黒塗りのワゴン車に乗せられ到着したのは、山の麓。そこから山を登って20分ほどして見えてきたのは、開けた山頂にドンと佇む廃校だ。
ボロボロの校門を越えた先、3、4階建ての木材でできた古びた校舎の壁面は黒ずんでおり、所々に蔦も侵食している。窓はヒビが入ってるものが多く、中にはスプレーで落書きされたものも見られた。全貌からは、おどろおどろしいという言葉がぴったりのように思える雰囲気が醸し出されている。
「おー……これまたいかにもって感じっスね」
「そうだね……しかしまったく、いくら呪いが潜んでいるのやら。報酬、もう少しつり上げた方が良かったかな?」
感想を漏らせば、隣に立つ冥さんが相槌を打つ。その手には、巨大な長斧が握られていた。彼女の愛用武器らしい。クールだよな!
逆隣に立つ日下部さんは、タバコをふかしつつ、行きたくないオーラを全面に出しながら、用心のためにか腰の刀の柄に手を当てている。隙はなさげ。
俺はというと、日下部さんと同じく腰に刀をぶら下げて、ついでに身体強化も施している。なお、身体強化についてはおそらく他の2人も既にしているはずだ。
というのもこの任務の事前情報で、前任者だった2級術師数名が、どこからともなく繰り出された攻撃に重傷を負わされたというのがあるからである。つまりは呪霊の中に、こちらに気取られない遠距離からの攻撃手段を有しているものがいるかもしれないということ。攻撃に当たらずに済むのならそれが1番良いわけだが、万が一を考え今の内に身体強化で防御力を上げているのである。
しかし遠距離、か……狙撃でもしてくるのか?事前情報には他にも、急に動けなくなったとかがあったが……ふむ…………分っかんね!
「冥さん冥さん。遠距離攻撃ってどんなのか分かります?」
「そうだね……考えられるのはざっくりいって2つだ。1つは、ただ呪力の塊を遠くから飛ばしてくるというもの。シンプルだけど厄介だね」
「ほーほー……」
「もう1つはそういう術式を持っているというもの。準1級以上の呪霊は姿は確認できていないそうだけど、間違いなくいるだろうし、私はこちらの方が確率は高いと思っているよ」
「術式……モノ飛ばすとかですかね?」
「フフ、そんな簡単なものだったら嬉しいんだけどね……とにもかくにも、接近してみなければ分かるものも分からないよ。そろそろ行こう。……日下部、帳下ろして」
「俺がやんのかよ……」
冥さんの要望にブチブチ言いながら、日下部さんは応えて帳を下ろす。
辺り一帯が闇に包まれていき──ヤツらが姿を現したのは、ほぼ同時だった。
校舎前の、俺らがいる校庭との交錯場所。そこにヤツら……呪霊たちは、いた。
目視できる限りは7体、どれもが人間ほどの大きさではあるものの、容貌は当然異形だ。カマキリの身体にニンジンのような頭部をもつモノ、ネズミの身体にゾウのような頭部をもつモノ、ナマコのような身体に無数の目があるモノ、猿の身体にカエルの顔をもつモノ……気持ち悪いのバーゲンセールである。
「ざっと見たところ、3級ばかりみたいスね。俺、行ってもいいですか?」
「結構数いるけど、大丈夫なのかい?」
「まぁ見ててくださいな」
言って俺は、歩き出す。わけの分からない言葉を漏らしながら呪霊どもがやって来る中、切っ先を後ろにした刀を腰の横に構えて進み──思い切り振り抜く。
伴って放たれるのは、ふんだんに呪力が混じった斬撃だ。太く青黒いその斬撃は、こちらへと駆けていた呪霊たちを呑み込んでいく。呪霊たちは、ジュッと焼けたような音を奏でて、身体を霧散させた。
斬撃を媒介とした呪力放出。これが俺が2ヶ月の鍛練で得た切り札だ。身に付けるまでには随分と苦労した。なんせいっぺんに大量の呪力を刀に籠めると、すぐさま刀が折れたり朽ちててしまうのだ。練習で学校の倉庫にあった刀をこっそり使い、20本くらい壊して夜蛾先生にめちゃくちゃ怒られた。怖かったわ……!
そんで丁度良かったので、怒られてる最中に原因を聞いてみたところ、曰く、急激な変化に器が耐えられないのだとか。とはいえ急激な呪力変化に対応できるお高い刀なんて、買えるはずもないので、自分なりの試行錯誤を繰り返し。最終的に、刀に呪力を溜めておくのではなく、通り道として扱うことで、現在なんとかものにできてるといった具合である。つまり俺は天才ということだ。崇めろ……!
「……おいおいマジかよ、なかなかの出力じゃねぇか……墓之瀬オマエ、そんなのできたのか」
「フフフ……やるね、墓之瀬くん。呪力もまだまだ残っているようだし……」
すると、口々に称賛をしてくれる冥さんに日下部さん。おい、照れるんだが……?えへへえへえへえへへ……。
ニヤニヤしていると、おかわりよろしく校舎の中から、新たに数体の呪霊が奇声を発して出てくる。
それを見留めた冥さんが、俺に向けて。
「墓之瀬くん、もう1回頼めるかな?」
「もっかいスか?任せろい!」
美人のお願いに意気衝天、再び飛ぶ斬撃を放つ。呪霊たちは、同様にその青黒い奔流に呑み込まれ、霧散した。
「……うん、いいね。雑魚の処理はお手の物といった感じだ」
「いやぁ、それほどでも……!えへへえへえへへ……!」
「墓之瀬、さっきからオマエ顔キモいぞ」
「日下部さんさぁ……!」
「フフ……それじゃあ本丸──校内に行こうか。前任の術師がやられたのも校内らしいし、気を引き締めよう」
水を差してきた日下部さんにメンチを切っていたところ、冥さんが呼びかけ1人で勝手に進んでいく。迷いの無い足取りだ。
その傍若無人っぷりに、素敵だ……!と思いながら俺がついていき、嘆息して日下部さんも続く。
そして昇降口を潜り、校内へと足を踏み入れ。
「──ッッ!!!」
──強烈な悪寒が背筋を走る。呼吸は乱れ、全身に鳥肌が立ち、身体の端々から熱が失われていく。
なんだ、これは……?……ヤバい。ヤバすぎる。今まで見てきた、戦ってきた呪いとは、あまりにもレベルが違う。相対していないのに、感じ取れる気配だけで気圧されてしまう。
「……こ、れ……ヤバくない、スか……?」
「……おい、冥冥よぉ……オマエふかしやがったのか?この気配……ほぼ特級だろ」
「……私も予想外だよ。前任の術師の呪力感知がザルだったのか、それともうまく情報が伝わってなかったのか……なんにせよ、報酬は倍は出してもらうことは確定だね」
震える声で問えば、両人ともに呪いの強大さを肯定する発言。というか、特級レベルの1級って……マズくないか……?
「これを使う気はなかったんだけどね……リスクヘッジは必要だ、背に腹は変えられないよ」
しかしこの状況でも依然微笑みを崩さない冥さんが、何やら小難しいことを呟き。
「──おいで、皆」
何処かに呼びかけ数瞬の後、背後から聞こえてくる甲高い鳴き声。振り向けば、昇降口よりはためく黒いナニかが入ってくる。
烏だ。それも10羽近くの。
「ああ、墓之瀬くん。警戒する必要はないよ。私が呼んだんだ」
「冥さんが……?」
「そ。私の術式さ。黒鳥操術……烏を操れるんだ」
「へぇー……面白いっスね」
「フフ……さて、皆。行ってきてくれるかな?」
冥さんが集まったその烏たちに呼びかけると、烏たちはまた甲高い声を上げて校内を飛んでいく。
「おお……え、何してるんですか?」
「偵察だよ。私は烏と視界が共有できるからね。それを利用して呪霊を捜しているんだ」
「黒鳥操術すごぉ……いや、冥さんがすごいのかこれ?冥さんがスーパーウーマンなのか?日下部さん、どう思います?」
「……いやオマエ、さっきまでの緊張感はどうした?」
「緊張するのに飽きたんでどっかやりました」
「緊張感ってそんな簡単にどうこうできるもんだったか???」
できるもんなんだよな……いやまぁ、ちょっとはまだ緊張してるというか、ビビってはいるけど……よく考えたら冥さんも日下部さんもいるから、そこまで心配いらない気もする。なんかこの2人って、実力が未知数すぎるから逆に安心できるんだよ……。
「……ん?烏が殺られたね……この位置は、3階の丁度真上──ッ!」
「うおッ!」
「ぬぁッ!」
──それは、突然のことだった。
冥さんの言葉を受けて、上階、天井の方を見上げた途端にそこに大きく亀裂が入り、爆音と共に砕ける。その先から烏とは違う黒いナニかがいくつも飛び出て、次々と襲いかかってくる。
咄嗟に頭上に刀を構えてソレを受け止めようとし、攻撃の鋭さ、重さに耐え切れず床に片膝をつかされる。
「ぐッ……このッ!!」
腕が悲鳴を上げる中、身体に通す呪力を増させ、なんとか攻撃を押し返すと、黒いナニかはするすると物凄い速度で天井の穴へと戻っていく。
「ッ……冥さんッ、日下部さんッ!」
やっとの思いで攻撃を凌いだ俺は、慌てて2人を見やると──。
「危ないところだったね。無事かい?墓之瀬くん」
「不意打ちは心臓に悪いぜ、ったく……」
斧を肩に担いで冥さんは微笑み、刀を鞘に戻して日下部さんは悪態を吐いている。どちらも余裕綽々の様相だ。辺りの床には、先ほどの攻撃を仕掛けてきた黒いナニかが散らばっていたことから、難なく防いだことも分かる。流石にお強いな、おい……。
「……俺は無事っス、頑張って防ぎました。それより今のって……」
「おそらく例の遠距離攻撃だろうね。正体は……」
「──髪の毛だな」
冥さんの言葉を引き継いで、日下部さんが言う。視線の先、床に散らばっている黒いナニか。それは彼の言う通りに、異様に長い髪の毛だった。
「うん、多分自身の髪の毛を操る術式といったところだろうね。強度、長さ、伸びる速さ……そこら辺は自由に弄れると見て問題ないだろう。……と、また来るよ」
冥さんが言ったが速いか、再度天井が爆音を立てて砕ける。そして襲い来る幾本もの髪の毛の槍。
「んおッ……散髪の時間だオラァッ!!」
先の自分と同じ轍を踏むまい、少ない動作で受けずに避けて、天井から伸びた髪の毛の槍に刀を振る。僅かな拮抗の後、斬り払うことに成功した。
絶え間なく降り注ぐ髪の毛の槍に、その動きを何回か繰り返していると、同じく髪の毛を斬り飛ばしていた日下部さんから呼びかけられる。
「おい墓之瀬!校舎やる前にやってた呪力のせた斬撃、上に放て!」
「上に!?……なるほど落とすんスね!」
意図を察した俺は、隙を見て飛ぶ青黒の斬撃を放つ。斬撃は既にボロボロだった天井を破壊して尚突き進んでいき──おぞましい悲鳴が上がる。
髪の毛の攻撃は止まり、上階は崩壊、建材が続々と落ちてくる。それに紛れて落ちてくる、黒い影。黒い影は床に衝突する前に身を翻し、着地を果たす。
土煙が立ち込める中、見えるその黒い影の姿は、やはりて奇っ怪なものだった。
顔は長い髪の毛に覆われており、合間より覗く目は常軌を逸していて、口は縦についている。女性のような身体も長い髪の毛に包まれており、腕は身体の前で自らの髪の毛に拘束されていた。
「……イタい……!よくもやってくれたな……!コロ、コロす……!ゴミどもがッ……!」
呻き叫ぶ呪霊から、髪の毛の槍がまた放たれる。
対抗して俺も斬撃を飛ばすも、無数の髪の毛の槍に呑まれ霧消、更には槍が襲いかかってくる。
「クッソッ……!」
避ける、逃げる、躱す、斬る。
必死の思いで槍から身を守るも、ジリ貧なのは目に見えている。なんとか打開案を打とうとするも、荒波のように迫る髪の槍に、やがて太刀打ちできなくなり──髪に、呑まれる。
「ヤバッ……!!」
呪力で身を固め、なるべくダメージを抑えにかかり、同時に刀を振り回し、髪の波からの脱出を試みる。
しかし、四方八方、一面髪に包まれた中では、その抵抗も大して意味をなさず。
ジワジワと、髪に溺れていく。
マズい……!クソッ、溺れるならお金か女に溺れたいッ!(錯乱)髪ッ、お金になれッ!髪ッ、女になれッ!髪ッ、お金になれッ!髪ッ、女に──!
「──ここまでだな」
「わっ」
──ひょいっと、視界が開き、身体が持ち上げられる。
首だけ動かして確認すれば、それをなした主は、刀を肩に、タバコをふかした日下部さんだった。
「助かりましたッ、日下部さん!」
「おー、無事か?」
「特に怪我はないっス!」
「ま、オマエの実力ならそりゃそうだよな。とりあえず今は、ちょっと休んでろ」
無造作でありながらも目にも留まらぬ速さで刀を振り、髪の槍波を斬り払う日下部さん。
その後ろで俺は小休止、呼吸を整える。
……え、日下部さん、めっちゃ強くないか?さっきも今も、ずっと余裕そうだし……ってか、あれ?冥さんはどうしたんだ?いづこへいづこへ……お、いた。俺たちのいる廊下の向こう、ぶち壊れた壁を越えた教室内で、斧ブンブン振り回してる。あの人も段違いでめっちゃ強いやん。えぇ……?
彼らとの差に半ば引き気味で驚いていれば、視線に気付いたのか、冥さんがこちらにウインクを1つ。
その動作に胸を撃ち抜かれていると、彼女は斧を振り回しながら身体をくるりと回し──気付いたら、片腕の中に、烏が慈しむように抱かれていた。俺も慈しむように抱かれたい。
欲望を覚えていると、冥さんが、その烏を宙に放り──黒の軌跡が棚引く。
目にも追えない速さ、次の瞬間には弾けるようなけたたましい音が響く。
早急に軌跡を辿れば、その先には。
「……ア、あア……!?」
どてっ腹に風穴を開けた髪の呪霊が、呆然と目を見開き立っていて。
やがて呪霊は、ゆっくりと崩れ落ち、形を失くした。
………………は……?
「──神風……自死を強制させる代わりに呪力制限を消した烏を体当たりさせる……私の必殺技だよ。驚いたかな?墓之瀬くん」
「いや……驚いたっていうか……」
「……やんのが遅ぇんだよ、冥冥」
「フフ……そうボヤくな、日下部。そもそもの目的は、墓之瀬くんに上級の呪霊との戦いを経験させることなんだから」
「……まぁ、それもそうか……」
ゆっくりとこちらに歩み寄りながら、事もなさげに言葉を交わす2人。
その振る舞いに、俺は、畏敬の念を覚える。勝ち目なんてまるで見えなかったあの呪霊に対しての、気にも留めないような態度。どうしようもなく憧れる。俺もいつか、あれほど強くなれるだろうか。もしなれたら、きっと……。
「……きっと、女の子の術師にモテモテになれそうな気がする!!」
「ん?何の話かな?」
「本当に何の話してんだ?」
「いや、こっちの話です!……それより任務はこれで終わりですか?」
「うん、そうだよ。今、烏に見回らせたけど、呪霊の気配はなかったからね」
妄言を脇に追いやって尋ねると、上がりの報告。よかった、流石に疲れてたから、これ以上はちょっと遠慮したかったんだよな……。
「──んじゃあとっとと帰るぞ。いつまでもこんな辛気臭いとこには居たくねぇ」
「そうだね。それに私は報酬のつり上げをしないと。フフ、いくらまでいけるかな?」
「……はい、帰りましょう!」
──胸に、小さな。けど確かな憧憬の火を灯しつつ。
俺はまとまりなく喋る2人と、帰途についた。