ごめ、書いてたデータ全部消えちゃったから遅れました……。まじで現実を受け入れられなかった……。
あと今話と次話は、羂索の能力がちょいネタバレになるので注意です。一応ぼかしてはいるけど……。
右の脚で地面を踏み込み、左の脚で地面を蹴る。
襤褸と化した長ランをはためかせて、俺は女面へと肉薄する。
「──無理するなよ。疲れてるだろ」
「まさか、元気いっぱいだよッ……!」
腰だめに構えた刀を頭部に振るい──ハットを押さえながらそれを易々と躱す女面、その背後に回り込んだ黒い男が右廻脚を仕掛け──それもまた、いとも容易く捌かれる。
「片や残りカスの呪力で動く術式の焼き切れた術師に、片や百孔千瘡のフィジカルギフテッド……そんな相手に、私が後れを取るわけないだろう?」
「ぐッ……!」
「チッ……!」
トレンチコートを揺らし、踊るような滑らかさで、女面は抉れた脇腹を蹴りつけ、顎を掌底で打ってくる。
よろめく身体を俺は意地で持ちこたえ、返す刀で袈裟懸け、黒い男も合わせて右の縦拳を放つ。続いて刺突に曲線を描く左の殴打、斬り上げに右の剛腕。
阿吽の息の、連携攻撃。
だが、速さも威力も、キレも呪力も……何もかが、女面に届かせるには足りていない。
軽やかに全ての攻撃を掻い潜った女面は、刀を奪いながら合気で俺を投げ飛ばす。
地面に叩き付けられ、奔る激痛。這いつくばって見上げた先、女面は奪った刀で黒い男の──鳩尾を突き刺す。
喀血、黒い男の頭がガクンと下がり、動きが止まる。
静まり返る場。
黒い男は、震える左の手で刀を掴み──上げた顔、ギラギラと瞳を輝かせ、凄絶に嗤う。
「……捕まえたぜ」
「なッ──」
至近距離。
血に塗れた拳が、女面の腹に──炸裂する。
初めて攻撃を受け、女面はふらつき。
石畳をもがいて起き上がった俺も、血を撒き散らしながらその背面へ右の拳を振るう。
須臾の時は、無限にも引き延ばされ、歪む空間。
叩き込んだ拳、宿した呪力が──黒く爆ぜる。
黒閃は、女面の背から脇腹を抉り飛ばした。
「──ッ!!……なんてヤツら……」
「ハハッ……!サプライズプレゼントだよッ……!コイツでお揃いだなッ……!!」
苦悶と驚嘆の声を漏らす女面。
響く苦痛も呪力に変えて。
勢いそのままに、俺は、左の拳も打ち込もうとし──。
──ゾクリと、不穏な気配を感じる。
次の瞬間、移り変わる視界、トレンチコートの女面は消え失せ、灰色の石畳が現れる。
続いて身体を襲う強かな衝撃。
「がッ……!!??」
詰まる息、あばらの幾本かにヒビが入り、内から痛みが滲んでくる。元よりの負傷の痛みも相まって、意識が飛びかけた。
何がッ……起きてるッ……!?動けないッ、地面に押し付けられてるッ……!?……呪力の圧……それとも術式かッ……!?
「……まったく、手負いの獣が1番厄介とはよく言ったもんだね。満足に動かせない拳で打ち抜いてくる胆力に膂力、土壇場でなけなしの呪力で黒閃を出してくるセンス……たまげたよ。残穢が残ってしまうから、使うつもりはなかったのに、コレを使わされてしまった」
頭上から、パンパンとコートの汚れを叩く音に、辟易としたような声。
ギシギシと軋み地面にめり込まされていた身体がふっと軽くなる。
先までの圧が止んだ。
だが、起き上がる力は、残っていなかった。
近くに伏す黒い男は、ピクリとも動かない。
当然だ。
俺もアイツも……既に限界を超えていた身体を、何とか騙して動いていたのだ。
もうこれ以上は、意地や精神でどうにかなるものではなかった。
「まぁそこら辺のリスクを考慮しても、君たちをここで排除できるなら、お釣りがくるわけだし……必要経費として割り切るとしよう。プレゼントには、お返しが必須だしね」
頭すらも上げられない中、上目遣いに睨めば、女面の血濡れたコート、その内の脇腹が治っているのが確認できる。
……コイツ、反転術式も使えるのか……いよいよもって、絶望だな。呪力は本当にすっからかんだし、得物も奪られた。こっからの逆転の目は……まるで見えない。
「……しかし、どうしたものかな。少し口惜しいね。もっと違うカタチで会えていたのなら、殺しまではしなかっただろうに」
暗い宵空を背景に、色のない能面が、こちらを見下ろす。
「ああでも、安心してもらって大丈夫だ。君たちの亡骸は、きちんと有効活用してあげるから。禪院甚爾の方は、そうだね、骨粉にでもして裏に流そう。よく売れるだろうね」
段々とボヤける視界。ぐるぐる回って、混ざっていく。
音も遠くなっていって、身体に心地好い温かさが広がって。
自分が、どこに居るのか、何をしているのか、分からなく──。
「墓之瀬聡人くんの方は、術式はもちろん、五条悟や夏油傑、その他数人の術師とも繋がりがあるからね。より一層役立ちそうだ。……困った、年甲斐もなく興奮してきそうだよ」
──その言葉は、いやに耳についた。
コイツは今、何と言った……?俺だけじゃなく……他も、狙って、いるのか……?俺の身体が利用されて……悟が、傑が……硝子ちゃんが、歌姫さんが……夜蛾先生が、冥さんが、日下部さんが……雄が、建人が……俺の大切な人たちの誰かが、コイツに、何かされるのか……?
「……ォ……ォオッ……!!」
そんな、そんなのは……ダメだ……許容できない……大した人間じゃないんだ、俺はどうなっても良い……けど、みんなは、大好きなみんなだけは、絶対にッ……!!
「──ォ……オオオオオオッッ……!!」
血を絡ませた、呻きともつかない叫びを上げ。
ガクガクと震える脚で、俺は立ち上がる。
息をするだけでも、辛い。
ましてや、立っているのなんて、拷問だった。
でも、それでも、コイツを自由にさせるわけにはいかないから。
俺は、血塗れの、ボロ雑巾の身体で、女面の前に立つ。
「……いや、なんで立てるの?満身創痍どころじゃないでしょ。脳震盪で意識は朦朧、全身に打撲と裂傷があって、脇腹は抉れ、肩と腿も撃たれて、呪力も術式も無いのに……。人間として、そろそろ死んどきなよ」
呆れの溜め息を吐いて。
ハットの位置をずらし、調整する女面。
「……譲れないもんがあるからな……そのためなら、どれだけ身体がボロボロになっていようと……いくらでも立てるんだよ……」
「矜持か?けど、それだけじゃ私には勝てないよ。何も残ってない君に、はたして何ができるのか……見物だね」
興味もなさげに言い捨てて、女面は、俺から奪った刀を無造作に構える。
それに俺は、笑って返して。
ご講釈を垂れてやる。
「……残ってないなら……持ってくりゃあ良いんだよなぁ……」
「……なるほど……!……命を懸けた縛りでも使う気かな?そうすれば、一時的にとは言え私に対抗できる」
「50点の解答だな……縛りは、対価にするもので、得られる力も変わる……そして、俺が懸けるのは……命よりも大事な──」
ゆっくりと。
躊躇が、悲哀が、後悔が、拒絶が、未練が、溢れ落ちないように、暗い空を見上げて。
戻す視線──告げる。
「──思い出だよ」
脳裏を。
青春の光景が過る。
夜の街に怪しく微笑む冥さん。
車の前で、見送ってくれる補助監督さん。
校門の前で出迎える夜蛾先生。
刀を交えた先の日下部さん。
黒板の前、緊張気味に笑いかけてくる歌姫さん。
彼女と出かけた渋谷、初めて触った携帯電話。
並ぶ机の向こう、生意気に笑う悟に、穏やかに微笑む傑、ぽけーっとした硝子ちゃん。
夏の海、線香花火、スイカ割り、ビーチバレー。
新宿、悟と傑、冥さんと日下部さんと囲んだテーブルパーティー。
冬の高専、雪合戦。
桜吹雪、無邪気に笑む雄、真面目な顔の建人。
それら全てが、愛しい思い出が消えてしまうなんて、嫌だ。死んでも忘れたくない。ようやく手に入れられた、幸せに、楽しみに彩られた記憶。
けど、みんなを害そうと、傷付けようと、弄ぼうとするコイツを阻むためには──。
「……思い出が命よりも大切だなんて……随分とロマンチストなんだね」
「嫌いか……?ロマンは……」
「どうでもいいというのが、正直な感想かな?」
「風情の分からないヤツだな……」
交わす軽口。
応酬の中で、俺は、覚悟を決めて。
思い出を消そうと、縛りを結ぼうと、額に手をやり──。
──飛来してきたナニかが、目の前の女面を吹き飛ばした。
それは──金棒を持った、人並みの大きさをした、ウサギのぬいぐるみだった。筋肉質なそのぬいぐるみは、こちらを見て、ぐっとガッツポーズを取る。
宙を舞いながらも、刀で攻撃を防いでいたらしき女面は、軽やかに築地に着地し──その壁を斬り崩して、裏から現れたタバコをくわえた男が、女面に無数の剣撃を浴びせる。
その閃く刀を凌ぎ切った女面、そこに群がるは数十もの黒い烏たち。
全部、見たことがあった。慣れ親しんだものだった。
傀儡操術。
シン・陰流。
黒鳥操術。
あまりにも都合の良すぎる展開に、気が緩み、抜ける力、仰向けに俺は後ろに倒れ──。
──ぽすんと。その身体が、優しく受け止められる。
既視観。
いつかのように、優しく声がかけられた。
「──遅れて悪いわね、聡人。もう大丈夫、あとは私に……私たちに任せてちょうだい」
冷たくなる身体に感じる温もり、慈しみを感じる声音。
起きた奇跡に、つい安堵の笑みを浮かべてしまう。
本当に、この先輩は……いつも来てほしいときに、来てくれて。
欲しいときに、欲しい言葉をくれる。
「……良いん、スか……?」
「ええ、もちろん。そうですよね?」
「──ああ。聡人に……俺の生徒に、これ以上は手を出させたりはしない。安心して、休んでろ」
問いかけると、芯に響くも柔らかな声で、答えが返される。
それに俺は、どうしようもなく安心してしまって。
もう大丈夫なんだと、思ってしまって。
「……じゃあ、頼みますわ。……近付くと……地面に押し付けられるのと……反転術式も使うんで……気を、付けて……」
「ああ──任せろ。歌姫は、聡人を頼む」
「はい、絶対に守ります」
「……ったく、とんだパーティーになったもんだ……」
「まぁまぁ日下部。賞与が期待できて、多方面に借りを作れると考えたら、むしろ胸が躍ってこないかい?」
「そりゃオマエだけだよ、冥冥」
歌姫さんに抱えられる俺の前。
庇うように、夜蛾先生が、日下部さんが、冥さんが──並び立った。
感想高評価あざ!3月中に終わらせます!応援よろ!