"ズブリ"と狼男の腕が少女を穿いた。
少女は即死こそ避けることは出来たが、脇腹には穴が空いており生きも絶え絶えだ。
"グルルルル"と狼男は唸り声をあげ、少女に近づいた。
対する少女は何かを口ずさんでいる。
「……ぇ…ぃ…」
「グルル?」
「お返しだ!」
「ギャン!」
少女が叫ぶと狼男が情けない鳴き声をあげた。
見ると狼男の脇腹にも穴が空き血が流れている。
──少女と同じ様な穴が。
少女はそれを見てヨロヨロと立ち上がる。
「痛てて、ヒールぅ!クソ狼が!手こずらせやがって!死ねっ!」
少女は自分にヒールをかけながら、器用にメイスで狼男に追撃を加えた。
殴る度に"キャンキャン"と犬の鳴き声がする。
やがて狼男の鳴き声は聞こえなくなり、"グチャリ"、"グチャリ"と
水音だけが聞こえるようになった。
確実に息の根を止めた事を確認し、ようやく少女は手を止める。
彼女の名はカウン・ター。
"痛み分け"と言うある意味最強のスキルをその身に宿した聖職者(クレリック)である。
◆
──王都冒険者ギルド。
各地から集まった荒くれ……精鋭冒険者達をまとめるギルド。
腕の良さもガラの悪さも王国一である。
そんな糞溜まりに似つかわしくない小綺麗な少女が手が塞がっている為か、
ギルドの扉を蹴飛ばして開けた……似つかわしくないというのは誤りである。
ギルドにお似合いの少女が扉を開けた。
「おい!クソアマ!狼男だ!受け取れ!」
少女は汚い言葉をその綺麗な口から吐き出しながら、狼男の首を受付に投げつける。
それを見た周囲の荒くれ共が"また始まったか"と言う顔をした。
「カウンちゃんおかえり〜。冒険者諦める気になった?」
「目見えてねえのか?依頼達成じゃアホ!」
受付の女性は、少女──カウンの姉の様な存在である。
孤児院出身の彼女達は幼い頃からの腐れ縁だ。
女性は妹に死んでほしくないため"一見無理な依頼を受けさせる"と言う
意味が分からない事をしていた。
恐らくは妹(カウン)が簡単に死なない事を理解しているのであろう。
痛みが伴い、ギリギリで達成できる依頼を見繕い、妹に諦めさせたいのだ。
その目論見はカウンの根性とセンスによって今のところは成功していない。
終わりそうにない姉妹喧嘩を見かねた、事情を知らない冒険者の一人が二人に声を掛けた。
王都に来ているくらいである、恐らく手練であろう。
その冒険者がカウンに一発で伸された。
声を掛けられたカウンが振り向きざまに鋭いパンチを一発、親切な冒険者の腹に入れられて。
八つ当たりも甚だしい。
親切心から声を掛けたのに流石に哀れである。
それから姉妹喧嘩は小一時間ほど続いた。
冒険者達はそれを肴に酒を飲む。
おっさんの喧嘩よりも(見た目は)花があって、内容はともかく酒は進む。
姉妹喧嘩の終わりはいつも通りだ。
カウンが涙目で敗走してお終い。
姉は妹よりも強し。どこの世界でも同じだ。
◆
──王都第7孤児院、カウンが塒(ねぐら)にしている場所だ。
平たく言うと実家である。
カウンは依頼で度々不在にしているので、帰ってくるとちびっ子達に喜ばれる。
意外や意外、彼女は料理が得意なのだ。
彼女が帰ってくるとお土産もあるし、料理が美味しくなるためちびっ子達は喜んでいるのである。
親がいないだけあって強かだ。
そんなちびっ子達がカウンに冒険の話をせびる。
「カウン姉ちゃん、今回は何倒したの?」
「狼男だ。すげえだろ?」
「えードラゴンじゃないの〜」
「それはまた今度やるよ」
「あなた達静かにお食べなさい。食べ終わってからならいくらでも話して良いわよ」
話に割って入ってきたのは孤児院を預かるシスターだ。
受付の姉とカウンも当然子供の時からお世話になっている。
料理の腕は……お察しだ。
カウンの料理が上手くなった一因でもある。
「へーい、母ちゃん」
「シスター了解!」
「分かったー」
返事の仕方は十人十色だ。
勉強以外は放任主義なシスターのお陰か、生まれはともかく育ちは同じはずなのに皆個性が違う。
食事後、しばらくしてからカウンはシスターの私室に呼ばれた。
孤児院に帰るといつもの事なのでもう慣れっこである。
私室に来たカウンを見てシスターが口を開いた。
「もう満足したでしょう。何時になったら神殿に行くのです?」
「だぁーもうっ!行かないって言っただろ!」
カウンの育った第7孤児院の後援はレトヌオク教と言う。
教義は"目には目を、刃には刃を"の何処ぞのチンピラみたいなものだ。
カウンのスキルは教義を体現した様なものであり、聖女として迎え入れる準備がある"らしい"。
カウンもシスターの頼みであれば行ってやりたいが、正直なところ神殿側の
依頼は怪しいと考えていた。
受付の姉も同様だ。
彼女の場合は妹離れが出来ていないとも言えるのだが……。
そう言う理由があるため、カウンはシスターの依頼をのらりくらりとかわしていた。
……結論が出ないまま二人が話しているとちびっ子達のカウンを呼ぶ声が聞こえてくる。
これ幸いとカウンは立ち上がり、シスターに断りを入れ部屋を出た。
「姉ちゃん大丈夫だった?」
ちびっ子の一人が声を掛ける。
「ああ、グッドタイミングだったぜ!いつもありがとよ!」
ちびっ子がカウンを呼んだのは"仕込み"だ。
"お願い"を聞いてくれたちびっ子を抱っこして、カウンはちびっ子達の待つ子供部屋に向かった。
◆
──翌朝、カウンはいつも通り日が昇る前に起床し、朝ごはんの準備をして、孤児院の玄関を出る。
天気は快晴、絶好の冒険日和だ。
うーんと伸びをしてカウンは玄関前の掃除を始める。
数十分経った頃だろうか、カウンの耳に面白い話が聞こえてきた。
「北の街道にモンスターが出たらしい」
「モンスター?どんなやつだ?」
「たしか……」
「おい!」
「「はい!」」
「詳しく聞かせな」
話に割って入るカウン少女。
見た目は可憐な少女だが、やってることはチンピラ並みだ。
可哀想な被害者は、北の街道について根掘り葉掘り聞かれ、最後にはニコニコ顔で帰っていった。
「めっちゃ良い匂いした」
「分かる。美少女の匂い」
冒険に繋がる情報を手に入れたカウンは掃除を切り上げて孤児院に戻り、朝ごはんを完成させ、
それをいそいそと完食し、冒険者ギルドに急いだ。
この時間なら強情な姉もいないだろうと考えながら。