狼を象った像、体中トゲの生えた一匹狼。
ォォォォォ!
哀しい遠吠えが室内に木霊する。
「・・・・ウソヨ・・・・」
虫の息の真理が見たのは、寂しそうな一匹のオルフェノクの表情だった。少なくとも真理にはそう見えた。
「ようやく本気になってくれたね。そう私はたぶん喜んでる。」
つい力が抜けて、掴んでいた真理の首を放し落す木村沙耶。真理は無機質な音を立てて肩から頭にかけて床に撃ちつける。
「沙耶!」
ウルフオルフェノクは、乾巧としての声と共に激情を顕にする。
「清高!」
既にドラゴンオルフェノクへ像を変えた木村沙耶もそれに応えるように吼える。
刹那、否、そんな時間感覚が一切通用しない現象が起った。
既にドラゴンの巨躯に貫通されている白銀の光、
気づいた時にはもう内部から発生して透過していくデルタ、
「沙耶、強い子になれと言ったはずだ。」
像を人に戻した沙耶が見た背中は、デルタスーツを解除し振り向いた背中は、沙耶の見慣れた背中だった。
「父さん。」
「力を持ち過ぎたな。故に全てを手に入れる事ができ、故に全てを得られず、実存と命を含む全てへの執着を失う。力を求め続ける者はたどり着けないからこそ、俗世の栄華で留まる事ができる。沙耶。おまえは、そのか細い体内に力を持ち過ぎたのだ。オルフェノク、あるいは近似した意味を持つデルタ。」
花形、であった。
同時性を破綻させ、デルタの力を振るい、そして、木村沙耶をその手にかけた。