さしすの先輩聡人くん!   作:コトバノ

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第2話 始めて、初めて

 

 

 呪術高専に入学してからの1ヶ月は、実に目まぐるしいものだった。

 

 なにせ絶望の事実を突きつけられ、意気消沈していたその初日から、呪術師になるための勉強はいきなり始まったのだから。

 

 身体づくりや体力づくりについては、元々の朝から晩までのバイトである程度はできていたものの、呪いを祓うに際しての体捌きに足運び、武器の扱いなんかはてんで素人。みっちり教え込まれたわけだし、呪いを扱う術についてもみっちり教え込まれた。

 

 なんでも呪術師は、呪力と呼ばれる不思議パワーを利用して呪いを祓っているらしい。

 

 呪力は怒りや悲しみなどの負の感情から溢れ出るエネルギーだそうで、呪術師として戦うには、それをきちんと操作できるようになることが前提なのだとか。

 

 ちなみに俺は、その呪力総量が結構多めらしい。やったぜ!……いやこれやったなのか?なんかオマエ負の感情多い根暗野郎って言われてる感あるよな。なんかちょっとヤだわ。

 

 また呪術師を語るうえで欠かせないのが、術式の存在だ。大抵の呪術師は、生まれながらに生得術式を所持しており、彼らはその術式に呪力を流し込むことで、強大な技を行使してる……って、夜蛾先生は言ってた。

 

 そしてまたちなむけど、俺にも術式はあるらしい。曖昧なのは、俺の幼少期の話から夜蛾先生が推測しただけで、俺本人が意識して使うことはできないからだ。いつか使えるようにはなりたいところだが……まぁ、要努力といったところだろう。

 

 他にも、呪いについての歴史だったり、呪霊の生態といった座学部分も、一般教科と並列して行ったりして──今日。

 

 日も少し落ち始めた昼頃、俺は、始めての実習に臨もうとしていた。

 

 高専から車で揺られてやって来たのは、寂れた廃病院だ。

 

 外壁は薄汚れており、所々にひび割れのようなものも入っている。辺りには雑草も生い茂っており、いかにも出そうといった装いだった。

 

 その廃病院の入り口前に、荷物を肩掛けにして立った俺に、脇に立つ夜蛾先生が声をかけてくる。

 

 「──さて……最後の確認だ、聡人。俺は今回、オマエが呪霊と戦う際、余程の危機がない限りは一切手助けをしない。オマエの独力で、呪霊を祓わなければならないんだ……分かっているな?」

 「はーい、分かってまーす」

 「…………ならいい。それと窓や補助監督の調査によると、この病院に出る呪霊は、4級から3級相当が7、8体といったところだそうだ」

 「ほー……」

 

 なされる任務の説明。

 

 けど、ここでも出てくるのか、窓さんに補助監督さん。マジでこの人たちには頭が上がらないわ……すごいんよ彼ら、戦闘力こそないものの呪いを視認できて、様々な点で呪術師のサポートをしてくれるの。

 

 移動の車の運転もそうだし、情報集めもしてくれる、高専の一般教科の授業をしてくれるのもこの人たちだし、自販機の飲み物とかとかご飯の準備とかもしてくれるのもこの人たち。ほんと、いつもお世話になっております……。

 

 彼らに心の中で謝辞を送っている間にも、夜蛾先生の説明は続く。

 

 「今のところ大きな被害が出たという確認はないが、放っておけば悪い結果に繋がることは間違いない。ヤツらは必ずここで祓う必要がある。心してかかれ」

 「あいさー」

 「…………帳を下ろす」

 

 ゆるーく返事をすると、彼は暫し物言いたげな目でこちらを見てから。諦めたように首を振り、印を組んだ手を構えて唱える。

 

 「──闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 次の瞬間、空からどろりと闇が溢れ出す。青空は半球状にその闇に覆われていき──廃病院一帯は、夜に包まれた。

 

 帳。呪いを炙り出し、また呪術師の姿を一般人から隠すものだ。呪霊は一般人の怯えや恐怖といった負の感情から生まれる。そのため呪霊と、それと戦う呪術師の存在を隠す帳を張るは、任務のときには大抵必須事項なのだ。

 

 廃病院が位置する場所も、近くに住宅地が存在している。人払いをしているとはいえ、もしものときも考慮して、帳は下ろす必要があった。

 

 帳が確と張られたのを確認した俺は、肩掛けにしていた荷物──刀袋を降ろすと、中から鞘ごと刀を取り出し、腰に携え、同時に呪力を身体に流し、強化していく。

 

 何事も初めが肝心だ。油断して失敗なんて、目も当てられない。

 

 「……それでは行くぞ」

 「りょーかいでっす」

 

 ある程度の余裕と、少しの緊張感を持って、俺は夜蛾先生と共に、廃病院内へと足を踏み入れた。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 廃病院内には、冷たく湿った空気が満ちていた。

 

 当然も当然というか、電気は通っておらず、帳も下りているので、通路は薄暗い。

 

 遠くに見える非常口の緑の灯りのみが、微かに光を発していた。

 

 慎重に辺りを窺いながら進みつつ、俺は夜蛾先生に話しかけた。

 

 「夜蛾先生……こういう呪いを捜している最中って、雑談とかって控えるもんなんですか?」

 「……一概に肯定も否定もできんな。過ぎた恐怖心は、判断を鈍らせる。そうならないためにも雑談を行うことで気分を保ったり、また仲を深め連携を密にするためにも、雑談は有効だ」

 「なるほど……」

 「だがオマエはこれが、初めての任務だ。雑談などせずに、呪いの発見に集中していた方が得策だろうな」

 「おー、了解です。……ところで夜蛾先生、朝ご飯何食べました?俺目玉焼き食ったんですけど、なんと双子だったっぽくて、2個セットだったんですよ!すごくないスか!?」

 「俺の話、聞いてたか???」

 

 聞いてたけど俺、無言でじっとしてるのとかできないタイプだから……。喋ってないと落ち着かないのよ。

 

 楽しく雑談を交わしている内に、1階フロアの捜索が終わる。

 

 通路だけでなく病室も治療室も、トイレの中までも覗いてはみたものの、呪霊の姿を見とめることはできなかった。

 

 そして俺たちは、階段を昇っていって、2階のフロアに辿り着き──出会う。

 

 通路に佇む幾つかの影。

 

 ソレらは皆、豚のような頭部を持っていた。身体は狒々に似ていて、体毛に覆われており、ずんぐりとしている。

 

 その顔に浮かぶのは、ニタニタとした醜悪な笑み。

 

 このような異形の存在を見るのはいつぶりだろうか。当時はバケモノと暫定的に称していたが……知識を得た今は違う。

 

 呪霊だ。人の内より漏出した負の感情の集積体。形を成した呪い。

 

 夜蛾先生をちらりと見ると、彼は静かに頷く。俺もそれに頷きを返すと、1歩前へと出て、静かに息を吐き。腰に提げていた刀を鞘から引き抜いて、身体に流していた呪力を通す。

 

 ゆっくりと俺は、刀の切っ先を地に向けながら、呪霊たちに近付いていく。

 

 呪霊たちの数は3体、そのどれもがこちらを警戒しているのか、奇声を発し威嚇するのみで動かない。

 

 やがて、1番近い場所にいる呪霊との彼我の距離が2メートルほどになったところで──強く床を踏み締め、長ランをはためかせて駆ける。

 

 一足飛びで距離を縮めた俺は、がら空きの呪霊の首元に斬り上げを放つ。

 

 刃は鋭く首に食い込み断ち斬って、呪霊の頭部が血飛沫と共に飛ぶ。

 

 血が舞い散る中を俺は、勢いそのままに次の呪霊へと肉薄する。

 

 ようやく呪霊たちも動き始めるが、それよりも速くもう1体の呪霊の懐に飛び込んだ俺は、その頭部に刀を突き刺す。

 

 ずりゅりゅと肉を弄くる感触に顔をしかめながら、そこから血を溢れさせつつ刀を引き抜くと、奇声を上げ接近してくる最後の呪霊目掛けて斬り下ろす。最後の呪霊の胴体は、2つに別たれた。

 

 終わる攻防、だが斬り損ねの心配もある。地に崩れた呪霊をじっくりと観察していると、ソレらは二度と動くことなく、濁った粒子へと姿を変えて消えていった。

 

 ……あれ?なんか思ったより簡単だったな?

 

 若干拍子抜けしつつ、後方の夜蛾先生に振り向く。腕組みをしてこちらを見つめる彼へ俺は、声をかけようとして──壁の中からナニカが飛び出して、その腕を迅速な動きで俺の顔へと伸ばしてくる。

 

 完全なる不意打ちだ。ソレの動きの速さも充分なもの、これは反応でき……いや、なんかできるな?鍛練で戦った、夜蛾先生の操るぬいぐるみの方が数倍速かったし。

 

 襲い来る腕を、上体を少し反らずことで躱す。余裕を持った状態で、落ち着いてそのナニカを観察すると、やはりてソレは呪霊だった。顔に無数の目を備えた蜥蜴のような呪霊だ。

 

 飛びかかって来た動きのまま空中を流れていく呪霊、その頭部を刀を持っていない方の手で掴むと、思い切り床に叩きつける。

 

 呪力で存分に強化された身体能力で行われたそれは、呪霊を祓うに足るもので。

 

 先の呪霊たちと同じく濁った粒子となっていくのを見送ると、刀を鞘に収め、改めて俺は夜蛾先生を振り返り呼びかける。

 

 「──夜蛾先生ー!見てました今の!?ぱーふぇくとな動きでしたよね!?俺、天才かもしれないっス!ってか天才だわ!ヤバい!」

 「……たしかに最初の呪霊3体を祓う手際は目を見張るものはあったし、不意打ちにもきちんと対処できていた。良い動きであったのは間違いないが……戦闘時とのその落差はどうにかならんか???」

 「なんないです!!」

 「そうか……」

 

 きっぱり告げれば、頭を押さえて彼は溜め息を吐く。苦労してんだなと思って、てくてくと俺は彼の元へ寄りポンポンと慰めるように肩を叩き、ゴンっと拳骨を落とされる。

 

 ぬおおおっ、い、痛い……!!とても、痛い……!!

 

 別の意味で頭を押さえてうずくまっている俺に、夜蛾先生は捜索を続けるよう促してくる。

 

 なんて冷血漢な先生なんだと思いつつ俺は、涙目で立ち上がると。

 

 再び薄暗い廃病院内を、夜蛾先生と一緒に歩き出した。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 廃病院を出て、帳を上げると、空はもう茜色に染まっていた。

 

 ぐぐっと伸びをすれば、緊張していた身体が解れ、余計な力が抜けていって気持ちいい。

 

 初戦を終えたあと、引き続き呪霊の捜索に取りかかった俺たちは、新たに3階で1体、4階で3体と遭遇。特に目立ったミスを犯すこともなくそれらを祓い、全階の見回りを完了すること……すなわち任務を完了することに成功していた。いぇいいぇーい!!

 

 腕を伸び切らせ、ふへーと息を漏らしていると、その様を眺めていた夜蛾先生が、言葉を発する。

 

 「──……さて……まずは聡人、任務ご苦労だった」

 「いえいえ、夜蛾先生こそ、バカの引率大変でしたでしょ?お疲れ様です!」

 「……続けて講評に移る。今回の任務でのオマエの動きだが……全体的に見て、なかなかのものだった。戦闘面においては言うことなしだ。これからも向上に努めろ」

 

 と、お褒めの言葉を与る。ちょっと……いや結構嬉しい。ニヤニヤしちゃう。褒められて伸びるタイプだから、もっと褒めて……?

 

 「だが、心構えはまったくなっていないな。てんでダメだ」

 「……いや、あの……」

 「私語が多すぎるし、へらへらもし過ぎだ。危機感を持って任務を取り組め」

 「…………す、すいやせん……」

 

 ……ふ、ふつーに怒られた……辛い……。

 

 バツの悪さに俯いていると、夜蛾先生は、はぁ……と1つ溜め息を漏らし。

 

 「……まぁ、そこら辺はこれから直していけばいい。それよりも……もう、いい時間だ。何か食いたいものはあるか?」

 

 そう、尋ねてくる。

 

 恐る恐る面を上げれば、彼はその険しい顔に、微笑を浮かべていて。

 

 「……え、それって……」

 「初任務の成功祝いだ。俺が奢ってやろう」

 「……えっ、マジですか!?うっそ夜蛾先生、やっぱりめっちゃいい人だ……!最初の1ヶ月はコイツ絶対呪術師じゃなくてヤのつく人だと思っててすいませんでしたっ!」

 「そんなこと思っていたのか……」

 「焼き肉!俺、焼き肉食べたいです!おねしゃすっ!」

 

 ガバリと頭を下げて勢いよく頼み込む。

 

 それに夜蛾先生は、鷹揚に頷くと──くるりと俺に背を向けて、丁度やって来た車に向かいながら、言った。

 

 「飛び切り高くて美味い所に連れてってやろう……覚悟しておけ」

 「や、夜蛾先生っ……!!一生付いてきます──!!」

 

  

 

 

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