そーいえばですけど反転術式阻害の下り、予想してた方が随分と居らしたみたいで……まったく、勘の良い読者は嫌いじゃないぜ……。
さて困ったことになった……。
赫の波動を逃れた俺は、近くの寺社の屋根に飛び乗って、頭を抱える。
灰の空に立つ悟。
彼は今、眠ったような状態で、自らの身を脅かす存在を、本能的に襲おうとしている。
そして、悟をそんな人形じみた有り様にしたのは、俺が術式を暴走させてしまった所為だった。
『呪限無』による、不本意な反転術式の阻害。悟の無意識は、それを敵対行為と見たらしく、その牙は、黒い男だけではなく俺にまで剥かれることとなってしまっていたのだ。
反転術式、六眼、天与呪縛、呪限無、幾多ものイレギュラーが重なることで起きた、最悪の事態。
反転術式が使えるようになった今、悟は六眼と無下限呪術をフル活用できるようになっているので、おそらくは並みの攻撃は通じない。もう悟は、最強と呼ぶに相応しい存在に至っているのだ。それ故アイツの呪力が尽きることは、まず期待できない。失神させる、もしくは呪力切れを待ち、無力化させる……そういうことが狙えないのだ。
つまり俺は、悟が正気に戻るまで、アイツが襲って来るのを凌ぎ続けないといけないわけなのだが……はたしてその先で、彼が正気に戻ってくれるのかも分からない。
まぁ、俺と黒い男が死ねば、確実に戻って来てはくれるんだろうけど……。
額を押さえるように当てた手、その隙間から悟の姿を見やる。
ガラス玉のような蒼い瞳で、無機質に微笑む悟。
感情は窺えない。
「……本当にどうすっかなー……」
悩んでいると、屋根に飛び乗ってくる影。
黒い男だ。
大棟を挟んだ対角に立つ黒い男は、小馬鹿にしたような口調で問いかけてくる。
「──で?どうすんだ?学ラン野郎。めでたくオマエも、あの化け物から狙われてるみてぇだが」
「…………戦る……しか、ねぇだろうな……多分逃げようにも、無下限呪術で引き寄せられるか、追いつかれるし」
「そうか。じゃあ……──三つ巴の殺し合いってわけだな」
ニヤリと、口端を吊り上げて。
黒い男は、刀と逆鉾を構える。
呼応するように、俺も刀を腰だめに置き、悟も腕を軽く上げる。
描かれるは三角形。
一瞬、分厚く暗い雲が途切れ、夕陽が差し込み──頂点に位置するそれぞれは、動き出した。
▼▼▼
──電光石火、肉薄してくる黒い男の刀を受け止める。
一合、二合と斬り結び、散る呪力、火花。
たちまち足元の屋根瓦は余波で吹き飛び、それを目眩ましに俺はその場を離れ宙空へ。
地面と平行に天を仰ぎ、俺は、悟に術式を発動する。
無下限が阻害されたことで、白の髪を逆立て悟は落ちるも──意識が戻ってくることはなく、無感情のままだ。
……『呪限無』を使えば、もしかしたら戻ってくるかもと思ったんだが……クソ、そこまで甘くはなかったか。
臍を噛みながら地面に降りていると、その悟へ、黒い男が飛びかかる。
逆突きに裏拳、後ろ廻脚に胴薙ぎ、袈裟懸け。
だが悟は、それら全てを危なげなく躱し──無造作に繰り出した蹴りで黒い男を遠く離れた和建築に叩き付け、自らはその反作用で近場の和建築に着地してみせる。
その動きの俊敏さに戦慄していれば、交錯する視線。
蒼い眼が、見てる──寒気、刀を枝垂に構えた直後に、気付けば数多の衝撃を経て、身体が竹垣にめり込んでいた。
「ガハッ……!!」
口をつくは血反吐。
刀が手を滑り落ち、カランと音を立て地を転がる。
酸素を求めて上げた顔、視界にはブチ抜いてきたがために崩れかけている寺社の壁の穴が映った。
ヤバい、意識が飛ぶ……!身体が……痛いなんてもんじゃねぇ……!呪力で防御していたのに、また骨がイった……!クソッ、どうする、今の悟は想像の倍は強い……まさか肉弾戦でもここまでやれるとは……呪限無に使う呪力を増やすか……?そうすれば、術式だけじゃなく、アイツの動きにも多少の影響が出るはず……。だが、もう呪力の残りは6割近い……黒い男と悟、2人にかけ続けるとなると、これ以上は……。
脂汗を浮かべながら、打つべき手を模索していると、轟く倒壊音。
錐揉み状に吹っ飛んでくる影。
黒い男は、俺と同じく寺社をブチ抜いて、横に連なる竹垣にぶつかる。
「……よぉ、ようこそゴリラマン。気分はどうだ?」
「ロクなもんじゃねぇな。……おい、学ラン野郎。俺にかけてる術式を解いた方が良いんじゃねぇか?アレにもかけて、コッチにもなんて、呪力が厳しいだろ」
「動き辛くて焦ってんのか?残念、解かねぇよ。オマエを自由にさせたら、どうなるか分かんねぇからな」
「チッ……じゃあまず先にオマエを殺してやるよ」
「ハッ、やってみろ……」
悲鳴を上げる身体を叱咤し。
立ち上がった俺は、刀を中段に構え──吹く一陣の風。
睨み合っていた黒い男との間には、悟が居て。
「「──ッ!!??」」
生存本能に突き動かされるまま、俺は峰に返した刀を、黒い男は刀と逆鉾を振るう。
描くは、網の目のごとき無数の剣線。
奇しくも黒い男と連携じみた攻撃になるも、全てが躱されまた捌かれ、付けられるのは掠り傷のみ。それも反転術式ですぐに治される。
水でも斬ってた方が、まだ手応えはあるぞ……!
暖簾に腕押しの状況。
焦慮の汗が、目に流れ込み──頭に、激痛。呪限無の使いすぎで、脳がオーバーヒートを起こしているのだ。
堪らず俺は、攻撃の手を休め、自らの術式の制御もまた、乱れてしまう。
解き放たれる無下限の術式、至近距離で赫が爆ぜる。
「づッッ──!!」
固めた呪力と肉体が軋む。
いとも容易く俺の身体は、そして黒い男の身体もまた宙を舞って、遥かにあったはずの寺社へと激突した。
「ッ……テメェ学ラン野郎ッ、いきなり術式解きやがって……!どういうつもりだ……!?」
「術式の使いすぎで疲れちゃったんだよッ!それにこちとら東北で呪霊ブッ殺ツアーした帰りでもあって、まだ疲労も溜まってんのッ!労れッ!」
「知るか、テメェの所為でタイミングがずれて、要らねぇダメージ負っちまっただろうが……!死ね……!」
「黙れッ、オマエが死ね……!」
寺の屋根を支える木柱が並ぶ舞台。
お互いに血塗れ、かつボロボロになった身体で醜い言い争いを繰り広げていると──微かな足音。
欄干。曇天と地平線、和建築を背景に、悟が立っている。
目の前のクソバカよりも、悟の相手をせねばと、俺たちは揃って身体をそちらに向け、得物を構え──肌が、粟立つ。
悟が動き出すのが、まるでスローモーションに見えた。
揺れる白髪、感情を映さない蒼の眼。
前に伸ばされた腕、小指と薬指は開かれ、人指し指と中指は、親指によって畳まれている。
その2本の指が何かを押し出すように、開かれ。
小さく、蒼と赫の稲妻が迸り──視界いっぱいに、茈の爆光が広がった。
▼▼▼
ゴポリ、ゴポゴポ。
抉れた脇腹から、音を立てて、血が流れ落ちる。
左腕は肘辺りより焼け爛れ、肉と骨が覗いていた。
霞む視界。
大きくよろめいて、俺は、残っていた寺閣の屋根を支える柱にぶつかり背を預ける。
ぼんやりと後ろへ首を回せば、茈の波動の痕跡、深淵が見えた。
その破壊跡を対称に、向かいの支柱前。
黒い男もまた脇腹の抉れた身体で、仁王立ちしているのが目に入る。
左に握った刀はボロボロに朽ちており、その手から散る。
右に握った鉾は健在だが、その手はピクピクと痙攣していた。
「……まったく、嫌になるぜ……」
不規則な呼吸を縫って、嘆息してみせる。
──悟が茈の穿波を放とうとした時、ギリギリのタイミングで俺は『呪限無』を再発動し、それを掻き消そうとした。
だが、その目論見は遅きに失し、六眼の緻密な呪力操作の前に失敗、威力を落とすだけの結果になる。
そして、それでもなお茈の威力は凶暴かつ無比で。
俺が本気の呪力で固めた身体も、黒い男の持つ強靭な身体も、一様に拮抗などできず呑み込まれたのだった。
「……ぐッ……」
ゆらりゆらゆら。
身体が揺れ、意識も揺れる。
……返す返すも失敗した。悟が死んでるなんて早とちりして、ブチギれて。その悟に勘違いで殺されるとか、笑い話にもならねぇよ。……いや、硝子ちゃん辺りは案外笑うかもしれないわな……どうだろうか……。……まぁ、ほんと、絶体絶命だ。ここからアイツに勝つなんて、1人じゃもう確実に不可能だろうな。
──けれど、だ。
「……ぉい、ゴリラマンッ……生きてるか……?」
「……なんとか、な……むしろ、オマエが生きてる方が……コッチとしちゃあ、驚きだ」
「後輩に……そう易々と負けられねぇんだよ……先輩は……」
「ハッ……難儀なもんだな……」
瞳は、欄干の悟に戻して。
俺は、黒い男と言葉を交わす。
「……なぁおい、ゴリラマン……」
「……なんだ?」
「15秒……手を貸してくれ」
悟が、欄干を発つ。
木の床に降り立ち、ギシリと踏みしめる。
「……メリットは?」
「……オマエの命と……あとはー……最強に勝ったっていう、称号……?」
「…………それへの興味は、もう捨てた……はずだったんだけどな……」
死神が近付いてくる。
「……学ラン野郎……俺は何をすればいい?」
「ステゴロ……得意だろ?」
「……正気か?」
「安心しろ……リングは造ってやる」
雲の切れ間、夕陽が差す。
死神の影が、伸び──。
「──領域展開……『
──紡ぐ言の葉、溢れ出た黒い渦は、球を象って、それを飲み込んだ。
個人的ベストなヒキだと思ってる……思わん?
感想高評価は感謝感謝ッ!!明日も頑張る!