殺戮機構 作:チキン
暗闇に光が差し込んだ。ぼんやりとしていた”ソレ”の意識は光を感じたことにより覚醒していく。
『――――――!!!』
(なんだろう?)
目が覚めると同時に叫び声が辺り一面に響き渡っていた事に気づく。
(何をそんなに怒っているんだろう?)
そんな疑問とともに”ソレ”の視界には目の前の光景が映りこんだ。
(というか、僕は殺されて……え?)
辺り一面に広がるのは鈍く光る鋼鉄の壁。影を作らない様に照らされる各所に設置された照明。壁の設置されている拘束具に拘束されるロボットとしか形容できないような何かが複数存在した。そしてなによりも異様だったのはガラス越しにこちらを見る人。それもとても小さく踏みつぶせてしまえそうなくらいに。
『オートパイロットモジュールによる起動、一機確認! 識別名”レラジェ”。出せます!』
唐突に頭に響く女性の声。どこか焦っているようにも、気分が高揚しているようにも聞こえる。異様な光景と音に茫然とする”ソレ”だったが事態を呑み込もうと声の主を探す。目を凝らすとガラスの中にいる小さい人達が拡大され表情すら鮮明に分かる。
(ん? なにかがおかしい)
ふと感じた疑問。それはあまりにも目が良すぎるという事だ。それになんだか体がいつもの感覚と違う。寒さも暑さも風も肌に纏っているはずの服の感覚さえなかった。今、自分の体はどうなっている。”ソレ”はそんな疑問とともに目線を下におろした。
(はぁあああああ!?)
いつもと見慣れた体の面影はない鈍く光る体。それは周りのロボットのような何かと同じような形をしていて。ソレ――レラジェの意識はとてつもない衝撃に襲われた。
そして上を見れば何か興奮している小さすぎる人の姿。
『”レラジェ”各種パラメータ正常。ニューラルネットワーク構築完了。タナトスエンジンは稼働率0.08から0.10を維持。全システムオールグリーン。移動要塞アレスの権限を一部譲渡。拘束解除。命令待機状態へと移行します』
何かと繋がったような感覚がレラジェに伝わる。何も分からぬ身の上ではあるが、移動要塞アレスからの情報が伝達されると共に一つの命令を受けた。
“敵を殲滅しろ”
(なんだこれ、攻め込まれているのか? この場所は)
膨大な情報が流れ込み自分がいる場所が危機的状況、そして敵を殺せという命令。二つの事に困惑と焦りを覚えるレラジェ。そして状況に対応しようしている今この瞬間も移動要塞アレスに搭載されているカメラ、センサ系統、交戦中の兵士、職員に取り付けられている心拍センサ等から何人もの人間が死んでいる事を理解した。
(し、死んでる……僕も死ぬのか?)
レラジェの意識は死を想起させる。体から熱が漏れ出しているのに傷口は熱い。それはレラジェにとって痛くて、寒くて、熱くて、特別だった。
(死にたく、ない。あんな感覚はもう二度とごめんだ!)
死を疎むレラジェは決意する。死から逃げる為に。死を排除する為に。例え敵がなんであろうが自分に死を与える可能性そのものを消すと決めた。
(まずは情報を整理しよう。幸い、この要塞の情報は手に取るようにわかる)
要塞の見取り図とカメラ、センサから読み取れる敵の位置、アレス所属の兵士、職員の現在位置を照らし合わせる。
(単純に敵が多い)
人型のロボットが十数体、真正面から要塞の設備をぶち抜きながら進んでいる。そして敵の兵士と思われる存在が三百人程度。
(使い物にならないな。味方は)
こちら側で戦闘に参加できるのは合わせて千人程度だろうか。人数だけで見ればこちらが優勢。だが相手は要塞に攻め込んでくる精鋭。装備も訓練も最高峰のものだろう。対してこちらは人数が多いとはいえ、戦闘が本職ではない人も含まれている。おまけに戦力として数えたとしてもピストルぐらいしか持っておらず、敵に対してあまりに無力だ。
(また、死んだ)
証拠として壁越しに撃ち合っている様子を見ても、こちら側の火器の火力が弱すぎて押されている。
(なにか使えるものは……)
要塞アレスの中で活用できそうなものを片っ端から調べていく。それは人間であった頃のレラジェでは到底できない速度で。
(これは意味がない……これも外に向けてだ、中に対しては意味がない……あっ、これなら!)
要塞の中を検索していくと、現状を打破するに最適なレラジェ達が使う事を想定した設備が存在した。時間はかかるが問題ない。頭に浮かんでくる言葉を唱えながらレラジェは行動を始めた。
(権限申請。……接続開始)
◇
人型巨大兵器エルクダート。遙か昔、火を吐き、大地を轟かせ、海を割る強大な獣ーー魔獣が跋扈していた時代に魔獣を狩り殺すために生まれた人間の武器。エルクダートは幾度となく敗北し、改良され魔獣との戦いに投入された。結果として魔獣は緩やかにその数を減少させていく事となり、その殆どが今では存在を確認できない。
しかし人は気づいた。エルクダートが使えるという事に。外敵がいなくなれば争うのが人間の常。人間の敵は人間へと置き換わっていった。
エルクダートは一つ一つが希少で特別な素材や機構を用いた貴重な戦力。しかしその巨体と比較してもあまりに大きすぎる獣と戦う事は無くなった――巨体を構成する素材は安価で、生産しやすい物に代わった。
エルクダート同士の戦いにおいて振るう武器は大きさはいらない――もっと効率の良い小さな武器を。
魔獣との戦いにおいて負傷は致命、しかしエルクダート同士では致命傷になりえることは無い――回避でなく装甲を厚く、一撃必殺ではなく手数で押し潰す。
少しずつ、だが確実に本来の目的とかけ離れた代物へと変貌を遂げていった。
そんな時代に二つの大国が隣接する国、ファーレン皇国。強大な軍事力を保有する二つの仮想敵国に対応する為に皇国は、とある兵器を開発していた。今までのエルクダートとは一線を画すような兵器。現在のエルクダートが何十、何百存在しようとその全てを殲滅することがコンセプト。そんな一騎当千、万夫不当の化け物を作ろうとしていた。
普通に考えれば狂気の思考だ。数で圧倒する相手をたったの一で覆そうとすること自体が。しかしそんな狂気に向かうだけの理由がファーレン皇国にはあった。
一つは国土防衛だ。ファーレン皇国は左右を軍事的に脅威である王国と帝国が位置し、北を山脈で塞がれる形となっている。そして最近になって帝国が境界線付近に少しずつ軍備を増強しているとの情報が入った。ファーレン皇国にとって軍備増強は急務と言った状況だ。
そして二つ目。それはとある研究者によって作られた、条件によっては半永久的にエネルギーを供給することが出来るエンジン。名をタナトスエンジン。それが一機稼働するだけで今までのエンジンとは比較できないような動力を得ることが出来る。しかしこのエンジンの問題は受け皿がないこと。通常のエルクダートではフレーム構造や装甲が耐え切ることが不可能だった。
よってこの二つだけでは一騎当千の兵器をファーレン皇国が望むことは無かっただろう。タナトスエンジンも列車や飛行船といった兵站に用いられたかもしれない。
しかし三つ目。これにより狂気の思考へと呑まれることとなった。それはエルクダートの出土。かつて魔獣と戦っていた際に用いられていたエルクダート。それには人間同士の争いで失われた革新的な技術や素材がふんだんに使われた。今では作ることが極めて難しい合金を基礎に半ばオーバーテクノロジーと化した装甲や駆動系。試算ではタナトスエンジンをフル稼働しても問題が無いと出ていた。
動き出した計画。しかしどれだけ気を付けようと、嗅ぎつける者は現れる。帝国はファーレン皇国の新型兵器を察知し、保有する特殊部隊を動かせるだけ動かした。それがファーレン皇国の内部に位置する場所であろうとも。結果が今回の、レラジェが遭った今回の襲撃である。
「A42沈黙、応答ありません! B37、交戦していますがこちらの装備が通用せず押されています。……っ! G14で応援要請、いかがしますか」
緊迫した様子の女性が流れ込む情報を読み上げていく。顔は蒼白でいつ倒れてもおかしくはない。だがそれも仕方がない事。いま移動要塞アレスは絶賛交戦中だからだ。それも明らかに訓練された所属不明の軍隊に。
「A42付近の隔壁を順次展開、G14に回せる予備隊は無い。各自、遅滞戦闘を徹底させろ」
苦虫を嚙み潰したような顔をしながら命じる壮年の男性。目の前のガラスに映るのは五機のエルクダート。男は新設された移動要塞アレスの司令官だ。ファーレン皇国の進退が掛かった作戦。当然、司令官も相応の能力が無ければならない。しかしそんな人物であっても今の状況はとても厳しいものだった。
(クソがっ! イカれた技術屋どもめ、エルクダートが無ければ動かせない要塞など何の意味がある!?)
怒りに身を任せ衝動的に拳を叩きつけそうになる司令官。それもそのはず、移動要塞アレス、その目的は一騎当千になるように改造されたエルクダートをサポートし、その機能を最大限引き出すこと。しかしエルクダートを核として機能させようとし過ぎたせいで移動要塞アレスはエルクダートが居なければ防衛システム等の機能を引き出すことが出来ない欠陥兵器兼要塞となってしまっていた。
報告や怒号、警告音が溢れる管制室において司令は冷静を装いながら通りの良い声でオペレーターに尋ねる。
「適合者はどうなっている?」
「確認します……身体改造手術、最終フェーズに移行中。駄目です、動かせません!」
適合者。それはタナトスエンジンを稼働させる上で欠かせない要素。タナトスエンジンは適性を持つ人間が改造手術を受け、初めて動かすことが出来る。そして現在は最終段階、ここで手術を停止させ、適合者を叩き起こしたとしても動くことはないだろう。
「時間は?」
「確認します……一時間前後との予測」
「そうか……仕方あるまい。オートパイロットモジュールを出せ」
司令は手元にある端末を操作しながらオペレーターに指示を出す。
「なっ!? いえ、失礼しました。オートパイロットモジュールを全機インストール開始します」
オペレーターは一瞬取り乱すがすぐに命令を実行する。ただ手は微かに震えていた。何故ならオペレーターは司令によってロックを解除されるまでオートパイロットモジュールが存在すること自体を知らなかった。そしてそれがどんな代物であるかを理解しているからだった。
これは禁じられし技術。それは昔、魔獣の一体が無人機のコントロールを奪い、人類に対して莫大な被害をもたらしたことによるものだった。それからというもの、扱い、生み出すことすら世界的に禁じられ失われていたはずだった。
「インストール完了しました!」
「……そうか、起動させろ」
目を一瞬つむりながら、命令を下す司令。その様子はどこか神頼みをしているようにも見えた。
(一体でも起動してくれれば儲け物だが……)
「起動命令、実行します!」
原則として適合者でないのならばタナトスエンジンは動かない。ましてや今回は人ではなく脳を模して作られた回路の集合体。普通なら動くことは無い。
キーン。と、何処か不快な高音が鳴り響く。
「え? これは……タナトスエンジンの反応!?」
そう、普通だったのなら。
「なんだと! 本当か!?」
司令は思わず問い返す。それ程の衝撃だった。
「オートパイロットモジュールによる起動、一機確認! 識別名”レラジェ”。出せます!」
起動した一機、識別名レラジェ。それは全長10メートル程度。手足や膝に至るまで鋭い棘があり殺意そのものが形になったような姿をしている。細身で現在普及しているエルクダートと比べるとその差は一目瞭然。そして黒でカラーリングされた装甲の隙間からは魔力回路に流れる魔力が抵抗により赤く照らしている。そんな中、何よりも特徴的なのは顔に取り付けられたフェイスシールド上の水晶体。そこから覗かせるのは赤く光る単眼のカメラアイ。
「っ!?」
カメラアイが動き管制室を仰ぎ見るレラジェ。司令はそこに殺意を幻視し、息をのむ。まるで目覚めさせてはいけない代物を目覚めさせたようなそんな感覚に襲われた。
しかしそんな感覚を振り払うようにしながら次の命令を下す。
「各種パラメータ確認急げ! 権限を譲渡させてアレスの機能を解放させろ」
「”レラジェ”各種パラメータ正常。ニューラルネットワーク構築完了。タナトスエンジンは稼働率0.08から0.10を維持。全システムオールグリーン。移動要塞アレスの権限を一部譲渡。拘束解除。命令待機状態へと移行します」
低い金属音とともにエルクダートを固定していた拘束具は外れ、四肢を十全に動かせるようになったレラジェ。今、この瞬間を持ってレラジェはこの世に生まれ落ちた。
殲滅開始。