勇者の兄、誕生
──お願いです、お目覚め下さい
誰が呼んでいるんだ……生まれてから三十年で死んでしまった馬鹿な私に何も残ってなんていない。貸せる力はとっくに使い果たした。そもそもこの会話自体妄想の産物なのかもしれない、長い時間をこの虚無の中で過ごしてきたのだからそうなってもおかしくないか。
──貴方の魂はこのまどろみの中にあっても私の思いを受け止めた、それが力なのです。
ハハッ、おしゃべり出来るだけで勇者には成れませんよ、どこの誰かさん。立派な志も硬い意志もないですからね
──今は素性を伏せますが信じてほしいのです。いずれ来る大魔王の脅威に抗うために貴方の力は必要なのです。奇跡の使者よ、どうかこのアレフガルドをより良い未来へ導いて欲しい
アレフガルド……ですか、ではこれはやはり俺の妄想ですね、貴方は精霊ルビス様ですかね、フィクションから出てきてなんの御用ですか? アハハ
──私はフィクションではなく本物です、貴方達が私達の世界を知っていることは理解しています。本物である証拠は力が足りないのでお見せできませんが。
……妄想のディテール細かいな
──妄想ではないと何度も言い聞かせたほうが宜しいですか?
ふぅ、成る程成る程、どうやら本当にルビス様のご様子。いや許して欲しい、死んでからと言うもの人の精神には長すぎる時間が過ぎてしまって自我と記憶が薄くなっていたところでして……今こうして話をしていると段々と蘇ってきました
──それは結構な事です、ですがこうしている間にも大魔王は活動を続けています、このままでは貴方の知る結末は訪れないとも受け取れますね。
成る程、それをなんとかする為に私が必要なのですか? 勇者ロトだけでは心配だと?
──はい、私の選んだ勇者だけではもはや止められない所まで来ています。だからどうか異世界の魂、大魔王すら想定し得ない存在である貴方の力が必要なのです
そうなのか……分かりました。一度は何もなせずに死んだこの私ですがアレフガルド、そしてルビス様の為にもう一度立ち上がります。これでも私はドラクエ好きでしてね、ルビス様の期待に答えられると思っています
──ありがとうございます、勇者に負けず劣らない勇気の持ち主よ。
そこで質問なのですが、私のあの世界での生まれはどうなるのでしょうか?
──貴方には勇者を支えて欲しいので『アリアハン』の『勇者オルテガ』の息子として生を受けてもらいます、勇者の姉か兄として立ち回って頂ければ勇者も心強いでしょう
分かりました、やるといったからには必ずやり遂げますから。
──では、お願いします。封印され力ない私ですがせめてもの手助けとして武器を用意しました、転生し意識が戻ったら探してください、近くに置いておきます
ありがとうございます
──良き人生を、そして、どうか世界をお願いします
◆
「──ス! レナス! しっかりしろ!」
……誰が呼んでいる? 痛い、全身が痛い!? それに吐き気!? 転生して早々に死ぬ程苦しいぃ!
「ゴホッ! ゲホッゲホッ! は、う、はぁはぁ……」
寝かされているベッドの縁を握り締め全身に力が入る、咳き込むだけでもかなり苦しい、胸が締め付けられるように痛い。だがそれも過ぎてしまえば忘れ去り、一通り呼吸を整えると急速に意識がクリアになり、痛みや内側からの不快感は消えてくれものの余程冷や汗をかいていたのか背中がグチョグチョで気分が悪い。
それと心配なのは分かるがそんなに覗き込むと怖いよオルテガさん。
「いきなり苦しみだして父さん心配したんだぞ、もうどこも痛くはないか?」
「うん、もう大丈夫だよ」
意識が戻ったので辺りを軽く見るために首を回そうとするがどうも動きが硬い、意識と体に齟齬があるような感じだ。
何とか首を起こして体を見ると前世より若く小さい事にやっと気付いた、年の頃は5歳程、流暢に喋りだしてもギリギリおかしくはないか。
「そうかそうか! 良かったなぁ! そーれ高い高い!」
そばにいた大男が私を抱き上げ抱き締める、目線が合うとその大男がニコリと笑っていた。優しい目だ、誰かを守るために戦える勇者の目、ただ無精髭やモサモサの髪は何とかならなかったのか。この風体は間違い無くオルテガだ、流石に
「レナス! レナスは……元気そうですね?」
「あぁ母さんが医者を呼びに行っている間に熱が引いたようだ、この子は強いぞ! 流石私達の娘よ!」
「お父さん、息子よ、息子」
「あっはっはっはっ! そうだったそうだった!」
「もう全く! 産まれたときも早とちりして女の子の名前付けちゃったの忘れたの?」
まぁ5歳なら間違われてもおかしくはないか、いやそもそも自分の息子の性別を間違えるのはおかしいな。
というかオルテガさん? せっかちが過ぎるのでは? せめて性別ぐらいは確認してから名前はつけましょうよ。
しかし私の名前はレナスか……女かと思ったら男だっだでゴザル。ニーベルンなんちゃら〜とかは出来ないけども。
今日はもうここまでだ、さっきまで苦しんだのにすぐ動けるわけ無いだろう、休ませてもらうとしよう。
そして翌朝、朝日と共に目覚めた。休息は十分取ったし体もそろそろ馴染んできたのでスムーズに歩けるだろうしルビス様からの贈り物を確認しよう、確か転生してから近くに置いておくと言っていたが──目に着くところには無い、それらしいもの一切なし。タンスの中やベッドの下、置かれた樽の中にもない。一階も二階も調べたけどない。そもそもルビス様は何を用意したのか分からないから探しようがない、私はアホだな。
「どうした? レナス」
「捜し物」
「ほほう、どんな奴だ? お父さんも一緒に探そうか?」
探しているのは武器です、と言ってしまえば終わりだな。ここは一人で頑張ろう。
「大丈夫、一人で出来る」
「そうか……」
ショボンとさせてしまったが仕方ない、探してるのは武器だからね、子供がそんなの探してちゃ世も末でしょ、いや実際魔王がいるしそうなのか。
オルテガさんには悪いが黙々と家中を一人で探し回り、夕暮れになってから何もない事を確信した。となれば可能性があるのは家の裏だ。
「やはりデカい……ゲームと同じスケールで考えるのは危険だな」
家を出るとアリアハンの町並みに圧倒される、そもそもアリアハンは国であり堅牢な壁で外界と仕切られている、流石に都市国家レベルでは有るがゲームのような手狭感はない、某有名テーマパークが小さく見えると言えばその大きさは分かるだろうか。
私の原作知識によればアリアハンはかつて世界を治めていた、今でこそ魔王バラモスの脅威に晒され他国との繋がりを分断されているが、未だ最も大きい国はと言われればアリアハンなのだろう。
そして我が家はご存知の方には今更だがアリアハンの角端にある、アリアハンで最も有名な戦士オルテガが住むにはこじんまりとしているが、ただ広い庭とオルテガさんの鍛錬の場が備え付けられているので分かりやすいと言えば分かりやすい。
「で、この庭が怪しいよね」
「レーナースー!」
「ひょぇぃッ!?」
後ろを振り向くとおさげの少女が私の背後でニコニコキラキラした満面の笑顔で私を見ている。驚きでみょうちきりんな悲鳴がこぼれ、少女はそれが面白いとばかりに笑い声を上げた。
「アハハハ! びっくりした? アーシャだよー!」
しまった! 迂闊に外に出たばっかりにレナスとしての友好関係は全く把握してなかったっ!
まずは息を整えて・・・よし、このアーシャと言う少女はレナスの友達だろう、なら下手に追い払うよりも親しくするほうが無難だ。しかし肉体的に同年代の女の子か……おじさんちょっと不安だよ、会話についていけるかな?
「もーびっくりしたよ、怒るよ?」
「え? おこるの?」
「まさか?冗談だよ冗談」
「じょーだん?」
可愛らしく小首を傾げる少女にまだ冗談と言う単語は早かった、これは会話の内容に気を使わないと思わぬところで地雷を踏みそうだな。
というか私のコミュ力がクソザコナメクジなのが露呈しただけじゃないか、反省。
「ええと、ふざけただけだよ」
「そうなの? それよりもお熱だして大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫だよ。ほらこの通りだ」
その場でジャンプを数回して私の元気アピをしておく、子供が相手ならこれくらい分かりやすいアクションが良いのかと気を使ってみた。
「本当だー!」
少女のテンションが呂布なのだが? 天下無双の元気の良さで少女と私は少しだけ遊んだ、子供はいい、純粋で元気で癒やされる。死後の世界で一人きりだった私にとってはとても眩しく見える。
「じゃあねーレナス!」
「またね」
取り敢えずアーシャちゃんはしのいだ、これからも遊び仲間として来るだろう。そしてついに私はルビス様からの授かり物を見つけることができた。アーシャとかくれんぼをして遊んでいるときにたまたま庭で見つけたのだ、見た瞬間にピンと来たから間違えてないとは思う。
「でもこれは予想外だな……はやぶさの剣じゃないか、しかも二振りある」
はやぶさの剣、あまりにも軽く一度の攻撃で二度斬りつける事が可能な強力な武器だ、細身の直剣で鍔に隼の意匠がある素晴らしくカッコいい……もとい見た目がレベル99のスーパーウェポン。その代わりに非常に攻撃力が低い、ヒノキの棒と大差ない。
でも伝説や特別な武器と言うわけではない、この世界の下、アレフガルドでは普通に店売りされている。上の世界にとっては特別な武器かもしれないが。
「おっ、持てる。めちゃくちゃ軽いなぁ」
ゲームまたは設定集等で材質が軽く強い金属とは聞いていたが5歳の腕力で持てるほど軽いとは思って居なかった、金属製なのにここまで軽いのは流石ファンタジーと言うしかない。
しかしなぁ子供が剣を持っていては不審がられる事は確実、最悪取り上げられてしまう、それは避けたい。なのでこのはやぶさの剣はしばらく封印だ、有効活用できるその時まで家の納屋でお休みグッナイ。
そして三年の時間が流れる。
レナスは大きく育ちました、これもひとえに家族のお陰であります。
私は八歳になり体もスクスク成長中、ただそれ程オルテガさんの遺伝子を受け継がなかったのか母上に似て細く華奢な体になっている、見た目に無頓着な私は三年間髪も切らずに伸ばして居たら腰まで伸び、今は長い髪に愛着が湧いているのでこのまま維持している、男のポニーテールに需要は無さそうだが母上は褒めてくれている、なら大丈夫だろう。
そしてめでたいことにこの三年間で弟が生まれた、名前はアルク、可愛い弟だ。今は二歳のむちむちベビーだ。ぷにぷにで可愛いんじゃ(爺並感)
そしてアルクの誕生を見届けたらオルテガさんは旅立っていった、分かっていたが家が寂しくなるなぁ……じいちゃんも母上もオルテガさんを止めていたがあの人はそれでも世界のために旅立った。
私は知識としてオルテガさんの強さは信頼しているのでそこまで悲しくはない、それに自分の親父を信じれなくて何が息子か、メタな目線では死ぬと言っても神竜に頼ることで復活するからそこまで重く捉えていないと言うこともあるか。
更に更に、アルクは勇者なのだとアリアハンの王は宣言した。アリアハン王に神託がなされアルクを勇者として育てなさいと言われたそうだ、この神託ってのは精霊ルビス様じゃない神々なのだろう。まぁこれでアルクは死んでも教会で復活する体質になったということだ。
つつが無く原作へ突き進む時の流れに身をまかせ、アルクと共に旅に出ようと考えている。早くから行動すれば救える国や人が居ることは理解しているが私個人の力などたかが知れている、ましてや子供に力などない。
だからせめてアルクと進む旅路は最善を尽くし救える者全てを救いたい。合理的な悪意、狡猾な善意、なんと言えばいいか……エゴだと分かっているがやれることはやりたいものだ。
と言ってもこの三年何もしてない訳では無い、教会の神父さんと仲良くなり宿屋のおっちゃんと仲良くなり武具屋の荒くれ兄ちゃんと仲良くなり冒険者なら隙のないツテを手に入れた。
そしてそのツテを使って今日からトレーニングを始めようと思う、アルクが十六歳になってオルテガさんの跡を継ぎ旅に出るその時まで鍛えよう。母上には話を既に通している、許可してくれた。
「今日から頑張ろー!」
「おー!」
アーシャもトレーニング(これも遊びだと彼女は思っているが)すると言い出したので一緒に訓練だ、ただ子供二人では危ないので神父さんに見てもらう。忙しい所に無理言ってしまった感、これも未来への投資だと思ってもらうしかない。
取り敢えず素振りからやってみようかな