結界の破片が、降り注ぐ。
入り交じるように、近くの辺り一帯に散らばっていた蝿頭たちも、姿を黒い塵に変え──また、黒い男の身体に巻き付いていた赤子の呪霊も、俺の術式に耐え切れずに姿を散らせる。
それに応じて、突如宙空に幾つかの呪具が出現、地面へと落ちていく。
「……マジか」
僅かに目を見開く、黒い男。その足元に、甲高い音をあげて、鎖や刀、三節棍といった呪具たちが転がる。
……コイツの術式……いや違う、そもそもコイツからは呪力を感じない。あの赤子の呪霊の特殊能力……収納か?それが祓われたことで切れて、仕舞われてた呪具が出てきたってところか。
突き抜けた怒りで冷えた頭。冷静に考えていると、黒い男が話しかけてくる。
「やってくれたな……オマエ、術式持ちか。情報にはなかったはずだが……上にも嘘吐いてたのか?」
「上のヤツらは色々と信用できねぇからな」
「ハッ、そりゃもっともだ。……しかし妙だ、
「『呪限無』だ。あらゆる
「なるほどな……だが困った。オマエがさっき祓った呪霊……アイツは物を格納できる上に、サイズも変えられるヤツでな。ソイツを腹の中にしまうことで、今までは天与呪縛で呪力のない透明人間のまま、呪具を所持して結界を素通りできてた。それが、これじゃあ、全部パーだ。また新しいヤツを見つけて躾けないといけねぇ」
「知るか、クソが。大道芸人よろしくテメェで呪具を飲み込んで死ねばいいだろ。……お喋りはもう終わりだ」
刀袋と鞘を放り捨て、抜き身の刀は顔の横、刃は天に、峰は地面に並行にさせて、切っ先を黒い男へと向け構える。
お互いに、情報の開示による能力の底上げは済んだ。
向こうはこちらがデバフ能力を持っていることを認識しているし、こちらも向こうの能力を大まかながらに把握できている。
おそらくは、天与呪縛のフィジカルギフテッド……一切の呪力を捨て去ることで、強靭な肉体と類稀なる身体能力を得たというところだろう。今は『呪限無』で阻害しているから、普段の7割程度しか能力は振るえないはずだが……それでも、厄介なもんは厄介だ。──全力で殺そう。
心を定めた俺は、呪力の満ち満ちた身体で、地面を踏み砕いて、黒い男に肉薄する。
左から右への薙ぎ払い、黒い男は右の手の、毛皮を鍔代わりにした刀でそれを防ぎ──散る火花を縫い、左で逆手に持った鉾で、こちらの脇腹を穿とうとしてくる。
すかさず距離を取ると同時に呪力の斬撃を飛ばし、牽制。
体勢を立て直してから、再び攻めかかる。
心臓目掛けての刺突、独特な形状の鉾でそれを挟み取り、右の刀で袈裟上げを狙ってくる黒い男。
俺は刀を手放し上体を大きく反らすことで躱し──できる僅かな隙、身体を廻して胸部を思い切り蹴飛ばす。
勢いよく吹き飛ぶ黒い男、宙に舞った自分の刀を掴んで俺は、追撃をかけようと迫る。
その時、視界に走る銀光。
咄嗟に刀を眼前に構えて、次の瞬間には、微かな手の痺れと共に金属音が響く。
黒い男が吹き飛ぶと同時に、数個の暗器を放っていたのだ。
「チッ……」
出鼻を挫かれた俺は、黒い男が体勢を正すのを大人しく見届ける。
動きからして、そこまでダメージはない、か……頑丈だな……。
「……あぁクソ、面倒臭ぇなぁ……とっとと星漿体を殺してトンズラこきてぇってのに、とんだ邪魔が入ったもんだ。……いや、俺がナマってんのか」
顔をしかめて、黒い男はそんなことを宣う。
どちらからともなく。
引かれ合うように、俺と黒い男は駆け出し、3度目の激突。
振り下ろされる刀を躱し、首を狙ってくる鉾を弾く。空いた黒い男の胸元に、流れのまま斬りかかろうとし、頭を襲う足刀。脊髄反射で腕を構えて──トラックでもぶつかって来たかのような重い衝撃、横合いに身体が吹き飛ぶ。
「ぐッ……!!」
やがて伝わる新たな衝撃、背で木板が割れる。高専にまばらに配置されている寺、その上階の壁に突っ込んだのだ。
だが、痛みに呻いている猶予はない。
すぐさま身体を起こし──風切り音、即座に後ろへ飛び退り、僅かに遅れて、飛び込んできた黒い男がそこに刀を突き刺す。割れ砕ける木の床板。
黒い男が追撃をかけてくるより先に、背後の襖を開いて更に後退、襖を閉じ──突き破ってくる黒い男、合わせてその横っ面に蹴りを入れる。
「ンッ……!」
黒い男は宙を舞い、俺はそれを追いかけ、その身体に刀を振るう。刀は、交差して構えられた刀と鉾にぶつかり──けれども振り抜けば、黒い男を弾き飛ばすことに成功する。
舞う木片、寺の壁をブチ破って、黒い男は空を浮かぶ。
続いて空に舞い出た俺は、その首をはねようと刀を振り上げ──絡む視線、気付いた時には剣閃が刻まれていた。
「うッ……!」
頭を掠めて、黒い男の刀が空気を撫でる。学帽が剥ぎ飛ばされ、額に熱が走り、血が漏れる。
その傷に気を取られていれば、落下中の宙空で身を旋回させた黒い男が、今度は後ろ廻脚を放ってくる。身体を襲う衝撃、ただでやられてなるものかと、こちらも黒い男の頬を斬り付け──墜落、石畳が窪れ、土煙が上がる。
「痛ぇな、クッソ……!」
恨み言を溢しつつ、跳ね起きる。
腕を振って土煙を払い、対面。
首を鳴らし、頬から血を流した黒い男は、不敵に笑んで佇む。
「……力量差は分かっただろ?学ラン野郎。今諦めて大人しく去れば、追わないどいてやるぜ?」
「は?まだ半分くらいしか本気出してねぇのに、力量差もクソもねぇだろうが」
「あぁ?まだ俺は半分も本気出してねぇんだから、どう考えても俺のが上だろ」
「はぁ?いや、さっきのは盛っただけで、俺はまだ3割しか本気出してねぇし」
「あぁ?俺もテキトー言っただけで、まだ1割も本気出してねぇよ」
「…………」
「…………」
「「……死ねッ、ガキがッ!!」」
示し合わせたかのように。
俺と黒い男は、動き始める。
鋼と鋼がぶつかり合い、硬質な音を響かせる。刀と鉾の鈍い光が無数の線を描き、腕と脚の、黒と白の軌跡もまた刻まれる。
至近距離での肉弾戦。
振り下ろし、前蹴り、袈裟懸け、後ろ廻脚、横薙ぎ、縦拳、足刀、肘鉄、刺突、裏拳、飛び膝、斬り上げ──。
皮を斬り斬られ、肉を打ち打たれ、骨を折り折られる。
抉れていく地面に、ピシャリと血が飛び散る。
どれほどやり合っただろうか、最後にお互いに首を薄皮一枚斬ってから、俺たちは距離を取る。
「ッ……息、乱れてんぞ」
「はぁッ……はぁッ……そっちこそ、絶え絶えだろ」
「あぁ?ッ……言ってる意味が分かんねぇな、学ラン野郎」
「ッ……ふぅッ……嘘吐け、やせ我慢ゴリラマン」
「……リズミカルに言うんじゃねぇよ」
「……うるせぇ」
呼吸を整えながら、軽口を交わす。
脂汗がこめかみに浮かぶのを感じつつ、俺は身体の状態を確かめる。
頭は何回か殴られてるが、ふらついてはない。首も、掠り傷だけだ。上半身は随分とやられて、あばら骨も持ってかれてる気もするが……それは向こうも同じだな。むしろアッチのがちょい重傷か?……下半身は、傷ついているが、騒ぐほどじゃない。
……しかし、呪力の防御をこうも易々と破られるとはな……ここまで傷を負うのは、ショッピングセンター以来か?痛ぇなクソ……息もし辛ぇ。
苦悶に顔を歪めつ、黒い男を見やれば、顔やら服やらを血に染めながらも、表情はやはり不敵な笑みだ。
そんな彼に、俺は、疑問を投げかける。
「……おい、オマエ、ゴリラマン」
「……なんだ、学ラン野郎」
「テメェ、なんでこんなことした?」
「あぁ?……金のためだよ。星漿体を殺したら、大金がたんまり入ってくる。単純だろ?」
「……その実力なら、裏のことなんざやんなくても、稼げるはずだ」
「……ハッ……呪力のない異分子な俺が、呪術界に受け容れられるわけねぇだろうが」
「……そうか……じゃあ、とりあえず死ね」
「脈絡も何もあったもんじゃねぇな……オマエが死ね」
返ってきた答え、異分子という部分に少し感じ入るものを覚えつつ、止まらない殺意のままに暴言を吐く。
コイツにも色々とあったんだろうが……悟を殺している時点で、和解の道は、もう無い。絶対に、コイツは殺す。
弛んでいた空気が再び張り詰めていく。
傷だらけの身体で、得物を構え合い。
1歩を踏み出そうとして──。
「「──ッッ!!」」
──ぶわりと、全身の毛が逆立つ。
押し潰されるような圧倒的な存在感。
黒い男と揃って首を動かし、土煙の向こう。
揺らめく影が見える。
やがて土煙が晴れる頃、そこに居たのは──。
「──……さと……る……?」
蒼い眼光。白の髪。達観したような笑み。
纏うは血みどろの服、だが、彼は、悟は、しかと両足で立っていて。
「……どぅえッ、ぶぉッ、さとッ、悟ッ!!??生きてるッ!?生きてるッ!?えっ、生きッ、生きてるのッ!?生きててくれてたのッ!?」
それを見た俺は、わたわたと慌て出す。感情が迷子だ。
だって、あのときの悟は、額にも喉にも穴が空いていた。まず間違いなく致命傷だったはずだ。それが、どうやって……。
「──……反転術式か」
心中で浮かんだ疑問、それに丁度答えるかのように、対面の黒い男が言葉を漏らす。
反転術式……!そうか、反転術式か!負のエネルギーである呪力をかけ合わせて正のエネルギーにし、傷を癒やす、高度な呪術……!唯一できる硝子ちゃんの教えがクソすぎて、今までは誰も習得できてなかったはずだけど……アイツは、ここで習得してみせたのか……!
込み上げる感動。遅れて、安堵が、喜びが、込み上げる。
満面の笑みを浮かべて、俺は黒い男に喋りかける。
「ちょっ、あのぉッ、すみませぇーんッ!!ウチの後輩ッ、優秀なんでぇッ!?生きてましたぁッ!!ヨッユーで生きてましたぁッ!!あいむそぉーりぃー、ゴリラマァンッ!?なんでしたっけッ、五条悟は俺が殺した、でしたっけ!?殺せてねぇっつぅーのッ、ザコがぁッ!!一昨日来やがれッ!!」
「ペラペラと……コイツ、後輩が生きてた安堵で、ハイになってる……うぜぇな……オマエも殺されたって思ってたクセに……ほんと、なんなんだ、コイツ……???」
勝ち誇った顔で、黒い男を煽り倒す。
ちょっ、生きてた……!悟、生きてたんだけど……!んだよもうッ、焦らせんなよッ……!
……だが、生存が分かった今、もう裡に黒い感情はない。
口端を曲げて。
俺は、少し離れた悟に向かって手を掲げ、呼びかけた。
「──おっしゃッ、悟ッ、よく生きてたッ!!今夜はパーティーな!!じゃ、2人でこのゴリラマンやるぞッ!!」
それに答えるみたく。
悟もまた、手を掲げ──ゆっくりと、その位置が、下がっていく。
顔の前、手の甲をこちらに向けて立てた人指し指に、集う赫い光。
その赫は、視界を灼くほどに、明滅し──。
次の瞬間、赫い衝撃が、黒い男の身と共に──俺の身をも包み込んだ。
……なッ、なんでぇッッ──!!!!????
いつからパパ黒には術式が通用しないと錯覚していた……?
感想評価あざ!助かります!