東京の、都心──渋谷区。
立ち並ぶビル群結ぶスクランブル交差点、その手前の歩道で。
信号待ちをする人の群れに交ざって、俺は。
「──すげぇっ、でっけぇ建物がいっぱいっ!ヤバいっ!東京タワーだっ!」
「いや、東京タワーはないわよ……」
田舎者を丸出しに、はしゃいでいた。
見るものすべて、とは言い難いものの、大抵が目新しい。
キョロキョロと首を動かして騒ぐ俺を嗜めるのは、付き添いで来てくれた歌姫先輩だ。
いつもと違って黒の髪は下ろされており、服装も異なっている。レースがあしらわれた白のブラウスに、チェーンの付いた青のジーンズ、足元には厚底のサンダル。可愛らしさとカッコよさを共存させた、オシャレな装いだ。
渋谷に来る前の今朝、高専の寮で初めて見たときに褒めちぎったら、めちゃくちゃ照れてて可愛かった。で、それをからかったら、補助監督さんの車に乗せてもらっている間はまた口を聞いてくれなかった。学習しねぇなぁ、俺……。
「……ところで聡人くん。そろそろ聞いてもいいかしら?」
「え、何をですか?……あ、スリーサイズ?」
「違うわよ、私が聞きたいのはアンタの服装についてよ」
言って彼女は、上から下へと俺の身体に視線を這わせて。
心底わけが分からないという口振りで、尋ねてきた。
「……ここに来るまでの間、ずっと思ってたんだけど……アンタ、なんでパジャマなの???」
「…………?」
──その問いかけに。
俺は、自らが着ている服をつまんで、しげしげと眺める。
上下共に通気性の良いサテン生地の藍色のパジャマ、所々には向日葵の柄があしらわれていて、もうすぐ終わりそうな夏の名残を感じさせた。
「……え、何か問題が……?ダサかったですか……?」
「ダサいとかの問題じゃないのよねぇ……。センスはいいと思うけど、パジャ、パジャマ……?なんで……?」
「え……?……ああ、安心してください、ちゃんと着替えてますよ」
「そこは心配してねぇんだよなぁ……ってか、着替えてパジャマなのかよ。パジャマ脱いでパジャマ着るって、アンタほんと何してんの???」
「着替え……」
「違う、そうじゃない」
額に手をやり、歌姫先輩は、はぁ……と溜め息。半眼になって続ける。
「ほんとアンタは……普通の服とかなかったわけ?」
「いや俺、学ランかワイシャツかパジャマしか持ってなかったんで……でもワイシャツとかはいつも歌姫先輩見慣れてるから、ここは予備のパジャマいっとくかと思って」
「思っちゃったかー……ワイシャツで良かったのに……」
え、ワイシャツで良かったのか……くっ、新鮮な俺を見せようと思ったのが仇になるとは……!
「ほら、周り見てみなさいよ……パジャマなんて着てるから、注目の的よ」
「え?いやいやまさか、皆が見てるのは歌姫先輩っスよ。歌姫先輩可愛いから」
「んっ……!……な、何バカなこと言ってんのよっ、もぉっ!……ほらっ、さっさとケータイ……の前に、服、買いに行くわよ!」
「顔赤いっスね、照れてんの?」
「照れてない!」
赤面した歌姫先輩が、一方的に告げて、ずかずかと進んでいく。
土地勘のない場所に置いていかれるわけにはいかないと、慌てて俺も、その後を追った。
▼▼▼
──煩悩の数にプラス1をした感じの商業ビルで、歌姫先輩に色々と服を見繕ってもらって。
使う趣味などもなく、ただ貯まる一方だったお金を使いに使い、四季分のお洋服や靴、アクセサリーを手に入れた俺は、その内の1つに着替えてから。
服やら小物やらがパンパンに詰まった袋や箱を持ったまま、高専の息がかかっているという電気屋に突入。店内でその荷物をぶちまけるというアクシデントはあったものの、ついに携帯電話をも手に入れことに成功していた。
店の外の通りを少し進んだ先の広場で荷物を下ろした俺は、補助監督さんの迎えの車を待つ間。
細長く伸びる雲が茜色に染まる空に、買ったばかりのシルバーのケータイを翳して呟く。
「夕日が眩しいぜ……あっ、ケータイの表面に反射してマジで眩しい……!目がぁっ……!」
「アホかアンタは……」
オレンジの光に。
目を焼かれた俺は、ケータイを空に掲げてうずくまる。
その俺の手から、呆れながら歌姫先輩は、ケータイを掠め取って、電子音を奏でながら、何やら操作する。
やがて視界が回復した俺の前に差し出される形で、ケータイが返却され。
「……ほら、はい。私のアドレス登録しといたから」
「お……おお……!?アドレス登録ってつまり、あれスか!?いつでもメールとか電話で繋がれるというあの……!?」
「まぁ、そんな感じ、なのかしら……?」
「イコール俺は、今日から歌姫先輩と、エブリタイム話せる!?」
「いやノットイコールよ、エブリタイムはやめてちょうだい」
おいおいマジかよ……エブリタイム拒否られちまった……でもサムタイムは話せるってことだろ?嬉しい……。
受け取ったケータイの画面を開き、アドレス帳をにやにやと眺める。
今は1つしかないが……夜蛾先生に、日下部さん、冥さん辺りなら、多分登録させてくれるよな。あと補助監督さんもだし……。いいね、ケータイ。繋がりを実感させてくれる。流石は文明の利器だ。今度歌姫先輩に鬼電しちゃお (自らできた繋がりを絶とうとする行為) 。
「……なんかアンタ、妙なこと考えてないでしょうね?」
「え?まさか、そんな……あはは」
「笑って誤魔化すなっ!」
──お叱りもテキトーに流している内に。
黒塗りの車がやって来る。
補助監督さんの車だ。
お小言から逃れるように、俺は荷物をいそいそと積み込み、自分も飛び乗った。
……まぁ、当然歌姫先輩も一緒に乗ってきたから、結局お小言は帰るまで続いたけどな!
▼▼▼
──そうして、夏は過ぎ。
短かった秋もすぐさま去って。
冬の訪れをしかと実感できる、12月のある日。
月の照る夜、いよいよ俺は、1級への昇格任務に取りかかろうとしていた。
目の前にあるのは、山奥の、封鎖されたトンネルだ。
ポッカリと、山間の木々に、暗い穴が空いている。
そこから感じるのは、肌の粟立つ呪力の圧──間違いなく、1級相当、それも上位クラスだろう。
そのお出迎えに、俺は口の端を吊り上げて。
学帽を被り直し、長ランを靡かせ、トンネル内へと足を踏み入れた。
▼▼▼
──数えるほどだけのオレンジの照明が光り、幅広の長い道をまばらに照らす。
本来ならもっと照明はあるはずだが、これは電気の供給不足の所為か、はたまた故障でもしているのか。
益体もなく、どちらだろうか?なんて考えつつ、歩を進める。
頬を撫でる生温い風、長ランがパタパタと音を立てる。
どれくらい歩いただろうか、暫くして、呪力の圧が濃くなる。
もうすぐだろう。
戦闘の始まる気配を感じ取った俺は、腰の鞘から刀を抜き、呪力を通す。
呪いを学びたての頃にはそこそこ苦労した呪力操作も、今ではお手のものである。
照明の光を受けて淡く煌めく刀、その刃先を地面に向けながら、スピードは変えずに警戒のレベルだけは上げて進み。
「──……わーお。でっけぇ虎……」
現れる、1級呪霊。
呪霊は、まさしく虎のごとき逞しさの、トンネルを埋め尽くさんとする巨体をもっていた。眼光は鋭く、口から覗く牙は厳つい。獣の体躯は暗い緑色で、胸の辺りは何故か大きく引き裂かれ、肋骨が剥き出しになっている。
ゆっくりと、身体を楽に倒していた虎の呪霊は起き上がり、こちらを睥睨して。
「……サるヒ」
紡がれる言葉、顕になっている肋骨からゴポリとナニかが次々と地面に零れ落ちていく。
呪霊の中でも、準1級以上のモノのみが使える異能──術式の発動だ。
零れ落ちたナニかは、目の前の大きな虎の呪霊を小さくした呪霊だった。子ども……というよりは、術師でいうところの式神、分身の類だろうか。等級で言えば、2級くらい。それが6体ほど、虎の呪霊によって生み出されていた。
「いいねいいね、出産おめでとう。ご祝儀をやるよ」
挨拶代わりに、小虎の呪霊を無視して巨虎の呪霊に呪力の斬撃を放つ。
青黒の軌跡が薄暗がりのトンネル内に描かれ、巨虎の呪霊が悲鳴を上げて仰け反る。
続けてもう1発放とうとしたところで、邪魔せんと飛びかかって来る2体の小虎。
「親を守ろうとする子どもたちってか?泣けるね、でも残念──」
手早くその呪霊たちの首をはねて、再び呪力の斬撃を放つ。
斬撃は避けようとした巨虎の脇腹に突き刺さり、呪霊を悶えさせた。
「──俺は、はじめてのおつかいを見ても泣かないタイプだ!!」
声高々に宣って、肉薄してくる小虎の呪霊に対処していく。
ひらりと身を翻して1体の突進を避け、首を斬り落とす。返す刀で斬り上げ、新たに突進してきた2体の呪霊を裂き、繋げての振り下ろしで最後に突進してきた呪霊を幹竹割りにする。
残るは、親、巨虎の呪霊だけだ。
視線を向けた俺は、消えていく呪霊たちの興す煙を刀を振って払い、駆ける。
縮まる距離、阻むように振り下ろされた右の前足を躱し、その上に飛び乗る。
勢いそのままに、前足を駆け上がった俺は、すぐ近くにまで迫った虎の横っ面へ、刀を振り──響く、耳をつんざくような金属音。
トンネルをけたたましい音が巡る中、吹っ飛んだ虎の呪霊はトンネルの内壁に衝突、反響音に石の崩れる音が追加される。
「おっと、呪力足んなかったか……流石に1級、硬いな」
重力に従って地面へと降り、ぼやいていると、立ち込める煙と積まれた瓦礫を掻き分け、虎の呪霊が唸り声と共に出てくる。その右頬には、緩やかな治りを見せる深めの裂傷。
「めんどぉ……術式使ったらもう終わってるはずなんだけどなー……いや、秘匿するからにはね?術式なしで任務をこなせるくらいにはなっとかないといけないっつーのは分かるけどさぁ……」
愚痴を漏らしつつ、咆哮する呪霊を見据える。
改めて向き合ってみれば感じる、随分と大きい体格差。コイツ多分、トラックよりもでかいよな……頭付近を狙いたいのに、図体のせいでちょっと遠い。
だが、それでもやりようはある。
砲弾のごとく突っ込んでくる虎の呪霊を右に躱し、回り込む形で後ろ足を斬り飛ばす。よろめく呪霊、そのもう一方の後ろ足も斬り飛ばして、完全に体勢を崩させ──背を、駆け上がる。
近付く、呪霊のがら空きの首元。
疾走の波に乗り、構えた刀に力を籠め──一閃。
それで、おしまいだ。
ひゅるりと、虎の頭が滑り、ドチャリと地面に落下する。
あたかも、俺を祝福するみたいに。
噴き出す血は、まるで花吹雪のように辺りを舞った。
──高専に入学してから8か月……俺は、1級呪術師へと到ったのだった。