さしすの先輩聡人くん!   作:コトバノ

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第21話 クラッカーは鳴らされた

 

 

 

 「──うん、いいね。呪霊ではなく生身の人間、それも弱ってるときた。通常兵器は当然、良く効くだろうね」

 

 何かを確かめるように、淡々と女面の人物は言葉を紡ぐ。

 

 辺りには、春先の生暖かい宵の気が漂っていた。

 

 「……クッ……ソがッ……!!」

 

 地面に両膝と片手をついた状態で、俺は呻く。

 

 ポタ、ポタポタ。

 

 元より抉られてた脇腹、そして撃たれた右肩と左の腿から血が溢れ、石畳を赤黒く染めた。

 

 「いやはやしかし、なんと言うか……棚からぼた餅とは、まさにこのことを指すんだろうね」

 

 高らかに、歌うように。

 

 女面は、口を回す。

 

 「本当はね、君、墓之瀬聡人くん。私は今日、君を殺す予定は無かったんだよ。時期尚早だと考えていたからね。けど、どうしたことだろうか、こうもお誂えの状況を用意されてしまったら……利用しない手はないだろう?」

 

 その台詞に俺は、強い疑念を抱く。

 

 ……コイツ……いったい何者だ?この口ぶり……どこかで状況を把握していたのか?どうやって?クソ、得体が知れねぇな……!いや、というかだ、そもそもコイツはなんで……。

 

 「……ッなんでオマエ……俺を狙ってるッ……?」

 「なんでって……そりゃあ君、そんな異様な術式を持っていたら、狙われないわけがないじゃないか」

 「……ッ!どうしてそれをッ……!」

 「偶然だよ。半年くらい前かな。君、呪詛師たちと戦り合ってるときに、後輩たちに自分の術式を明かしてただろ?駄目じゃないか、どこに耳があるか分からないのに、そんな迂闊なことしちゃ」

 「……盗み聞きしてんじゃねぇよッ、キメェな……!趣味悪いぞッ……!」

 

 激痛に苛まれながら睨み付けるも、女面は肩を竦めてどこ吹く風だ。女面は更には、築地にもたれて浅い息の黒い男に話を振る。

 

 「──まぁでも……彼をここまで追い詰められたのは、禪院甚爾、君が暴れ回ってくれたおかげだよ。ありがたい限りだ」

 「……ッ漁夫の利狙いのクソ野郎の感謝なんて要らねぇよ…………地べたに這いつくばって懇願してくるんだったら、貰ってやっても良いけどな……」

 「手厳しいね」

 

 ぼやける視界、取りつく島もない黒い男に、女面はくつくつと笑う。

 

 終わりの気配が近付いてきていた。

 

 血が流れ過ぎている。身体も頭も、疲労の色が濃い。何より、長時間の術式行使に領域展開で、呪力がもう、底を突いていた。

 

 得物の刀は、すぐ手に取れる位置にはあるが……ほぼ生身の状態で、あの女面に太刀打ちできるかどうか……まぁ多分、無理だろうな。……詰みか。

 

 諦観が身を包む中、手にある黒いハンドガンを弄んで、女面は1人愉しげに喋る。

 

 「けれど、うん……フフッ、これも運命というヤツなのかな?こんなにもよく似た2人が、揃って私の前で死にかけているなんて」

 「似ている……?ッ誰と、誰がだよ……」

 「君と、禪院甚爾が、さ」

 

 告げられて。

 

 俺と黒い男は、重い身体を動かし、顔を見合わせる。ふむふむ……。

 

 「「こんなアホ面と、どこが似てんだよ。殺すぞ?……あァ!?真似すんなッ!」」

 「あっはっは、息ピッタリ、そっくりじゃないか。……もっとも、私が似ていると言ったのは、そこじゃないさ。──君たちの境遇にだよ」

 

 引き金の周り──トリガーガードに指を入れて、女面はハンドガンをくるくる回す。

 

 「例えばそう……非術師と御三家、カタチは異なるが──その家からすれば異質な力、受け容れ難い力を持って生まれ、血の繋がる実の親族から虐待されながら育ったところとかね」

 

 嘲笑めいて述べられた言葉に。

 

 俺は、自らの心臓が、ドクンと大きく跳び跳ねたのを感じた。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 物心つく前から、俺にはバケモノの……呪霊の姿が見えていた。

 

 ベビーカーに乗せられて行った、商店街の路地裏に。

 

 遊びに連れて行ってもらった公園の、古びた遊具の上に。

 

 通うこととなった幼稚園の、片隅に。

 

 訪れた、親戚の家の、使われなくなった物置小屋に。

 

 どこにでも、ソイツらは居て。

 

 幼かった俺は、無邪気にその存在を、何も居ないはずの場所を指差して、みんなに伝える。

 

 ねーねー、アレは何だろう?と。

 

 そんな俺を、商店の人は、小さかった友だちは、幼稚園の先生は、親戚は、不気味がった。

 

 ──意味の分かんねぇこと言ってんじゃねぇ

 

 ──オマエ、おかしいよ

 

 ──……変なこと言わないでちょうだい

 

 ──気持ち悪い……不吉だ

 

 次第にみんなから避けられるようになった俺を、それでも両親は、お父さんとお母さんは、変わらず愛して続けてくれた。

 

 

 

 ──なんて、夢みたいなことはなかった。

 

 お父さんは、俺がバケモノが見えることに怯え、何かあれば殴ってきた。

 

 お母さんは、俺の歪さに耐え切れず、無視するようになった。

 

 今なら分かる。当然だ。見えてはいけないモノが見える不気味な存在が、自分の子どもだなんて、嫌に決まってる。何が起こるか分かったものじゃないんだ。そりゃあ気持ち悪いだろう。そんなヤツを、赤子のときと変わらずに愛せるわけがない。

 

 ──喋るな、不愉快だ

 

 ──どうしてオマエなんかを産んでしまったのか

 

 ──出来損いめ

 

 ──消えろ

 

 かけられるのは、暴言の数々。

 

 でも俺は、幼くて、頭の回らないガキで。

 

 何が悪いのかなんて、まったく分かっていなかった。

 

 きっとその内、優しかったお父さんとお母さんに戻ってくれるだろうと思っていた。

 

 だから、にこにこと、笑顔でお父さんに、海に行ってみたいと言って──殴られた。

 

 だから、にこにこと、笑顔でお母さんに、幼稚園で頑張って描いた似顔絵を見せて──破られた。

 

 だから、にこにこと、笑顔でお父さんに、サッカーをしてみたいと言って──殴られた。

 

 だから、にこにこと、笑顔でお母さんに、誕生日だからと公園で集めた花を渡して──捨てられた。

 

 だから、にこにこと、笑顔でお父さんに運動会に来てほしいと言って──殴られた。

 

 だから、にこにこと、笑顔でお母さんに、見に来てほしいと授業参観の紙を渡して──ぐしゃぐしゃに丸められ、投げつけられた。

 

 だから、だから、だから……だから?

 

 何をしても、両親の態度は変わってくれなかった。戻ってきてはくれなかった。むしろ、いつも笑顔だった俺がより気持ち悪かったんだろう、苛烈にすらなった。

 

 ただ、両親がまだ優しかった頃に、聡人の笑った顔は可愛いねって……そう言ってくれたから、ずっと笑っていただけなのに。

 

 そして、小学生になって暫くしたある冬の日。

 

 俺を置いて、2人で旅行に出かけていた両親は、交通事故に巻き込まれて死んだ。即死だったらしい。

 

 わけが分からないままに、気付けば、葬式が執り行われることになっていて……それでも俺は、こんなときに、どんな顔をすれば良いのか分からなくて、笑っていた。

 

 泣きながら、俺は笑顔を浮かべていた。

 

 親戚は、そんな俺を痛罵して、暴力を振るった。

 

 ──オマエが殺したのか

 

 ──何を笑っているんだ、このクソガキが

 

 ──どうして産まれてきてしまったんだ

 

 ──なんておぞましい

 

 ──気色が悪い、失せろ

 

 お経を読んでいた住職たちが、慌てて暴力を振るう親戚を止めに動く中……ボロボロの身体で、覗いた棺。

 

 お父さんとお母さんの声が聞こえた気がした。

 

 ──オマエの所為だ

 

 ──オマエが死ねば良かった

 

 怨嗟の呻き。

 

 ぐるぐる、頭の中で、責め立てる声が、忌々しそうに蔑む声が、回る。自分が何をしているのかすら分からなくなって、俺は、その場に倒れ──目を覚ましたときには、叔父に引き取られることになっていた。

 

 ──わざわざオマエみたいな気持ち悪いガキを引き取ってやったんだ。迷惑かけたら殴るからな

 

 叔父は、そう言って、俺をテキトーな中学校に叩き込んだ。

 

 目まぐるしく変わる環境。

 

 叔父は、最低限しか生活の保障をしてくれなかったから、中学生ながらに俺は働かなければならなかった。

 

 身分証明をしないで働けるところはそう多くなく、場末の居酒屋や、工事現場、パチンコ屋といった仕事を、死にものぐるいで掛け持ち働く。

 

 無駄に耳が良かったこともあって、バイト中は、常にその騒音由来の頭痛に悩まされた。

 

 学校では、バイトの疲れからいつも寝てしまっていたので、ロクに友だちもできなかった。その内バイトを優先して学校を休むようになったし、修学旅行なんかも、当然費用は準備できなくて、行けなかった。

 

 どこまでも続く暗い日々。

 

 未来なんて見えなかった。

 

 けれど、どうか、どうか。

 

 こんな、価値のない俺でも。

 

 せめて、少しの間でも良いから。

 

 人並みの幸せを、生きる楽しさを味わってみたかった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 「──他にも……そうだね、宿っていたその力は、生家では認められることはなかった、けれども生家以外にとっては無視できぬほどの能を持っていた……こういった部分も似ているね」

 

 我に返る。

 

 汗水血潮を垂らしつつ、上体を持ち上げ、膝立ちの姿勢。

 

 俺は、ご高説を続ける女面を見据える。

 

 「あとは、大切な人と出会えても、すぐ別れることになるという部分も……うん、一緒だね」

 

 くるくる、くるくる。

 

 相も変わらず、女面は、ハンドガンを回していた。

 

 「しかし運命、運命か……運命とは、最も相応しい場所へ、人を運ぶと言う。家族に甚振られ育ち、折角会えた大切な人ともすぐに分かたれるなんて実に不幸で可哀想な人生を送って、最後には私の前で虫のように転がる羽目になるとは……君たちは、随分な評価を運命から受けているみたいだ」

 

 嘲りの滲んだ声音で、女面の人物は言を放つ。

 

 見下ろしてくる能面もまた、あたかも頬をつり上げ嗤っているかのようだ。

 

 痙攣する手。

 

 石畳に転がる刀を掴み。

 

 喘鳴を漏らしながら、俺は、よろよろと立ち上がって。

 

 女面に、意を唱える。

 

 「……シェイクスピアか……?文豪の台詞を借りても、オマエのバカさが隠せてねぇぞ……頭ん中に、脳みその代わりにクソでも入れてるのかと思ったわ……」

 「……?どういう意味かな?」

 「まんまの意味だよ……オマエは知らねぇのかもしれないが、良いか、クソ詰まった頭でよく聞け……大切な人に……大切だと、大好きだと思える人に会えて、思い出を紡げた時点で……その人生は、もう幸せなんだよ……訳知り顔で語ってんじゃねぇ、バーカ……」

 

 痛みで引きつる顔を──笑みに歪め、告げる。

 

 「…………」

 

 呆気に取られたのか、女面は、ハンドガンを回す手を止めた。

 

 カタリと、指奥に落ちたハンドガンは僅かに音を立てる。

 

 「──……クックック……お面野郎が、面食らってやがる……傑作だな、おい……」

 

 フラフラと。

 

 築地を寄る辺に、口端を曲げて、黒い男も立ち上がる。

 

 沈黙を保っていた女面は、ハンドガンを懐に仕舞い、ハットのつばを微かに下げる。

 

 能面のにやけた目元に影が落ち……女面は口を開く。

 

 「……なるほど。そういう考えもあるんだね。興味深い意見をどうも、墓之瀬聡人くん」

 「どういたしまして、愚かな知恵者……利口なバカを目指して……ここでくたばれ……」

 

 ゆっくりと、刀を構える。

 

 幾度となく繰り返し、身体に覚え込ませた動作。

 

 並び立つ黒い男も、淀みなく無手の腕を構える。

 

 女面は、こちらを誘うかのごとく、両の腕を大きく広げ──俺と黒い男は、同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 








 感想欄で、女面の正体を当ててる人めちゃくちゃ居てびっくりしました()

 キッショ、なんで分かるんだよ(パカッ)

 ちなみに前話で1番悩んだのは、女面の服装……いい感じにキモくできた。2番目に悩んだのは領域に咲かせる花ですね。意味とか色々調べるのが大変だった。

 感想に高評価は、もっとちょーだい♡ 頑張れるからっ!

 
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