どりゃあ、投稿じゃぁ!
──蒼穹の下、青森の湖畔。
ザフッと、空気の漏れ出るような音をあげて、眼前の呪霊たちが姿を塵に変えていく。
斜めに振り下ろした刀はそのままに、残心。
呪霊を全て祓い終えたことを確認してから、俺は、刀を鞘に収める。
パチンと腰元で音が鳴るのと同時に、上がる帳。
ふぅーと一息を吐きつつ、少し汚れてしまっていた長ランの裾辺りを軽く叩きながら、俺は、内胸ポケットからケータイを取り出し。
補助監督さんへと、任務完了の電話をかける。
「──もしもーし、補助監督さんですかー?任務、終わりましたよー」
「は、墓之瀬さん!もう、ですか!?」
「うん、まぁ。早く高専に戻りたいんでね。後はどこ行けば良いですか?」
「ああいえ、今回の遠征で祓除してもらいたかったポイントは、そこで終わりです!ほ、本当にありがとうございました!」
「いーえー」
電話越しからでも分かるほどに、補助監督さんは喜色を見せる。
──今回の遠征……その内容は、東北の祓除未完了呪霊ブッ殺ツアーだった。
秋田の寂れた樹海を始めとして、岩手の海岸、福島の洞窟、山形の雪山、宮城の廃神社、青森の湖畔などといった、負の感情渦巻く各地を10日間で巡り巡る。
俺の呪術師人生で、1番に過酷な遠征だったことは、間違いなかった。だって多分、この10日間で俺が祓った呪霊、合計300体くらいいってるし。その内1級呪霊は20体くらい。エグくない?普通に大変だったんだけど。絶対これ、10日で終わらせるもんじゃなかったわ。いやまぁ10日で終わらせろって言われてたわけじゃないが。
「──墓之瀬さんの所まで、すぐに車を回しますね。すみませんが、暫しお待ちください。ちなみに怪我などは……」
「無いっス」
「さ、流石ですね……」
「えへへ、どもども」
そして俺は、お褒めに与りとっても嬉しいとニヤニヤしながら、その後も二言三言を交わして、通話を切る。
アドレス帳に戻る画面、そこから今度はメールのものに画面を移し、開くはfrom傑。
綴られている文言は、彼らが現在取り組んでいるらしい任務についてだった。
曰くは、星漿体の少女の護衛と抹消。
1年生のときに夜蛾先生に教えてもらった知識によれば、ここで言う星漿体とは、天元様の適合者のことを指している。
天元様は、高専や呪術界の重要拠点やらに張られている結界の強度を底上げしてくれている凄い人だ。
非常に永き時を生きているらしく、そしてそれは、彼の術式によるもの。不死の力で、彼は古来よりこれまで呪術師を支援してくれていたそうな。
ただ、不死の力は、万能ではなく。
一定以上の老化を迎えると、その術式は肉体を、高次の存在へと創り変えてしまう。伴って、天元様の意思すらも創り変えられてしまうそうで、最悪は彼が人類の敵になっちゃう可能性まである。
それ故に500年に1度、天元様は自らと適合する人間──星漿体と同化し、肉体の情報を術式に先んじて書き換えているのだとか。
当時教えられたときは、ふーんとしか思っていなかったが……なんでもその星漿体の居所が、悪いヤツらにバレてしまっているようで、悟と傑はその人物を護るために、現在動いているらしかった。
で、任務を早めに終わらせられてたら、その手伝いをしに戻ってきてちょっていうのがメールの主な内容だったのだが……まぁ、無理でしたね。メール送るの遅すぎ。観光しながらゆっくりやってたんだから、突然そんなこと言われても間に合うわけねぇだろ、どう足掻いても1日足らんかったわ。
と、ちょいちょい不貞腐れてながら昨日メールを送ったところ、所詮オマエはその程度だったのか……的な煽りと共に、こちらも1日ずらすことになったので、一応来れたら高専来といてくださいとの返信。
絶対煽りいらなかったよな???と思いながらも一念発起、昨日と今日とで超絶頑張って、現在12時43分、任務完了及び東北祓除遠征終了。
ようやく来た車に乗って、俺は、空港に向かう。
「……あ、ところで補助監督さん。なんか良い感じのお酒、買ってきてもらえてます?日下部さん……知り合いのお土産にしたかったんですけど」
「はい、とても良いものを。ここらでしか買えない逸品ですよ」
「おお……!……え、それあの人にやるのなんか嫌だな……あの人、安酒で充分だろうに……」
「えぇ……?」
その道中、頼んでいたお土産の件について色々と会話する。
えーと、夜蛾先生には秋田でいぶりがっこを買ってあるでしょ?冥さんには福島で桃のパンケーキ、歌姫さんには山形で玉こんにゃくを……そーいやこの2人、この前連絡つかなかったことあったけど、大丈夫だったんかな?一緒に任務してたらしいけど、2人とも聞いても教えてくんないんだよね……冥さんはシンプルに守秘義務云々が理由だから分かるけど、歌姫さんは慌てながらはぐらかしてくるからな……なんだろう、任務で失敗しかけて悟たちに助けてもらったとか?
……まぁいいや、続き続き。
悟と傑には喜久福の和菓子で、硝子ちゃんにはにんにくせんべいと牛タンとフカヒレの姿煮と……いや硝子ちゃんだけよくよく考えなくても注文しすぎだな……。
あと、雄と建人には、なまはげまんじゅうあげて……うん、完璧だ。
で、これらにプラスして木彫りの熊とこけしをお付けすりゃ、もうみんな大喜びでしょ。よし、パーフェクトだ。パーフェクトお土産プランだ。
……あ、でもどーしよ、木彫りの熊とこけしって、買ってあるのは良いけど、持って帰るにはちょっとかさばるよな……。
「……ねね、補助監督さん。お土産ちょっと多くて持ち帰れなそうなんですけど、どうすれば良いと思います?」
「え?えーと……普通に配送してもらえば良いんじゃないですか?なんでしたら、私が東京まで運びますが……」
「良いんですか?」
「勿論です。墓之瀬さんのおかげで、目の上のたんこぶが取れましたからね……いい加減、上がうるさかったんですよ……本当に、本当に、ありがとうございますっ……!!」
「あ、はい……」
く、苦労してたんだな……。お疲れさまです……。
──それから、お土産を運んでもらえることへの感謝を伝えたり、逆に愚痴を聞いてあげたりして、空港。刀と刀袋、ケータイ、財布、チケットだけを持って、10日を過ごした補助監督さんと別れを告げ、中へ。
呪術界は様々な交通機関の人とも繋がっているので、刀を持ってても刀袋に入れていれば、保安検査場で止められることもなく通過でき、軽やかな足取りで俺は自席へ向かう。ちなみにビジネスクラスね。椅子ふっかふっかで嬉しい限り。更には昼食まで付いてくる。
さて席に着くと、気になってくるのは離陸までの空いた時間。
とりあえず傑に連絡をしておこうかと考えるも、そこでつい悪戯心が芽生える。
多分、というかほぼ確実に、悟と傑の2人なら、星漿体とそのお付きの人は、難なく護り切れる。それほどの実力があの2人にはあるからだ。
けど、そのまま任務を問題なく完了させるということは、最終的に星漿体の少女が同化されるのを──すなわち、抹消されるのを容認するということになる。
はたして、どんだけ星漿体本人の娘が覚悟を決めているのかは分からないが……聞いたところによれば、彼女はそこいらにいる普通の中学生と、大差ない娘だとか。だったらきっと、あんな愉快な2人と一緒に居たら、そんな覚悟は簡単に揺らいでしまうだろう。
そうなったとき、悟と傑は任務なんか無視して、彼女の未来を護ろうとすると、俺はそう確信している。
つまりは星漿体の娘にとって今夜は、同化の時ではなくなり、人生の歩みを続けられるようになるめでたい夜になるということ……だとしたら、さ。
パーティー、するしかなくね???
……えっ、するしかないよな!?だってめでたい夜だもん!!そんな夜はパーティーしないと!!でも、悟と傑は気遣いのできない間抜けどもだからな!!絶対そんな用意はしてないはず!!ならばその先輩たる俺が、こっそり気を利かせてやらねばっ!!
というわけで、傑への連絡は控え、代わりに歌姫さんや夜蛾先生、冥さん、日下部さんといった知り合いにメールを送る。
内容は高専で今夜パーティーするのでみんな来てね!!って感じのやつ。夜にはおそらく上手いことタイミングが合って、補助監督さんが運んでくれているお土産も届くはず。こりゃ大盛り上がり、間違いなしでしょ!!
楽しみな夜に思いを馳せていると、流れる離陸のアナウンス。
ケータイをポケットに仕舞い、通りかかったCAさんに機内食も頼んで──14時27分、東京に到着。
現在東京で勤務中の補助監督さん、その大半は繁忙してるらしく、わざわざ車を出してもらうのも忍びないので、色々な路線の電車を乗り継ぎ、筵山の近くの街へ。
曇りがかっている空の下、一般人に気付かれないエリアまで進んだ俺は、呪力で身体を強化し、高専に向かって駆け出す。
だってパーティーの準備、しないといけないからな。急がないと。
ぐんぐん、ぐんぐん、周りが後ろへと流れていく。道からは街を感じさせる物は消え失せ、自然を感じさせる木々や草花が姿を見せ出し。
次第に姿を現す、寺社仏閣。
もう、高専の敷地だ。
やがて脇に出てきた、山合いに立ち並ぶ朱塗りの鳥居の列。
それらの間を、刀を肩にかけ、俺は走り抜けて──。
──無数の蝿頭が居た。
ブブブブブ……と、酷く耳障りな羽音を立てて、ソイツらは石畳の上を浮遊する。
その向こうには、崩れた鳥居に、半壊した和の建物。
中央部の舗装された地面は、ドーナッツ状に抉られている。
そして。
そこに、アイツは、白髪の生意気な後輩は、悟は、血塗れで、倒れていた。
「──…………は…………?」
惨憺たる光景に、呆けた声を漏らして、足を止める。
理解ができなかった。
何も分からない。
視界が眩み、喉がひりつく。
蝿頭たちの羽音が耳を突き、頬を汗がつたう。
心臓が、嫌に鼓動する。
額に穴の空いた悟の顔、何も映さなくなった虚ろな蒼の瞳が、こちらを見つめていて──。
「──あぁ?……なんだ、高専のガキか。たしか東北に行ってるはずの。……チッ、面倒臭ぇなぁ……」
声。
蒼から視線を外し、映る黒。
伏せた悟の、すぐ近くで。
身体に赤子のような呪霊を巻き付けた黒髪の男が、血を滴らせた呪具とナイフを手に佇んでいる。
囁くように。
俺は、ソイツに、問いかける。
「……これをやったのは……オマエか……?」
「これ?……あぁ、コイツのことか」
受けた黒い男は、端整な顔を、悪辣に歪め。
「そうさ、五条悟は俺が殺した」
その言葉を耳が捉えた瞬間、無意識に術式が発動し、蜘蛛の巣のごとく、世界にヒビが入る。
高専の結界だろうか。それともコイツのだろうか。いや、今はそんなのどうでも良い。黒い感情が湧いて仕方がない。止められない、止まらない、止めない。とにかく、今は、今はただ、ひたすらに、純粋に──。
「──オマエを殺す」
溢れる黒いモヤ、世界が、粉々に割れた。
そーいや呪術には、硝子ちゃんのタバコのジンクスってのがあるらしいね……。