殺戮機構   作:チキン

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推定容疑者

 

「ふむ……これは?」

 

 窓が無い暗い部屋の中に一人、白衣を纏う女性がそこに居た。どんよりとした重苦しい闇の中でモニターの光のみが部屋を照らしている。

 

「動きが変わってる?……いや、違う」

 

 移動要塞アレスの中に存在する一部屋。カミルがキーボードを操作しながらモニターを見つめている。

 

「この場合は……動きが滑らかになっている、かな」

 

 モニターに映るのはトラル平野におけるレラジェの戦闘ログ。それを観測した各種データと照らし合わせる。何かおかしい所は無いか、今後の改善に生かせるようなものはないか。

 

「これと学習したって事で片付けていいものなのかね?」

 

 無論、良い筈が無い。だから彼女はこうしてモニターと睨めっこしている訳だが。

 

「はぁ……嫌だねぇ。私の専門は霊機工学とその派生なんだけどね。人工知能とか嫌いなんだけどさ」

 

 そもそもとして禁じられた技術であるオートパイロットモジュールをはじめとした思考システムや学習する機械といった進化の可能性を秘めたもの。

 

「なんでレラジェにオートパイロットモジュールをインストールするのかなぁ」

 

 それは禁止されていたものであり、大っぴらに研究出来るものでは無い。そんな物を実装したせいで現状稼働できる唯一無二の機体は学習領域が汚染されたイレギュラーとなっている。

 

 彼女は仕方が無いと分かっていても言わずにはいられない文句だった。

 

「ま、拾い物に……終わった物にケチをつけてても仕方ない。別問題から片付ける事にしよう」

 

 映像は切り替わり、また最初から。槌を振るうレラジェの姿が映し出される。要塞からカタパルトで射出された勢いでエルクダートを一体吹き飛ばした時以外にレラジェがエルクダートを吹き飛ばす程の出力が出ていない事が見て取れる。

 

「レラジェのタナトスエンジンの出力は当たり前だけどそこまで稼働する訳もないか」

 

 カミルは思考する時に言葉を漏らす癖がある。それは自身の思考の整理であり、事実が正しいか今一度再確認する為でもある。

 

「まあ中身の連鎖反応を無理矢理抑えている訳だし、額面の稼働率より出力が出ないのはご愛嬌かね」

 

 設計コンセプトから見ればあまりにもなんとも悲しい結果だけどね、と溜息をつくカミル。彼女からすればタナトスエンジンは無限の可能性を秘めている。それなのに機体が追いつかず、こうも燻らせているとあっては溜息をつきたくなるというものだ。そしてカミルにはそれが悲しくて堪らない。

 

「イツキ君がレラジェのタナトスエンジンとの相性が良い事が逆に枷になるとはね。稼働率、なんてこっちで勝手に決めた上限値だったけど、それを簡単に超えるとは」

 

 性能試験の時、稼働率が1.4つまりは140%であったことを思い出すカミル。100%はあくまで目安、だが超える事は無いと計算していた予測を超える値。

 

 あの時のカミルはかなりの衝撃を受けたのであった。しかし結果はレラジェは自身の性能の高さが裏目に出て動けば動く程、自らを傷つける諸刃の剣。

 

 改善策を考えながらもすぐには実行できないもどかしさを抱えながら、カミルは溜息を吐く。

 

「はぁ……しかし、まあ」

 

 出来ない物は仕方が無い。そう割り切ったカミルがキーボードを操作するとモニターに現れるのは一つの武器、いや兵器と呼べる代物。

 

 先程イレギュラーと評した存在が先の戦闘から得たログから導き出した結論。それはある意味で単純な構造だった。

 

「ふふっ」

 

 カミルからは思わず笑いが零れた。彼もしくは彼女と形容できるかもしれない存在は案外、力技が好きなのかもしれないと。

 

 ……良く言えば合理的、悪く言えば脳筋。それが彼もしくは彼女に下した研究者の結論。ある意味、親しみを持てるかもしれない発明品。

 

 そんな判断が正しいのか、もしくは間違っているのかはこれから分かること。その結果がどうなるのか、それはまだ誰も知らぬこと。

 

 少なくとも現時点では親しみを持ちそうになっていた事は事実であったが。

 

 例えそれが上層部の命令を遂行する為に出土したエルクダートを筆頭に使える物は全て使い、自分が預かり知らぬ技術すら使ったツギハギの怪物であろうとも。

 

 

◇◇◇

 

 

 戦闘を終え、レラジェを回収した移動要塞アレスの中にある整備場では人が慌ただしく動いている。ガレージで調整を受けているレラジェは先の戦いをカミルと同じように振り返っていた。

 

(イツキの操作に関してはひとまずこれからも補正していけばある程度は戦える)

 

 自身の戦闘ログを見ながらそう評するレラジェ。

 

(回避行動も概ね問題なし。イツキの操作に反する行動をするんじゃなくて、寄り添った行動をしたのが良かった。なんて言うか、ずらす感覚に近いな)

 

 あの時にレラジェは自身が機体を動かすことは諦め、思考を切り替えていた。だからこそ操作干渉が起きる事無く戦闘を終える事が出来た。しかし問題はある。

 

(それでも結局は自分で操縦することは不可能って所が問題だな)

 

 そう、レラジェからしてみれば搭乗席に適合者が乗ることによってタナトスエンジンの出力が上がる事は歓迎するが、自身で行動した方が明らかに強いと考えている。今のレラジェは搭乗者がいなくても自身を動かすことは出来る。しかし動かすことが出来るだけ。

 

(今、この要塞の人間に僕が動けることが知られるのは非常にまずい。絶対に対処されるだろうし……何より動いたところで先が無い)

 

 レラジェにとって自身が動けるという事実は切り札と言ってもいいアドバンテージであるが、同時に知られてはならない絶対の秘密だ。知られていないからこそ最大の効力を発揮するものであり、知られてしまえばそのカードを容易く失う事になるかもしれないのだ。

 

 そしてもし仮にレラジェがこの瞬間動き出したとしよう。要塞からの脱出は成功するだろう。追手からの逃走も成功するだろう。だがそれで終わりだ。逃げたとしてもレラジェは人間ではなく、今は機械の体である。いくら強くとも機械の体という縛りがある以上メンテナンスは必要不可欠なのだ。だからこそ逃げられないし、逃げはしない。

 

(はぁ。問題は山積みだな。ま、一番の問題は僕の出力が低いってことではあるけれど)

 

 そんな思考の中で先の戦闘を振り返った上でレラジェが一番頭を悩ましている問題。先程、ぱっと思いついた案をアマヌカスで出力しようとはしたが、人間の検閲が入って止められている状態である。前のアラクネの時とは違い、今のレラジェには権限が付与されていない。その為一時差し止めて中身を確認するという職員からすれば当然の検閲だったのだが……。

 

(あれが作れるかも微妙だしやっぱり根本的な問題を解決したくはあるけど……如何せん、分からない)

 

 それもこれもタナトスエンジンに関する文献、仕組みや製造方法といったものに関する情報が徹底的に秘匿されているのだ。そこだけ綺麗に抹消された、そんなデータの数々。

 

(多分だけどこれ、最近消してるな、最近まで閲覧してた痕跡は残ってるし……削除記録は遡りたくても遡れないように綺麗さっぱり削除されてるけど)

 

 幸いに閲覧履歴までは手が回らなかったのか、履歴が残っていたのだ。正確に言えば何かにアクセスしているのは分かるが何にアクセスしているかが分からない履歴が存在した。

 

(何が幸いするか分からないし……一応、調べてはみるか)

 

 とにかく情報を集めなければ動けるものも動けなくなる。そう判断したレラジェは行動を開始する。アクセスした人物が分かればその周辺を探ってみると状況が分かるかもしれない、と。

 

(不幸中の幸いかな。犯人は絞り込めるかも。まあ、絞り込んでも意味は無いかもしれないけど。だって僕、機械だし)

 

 なんだか思考している内に前世とは違う鋼鉄の体を持っている事に少し悲しくなるレラジェ。だが状況はそんな気持ちに浸っていられる程、余裕があるものでは無い。

 

(ともあれ、タナトスエンジンについては情報が足りない……仕様すら理解出来ていないのは普通にヤバい)

 

 データを消した誰かは分からない人物を恨むレラジェ。誰が消したのか、何故消したのか、消した中身は何だったのか。そんな疑問がレラジェの中で浮かんでは消えていく。

 

(知られたらよっぽどまずい事だったのか。このデータを閲覧した人間だけで見れば人数は必然的に多くなる。だから、とりあえずは一番最後の閲覧履歴を……)

 

 閲覧履歴を辿っていくレラジェ。何にアクセスしたか不明のアクセス履歴を履歴の中から抽出するというレラジェからすれば簡単な作業。

 

(最後の閲覧日は……あの襲撃の一週間前か)

 

 レラジェが思い出すのは自身が目覚める事になったあの襲撃。しかしここでおかしな事に気づく。

 

(ん? この日アクセスしてるのって一人じゃないのか? 反応が複数あるぞ)

 

 最後の閲覧履歴があったその日。閲覧履歴に記されていた痕跡は三つ、それもそれぞれ閲覧した際に閲覧が許されている箇所、範囲が違う事から三人は閲覧した人がいた事は簡単に読み取れた。

 

(一つ目。技術部門統括のみが持ち得るアカウント……一人目はあのイツキと話していた白衣を着てる技術者か)

 

 レラジェの脳内には出撃前にイツキに話し掛けていた白衣の女性の姿を思い出す。彼女は技術部門の統括であり、タナトスエンジンについてアクセスしていても別に不思議とは感じられない。

 

(二つ目の痕跡。移動要塞における最高権限によるアクセス……二人目はあの司令官か)

 

 司令官、それは移動要塞アレスにおける総指揮者であり総責任者でもある存在。ファーレン皇国上層部から派遣された彼の名は匿名化されており、職員を含め誰もが司令官と呼ぶ存在。確かに彼もエンジンに関してアクセスしていてもおかしくは無いとレラジェは思考する。

 

(三つ目、つまりは三人目。これは……適合者として選ばれた搭乗者に与えられるアカウント? つまりはイツキ、というかイツキ含めた適合手術を受けた人間の誰かという訳か)

 

 三つ目の反応は襲撃時に適合手術を受けていた五人のみが持ち得るアカウントでのアクセス。どのアカウントでアクセスしているかは分からない。

 

 まさか自分を動かす筈のイツキが情報を握っているのかもしれない、まさかの展開。どういう風の吹き回しだ、の首を捻るレラジェ。

 

(なんでなのか知らないけど最終閲覧日にタナトスエンジンに関する情報にアクセスしたのは三人、でも実質容疑者は七人になる訳だ)

 

 レラジェからすれば思いの外、多い推定容疑者達。しかもこの中の誰かが情報を消したかも分からない。だが。

 

(それでもやってみる価値はある)

 

 レラジェは移動要塞アレスに残された記録をさかのぼり始める。何か変わったことが起きていないか、出来る限りの情報を求めて。

 

 そうしてレラジェが行動を開始した直後の話。明かりに照らされた沁み一つない白い部屋。その中には白い棺が四つ残されたままだった。そして棺の中で眠っている四人の適合者は未だ目覚める事は無く、冷たく重い静寂が部屋を包んでいる。

 

 しかしその静寂を破るように変化は起き始める。白い棺の横に設置されていた今までそのどれもが水平にまっすぐ線を伸びた一本線を示していた計四つのモニター。

 

 何も変わらずただ水平に線を表していたそれは微かに、モニターを見ている人がいたとしても気づく事がないであろう微かな振動が起こったのだ。

 

 未だ目覚める事は叶わぬが、確実に四つ全てのモニターで生命の鼓動が僅かに起こった。事態は確実に動き始めていた。

 

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