仮面ライダー555 SPIRITS   作:bassher

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エピソード8 草加雅人2

 

 

 

 

 日曜から三日後。水曜日の朝。杉並桜上水。4LDKの一軒家『菊池クリーニング店』。

 

「これで、認めてくれるかな。啓太郎君。」

 

 それは実に見事な、最果てまで皺のない白。肩から店のロゴ入りエプロンを足首まで下げている啓太郎少年は、痼りが収まらない。

 

「問題はタイムだ、一分切っていれば・・・」

 

 啓太郎の持つストップウォッチの秒針は、54秒で止まっていた。

 

「決まりだな。」草加雅人は例の引き攣ったような笑みを漏らす。「君の言うテストはこれで全部クリアした訳だ。」

 

 草加雅人は啓太郎の注文するままに、Yシャツのアイロン掛けをこなして見せた。ボタン周りの処理がまともに裁けるまで2ヶ月を要した啓太郎には信じられない初心者だった。

 

「ま、待て、心が篭ってない!」

 

 しばしにらみ合い、草加雅人と啓太郎の間に沈黙が流れた。草加雅人は小馬鹿にした目つきをし、だがそれを咄嗟に首を傾げるフリをして啓太郎に悟られないようにする。

 

「いけないな。真理お姉ちゃんは君一人だけのモノじゃないんだ。君の我侭で真理お姉ちゃんを危険に晒すわけにはいかないだろう。だから、この僕が、真理お姉ちゃんを、この家に寝泊りして守ってやるんだ。いいかな。」

 

 草加雅人は構わず朝食が湯気を立ててるダイニングのテーブルへ着く。

 

「おい、オレが店長だからな!店長の言うことは絶対だ、覚えておけ!」

 

「ハイハイ店長。」

 

 啓太郎は何か言いかけた。しかしケータイが鳴ったのでそちらの方に注意が行ってしまう。

 

「真理。」

 

 草加雅人は、まだ風呂上がりで髪の毛が若干濡れてる真理に挨拶をした。真理は黙って草加雅人に視線を合わせず、ただテーブルの上のトースターからパンを二つ取った。

 

「真理、昨日のオレはどうかしていた。」

 

 代わりにまだ焼けていないパンを2切れトースターに差し込む草加雅人。

 

「気にしてないから。忘れましょう。」

 

「そうじゃない」草加雅人は真理の手を握った。「オレは、君を守る確かな繋がりが欲しかったんだ。オレの心の中で君の存在を大きなモノにしたかった。」

 

「やめて。」

 

「真理。」

 

「やめて。私は昨日も言ったけど、オルフェノクになっちゃったのよ。貴方の好意は受けられない。」

 

「違う。」声を荒げた草加雅人は、未だメールに没頭する啓太郎にやや目を向ける。「違う。真理は人間だ。人間なんだ。オレも昨日言ったはずだ、真理はちゃんとした人間が、このオレを側に置けば、そんな錯覚からすぐ醒める。」

 

 俯く真理の顔に草加雅人の顔が数センチまで近づく。その時玄関のチャイムが鳴った。慌てて席から立ち上がる真理。

 

「おはようございます。朝からごめんなさい。真理さん。」

 

「結花ちゃんっ、それから、あ、オッサンじゃん。」いつもの笑顔を取り戻す真理。

 

「あれほどのマージンもそれなら説明がつく・・・・」

 

「オッサン、オッサンなに独り言いってんのよ。」

 

「気にしないでください。海堂さんここ3日間ずっとこんな感じなんです。」

 

 怪訝な顔をする真理に、結花がそう説明した。

 

「お姉ちゃんオッハー」といいつつ結花のヒップに触る啓太郎。

 

「啓太郎、いつになったら、」

 

「いいんです。もう慣れっこですから。」

 

 その時結花のケータイから『浅き眠り』が流れる。僅かに啓太郎を見やりほくそ笑む結花だった。

 5人で囲む朝食になった。真理は結花に自分のスクランブルエッグを分けて、パンも焼いてあげた。

 

「真理さん、海堂さんが研究に打ち込みたいから、私をここで預かって欲しいんですって。」

 

「そうなんだ、オッサン、ねえ、オッサン!」

 

「だがその為の制御コマンドがクラッシュしてる訳だから・・・・・プギャ!」

 

 マリリンインパクトをコメカミに直撃。

 

「アタシが聞いてんのよオジン!」

 

「シドイ、シドイよ、結花ちゃんこの鬼になんとか言ってよ・・・」

 

「海堂さん、いい加減一人でなんとかできるようになりましょうね。」平然とパンをかじる結花。

 

 一瞬視線を合わせて唖然とする海堂と真理。

 

「いつもの結花ちゃんじゃ、なぁい。」

 

 哀れテーブルに伏して泣き崩れる海堂だった。

 

「そうだ、結花ちゃん、今日から二人で私の部屋を使いましょうよ。いっしょに寝るの。いいでしょ。」

 

 相槌をうつ結花の手を引いて、真理は早々に自分の部屋へ結花を連れ込んだ。

 

「啓太郎、今日は給食費忘れないで先生に渡すんだよ。」

 

「アかってるよ、余計なオバンめ。」

 

 既にランドセルを背負ってる啓太郎は玄関を飛び出ていた。

 テーブルに座るのは二人の男性のみ。

 

「おい、オルフェノク。」それまで黙ってパンを齧っていた雅人が口を開く。

 

「ああ分かってるよ。これが欲しいんだろ。」海堂もパンを齧りながらも胸ポケットをまさぐる。「改良したストリームコントロールとバーストモードのメモリースティックだ。」

 

「さすが設計者さんだ。」雅人はメモリーは奪い取る。

 

「その設計者さんからの忠告だが、バーストは命に関わるリスクを伴う。気をつけたまえ。」

 

 雅人は半ば海堂を無視して、カイザフォンを取り出し、メモリーを押し込む。

 

「どうやら紛い物じゃないようだな。」

 

「いいか。花形さんの言う通り、真理ちゃんをここで守れ。だからこそ結花ちゃんもここに連れてきた。人格があっても力のない人間は信頼におけない。故に共通の目的がある限り、君は信頼における。」

 

「あいつの名前は出すな。」

 

 二人の男がにらみ合う。互いの目は殺気が見え隠れしている。その緊張を解いたのは、カイザフォンの着信音であった。

 

「失礼。出かける用事ができた。」

 

 カイザフォンへのメールを読んだ雅人はいつもの引き攣った笑顔を海堂に見せ、席を立つ。

 

「それじゃ困るんだがな。」

 

「周囲にオレの仲間を配置してある。それから忘れるな。キサマへの借りは忘れてない。」

 

 一人残された海堂は、テーブルに残ったコーヒーを一つのカップに注ぎ、皿に残ったスクランブルエッグとサラダを一つに集め、そして食べ始めた。

 

「あの男に仲間なんているのかね。女の血の匂いしかしないヤツだ・・・、そうか、ウィルスと同じ要領でカイザのコマンドを擬装すればファイズに流用できる、なんでこの程度・・・・、しまった、カイザギア借りとくんだった・・・」

 

 

 

「割と綺麗なお部屋なんですね。」

 

「それ厭味じゃん。」

 

 結花と真理は同時に笑った。

 その6畳間にはベットと机、そして小さな丸テーブルがある。窓は東向き、道路に面している為朝日でお目覚めする事ができる。机の上には頭だけのマネキンが3つ。共にロング、パーマ、ショートのカツラが飾っている。その横にはハサミと串、カミソリが整然と専用のケースに収められていた。

 それに比して雑然とパジャマが脱ぎ捨てられているベット。部屋全体を敷き詰めたカーペットには所々空き缶やペットボトルが転がっている。結花は一つ一つそれらを拾ってゴミ箱を探した。おそらくはペットボトルで作られた山のオブジェの中に在るのだろう。

 

「ねえねえ、左と右どっちにする。」

 

 ふたりの女の子はベットに並んで座る。真理は背中側のベットの上を指差す。

 

「私、壁とベットの隙間って、好きなんですよね。」

 

「え?へえ、あるよ、あるよねウン・・・・・、ところでさ、話変るけどさ。」

 

「なんですか。」

 

「誰か頼りになる人ができた?」

 

「え?」

 

「え、ごめんなさい。勘違いしちゃったかしら。なんだか結花ちゃん、自分に自信がついたなって思ったから。」

 

「こっちこそごめんね。」

 

「なに言ってるのよ。」

 

「実を言うと、いい感じの人がいるんだ。」

 

「やっぱりいるじゃないの。」

 

「真理ちゃんの知らない人。」

 

「そうなんだ。どんな人なの。」

 

「私が支えてあげないと、折れてしまいそうな人。でも折れかかったまま、ずっとがんばろうとする人なの。」

 

「そっか、ちょうどアタシ巧にそんなイメージ持ってたな。」

 

 結花はただ屈託のない笑顔を向けた。

 

「ホントごめんね。」

 

「どうしたの?」

 

 結花が首を傾けると、ロングの髪が僅かに揺れた。

 

「ごめんね。お部屋を貸してくれて。」

 

 

 

「ところで、オレの要望は聞いてもらえたかな。」

 

 室内は光沢を帯びた木目のタイルを敷き詰めた窓の無い会議室。イタリアンレザーのオフィスチェアに座る男はブルー主体のスーツに桜の大紋の金ボタンを各所に散りばめている。階級章は警視正を示している。

 

「君の友達3人は、今日を以って巡査待遇、民間協力という形で、ライオトルーパー隊第2班に編入してもらいます。サイドバッシャー用のクラスター弾も既に量産体制にあります。それより、いい加減席に着いたらどうですか。草加君。」

 

 草加雅人はドア横の壁にもたれながら腕を組み、立ち尽くしている。

 

「イヤだね。座った途端南警視正殿の丸め込まれそうだ。」

 

 南と呼ばれた男の面相は悪魔そのものであった。鷲鼻と細い顎、左右に釣り上がった口と目、白い肌に充血した眼。それら全てが南の不気味さを助長している。

 

「班長の件だが、さすがに民間人を据える訳にはいかない。よって尾村巡査を仮の班長とし、君は巡査部長待遇という事にした。これで君には15人の部下が就く事になる。」

 

「ライオトルーパーの装備は。」

 

「君のカイザギアから得たノウハウでかなりの強化をしたつもりだ。何よりオルフェノク因子を麻痺させる低周波ブレードは、これまで欠けていた対オルフェノク用の決定的な兵器たりうる。それだけでも君の貢献は大いに評価できる。」

 

「オレはオルフェノクをぶっ潰す力が欲しいだけだ。下に部下は揃ってるんだろ。オレはやつ等の訓練の為にここに来たんだ。やつ等は所詮集団でしか戦力にならん。正式な書類は後でいい。」

 

 待ちたまえ、という南の言葉も聞かず室内を勝手に出て行く草加雅人であった。

 

「ヤツは分かっていないのだな。自分という存在が。」

 

 同じドアから入ってきた男がいる。ライトグレーに紺のネクタイで清潔感を漂わせる男の胸には、都知事を表すバッチが光っていた。

 

「黒岩さん。」

 

 なぜか黒岩と言われた男と南という男は面影が似ている。

 

「あの男はスマートブレインへの復讐の為に正義を掲げる。そのいびつな信念を達成する為に彼が駆るあのカイザの力は、元々スマートブレインが作ったモノであり、今また欲するライオトルーパーの装備もまた、スマートブレインの技術提供無くしてあり得ないものだ。彼のリアルは養父の掌の上のものでしかない。ガキだよ。」

 

「スマートブレインは企業という体裁上、国家に貢献するのは当然の事ですからね。しかし驚きましたよ。オルフェノク研究でもっとも進んだ企業こそが、オルフェノクの根城だったとは。草加雅人は、ガキだからこそ我々にとっていい手駒になると思いますが。」

 

「彼は真のリアルが分かっていない。コングロマトリックを一つ潰すのは事実上不可能だ。トップを潰したところで、新たなトップが据えられるだけだ。問題はいままでスマートブレインが担ってきたシェアをいったいどこの企業が受け持ち、職に炙れた優秀なエンジニアをどの企業が吸収するか。巨大な企業解体をいかに有益とするか。それこそが健全なリアルというものだよ。」

 

「シェアと人材をコントロールする黒岩さんが、オイシイ役割を担う訳ですな。」

 

「南君。下品だな。私は、分割し統治する、それを実践しているに過ぎん。巨大企業など民主政治にとって障害でしかないのだ。」

 

 

 

 啓太郎の家で一番いいのは脚の伸ばせる風呂である。

 

「ね、朝風呂もいいでしょ。」

 

 真理と結花は、やる事も無いので取り敢えず風呂に入った。

 

「これ、ラベンダーの香りですよね。」

 

 当然風呂には白く濁る入浴剤がお約束だ。

 

「すっごいでしょ。朝入らないと仕事に差し支えるんだよね。ほとんどお客と密着でしょ。」

 

 浴槽に並んで、お互いさわりっこする女の子二人。

 

「真理って肌が綺麗なんだね。プニュプニュ。」

 

「結花こそホントに髪質良いよね。今度お店に来なよ。アタシがカットしてあげる。」

 

「カットできるの?」

 

「まだやらせてもらえないんだけど、ヘヘヘ。」

 

 湯船に揺られて、浴槽に顎だけ乗せる二人の女の子。

 

「結花、最初に言っとくね。アタシオルフェノクなんだって。」

 

「そっか、木場さんや海堂さんはなんにも言わないけど、私もそんな気がしてたんだ。」

 

「どんな気分になるの?」

 

「う・・・ん、怖いかな。」

 

「自分が?」

 

「違う。人が怖くなる。」

 

「そうなんだ。でもそれって普通の人とおんなじだよね。なんだか安心しちゃった。」

 

「え?」

 

「お父さんが言ってた。他人を怖がらない人間はちゃんとした人間になれないって。人と仲良くできないって。」

 

「・・・・・」

 

「結花、いつまでも友達でいましょ。」

 

「・・・・・友達」

 

「結花?泣いてる?アタシなにか言っちゃった?」

 

「そうね。私達、友達だよね。友達に隠し事しちゃ、ダメだよね。」

 

 

 

 地下鉄銀座駅を上がった旧財閥系デパートが、スマートブレイン社との提携で一大娯楽施設として改装された際、世間ではちょっとしたニュースになったものだ。特に地下1階の壁という壁を全て取り払ってワンホールにしたクラブバーは、たちまち銀座の夜を象徴するスポットとなる。煉瓦敷の階段を地下へと降りた花形は、『クラブ・クローバー』と銘打った磨りガラスのドアを開けた。

 

「はぁ~い、ワタシが、今日のお相手をさせていただきま~す。」

 

「え~ん、アレキサンドリア主張ですかぁ、ワタシ、寂しい」

 

「お持ち帰り、されちゃおうかしら~」

 

 高級チェアと安っぽいガラステーブルが無作為に敷き詰められたホールでは、数十人という人間が同じく無作為に享楽に深けっていた。外国製のスーツを着たビジネスマンから、カジュアルな芸能関係者まで男性の方は様々だが、女性達は奇怪な程に統一されていた。スカイブルーを主体としたエナメル質のスーツ、アイシャドウも繭まで濃いブルー、前髪の分けも後ろ髪の長さも統一され、スカイブルーのカチューシャには、スマートブレインのロゴがうっすらと入っている。もっとも奇怪なのは、何十人という全ての女性の顔とプロポーションが厳密に統一されている点だ。

 

「ようこそ花形特別顧問。」

 

 だがただ一人、この奇怪なホステス達の中で紺のドレスと宝石を纏った女がいた。影山冴子である。彼女がこのクラブクローバーの女店主であり、改装されたデパートビル全体の主でもある。彼女がこのホステス達を整形技術まで用いてコーディネートした。

 

「スマートブレインの技術は、君の露悪趣味を実現する為のモノでは無い。」

 

「そうかしら。」

 

 約束通りやってきた花形を自ら迎え入れる冴子。地下1階を端から端へ横断しエレベーターに達するまで花形の目に映るのは、人間の業の縮図であったかもしれない。エレベーターには地下1階と5階しかボタンが無い。冴子の命令で地上階と地下との連絡は完全に断たれており、しかも地下2階から4階までは存在そのものを伏せられている。その地下5階に冴子の専用ルームが存在する。

 

「ここならばオフレコの話ができるかね。」

 

「このビルで唯一盗聴器の無い場所よ。」

 

 冴子のルームは壁も床も天井も、室内の全てのインテリアもが純白に彩られ、ドガの「踊り子」の絵も、ローマ皇帝の一人であるらしい首だけの彫像もやはりくすんでいるが白である。ただ2点薄灰色の存在が冴子が座する左右に立っていた。オルフェノクである。一体はアルマジロ。一体はメカジキである。

 

「意思を消去しているのか。」

 

「この二人は私に忠誠を誓った者達よ。」とだけ答える冴子。「用件を聴きましょう。」

 

「君はヒトそのものだ。またこのビルも君そのものだ。新社長をここに連れてこなくて良かった。」

 

「新社長?!、そう決まったのね。」

 

「まずは正式な辞令が降りる前に、君に私の口から言っておく必要がある、そう考えてここに来た。」

 

「私に、村上君の私的側近の立場でしかないこの私に。」しばらく怪訝に花形を見つめていた冴子だったが、その内眼に憎悪の炎が灯る。「そう、木場勇治ね。あの人を社長に据えるの。幹部会が黙ってると思って。」

 

「その幹部会に君を含むラッキークローバーの面々を私の名で推薦したい。」

 

「私に木場勇治の為に働けという事。幹部会を牛耳って。」

 

「問題は彼ではない。君が急進派の中心となって纏めて欲しいという事だ。その為の全てを黙認しよう。」

 

「2番にしてやるから、3番以下を潰せって事ね。」

 

「それ以後の事は、それはそれ、だ。」

 

「貴方は社をどうしたいの?」

 

「穏健派が実権を握り、急進派が顧問をする、理想的なシステムを構築したいだけだよ。」

 

 しばし黙考する冴子。花形の真意が言葉通りとは思えない。

 

「・・・・、まあいいでしょう。この裏取引に乗ってあげる。でも私は本当にやるわよ。急進派を弱体化する事も、私一人が自滅する事も、今の段階ではもう無いわ。それは承知しているのよね。」

 

「私はシステムを構築し、社の現状を整理したいだけだ。」

 

 冴子は何かを言おうとする。だが花形は待たない。そのまま無言で退室した。徹頭徹尾ムダな事を受けつけない花形であった。取り残された冴子は、しかし笑みを浮かべた。

 

「急進派を一つの敵に整理したいのだろうけど、アンタとあの人だけで抑え切れる訳ないじゃない。いったいどういうつもりなのかしら。まあいいわ。取り敢えず最後の切り札を確保しなきゃね。流星塾のお子さん達を。」

 

 その時冴子の携帯が鳴る。

 

「どうしたの琢磨君、伊藤麻美の確保・・・・、そう、澤田さんが。それはもう完璧にイっちゃってるわね。もう奥さんや子供の事なんか忘れちゃってるんじゃないかしら。分かってるわよ。貴方は何も関係ないわ。大丈夫。」

 

 いい加減ウンザリした冴子は早々に携帯を切る。

 

「私も行かなければならないようね。」

 

 

 

 水曜、石川台。

 

「これか。」

 

 琢磨逸郎は灰を眺めていた。それはスパイダーオルフェノクであった灰、即ちクロコダイルオルフェノクである灰。

 

「解析によれば、もう一つ命を持つはずだが。これだけ肉体が拡散していれば、もうダメかもしれませんね。」

 

 だがその時である。灰が寄り集まっていく。灰の溜りでしかなかったそれが、折り重なり、灰の山へ。

 

「これが第三形態。」

 

 嬉々と眺めやる琢磨だったがしかし、目線が下方から水平になり、さらに上方へ上がるにつれ、表情が喜から怖へと徐ろに変化していく。最後には驚愕に顔が引きつっていた。

 

 吠えた、

 

 もはや理性の欠け片も無いケダモノ。全高7メートルを越すその像はサイ。人型ですらない。四足を地に着けるまさにサイそのものの巨大な怪獣だった。

 

「私は・・・知りませんよ、・・・・」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは、14トンもの巨体をゆり動かし、徐に前方の5階層アパートへ、鼻先に生える一角を突き入れた。たった一撃でアパートに居た20世帯の人間がコンクリートの全壊と共に即死した。エラスモテリウムはなにかを発散するように吠え、全壊したコンクリートの瓦礫を踏み潰し、さらに前へ前へと巨体を推し進めていく。

 

 

 

 水曜日の午後、東急池上線長原駅。

 

「もうなによ、あと2駅ってところなのに。使えない電車ね全く。大体道一本南に走ればいいところなのに、電車だとなんで一回都心にいかなきゃいけないのよ。」

 

 独り言で文句を言う園田真理。

 長田結花は、記憶を失った乾巧が、今石川台のアパートにいる事を教えてくれた。どうしてそんな事を突然教えてくれたのかは、真理はよく分からない。

 

「いったいなにこの強烈な坂。」

 

 大田区東雪谷の一帯は洗足池を底にした盆地であり、そこから呑川に向かって急勾配を歩かなければならない。重いトートバックを抱えた女の子の足で、この急勾配は辛い。

 真理は不安でいっぱいだった。今の自分が巧に会っていいのだろうか。一旦結花に推される形で仕事先を休む事にしたものの、小一時間踏ん切りがつかず悩んだ。

 巧をこのあまりにも残酷な現実に巻き込んでしまったのは自分だ。このまま巧をそっとしておいた方が良いのかもしれない。このまま会わない方がお互いの為にいいのかもしれない。そうして悩んでいる自分がイヤになってきたところで、休暇を申請した今となっては一日何もする事が無い事に思い至り、今日一日ウジウジと悩み続けるのなら、せめて足を動かして見るだけ見て来ようと思った。新宿を出る辺りで結局独りよがりな行動をしている自分に気づいたが、五反田に着いた時点でもう考える事を止めた。止めたが旗の台と長原で電車が全く動かず1時間が過ぎ、際限なくディープに落ち込む自分がイヤになってついには電車を飛び降り、線路の上を歩いて踏み切りから歩道に入った。

 

「警察、」

 

 真理が東雪谷に入ってから3度目の警察の交通規制。その間地震を感じる事数度、街道沿いでなにかの工事だろうと思っていた騒音の中に人の悲鳴が混じってきている。

 真理の頭の中で巧自身の危機という想像に直結した。

 

「急がなきゃ、」

 

 だが警察の規制も主要な街道以外整っていない。よほど緊急の事態か人手が足りないのだろう、住宅街の信号の無い十字路は車道であっても手付かずであった。むしろ警察よりも、化け物、と叫ぶ人間とすれ違う方が多くなっていき、その混雑に逆進する真理に構ってるヒマなど無い状態である。だがあまりの人の波に前へ進めなくなった真理は、マンションの裏口から入り口へと抜けていく事を思いつく。二つ抜け、三つ抜け、結花が書いてくれた巧の住所の同じ番地のマンションに入った時、マンションの壁がひび割れと共に盛り上がる。地震かと思える衝撃に、足下をふらつかせながらも真理は、もう一方の出入り口へ走った。

 

「やっぱり・・・・」

 

 真理は見た。見上げた。全長15メートル、全高7メートル、質量14トンというそれを。怪獣は瓦礫と化した木造アパートの残骸を踏みしめていた。そして徐に首を真理に向けた。

 

 針、

 

 怪獣の口元から十数本の針が飛び出す。怪獣は確実に真理を認め狙った。

 

「真理ッ!」

 

 真理と怪獣との間に割って入る影。真理を狙った針の全てを五体に受け止めたそれは、

 

「草加くん、」

 

「真理までもオレから奪おうというのか、オルフェノクめ!」

 

 それはカイザに身を包んだ草加雅人だった。

 

 

 

 

 

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