殺戮機構   作:チキン

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ダイン帝国侵攻

 

 ファーレン皇国の西部に位置するトラル平野。農業や畜産が盛んな地方であり平時であればのどかな風景が広がるそこでは現在、地獄としか形容できない争いが起きていた。

 

「絶対に持ち堪えろおお! 我々は民の盾だ! 我々の後ろには避難が完了していない民たちがいる! それぞれが胸に抱く大切な者を守るために、死力を振り絞れぇぇ!!!」

 

 秒単位で磨り潰されていく兵士達を視界に収めながら、しかし諦める事無く兵士達を鼓舞するのはファーレン皇国軍の指揮官たる国境警備軍の将、アビカであった。

 

 突如として始まったダイン帝国の侵攻。帝国が率いる軍隊にはエルクダートが五十体、ファーレン皇国に侵攻を悟らせない最大限の戦力を内包するものだった。

 

 対するファーレン皇国軍の戦力、それはあまり良いものと言える内容ではない。

 

 理由は至って簡単。エルクダートが少ないからだ。しかしそれも仕方がないとも言えるだろう。ファーレン皇国では二か月後に国の行く末を左右するとある行事が控えていた。その行事が迫る中、国内安定の為に軍、そしてエルクダートが国内の情勢が不安定な場所に駆り出されていたのだ。

 

 ダイン帝国が国境近くに軍備を増強しているという密偵からの情報が入ってはいたが、それでも侵攻はまだ先の話というファーレン皇国軍部の試算があったというのもあった。

 

 故に簡単な結論が生まれる。エルクダートは戦況を左右するという図式は今も昔も、魔獣が人の生活圏を脅かしていた頃から続く絶対的な掟だ。その掟が正しく不変である事は何百、何千万人、いや何億人もの死で積み上がった骸が証明している。

 

 そんな中、国内安定の為に戦力を分散していたファーレン皇国が西部前線近くに配備されており戦力として動員できるエルクダートは三十体程度。

 

 つまり正面戦闘による戦力の削り合いではファーレン皇国は圧倒的な不利が約束されていた。

 

 勿論、籠城戦なども行える筈も無い。移動要塞アレスのような代物は世界で見ても未だ少ない狂気の代物。動かない要塞などエルクダートにしてみれば動かない的、同然。

 

 既に国境線に位置するファーレン皇国の要塞はダイン帝国に落とされている。要塞に配備されていた十数体のエルクダートは電撃戦によって突入したエルクダート四十体、外から徹底した砲撃を行ったエルクダート十体によって内外から徹底的に討ち滅ぼされた。

 

 そして既にいくつかの都市はダイン帝国の軍隊に飲み込まれ、奪われている。ファーレン皇国としてはこれ以上傷を広げたくは無い。

 

 よって国境警備隊が行っていた戦闘は徹底した遅滞戦闘。奇しくもそれは先日行われていた移動要塞アレスにおける遅滞戦闘と酷似していた。

 

 少しずつ、少しずつ前線を後退させていきながら敵戦力の攻撃を凌ぐ神業のような指揮。仮想敵国たるダイン帝国に対する矛であり盾。侮るなかれ、今西部前線においてファーレン皇国軍を指揮するのはファーレン皇国有数の賢者、アビカ。地獄などいくつも乗り越えてきた歴戦の将である。

 

 対するダイン帝国。ダイン帝国は今回ファーレン皇国に計画を悟らせないように立ち回り電撃作戦を展開、新型兵器を稼働させないように特殊部隊による襲撃を行っていた。

 

 そんな中、エルクダート五十体を含めた軍を率いる将。それはダイン帝国現皇帝ハルカス四世の息子、ダイン帝国継承権第三位コリウスだった。

 

 ファーレン皇国の軍将アビカを国有数の賢者とするならば侵攻軍を率いる第三皇子コリウスはどう評価されるだろうか。賢者であるのか、いやそれとも愚者であるのか。その答えは至って簡単。

 

 凡庸。その一言に尽きる。軍を動かす手腕そのものは悪くは無い。セオリーに乗っ取った兵やエルクダートの運用。だが未だに戦力が優勢にもかかわらず攻め切れていない。その事実はファーレン皇国の将アビカが維持する戦線を食い破れない事からも明らかだ。

 

 コリウスはどうしようもなく焦っていた。本来ならばファーレン皇国の国境警備隊など鎧袖一触で打ち破り内部の、もっと深いところまで侵攻をしていたはずなのだ。その目算を狂わされ、ましてや未だに戦闘が終結しないなど内心穏やかでいられる筈も無かった。

 

 コリウスにとってこの侵攻はまたとない好機だったのだ。継承権第三位であるコリウスにとって皇帝の椅子というものは途轍もなく遠い。何故なら継承権第三位と名目上なってはいるが、内情は継承権第一位と第二位の一騎打ち。そこにコリウスが介入する余地は本来ではない筈だった。

 

 しかしそこに現れたのがダイン帝国によるファーレン皇国への侵攻。そんな時くすぶっていたコリウスはこれだ、と確信し自身の進退を決める大一番の勝負として打って出た。自身の影響力を活用し先遣隊の将として抜擢されたコリウスは本体が来る前に手柄を立てなければならなかった。

 

「この戦争で手柄を立てなければ、兄上達の争いに加わる事など出来る訳もない……。 兵たちよ、先祖の受けた屈辱を今ここで、撃ち払え!」

 

 第三皇子コリウスの檄を受け、歓声とも怒号とも判別がつかない雄叫びが兵士たちから上がる。兵士達の士気は十分すぎる。だが。

 

「臆するな! 我らには精霊の加護が宿っている! 加護を得られぬ賊徒など恐るるに足らん! 絶対にここを守り切るぞぉぉ!」

 

 お互い譲れぬものを掛けた命の削り合い。兵と兵が、エルクダートとエルクダートがぶつかり合う殺し合いはどう言い繕うとダイン帝国が優勢だ。

 

 なにせエルクダートの数が違う。ファーレン皇国にとってもダイン帝国にとってもエルクダートは失ってはならない重要兵器である事は変わらない。巨大人型兵器たるエルクダートの技量は個々によって様々であるが、そもそもとしてその存在自体が質量兵器と言って差し支えない。

 

 もしファーレン皇国がエルクダートを失えばダイン帝国のエルクダートによって残ったファーレン皇国軍の兵士は一人残らず蹴散らされてしまうだろう。

 

 ならばエルクダート同士の戦闘の結末は戦争の行く末を左右する。その為、ファーレン皇国軍所属のエルクダートは負けてはならず、行動不能にはなってはならず、損傷は許されることはない。

 

 負ければ戦闘は即時集結し、未だ避難をしている皇国民は死、もしくはそれ以上の屈辱を受けるだろう。そんなプレッシャーと戦いながらエルクダートの搭乗者はダイン帝国とたたかっている。

 

 ファーレン皇国軍のエルクダートは基本、大盾を装備し防御を充実させている。陣形は密集させ、だが相手に綻びがあれば喰いつけるような形を保っている。

 

 逆にダイン帝国側。ダイン帝国側としてもエルクダートは重要物資であることには変わらない。それに先刻、国境線沿いの要塞での戦闘でエルクダートは少ない数が損傷を負っている。これは数に任せた戦術を取った事も少なからず影響はしているが、ファーレン皇国のエルクダートが自らの命を顧みず獅子奮迅の働きを見せたことによるものだ。

 

 そしてその報告を聞いたコリウスの怒り。ダイン帝国皇帝たるハルカス四世から授けられたエルクダート。大した戦果を挙げずに一体でも失ってしまえば自身の功績にケチがつく。そう考えたコリウからの怒り、そして厳命があった。

 

「エルクダートを失ってはならぬ!」

 

 そう厳命された搭乗者達は普段よりも安定した動きを意識して行動した。それは戦闘にも現れ、防御を重視した陣形を行うファーレン皇国軍を無理に食い破る事はせず、損耗させそのまま押し込む戦術を取っていた。

 

 ただ数を活かした戦術、凡庸とはいえそれは言い換えれば堅実とも言える。何もなければトラル平野における戦争でファーレン皇国軍は損耗を強いられ、敗走する事になっただろう。

 

 そう、何もなければだが。

 

 突如として戦場に大地を踏み砕く轟音、そして鋼鉄がぶつかり合う鈍い音が鳴り響く。音ともに土煙が戦場を包み、帝国製のエルクダートが一体、宙を舞う。

 

 だがエルクダートが叩きつけられる衝撃で土煙は直ぐに晴れ獲った。

 

『何者だっ!?』

 

 帝国軍所属のエルクダート搭乗者から投げかけられる言葉。戦場の誰もが新たに現れたイレギュラーに注目する。そこに佇んでいたのは身の丈程の巨大な槌を振るう黒い装甲を纏う細身の騎士だった。

 

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