殺戮機構 作:チキン
時はレラジェが戦場に乱入する少し前まで遡る。移動要塞アレスでは刻々と変化する戦況をモニタリングしつつ、レラジェを戦場に投入する為の最終調整が行われていた。作業員は奔走しつつ、一切の不備が無いように何十にも確認作業を行っている。
「もうすぐ……戦闘が始まるのか……」
そんな風に肩を震わせながらレラジェを眺めながら呟くのは黒髪が目立つ男、イツキ・カミヤだ。どこか不安そうな赤い瞳はレラジェだけでなく、その周りで国の為に命懸けで働いてくれている作業員達の姿を視界に収める。
「だけど、俺がやらなくちゃ誰がやる? 俺は、俺達は皇国を守り切ると決めた筈なんだ!」
気を抜けば足から力が抜けそうになるイツキは無理やりにでも自分に活を入れるべく、もう一度声を出して自分の決意を確認する。
「はぁ……だからさ、イツキ君。君は全くどうして、それしか言わないんだろうね?」
硬い革靴を履いた時、特有の足音と共に投げかけられる言葉。イツキが振り返ってみればやはりそこにいたのは白衣に身を包んだ女性、カミル。
「……カミル先生」
何度も耳にしたその言葉。それはイツキが皇国を守ると言うたびに言われ続けた言葉だった。そんな言葉を戦場に行く前にも言われ、内心カチンと来てしてしまうイツキ。
「だって俺以外に誰がレラジェに乗れるんですかっ!? 俺は皇国に救われたんだ! なら、その恩を今返そうとしたっておかしくないでしょうっ!?」
そう、イツキ・カミヤは皇国に救われた。昔、両親が死んだカミヤは明日も知れない身の上だったが、皇国の人材育成プログラムによって救われた過去を持っている。だからこそ今回のレラジェに搭乗する為に適合手術を受け、若年でありながら危険な戦地に身を投じている。
そんな境遇の持ち主だからこそ、怒りは爆発した。常日頃から皇国への感謝を示しているイツキにとって、仲間と共に皇国を守るという使命を燃えているというのに、それに水を差すような発言をするカミルに。
しかしそんな怒りを受けてもカミルは表情一つ変わらない。イツキから吐き出される全ての言葉を、赤い瞳から一瞬たりとも目を離さずに全てを受け止めた。
「まぁ、君ぐらいの歳の子はそんなもんさ」
おもむろに白衣の内ポケットから煙草を取り出したカミルは口にくわえ、火を起こす魔道具を用いて火をつけた。カミルが吸えば煙草の先端は一瞬赤く灯り、灰へと変わっていく。
「ふぅ……言いたい事、吐き出したい事はそれで全部かい?」
「っ!?」
吐き出した煙が宙を舞う。微かに漂う柑橘系の不思議な、しかしどこか落ち着くような匂いをイツキは感じた。
「……艦内で吸うと司令官に怒られますよ?」
思わずと言った感じでイツキがカミルに注意する。
「どうせ、バレやしないさ。なにせ私が艦内のセンサを弄っているからね」
何ともないように話すカミル。しかしイツキは当たり前だが納得がいく訳も無く。
「ずるいですね、先生は」
「ああ、そうさ。私はずるいんだ。……でもね」
そこで言葉を区切ったカミルはもう一度煙草を吸い、煙をふぅーっと吐いた。吐いた煙はゆらゆらと立ち上り消えていく。
「私だけじゃない、大人は誰だってずるいだよ」
「大人は……誰だってずるい、ですか?」
「そうさ、皇国の上層部なんてその筆頭さ。なにせ君みたいな少年を戦争の道具にするんだからね」
「そ、それはっ! それは俺しかレラジェに乗れないからでっ!」
「そうだね」
イツキの言葉にどこか優し気に反応するカミル。
「だが、キミが乗る必要は無い筈なんだ、本来ならね。国家とはいえ子供の命を代償に成立する国家などいっそ滅んでしまえばいい」
「そんな事は無いはずですっ! 俺はこの国を守りたい! そうでなければならないんだ!」
断言するイツキ。だがカミルが意に介することは無く。
「まあ、君はそう言うだろうね? 難儀なものだ……。私は研究者だが君は子供だろうに」
「先生っ!」
あくまで子供扱いするカミルにイツキの心の中に怒りの炎を再燃しそうになる。だが。
「だからこそ君には教えを施そう。私が思うに戦場で大事な事は一つだと考えている。それが何だか分かるかい?」
「えっ?」
急に聞かれた一つの質問。戦場で大切な一つの事、それは何だろうか。装備、仲間、手柄、守りたい人。イツキの心の中で様々なものが浮かんで消えていく。そして到底一つに絞り切れないイツキの様子を見たカミルは告げた。
「それはね、”生きる”という事さ」
「生きる……ですか?」
「そうさ。どれだけ強くても、どれだけ賢くても、どれだけ夢希望に満ち溢れていようと……死ねば終わりさ。全ては無かったことに……いや、これ以上何も出来やしなくなる」
何かを思い出す様に煙を更にもう一度、口に含み吐き出したカミルは言葉を重ねる。
「だから、少年。生きる事だ、死なぬ事だ、全てを捨てようが生き残る事だ」
これは持論だがね、と言葉を続けるカミル。
「生きていれば良い事なんていくらでもあるのさ」
「生きていれば……」
「そう、生きていれば、さ」
カミルの言葉を反芻し、自分なりの解釈を加えるイツキ。しかしその表情は先程、レラジェを見ていた時とは違う。どこか暗みを帯びた表情ではなく、どこか暗雲が晴れたような、そんな表情を。
「そこで、という訳じゃないが本題に移ろうか」
「えっ!? この話が本題じゃないんですか!?」
戦闘に関する心構えの話というイツキにとっては大事な話をされた直後の急な話の方向転換。イツキは思わず面食らってしまう。しかしカミルはそんなイツキの姿を気にした様子も無く、言葉を続けた。
「当たり前だろう? なんで私がこんな辛気臭い話をする為だけに君に会いに来たとでも思っているのかい?」
煙草の火を消したカミルは仕切り直しとばかりにレラジェに視線を移した。釣られるようにイツキもレラジェに目を向ける。
「レラジェ、君が初めて乗った時と明らかに形状が違うだろう?」
「はい。多分これ、レラジェの装甲が少し増えたんですよね?」
イツキの視界に映るレラジェ。移動要塞アレスが襲撃された時には主戦力として用いられていたエルクダートと比べてかなりの細身だったレラジェだが、現在はかなりの装甲が追加されている。それでも現在普及しているエルクダートと比べ、細身ではあるという事実に変わりは無いが。
「これはね、君を守る装甲でもあると同時にこのレラジェという化け物を縛る拘束具という役割も担っているんだよ」
「拘束具……ですか?」
恐る恐る物騒な物言いをするカミルに問いかけるイツキ。そして拘束具と形容された追加装甲を見てみればなるほどと納得する。
レラジェには肘や膝といった関節などの各種駆動系、他にも様々な箇所に、果てにはカメラアイ等のセンサ系統システムにすら拘束具と思わしき装甲が追加されている。その理由をカミルは端的に説明する。
「こいつはどこまでいっても学習領域が汚染された異常個体でしかないからね。タナトスエンジンの稼働率を制限してはいるが、何が災いして制限が外れるか分からない。だから物理的にも装甲も兼ねた拘束具を装着させようというのが司令と話した結論なのさ」
するとカミルは半透明の薄いカードのようなものを取り出し、イツキの胸目掛けてそれを放り投げた。
「おっと。 いきなり何なんですか、先生。……これはカードキーですか?」
イツキに渡されたカードキーには半透明の側面の上に翼のような形をした鍵とも取れる不思議な形状の刻印が施されていた。
「だが少年、君が性能試験で見せた性能。あれは私の想定を超えた出力だった。タナトスエンジンの過剰な出力はレラジェという機体を蝕むという側面がある一方で、一騎当千の化け物に成り得るものでもあると言える。だからそれはレラジェを縛る鎖を解き放つ鍵なのさ」
渡すものは渡したし帰る事にするよ、と言い放ちながらカミルは去っていく。そんな姿を眺めながら、カードキーを握り締めるイツキ。
「制限を解除する最後の手段ってやつか。これもカミル先生が大事にしろっていう”生きる”為のものなのかな?」
イツキは今一度思考する。自分が何の為に戦おうとするのか、そして自分が本当に大事にしたかった事、これから大事にすべきものは何なのか。それはひとえに戦争という命の奪い合いをする上で無くしてはならない重要なものであると考えたためだ。
そして数刻後。イツキはレラジェの搭乗席に乗り込んだ。人一人余裕で収まるであろう大きさの丸い空間。その中心に取り付けられた座席に腰を掛けるイツキ。
座席を中心に全方位が搭乗者との接続が切れた時に視覚情報を用いる為に作られたモニターとなっているそれに映し出される司令官やオペレーター達の顔。
『”レラジェ”各種パラメータ正常。ニューラルネットワーク正常。タナトスエンジンは稼働率0.7から0.8を維持。全システムオールグリーン。拘束を維持。パイロット接続開始』
そして各種パラメータをイツキ自身も確認しながらレラジェとの接続を行う。座席に取り付けられた手すり型の操縦桿に手を合わせると指先が鋼鉄製の拘束具のような見た目をした器具で覆われる。
「レラジェ、起動します!」
『監視システム、正常に作動。タナトスエンジンの稼働率、想定値を維持しています』
「診断プログラムスタート。診断結果、異常は見当たりません」
『そうか。拘束解除、これより我々は友軍撤退の支援活動任務作戦を実行する』
司令官の言葉によりレラジェの拘束は解除され、カタパルトへの移動が開始される。同時にイツキは先のブリーフィングで伝えられていた現在のファーレン皇国の現状を思い出し、戦闘への覚悟を固める。
『イツキ君、これから行われる任務は君にとって大変なものとなるだろう』
司令官はそんなイツキに向けて言葉を掛ける。これから地獄へ身を投じる少年の身を案じて。
『だがどうか作戦を遂行してほしい。皇国の為、民達の為、そして己が信じるものの為に』
「……はいっ!」
司令官の言葉、それはカミルとはまた違うもの。だが自信を案じている事を感じ取ったイツキは出来る限りの笑みでそれに答えた。
『レラジェに権限を一部譲渡。カタパルト用意。出撃、いつでもどうぞ』
「イツキ・カミヤ。レラジェ、出ます!」
宣言と共にカタパルトが加速する。レラジェに掛かり始めた負荷、そして空気を切り裂く音を感じながらイツキは空中に射出される。
かくして戦場に槌を振るう黒い騎士が放たれる。黒騎士とも揶揄される存在が行った初めての戦闘。それは地を砕く轟音から始まったと言われている。