殺戮機構   作:チキン

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一人目の適合者

 

 明かりに照らされ、沁み一つない壁や床。ただひたすらに白い部屋。大きさはレラジェの前世であった教室程度。そんな部屋には棺のような機械が五つ存在した。それは死者を入れるものではなく生者を入れる容器。蓋の一部は透明で中の様子、人の顔が確認できる。五つの棺には青く光る液体とともに性別や容姿が異なる男女がいた。誰一人として目を開けておらず、液体の中にいるにしてはずいぶんと安らかに寝ている。

 

 突然の事だった。五つの棺の中の一つ、真ん中の棺から青い霧が噴き出ると同時に中を満たしていた液体がみるみるうちに量を減らしていく。そして液体全てが霧状の何かになった時、棺が開いた。

 

「……んあ?」

 

 棺の中にいたのは裸の若い男。黒い髪に赤い瞳、そして端正な顔つき。男はこびりついた眠気を振り払うように左右を確認する。視界に移るのは白い壁と計四つの棺。

 

「そっか……。適合手術、成功したのか」

 

 最終的な成功率は八割、そんな風に聞かされていた男にとって生きているという事実はとても嬉しいものだった。

 

「よしっ! あいつらも成功か」

 

 周りには四つの棺。この結果は男にとって最上、ともにファーレン皇国を守ると誓い合った仲間達もまた手術に成功したということだからだ。男は立ち上がり、壁際に向かって歩く。男は設置されたロッカーから自分の制服を取り出し、手早く着替える。そして最後にロケットペンダントを取り出し、写真をジッと見つめていた。そこには男自身を含めた五人の人物が映りこんでいる。

 

「俺は……。俺達は絶対に皇国を守り切ってみせる!」

 

「はぁ、イツキ君。君はいつもそれしか言わないね」

 

「え?」

 

 男――イツキの後ろには白衣に身を包んだ妙齢の女性が一人。イツキの決意に対してまるで何回も聞いてきたといわんばかりのため息が吐かれる。

 

「しょうがないじゃないですか、カミル先生! もうすぐ皇国の存亡をかけた戦争です。だからこそ俺は……」

 

 白衣に身を包んだ女の名はカミル。適合者達、五人の適合手術を担当した名医であり、タナトスエンジンを作り上げた奇才。

 

「はぁ……。ま、いいさ。それより大事なことが一つ」

 

 イツキの訴えも心底どうでもいいと受け流すカミル。そして聞いていると耳が腐りそうな話を変える為に、勘違いをしている哀れな子に教えを一つ。

 

「……なんですか」

 

 自分の話にまるっきり興味を示さないカミルの態度に少しの不満を覚えつつ、しかし大事なことだといわれ聞かずにはいられないイツキ。

 

「現在、移動要塞アレスは当初の計画において配置されていた中央東部区域から移動している」

 

 この意味が分かるかな、と微笑を浮かべながら問い掛けるカミル。

 

「は? ど、どうしてですか!?」

 

「それはね……」

 

 ごくりと息をのむイツキ。その顔は先程、手術が成功したと分かった時の喜びの顔とは打って変わった緊張が前面に出た表情。

 

「現在、移動要塞アレスは偽装を解除して西部前線へと配置転換。まぁ……。つまりはね、少年」

 

 カミルはニコリと屈託のない笑顔を浮かべながら、イツキに語り掛ける。

 

「ま、まさか……。いや、そんな」

 

 そんなはずが無い、と自分の頭によぎった考えを信じられないイツキ。

 

「そう、そのまさかさ。ファーレン皇国はダイン帝国との戦争突入というわけだ」

 

 棺が五つ並べられた白い部屋、そこには今もなお眠っている四人を叩き起こしそうなぐらいの声があったとか、なかったとか。

 

 

 

 

 移動要塞アレスは全長1.5キロメートルの超大型要塞。移動の際にはキャタピラと刻印が刻まれたフロートの二つが用いられている。そして現在は皇国本部の命令を受け、キャタピラとフロート、二つを適宜使用し前線へと向かっている。そんな状況の移動要塞アレスでは司令室ではある種の緊迫した空気が漂っていた。

 

「イツキ君、気分はどうかね?」

 

『はい、俺は大丈夫です。特に身体的、精神的負荷は感じられません』

 

 話しているのは司令とイツキ。顔には出さないが司令は内心は不安で満たされている。

 

「そうか……それならばいいのだが。しかし、気をつけるように。先も言った通り」

 

『この機体は学術領域が汚染されたまま。言わば異常個体、ですよね?』

 

 本当であればレラジェは全てを初期化、再学習が正しい手順だ。だがやりたくてもできない事情が要塞アレスには存在した。まず前提として、現時点で適合手術から目覚めているのはイツキのみ。残り四人は手術からの適応が済むまで棺の中だ。

 

「あぁ。すまないが元々君の適正はこの機体のみ高い適合率を誇っているからな。……危険な任務を任してしまい本当にすまない!」

 

 しかし不運な事にイツキの適正はレラジェのみだ。他の適合者が目覚めぬ今、レラジェを初期化すれば運用できるエルクダートは一機も存在しない。

 

『気にしないでください、司令。俺達は元々皇国に身を捧げ、みんなを守ると誓った身。こんな事で足踏みしている暇はありません!』

 

「……分かった。準備はいいね?」

 

『はい!』

 

「レラジェ、拘束そのまま、限定起動開始」

 

「”レラジェ”各種パラメータ正常。ニューラルネットワーク正常。タナトスエンジンは……稼働率1.1から1.2を維持!? 全システムオールグリーン。拘束を維持。パイロット接続開始」

 

『レラジェ、起動します!』

 

「監視システム、正常に作動。タナトスエンジンの稼働率が想定スペックを超えています」

 

 オペレーターの緊張感を持った声とは裏腹にイツキの精神はどこか高揚していた。

 

『この機体、凄い。シミュレーターと全然違うぞ、これ』

 

 イツキには接続によりレラジェの各種センサ及び稼働しているアラクネの情報が流れ込んで来ている。イツキがシミュレーターと違うと感じているのは当然とも言える。アラクネだけで無く、機体に取り付けられた各種センサ自体もレラジェ自身が最適化を行っていた。故にイツキは取得できる情報が数倍になり、事前に練習していた感覚と大きな齟齬を感じていた。

 

「イツキ君、一度落ち着くんだ。操作系統に問題はあるか確認してくれ」

 

『はい! 診断プログラムスタート。……特に問題は無さそうです。駆動系も自分の思い通り、というか反応が良すぎてやばいです』

 

 イツキは予め渡されていたプログラムを走らせ、問題が無いかを確認する。ここで問題があれば即試験は中止、上層部にも移動要塞アレスの作戦続行が難しい事を伝える手筈だった。

 

「そうか……ならば。拘束解除。これよりレラジェの性能試験に移る」

 

 どこか不服そうに、もしくは不安そうに司令は決断した。レラジェの運用試験を始める事を。しかし、この決断がどんな影響を及ぼすのか。今はまだ誰も知らない。

 

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