ブルアカの恋愛いろいろ 作:安藤公正
早瀬ユウカ:前編
「こちらの書類に確認のサインをお願いします」
ユウカに言われるがままに、署名欄に名前を記入した。先生になった直後は、こうやって1日に何度も記名するのだから字が上手くなるのではと期待したが、寧ろ字に変な癖がついただけだった。
私がサインを書き終えるのを見てから、ユウカの纏っていた雰囲気が和らいだ。先ほどまで山のように積まれていた書類を、これまでに見たことがないほど鬼気迫る勢いで片付けていただけに、その緊張の糸が解けたのが肌で感じられた。
「はぁぁ……終わったぁ……」
朝は徹夜しても終わらないとすら思った仕事が、時計の針が十二時を少し過ぎたあたりで片付いた。
「本当にありがとうユウカ。じゃあ約束通りお昼食べに行こうか」
先週、ユウカが昼食に誘ってくれたのだが都合が合わず、今週のユウカがシャーレを手伝いに来てくれる日に、どこかで食事でもと約束していた。
「こんなに仕事を溜め込んで……約束を忘れられたのかと思いましたよ?」
こちらに対していくらか非難の色合いを孕ませた目で睨まれて、言葉に詰まる。けれども、先ほどから提案したように。
「無理に終わらせずとも、一旦休憩として食事に行っても良かったんじゃない?」
一時間ほど前に提案したことなのだが、ユウカからは早く終わらせた方が効率的だと棄却されてしまった。こうして仕事が終わったことで気は楽になったけれど。
大人げないと思いつつも、今度は私の方が少しだけ不満げに視線を投げた。ユウカの方が大変だったのは承知の上だが、それはそれとして酷く疲れた。
「う……」
私の視線に、一瞬だけ申し訳なさそうな表情を浮かべたが、すぐにまたいつもの調子を取り戻して。
「どうせ食事から戻ってきたら、何かと理由を付けて休憩時間を伸ばそうとするのはあきらかです! お昼休みの後、いつもそんな感じじゃないですか!」
「じゃあ、早くお昼ご飯を食べに行こうか! 仕事が終わっているし時間を気にしなくていいからね!」
都合の悪い話になりそうになったので、話を切り上げることにした。
それに対してやはり何か言いたげなユウカだったが、
「まあ、今日は頑張っていましたし、これ以上は何も言いません。先生の言う通り、昼食にしましょう」
一転、楽しそうに笑って椅子に掛けていたミレニアムの上着を羽織った。
☆
シャーレの近くにあるレストラン。入れ組んだ道の先にある、ガラスとコンクリートのビルに囲まれた、レンガ造りの外見。レトロな外装ではあるけれども、そこにわざとらしさはなく、不思議と浮いている感じはしなかった。
すでに何度か訪れたことはあるが、内装も同じことが言える。椅子やテーブルは綺麗に磨かれ艶のある木製のものだった。出窓から外を覗けば、ガラス張りの背の高いビルが立ち並ぶが、まるで異世界を覗き込んでいるみたいだ。寧ろこの辺りはそういった建物ばかりなのだから、このレストランこそが異世界染みているのに、このレストランこそが正しくて、外にあるものはすべて嘘のようにも思えてくる。
「やっぱり、ミレニアムとは全然違いますね……」
キヴォトスの中でも技術力に優れるミレニアムは、やはり他の自治区と比べても建物が近未来的だ。様々な自治区を訪れている私としては、確かにこの辺りでは特徴的な店だけれど、他の学区ではもっと古風で特徴的な店を見ているだけに、さして珍しさは感じない。ユウカとこのレストランを訪れるのは初めてではないのに、来るたびに物珍しそうに店内を見渡している。
「ミレニアムの雰囲気も好きなんだけどね」
ミレニアムは先ほども言ったように、他の学区と比べても高度な技術力を生かしたものが多く、それは他にはない魅力として映る。
先生として特定の学校に肩入れするようなことは許されないが、訪れるたびに特別楽しいと感じさせてくれるのはミレニアムサイエンススクールだった。
「そ、そうですか?」
どこか嬉しそうに、ユウカが言った。
向かい合って席に着き、店員の運んできた水を口に含む。時折ここを訪れて食事をする私は、いつものとよぶべき注文が決まっているのだが、ユウカが気を使わないようにメニューを開いて悩むふりをする。
何を頼むかしばらく悩むのではないかと思っていたが、早々にユウカは注文を決めたらしく、メニュー表から顔を上げた。不自然でないように、少しだけ考える素振りを続けてから、私もメニュー表を置き。
「注文は決まったの?」
「はい。少し悩みましたが……先生も決まりましたか?」
ユウカの問いに頷いてから、注文する前にもう一度だけユウカに確認を取り、手を上げて店員を呼んだ。
それぞれ注文を終えて、とりとめのない雑談をする。
「そういえば、最近セミナーの仕事の話を聞かないけれど、問題はない?」
以前は、愚痴……というか、ミレニアムで起きたトラブルについての話を聞くことが多かったけれど、最近はそうでもない。部室が爆発したとか建物が倒壊したとか、それらの問題が全く発生しないというのも、ミレニアムの生徒を何人も知っているだけに想像がつかないが。
「あ、いえ……その……今までと変わらずそういったトラブルはあるんですけど……」
何か言葉を探しているのか、何もない空中を眺めていたユウカだったが、意を決したように息を大きく吸って。
「その、先生との会話は、なるべく楽しい話をしたいと思って……」
頬を紅潮させながら、絞り出すような声で言うユウカに、胸を擽られたような気がした。
「今回助けてもらったように、私もユウカが困ってたら助けになりたいから。ユウカの話ならなんだって楽しいし、仕事で困ったことがあったら、気を使わないで何でも言ってね?」
「べ、別に気を使っているわけではなくてですね……!? あ、いや、なんて言うか……」
私の言葉にユウカは咄嗟に否定を返したが、だからといって具体的な言葉を続けることは出来なかったらしい。
ユウカの言っている言葉の意味は理解している。私との会話の時間を、なるべく楽しいものにしたいと思ってくれているのだ。そして、そう考えるに至った理由は、もちろん私の自惚れである可能性もあるとはいえ、察している。
勘は鈍くない。ユウカの言動のその節々から感じる親愛の情を越えた何かを、察してしまうほどには大人である。
察したうえで気づかない振りをするくらいには大人であるし、気づかない振りをしなければならない、先生という立場を持っている。
それでも。
照れて、私の視線から逃れるように顔を逸らし、それからこっそりとこちらを上目遣いに見て、目が合って、今度は照れ笑いを浮かべたユウカを。
可愛らしいと、やはりそこに先生が生徒に向けてはならない感情の混ざった感想を持ってしまうほどには、大人げなかった。
あらすじのところにも書いてある通り、基本的に先生と生徒の恋愛的な感じのお話を書きます。生徒さん毎に、別の世界のお話のつもりで書く予定です。傾向としては、ミレニアムの生徒さんが多くなりそうです。筆者の好みの都合なので悪しからず。
また、関係性はまちまちです。最初から付き合っている設定の生徒さんも出るでしょう。
先生の性格や、生徒さんへの恋愛の姿勢も、場合によっては少し異なるかもしれません。まだユウカ以外の話を考えていないので未定ですが。