殺戮機構 作:チキン
結果として適合者、イツキ・カミヤによるレラジェの性能試験は問題なく終了することが出来た。今は管制室によるレラジェのデータを確認、適合者に対するフィードバックを行っていた。
「凄いじゃないか、少年。性能試験の結果としてはほぼ最上の結果が得られたよ。……まぁ、それが良いか悪いかは別物だがね」
少し歯切れが悪そうに黒髪の少年に話しかけるのは白衣を着た女性、カミルだ。
「そう、なんですか? 実践は初めてで、そこら辺が良く分かっていないんですけど」
ぼんやりとした回答をするイツキに対してカミルは少し苛立つような声で、壁に埋め込まれている大きなメインモニターに表示されたデータを指さしながら説明を始める。
「はぁ、これだから……。いいかい? 君が乗った事でタナトスエンジンの稼働率は通常時で1を超えている」
この意味が分かるかい、とでも言わんばかりの表情でイツキに対して視線を向けるカミル。
「えっ? あー、なんだろう……」
イツキはシミュレーターを通しての操縦を優先していた事で最適な答えを見つけることが出来なかった。しかし、シミュレーターによる操縦と本番の違いを意識すると、何となく分かったような気がした。
「レラジェの……出力が、上昇していることですか?」
「ああ! 君は元々レラジェのタナトスエンジンにしか適合しない程度の適合者だ。模擬の結果だと稼働率もそこまで高いとは言い難い。だが実際は違うだろう?」
メインモニターに表示されていた画面が変わり、何かのグラフと思われるものがいくつか存在していた。そしてカミルはその中の一つのグラフを指し示すと続けざまに言った。
「実際は最低でも稼働率1.1は出ている。これはどう考えてもおかしいんだ。君の適正ではこんな結果にはならない、なってはいけないんだ」
カミルが手元の情報端末を用いて今一度確認してみても、やはりイツキの適正では最大でもタナトスエンジンは60%程度でしかない。
「え? でもさっきが最上の結果だって」
そんなイツキの質問に対して、カミルは愚者を見るような目つきでイツキを睨みつけながら言った。
「それはこのレラジェに限った話さ。スペックに関していえば当初予定していた性能を上回るものさ。そこは開発者としては嬉しい限りだ。しかし、その原因が分からないとあっちゃ問題でしかないだろう?」
この意味が分かるかい、とでも言わんばかりの視線。
「……なにか、手掛かりはないんですか?」
そこまで言われると、イツキとしても不安になってしまう。元々は学習領域に異常が発生したエルクダートとは分かっていたが、学習するだけで開発者の想定を上回る性能になるものなのか。
「まぁ、あるとすれば、このバカが使ったオートパイロットモジュールによる影響だろうね。それも不確定ではあるけどさ」
バカという語句を強調しながらある方向を見やるカミル。そこには少し顔を苦くした司令官の姿が。しかしカミルは気にせず言葉を続ける。
「けど、まあ戦闘には問題ないと分かったからね。タナトスエンジンの稼働に制限を付ける以外は今の所、対策する必要はないと思うよ。ま、本当は初期化する事が一番良いんだけど、時間が無いからね」
少し投げやりなカミルの言葉に対して、少し引いてしまうイツキ。いくら皇国の為に、仲間の為に命を懸けるとしても、無駄死にだけは避けたいと思っている為だった。
「えぇ……。それにしても制限ですか、どうして制限を? 性能がいい事に越したことは無いと思うんですが」
しかしカミルのような天才がそれ以上の対策を施さないという事は、それなりに意味があるのだろうと自分を納得させ、話題を変えるイツキ。
「君という奴は……。エンジンの出力が良くても他の所が駄目になるだろうに。特に駆動系なんて酷いもんさ。見てみなよ、ここの所とか」
イツキの目前にグッと出される情報端末。そこにはレラジェの関節、特に肘や膝に当たる部分の消耗が激しかった。
「え、はい。うわぁ……。 ひび割れとか、摩耗、結構してますね……」
「そうさ、そうなんだよ! 君が試験で調子に乗って稼働率1.4とか叩き出すからさ。エンジンの140%稼働って何なのさ! 私が作り上げたエンジンだけど、こんな事態想定してないよ」
じろりと恨めし気ににらむカミル。そこにはイツキに対する怒りだけでなく、自分の作成物に対して自分の理解が及ばないという事に対する怒りも含まれていた。
「ご、ごめんなさい……」
話の流れを断ち切るように、ゴホン、と咳払いが管制室に響いた。イツキとカミルが音の鳴る方に目を向けるとそこには腕を組んだ司令官の姿。
「とにかく、レラジェの稼働には問題ない。そうだな?」
「はぁ、そうだね。どうしてこんな数値を出しているか分からないこと以外、問題は無いかな」
両手を挙げ、まるでお手上げと言わんばかりの姿。しかし顔は歪み、分からない事が気に食わないようだ。
「それは調べておけ、カミル」
「はぁ……。仕方ないね、やっておくとしますかね」
「よし、それでいい。そしてこれから我が要塞は西部前線、ダイン帝国との戦闘状態に入ると予想される! 各員、気を引き締めておくように!」
管制室には全員の返事が響き渡る。いや一人、白衣の女性だけはうんざりしていたが……。
「そしてイツキ君」
「は、はい!」
「特に君のレラジェは戦闘において非常に重要な存在だ。エルクダートを帝国特殊部隊の攻撃で失った我々にとってはな」
実際、移動要塞アレスに配備されていたレラジェのような特殊機体を除き、緊急出動する事すらできず、破壊されてしまっていた。それだけ入念に相手が準備していたという事でもある。あるにはあるが、司令官の脳裏にはある存在が過らずにはいられない。
「もちろん、戦闘員やエルクダートの補充があるにはある。けれど前と同等の戦力は確保できるわけではない。そしてこの要塞は君、レラジェのような特急戦力をサポートするものだ。職員一同、全力で君を支援する。頑張ってほしい」
「はっ! このイツキ・カミヤ、命に代えても皇国を全力で守り抜きます!」
◇
照明により明るく照らされる装甲。現在、整備場においてレラジェは性能試験で想定以上の性能を発揮したが故の駆動系の補修を受けていた。そんな機体の中で、もとい機体は現在、どう考えてもデータスペックよりも高いタナトスエンジンへの対応を思案していた。
(一体なんなんだ、僕に積まれているエンジンとやらは。製造方法はおろか、どんな仕組みなのかですら、データに無いぞ)
性能試験が始まった時、初めはレラジェとしては主導権を奪えるかどうかの確認だけをするつもりだった。そして実際に試験が始まるとイツキの操作によりレラジェは動かされた。それ自体は問題ではないし、レラジェも気にしていなかった。だが。
(僕が何もしようとしていないのにエンジンの最大稼働を始めたのが一番の問題だ)
レラジェとしては適合者として自分に乗り込む操縦者に全てを委ねる筈だった。しかし適合者とレラジェが接続している事によって偶然分かったのだ。意思に反してレラジェとしてタナトスエンジン、100%の出力を出させられたことに。
(あいつ、イツキは性能試験で張り切って自分が出せる最大限を出そうとしたんだ。それに僕というか、この機体が呼応してタナトスエンジンを100%に持っていったんだ)
レラジェとして恐怖でしかない。自分が情報の塊のような存在になっているとしても自分の意志ではない行動を強制されるという事は。
(まあ、対策はおいおい考えるしかない。……それにしてもあいつ。僕が100%稼働にしたエンジンに自分の適合による重ね掛けとか。そんな事が可能なのか?)
思考を切り替えるようにまた別の事を考え始めるレラジェ。それはイツキが無意識に自身の適正を用いることにより、エンジン稼働100%超えという普通に考えたら爆発四散、間違いなしの所業が行われた。それを認識した瞬間、レラジェは内心悲鳴を上げたとかないとか。
(頭が痛い……)
存在しない筈の頭を抱えるような仕草で自身の駆動系が悲鳴を上げていた場面を思い出すレラジェ。イツキはシミュレーターによる経験しかなく、はぇー、すげーとでも言わんばかりにレラジェを乗り回しまくっていた。
(でも……)
レラジェは思う。
(パイロットが居れば僕はもっと強くなる)
レラジェは考える。
(パイロットの操縦技術は拙い所が多い。結局、思考、反映スピード的にも僕自身が動かした方が確実に強い。だけどエンジン出力的には居た方が確実にいい)
レラジェが決意した。
(僕だけのパイロットを探そう。どれだけ時間や犠牲が掛かろうとも。それだけの価値がある)
この日、移動要塞において人に祝福された決意と人知れず呪われるだろう決意、二つがあった。