「──呪霊、出てこねぇー……暇なんでなんかゲームしましょうよ夜蛾先生!」
「…………」
「そうだなぁ……じゃあ、こんな場面に遭遇したら怖いよな選手権やりましょう!先攻は俺ね!」
「…………」
「うーん……あ、旅行先で眼鏡かけた青いベストに赤い蝶ネクタイの子と遭遇する!どうですこれっ、怖いでしょ!?」
「……聡人」
「はい、何ですか!?」
「歯、食い縛れよ」
「殴られるのは確定なんスか!?ちょっ、静かにするんでやめっ、やめて──!!」
──帳の下りた、廃ビル内。
暫しの入院生活を終えた俺は、東京に帰ってきていた夜蛾先生と、テキトーな2級任務に赴いていた。
目的は、入院生活で鈍った感覚を取り戻すことと──術式の効果の確認だ。
ヒリヒリと痛む、大人しく殴られた頭を擦りつつ、ビルの中を捜していく。
どこだー、モルモット……じゃなかった、呪霊どもー。早く色々試させてくれー。
1、2階は既に空振り、3階を捜しても見つかることなく──4階にて、ようやく会敵する。
猪のような見た目で、頭部は獅子かのごとく菊の花に囲われた呪霊が7体、通路に佇んでいた。その奥には、通路の半分ほどを隠す大きさで、桜色の、カマキリを思わせる呪霊も控えている。
おそらくは手前4体が3級、奥のカマキリが2級といったところだろうか。
夜蛾先生に1度目配せをしてから俺は前に出て、正眼に構えた刀に呪力を流す。
その時、改めて感じるこれまでとの違い。
歌姫先輩にコツを教えてもらったことで簡単になった呪力操作、それがより簡単になっている。無駄に外に漏らしてしまっていた呪力も、余すことなく使えていた。
先の任務で至った現象、自らの打撃との誤差ほぼなしに呪力が衝突した際に生じる空間の歪み、威力を通常の2.5乗へと昇華させ呪力を黒く光らせる絶技──黒閃。
狙って出せるものではなく、極限の集中の中でのみ出せるそれは、副次効果を持っていた。
すなわち呪力の核心を掴ませるというもの。
それによって俺は、術師として、これまでとは別次元と言って良いほどの動きができるようになっていた。
「──はい来い来いちょっ来い、花見で一杯!!」
刀を持った手をパンパン合わせ、場末の居酒屋でのバイトで身に付けたコール術で挑発する。
すると、汚く叫びながら襲いかかって来る猪の呪霊たち。
その内の、最初に肉薄してきた1体目掛けて、手慣らしに軽く刀を振るう。
瞬間、豆腐を斬ったかのような刃触りで、いとも容易く呪霊は半分に別れる。
「わーお……そかそか、無駄になってた分の呪力も籠められてるから、前と同じくらいの量でも何倍もの斬れ味になるのか……」
気付きを得ていると、新たに2体、呪霊が迫って来る。
頭を下げての呪霊の突進を、壁を使っての跳躍で上に避けた俺は、空中で身を捻り、回転しながらの落下斬りを放つ。
位置エネルギーの威力も加わったその斬撃は、突進を終えた2体の呪霊の身体を、まとめて粉砕させた。
「エグぅ……呪力操作がするするいくから、身体能力もめちゃ向上してるし……これ、ヤバいな……」
思案などお構い無しに突進してくる呪霊を斬り祓いつつ、ひとりごつ。
自分で言うのも変な話だが、俺、成長具合が本当におかしいな……。グラフにしたらちょー歪になるわ、絶対。
そうして、ザコの処理を完了させた俺は、そこで一旦夜蛾先生へと声をかけた。
「──夜蛾先生!次、術式いきます」
「ああ、分かった。最悪いざというときは助けるから、安心して色々試せ」
「はーい!」
腕を組んで傍観している彼へ、元気よく返事をし。
視線を最後の呪霊──カマキリの呪霊に戻した俺は、意識を集中させて。
発動の言葉を唱える。
「術式解放──『呪限無』」
呪力がこそぎ取られ、俺の足元から黒い霞が立ち上る。黒い霞は、僅かな揺らめきと共に、察知できぬ速度でカマキリの呪霊に纏わりつき──呪霊は、脚を折り曲げその身を地面に倒した。
「……呪霊の身体は呪力で構成されている。だから、『呪限無』による妨害を受けると、普通の行動すら困難になる、と…………え、『呪限無』強くね???」
6つあるすべての脚をバタバタとさせ、起き上がろうとする呪霊。
その様子を遠巻きに観察しつつ、『呪限無』の能力を確かめていく。
『呪限無』の能力は、簡単に言えば呪いの阻害……呪いのカタマリとも呼べる呪霊とは、相性が抜群みたいだな。
けど、『呪限無』の発動中は際限なく呪力が持ってかれるから、そこがちょっとキツい。持ってかれる量も量だし……あと、制御も結構難しい。多分慣れることができたら、量の問題とかも解決できるんだろうが……ま、今後に期待ということで。
一頻り試した俺は、『呪限無』を継続させたまま、もがくカマキリの呪霊に近付く。
そして、その首へと刀を振り下ろした。
割れる装甲、飛ぶ頭、飛沫を上げる血。
呪霊が形を消すのを見届けてから、俺は夜蛾先生の元へと戻る。
「──ほい、終わりました」
「ああ、ご苦労だったな。術式の調子はどうだった?」
「夜蛾先生に話した通りでしたね。特に変わりはなし」
「そうか……」
簡易の報告をすれば、彼は手で口を覆って、少しの間考え込み。
「……ふむ……だとしたら、聡人。やはりオマエの術式は、周りには隠さなければならないな……スマン」
「なーに謝ってんスか。こっちのことを考えて言ってくれてるんでしょう?」
──実は、の話なのだが……俺はこの前の案件で術式を開花させたことについて、夜蛾先生以外にはまだ誰にも話していなかったりする。
というのも、ひとえにそれは、自らの術式に不信というか、異様さを覚えたからだ。
だって、そうだろう。呪い関連全部をひっくるめて、制限ないし無効化するなんて能力、明らかにおかしい。異質だ。そんな術式、俺は聞いたことがない。
だから俺は、一先ずは術式の件は周りに隠して、信頼できる夜蛾先生にだけ伝えたのだ。そして、その選択はどうやら正しかったようだった。
「あまり大きい声では言えんが……上の者たちは、呪術が脅かされることをひどく嫌っている。これは観念としてもだし、存在としてもだ。そしてオマエのその術式は、呪術の存在を丸ごと無かったことにできる可能性を秘めている。だからもしオマエの術式のことを上に知られると、マズい事態になることは間違いないだろうな」
「ほぉーん……上は権力持ったチキンの集まりってことっスね。なるほど、そりゃバレたら大変だ」
呪霊の気配がもうないことを確認しつつ、言葉を交わしながら廃ビルを下っていく。
「ああ。ついでに言っておくと、呪術界は広いようで狭い。むやみやたらと他言するのは、オマエのためにも相手のためにも、なるべく避けるようにしろ」
「はーい……ってかこれ、夜蛾先生は知っちゃってて大丈夫なんスか?もしものときは、夜蛾先生もヤバいですよね?」
「どうとでもするから、オマエは心配するな。むしろオマエは、もしものときがないように気を付けろ」
術式の内容でワンアウト、術式隠蔽でツーアウトの、そんなチェンジの危険がある人間を匿うなんて……と、案じてみたところ、心強いお返事。頼りがい、ありすぎやろっ……!
「……ああ、そういえば、聡人」
「ん?なんスか?」
「オマエ、携帯電話は持っているか?おそらく今のオマエの実力からして、その内色々と緊急の案件を任されることになるだろうから、何人かの補助監督にはアドレスを伝えておいてほしいのだが……」
「あはは、何言ってんスか?華の男子高校生が、携帯電話、持ってないとでも?」
「そうか。なら今から俺の教えるアドレスを登録しておいてもらえるか?」
「いや、携帯電話持ってないので無理です」
「さっきの前置きはなんだったんだ???」
携帯電話、持ってないんだよなぁ……まずどこで売ってるかも分かんねぇだもん。そりゃ買えねぇよ。
「……はぁ……なら明日にでも、高専の息がかかっている電気屋に行って来い。簡単に携帯電話が買えるはずだ」
「お……おお!?それってつまり、俺もついに携帯電話デビューってことっスか!?ヤバい、俺携帯電話使うの夢だったんですよね……青春っぽくて」
「そうか、よかったな。ただ、俺は明日も仕事があるからついて行けんが」
「えっ、マジぃ……?んー……あ、じゃあ歌姫先輩でも誘ってみよ。歳の近い友達と買い物するっていう夢も叶えられて、一石二鳥だし」
「それがいいかもしれんな。オマエが妙なことをしようとしても、止めてくれる可能性がある」
「えぇー……」
妙なことって何よ、流石にお店の人相手にふざけたりはしないよ……と、信用のなさに悲しみを覚えつつ。
俺は夜蛾先生と、また一段、廃ビルを下った。