一目散に高専の長い廊下を走り、外を目指す。夜蛾先生に見つかったら、廊下は走るなと頭に拳を貰っちゃいそうだが、今は緊急時なので大目に見てほしい。
「待ちなさい聡人!説明しなさいっ!!」
「無理です緊急任務ですっ!!」
「嘘吐くんじゃねぇ!」
叫びつつ首を僅かに後ろに向ければ、追いかけてくる4つの人影。
先頭にいるのは、ぷんぷんと怒る歌姫先輩だ。綺麗な黒の髪を振り乱しながら走ってる姿はちょっと怖い。
その隣を、ポケットに手を突っ込みながら軽やかに駆けてくるのは悟だ。口元には弧を描いており、楽しんでる様子が伝わってくる。
更に後ろから続くのは、穏やかに微笑む傑に、アクビを噛み殺している硝子ちゃんだ。エイのような式神……いや、呪霊だろうか?異形の化物に腰かけながら、優雅に追いかけてきている。ズルい。何なんそれ?どっちかの術式のヤツだよな?
うーむ……そこら辺の話、任務三昧で高専に来れてなかったから、俺知らないんだよな……夜蛾先生とも多忙で会えてないから、全然情報を得られてないし……唯一電話で情報をくれる歌姫先輩からは、悟と傑の態度性格への愚痴か、硝子ちゃんの良い子具合しか教えてもらえなかったし。
……しかし本当にどうしたものか……このまま逃げてても、どうせいつかは必ず捕まっちまうし……いっそ正直に術式のことを話すか?や、けど、万が一があったら夜蛾先生に迷惑かけることになっちゃうしなぁ……。
と、思索に耽っていたときだった。
「鬼ごっこの最中に考え事なんて、随分余裕じゃん──術式順転『蒼』」
「おわっ」
──声と共に。
ズズズ……!!と、後ろに強く身体を引っ張られる感覚。これは……術式か?
振り返り、咄嗟に『呪限無』を発動、おそらくこの現象を引き起こしたと見られる悟を阻害する。
「ッ!?んだ今の、操作が乱された……?」
眉をひそめて、微かに驚愕の色を見せる悟。想定通りに、引っ張る力も止む。
その隙に俺は、再び逃走を図ろうとし──ポコっ、ポコポコっと、辺りに湧いた通路いっぱいの大きさの呪霊たちに取り囲まれる。
「わーお……これって、硝子ちゃん……いや、傑の術式?」
「ええ。呪霊操術……降伏した呪霊を取り込み、自在に操ることができるんです」
「めっちゃ便利じゃん……」
教えられた傑の術式の有能さに感心しつつ、さてどうしようかと少し悩み込む。
この呪霊たちって、式神とかと違って、多分倒しらそこでおしまいなヤツだよな?祓除ってことになっちゃう感じの。だとしたら、呪霊たちと戦うのはやめといた方が良さげか……?もしこの呪霊たちが、傑が頑張って集めた精鋭さんとかだったら、祓っちゃうのは問題っぽいし……。
……というか、ほんとにもうコレ、どうやって収拾したものだろうか?ハロー○ティのご当地キーホルダーあげたら、俺の術式のこと忘れてくんないかな?
「ふ、ふふふ……よくやったわ夏油。それじゃあ聡人、観念なさい……?」
「えぇ……?ハロー○ティのご当地キーホルダーあげるんで、許してくれません?」
「いらねぇよ」
いらない、だと……?今歌姫先輩、サ○リオに喧嘩売ったか……? (敏感肌兼過激派)
呪霊たちの向こうでのたまう歌姫先輩の正気を疑っていると、その隣に並び立つ悟が口を開く。
「何、鬼ごっこは終わりなわけ?」
「うん、まぁ……よく考えたら鬼ごっこは、逃げる側って勝ちとかないし、単調だからな。別のゲームに変えてほしいところではあるよ。シンプルに呪い合いとか」
「……んん?それってさ……呪い合いなら俺に勝てるって言ってる?」
「そーだけど?」
「へぇ……?」
口端を曲げて答えてやると、悟もまた口端を曲げ。
彼は真っ黒なサングラスを取り──露わになる、宝石がごとく綺麗な蒼の瞳、それが爛々と輝く。
「良いね、上等じゃん。叩き潰してやるよ。俺が勝ったら術式、教えろよ?」
「お、生意気ぃー……でも後輩感がスゴくするから嫌いじゃない。良いよ、俺が負けたら術式、教えてあげる。逆に俺が勝ったら、皆に今日のことは忘れてもらうよ?」
「良いぜ?……傑、呪霊引っ込めろ」
悟が視線を傑に向けて言う。傑は少し逡巡してから、嘆息して呪霊を消す。
「ちょっと五条!アンタ何勝手に約束をしてんのよ!」
「別に勝つのは俺なんだから良いじゃん。俺、歌姫と違って強いんだし」
「ぬぐぐぐぐっ……!!ちょっと聡人!!コイツのこと、ぶっ飛ばしなさい!!ムカつく!!」
「そしたら俺の勝ちになっちゃうけど、良いんスか?」
「うっ、そうだったわ……じゃあもうどっちもぶっ飛ばされろ!!」
「歌姫先輩、すんごいこと言うな……憧れちゃう……」
吠える歌姫先輩に、ある種の感動すら覚えつつ、学帽を一旦外し。
被り直して、気合いを入れる。
呪力を身体に満たしていきながら、指や首の骨を鳴らし、闘いに備える。
「──準備できた?聡人」
「ばっちぐー。いつでも良いよ」
「そ。じゃあ先手は譲ってやるから……来いよ」
「……生意気ぃー……」
脚を前に開き、脇を締め、顎の近くで拳を構える。ボクシングのファイティングポーズのような体勢。
対する悟は、何か策でもあるのか、両手を広げて身をさらけ出している。
段々と、張り詰めた空気が長い廊下を埋め尽くしていく。
離れた位置で、歌姫先輩たちが固唾を飲んで見守る中──俺は動く。
はためく長ラン、手始めに放つのは、頬を狙った右の殴打。
俺の拳は、余裕綽々の笑みを浮かべている悟の頬へと迫っていき──直前で『呪限無』を発動、呪術系の防御を取っ払ってから振り抜く。
「は──?」
呆然と。
間抜けな声を漏らした悟は、そのまま思い切りにぶっ飛び、廊下の上を滑るようにして転がり──途中で跳ね起き、ようやく彼も戦闘体勢をとる。
「……テメェ、何を……まさか今のが、オマエの術式か?」
「……さぁ?何の話?」
「ハッ、おもしれー……意地でも口割らせてやるから、覚悟しろよ。──術式順転『蒼』」
軽く上げられた手、次の瞬間、廊下の両壁が押し寄せてくる。
床を踏み砕く勢いで蹴り、俺は後退、壁が押し寄せる一帯を離脱する。
目の前に広がることとなったのは、途中から床や壁、天井が歪み、外が見えるようになってしまった廊下の光景。
中々見ることのできない光景に暫し見惚れていると、高速でその廊下を越えて、悟が迫ってくる。
放たれる右の拳、頭を傾けることでそれを避け、『呪限無』を発動しながら胸部へと右の廻脚を放つ。
だが悟は、流れるように左の手で蹴りをいなし、右腕を戻す動作で肘鉄を叩き込もうとしてくる。
「危ねっ」
咄嗟に身体を横に回転させることで俺は、その肘鉄から逃れ──間髪入れず見舞われる蹴り、なんとか交差した腕で受けるも、吹き飛ばされて床を転がる。コレ、さっきと入れ替わりだな……。
「……威力つっよ……ほんとに1年生か?」
「ハッ……年齢で物事を測ろうとすんのは良くねーってことだな。──『蒼』」
「なるほどおっしゃる通りだな……!」
再び押し寄せる両壁、避けるのも面倒なので、左右の裏拳を同時に叩き込みそれらを破壊する。
辺りを木片や塗料がパラパラと舞い、煙が立ち込める。
……いや、1年生が相手だからってちょっと舐めてたな。しくったしくった。額面で人を判断するなんて、しちゃぁいけないことでしょうに……反省だな。
ともあれ、どうしたものか。
「──少し、楽しくなってきちゃったな……!」
「同感だよ……!」
賛同と共に。
揺らめく白いモヤの向こう、蒼の眼光がこちらを射竦める。
お互いに、口元に半月を描き。
今まさに駆け出さんと、呪力を昂らせて──。
「──おい、オマエら……いったい、何をしている……?」
──冷や水を掛けられたかのように。
呪力が萎んでいく。
背後より響く、重く低い声。
ギギっ、ギギギっと、錆び付いた人形じみた動きで、俺はゆっくりと振り向き。
「…………や、夜蛾先生……ひ、久しぶりですね……」
「…………ああ、そうだな、聡人。……全員、来い」
そこに立っていた夜蛾先生に、白目を剥きかけながら、竦然と挨拶をする。
俺の後ろから。
やべって顔をしながら悟が、どうしようと焦った表情の歌姫先輩が、あーあと呆れ顔の傑と硝子ちゃんも現れ。
「……まず、正座しろ」
剣呑な目付きで吐き出された言葉に、無言で応じ、皆でその場に正座する。
ヒリヒリと、先とは違う緊張感が漂う中、夜蛾先生が口を開く。
「この中に、校舎の廊下を、ここまでめちゃくちゃにしたヤツがいるな。……名乗り出ろ」
その言葉に。
俺は一瞬、隣に座す悟と目を合わせ──2人揃って手を挙げ、返答した。
「「先生!!犯人探しはやめませんか!?」」
「聡人に悟だな」
指導の拳を頭に食らった。
とても痛かった、とだけ言っておこう。
とにもかくにも──今日、新たに。
俺に、3人の後輩ができたのだった。
毎日投稿明日はキツいかもしれない……。
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