ブルアカの恋愛いろいろ   作:安藤公正

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小鈎ハレ
小鈎ハレ:前編


 狭く暗い空間の中で、モニターに照らされた青白い顔を見つめあう。人工的な青さが天然の白さに混ざり、病的な感じがする。暗い中に白い顔だけが浮かび上がっているようにも見えて不気味だし、ハレの可愛らしさが大きく損なわれていた。

 それでも、こうして誰にも邪魔されず、誰にも知られず、二人きりで会える場所として、ネットカフェは魅力的だった。

 ハレとよく来るネットカフェは、壁が天井まであって鍵もかかり、他人の出す騒音は気にならない。ハレの呼吸音、服の擦れる音がやけに大きく響いたような気がした。

 

 コンピュータの電源ボタンの周りが白く輝き、排気音が響く。それに伴い放出される熱と、熱せられた部品の出す独特の匂いで、くらりと身体が崩れるような気がした。敷き詰められた不安定な、硬いとも柔らかいとも取れない安物の床マットも良くない。

 支えを求めるようにハレとの距離を詰める。ハレは身を寄せた私を当然のように受け入れて、気にした様子もなく、注文票を眺めている。しばらくそうしていたが、ふとハレが呟く。

 

「今日はどうするの?」

 

 ハレが何かしたいことがあるのならば、それをやろう。

 

 私の言葉になぜだかハレは少しだけ不満そうな表情を浮かべたが、すぐに何でも無さそうな表情を取り戻して、

 

「映画も観れるみたい」

 

 

 恋人と狭い密室で映画を見る時。なんとなく、イヤホンの左右を片方ずつ着けて、肩を寄せ合って、パソコンの小さな画面を覗き込み、最初のうちは映画をなんとなく眺めているけれども、次第に映画なんて見なくなるような、そういった甘美で強烈な男女の匂いに溢れる何かを想像してしまっていた。けれども実際は、そもそもネットカフェの備品はイヤホンではなくヘッドホンだった。聞こえていた微かな呼吸音はヘッドホンを付ければ届かなくなり、映画が始まり音が流れれば、そのまま映画の世界に放り込まれたかのように、ハレの存在も匂いも感じられなくなってしまったような気がする。

 不安を感じて見てみれば、当たり前のことだけれど、そこにハレはいた。

 

 

 ネットカフェを出て、ハレとほどほどの距離を空けて歩く。先ほどネットカフェで映画を見ていた時は、時折指を絡めていたが、外では生徒と先生らしく振舞った。私とハレの関係は、多くの人が知っているが、喧伝しているわけでもない。なるべくばれないような振る舞いを最初にしていたものだから、気づかれ広まった後だとしても、それを途中で止めることもできずに続けている。気恥ずかしいという学生みたいな理由ではなく、あまり褒められた関係でないことを私たちも自覚しているからだ。想定していたよりかは受け入れられているようだが、それでも否定的な意見はある。余計なトラブルを避けたいという意味でも、私とハレは人目につくところでは自制した。そうやって恋人らしくない言動を他人に見せるのにはうまくいったが、どこか上手く行き過ぎたようにも思う。交際し始めた時よりも、距離が開いたような気がする。

 

「さっきの映画の続きなんだけど」

「うん」

「今度公開されるから、一緒に見に行かない?」

「うん。楽しみにしてるね」

 

 どこか会話がぎこちない。以前と変わらないように会話が弾んでいても、お互いが、以前と変わらない会話を意識して、苦労して創り出しているような気がする。お互いの愛情が冷めてはいないことは、きっとお互いに理解しあえているのに、ただ普通の会話をする事だけがこんなにも難しい。

 

「今日は?」

「今日は、やらなきゃいけない作業があるから。明日は泊まりに行くね……あ、でも、たぶん今日は徹夜だから」

「無理はしないで」

 

 そう言ってもハレはきっと徹夜してしまう。

 少しだけ自分に対して悩むふりをして、私も徹夜を決める。そうすれば明日はそう忙しくならずに、ハレが来た時にともに眠ってしまえる。

 

 私も今日は徹夜にしようと決めたのは考えるより先なのに、わざわざ誰に見せるでもなく、ただ自分に対して、どう行動するか悩むふりをしてしまったのがなぜか考える。

 私はハレのために行動するのだと、自分に対して強調したかったのだろう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 恋人らしいことは出来ている。ハレの肌の艶やかさと、それが闇に閃くさまを見る時に、言いようのない幸福を感じる。何でもない瞬間に、ネットカフェの綺麗とはいいがたい場所でもハレの指先の熱を指先で感じた時に、理性に支えられた強力な精神に柔らかい幸福の色が差し込む。肉体的にも精神的にも、人生で一番満たされているように思える。

 

 それなのに、言いようのない不安が自信を揺らがせて、確かなものにはしない。

 

 理由は、なんとなく想像できている。周りからの承認がない点だ。私が私自身ハレを愛していることを確かに感じているのに、そしてハレからも同じように想われていると感じているのに、周囲はそれを見せない。

 私が誰かと恋人になれば、何かしらの大きな影響が現れると思っていた。想定していた以上に、誰もが私とハレとの事を騒がない。それが言いようのない空虚さを私に与えた。想定していたような手ごたえが無くて、私がハレとの関係を進める時にした一大決心が、空ぶって飛んで行ったよう。それと同時に、その決心をするに至った激しい愛情もまた、どこか飛んで行くのではないかという不安に煽られている。

 

 

「……もう朝か」

 

 無心で仕事をしていると朝になっていた。それほど眠くはないが、目を瞑ると意識が飛ぶような気がした。疲れすぎていて感じていないだけで、きっと横になればすぐに眠る。

 ハレを待つ間はもうしばらく仕事を続けることにした。

 

 

 結局昼を過ぎてからハレが来た。

 お互い疲れ切っていて、会話もせず、シャワーも浴びず、服を脱いで仮眠室で眠る。抱き合えば、お互いが泥になって溶け合うように心地よく。

 深い眠りの中に差し込まれるように、仮眠室のドアが開かれる音。少ししてからそっと閉じられた。深く眠っていたはずだが、泥濘に型が出来たみたいに、僅かに目覚めたその瞬間の記憶は消えなかった。

 やってきた誰かは、なにも見なかったことにして、仕事に戻ったのだと思う。おそらく明日も明後日も、私とハレの関係の噂は、されていたとしても、私の耳には入らない。

 

 

 

 目を覚まして、考える。どれだけ疲れていても朝になれば勝手に目が覚めるのだから、つらい。

 一つ昨晩の事で思ったのが、何も言われないというのは、より一層周りから認められていない感じがするのではないかということだ。

 賛成も反対もされずに、触れてはいけないものとして扱われている気がする。

 

 最初にそう言う風にしてしまったのは、なるべく隠そうとした私とハレに問題がある。とすれば、触れてもいいのだと思わせる何か。今までの人前では隠すという行動を捨て去るべきだ。

 

 

 それならばとるべき行動は決まっていた。




 なるべく早いうちに……今年中には後編出します。
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