「──海だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぅうおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
「うわうっさ……」
万感の思いを込めて、叫ぶ。
白い砂浜、紺青の海、抜けるような青空。
梅雨も明け、蝉がやる気を出すようになってしまった夏真っ盛り。
俺は、静岡にある海水浴場にやって来ていた。
「何、聡人、オマエもしかして海来んの初めてなの?」
「実はそうなんだよなぁ……任務の移動のときとかでも、なんでかいつも海のある方面を通ってはくれなかったから……ほんとなんでだろう……多分前々から、海を見かけたら何があろうとも絶対飛び込みに行きたいと思ってる、車や電車に乗ってても下車して飛び込むって補助監督さんたちに宣言してたこととは、関係ないと思うんだけど……」
「どう考えてもそれが原因でしょうね。というか、その冗談みたいな宣言が本気だと思われてるっていうのも中々にスゴいことですよ」
ビーチチェアとパラソルが並ぶその間。
横に立つ、俺と同じく海パンにシャツ姿の悟と傑と言葉を交わす。
悟は上下ともに黒ずくめ、傑は藍色のシャツに黒の海パンを履いていた。ちなみに俺は、えんじ色のペイズリー柄のシャツに、グレーの海パンだ。なお、ペイズリー柄がダサいって言ったヤツは海に沈めるので、そこんとこヨロシクぅっ!!
「しっかし日差しが強い……早く海入ろうや。暑い……焦げちゃうよ」
「そーだな。傑、ビーチボールは持ったか?」
「待ってくれ、今膨らませる」
「──いやちょっと待ちなさいよアンタたちっ!!」
いざ海へ飛び込まんとしていると、こちらを押し止める吠え声が入る。
揃って後ろを見れば、そこには海水浴場に不釣り合いな、巫女装束の歌姫先輩が居て。
「歌姫先輩……え、なんで水着じゃないんですか?聡人くん、悲しい……流れる涙でもう1個海作れちゃいそう」
「作れてたまるかっ!むしろなんでアンタたちこそ水着着てんのよっ、任務でしょ!?1級の!珍しく着替えるとか言うから、今日はやる気かと思ったら……遊びに来てるんじゃないのよ!?」
「そうガミガミすんなよ歌姫。大丈夫、俺たち歌姫と違って強いから、呪霊の相手なんて遊びの片手間で充分なの」
「コラ、悟。もっと優しく言ってあげないと……事実は時に、人を酷く傷付けるんだよ?」
「五条に夏油っ、アンタらは2人まとめて溺れ死ねっ!!」
額に青筋を浮かべて歌姫先輩はぶちギレる。
いかにも彼女の言う通り、今回俺たちが海水浴場にやって来たのは、任務のためである。
なんでも昨年頻発した海難事故と、近くにある自殺の名所、同じく近くにある墓地のトリプルインパクトで、この海水浴場に呪霊が発生してしまったらしく、それが高専に回ってきて。丁度良い機会なので、5人仲良く皆でやって来たのだった。そのため、海水浴場には他のお客さんは居なかったり。
まぁ、そんなわけなので、歌姫先輩のお怒りはごもっとなのだが……そのお説教も、彼女が水着を着ていない悲しみが邪魔して、つい聞き流してしまう。
どうして……どうして歌姫先輩、水着、着ていないんだ……女の子の水着、見させてくださいよ……目を潤わせて……このままじゃ、涙で潤っちゃう……。
「ちょっと聡人っ、聞いてんの!?アンタももう先輩になったんだから、もっと落ち着きを持ってねぇ……!」
「見て傑、落ち着きない先輩がなんか言ってる」
「ふふっ、ブーメランって言葉を教えてあげたいね」
「黙ってろ生意気1年共っっ!!」
ムキャーっと悟たちに威嚇する歌姫先輩。2人はケラケラ笑いながら、大人しくビーチボールを膨らまし始める。
その舐め腐った様子に、彼女はギリギリと歯ぎしりをして──叩かれる肩。慌てて振り返る彼女の後ろには、制服姿の硝子ちゃんが、缶ジュースを2本持って立っており。
「硝子!!」
「大丈夫ですかー、歌姫先輩。ちょっと自販機探してたら遠くて……クズ共になんかされてませんか?」
「馬鹿にされたわ!!もう最悪……!!アンタだけが私の癒やしよ……!!」
「おー、よしよし……」
歌姫先輩は硝子ちゃんに抱き付いてメソメソし始め、彼女は缶ジュースを持った手で器用にその頭を撫でる。どっちが先輩か分かんねぇなコレ……まぁ和むからいいけど。
「──ってか、アレ?歌姫先輩、俺は?俺は癒やしじゃないんスか?」
「アンタのどこに癒やしを感じさせる要素があんのよ……」
「あはは、たしかに、聡人先輩には癒やし要素、微塵もないですね。なんならいやらしい」
「は?いやらしくないが?」
「本当ですか?じゃあ私が今水着じゃなくて制服着てんのを見てどう思ってます?」
「制服姿は制服姿で可愛いけど、やっぱり水着姿も見てみたいから、海水ぶっかけるなりなんなりして、歌姫先輩と共に水着姿にさせたいなって思ってる」
「めちゃくちゃスゴいこと思ってるじゃんウケる」
「ウケないわよっ、聡人アンタそんなことしたら許さないからね!!」
ジーザス……!!生来の正直者気質で答えたら、警戒されてしまった……!!こんな自分が憎らしい……!!灯台はもと暗しい……!!
「いや聡人、別に歌姫とか硝子の水着姿見ても、どうにもなんないでしょ。むしろ目、腐るんじゃね?」
「ばっかオマエ、そんなわけあるか!!素晴らしすぎて、目に毒通り越して目に薬だわっ、目薬だわっ!!」
「人の水着姿を点眼液扱いしないでもらえますー?」
膨らまし終わったビーチボールを抱えてアホなことを抜かす悟に力説する。オマエ、何にも分かってねぇなぁ……!!
だが、彼にはイマイチ届いていないようで。
「絶対他のヤツの水着姿見た方が良いと思うけどな。安田美沙子とか、井上和香とか」
「……?や、ろくすっぽ中身の知らないグラドルさんのより、よく知ってる2人の水着姿のが価値はあるでしょ。頭、使え?」
「……お、おお……そうか……」
的外れなことを言ってくる悟に、首を傾げて告げる。すると彼は、気圧されたかのように、サングラス越しに目を逸らした。どうしたんだろう……?
不思議に思いながら辺りを見れば、傑は小さく目を見開き、歌姫先輩は顔を赤らめ、硝子ちゃんはおお……と感心顔をしていた。ほんとにどうしたんだろう……?
「……聡人先輩って、結構人たらしですよね」
「分かるわー、夏油に同感……聡人先輩、気分が良いんで私の分の缶ジュースあげますよ」
「いや、人たらしとか意味分からんが……?どこら辺がだよ……。あと硝子ちゃん、缶ジュースは自分で飲みなよ。熱中症とか怖いし」
「「……そーゆーとこですね」」
「え、何が……?」
わけが分からず。
戸惑いつつも俺は、軽く準備体操をした後、呪力でふんだんに強化した身体で勢いよく飛び込もうとして、我に返った歌姫先輩に首根っこを掴まれ止められる。
「ぐえっ……!!」
「アンタは馬鹿か……!?呪霊居るっつってんでしょうが……!武器もなしに飛び込むんじゃねぇ……!」
「す、すいやせん……」
叱られた俺は、謝りながらチェアに置いていた荷物より木刀を取り出して、再度飛び込もうとし──また、歌姫先輩に首根っこを掴まれ止められる。
「ぐえっ……!!な、何スか、歌姫先輩、俺、猫じゃないんですけど……!」
「何スかじゃねぇよっ、なんで木刀なんだよっ!刀は!?」
「今日俺、木刀しか持ってないっス」
「はぁっ!?なんでよ!?」
「いや、スイカ割りに刀は使えないんで……」
「任務でスイカ割りするつもりなのが驚きだし任務よりスイカ割りを優先して木刀を選ぶなっ!!」
「ちなみにお手軽花火セットも持ってきてます。線香にねずみ、打ち上げ、何でもござれ」
「夏の思い出、作る気満々かっ!!」
満々です、はい。
けれども歌姫先輩は簡単には許容できないようで、さてどうやって説得したものかと考えていると──海より響く、轟音。
見れば、いつの間にか抜け駆けして海に飛び込んでいた悟と傑が、今回の任務の目的と思われる呪霊たちを、祓いに祓っていて。
「あ、ラッキー、手間省けた」
「言ってる場合かっ!!ちょっ、まだ帳も下ろしてないのに、何やってんのよアイツら……!!」
慌てて帳を張り、鬼の形相で海へと向かう歌姫先輩。
巫女服で海ん中って入れなくね?と思いつつ、丁度帳で空が暗くなったので、お手軽花火セットの準備を始める。
「硝子ちゃん、ライター持ってるでしょ?貸してー」
「いいっスよ。でも花火って、普通は海入り終わってからするもんだと思いますけど……」
「いや、海は青空の下でこそ輝くからなー。帳が上がったら飛び込むわ」
「そーゆーもんなんですかね……?あ、私も線香花火やっていいですか?」
「いいよ、一緒にやろう」
カチャカチャと。
ライターで2つの線香花火に火を点け、1つを硝子ちゃんに渡す。
ジリジリ、ジリジリ、暗闇の砂浜で、仄かな明かりの玉が震える。
その光に照らされて見える硝子ちゃんの横顔は、ゾッとするほど美しい。
暫しそれに見惚れつつも、視線を海の方へと動かせば、波打ち際。
呪霊たちを祓い終わった悟と傑が、ニコニコ顔のまま歌姫先輩に追いかけられている。
さてもまた1つ、刺激的な思い出ができたことに喜びを覚えながら、俺は。
線香花火が勢いよく燃え散る様に、再び目を落とした。
……そして、戻ってきた歌姫先輩に「何のんびりしてんのよアンタっっ!!任務をしろっっ!!」と頭を叩かれた。
感想に高評価、あざます!
おかげで楽しく書ける……!
ところで皆さんは、ハッピーエンドと曇らせエンド、どちらがお好きですか?全然深い意味は無いんですけど……。ちなみにわたしはどちらも大好き。