ブルアカの恋愛いろいろ 作:安藤公正
仕事をしている最中にでも、特に集中が切れた時なんかに、「暇だなぁ」と思ってしまうことがある。まさしく今、そんな風に思ってしまった。
勿論暇なはずは無く、眼前のPCには作成途中の書類が表示されっぱなしだ。
とはいえ、いつかのように大量の署名を必要とする書類が溜まっているわけでもなく、少なくとも今日のところは、この作成途中の書類さえ完成すれば仕事は終わる。集中してとりかかれば数分で、惰性でやったとしても十分程度で終わるはずだ。終われば本当に暇になるのがわかっているのだから、半ば予行的に暇を感じてしまっている。
そう思ってしまえば仕事をする気力も無くなってくる。あとほんの少しの作業だというのに、それこそが億劫で仕方がない。
気分転換にゲームをやりたいとも思ったのだけれど、流石にユウカに気づかれるだろう。
帳簿に数字を記入しているユウカは、流石の集中力で、声をかけるのはためらわれた。以前は無理にでも会話をした方がお互い落ち着くだろうと考えていたが、最近はそうでもない。会話がない状況に慣れたというのもあるし、無理に話をする方が却って気を使わせると気が付いたのもある。けれど、やはりそれ以上に、無理に会話をしなくてもいい関係になったのだと思う。
それを喜ばしく思うのと同時に、危険だとも思った。無邪気に嬉しいと思ってしまいながらも、途端に迷子になったような心持にもなる。
近頃はユウカのアピールもいくらか露骨になってきた。あいまいな態度でお茶を濁す私に業を煮やしたらしい。
あからさまにボディタッチをするようになった。もしかしたらユウカ本人はさりげなくやっているつもりなのかもしれないが、今までは信頼しあっていても適度な距離はあったままだったので、狙ってやっていることは明白だった。
時折香る、甘さ。いつからか香水をつけているらしい、カモミールの香りがするようになった。疲れていた身体が癒えるようないい香りだ。
香った後でもすぐに居なくなるような仄かなものであったが、それは強くユウカを意識させるものだった。その香りに誘われてユウカを見れば…………私は虜に成りかけているのだとよく理解できた。
「これ以上は、駄目かな……」
「先生?」
「あ、ごめん。何でもないよ」
☆
シャーレの当番の調整と称して、ユウカが当番になる頻度を下げた。ユウカほどの事務処理能力を持つ生徒は珍しく、仕事の大変さはお陰で増したが、その分他の生徒と交流を深めることが出来た。
ユウカから何かに誘われることがあっても、断ることが増えた。元からほかの生徒から用事を頼まれることが多かったため、それを断らないようにした結果だ。
私は別にユウカを特別避けるようなことはしなかった。
元からシャーレの手伝いをしたいと言ってくれる生徒は多く、私を頼ってくれる生徒もそれ以上に多かった。これまでそれらを断って、ユウカを優先してしまっていたのを、正常にした。ユウカへの特別扱いを辞めただけで、ユウカとの接触の機会は随分と減る。
その結果、私が今までいかにユウカを優先していたのか、ひとりの生徒を特別扱いしていたのかが形になって表れた。
なるべくそうならないようにしようと思っていたはずなのに、思っていただけだったらしい。
すでに何人かの生徒は私の持つ、ユウカへの特別な感情に気づいてしまった後だろう。
信頼は、すでに失っているのかもしれない。
それを取り戻すべく行動するため、これまで以上に生徒第一に。そして誰か特定の生徒を特別な存在として扱うことは許されなかった。
ユウカを避けることもまた特別扱いに他ならないため、不自然に避けることは出来ない。ユウカと会うたびに私の中の埋火が燃え上がり、それを抑えるのは苦痛だ。
それらしい言い訳の材料があったことに加えて、お互いの多忙もあり、ユウカは暫く私がやんわりと距離を取っていることに初めのうちは気が付いてはいなかったみたいだったが、それも時間の問題だった。
ある日の当番の時に、何か言いたげにこちらを見て、その心の中でどんな想像が行われているのか、時折悲しそうな顔をするユウカを見るのは、撃たれる以上の痛みがあった。
「そろそろ晄輪大祭があるんです」
「晄輪大祭?」
何時からか、最初に会った時よりも距離が出来たように感じる頃。もうユウカは悲しそうな表情を見せる事すらなかった。
ユウカが久しぶりの当番になった時、不意にユウカはそんな話をし始めた。
「キヴォトス大運動会のことで、今年はミレニアムサイエンススクールで開催するんです」
「ああ、えっと、聞いてはいるけれど」
晄輪大祭の存在と、それがミレニアムサイエンススクールで開催するということも聞いてはいた。もうじき開催されるなと、少し前にカレンダーを見て意識していたのも覚えている。
「私もセミナーとして準備に駆り出されます。成功のためにはしっかりと集中して取り組みたいんです」
「…………?」
「怖いですけど、せめてはっきりさせてほしいです。私を避けるのはなぜですか?」
言われて久しぶりにユウカの目をまっすぐに見つめた。強い意志を秘めたような瞳にも見えたけれど、涙を我慢しているのか充血している。興奮からか頬が紅潮していて、感情の高まりを隠そうとして隠しきれていない。それが一層惨めな感じがした。そうしたのが私だと思えば、途端に血の気が引いた。
「いや…………」
咄嗟に誤魔化そうとも思ったけれど、何かが蓋をして言葉を発せなかった。
「先生は、私のこと気づいてますよね? 私が先生の事を好きになってしまったことに、気づいてますよね?」
「……たぶん、そうなのかなって」
「だから、ですよね? わかってるんです……ごめんなさい」
いよいよ抑えきれなくなったように、ユウカの両眼から涙が溢れた。そのまま小さな声でごめんなさいと繰り返すユウカに、私も適当に誤魔化すのは許されないのだと悟る。
「違うんだよ、違うんだよユウカ。私が好きになってしまったから。先生として許されないと思ったから」
自らの罪を懺悔するように、私は言った。
これを口に出してしまえば取り返しはつかない。
ユウカへの対応の仕方を間違えたことを詫びて、先生だからその気持ちには答えられないというべきだった。
ユウカを傷つけてしまうかもしれないけれど、あいまいな態度で誤魔化せばさらに傷つけるから。責任ある大人として、立場をはっきりさせて、改めてユウカと関係を築くべきだった。
結局私はユウカを特別扱いしてしまった。
泣いているユウカを見て、後先を考えずに、少しでもつらい思いをしてほしくないと思った。
「ほ、ほんとですか?」
と、さめざめと泣きつつ両手で顔を覆い、ユウカは震えた小さな声で。
「うん……私の方こそごめんね。先生が生徒の事を好きになってしまうなんて、許されないから」
「あの、本当なんですか? もう一度言ってもらえますか?」
「え、えっと……だから、私がユウカの事を好きになってしまったから――」
私がそういうなり、ピコンと電子音がした。何かの通知かとも思ったが、聞き覚えのない音に、思わず首をかしげて。
「あの、録音しましたので」
「え゛!?」
「最初からばっちり取れてます!」
渾身のどや顔で、久々に上機嫌なユウカが見れたことに、けれど嬉しさよりも困惑の方が勝った。
「え、え? もしかして、演技?」
「違います! 本当につらかったんですから!」
確かにユウカは表情こそ先程と違って得意げだけれど、目尻には雫がきらめいている。鼻をすすって、
「もしかしたら先生も同じ気持ちなんじゃないかって、でも、全部私の都合のいい妄想なんじゃないかと不安がありました。先生の考えそうなことは分かってましたけど、不安で不安で仕方なかったです」
「う……ん。ごめん」
「でも、先生もあんまりだと思います! 短絡的過ぎます! 突然好きな人から距離を取られてよそよそしくされたら、すごく傷つくと思いませんか!?」
「はい。ごめんなさい……」
なんだか久しぶりにユウカに怒られて、複雑な感情になって、笑ってしまう。
笑ってからさらにユウカを怒らせてしまうかと慌てたけれど、ユウカも私を見て笑っていた。
カモミールの香りが、今までよりも強く感じられた。
☆
「もう二度とこんなことをしないでくださいね。もしやったらさっきの録音の、先生が私の事をす、好きだって言った部分を、クロノスの報道部に送りますから!」
「は、はい……!」
「……なんて冗談です。誰にも聞かせたりしません」
「でも、今まで私を遠ざけていた分、埋め合わせを期待していますから!」
そういうユウカから、晄輪大祭の準備を手伝ってもらうよう頼まれた。
ユウカを手伝う私を見る、ミレニアムの生徒の様子がどこか変で、もしかしたら外堀から埋められているのかもしれない。
先生と生徒の恋愛話を書く上での、自己弁護的な話です。
どうしてもブルアカの先生が生徒と恋仲に成るビジョンが見えなかったので、距離を取ろうとしたけれど取れない、的な話をいったん書かないと、例え先生に生徒との恋愛に抵抗がないという設定で書こうとしても、筆者には書けない気がしました。自己満足です。
普通先生は誰か特別に感じても恋人関係になろうとはしないよねと再認識したうえで、二次創作として、この話以降は普通に恋愛やります。たぶん。
本当はユウカの話は五話くらいで、うち四話くらいはすれ違う予定だったのですが、あんまり楽しくないと思ったので圧縮しました。
以降はたぶん先生も生徒との恋愛に抵抗ない設定で書きます。
予告的なことをすると、たぶんハレは最初から恋人設定で書きますし、ノアはめちゃくちゃ重くなりそうなので今のところ予定ないです。ユウカの話をもう一話かいてから次に誰を書くか決めます。
間に合えば誕生日までに、普通に先生とユウカがいちゃついているような話書きます。