仮面ライダー555 SPIRITS   作:bassher

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エピソード2 木場勇治

 

 

 

 現在、ある週末。

 世田谷区環状八号沿いに木場勇治、長田結花、海道直也の三人が住む26階建てマンションがある。

 木場勇治A型は法的年齢22歳だが、実際20年の人生を歩んだだけである。今日も部屋の窓辺にイスを置いて、コーヒーの香りを堪能しながら新聞に目を通す習慣を怠らない。世間ではクリスマスセールの広告が目立つ。

 

「豚丼だぞ~」

 

 買い出しから帰ってきた海堂を一瞬見ただけで再び新聞に目を落す。

 海堂直也はいつも通りフザけたいでたちで女性達に煙たがられていた。赤主体のアロハシャツ、ガニ股にショートパンツ、36にしては早すぎる頭頂部の侘しさ、まだ生命力を保っている後ろ髪は伸ばして三つ編みに、黄色いリボンを括っている。笑うと隙っ歯が目立つのはさすがの木場勇治も生理的な嫌悪を覚える。

 

「マリパンチっ!」

 

「プギャー」

 

「アンタアタシの言う事聞いてた?牛丼って言ったはずよ。」

 

 どうしてこの真理という子は、執拗にジーンズを主体にしたカジュアルにこだわるのだろう、それほど勝ち気を装わなくても、スカートも似合いそうなものだが。

 

「車がパンクしてたんだよ~近いとここれしか無かったんだぉ~、オレを愛してるなら堪忍してぇ~」

 

「キモ!アンタは目つぶしの刑!」

 

「プギャチュー、ええいそんな時こそ目つぶし返し!」

 

「目つぶしブゥロック!」

 

「オオッッ!指の股が、股がぁ」

 

「さらに目つぶしっ」

 

「オレも目つぶしブブッロク!」

 

「両手目つぶし。」

 

「プギーー!卑怯なっ!」

 

「毎回やっててよく飽きないですよね。」

 

 やはり毎回と同じく長田結花が二人のプレロレスごっこを止めに台所から出てきた。海堂はやはりそっくり同じパターンで、結花の左足に右腕から絡まり、右斜め15度で開脚気味にヘタれ込み、左掌は既に結花の内股をまさぐっている。結花はそれを知りつつも海堂の死滅しつつある頭髪を撫でてやるのだ。

 

「ダメよ結花ちゃん。こいつ甘やかしちゃ。こいつはね、いつまでもいつまでも他人にこいつだから仕方ないと思わせるように生きててきたのよ。」

 

「いいじゃないですか。海堂さんは海堂さんなんですから。」

 

「ああアタシ自分探しって言葉ダイっ嫌い!」

 

「そうですか。ごめなさい。」

 

「違うの!結花ちゃんが悪いんじゃないの。」

 

「いいんです。真理さんは優しいんですね。」

 

「違うって言ってるじゃないっ」

 

「牛丼じゃないですけど、海堂さんの買ってきてくれたこれ食べてくれます?」

 

「食べます食べます喜んで食べます。あーアタシ豚大好きなの豚、ちょっとアタシ顔豚系でしょ。」

 

 たぶんこの5人の仲間で一番強いのは長田さんだな、

 

「僕は園田さんは、アライグマに似てると思うな。」

 

「あ、木場さん優しィ。」と顔を赤らめる真理。

 

 果たしてアライグマで優しいのか?

 

「うまいぞ。これ。やっぱ店で出されて直食うより、ツユダク持ち帰りで染みてフヤけてる方がうめえな。」

 

「啓太郎!なに2杯めに手つけてんのよ。」

 

「いいじゃんかよ居候、育ち盛りなんだからよ。あ、メール、彼女彼女彼女。」

 

 菊池啓太郎にとって真理は確かに居候である。啓太郎が東京へ戻ると両親の不幸が待っていた。両親が残した個人経営のクリーニング店を、啓太郎は一人でやっていく事に決める。真理はそんな啓太郎の決心を見守る事に決めた。真理18歳と啓太郎10歳の二人が杉並区、甲州街道を少し北の小路に入った小さな店で暮してもう半年になる。

 

「例の二十歳の人ですか。」結花がすかさず啓太郎に聞いた。

 

「その彼女彼女。へ、相変わらずオレにベッタリだぜこの女。へへへ。ぼく、の、夢は、世界中、の、洗濯物が、真っ白、になるように、みんなが、幸せ、」

 

「啓太郎、アンタいつまでそのメル友に年齢偽ってるの?12歳サバ上に読んでるんでしょ。いい加減ホントの事言って精算したら?」

 

「いいか坊主、サバを下に読む芸能人は履いて捨てるほどいるが、サバを上に読むヤツは洋ピンの女優しかいねえんだぞ。」

 

「オヤジ、なにそれ。」

 

「それ以上は自主規制だ。」

 

 木場勇治はコーヒーを堪能しながら、この5人の関係がこの世の果ての果てまで拡がる事を夢見ていた。

 

 

 

「じゃあ、また園田さん。」

 

 木場は杉並の家まで啓太郎と真理を送る。木場が唯一自費で購入したBMWM3クーペは、木場がどうしてもちゃんとした足回りの直6を求めた末の選択である。

 

「じゃあ明日・・・あ・・・・」うっかり口を滑らせる真理。

 

「明日?なんだよ明日って。明日オレ一人に店押しつけてなにしようってんだよ。」子供の図々しさは限度を知らない。

 

「煩いわね。おやつあげないわよ。」

 

 手を振って見送る木場勇治。車内に残されたのはその彼と海堂だけである。

 

「明日はデートかい。」

 

 甲州街道を一旦新宿側へ向かい適当なところでUターンしなければこの界隈は西の環状八号へ向かえないケースが多い。時間によっては混雑し、数十分を要する場合もある。

 

「すいませんね。愛しの園田さんを奪ってしまって。」

 

「グヘヘ、まあ恋はいつでも逆転可能だって。」

 

「園田さんはまだ兆候が表れませんね。」

 

「死の記憶が確かなら、いやあの傷で命を取り留めること自体が奇蹟だが。」

 

「やはり確実にオルフェノクになったと。」

 

「オルフェノクとは、人間の細胞には必ず存在するミトコンドリアの、その突然変異体による電磁パルスのエネルギー循環が起す超生物学的生態への進化だ。電磁パルスは精神波と要約してもいい。精神波が血液と内蔵を基本とした有機生態構造を代替し、あるいはこれまでの有機質の肉体そのものを不要とした生命体、精神だけの生命体へ人間を進化させた。20世紀末からの電脳社会への適応を始め、もはや脳以外、理性以外の存在はこの星の生命体にとって不要となった兆候だという。少なくともあの花形さんはそう思っていた。」

 

「何回も聞きましたよ。だがそれがオルフェノクが人を襲う理由にはならない。」

 

 オルフェノクが、人を、襲う。木場勇治ははっきりとそう言った。そしてその理由を木場勇治は完全に理解している。

 

 

 

 木場勇治が両親を失い、自身2年もの昏睡状態に陥ったあの事故がなければ、あの数秒が人生に起らなければ、彼がそれ以降の堪え難き人生を歩む事も無かっただろう。いっそ死んでいれば良かった、未だそう思っている木場勇治であった。

 

「千恵。これ、もしかしてハンドメイド。」

 

 その少女の微笑みは穢れを知らぬタンポポの花のような素朴さに満ちていた。

 

「勇治、そんなまたインテリを鼻にかけるような事を言って。手作りでいいのよ。素直に。」

 

 木場勇治は大学の先輩から新入生歓迎会だからと騙されて合コンにつき合わされた時、あの素朴な少女森下千恵と出会った。ニットのカーデガンがお手製だと聞いた時、木場勇治はこの子への興味を消せなくなっていた。その千恵から今度は手製のペンダントを貰った時、自転車の二人乗りで30キロ先の海岸まで遠出し、そしてファーストキスをした。

 

「永遠だよ。何があっても。」

 

「私達ははじめからこんな風になる運命だったのね。」

 

 木場勇治の家庭は、父が医大病院の院長である事から、かなりの資産を有していた。田園調布の自宅と軽井沢に別荘を持つごくありがちな資産家である。高校では乗馬の世界に没頭したものの、自分の為になにかを剥き出して競争する意志にグロテスクな印象を拭えず諦め、父に促された事もあり、人を助けるという熱意が自然に湧き出てくる自分に喜びを覚え、やはり医師免許の取得を目指した。

 木場勇治はくり返しくり返し思う。『木場勇治が両親を失い、自身2年もの昏睡状態に陥ったあの事故がなければ、あの数秒が人生に起らなければ、彼がそれ以降の堪え難き人生を歩む事も無かっただろう。いっそ死んでいれば良かった、未だそう思っている木場勇治であった。』と。

 彼が初めて運転免許を持ち、医療事務のアルバイトを1年務めて買った日産マーチで家族旅行に出た峠道、反対車線をはみ出て鋭角的にコーナーリングしようとする四駆が横から衝突、ガードレールを弾き出され、約50メートル転落する大事故を起す。

 ここから木場勇治の時間は止まる。

 2年、森下千恵を含む俗社会との時間がズレていく。全てがそうである訳ではないが、木場勇治の場合、それは致命的であった。

 

「王子様が目覚めました!」

 

 悲鳴を上げたのは、担当でも無いのに出勤日には必ず巡回していた准看護士。眠りの王子様と名付け、遺体という意識で接していたが故に、出勤最初に軽いキスをする習慣が定着していたくらいである。

 

「看護婦さん?」時の流れはこんな端々の用語にも顕れている。「看護婦さんですよね。病院ですか?ここは。」

 

 事故状況と、2年の昏睡と、そして両親の死を知らされ、2日と経たず退院した木場勇治は既にその頃からスマートブレインの管轄下に置かれていたに違いない。でなければ蘇生してなお脈も心拍もない希有の症例を病院が手放すはずはない。

 退院してまず自宅、厳密に言えば以前自宅だった伯父の家にいった。

 

「父親がどんな汚いディベートを貰っていたかも知らんボンボンのくせに。ワシの邪魔だけは巧くやってきおる。全く困ったもんだよ。この間資産の法的手続きをようやく済ませたのに。今更のこのこ。」

 

 なぜか木場勇治には宅内にいる叔父の独り言が門前の路上から聞こえた。医療の世界で資産を積むという事はそれなりの業を積んだという事であり、木場勇治は自分の養育環境の根底にあるものがどの程度のものであったか確かに知らない。木場勇治は自分の存在が許される場所があまりに小さい事に失望したが、まだそれでも誰のせいでもないアクシデントを誰かのせいにしなければ気が済まない性分なんだと解釈する事で叔父を許せた。

 身寄りの無い木場勇治は、2年前までの人間関係の親密度で実在空間を築く以外無かった。森下千恵は、ペンダントを呉れた千恵は木場勇治の最後の居場所だった。

 千恵のアパートの前に立った木場勇治は同じく不可思議な現象に見舞われる。2階にある千恵の部屋から窓を閉め切っているにも関らず声が聞こえ、しかも壁を透して目に見えた。

 

「一彰ってとことんワルよね。」

 

 なぜか甥の木場一彰が千恵の部屋で裸で居た。千恵は光沢のキツいナイロンピンクのガーターベルトとレッグバンドにタイツのみの姿で、一彰の前でM字に開脚している。

 

「せっかくオマエと財産が手に入ったのによ。勇治のヤツをなんとか殺してえんだがな。オヤジに病院で一生閉じ込めるように言ったらよ、なんでも仕入れ先がゴネるからダメなんだとさ。だからよ、おめえがまた勇治に鞍替えしねえようによ。せめてこうやって、」

 

 一彰は電気ゴテで、その滑らかな肌に「章」の字まで彫り終わった。あともう少しで自分の名前を千恵の左内股に書き込む事ができる。千恵はコテを当てられ、その時その時苦痛に顔を歪めるものの、合間合間で恍惚した表情を一彰に向けた。

 

「ねえ、約束は守ってね。世界で5万個限定のバックなんだから。」

 

 木場勇治はそれを全てアパートの外から眺める事ができた。人間の目と耳はあくまで現象を映し込むものであり、事実との間にいくつかの距離があると言っても、木場勇治のこの場合限りなくゼロに近い距離であった。

 

「おめえ、手作りのストラップじゃねえのか?おめえホントに2年前は開発されてねえお姫さんだったな。」

 

 お&ぞ!0まzw)\>しいマ?^28eゲorン/xジツ

 

「やめてよ、もうダサダサの夢見る子供じゃないわ。私はちゃんとした大人になったんだから。フフフ。永遠だって、子供の考える事よ。こうなったのも甘えた子供の彼に天罰が下されたって事なのよ。きっとこうなる運命だったんだわ。」

 

 ユ2dゆi&=$)るルサ'&)%%&%$ナ&'$Kイさ(&EX%Y$な('&&'(CIい()'&UCE&X%')U&

 

「ここまで堕ちるものなのか・・・千恵・・・でも。」

 

 その日の翌日、まず一彰が不可思議な失踪を遂げる。午後に2人の私服警官から訪問を受けた千恵は、アパートからそう遠くない場所で一彰が遺体で発見された事、だが遺体は不思議な事にすぐに消失してしまった事を、その時はじめて聞く。この死体遺棄事件の参考人として警察に任意同行を求められた千恵は、動転して殺人事件の容疑者に疑われていると誤解し出頭を拒否。自宅に籠って警官を追い返し、次いで木場勇治を呼び出し、二人の想い出の公園で落ち合った。

 

「知ってるよ。君は一彰とつき合ってるんだろ。」

 

 木場勇治は一線を越えた落ち着いた眼差しで千恵を眺めた。

 

「そんな大した関係じゃなかったわ。」

 

 千恵はなおオドオドと事態に震えていた。

 

「そうなんだ。」

 

 木場勇治はまだその言葉を信じようとしていたかもしれない。

 

「私、もうどうしていいか分からないの。なにがなんだか。支えが欲しいの。ね、勇治、私のあげたペンダント、まだ持ってる?私も、ほら、ね。やっぱり私には勇治しかいないんだって分かったの。二人でこの2年を取り戻そ。」

 

 二人は想い出の公園に立ち寄る。ブランコに並び、抉れた地面を二人で見下ろしながら語り合う、あの刻の再現をした。

 木場勇治はそう意図した訳ではない。がこうなればこれでいいのかもしれないと思えるようになってきていた。

 そこへ先の警官二人が顕れる。千恵は再びオドオドして、ただ私じゃない、と連呼した。

 

「私じゃありません!この男です!この人一彰を怨んでたはずですっ!」

 

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 木場勇治の人間の像が揺らめく。揺れていたはずのブランコが不自然に制止する。木場勇治の人間の像と重なって、馬をイメージした像が浮かび上がってくる。実体が虚像になり虚像が実体に入れ替わる。馬が木場勇治のオルフェノクの像だった。

 千恵が金切り声を上げる。警官二人は動転しながらも拳銃を抜き発砲。だが馬のイメージを象った怪物と化した木場勇治の手前で弾丸が制止。オルフェノクに多少の武器なぞ効かない。木場勇治、ホースオルフェノクはおもむろに巨剣の像を現出させ、震え上がる千恵の元へ歩み寄る。

 

「ふん」

 

 警官二人が千恵とホースオルフェノクの間に割って入るもあっけなく剣でなぎ払われ、ホースオルフェノクは千恵の胸倉を掴んで片手で抱えた。

 

「勇治、助けて、助けて勇治、私、アナタだけのモノになるわ。この事も黙っててあげる。契約しましょ、私を助けてくれたら、」

 

 胸を巨剣で刺す、

 

「君は変ってしまった。でもね、僕も変ってしまったんだよ。」

 

 巨剣は千恵の肉体を透き通り、ただ内部の心臓だけを刺した。刺された心臓は炎をあげて燃え陽炎のように消える。不思議な事に千恵の肉体は傷一つついていない。人間味もない。ただの少女型の等身人形が公園に横たわった。

 

「!」

 

 木場勇治は巨剣を眺めた。次に腕を眺め、肩から下半身に視線を流し体中の異変に気づく。この禍々しい劣情に押し流されてしまった自分に絶望し、劣情を顕にしてしまった自分に絶望し、劣情のままついには4人もの人間を殺害してしまった自分に絶望した。

 だが真の絶望はこれからだった。

 

「っ('& OYLIぁY%C$OHあ!」

 

 叫んだのは先にホースオルフェノクの手にかかった警官の一人。意志を朦朧とさせて立ち上がった警官はなんと、木場勇治と同じく像を変化させオルフェノクになっていく。

 

「劣情は伝播する。」

 

 オルフェノクに殺されたものがオルフェノクになる事を、木場勇治は完全に理解した。

 カメムシ、スティングバグオルフェノクは、朦朧としながらもたまたま通りかかった乳母車の母子連れを視界に入れる。そしておもむろに触手を伸ばした。木場勇治がそうであったように、このオルフェノクも又劣情の波紋を拡げ人を襲おうとしている。

 

「やめろぁっぉぉぉ!」

 

 巨剣を突き立てるホースオルフェノク。今度は自らの理知で剣を振るった。

スティングバグは、刺された背中から青白い炎をあげて一瞬だけ燃え、くすみ、やがて止めどもなく崩れていき、最後は灰ほどの粒子となり風に乗って消失した。

 

「なんなんだ、なんなんだこれ・・・・」

 

 木場勇治は震えた。人の人生を、殺すよりもさらに酷い破滅に追い込んだ自分という存在の業の深さに。

 

 

 

「オルフェノクは自分の劣情に駆られるまま人を襲うんです。海堂さん。いずれオルフェノクになるにしても、無理矢理それまでの人の人生を奪う真似は許されない。」

 

 木場勇治はその直後多国籍企業スマートブレイン社のエージェントに接触を受けた。今にして思えば一部始終を監視していたに違いない。一枚のPDAを受け取り、オルフェノクの全てがそのネットワーク網の恩恵に預る事で、スマートブレイン社はオルフェノクのバックアップをすると言ってきた。

 だが木場勇治はその甘言にきな臭さを感じた。スマートブレイン社の保護を受ける代わりに木場勇治に出されたオーダーが、人を襲いオルフェノクを増やす事、であったからだ。あの禍々しい劣情に塗れた衝動を肯定するなどできなかった。

 

「だがそれも過去の事だ。真理ちゃんの言う事と昨今のスマートブレインの動きを見れば、乾巧と村上は相討ちしたと見ていい。半年経った今もファイズフォンの請求書はこんだろ。」

 

 木場勇治が辛うじてオルフェノクとして殺戮者と化す事を避ける事ができたのは、多少の心理学を勉強していたからである。人間には理性ではどうしようも無いシステマティックな部分がある。それを木場勇治は自分に言い聞かせた。千恵もまた自分が極度のストレスを与えた為に男性依存に陥ったか、元々浅薄な情緒だったのだろうと納得するようになった。

 

「ええ。僕が貰った時点で既に衛星へ送信してましたからね。ここ半年何も起らないのは無気味です。それなりに使っても一切苦情が来ない。スマートブレインの所有物を無断使用しているにも関らず。」

 

 だが自分の心を整理するには時間を要した。そうして人を襲わずにいた木場勇治に、スマートブレインは刺客を送り込んできた。イカのイメージを像としたスクィッドオルフェノクは、オルフェノクとして選ばれた者はその能力故、人は怖れ、それが敵意となり、いずれは種を賭けた戦いになるだろうと最後通牒した。

 

「花形前社長は君と同じように自然発生に任せる路線を主張していた。まあ自分の権力を固める為に幹部全てをオルフェノクにしてしまうような性急な真似もしたが。村上はさらに性急だった。オルフェノクを積極的に増やし、また人を襲わない我々のようなオルフェノクに制裁を加えた。オルフェノクにならなければ人は灰となって死ぬ。村上はオルフェノクになれない人間は選ばれなかったものと一刀両断した。村上の主張はオルフェノクである幹部会の矜持を擽った。」

 

 だが木場勇治は人を殺す、あるいはオルフェノクにする事を拒否する。そして防衛意思の働くまま刺客を殺してしまう。

 

「人間が恐ろしいのは分かります。でもあんなまるで吸血鬼の増殖か細菌の感染に近い感覚が進化であってはならない。」

 

 その直後、海堂のワンボックスが現れた。ただ一言、乗ってみないか、とだけ言われ手を差し伸べられた。

 

「村上のは選民思想だ。それがヤツの足下を掬った。たかだかベルト一本の為に。少なくとも優秀で、もしかして善良なヤツだったかもしれんのに。」

 

「海堂さんは、やっぱりスマートブレインの関係者だったんですか。」

 

「ん?はて、なんじゃらほい。オリゃしがないミュージシャン崩れじゃ。」

 

「スマーブレインの話をする時の貴方は多弁ですからね。大体、あの世田谷のマンションも、僕達を拾ってくれたあのワンボックスも、いったいどこからそんなお金を持ってきたんです?」

 

「オレは言ったぞ。お互い秘密にしたい事は喋らない。木場ちゃんも結花ちゃんも触れられたくない事はあるだろ。あるじゃろ?ん?」

 

 海堂は笑顔と真顔を交互に使い分け、木場勇治におどけてみせた。

 

「海堂さん。僕は村上社長は死んだとは思っています。僕等への攻撃がピタリと止んだからです。でも、不思議な事を言うかもしれませんが、乾君は死んだとまだ思っていないんです。」

 

「ほう、それはどうして?」

 

「彼女が、園田さんがまだ彼が生きてると信じて疑わないからですよ。」

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