さしすの先輩聡人くん!   作:コトバノ

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第6話 死・指・肢・思

 

 

 

 任務の現場たる閉鎖されたショッピングセンターの中は、生暖かでジメっとした空気が渦巻いていた。

 

 帳を下ろしていることと、電気が通っていないこと、空間が広くそれぞれの窓やドアが遠いことから、明かりは僅かで全体的に暗い。

 

 その暗がりに広がるのは、タイル張りの薄汚れた通路と、その両端に構える錆びたシャッター。天井には、電気や空調の配管が剥き出しになっている。

 

 そしてどこからかは、いつぞやの廃校で感じたのと同程度の、濃密な呪いの気配も漂ってきていた。

 

 ──呪いの住処となっていたショッピングセンターを訪れた一般人の、生存確認及び救出。

 

 それが今回の緊急任務の主目的だ。

 

 歌姫先輩が補助監督さんから聞いた話によると、このショッピングセンターは数年前に閉鎖された施設で、近くには墓地も存在しており、本来なら高専関係者による巡回が必要な場所だった。だが、担当の窓の人の怠慢で、報告がもたらされていなかったのだとか。

 

 そのため呪いが発生、尚且つ強大化を遂げていたところに、折り悪く昨夜、大学生と思われる一般人4名が、肝試し目的で入り込んでしまい、消息を絶ったらしい。つまりこの4人を、1級相当の呪霊に見つからずに探さなければいけないというわけだ。

 

 「──地上3階に地下2階……歌姫先輩、どっちから探しますか?」

 

 刀を抜き、全身に呪力を流しての臨戦態勢をとったまま、同じく臨戦態勢で周囲を窺っている歌姫先輩に声をかける。

 

 彼女はやや硬めの声で、俺の問いかけに答えた。

 

 「そうね……地下から、かしら。1階はもちろんのこと、2階、3階からは、頑張れば脱出できないことはないわ。例えば、飛び降りたりしてね。大怪我を負う可能性はあるけど、呪霊に襲われていたら、恐怖に駆られてそれくらいのことをする人もよくいる。でも今回はそんな人はいない……だからもし彼らが生きているのなら、容易に外に出られない地下にいるんじゃないかって思うんだけれど……」

 「なーるほど……そう聞くと、たしかに地下の方が居そうに感じますね。じゃあ、地下から探しましょう」

 「ええ。それじゃあ私が前に出るわ。墓之瀬くんは、後ろに注意してちょうだい」

 「了解です」

 

 大まかな方針を定め、ショッピングセンター内を進む。

 

 辺りが静寂な空間であることから、コツ、コツ、と通路を歩く自分達の足音が、際立って聞こえる。濃い呪いの気配と、それがまた余計に緊迫感を煽り、妙にこちらを萎縮させてくる。嫌な雰囲気だった。

 

 折角女の子と歩いているのだから、もうちょっと色気のある雰囲気になってほしいものだと、惜しみつつ、きちんと周囲を警戒して、行く。

 

 最小限の会話を交わしながら、止まったエスカレーターをつたって地下1階へと降り、慎重に見て回り。

 

 

 

 「──……酷いわね……」 

 

 

 

 ふと足を止めた歌姫先輩が、ポツリと心情を漏らす。その言葉が、目の前にある光景の全てを物語っていた。

 

 いくつも並ぶ、閉じられたシャッターたちの前で。凄惨な姿となって、彼らはその生命を散らしていた。

 

 1人は、まるで空き缶を潰すかのごとく、身体をグシャリとリンゴの芯のように変形させられていた。

 

 1人は、無理矢理にボールのように丸められていた。

 

 1人は、身体にいくつかの穴が空き、蜂の巣のようになっていた。

 

 1人は、頭部のなくなった状態で、力無く床に伏せていた。

 

 脊髄に、氷柱が差し込まれたかのような冷たい感覚が走る。嫌な汗が、背中を微かに湿らす。

 

 死んでいた。疑いようもなく、彼らは全員とも死を迎えていた。

 

 「……墓之瀬くん……大丈夫?」

 「……良い気分ではないですね……」

 「そう……よね……」

 「……まぁ、割り切りますよ。それより歌姫先輩、この人たち、どうします?連れてきますか?」

 

 こちらを気遣い言葉を紡ぐ歌姫先輩に、心配要らないことを告げて、尋ねる。

 

 彼女は、それでも少し心配そうな様子を見せながらも、俺に答えを返した。

 

 「……いえ、この人たちには申し訳ないけど……私たちでは、日の元に連れて帰ることはできないわ。できるのは、高専側に結果を伝えて、1級術師を送ってもらうよう取り計らうくらい」

 「……そっスか……まぁ、そうっスよね……おっけー、分かりました。……それじゃあ歌姫先輩、早いところ戻りましょう」

 「……そうね」

 

 お互いに、表情に陰を落としつつ。

 

 考えを共有した俺たちは、散らばる遺体を置き去りにして、元来た道を戻る。

 

 重たい雰囲気のまま、何度か角を曲がりながら、暗い通路を進んでいき──。

 

 

 

 「「──ッッ!!??」」

 

 

 

 ゾワリと、全身の毛が逆立つ。身体の至る部位が、危機を訴えてくる。

 

 曲がり角の先の闇の中。

 

 下半身に比べて上半身が異様に発達した、巨躯の呪霊が、そこに待ち構えていた。

 

 人間じみた外見であるものの、顔の目のあるべき場所からは捻り曲がった羊の角が1本ずつ生え、口や耳、髪はない。

 

 特筆すべきは、その圧だ。押し潰されそうな重い空気に、感じる呪力量。間違いなく1級の呪霊だ──。

 

 「──墓之瀬くんッ、逃げるわよッ!」

 「ッ、はいッ!」

 

 突然の会敵に固まっていると、歌姫先輩の鋭い声。

 

 それに身体の縛りを解かされ、弾かれたように俺は、呪霊に背を向け逃走を始める。

 

 ドシドシと巨体を揺らして呪霊が追いかけてくる中、隣を走っていた歌姫先輩が1歩前へ出て、告げる。

 

 「私が先導するわ!ついてきて!」

 「でもッ、エスカレーターに繋がってる通路は呪霊の向こうにしかないっスよ!?」

 「いえ、階段があるわ!建物に入る前、外観を見たときに確認したの!」

 「マジかッ……!」

 

 有能ッ……!有能すぎるッ……!まだ1日も経ってないのに俺、歌姫先輩のことめちゃくちゃ好きになってくわ……!

 

 頼りになる彼女に続いて、遺体のあった通路とは別の通路を駆けていく。

 

 ちらと背後を見やれば、依然呪霊は追ってきてはいるものの、一定の距離は保たれたままだった。自らの巨体が、素早い移動を邪魔しているのだろう。

 

 角を曲がり、並ぶシャッターの間を行き、また角に差し掛かる。

 

 「墓之瀬くんッ、あともう少しでッ──あっ」

 

 ──あともう少しで、階段だと。俺を安心させるために、おそらくそう伝えようと振り向いた歌姫先輩が。

 

 角を抜けた先で、2条の黄褐色の光と共に、横合いに吹き飛ばされる。

 

 「歌姫先輩ッ!!」

 

 考えるより先に、床を砕く勢いで蹴った俺は、宙を舞う彼女の身体に追い付き片手で抱え──視界の端から迫る黄褐色の光、咄嗟に逆の手の刀で呪力の斬撃を飛ばし応戦する。

 

 呪力がぶつかり合い、残光が散る。

 

 その残光の向こうに見えたのは、小さな階段の前、2つある頭のそれぞれの口から腕を出した、四つん這いの人間のような容姿の呪霊だった。

 

 2つの口から覗く腕の先、手は指鉄砲の形になっている。呪力の光線の出所はそこだろう。

 

 そして感じるこの圧──おそらくコイツも、1級。

 

 「……冗談じゃねぇぞッ……!」

 

 T字路となっている通路、背後から来ていた巨体の呪霊を置き去りに、右側に潜んでいた指鉄砲の呪霊から放たれる光線を避けつつ俺は。

 

 歌姫先輩を抱えて、通路を脱兎の如く走り去る。

 

 腕の中の彼女は、目を閉じて力無く項垂れている。

 

 逃げている方向には、闇が広がっているだけだ。

 

 それでも俺は、その闇に飛び込み駆けていくしかなかった。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 掠れた吐息が、周期をもって口から漏れる。

 

 聞こえるのは、自らが通路を走る音だけ。

 

 巨躯の呪霊と、指鉄砲の呪霊、2体の1級呪霊と会敵した俺は、命からがら逃げ出し、現在も尚、地下1階にて逃走を続けていた。

 

 幸いどちらの呪霊も足は遅いらしく、見える範囲に姿はない。

 

 どうやら撒くことはできたみたいだと安堵した俺は、偶然シャッターの開いていた1つの店内に、歌姫先輩を抱えたまま入る。

 

 店内と称したものの、そもそもショッピングセンターが閉鎖されて久しいために、中に面影は残っていない。ある程度の広さを擁しただけのガランとした空間が、ただそこにあった。

 

 店内の奥、壁際までに近付いた俺は、刀を脇に置いて、優しく歌姫先輩を降ろす。だが、その間の彼女の身動ぎは、一切ない。

 

 もしかしたら彼女は……。

 

 不安に駆られた俺は、彼女のほっそりとした白い腕をとって、その温かい手首に自分の指を当て、脈を測り。

 

 ………………おい、これ……マジかよ……。

 

 

 

 「…………脈、分っかんねぇ……」

 

 

 

 自分の無知具合に愕然とする。

 

 マジでびっくりした。脈、分からんすぎる。えっ、手首に指当てたらなんか分かるものなんじゃないのか?こう……トクン、トクン……みたいなさ、そんな血の動き。全然感じないんだけど。……いや待て、感じ取れないのは、もしかしたら本当に死んでるから……?

 

 「……冗談じゃねぇぞ……!」

 

 嫌な考えに至った俺は、その考えを否定すべく、手っ取り早く彼女の心臓の動きを確かめようと、彼女の少し乱れた胸元に手を伸ばし──。

 

 

 

 「…………えっ、鼓動確かめようとしたらこれ、おっぱい触っちゃう???」

 

 

 

 ──直前で、止まる。

 

 ……いや、バカなことを思ってるのは自分でも分かる。そんな場面じゃないことも分かってる。けど……男子高校生として、思春期の男して、どうしても気になってしまうのだ。それほどまでに、おっぱいが意識を惑わしてくるのだ。

 

 触って、いいのか……?いやでも俺は、然るべきとき、然るべき場面で、触りたい。愛をもって、おっぱいを触りたい。こんな、俺が不安を解消するためだけにおっぱいを触るなんて、そんなのはッ……!

 

 「…………あれ、よく考えたらさっき触った手首、温かかったな……」

 

 思い出した俺は、胸元に伸ばしていた手を戻し、再び彼女の手首を触る。やっぱり脈の有無は分からないけど、温かい。これは……ちゃんと生きているんじゃ、ないだろうか?

 

 手首から手を離し、今度は首筋にも手を当ててみると、やっぱりそちらも温かい。最後に手を彼女の口の前に置いてみると、僅かに吐息も感じられた。

 

 全然生きとるやん。ごりっごりに生きとるやん。焦ったぁ……なんだ生きてんのか、良かった良かった……!

 

 深い安心感に、ほおっ……と、息が溢れる。

 

 あの光線、思い切り直撃していたように見えたけど……咄嗟に呪力で守ったのか?ともあれ、生きててくれて良かった……!

 

 「歌姫先輩、起きてください。ほら、歌姫先ぱーい?」

 「…………」

 

 余裕すら感じられるようになってきた俺は、彼女の柔らかな頬を軽く叩き、覚醒を促す。

 

 流石に彼女を抱えてあの2体の呪霊をやり過ごし逃げるのは厳しいからな。きちんと2人で作戦を立てて、それを共有して逃げねば。

 

 「朝ですよー、歌姫先輩。ほんとは昼だけど。ほら起きて」

 「…………」

 「歌姫先ぱーい、まだー?早くー」

 「…………」

 「……歌姫先輩……?」

 

 ぺちぺち、ぺちぺち。頬を刺激するも、彼女は微動だにしない。

 

 えっ、ちょっ……この人、しっかり深く気絶してないか???

 

 「──う、歌姫先輩ッ!?起きッ、起きてッ、歌姫先輩ッ!」

 「…………」

 「起きろッ、歌姫先輩ッ!起きないとおっぱい触るぞッ!揉むぞッ!揉みしだくぞッ!」

 「…………」

 

 ……だ、駄目だ……!全っ然反応しない……!余裕ぶっこいてる場合じゃなかった、普通にヤバい状況だった……!

 

 ど、どうする……!?意識のない歌姫先輩を連れての逃走はまず難しいし、かと言ってここで彼女が起きるのを待っているわけにもいかない。

 

 何故ならここは、1本通路の最果て。逃げ場はなく、見つかるのは時間の問題で、見つかったら一巻の終わり。俺はまだしも、動けない歌姫先輩は、呪霊たちにとっては格好の的に違いないだろうからだ。そんな彼女を守りながら、1級の呪霊を相手取るなんて所業は、今の俺には不可能だろう。

 

 あるいは、彼女を置いて1人で逃げるなんて選択肢もありはするが……その選択は、絶対に採らない。採れない。初めてできた、尊敬できる可愛い先輩なんだ。見捨てるなんて真似、到底許容できない。

 

 だとしたらもう、俺が採れる選択は、1つしか残っていない。

 

 叩いていた歌姫先輩の頬に、今度は軽く手を当てる。伝わってくる、温かな熱。

 

 乱れている彼女の髪も、ちょちょいと整えてあげて、勇気を貰った俺は、刀を拾って立ち上がる。

 

 ゆっくり息を吐いて、彼女に教えてもらった方法で、改めて身体に呪力を流して強化していく。

 

 「……等級は、関係ない。呪霊を祓って、ここを出て。もっと色々青春するんだ」

 

 ──覚悟を決めて。

 

 店内を出る。

 

 左右に伸びる通路、左側の奥には、行き止まりの壁が立ち塞がる。

 

 右側には、闇が広がる。どこまでも続くように感じる、暗い闇だ。

 

 その闇の中を、俺は1歩1歩、踏み締めて進む。

 

 耳鳴りのするような静寂に、足音が反響する。

 

 とても長かったように思えるし、あっという間だったようにも思える時間を歩いて──遭う。

 

 床を鳴らしながら向かってくる、上半身の目立つ、巨躯の、羊の角を持つ呪霊。

 

 運がいいのか、見たところ、指鉄砲の呪霊は居なさそうだった。

 

 徒党を組んでいるわけではないのか……?……いや、今はそんなことはどうでもいい。今はただ──祓うことだけを考えろ。

 

 「──ジンギスカンにしてやるよ。臭くて食えたもんじゃあねぇだろうけど」

 

 振り下ろされる岩のごとき拳と、斬り上げの刀が衝突する。

 

 腹の底に重く甲高い音が響き、籠められた呪力の破片が舞う。

 

 決死の呪い合いの火蓋が、切って落とされた。

   

 

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