──呪術界を牽引する存在、1級術師となって、5ヶ月ほどが経つ。
年も跨いで17歳、高専の2年生ともなった俺は、順風満帆、数多くの友達に囲まれての華やかな青春を送っていた。
「おナか……スイた……」
「オどうザんんン……」
「ちょウダい……」
……数多くの友達に囲まれての華やかな青春を送っていたッ!! (白目)
「……なんで……なんでこないなことになっとるんや……おーいおいおい……」
手で目を覆って、およよと泣いて呟く。
夜の廃村、その外れの開けた丘。
傷心の俺の周りで蠢くのは、多種多様の呪霊たちだ。
紺青、茶、ネイビー、カーキ、セピアと色とりどりで、蛇にニワトリ、コオロギ、ナマコなど、姿形も選り取り見どり。
じわじわと彼らは、その輪の中央にいる、学帽に長ランといういつもの服装の俺に、意味を持たない言葉を吐きながら、近付いてくる。
地面に刺した刀にもたれかかるように。
やる気なく体重を預けた俺は、はぁ……と溜め息を溢しつつ、この5ヶ月を思い出す。
1級術師となってからの日々は、多忙の一言に尽きた。
まずゆとり教育の波もあって、一般科目は早々にすべて履修判定にされるだろ?数列とか漸化式なんかも、当然習うわけなっしんぐ。あと、日下部さんとの稽古も無くなる。そいで、空いた時間に任務が入れられるようになるのよ。だいたい週5の割合ね。
しかも1級術師って、母数が少ない呪術師の中のトップ層なわけだから、超絶数がいない。つまり、あっちこっちに引っ張りだこ。埼玉に出向いた2日後には青森行って、1週間後には新潟行って……と、各地を巡る巡る。
俺の全然帰れていない部屋には、ハロー○ティちゃんのご当地キーホルダーが店を開けるほど集まってしまったよ。もしかしたら、俺の部屋がサ○リオピューロランドなのかもしれない……。
まぁ、俺の部屋がテーマパークになってる (なってない) ことについては一先ず置いておいてだ。
何が1番辛いって、知り合いがいないし、知り合いをつくっても噛み合わなくて会えないし、そもそも知り合いになろうともしてくれない人もいるってことよ。
例えば歌姫先輩とか夜蛾先生とかとは、忙しくて全く会えてない。で、任務先で知り合いをつくっても、俺は各地を巡るし、向こうは向こうで基本そこそこ忙しいので会えない。最後に、仲良くしようとしても、俺がパンピー上がりなのが気に喰わないらしく、敵意剥き出しの人もいるっていうね。もうクソだよ。大グソ。ビッグソ。やってらんねぇ……人が、人が恋しい……青春を、させてくれっ……!!
しくしく、しくしく。
泣きべそをかいていると、ブブン……と、翅音が聞こえる。
地に突き刺した刀に寄りかかったまま、首だけ動かして見れば、右の後方。
俺を取り囲む一団の中から、コオロギのような呪霊が先んじて飛び出してきていて。
「──喧しいッ!!今俺泣いてたでしょうがッ!!」
叫びながら、振るわれる刺の前脚をくぐり抜け、その頭部に裏拳を叩き込む。長い触角が巻き込まれる形で、呪霊の頭部はへこんでいき──血と甲殻を撒き散らして、呪霊はバラバラに砕かれた。
「……まったく、人の三文芝居を邪魔するんじゃありません!覚えておきなさい?三文芝居と、プ○キュアの変身シーンは、邪魔しちゃいけないんです!」
不満を漏らしつつ、地面から刀を引き抜く。
月光を浴びて、妖しく蒼白に染まる刀。
それを俺は、湧き立つ呪霊たちに向け──襲いかかってくる彼らへと、閃かす。
夜闇に蒼白と、青黒の線々が刻まれる。
呪霊の血が、腕が、脚が、次々と俺の横を駆けていく中──PiPiPiPiPi……と、電子音が鳴り響く。
今以て、群がってくる呪霊たちの身体を斬り刻みつつ、はためく長ランの内ポケットから俺は、ケータイを取り出し耳に当て。
「──もしもし、聡人?今、大丈夫?」
「歌姫先輩!全然大丈夫ですよ!」
屍山血河の丘の上、ウキウキ気分で通話を始める。
「……え、本当に大丈夫なの?なんか、金属音とか聞こえるけど……アンタもしかして、呪霊と戦いながら電話してたりしないでしょうね?」
「いやいや歌姫先輩、そんなことするわけテメェッ、クソ呪霊がッ!!今電話中なんだから邪魔すんなッ!!おらッ、スーパー最強斬りッ!!……そんなことするわけないじゃないスか!」
「途中の声、全部聞こえてんぞ」
あら……。
「……はぁ……またかけ直すから、今は呪霊に集中しなさい」
「えぇー?いいじゃん話しましょうよぉー!」
「聡人」
「はい」
──低い声で、諭され。
その声音に、背筋の冷たくなる感覚を受けた俺は、大人しく通話を一旦終わらせて、呪霊たちの相手に本腰を入れる。
「やってくれたなぁ、おい……オマエらの所為で、歌姫先輩に怒られちゃっただろ。許さん (完璧なる八つ当たり) 」
宣言すれば、雄叫びを上げて呼応する呪霊たち。
波のごとく、呪霊たちはこちらへ押し寄せ──およそ5分程度で、それらすべてを斬り伏せた俺は、刀を仕舞い、補助監督さんに任務完了の連絡を入れ。
廃村の丘からの帰り道、歌姫先輩がかけ直してくれるのを待つのもあれだったので、こちらから折り返し電話をかけることにした。
数コールほどで繋がる電話、改めて通話を始める。
「──もしもーし、歌姫先輩?終わりましたー」
「は、早いわね……」
「ええまぁ、歌姫先輩と話したかったんで、頑張っちゃいました」
「……そ、そう……私と話したかったから……そう……ふーん……?」
電話口で、何やらぽしょぽしょと繰り返される言葉。どうしたんだろうかと思うも、それよりも気になることがあったので、そちらを尋ねることにする。
「それで、歌姫先輩。突然のお電話頂いたわけスけど、何かご用でして?や、用がなくても全然お電話はウェルカムですが……」
「ああそうだったわ、ちょっと聞いてちょうだい聡人!」
すると、水を得た魚というべきか、声のトーンを上げて彼女は喋り出す。
「今日1年生たちに会ったんだけどね!?アイツらほんと最悪なのよ!硝子……女の子はいい娘なんだけど、男2人が酷いの!クズよクズ!」
「お、おお……キレっキレやな……」
「敬語は使わないし、人を舐め腐ったような態度をとるし、弱いとか雑魚とか馬鹿にしてくるし、そもそも先輩を敬わないし、ああもう今思い出しただけでも腹が立つっ!!」
「こわっ……ヒスかな……?」
「何か言った!!??」
「言ってないです」
ケータイの向こうで、息を荒げて詰めてくる歌姫先輩。
それに怯えながら、通話を続ける。
「……ま、まぁまぁ、いつだかも言いましたけど、後輩は生意気なくらいが可愛いじゃないですか。ここは先輩としての度量をね?」
「そういうレベルじゃないのよっ、アイツらはっ!!あれはもうっ……ただの無礼者よっ!!」
「無礼者て……歌姫先輩は、やんごとなきお方だった……???」
「聡人はあんな風になっちゃダメよ!!??今の段階でもう、ちょっと危ないんだからっ!!」
「俺、今の段階でもう、ちょっと危なかったのか……というか、あんな風にって言われても会ったことねぇから分かんないんだよなぁ……」
その後も。
歌姫先輩はさんざっぱらお小言や愚痴を溢し、偶に雑談も交わし。
その夜は、更けていって。
▼▼▼
「──で?ソイツ、誰なの?歌姫の彼氏?」
「は、はぁっ!?ち、違うわよっ、私と聡人は別にそんなんじゃ……!って、ていうか五条っ、敬語を使えっ!」
「歌姫慌てすぎでしょ、ウケる」
「ウケんなっ!!」
梅雨入りも間近に迫った頃。
久方ぶりに高専へと戻ってきた俺は、歌姫先輩に連れられるままに、1年生の教室を訪れていた、のだが……。
「こら、悟。あんまりからかっちゃいけないよ。歌姫先輩はツンデレなんだから」
「違ぇよっ、黙ってろ夏油!!」
教壇の上、隣に立った歌姫先輩が喚き散らしている対面に居るのは、3人の男女だった。
まず最初に歌姫先輩を煽ったのは、こちら側から見て1番左の席に座る綺麗な白髪の青年だ。黒のサングラスをかけており、また座っていてもその身長の高さが分かる。
次に彼を嗜める形で歌姫先輩を煽ったのは、隣に座る青年。長い黒の髪を後ろでまとめていて、福耳にえびす顔と、優しげな風貌だ。
最後に1番右、のほほんと事の推移を見守っているのは、肩ほどまでの茶髪の少女だ。目元には泣きぼくろがあり、可愛らしい。
さてもそんな、個性豊かな1年生たちに対して。
俺は、共通して1つの感想を抱いた。
即ち──……え、この子ら怖ぁ……である。
だってだって、もうなんか全員ちょっとおかしいのだ。
白髪の子がかけてるサングラス、あれ有り得んほど黒くて絶対前見えてないだろうし、そもそも室内でサングラスって意味分からんもん。あと態度、ごっつ厳ついやん。
ロン毛の子もロン毛の子で厳つい。優しそうな顔しといて普通に耳にピアス着けてるし、前髪も変だし、前髪も変だし、前髪も変なのだ。怖い。
最後の娘は、一見問題なし、ただの可愛い女の子かと思ったら、慣れた手つきでタバコの箱弄くってたし。なんで?なんでタバコの箱持ってんの?吸ってんの?もしかして吸っちゃってんの?
──とまぁ、そういった感じで。
彼らのあまりの個性の豊かさに慄いていれば、疲弊し切った歌姫先輩からご紹介に預かる。
その流れに乗って、俺も自らで自己紹介をすることにした。ところで自らで自己紹介ってなんか日本語変じゃね?
「──はいどーも、墓之瀬聡人です!みんなの1つ上の学年で、趣味はご飯食べることと無駄遣いすること、特技は三文芝居!みんなと仲良くしていけたらいいなと思ってます!ここまでで何か質問ある人、いるー?」
「はーい!」
「はい、そこのグラサン野郎!」
「今グラサン野郎って言ったか???……聡人は歌姫と付き合ってんのー?」
「はっはっはー、ナイスジョーク!!」
「ちょっと聡人、アンタそれどういう意味よ!?」
手を挙げてくれたグラサン野郎くんの質問に答えると、何故だか勢いよく食ってかかってくる歌姫先輩。それをテキトーにあしらいつつ、他に誰かいるかしらん?と問いかけ──ゆったりと挙がる白い手。タバコの箱を弄くっていた茶髪の少女だ。
「はい、そこのタバ子さん!」
「アンパ○マンの替えの顔持って来る人みたいに呼ぶのやめてもらえます???……趣味、無駄遣いって言ってましたけど、聡人先輩ってお金持ちなんですかー?」
「うーむ……小金持ちってとこかな?これまで趣味という趣味も無かったから、お金だけが貯まっていっちゃってるんだよな……だからその金使ってご当地ハロー○ティちゃんのキーホルダーと、最近は三角ペナントも集め出したわ」
「前半のはともかく後半のはガチで無駄遣いじゃん……そんだけ金あるんだったら、今度何か買ってくださいよ」
「いーよいーよ、何が欲しい!?」
「シャネルのバッグ」
「コイツ、遠慮知らずだな……無敵か???」
タバ子さんの傍若無人っぷりに驚きつつ、簡単な口約束を交わす。今度の任務の帰りにでも買ってきてあげようと決意しながらも、俺は最後の福耳ロン毛くんを見る。
「そこの変な前髪の君は、何か聞きたいことあるー?」
「「ぷふっ」」
「……その呼び方はやめてください、聡人先輩。夏油傑です。ちなみに隣で笑ってるグラサン野郎は五条悟、反対で笑ってるタバ子さんは家入硝子です」
「うい、りょーかい。傑に悟に硝子ちゃんね。で、傑は聞きたいことある?」
「そうですね……何でもいいんですか?」
「うん、いーよー」
「何でも答えてくれるんですか?」
「うーん……うん!」
あっけらかんと返せば、彼は、「では」と前置きして。
にこにこ、穏やかな表情のまま、細められた眼光だけは鋭く、尋ねてきた。
「聡人先輩の扱う術式は、何なんでしょうか?」
「…………え?」
「聡人先輩の扱う術式は何なんでしょうか?」
「……えーっとぉ……」
繰り返される傑の質問。答えに詰まっている俺に、期待や好奇、猜疑の視線が浴びせられる。
「それ、俺も気になってたんだよね。モヤがかかっているみたいで、俺の目にもよく見えなかったから」
「……え?いやいや、ちょっと待ちなさいよアンタたち。聡人は術式は持っていないはずで……え、聡人、そうよね?」
「……いやぁー……あのぉー……」
しどろもどろに、目を泳がせまくりながら愛想笑いをする。
え、こ、これ、どうすればいいんだ……?術式持ってるの、バレてんのか?なんで?俺と夜蛾先生しか、それは知らないはずなのに……え、ふっつーにマズいんだが???
困りに困った俺は、教卓と机越しに、あるいは隣から直に詰め寄ってくる彼らに、はぁ……と諦念の溜め息を漏らし。
おもむろに学ランの内ポケットから、ケータイを取り出して。
「──もしもしえっ何ですって緊急の任務が入ったって了解です今すぐいきますっ!……じゃ、そういうことだから、みんな、アディオス!」
さも連絡が来た風に早口で捲し立て、ダッと教壇を離れドアへ向かう。
「──いやちょっと待てっ、そんな雑な誤魔化し方あるかぁ!!」
「逃げんなテメェっ!!」
「やっぱり術式持ちだったのか……」
「あはは」
思い思いに放たれる言葉を背に、ガララララっと勢いよくドアを開け。
俺は、逃走を始めた。