アコちゃんに悲しんでもらいたい女の子の話 作:アコ、俺たち結婚しよう
「これで最後ですね」
「はい、確かに受け取りました。これで手続きは全て終了ですね」
お世辞にも綺麗とは言えない学校の中で三人の少女が向かい合っていた。
「私は本校の方に戻りますがあなたはどうしますか?」
「わたしはもう少し校舎を回ってから行きます。どうせすぐ取り壊されちゃうから見納めの為に」
「そうですか。それなら改めまして……」
そして、三人の中の一人である水色の髪と瞳をした少女は微笑みながら……
「お疲れ様でした。ゲヘナ学園シェオル分校第七十二代目生徒会長さん」
そう口にした。
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果たして自分が死んだら周りの人間は悲しむのか。今日も今日とてその答えを探す為に頭を働かせる。直接聞いてもいいが口ではどうとでも言えるので得策ではない気がする。
「…どうかしましたか?」
「いえ、少し考え事を」
現れた。
私の知り合い第1号、その名も天雨アコ。
青い髪と青い瞳、黒と赤のリボン、髪を耳にかけていることで周りからも見えるピアス。更にはカウベル、手枷、太もも…………それから何故か凄いことになっている横乳。後半から明らかに分かる事だが、この女は間違いなくMである。
「全く…しっかりしてください、情報部部長」
『ゲヘナ学園情報部部長』、それがゲヘナ学園二年生の私の役職だ。
「──以上が今回の報告になります。主にトリニティに関連すること、それから連邦生徒会の生徒会長が失踪したことに関しても調べましたがそちらの方は……」
「分かりました。それではこちらは私からヒナ委員長の方に渡しておきます」
何とかして彼女を……いや、情報部部長という立場を最大限に利用して潜入したミレニアムやトリニティといった他学園の自治区で獲得してきた全ての友人に私が死んだら悲しんでもらいたい。
ちなみに仕事上の友人(情報源)ではなくバレたら風紀委員からも怒られる方法で潜入して出来た個人的な友人達だ。
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「はは…まさか、こんなにバッチリなシチュエーションになるとはなあ……」
ここ「アトラ・ハシースの箱舟」は、キヴォトス史上最大の危機とまで言われた「虚妄のサンクトゥム」を出した元凶となる箱舟……と言うよりかは空中要塞をイメージさせる場所になる。
何故そんな所に来ているのかと聞かれれば、細かく話すとかなり長くなるため要約すると、ゲヘナの守備には既に十分な戦力がいたため、私は敵の本拠地に攻め込む係になった。
「これは……もう、無理かなぁ」
途中までは箱舟の占領も順調だった。そう、途中までは。
箱舟の占領も終盤に差し掛かったところで、箱舟のリソースの大半を注ぎ込んで作られた強大な敵の足を止めるために私は一人で戦った。他の皆は、私達の本拠地である「ウトナピシュティムの本船」の防衛、囚われた生徒の救出、その他諸々の仕事があった為仕方ない。
「あー…誰かしら悲しんでくれるかなぁ……」
どうせなら『死んだと思わせておいて悲しんでるのを確認してから実は生きてました』みたいなパターンが1番いいと思ってたが、まあ、それはもう無理なので諦めるとしよう。
「仕方ないから…想像で補っとくか」
エンドルフィンがドバドバ出てるからか痛みは感じないが、見える限りでも身体中切創と銃創だらけな上に、液体だか固体だかよく分からない性質の腕に何ヶ所も貫かれた。他にも戦闘中に受けた攻撃やその重さから推測するに多分骨も何本か折れてるし内臓も酷いことになってると思う。…今気付いたけど視界も悪いから片目もやられてるかな。………我が事ながらなんでこれだけやられてまだ生きてるんだろう。
「あっ」
前の道が崩れた。それに後ろの道もちょっと前に崩れたような音が聞こえた。大人しく本船に戻ることは諦めて足を止めたところで、耳元で甲高い音が鳴ってることに気付いた。
「そういえば……インカム付けてたんだっけ?忘れてた」
インカムは左耳に着けているが、身体が倒れないように左手を壁に添えながら歩いていたので右手でインカムをオンにする。
「もしもし」
『繋がりました!発信位置の特定急いでください!!』
『マドカさん!あなた今どこにいるんですか!?戦闘中にモニターは切れるし通信も繋がらなくなるしで…!』
同じ学園の風紀委員会の行政官を務める一つ年上の先輩の声が聞こえてくる。
マドカ……赤詩マドカ。それが私の名前だ。
「らしくないなぁ。アコ先輩、私にはもっと冷たかったでしょ?」
『なんでっこんな時に!とにかくどこにいるんですか!?箱舟の崩壊が始まってるんです!すぐに戻ってください!』
「それは…ちょっと厳しいですね」
『なんで!動けないんですか!?それなら迎えに』
「いや、そういう問題じゃなくて」
そこで、数学に関しては知り合いの中でも指折りの友人の声が聞こえてきた。
『回線復帰、モニターに回します!』
「ちょうどいいや。アコ先輩も見てもらえば分かると思います」
インカムの向こうでキーボードを叩く音が聞こえ、その間はお互いに沈黙……その数瞬の後に息を呑む音が聞こえてきた。
『っ!その傷…!』
『発信地の特定完了しました!外郭2区の中央部です!』
『マドカ!すぐに向かうから待ってて!』
「無理ですよ、先生。私の通った道、前も後ろももう崩れ始めてるんです。それに船からここまで来て私を連れて戻る間、船はどうするんですか?」
『それは…』
「まさかとは思いますが『停めておく』なんて言いませんよね?それこそ完全に爆発に巻き込まれて私以外の皆さんも死にますよ。もしかして先生は一人の生徒のために他の全員を殺すつもりですか?」
こう言えばこの人は絶対にこちらに来れない。我ながら卑怯だとは思う。
先生───そう呼ばれる男性は、このキヴォトスでもかなり特殊な立場の人間だ。
連邦捜査部シャーレが設立された直後、情報部の仕事でゲヘナの一般生徒に化けてシャーレに入部(という名の潜入)をしたため、この人との関係もそこそこ長い。
何よりもこの人を説明する上で欠かせないのは、どこの学園でもBDを使って学習するので、「職員」や「教授」というのならまだしも「先生」という生徒を教え導く立場の人間は非常に珍しいということだ。
その上、生徒の危機となったら躊躇無く命を賭けてでも問題を解決しようとするので、その姿勢に惚れた生徒も少なくない。かく言う私の知り合いにもそういった人は多い。
「時間がありませんから早めに済ませますね。エンジン立ち上がらせながらでいいんで聞いてください」
『済ませるって……何を…』
「とりあえず…連邦生徒会の皆さんから。今までもかなり忙しかったと思いますが「虚妄のサンクトゥム」攻略戦、「アトラ・ハシースの箱舟」占領戦の二つを終え、更に忙しくなると思いますが頑張ってくださいね」
『『『……』』』
次……声が出なくなる前に終わらせないと。
「ヒマリさんは……多分言わなくても分かってますよね?」
『ええ、あの事は誰にも言いません』
ヒマリさんは本当にやばい。少し話しただけで私が何を考えてるのかバレた。もうハッカーとかやめて探偵目指したらどうだろうか。綺麗だし安楽椅子探偵とか似合うと思うんだ。
「ユウカ…は、うん、とにかく肩に力を入れすぎないように。まあ、そんなことを言いながらも優しいのがユウカの魅力でもあるんだけど何事も程々に、ね?」
『待って、本当にもう手段がないの?今から急いで船を動かしてそっちに寄せて迎えに行ったり……』
ユウカともシャーレ設立初期からの仲でだいぶ古い知り合いになる。一番最初は…そう、不良に占領されたシャーレの部室を取り戻すところだったかな。
「そんなことしてる時間があったらみんな爆発に巻き込まれちゃうよ」
『もうどうしようもない』、そう思って笑いながらユウカの言葉を否定する。
「ゲーム開発部の皆さん。言ってませんでしたけど、実は私、テイルズ・サガ・クロニクルシリーズのファンだったんですよ。だから画面越しでもお話できるってなった時は本当に嬉しかったんですよ」
『マドカさん…?』
『マドカ、一体何を』
「三作目がリリースされたらお供えしておいてくれると嬉しいです」
『待って…待ってよ!マドカさん急にどうしちゃったの?そんな……いきなり……!』
『お姉ちゃん……』
「次は……っとと」
今までで一際大きい爆発の衝撃で足元が揺れる。
何とか倒れないようにバランスを取ろうとしたが、どうやら自分で思っているよりも弱っているらしくその場に倒れ込んでしまった。何とか身体を起こして壁にもたれて座る。
「ハナコさん。補習授業部では声だけの参加でしたから次の水着パーティがあったらちゃんと参加するって言いましたけど守れそうにありません。本当にごめんなさい」
『待って…待ってください!』
「ヒフミさんとアズサさんには『ももフレンズの映画見に行く約束を守れなくてごめん』、コハルさんには『勉強教える約束を守れなくてごめん』と伝えておいてください」
『マドカちゃん!お願いですから…本当に…本当に……待って……!!私…補習授業部の皆になんて言えば……!』
申し訳ないがそこは自分で考えてとしか言えない。できることならもう少し話していたかったが、時間が無いので次に行く。
「ごほっ…」
口から出た血をまだ比較的綺麗な袖で拭いながら、なんとか声を出す。
「美食研究会の皆さん、ゴールドマグロの情報があなた達に回らないように根回ししてたのに休日に情報部の壁破ってゴールドマグロ関連の書類だけ全部持ってったのは忘れてないからね……でも好きな事に熱中できるのはいい事だと思いますよ」
『はい』
珍しいなこの人達がここまで静かになるなんて。
「フウカは風紀委員長に言えば多分それなりに便宜を図ってくれると思うから適度に人を頼ること。世話焼きなのもいいけどずっと一人でやってたら疲れちゃうからね」
『………な…………ま………』
「ごめんなさい、電波が悪いのかよく聞こえなくて……元に戻るまで待つには時間が足りないのでこのまま進めちゃいますね」
給食部の方は私も手伝ったことがあるが、本当にやばい。風紀委員長が言ってた「このままだとゲヘナの給食はおにぎりだけになる」は冗談じゃなかった。
そうこうしている間にも箱舟の揺れは酷くなってきてるし、小規模だが連続した爆発音も聞こえてきた。
「次はカヨコ先輩ですね。ああ見えて私も便利屋稼業、結構楽しんでたんですよ。多分…自分の立場を忘れて楽しめたのは便利屋が一番だと思います。社長達にも…ごめんなさいって伝えておいてください」
『……ぅ……』
ほとんど聞こえないが微かに聞こえた感じ声が沈んでる。どうやらカヨコ先輩はもう無理だと完全に悟ったのだと思う。普段はかなり落ち着いてるのに声だけで気分が分かるくらいには私達の関係も深かったらしい。
「アビドスの皆さん、多分私がシャーレの生徒として正式に活動したのは皆さんの所に行くのが初めてだったんですよ。皆さんの所では色々と濃い時間を過ごさせていただきました」
数年前に風紀委員会からも要注意人物として警戒されていた人物との接触、6と書かれたビニール袋を被せられて銀行強盗に加担したり…ああ、あとは便利屋にバレたらやばいからビニール袋を被ったままサングラスかけたりもしてたし……ろくな思い出無いな。
「アコ先輩には分校時代からお世話になってましたね。シェオル分校の生徒会長になったばかりで右も左も分からなかった私に事務仕事のいろはを教えてくれたアコ先輩とヒナ先輩には本当に頭が上がりません。ヒナ先輩にも『今までお世話になりました』と伝えておいてください。
それから次の部……ああ、他に言いたいことは寮の私の部屋の机の上から二段目の引き出しの中に入っていますからヒナ先輩と読んでください。鍵は……本棚の一番上の段の小説にしおり代わりに挟んでありますので」
そこで完全に音が聞こえなくなった。そっか、電波の調子が悪かったんじゃなくて私の耳が聞こえなくなっただけだったんだ。向こうとの通信は続いているかも分からないがそれでもこれだけは言っておかなければ後悔しそうなので言っておく。
「最後に先生とシロコさん、二人の事だから『私が連れてきたせいで〜』とか『私が連れ去られたせいで〜』とか思ってそうですけど違いますからね?これは私の選択です」
そうだ。ゲヘナの分校に入ったのも、そこで生徒会長になったのも、星のような人に憧れたのも…全部全部、私が自分自身で決めたんだ。
「だから……どうか気に病まないでください。むしろ私はこんな形で死ねるのなら本望ですから。でも……どうか皆さんは生きてください。以上、これで終わります」
気付いたら足は既に動かず、手もインカムに触れて電源を落とすことすら叶わない。
そこで一息着いた所で先程よりも大きい揺れが襲ってきた。
「こんだけ揺れれば…………はぁ、もう行ったかな」
───────星を、見つけた。
───────赤い星。青い星。
───────大きい星。小さい星。
───────大きさ、色は様々だが、それらは一貫して
───────幼い頃に見た、彼方の空に光り輝く星のような
───────夜が明けて消え去っても、人々の心の中に残って輝き続ける。
───────そんな星だった。
───────だから、死して尚も忘れられること無く心の中に残り続けるあの人達に憧れた。
───────私は、あの時の星やあの人達のように皆の心の中に残れただろうか。
───────私は、あの人達のような誰かにとっての星になれただろうか。
その答えは最早分からない。
やり残したことはたくさんある。
「でも後悔はない」
そうだ。後悔なんかこれっぽっちもない。
………それでも
「……それでも………もう少しだけ…皆と生きたかったなぁ……」
口に出さずにはいられない。だって、「誰かにとっての星になる」以外で初めて私が心の底から願った事だから。
ゆっくりと視界がぼやけてくる中、気力を振り絞って瓦礫の隙間から差し込んできた一筋の光に向けて手を伸ばす。その光はあの日見た星のようで……
「…ずっと………そこに……いたんだ…………せん…ぱ………」
──────────
『…ずっと………そこに……いたんだ…………せん…ぱ………』
ギリギリ生きていた回路を使用した通信が、そこで完全に途切れた。
最後に映ったのは、彼女が今は亡き人を呼びながら空に向かって伸ばした手が力無く落ちる所と、彼女の黝いヘイローが消える所だった。
「…ぁ……」
消え入るような声が出たのはどこからだろう。
シャーレの先生?
セミナーの会計担当?
最も責任を感じてるであろうアビドスの狼?
一人の人間としてその命を懸けてまで勤めを果たそうとした少女?
様々なことに嫌気が差したところを同じ部活の仲間達に救われた少女?
それともこの中では彼女との付き合いが最も長かった風紀委員会の行政官?
誰であろうと言えることはただ一つ。ここで誰か一人でも叫んでいれば間違いなく全員が折れていたという事だけだ。
「…………先生、指示を」
「……アコ?」
風紀委員会の行政官───天雨アコが指示を仰いだ。
「彼女は…マドカは私たちに『生きて』と言いました。なら、私達はそれに応えなければいけません。そしてこれ以上ここに留まることは本格的に危険です。……だから…先生、指示を」
目に涙を浮かべながらもそう言ったアコを見てから先生はブリッジに集う生徒を見渡す。生徒達のその瞳からは涙と決意に満ちている事が確認できた。
(皆まだ折れていない……なら………)
「「ウトナピシュティムの本船」………発進!」
そして、シャーレの面々を乗せた船は、崩壊していく「アトラ・ハシースの箱舟」を後にした。
(ヒマリ、本当に言わなくて良かったの?)
(いいんですよ。それもこれも全てスタンスを変えようとしない彼女が悪かったんですから。後でこってり絞られればいいんです)
一体いつから絶対ハッピーエンドしか許さないマンの先生が生きているのにデッドエンドになると錯覚していた?