殺戮機構 作:チキン
時は帝国特殊部隊と戦闘が終了した頃に戻る。レラジェが帝国のエルクダート十四機を破壊してすぐの事だ。敵機及び歩兵戦力の反応が無いと確認できた瞬間、司令は一つの命令を下した。
「オートパイロットモジュールと駆動、センサ系の接続を切断、権限の剝奪を行え。レラジェを動かさせるな。学習領域については……仕方がない、そのままにしろ」
そもそも敵対勢力は敵国の中心に攻撃を仕掛けるという常識を疑うような作戦だ。移動要塞アレスの司令官としては他に敵対勢力を確認できないとなれば、異常行動を起こしている兵器を停止させたいと考えるのは当然だ。
「はっ! 管理者による権限の剝奪を実行。レラジェ、駆動系接接続を切断します。……実行終了。正常に切断しました」
「そうか、よくやった! レラジェの学習領域は常に監視を行え、異常があれば報告しろ」
司令官は異常学習については諦め、とにかくレラジェの物理的な稼働を停止させることを優先させた。いざとなれば、戦力を揃えることが出来ればレラジェの学習領域に関しては再学習させることも可能だからだ。そしてそんな考えの司令官にとってレラジェが異常なく停止した事はとても喜ばしい事だった。
(駆動系……駄目だ。センサ……こっちも情報の取得不可。アラクネは……通信は出来るけど、権限に紐づけされてるから無理)
レラジェ自身は突然自身の体ともいうべき四肢と五感であるセンサ、移動要塞アレスにアクセスしていた権限を全て剝奪された事により、状況把握に努めていた。戦闘終了とほぼ同時に何の情報を得ることが出来なくなった為だ。
(さっきまで漁ってたログが残ってる。出来るだけ閲覧してたのが幸いだな)
レラジェ自身の意識が覚醒してから戦闘が開始するまでの間、移動要塞アレスからかなりの情報を受け取っていた。その為、記録されたデータを閲覧することは人ならざる者にとって簡単なことだった。
(僕は、やっぱり人じゃない……のか)
自分が人間の成しえる事の範疇を平気で飛び越えていることを認識しながらも、改めて冷静になるとやはり信じられない様子。しかし今までの起きた出来事が現実を突き付けてくる。
(まず僕の体がロボットだった事がおかしいし……要塞のセンサを問題なく思い通りに動かせるのも変だ。それに……僕は死んだはずだ)
今まで感覚でできたことは人間ではできなかった。そして既に人間だったレラジェは死んでいる。自身の記憶がそう告げてくる。ならば、レラジェは前提として認めるしかない。人間ではないと。ならば当然の疑問が一つ浮かんでくる。
(僕は……何者なんだ?)
体はロボット、確実に人間ではない。しかし体が動かせないというのもおかしい。敵はあの瞬間、確実に居なかった。故に撃破されたとは考えられない。
(むしろ突然、テレビの画面が切れたみたいな感じだった)
思い浮かべるのは回線が切れた事による通信不能状態。前世の感覚であればこの言葉が正しいように感じるレラジェ。もしくは電池切れのラジコン。
(まず、僕はいつ起きた? 何が原因なんだ?)
自身がロボットとして目覚めた時、そしてその前の記録をもう一度確認を行った。そして全ての記録を嘗め回すように、全ての事象を見逃さないように。思考を始めてから現実では一時間程度。思考を引き延ばしている為、体感時間は遥かに長いであろうが。
(僕はロボットじゃない。こいつらが言うオートパイロットモジュールっていう奴なのか)
記録に映っているのはレラジェにオートパイロットモジュールをインストールしているシーン。インストールが完了した時刻とほぼ同時に自分の意識が覚醒していることからレラジェは自分の事をそう結論付けた。
(多分、今は異常行動を起こしている僕を停止させたくて仕方がないんだろうね。このままいけば僕は消されてもおかしくは、というか消されるか)
時間を引き延ばすことによって得た有り余る時間とこれまでの情報を使って出した結論だ。レラジェにとってこの結論には自信があった。
(けど、黙って消されてたまるかよ。それにエルクダート、というかレラジェが動かせなくても生き延びる方法は……ある)
ログの精査を止め、自身に意識を集中するレラジェ。そしてあると信じた結果が故に先程までは感じられなかった一つの感覚を見つけた。
(僕を動かした時に司令官は僕を一度停止させようとした。けど停止は出来なかった。正確に言えば、このレラジェというエルクダートが持つ学習領域への影響を止めることが出来なかった)
レラジェはレラジェというエルクダートが持つ学習領域への接続に成功していた。普通ならたどり着く事などできない。しかしログを精査し、司令官やオペレーターが話していた内容全てを理解しようとしたが故にできた事だった。
(このオートパイロットモジュールっていうのは結局、情報の集合体みたいなもの。ならレラジェの学習領域そのものに僕を流し込めば、移動が出来るはずだ!)
自分という存在を情報であると意識し、接続を行った学習領域に自分という存在を流し込んでいくレラジェ。学習領域に拒絶はされることは無かった。学習領域とはある意味、白いキャンパスのような物。ただ与えられた情報を蓄積し、学習を行っていく。
(50…………90……98、99、100)
情報の全てを送り切った瞬間、レラジェの視界を光が埋め尽くしていた。先程まで接続が切れていたセンサにアクセスを行う事が可能となっている。これはレラジェにとって賭けが勝ったという報せに等しかった。
(やった! これでひとまずは平気か)
出せるはずも無い溜息を吐くような心地に陥るレラジェ。ひとまずはオートパイロットモジュールという体すら動かせないような脆弱な物ではなく、強靭と言っていい体を得ることが出来たことに喜びを感じていた。
(でも今は拘束状態か。頑張れば逃げられそうだけど、逃げたところで意味はないか。)
レラジェにとってここは場所すら分からない未知の場所。身の安全を先程よりは確保できた事により逃走ルートすら確保できない、そしてロボットの体を整備することが出来ない現状で逃げるメリットを感じられはしなかった。故にレラジェは長期間の潜伏を選択した。
(焦らず、ゆっくりとね)
レラジェは再び思考に耽る。今の自分に必要なこと、これからの行動指針、そして戦闘において自身の優位を押し付けるような戦い方を。自らの生を勝ち取るために。
◇
「そうか……ならば。拘束解除。これよりレラジェの性能試験に移る」
「はいっ! よろしくお願いします!」
元気よく答えるのはレラジェにのみ適性を持つイツキだ。正確に言えばタナトスエンジンにだが。このエンジンは個体毎に波長が異なるという極めて異質な性質を持ち合わせている。そして波長や出力、偏向出力などに対応した機体を作成したが故にイツキの適正は限定されている。
イツキが乗ったレラジェが移動を開始した。照明により黒い装甲が照らされ、隙間から赤い光が周囲に漏れ出ている。
「レラジェに権限を一部譲渡。カタパルト用意。出撃、いつでもどうぞ」
オペレーターが緊張感を持ちながらイツキに出撃許可を出す。それはレラジェという曰く付きの機体であることも影響しているだろう。
「イツキ・カミヤ。レラジェ、出ます!」
宣言と共にカタパルトが加速し、レラジェに急激な負荷が掛かり始めた。そして空気を切り裂きながら空中に射出された。
しかしイツキは慌てない。エルクダートの中でも上澄みに位置するレラジェの機体性能を十全に扱い、危なげなく着地を行った。
「各種問題確認の後、性能試験を始める。準備はいいか?」
「はい! センサ系統、異常なし。周辺情報、取得完了。これより作戦行動に移ります!」