仮面ライダー555 SPIRITS   作:bassher

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エピソード7 長田結花

 

 

 

 

「詰めはオレの方だっ!」

 

 カイザはサイガに向け30メートル跳躍、

 

「千恵、今度こそ眠ってくれ!」

 

 それはファイズがロブスターに向け35メートル跳躍した時とほぼ同時。

 

「さ、冴子さ、すけてださい!」

 

「こんな、時に誰・・・・琢磨君!」

 

 奇しくもそれぞれがスマッシュに圧され、背中合わせとなるロブスターとサイガ。つまり正対する位置から一点に向けてファイズとカイザは蹴撃する事になる。

 

 ゴルドスマッシュ!

 

 黄色い杭を圧し込むカイザ、

 

「正義の鉄槌を食らえっっ」

 

 だがこの時のカイザの正義はあまりにも衣であり過ぎた。

 

「・・にたくなっっっっ!」

 

 この時のサイガの力は素直に力である。

 

 圧し戻すサイガ、

 

「なにっバカな」

 

 圧し戻され跳ね飛ばされるカイザ。あまりの反動で変身が解除。

 

「・・・・・、さすがは私、この程度でこの私がヤられるものですか。」

 

 サイガのフォトンブラッドを全開し、渾身の力で圧し戻した琢磨逸郎。生への安堵が再びその嫌味な笑みを復活させた。

 

 

 

 クリムゾンスマッシュ!

 

 紅い杭を圧し込むファイズ、

 

「消えてくれ千恵っっ!」

 

 だがその想いはファイズではなかったかもしれない。

 

「っっっっっっっイヤ!」

 

 千恵はどこまでも素直に生を望んだ。

 

 両拳を併せてクリムゾンの杭へ叩きつけるロブスター、

 

「そんなっ」

 

 地面に叩き付けられ、クリムゾンの杭は割れて霧散、ファイズの変身もまた解除される。

 

「貴方って、本当に、勝手なんだから、」

 

 生命の全てを使い、その像を揺らつかせながらも、辛うじてロブスターへ定着させサーベルも再び現出させた。

 

 振りかぶる、

 

 吹き飛ぶ勇治。

 

 ぁ

 

 そのサーベルの一撃は変身を解除した勇治を宙に放り上げ、勢い余ってベルトが外れ本多劇場の壁まで飛んでいった。

 

「愛しているけど、もう死んで。勇治。」

 

 

 

「どうすればいいの、どうすれば、巧いい加減に助けに来なさいよ。」

 

 本多劇場に空けられた壁に身を潜める少女。必死に目を閉じているが、様々な衝撃音や破壊音が少女の耳に否応なく入ってくる。園田真理は海堂の死を目の当りにし、まず携帯で呼び込んだ自責の念に駆られ、今自分の為に戦っている雅人や勇治になにもしてやれない自分の無力がキライになった。劇場内は照明も無く、太陽も既に沈み、ただほのかな街灯だけが回折してわずかな光量を真理にもたらす。

 

「いや」

 

 いつのまにか掌についた砂埃に怖気が走る真理。

 

「はぁ、はぁはぁ」

 

 狂ったように両手を擦り合わせて祓う真理。海堂の灰化を目の当たりにした少女は、自分の身にも起こり得るあの虚しい最期に反吐が出そうなほどの不快感を覚えた。

 

「アタシ最低だ」

 

 それは反転して勇治達への罪悪となって真理の小さな胸を痛めつけた。また一つ自分の弱さを知った。

 

 ベルト、

 

 そこへ転がってくるファイズベルト。

 

「巧」

 

 今しもベルトをオルフェノクが奪いに来るのではないかという想像が膨らんで、ベルトに込められた記憶が全て奪い取られる危機感となって真理に衝動を与えた。

 

「木場さん、」

 

 ベルトを掴み、真理はその時音だけでしか分からなかった外の状況を初めて目の当たりにした。雅人は海堂を殺した白い対手に殴られ放題。そして勇治はアスファルトに大の字になって倒れ、今まさにオルフェノクに襲われようとしていた。

 

「・・・・」

 

 真理はベルトを見つめる。生唾を呑んで、天を仰いだ。

 

 父さん、助けて、

 

 そして少女はベルトを装着する。

 

「変身っ」

 

 ファイズフォンを高く掲げ、バックルへ差し込む。

 

『error』

 

 無情にもベルトから拒絶される真理。ベルトのエネルギーの暴走で着脱、その反動で真理は劇場奥の壁に叩きつけられた。

 

「巧、助けて・・・・」

 

 頭を強く打った真理は、そのまま気絶してしまった。

 

 

 

 長田結花は今年15歳になるO型。

 

「私がアナタを助けてあげるから。必ず。」

 

 日曜日。夕刻。雪谷に廃校となった中学がある。

 長田結花がその川を通り掛かったのは、ようやく過去の自分を振り返る決心がついたからだ。

 

「真理・・・・、髪が伸びたんだな・・・・・?・・・・真理って誰だ?」

 

 グランドの隅にあるポプラの樹の根元がその学校で長田結花の唯一の定位置。半年前までもその日もそこから眺める川のゆらぎは、長田結花の心をいつまでも和ませてくれた。

 流れてきたのが乾巧と分かったのは、彼女がオルフェノクとして超感覚を備えていた事と無関係ではない。自分の川から救い出し、冷え切った体を抱えて、まだ処分されていなかった保健室のベットまで運んだ。

 

「大丈夫、眠って。」

 

 15歳の少女はマンガが半分以上のリアルである。冷えた巧の体を暖めるのに、廃校となった電気の通らない保健室で考えられるのは人の肌と毛布しかない。巧の塗れた服を脱がせ、自らも脱ぎ取って、自分よりもいくらか体格のある巧を強く抱き締めた。

 

「沙耶、分かったよ。」

 

 朦朧としている巧はその長い髪を掻き分け、長田結花のうなじに手を伸ばす。長田結花はヒクと狼狽えたが、徐々に馴染んでさせるままに撫でさせてやった。

 

「私がずっと側にいるから。」

 

 彼女がオルフェノクになったのは、ほんの些細な行き違いの積み重ねであったかもしれない。

 それまでは両親の元で何不自由無く育っていたただの少女だった。

 

「そうか、やっぱり結花は評価される事が全部苦手なんだな。でもがんばったんだ。そうだろ?がんばったんだからいいじゃないか。」成績表を見せた時父は必ずそう言ってくれた。

 

「お母さんね、アナタが今日学校行かなかったの全部聞いてたの。何があったのか結花が勇気を出してそうやって言ってくれるまでずっと待ってたの。」母は必ず気持ちを察してくれる人だった。

 

 その両親の死を12歳で体験し、一気に全てが不自由な生活へと追い込まれる。長田結花に残されたのは家族で飼っていた猫のチサトだけだった。

 

「結花っ!何様のつもりっ」

 

「貴方みたいな意地の汚い子見た事ない!」

 

「学校に通わせてやってるだけでもありがたいと思え!」

 

 叔父一家は両親のいない長田結花の唯一の身内だった。身内とは生まれついた立場であり、生まれついた義務を押し付けられた叔父一家にとって長田結花は荷物以外の何者でも無かった。長田結花の部屋は階段裏の物置、寝る時はいつも脚を曲げるしか無い。食事も叔父達3人とは差をつけられ必ずオカズが一品無かった。いっしょだったのはカレーくらいでそれは別のものを作る手間を省きたかったからに過ぎない。

 学校でもいじめにあった。姪は長田結花と違って成績も運動も優秀で、学校のほとんど全ての生徒の弱味を握っていた。長田結花は自分の持ち物を隠され、壊され、切り刻まれ、燃やされた。新しいものを買ってくれるように叔父夫婦に頼むと、理解してもらえず、要らぬ誤解からまた体罰を受けた。

 

「気にしてることがわかったら嫌われるかしらなんて思ってることがわかったら嫌われるかしらなんて思ってたら嫌われるかしら・・・・・」

 

 こうして2年、事実存在をこれでもかと削られながら辛うじて長田結花は生きてきた。いや生かされる以外の全てを許されなかったと言っていい生殺しだった。生かしたくないのも世間の都合ならば、殺したくないのも世間の都合でしか無かった。ただ14歳になった時、そんな叔父一家との関係に変化が起った。

 

「ごめんなさい、汚すつもりは無かったの、」

 

 長田結花は浴室ではじめての月経を催した。いつのまにか乳房が張るようになり、細いが丸みを帯びた体型になっていた14歳だった。内股に一筋の濃い血が流れていくの止められず混乱した少女の姿を、叔父が目撃した。

 

「汚らしいヤツめ、」

 

 だがむしろ叔父の眼は喜色に満ちていた。折れそうな程強く手を握られて叔父の部屋へ押込まれ、まず殴られ、バイトで買ったばかりの洋服を引き裂かれた。

 

「道子、道子、いい子にしてるんだよ、」

 

 猟奇的な叔父の唾液が長田結花の体中に粘ついて気持ち悪かった。何より叔父の股間についたグロテスクなものが自分の中に入ってくるのがたまらなくイヤだった。だがそれ以来、叔父の態度が急変した。やはり愛情はないが、少なくともやる時以外は腫れ物に触るように気を使ってくれた。欲しいと言ったモノも買ってくれるようになった。叔母と姪には内緒で。

 

「この色魔、」

 

 内緒にしていたものの叔母は薄々感づいていたらしい。だが見て見ないフリをしていた。姪は違った。激しく嫉妬した。長田結花が可愛がっていた猫をバラバラに切断して皿に盛って食べさせようとした。学校のいじめもますますエスカレートする。カンニングの容疑に陥れられたり、階段から突き落とされたり、水桶に無理矢理顔を浸され溺れそうになった事もあった。

 

「ねえ道子、こいつ息してねえよ。」

 

「撥が当たったのよ。いい、近くの池に重石を付けて捨てるのよ。いいわね、警察やセンコーにチクったら、アンタ達の秘密バラすからね。」

 

 そして半年前、夜の体育館に呼び出された長田結花は、姪の子分達数人から暴行を受けた。今度は本格的で、目立つ場所にも容赦無く鉄パイプが撃ちつけられた。その内後頭部を強く打ち、鼻から血が流れた。長田結花のそれが死だった。

 幸いにも死に鈍感だった女子中学生達は、長田結花を洗足池に沈め、一週間後に失踪届けを出すよう申し合わせ、素知らぬ顔を決め込もうとした。

 

「やだ・・・・濡れてる・・・・・また叔父さん達に叱られる・・・・」

 

 9時間後、長田結花は池の中で蘇生する。括り付けられた重石ごと池から上がってきて、学校まで朦朧としながらたどり着いた。

 

「破廉恥な。いったいどういうつもりかね君っ!」

 

 学校では全校生徒が朝礼の最中だった。校長がマイク越しに怒鳴りつけてくる。引き攣った表情を隠せない者も混じっていたが、生徒は全員長田結花を嘲笑った。

 

「なんで私だけ・・・・」

 

 誰もが気持ちを分かってくれなかった。少なくとも長田結花の見える現実ではそうだった。

 像が変わった。

 同時に学校のグランド全体に翼のような光が長田結花の背中から拡がった。光がグランド全ての人間を呑み込んだ時、全ての人間が消え去った。鶴の像を持つクレインオルフェノクは誰もいない校舎で絶叫した。

 

「もういい、もう止すんだ。」

 

 叔母を殺したのは服装で注意されたからであり、叔父を殺したのは体を求めてきたからだ。叔父の性器を腕力で削り取った時、血が飛び散った。それを嗅ぎつけた海堂に見つかった長田結花は、はじめての他のオルフェノクに恐怖に駆られて襲い掛かり、即座に失神させられた。

 

「怖かったろう。怖かったんだろう。」

 

 そして海堂のワンボックスで目覚めた時、人の優しさに触れ、人生で初めて涙を流した。あれから半年。

 

「私がずっと側にいるから。」

 

 長田結花は巧の胸の中でいつまでもいつまでもその心臓の鼓動を聞いていた。

 

 

 

「この私と戦おうとしたことがそもそも間違いなんですよ、お約束通り、死んでください。」

 

「愛しているけど、もう死んで。勇治。」

 

 2体のオルフェノクにスマッシュを圧し返され、変身を解除した勇治と雅人は風前の灯であった。

 

「私は、ベルトに手を出すなとお願いしたはず。」

 

 夜の下北沢に靴音が鳴る。黒の革靴、黒のスーツ、黒いマフラーはスーツの中に入れ込んで、明白灰色の髪に黒いターバンが巻かれている。

 

「父さん、」雅人が叫ぶ。

 

「花形・・・・・。」サイガはうろたえる。

 

「顧問が態々来るとはね。」冴子も人間の像に戻って睨みつけた。

 

 現れた人物、スマートブレイン社の社長であった人物、流星塾を創設し真理達の父親代わりであった人物、更迭され半ば行方不明だった花形が今眼前に現れた。

 

「君達の尻拭いの為に、社の人間をどれほど導入しなければならないと思うかね。これ以上目撃者を増やさない内に、早くここから立ち去りたまえ。今なら私の力だけで処理できる範囲だ。」

 

「特別顧問、我々は幹部会から正式な要請でこの任に就いています。貴方はなんの指揮権も決定権も持ち合わせていないはず。」冴子は僅かずつ花形に歩み寄ろうとする。

 

「冴子さん、この男、この場で殺せばいいじゃないですか。そうすれば一気に解決する。なに、この私の力を持ってすれば。」

 

 冴子の歩みが止まる。一瞬だが苦りつぶした顔になる。花形はそれを見てほくそ笑む。

 

「琢磨君、君の、いやサイガの力でも私には勝てんよ。」

 

 構わずフォンブラスター!

 

 既にサイガはフォンブラスターを連射した。が、

 

「バカな、なぜ当たらん。」

 

 透過する、

 

 フォンブラスターの青い光弾はしかし効かない。当たらないのではない。光弾が花形を透過していく。何発撃ってもそれは変わらない。そして何発撃っても腕を後ろに組み悠然とサイガに向けて歩いてくる花形。

 

「私の動きを捉える事は、君にはできない。」

 

 それは超高速移動の回避。サイガの目が認識するよりも先に避けて元に戻るを繰り返す脅威の高速運動であった。1メートルにまで接近してなお変わらず透過する花形。

 

「バカな、オルフェノクの姿でもないのに、」

 

 慌てて拳を繰り出すサイガ。いとも簡単に平手で受け流す花形。

 

「君の力は虚栄だ。だが一途ではある。」

 

「ひゃぁぁぁぁ」

 

『complete』

 

 サイガの背部に出現するフライングアタッカー。慌ててスラスターを起動するサイガ。しかしそのサイガの首を片手で掴む花形。

 

「は、ハナセっっっっ、ハナシテっっっっ」

 

 片腕一本の力で抑え込む花形。サイガの出力全開にビクともしない。

 

「帰りたまえ。」

 

 手を放す花形。サイガは抑え込まれた反動で上昇するもバランスを失って、ビルの壁へ激突する。

 

「あ、バ、化け物め!」

 

 尻から落下したサイガは慌ててフォンに入力する。

 

『start up』

 

 サイガ全身に不連続なエネルギーの奔流が駆け巡る。

 

「ひゃぁ」

 

 そして駆け出すサイガ。サイガの姿が普通の人間では捉え切れない速度に達する。達してそのまま戦場から離脱していく。琢磨逸郎は恐怖のあまり花形から背を向けて逃走した。

 

「肝心な時にいつもこうね。」

 

 立っているのは花形と冴子のみ。花形はやはり手を後ろに組み悠然と歩み寄ってくる。

 

「私に決定権は無い。私に与えられたのは新たな社長を任命する権限だけだ。しかし幹部会もまた全ての決定権を有している訳ではない。それは君も承知できているはずだ。」

 

 影山冴子の像が変わる。咄嗟にサーベルを突き出すロブスターオルフェノク。

 

「貴方の動き、私は見切ったわ。殺せるっ!」

 

 サーベルの刃は虚しく花形の残像を刺すのみ。だがロブスターは構わず分速300突きのサーベルを振るう。

 灰が飛んだ、花形の頬に一閃傷を作るロブスター。だがロブスターの手首は花形に掴まれていた。

 

「素直に生きる事でそれほどの力を得たか。しかし人は素直に生きる程に下劣さを伴う。」

 

「人を上から、」

 

 花形は消える。消えたという意識すら感じる前に消え去る花形。

 

「見下して・・・・え?」

 

 辛うじて見切れていたはずの花形を動き見失うロブスター。それは一瞬でもない。瞬きもしていない。刹那ですらなかった。時間感覚の全てを一蹴する現象だった。

 

「1秒だけ時間を止めた。多少私の動きを見切れるようだが無駄だ。引き上げたまえ。」

 

 それは背後。既に背後に回ってロブスターの肩に手を置く花形。

 

「時間・・・そんな、非常識な。」

 

「後で君の店に行こう。話さなければならない事がある。」

 

 愕然としたロブスターは、もはや観念して像を影山冴子に戻す。あるいはその顔は森下千恵のそれかもしれない。

 

「・・・・、待っていますわ。特別顧問。」

 

 だが即座に影山冴子のそれに戻し女は、去っていった。

 

「雅人。」

 

 次に花形が視線を向けたのは、倒れ込み、口元から血が流れる草加雅人。

 

「父さん・・・・オルフェノクなんだな・・・俺達を騙して、」

 

「真理を守れ。」

 

「今更・・・・、キサマはオレの手で必ず・・・」

 

 あまりの疲労の為に失神する雅人。その雅人の成長を微笑ましく眺める花形だった。

 

「海堂君、出てきたまえ。」

 

 え?

 

「やっぱり貴方には隠し事できないや。全く、肝心な時に肝心な事ができる人間とそうでない人間には、いったいどこに差があるのか。」

 

 一部始終を眺めていた勇治。その驚くべき名前を聞いて唖然とする横に既に立っているスネークオルフェノク。自然、勇治の方向に歩み寄る花形。

 

「君が皮一枚焼いただけで抜け出すのは見えていた。アレの最期は看取ったかね。」

 

「ええ。」

 

「アレが遺したファイズギア。あんなモノでは無いはずだ。一度徹底的に専門家の手で診てもらえると有難い。」

 

「はい。」

 

 二人の大人の会話に酸味を感じずにはいられない勇治だった。

 

「木場勇治君だね。」

 

 そして勇治に手を差し出す花形。

 

「僕?」

 

 勇治は驚いた。このような得体の知れない人物が自分の存在を認知している事に。

 

 

 

 雪谷。深夜。未だ長田結花は眠る乾巧と肌を重ねている。結花は寝ているのが辛くなり、ケータイを手に取った。

 

「啓太郎君へ。今日、子犬を、拾い、ました、川に捨てられて、家に、連れて帰ろう、か、迷って、います・・・・いけない啓太郎さんにしなくちゃ。」

 

 長田結花が、菊池啓太郎少年こそが自分の22歳のメル友相手と知ったのは、つい最近である。その時まで啓太郎少年の事はスカート捲りするイヤな子供くらいにしか思っていなかった。知った最初はもっとイヤになった。ウソを言って揶揄ってるとしか思えなかった。だから相手の話をまともに取り合わないで、自分の話を次々フっていったり、微妙なタイミングでメールをしばらく送らないような事までした。だが少年は態度を変えなかった。これだけイヤな事をしても文句一つ言わず自分に合わせて返事をしてくれた。長田結花にとって自分を構ってくれる他人の存在は初めてである。戸惑って不謹慎なメールしかしてこなかった自分を恥じ、別れ話を切り出した。

 

『なぜですか。僕はアナタを大事にします。』

 

 ますます辛くなって、いくらメールされても返事をしなかった。

 

「ねえ、結花姉ちゃん。オレ、どっか悪いとこあるかな。」

 

 何も知らない啓太郎は、イヤな事に長田結花に向かってメル友に嫌われたと悩みを打ち明けた。長田結花にはじめて他人を傷つけた痛みを覚えた。

 

「大丈夫。相手の人の都合だと思うわ。そうだな。少し優しすぎるんじゃないかな。女の子はね。態と叱られるように試す時があるの。そうして自分のことをどのくらい想ってくれてるか知りたいのよ。」

 

 啓太郎の送信フォルダを見ている訳でもないのにそこまで言い切る人間を普通の大人なら訝しんでしまうところだが、子供にとって自分の情報と他人の情報に格差があることなど想像できない。

 

『ミカさん、僕は怒っています。』

 

 そのメールに素直に謝罪を入れた長田結花だった。いずれ、少年が中学生になったら、正直に打ち明けて、つきあってあげようと心に決めた長田結花だった。

 

「先客かよっ」

 

「見せ付けてくれちゃって。」

 

 長田結花が啓太郎へメールを送信したちょうどその時であった。保健室の扉をガラガラと開けた二組の男女が長田結花と巧を見つけた。半ば巣を突付かれた形の長田結花は、激昂を抑えきれない。毛布を捲り上げ、パンティ一枚の未成熟な体を構わず晒す。

 

「帰って。危害は加えないから。」

 

「なんだこのアマ、」

 

「ここは元々アタシ達のアジトなんだよ」

 

「へ、そんな事よりいい体してんじゃねえかよ。オレの方が悦ばせてやるぜ。」

 

「こいつらもしかしてアタイ達のクスリ見つけてラリってんじゃねえの。」

 

 二組の男女は全員ヘルメットを持っているところから、中原街道を流している暴走族らしい事は分かった。長田結花もバイトの帰りしな時速10キロ程度で蛇行しながら後方車の追い抜きを妨害していたのを見たことがある。

 

「醜い。」

 

 長田結花の像が変化していく。はじめて変わった同じ学校で、再びクレインオルフェノクとなる長田結花。

 現実を超えた出来事に叫び声を上げる二組の男女。3人は即座に保健室から躍り出たが、一人の男がクレインにヘルメットで殴りかかろうとする。軽く受け止めるクレイン。首を掴むと男の頚骨が簡単に折れた。そのまま保健室から押し出し、ドアを閉め、しばらくは壁越しに絶叫が響いていたが、そのうちなんの音もしなくなった。再び裸体の長田結花が保健室のドアを開ける。

 

「良かった。乾さんの眠りを妨げないかと、心配しちゃった。」

 

 未だ眠っている巧に安心し、再び覆い被さって肌をこすり合せる長田結花だった。

 だが巧の腕は長田結花の髪を掻き分ける。

 

「見ていたんですか」

 

 長田結花は震えた。

 

「さあな。オレは何をどこまで観えているんだろう。」

 

「私の事、怖くないんですか。」

 

「なんでだろうな。取り敢えずこの髪を触っていたい。」

 

「いけないとは、分かってます。」

 

「そうじゃないな。オレはどうでもいい。おまえの心が痛むかどうかの問題なんじゃないか。」

 

 長田結花の掌が汗ばんだ。

 

「・・・・もうしません。もう人は襲いません。」

 

「そうか。」

 

「私、人が、怖いんだと思います。」

 

「オレも怖いさ。」

 

「約束してください。」

 

「なんだ、」

 

「もし私がまた人を襲ったら、貴方の手で私を殺してください。」

 

「ああ、分かった。」

 

 巧は、いったいこの少女がなにを言い出したのかよく分からなかった。自分がこの子を殺せる術などある訳がない、全く突拍子もない事だと認識した。しかしYESと言ってあげる事が、この少女にとって必要な事なのだと巧は察した。

 

「明日・・・・真理さんに・・・」

 

 案の定、少女はぐったりと眠りに就く。

 

「沙耶、心配してんだろうな。」

 

 長田結花が、乾巧の記憶喪失を知るのは翌朝になってからである。

 

 

 

 気絶していた真理が再び目を明けた最初の光景は、今まさに全裸で迫り来る海堂直也だった。

 

「っ変態!」

 

 マリリンスマッシュっ!

 

「プギャ」

 

 真理の両脚蹴りが見事にヒットした。

 

「あんたやっぱりそういう人だったのねっ!」

 

「違う、誤解だ、痛い、痛い、」

 

「そうやって清純な幼女を何人も拉致してきたんでしょっ」

 

 手近に落ちいてたファイズギアでビシバシ殴りつける真理。

 

「ちょっと待て、服燃やしちゃったから、痛い、それ本気で痛いし、」

 

 慌てて像をスネークにする海堂。さすがの真理もいままでの事を思い出して手が止まる。大口を空けてスネークを指差した。

 

「・・・・アンタ、死んだでしょっ!」

 

「あれは、敵を騙すトリックで・・・すハイ。」

 

「ワタシの涙返して」

 

 再びベルト攻撃開始。

 

「痛い、だから、ごめんなさい、今度新しいポシェット買うから。大体なんで幼女なの。」

 

「ちょっと待って、木場さんや草加くんは?アンタ食ったでしょ!」

 

「なんで食うのっ、ちゃんと、ちゃんと生きて、ますです、」

 

「どこ!」

 

「草加君は一足先に帰らせました。怪我が酷かったので。」

 

「木場さんは、ねえ、木場さんは!」

 

「ちゃんと助けましたよ。」

 

 多少躊躇うスネークの辮髪を掴み捻る真理。

 

「どこ、行ったって、聞いてるのよ、」

 

「あ、癖になりそ、結婚してください・・・花形さんが、現れたんだ。皆を助けてくれた。そして木場君を連れて行ったよ。」

 

「え」

 

 真理は海堂の口から出た父の名と行動にただ戸惑ってしまった。

 

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